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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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東日本大震災で発生した福島第一原発の事故以降、日本国内で「脱原発」「反原発」の動きがにわかに活発化しています。今まで原発にまったく無関心だった主婦層に至るまで誰もが何らかの形で「原発っていうやつは云々」などと言い出し始めました。まあ、今まで関心を持っていなかったという点では管理人もその一人だったわけですが、最近の日本国内の「脱(反)原発」の動きは(衆院選挙の影響も相まって)なんだか少し斜め上に向っているような印象があります。
今日は管理人の「脱(反)原発」に対する個人的な意見・私見をちょっと書きたいと思います。
(まず管理人はどう考えているのか?)

ちょっとその前に日本の脱(反)原発の動きについてですが、国政になんか出て来なければ面白かった某維新の会の某弁護士さんやこれまで散々国民と国際社会を振り回してきたポッポちゃんとチョクトさんもみんな揃って「原発なんかやめてまえ」みたいなことを異口同音におっしゃっておいでです。また、衆院解散に伴ってドイツの「緑の党」みたいな「反原発」票を当て込んだ新党まで出てきています(日本☆未来党、テメーのことだ)。なにやらこれらの政治家先生の動きは「国家のエネルギー政策」という大局的議論ではなくて、原発事故が発生したから国民の関心が高まったという時流に単に乗り掛かっている“だけ”のようにしか見えないので個人的には実に不快ですが、まあ、少なくとも国民の関心が多少なりとも「原発」に集まったことはいいことじゃないでしょうかね。無関心よりは圧倒的にいいですよ。関心が集まれば利権汚職の抑止力にもなりますしね。しかし、ただ現在の日本の脱(反)原発活動のメリットはそれだけのことじゃないでしょうか?

管理人個人は「原発」問題についてどう考えているのか?と問われれば、長い目で見て原発に変わる新エネルギー開発・代替は賛成だが、性急な脱原発には反対です。また、反原発に至っては基地外集団の巣窟にしか見えないので「市ねばいいのに」と思っています。一行で言えと言われれば「総論賛成、各論反対」っていうやつですね。

あと、これはとても重要なことなのですが2015年のラミエル襲来の時に電力不足でポジトロンライフルが使えないということがないようにしておいて欲しいものです。



 
(原発をなくせ!おまえそれ特亜でも同じこと言えるの?)

脱(反)原発論者の話を見聞きして管理人がよく理解できないことがあります。図1を見てください。これは日本の隣人の一人である韓国にある原発の所在地を示しています。図2はもう一人の隣人である中国のものです。

図1 韓国にある原発図2 中国の原子力関係施設1986年にウクライナ(当時、ソ連)でチェルノブイリ原発事故が発生し、8000キロ離れた日本でも当時は大きな問題として取り上げられたわけですが、なぜかチェルノブイリとは比較にならないほど近い場所にある隣国の原発については全く議論の俎上にすら上らないのは何故なんでしょうね。韓国は意外に知られていませんが21基の原発を保有する世界第五位の原発運用国家で、しかも2011年の東日本大震災で発生した福島原発事故以来、公表されているだけでもステーションアウトを含む結構洒落にならないレベルの原発トラブル(実は隠しているだけで事故が発生しているんじゃないかと疑いたくなります)が、10件を超えています。

図3 韓国の原発が事故を起こした場合の拡散シミュレーション例えばプサンにある原発は、人口200万を抱える大阪市辺りだと福島とほぼ同じくらいの距離ですが、福岡は「フクシマ」どころの騒ぎじゃないほど圧倒的に近いわけです。「フクシマガー!」とやたらうるさい脱(反)原発論者ですが、西風の影響を考えると国内の原発よりもむしろ不安定稼動を続ける隣国の原発の方がよっぽど問題として深刻じゃないでしょうか?原発を日本から完全にパージアウトするメリットが一体どれだけあるんでしょうかね?韓国の原発で事故が発生すれば西日本だけに留まらず、確実に日本全土を汚染するというのに。護憲団体「九条があれば外国の侵略に対する抑止力になる!キリッ」→中国「は?そんなもんカンケーないアル」と全く同じ構図じゃないの?

