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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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番外編 ドイツ新生活補完計画 (Part-7)


2007年4月某日。運命の歯車は回り始めた。
ゲンドウはゲヒルン研究所でキョウコ・ツェッペリンと出会う。
キョウコの類稀な才能を認めるゲンドウは…


(本文)

ゲヒルン研究所の技術部長の執務室は重厚な調度品が来訪者をまるで威嚇する様に取り囲んでいた。
 
この部屋の主であるヘルムート・エルンストは巨体の持ち主だった。まだ40を少々過ぎたところでゲヒルン研究所の中でも若い幹部の一人だった。ヘルムートは粘りつくような陰湿な視線を自分の正面に立っている白衣を着た女性研究員に向けていた。
 
ダークブラウンの髪を肩まで伸ばした色白の女性研究者はそれに全く怯むことなく真っ向からヘルムートに舌鋒鋭く挑みかかっていた。
 
「エルンスト!そんな決定納得が行きません!」
 
ヘルムートは鬱陶しそうな表情を作ると露骨に自分の正面に立ちはだかる研究員を睨みつけていた。緊迫した空気が二人の間に流れている。
 
「ツェッペリン…もういい加減にしてくれないか…君が納得しようがしまいがそんなことは我々には一向に興味が無い話だよ。とにかく君のプロジェクトプランは先週の金曜日に開かれた部長会議で却下されたのだ」
 
「どうしてですか!理由をお聞かせ下さい!」
 
ツェッペリンと呼ばれた女性研究員は勢いよくデスクに両手を突いた。両者の視線は激しく交錯する。
 
「理由?そんなものはどうでもいい。却下された、ただそれだけのことだよ」
 
「そんな説明納得行きません!あのプロジェクトは動力機関の効率を高める上で重要な意味を持っていると確信しています。完成すれば懸案となっている外部エネルギーの変換効率を低く見積もっても62%は高める事が出来ます。これを応用すれば…」
 
バン!!
 
ヘルムートはグローブの様な大きな手で机を叩いた。
 
「いい加減にしないか!ツェッペリン!今日が何の日か君も知っているだろう?本部からチェアマンのミスター碇がこの研究所のトップとして着任する予定なんだ。今、君のご大層な馬鹿げた理屈をうだうだと聞いている暇は無い!」
 
「チェアマンがベルリンに来られるという話は存じております。しかし、それが一体何の役に立つとおっしゃるのですか?そんな事よりも今は一刻も早く遅れ気味のE計画の第36プログラムを終わらせる事の方がはるかに重要ですわ」
 
「ふん!そんなことはどうでもいい!私は応対役をハイツィンガー理事(諜報担当部長)から直々に頼まれているんだ。だいたいだね。君の自発性電磁誘導の応用理論なんて議論の飛躍も甚だしいんだよ!そんなものを誰が相手にするというのかね!」
 
「ですが!」
 
「もういい!話は以上だ!私はこれから昼食会の準備をしなければならん。君に付き合っていては時間の無駄だ!出て行きたまえ!」
 
キョウコ・ツェッペリンはヘルムートを一睨みすると荒々しくヒールを鳴らしながら部屋を出て行った。ヘルムートは遠ざかっていくすらっとした後姿を見ながら吐き捨てるように呟いた。
 
「全く可愛げのない生意気な女だ…ハイツィンガー理事がご執心でなければとっくの昔にクビにしていたところだが…こうなったら外殻団体に飛ばして二度とベルリンに帰って来れなくしてやる…」
 
ヘルムートは一人ほくそ笑むとデスクの電話を取った。
 
 
 


部屋のドアを勢いよく閉めると憤懣やる方ない状態でキョウコはヘルムートの秘書のデスクを通り過ぎていく。
 
オフィスの出入り口近くに差し掛かった時、キョウコの目の前に天井からイースターエッグ(復活祭で使用する飾りの一種。カトリックでは復活祭はクリスマスよりも遥かに重要な行事。因みに2007年の復活祭は4月8日)が吊るされているのが目に入った。
 
イースターエッグはちょうどキョウコの視線と同じ高さにあった。温水ヒーターから作られる上昇気流に煽られてまるで挑発する様にブラブラしている。
 
何よ…いつまでお祭り気分でいるつもりかしら…ムカつくわね…イースターはとっくに終わったのよ!!
 
