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普段、何気なく「あいさつ (英:greeting)」を我々は交わしています。

ほとんど反射的というか、無意識下での行為に近いため挨拶をしている当人は全く気が付きませんが、実はこの「あいさつ」はコミュニケーションの上で非常に重要なシグナルを発する行為であり、知らず知らずの内に大損している可能性があるんですねえ。

昨今の日本では大人が人に物を教えるのが不得意なのか、それとも教わる側に問題があるのか、どっちなのかは分かりませんけど、共通しているのは「あいさつ」というものを正しく理解していない、ということです。

「あいさつ」という行為を単純に「年功序列の一環」であるとか、「過去の遺物」と考えるのは大きな間違いです。「あいさつ」は国際社会においても極めて重要な要素になっています。

今日はそんな「あいさつ」について少し見ていきたいと思います。
(人は見かけで判断するなと仰るが・・・)

Greetingメラビアンの法則というものがあります。アメリカの心理学者が1971年に提唱したかなり使い古された観のある話ですが要は「第一印象は3~5秒で決まる(秒殺)」「初対面の人を認識する割合は見た目、表情、しぐさ等の視覚情報55%、声質や早さ等の聴覚情報35%、話の内容や言葉の意味等の言語情報7%」というものです。これは実体験に照らしてもあながち間違いとはいえないでしょう。なんだかんだ言っても「見た目」で判断しているという事実から目を逸らしてはいけない、ということですね。



(第一印象の恐ろしさ)

秒殺で決まる第一印象の怖いところはとある社会学者の調査によれば「最低でも与えた印象は3年残る」ということです。まあ…これはやや胡散臭いところもあって一概には言えないでしょうが、少なくとも「バカ」と思われたら当面の間は「あいつはバカだ」と思われる可能性がある、くらいに考えていいかもしれませんね。しかし、確実に言えることは「人間は人柄だよ」とよく言いますけど、相手が日常的に顔を合わせる人であれば「意外とあいつはやるじゃん」とか「見直した」とかいうパターンもあり得ますが、滅多に会わない人が「人柄」に接する機会は非常に少ないですよね。顔を合わせる時間に比例して「人柄」が理解されるのは当たり前です。「人柄」で人を判断しろと仰るがかなり時間がかかるため、まず見た目から改善したほうが極めて効率的なのは明らかでしょう。
もう辞めちゃいましたけどどっかの元首相みたいに全方位に対していい格好する八方美人でも困りますが、敵は多いよりも少ない方がいいし、目を付けられて虐められる確率も減る、という効果は期待できると思います。自分の身を助けると思って普段から身だしなみはキチンとしておいたほうがいいように思います。管理人の子供時代でもいじめはとりあえず「見た目」から入るパターンが非常に多かったと思います。



(日本人はいつ頃から頭を下げる様になったのか)

真偽の程は定かではありませんが卑弥呼の時代、すなわち魏志倭人伝に「倭人は隙を多く作る頭を下げるという行為で相手に対して自分に敵意が無いことを示す風習がある」らしいことが書かれている、と横浜で乗ったタクシーの運転手から聞きましたwwwww
該当箇所を管理人がしっかり押さえて考証出来ていないのでここでは「俗説」程度に聞いて置いていただければと思います。でも、本当だったら面白い話ですね。何故ならそもそも「あいさつ」という行為の最大のモチベーションは「敵意が無いことを示す」、つまり「友好的態度を示す」ということに他ならないからです。
世が世なら「あいさつしない(無視)」は下手をすれば「宣戦布告(かかってこいや!ゴルァ!)」という態度に近いニュアンスがあったわけです。それがDNAレベルで伝わっているから現代においても「不快感」という形で顕在化するのかもしれません。あいさつとはそもそも礼儀云々以前に「敵意が無いことを示す」ことが本来の目的だった、というのは知っておいて損は無いんじゃないかなあと思います。
A 「おはようございます」
B 「あ?舐めんてんのか!クソが!」  …にはならないよね、さすがに(^ω^)
Shaking hands









(国際社会における挨拶 / そこはブレない日本人たち)

さて、国際的スタンダードの挨拶と言えば何か?
そう「握手(英:Shaking hands)」ですね。これを知らない日本人はいません。ですが…握手にもちゃんとしたルールというか「やり方」があります。それを知っておかないとかえって逆効果になる場合があります。以下に簡単にそのルールを紹介しておきましょう。
(1) 握手をする時は必ず相手の目を見ること
(2) 握手の手を差し伸べる時は順番(Protocol)がある。先に手を差し伸べるのはまず「上位者」から。ボス→部下、女→男、年長者→年少者、先生→生徒 etc. 対等な関係であればその限りではない。
(3) 相手の手を握る強さは強すぎず弱すぎず
(4) 握手をする時間の短長は親密度を表す。長いほど友好的な関係。
(5) 握手をする時に片方の手を添えたり、相手の肩を叩くことで一層の友好をアピールすることが出来る。
まあ、細かいことをいうとまだまだあるのですが、とりあえず(1)~(5)を知っておくだけでかなり相手に与える印象が違います。

ところが日本人にとって握手という行為は”輸入品”なので結構誤解していることが多い。政治家のオッサンもビジネスマンでも「適当な握手」で終わらせている姿を散見します。それとなくアドバイスをしてもやっぱり「適当」に済ます人が後を立たない。普段の素行というべきか…悪い意味でブレない人が多いのも日本人の特徴です。意外と「相手が自分に合わせてくれる」ことを期待するというか、前提にしている人たちが多いように感じます。

因みに一番多い間違いのパターンは(1)と(2)です。相手と目を合わさないというのは結構、西洋人は傷つきます。これをとあるオッサンに説明すると「日本人は目を合わせると失礼になると考えてるからだ!」と日本人である管理人に説明してくる(!?)のですが、じゃあ貴方は外国人に会うたびにそう説明するんですか?とwww相手が観光旅行の人ならそれも「あり」ですけど、国際儀礼の場で文化の違いや歴史認識の違いを強調しても全く無意味です。(2)は(1)に比べて大目に見てもらえる場合が多いです。外国人に対して「テメーは全然マナーがなってねえなwwバロスww」という態度を取る人はまあ少ないですからね。心の中まではどうか知りませんが。



(あいさつは身を助ける)

「挨拶が出来ないやつは出世しない!!」と学校や会社などでよく管理人も言われたものです。これはある意味で正しいのですが、日本ではその言葉の裏に「礼儀」や「敬老精神」が多分に盛り込まれていることが非常に多い。勿論、「礼儀」などはとても大切なことですが、会社にもよりますが年長者の態度にはホトホトに呆れる時があります。人には挨拶をしろという癖に自分は全くしない。これは「俺は先輩だからいいんだ」じゃ済まない問題です。挨拶は「友好度」と「親密度」を示す重要なバロメーターであると国際的に理解されています。要は身分や歳の差で決まるものでは無い、ということです。
「これからはグローバル化だ」
「これからは英語の時代だ」
などと仰るならなおさら、日々の挨拶のこともしっかり考えるべきじゃないでしょうかね。
みなさん、挨拶はキチンとしましょう。勿論、自分のためにですよ。



文責 東郷太一
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