はっきり言いますが、日本の原発を止めることは国際的に見て「小さな一歩」にすらならない、素人の戯言でしかありません。脱原発の国際条約制定を目的とした外交委員会が出来て始めて“緒に付いた”と言えるのではないでしょうか。くどいようですが原発の脅威は日本が止めたところで大差ないです。確かに効果はゼロではありませんが、所詮はbetter than nothing (やらないよりはやったほうがマシ)というだけでしょう。それは例えば10円節約するのに1000円のコストかけるヤツが賢い、と絶賛するようなものじゃないですか?

総合的なメリットが議論されてないまま、情緒に流されて「イメージだけ」で闇雲に突き進んでいる、というのが今の日本の脱原発議論じゃないか、という印象があります。
 



(なぜ外国の失敗に学ぼうとしない)

今盛んに叫ばれている「電力市場の自由化(売電事業の規制緩和)」「原発需要の新エネルギーへの代替」そして件の「脱原発」ですが、これらを10年前に全てやって現在、わりと涙目になっている先進国があります。どこでしょうか?そうです。我らが兄貴、ドイツ人ジャーマンです。

「う…うろたえるんじゃあないッ!脱(反)原発のドイツ人はうろたえないッ!」

映画や観劇のチケット代、食料品とかの日用雑貨の物価、家賃など東京近辺に比べて総じて安いドイツですが、日本から移住した管理人が「高っ!!」と唯一感じたものが一つだけあります。

何を隠そう。「電気料金」です。

正直、日本よりも年間の光熱費が高いとか、バカなの?死ぬの?、と本気で思ったものです。最初は大家が不正でもしているのか、と疑ったりもしたのですが、電気料金だけは電力会社と直接契約なので第三者が中抜きする余地はありません。純粋に高いんですよ。これがまた。

実際問題として未だに当地ドイツでは脱(反)原発に対して賛否両論があって揉めていて、世論が一つに纏まっているわけではまったくありません。ネットを掘れば幾らでも記事が出てきますが、近年の電気料金の高騰でドイツ国内の工業界からは非常に大きな不満が出ており、これもメルケル政権の支持が低迷する一因になっています。

反原発はちょっとアレなので置いといて、不思議に思うのが「脱原発」を訴えている人たちは非常に身近なところに先達がいるのにどうしてこの辺りのことに触れようとしないんでしょうか?もしかして、何か都合が悪いんでしょうか?それとも単に無知なだけ?まあ既にネタバレしてますけど「国民負担」という名の電気料金は確実に増えますよ。今の倍くらいになっても管理人は驚きません。みなさんの電気代が。消費税増税議論の時と同じでなんか「脱原発」の人って自分に都合のいいところしか見てないんじゃね?とか思ってしまいます。少なくとも「危険だからなくせ」とかいう短絡的な見方(これが高じれば単に思考停止と呼ぶ方が正しいでしょうが)はやめてじっくり考える必要がある社会問題です。

国内電気料金を政府が税金投入によって安く抑えている韓国みたいなことを日本政府がするとは思えないので、電気料金が跳ね上がると「庶民の生活(消費)」に冷や水を浴びせるだけではなく、製造業のコスト高(結局、雇用環境を悪化させる)などの経済に対するマイナス要因になります。日本の原発を止めたところで隣に原発があったら意味がない、という状況で国内経済と自分たちの生活にダメージを与える政策を中心に据える政党とか政治家ってどうなの?
管理人は非常に疑問に感じるわけです。




(原発は危険だ!事故る可能性はゼロじゃない!→これって正しいの?)