くそ!あの分らず屋のミートボールオヤジ!バカ野郎!
 
キョウコは日本語で叫ぶとイースターエッグに上段回し蹴りを繰り出す。長い足が鋭く空を切り裂いた。イースターエッグはそのままオフィスの外に飛んでいく。
 
一部始終を見ていた女性秘書は拍手をキョウコに送った。
 
「さすがキョウコね!かっこいいわ!まだ空手は習っているの?」
 
キョウコは白衣のポケットに両手を突っ込むと大きなため息をつく。
 
「いいえ。アスカを産んでから一度も行って無いわ」
 
「そうなの?折角ブラックベルトなのにもったいないじゃないの」
 
「そんなの…どうだっていいわ…アタシの望みは自分の理論を実証したい…ただそれだけよ…」
 
キョウコは肩を落して歩き始めるとイースターエッグが飛んでいった方角から英語で叫ぶ男の声が聞こえて来た。
 
 
 


「こちらがエルンスト部長のオフィスです。ミスター碇」
 
イェーゲンがドアを開ける。後ろを歩いているゲンドウの顔はげっそりしていた。
 
「もう研究所の案内は止めにするぞ…私に会いたいと言うやつはベルトコンベヤーに一列に乗せて私の部屋に運搬しろ…歩き疲れた…」
 
「では今日はこれで最後にしましょう。エルンスト部長はミスター碇の応接役の責任者ですから会うだけ会って下さい」
 
イェーゲンが駄々をこね始めたゲンドウの後ろに回りこむと背中を押してオフィスに押し込んだ。
 
その時、オフィスの奥から日本語で怒鳴り声が聞こえて来る。甲高い女性の声だった。
 
くそ!あの分らず屋のミートボールオヤジ!バカ野郎!
 
ん?これは日本語ではないか…
 
ゲンドウが思わず顔を上げると開け放たれた奥のドアから勢いよく何かが飛んで来る。ゲンドウの顔面にそれは直撃した。
 
ベキッ!!
 
「ぐお!う、撃たれた!い、イェーゲン!賊だ!賊がいるぞ!」
 
「ええ!!だ、大丈夫ですか!?ミスター碇!」
 
「こ、この部屋のどこかに…ヒットマンが潜んでいる!早く捕まえるんだ!」
 
ゲンドウは額を両手で押さえている。イェーゲンがふとゲンドウの足元に転がっていたイースターエッグを見つけて拾い上げる。
 
「ミスター碇。撃たれたのではありません。これが飛んできたんですよ」
 
イェーゲンがゲンドウの目の前にカラフルにデコレーションされた卵の殻を見せる。
 
「な、何だ…この悪趣味なカラーリングの卵の殻は…」
 
「イースターエッグ…ですね…でも…どうしてこんなものが飛んできたんでしょう…」
 
二人が屈んで考えているとキョウコがギョッとした表情を浮かべて立っていた。
 
「や、やだ…アタシったら…ごめんなさい…」
 
ゲンドウはふと声のする方を見る。そこにはすらっとしたダークブラウンの髪をした白衣を着た若い女性が立っていた。まだ30後半の様に見えた。色白だったが東洋人の面持ちを残していた。
 
「あ!ツェッペリン主幹!」
 
イェーゲンがゲンドウの介抱を途中で放棄してすくっと立ち上がる。よっぽどその方面の教育が行き届いているらしい。
 
こ…こいつが…キョウコ・ツェッペリンか…卵の殻をぶつけられて取り乱したとあっては…
 
ゲンドウはずれたサングラスをさっと持ち上げるとすっと立ち上がっていつものポーズを決める。キョウコがゲンドウの方に駆け寄ってくる。
 
「本当にごめんなさい。お怪我はございませんでしたか?まさか人がいるなんて思わなかったものですから…」
 
クィーンズイングリッシュ(イギリス英語)…か…
 
「いや…大したことは無い…その…イースターエッグが珍しかったからな…思わず見入っていたのだ…」
 
「あのミスター碇…多分、賊というのはツェ…うがッ!!」
 
ゲンドウはイェーゲンのわき腹に鋭く肘鉄をねじ込んだ。
 
「余計な事を言うな!貴様は黙っていろ!卵の殻ごときで騒ぎ立てるんじゃない!」
 
イェーゲンの言葉にキョウコのダークブラウンの瞳が思わず見開かれる。
 
「ミスター碇…あ、あなたが…もしかしてミスター碇ですか?」
 
「う、うむ…まあ…そうだ…」
 
キョウコは右手でグッとゲンドウの手を握る。強い力だった。
 
「アタシは技術部で主幹研究員を務めておりますキョウコ・ツェッペリンと申します。お会いできて光栄ですわ!」
 
「碇ゲンドウだ。君がツェッペリンか。噂はかねがね聞いている。今までの君の技術レポートは全て読んだ」
 
「ほ、本当ですか?」
 
「うむ。ドイツにきたら聞きたい事が色々あったのだ。今日、こちらでラップトップの設定が終わったら質問事項をまとめたものが既に作ってある。後でメールで送る。明日の開発会議までに回答を準備しておくのだ。分かったな」
 
「はい!喜んで!」
 
「…すまんが…そろそろ手を離してくれんか…」
 
「あっ!すみませんでした。気が付かなくって」
 
キョウコはにっこりと微笑むとゆっくりとゲンドウの手を離した。ゲンドウは右手を擦りながら正面に立っているキョウコの顔を見る。すっと通った鼻筋が意志の強さを示していた。
 
コイツがツェッペリンか…なるほど娘もよく似ているな…
 
「特に1ヶ月前にお前が提出した自発性電磁誘導に関するレポートだが実に興味深い。あれを応用すれば動力機関のインターフェースモジュールの性能も飛躍的に高める期待が持てる。外部エネルギーの変換効率はちゃんと検討してあるのだろうな?」
 
「勿論ですわ。最低でも62%の改善が期待出来ます」
 
「ほう…なかなか仕事が速いな。62%なら…まずまずだな…」
 
ゲンドウがあごに手を当てて少し思案顔になる。
 
E計画の肝もしっかり把握しているようだな…それにしても…葛城とは別に自発性電磁誘導の理論を導き出したとすれば…かなり見所のあるヤツだ…だが…
 
「では一つお前に質問がある。そこまで分かっていながら何故お前は今までその評価実験を実行しないのだ?疑問を差し挟む余地は無いではないか」
 
「そ、それは…」
 
ゲンドウが鋭い視線をキョウコに向けていた。
 
動力機関とインターフェースモジュールの整合性開発のプロジェクト…第36プログラムは遅延が著しいと聞いているが…これが軌道に乗ればいよいよ弐号機との接触試験に入る事が可能になると言うのに…その遅延ゆえに俺がこうして遥々ここに出向いてきた訳だが…
 
何を躊躇っておるのだ…貴様がそれを実行に移しておれば老人たちに担ぎ出されることもなく…無駄な事もせずに済んだものを…忌々しい女だ…
 
「理論だけで満足しておってはEvaは完成せんのだ!私は無駄が嫌いだが計画の遅延はそれ以上に嫌いだ!分かっていながら実行しないのであればそれは万死に値するぞ、ツェッペリン!貴様はそれでも技術主幹か!!」
 