事故の確率はゼロじゃいなら安全じゃない!キリ!このロジック(と言っていいのやら…)はまんまオスプレー論議と同じ構造ですね。確かに事故る確率はゼロじゃない。だったら太陽光発電だって回路ショートによる火災事故の確率もゼロじゃないし、風力発電なんか風車が過剰回転で燃えるなんて事故もゼロじゃない。実際、風力発電の風車の火災事故なんてドイツでは珍しくないですしね(写真参照)。だったら全部危険じゃん。じゃあ発電自体すんなや、というのがこの命題の真になっちゃいますけどそれでいいんでしょうかね。


いつも思うことですが事故する確率がゼロじゃかったら運転するなというのは、交通事ドイツ国内で太陽光発電が原因の火災は結構珍しくなかったりする故を起こすから車に乗るな、というのに等しい話です。まあ、事故率だけの話をしたらオスプレーなんかよりも中華航空の旅客機の方がよっぽどか高いわけですけどね。事故った後の影響範囲は一緒には出来ませんが、じゃあ原発の事故確率が仮に太陽光発電よりも下回れば「脱原発」の人たちは「脱太陽光」とか言い出すのでしょうか?絶対言わないですよね。何故でしょう。「事故が起こる」という話じゃなくて、「事故によって放射性物質が撒き散らされる」ことが問題の本質だからです。それが唯一にして絶対的な「懸案」の筈です。要は「事故確率ゼロ」に拘ることは正しい議論にならない、ということです。自己矛盾してますね。事故だけに。リスクゼロの状態、これを専門用語で“本質安全”といいます。

本質安全というのは文字通り「何もしない」ことが理想なわけですが、人間が生活を営んでいく上で何もしないわけには当然いきません。繰り返しになりますが、例え脱(反)原発の人でも「原発」は止めさせても「事故確率が同様にゼロじゃない新エネルギー」まで「事故確率」に拘って発電自体を止めるわけには行かない。言い換えると「原発(オスプレー)の事故確率」と「その他の事故確率」は違うというわけです。とんだダブスタですね。つまり議論すべきは「事故確率ゼロ」じゃなくて、事故が発生した場合のリスク(被害)の大きさが問題なのであって可能性なんてどうでもいい、ということを詭弁で誤魔化しているだけです。本質的に安全ではないものを如何に制御下に置いて正しく運用して利用出来るか、が重要なんです。これを“本質安全”に対して“機能安全”といいます。まさに暴走したらとても困るエヴァと一緒ですね。脳内お花畑の人がジェットアローンを推進するという設定を組み込んでも面白かったかもねえ…ははは、まあいいや。

よくマスコミの間で使われる文言である「事故の可能性がゼロじゃないから原発は停止すべき」はまったく正しくありません。「脱(反)原発」の最大のモチベーションが「事故った場合の影響が非常に大きい」にあるにも関わらずです。主客逆転しています。議論すべきは、「原発」をきちんと制御下に置ける“機能安全”が万全であるかどうか、である筈です。こうした議論は一切おこっていないことが非常に不思議でなりません。だからマスゴミと言われるわけです。日本国内から「原発」を仮に駆逐できたとしても周辺を見渡してみれば、「原発ゼロ列島」が本質的安全とは程遠いことが分かります。だって、韓国、中国、インド、ロシアなど日本の風上で原発を運用しています。これらがアボーンしても日本に放射性物質が降りかかってくることは確実です。一体、「脱(反)原発」の人は何がやりたいのでしょうか?
それとも、その気になれば数週間で核武装できる能力がある(と言われている)日本から「原発」及び「その関連設備」を駆逐したい人たちに扇動させられているだけなんでしょうか?

そもそも福島第一原発事故は色々言われていますが、廃炉を恐れるあまり海水注入のタイミングを逸してメルトダウンさせたことが要因として小さくないわけで、結果として大惨事を招いたのは明らかなる人災です。まず、国家の中枢から今般事故を招いたバカどもを駆逐し、半官半民でのほほんとしている電力会社のぬるま湯体質を叩きなおすことこそ、「脱(反)原発」と「代替エネルギー推進」よりも先にやらねばならないことだと思います。



(太陽光発電のゴリ押しと韓流ゴリ押しは何が違うの?教えてエロイ人!)

「脱原発」に舵を切ったドイツの失敗は既に去年(2011年)の段階で明らかになっているにも関わらず、フラットパネルによる太陽光発電をゴリ押しする某ハゲがいます。そうです。政商の癖に政商と言われるとすぐキレる、恐らく日本で一番有名なハゲのあの人です。

ドイツでは太陽光発電の普及と共に電力会社(売電側)が軒並み赤字経営の危機に陥ったため、ついに電気の買取を中止しました。平地が多くて設置コストが日本に比べて安く、まして人口も比較的少ないドイツで破綻したビジネスモデルが果たして似たようなことをやろうとしている日本でうまくいくと考えるのはバカかアホしかいないんじゃないでしょうかね?「ゆとり教育」の原型をドイツから輸入した日本は再び同じ事をドイツから学ぼうとしているのでしょうか?このような事例が身近にあるにも関わらず新エネルギーを性急に進めようとする政治家って何なんでしょうかね。チョクトさんとか。しかも、代替エネルギー導入の暁には日本メーカーではなくて韓国から大量の太陽光パネルを輸入して国内に大規模な太陽光発電所を建設する計画らしいじゃないですか。トラブルが多発する韓国の原発を必要以上に持ち上げる某ハゲと某山本太郎は本当に信じていいんでしょうか?単純に高い電気を日本人に売ろうと画策している人とそれにまんまと騙されている広告塔かもしれませんよ?

まず、太陽光発電を始めとする新エネルギー(代替可能エネルギー)を導入すれば発電コストは増大、そのコストはそのまま電気を使う人(主に自宅警備員)に跳ね返ってきます。例えば某ハゲのあからさまに怪しい試算では利用者当たり500円程度の負担増、などと言っていますが、ハゲの試算の問題点は政府統計ではなくて根拠不明な報道ベースの発電コストをデータとして用いていることです(その他、突っ込めば色々ありますけどここでは割愛)。日本政府の試算はドイツ連邦政府の公表データと比較しても、多少の相違はあるものの総じて大きく食い違ってはおらず妥当な数字です。なぜそれを用いないのか、という点は実に興味深い。ドイツの実例を踏まえればポスト原発の利用者負担額は桁が一つ違います。実質的に5000円くらいの負担増が妥当です。従来の電気代+5000円で考えてみてください。一人暮らし世帯で4000~6000円/月、共働き家庭で6000~9000円/月とすると平均電気料金は10,000円~/月というのが概ね電気料金の平均値になります。ドイツの家庭電気料金(100~200EUR/月)と似たような数字が出てきます(あくまで管理人の当地での電気料金です)。

どんだけ電気代が上がって世の中が混乱しようと電気事業者はぶっちゃけ電気を売るだけなので関係ないですね。売電事業を含めた電力の自由化で電気料金が下がるというのは、よっぽど突き詰めて議論をしない限り、庶民は「割高」な電気料金を払わされるだけになる危険性があります。少なくとも現在の日本の第三極が訴えている脱原発・エネルギー政策は稚拙で脇が甘すぎる。けっきょく割を食うのは「安全!」「クリーン!」「日本ワロス!」とかいう煽りに踊らされている国民だ、という旧来の「利権誘導政治」とまったく同じ構造ではないでしょうか。要は「原発利権」が「新たな利権」に取って変わるだけで庶民は誰も得しない。百歩譲って例えそんな負担増になっても、「脱原発」で日本が「安全」になるのであればまだ我慢も出来るところですが、日本の周辺に目を向けると多少「まし」になる程度で、痛みに比してそのメリットはあまりにもささやかなんじゃないかなあ…と管理人は思ってしまうわけです。

一体、流行ってもないのに流行っているといわれている韓流と何がどう違うんでしょうか?