イェーゲンが咄嗟に口を開こうとしたがそれを手でキョウコは制した。
 
「はい…全てはアタシの不行き届きです…誠に申し訳ありません…」
 
ゲンドウはキョウコを睨みつけていた。キョウコはそっと目を閉じた。
 
エルンストから散々罵倒され続けたけどようやく漕ぎ着けたプロジェクト申請…最後の望みだった部長会議で却下されたばかりなのに…アタシ…これ以上どうすればいいのか…
 
ゲンドウは小さくため息をつく。
 
「わかったなら…明日の開発会議でプランを出せ」
 
「え…い、今、何とおっしゃいました?」
 
キョウコが驚いて思わずゲンドウの顔を見た。
 
「ふん。せいぜい徹夜でも何でもして間に合わせる事だな。もしその時にお前のプランが納得行く出来であればその場で実行許可を出してやる」
 
「ええ!そ、それは本当ですか?!」
 
「私に二言は無い。但し、それが出来なければお前はクビだぞ」
 
「分かりました!直ちに準備します!」
 
キョウコの勢いに逆にゲンドウの方が鼻白んでいた。
 
「よ、よし…」
 
キョウコは挨拶もそこそこにオフィスを飛び出していった。まるで飛び上がらんばかりの喜び様だった。
 
主よ…この出会いに…アタシは…本当に感謝致します!
 
いっただきぃ!!
 
キョウコは日本語で叫ぶと廊下をスキップするように走っていた。ゲンドウは唖然としてキョウコの後姿を見送った。
 
い、一体…何なんだ…あの女…ヘンなヤツだ…
 
「あ、ありがとうございます…ミスター碇…」
 
背後からイェーゲンが声をかけてくる。まるで感涙に咽ている、そんな雰囲気だった。
 
「な、何がありがとうなんだ?お前たち…お前たちは頭がおかしいのか?私はかなり厳しい要求をしたつもりだぞ…」
 
「はい…でも…ミスター碇はチャンスを私たちに下さいました…あんな嬉しそうな主幹を…僕は入所して以来、見た事がありません…」
 
本当に変なやつらだな…まあいい…計画通りなら経緯はどうあれ文句は無いんだ…
 
ゲンドウの額の中央は打ち身の様に赤くなっていた。
 
 
 
 
 
ゲンドウが部屋に入って来るとヘルムートは下にも置かない様な歓待振りを見せた。ゲンドウはヘルムートの噎せ返りそうな擦り寄り方以上にまるで王侯貴族の居間の様な部屋の方に不快感を覚えた。
 
な、何なんだ…この成金趣味の悪趣味な部屋は…技術部トップの分際でファイルキャビネットはおろかホワイトボードすらないではないか…一体、この風船だるまは日がな一日何をしておるのだ…
 
ゲンドウは贅沢な調度品と無意味に広い部屋を眺めていたが込み上げて来る怒りを抑えながら目の前にいるヘルムートの突き出た腹を睨んでいた。
 
「ようこそベルリンへ!!ミスター碇!!」
 
「久し振りだな…ヘルムート」
 
ヘルムートは両手でガシッとゲンドウの手を握る。
 
「早速ですが本日の11時からベルリンで一番おいしい鴨料理を出す店で幹部との昼食会を準備しております。取って置きのSekt(独 シャンパンのこと)を用意させております」
 
ピクッとゲンドウが僅かに顔を引きつらせる。
 
「昼食会だと?そんな暇は無いぞ。これから私はアパルトメントの鍵を受け取らねばならんのだ」
 
「そうでしたか?それではこれからすぐに鍵を取りに行きまして滞在先までお送りします。荷物をピックアップしてアパルトメントに一旦置かれてレストランに行くというのは如何でしょう?滞在先は何処ですか?カイザーウィルヘルムのインペリアルスィートですか?」
 
途端に隣にいたイェーゲンが両手で口を押さえる。込み上げる笑いを必死に堪えている様だった。
 
「…貴様…何を寝言を言っておるのだ…何がインペリアルスィートだ…Eden Platzの近くにあるペンションの一番安い部屋だ」
 
ヘルムートは心底驚いたらしく思わずよろめいて片手をデスクに突いた。
 
「な、なんですと!!バカな!!誰がそんな不届きな手配をしたのですか!!けしからん!!」
 
「けしからんのはお前の方だ。たかが週末を過ごすのにそんな高い滞在費が払えるか!それに指示したのはこの私だ。何か文句があるのか?」
 
「ええ!み、ミスター碇が?!文句などと滅相も無い!」
 
「それから!昼食会がしたければ研究所の地上階にあるカフェテリアを使え!高級ホテル並みのビュッフェが出るのに何でわざわざ外に出かけねばならんのだ!冗談も休み休み言え!」
 
「か、カフェテリアですと!ミスター碇を一般の職員共でごった返す様な場所にお連れするわけには…それよりも是非鴨をご賞味下さい」
 
ヘルムートは必死になってへたり込みそうになるのに堪えていた。
 
「鴨、鴨やかましい!そんなに鴨が食いたければ研究所の敷地にある池にメチャクチャ浮かんでおったぞ!適当に取ってきて料理してもらえ!」
 
「ひ、ひえ…」
 
「いいか!一分たりとも無駄にするな!明日の開発会議には貴様も出席するのだ!分かったな!」
 
「は、はい!!」
 
「行くぞ、イェーゲン。不動産屋のオフィスまでこの私を連れて行け。そろそろ開く時間だろ」
 
「は、はい」
 
ヘルムートは呆然とゲンドウの背中を見送っていた。
 
 
 


翌朝。

ゲヒルン研究所内の大プレゼンテーションルームに技術部に所属する研究者全員と初の御前会議というヘルムートの喧伝によって部長以上の上級幹部が勢ぞろいしていた。
 
ヘルムートは得意満面で自ら議事進行を買って出たもののE計画の各プログラムをマネジメントしている技術主幹とそれらの下に所属する研究員たちとの間の各論議論のむしろ妨げになっていた。
 
ゲンドウのイライラは頂点に達しつつあった。
 
幹部だけの会議ならいざ知らず…研究者同士の会議は大局を優先するよりもむしろディテールを大切にすべきなのだ…重要なのは研究者の各論議論を大局に連動させる技術的なマネジメント手腕だ…この風船達磨め…その辺の事がまるで分かっておらん…誰がこんな無能なでくの坊をこのポジションに据えたのだ…
 
ゲヒルン研究所で進行している第34、35、36、37、38の5つプログラムは総じて3%から14%の遅延が発生していた。特に動力機関実装技術の36プログラムの遅延はひどいものだった。
 