(原発が怖いのでドイツに移住するのはどいつだ?)

詳細に触れるとまずいのですが、管理人の住む地域に最近、「ドイツに移住したったったwww」という日本人一家が引っ越してきました。話を聞くとなんでもこの方は東京の郊外に以前は住んでいたらしいのですが、福島の原発事故発生をきっかけにして「脱原発国家ドイツ(割といま涙目状態)」をリスペクトするあまり移住を決意したそうです。よりによっておま・・・と引越しの挨拶で訪問して来られた若夫婦に初対面で突っ込みを入れるわけにもいかずにちょっとモンモンとした管理人でした。

確かにドイツは脱原発を宣言して実行もした。その勇気と英断は評価してもいいかもしれません。が、その結果はどうか?と問われれば決していいことばかりではないわけです。年々、自動的に上昇し続ける天井知らずな電気料金に誰もが納得しているわけではないですしね。しかも、そんな苦労しているにも関わらず「原発事故」のリスクはどうかというと2,3年前にノルウェーの原発がトラブルで緊急停止するわ、軽度とはいえ今年に入って今度は原発強国フランスでトラブルが発生するわ、代替エネルギーの天然ガスコストでロシアから恫喝されるわ、でドイツを取り巻く情勢は正直「トホホ」な状態にしか個人的には見えない。

チェルノブイリ事故当時、原発から2000キロ離れたドイツ国内では放射線量が大きな問題になりました。その影響は未だに「ホットスポット」という形で話題になることがあります(一頃に比べてかなり減って入るようですけど)。原発リスクが如何にグローバルな問題であるのか、少しは実感してもらえるとありがたいところです。

繰り返すようですが原発リスクとその本格的代替に向けての包括的な国際条約でも制定しない限り、ローカルに「脱(反)原発」をしたところでリスクはあまり替わらないんじゃないかなあ、と管理人は思っています。




(さいごに) 

地震大国と呼ばれる日本に原発を置かない方がいい、これもよく耳にします。まあ、頻度などを考えると一理あるかもしれません。しかし、くどいようですが「機能安全」の追及が重要なのであって、原発そのものがどうしようもなく危険で人類には早すぎるテクノロジーだ、と天下り的に考えるのはよくないんじゃないでしょうかね?
少なくとも「正しく運用できる体制」さえあれば原発にはそれなりにメリットがあるわけですから。「人災」の類をいかになくしていくか、これが今もっとも日本に必要な議論では無いでしょうか?

少なくともこいつをまず選挙で落とすところから原発議論は進めたほうがいいと思いますよ?w
A級戦犯

ちなみに日本における「右翼/左翼」「極右/極左」、および「軍国主義」などは国際的な定義からみてあまりにもかけ離れている場合が多いという印象を個人的に持っています。例えば某自民党などは某韓国のマスコミから「極右政党」などと呼ばれることがありますが、某自民党って本当に「極右」ですかね???欧州に住んでいる管理人から見れば安倍総裁(あ、某を付け忘れた・・)誕生後の某自民党ですらせいぜい中道右派くらいじゃないかと思います。「極右」とはネオ☆ナチさんみたいな人たちをいうのであって、別に排他主義を取っているわけではない人たちが「極右」っていうのはもう意味が分かりませんね。
かつて自民政権下で高度成長し続けた日本は海外マスコミから「世界で最も成功した社会主義国家」と呼ばれていました。もう少し「右」「左」の定義にはグローバルな比較が必要なのではないでしょうかね。余談ですが、特亜に不都合なこと=右、軍国、ネトウヨ みたいな構図になっているように感じるのは気のせいでしょうか。



 
(文責) 東郷太一
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