36プログラムの技術主幹はキョウコ・ツェッペリンだった。壇上のキョウコは流暢な英語でプログラムの進捗報告を行っていた。
 
あいつめ…いつまでも自発性電磁誘導の技術を眠らせておくから14%もの遅延が発生するのだ!出来るヤツだと思っておったがとんだ無能ではないか…
 
ゲンドウの怒りがピークに差し掛かったその時だった。ヘルムートが勢いよく立ち上がるとキョウコのプレゼンを途中で遮った。
 
「もういい。止めたまえ、ツェッペリン。君の無能振りにはここに集まっている全員があきれ返っている。14%の遅延と言う事実をチェアマンにどう説明するのかね?」
 
ツェッペリンはいささかも取り乱すことなくヘルムートの方に向き直る。
 
「この遅れは動力機関のエネルギー変換効率の低さにあります。これを改善するための新方式の開発が急務なのは明らかです。その技術として…」
 
「いい加減にしたまえ!!君の戯言に付き合っている暇は無いんだ!!」
 
ほう…ヘルムートもなかなかやるではないか…ただ食うだけしか能の無いヤツだと思っておったが…
 
プレゼンルームのあちこちから嘲笑が漏れていた。キョウコは屈辱の余り壇上でわなわなと手を震わせていた。
  
キョウコはキッと壇上からヘルムートを睨みつける。
 
「リカバリープランはあります。新方式として自発性電磁誘導理論のプロジェクトを直ちに上程して…」
 
そうだ…特殊S2理論の枠内でこの理論を応用すればEvaの動力機関として非常に効率がいい…早くそのプランを見せろ、ツェッペリン…しょぼかったら貴様は永久追放だ…
 
ゲンドウはキョウコの言葉に頷いていた。ヘルムートは再びキョウコを遮る。
 
「見苦しいぞ、ツェッペリン。今更いい訳とは!しかも君の下らん自説を展開して責任逃れをするつもりかね?」
 
「そんなつもりはありません!」
 
ゲンドウはヘルムートに視線を移していた。
 
ヘルムートのヤツ…余計な事を言いおって…早くツェッペリンにプレゼンさせるのだ…
 
「もういい!新方式として大容量キャパシター技術のプロジェクト化を推進する!君の様な無能な技術主幹は見た事が無い!第36プログラムは本日付で凍結する!」
 
「そ、そんな…」
 
キョウコは思わず持っていたレーザーポインターを取り落とした。無機質な音がプレゼンルームに響く。
 
そうか…エルンスト…ようやくあなたがプロジェクト申請に同意しなかった理由が分かったわ…あなたは強かに…この機会が訪れるのを待っていたのね…自分の推進する大容量キャパシターをプロジェクトに昇格させるために…アタシの理論をわざとペンディングして遅延を発生させて…なんて卑怯なの…あなたも研究者の端くれなら正々堂々と理論で勝負すべきよ!
 
ゲンドウはじっと両肘をテーブルについて二人のやり取りを見ていたが、にやっと不敵な笑みを浮かべる。
 
大容量キャパシターか…そうか…そういう事か…なるほどな…なかなか味なまねをするではないか…
 
ゲンドウはすっと立ち上がるとヘルムートの横に立ち肩に手を置いた。プレゼンルームの全員の視線がゲンドウに集中していた。ヘルムートはほくそ笑む。
 
「ヘルムート。お前の大容量キャパシターのプロジェクト昇格案はある意味で非常に興味深いぞ」
 
「は!光栄の極みです。チェアマン」
 
「ミスター碇…」
 
イェーゲンは祈るような気持ちでゲンドウを見つめていた。
 
どうしてです…ミスター碇は昨日…ツェッペリン技術主幹の自発型電磁誘導理論に興味を示しておられたではないですか…エルンスト部長がずっとツェッペリン技術主幹をいびり続けていたんです…女性初の技術主幹というだけの理由で…お願いです…チャンスを…チャンスをどうか私たちに与えてください…
 
「大容量キャパシターと現在のEvaとのインターフェースモジュールとの整合性はどうなるのかね?」
 
ゲンドウはヘルムートの横に並ぶとキョウコの顔と交互に見た。
 
「インターフェースモジュールとの整合性に関しては今後の課題ですがまずは変換効率のMaximizeが優先課題ですからな」
 
「なるほどな…第36プログラムのもう一つの側面は変換効率の改善と如何に動力機関と素体との制御性を向上させるか、にあるが?」
 
「それは…勿論把握しておりますが…その…将来的な課題であって…」
 
「これまでのツェッペリンのレポートはその大局を見据えた上で理論を展開していたぞ。部分最適ならば誰にでも可能だ」
 
「そ、それは…勿論…今後検討する必要があることは…」
 
「まあいいだろう。お前の提案はよく分かった。では第36プログラムの凍結後はどうするか、聞かせてもらおうか」
 
「わかりました。実行責任者を即時解任してゲヒルンの外殻団体である新技術調査局への転属と トリア にある出張所勤務を命じます」
 
プレゼンルームからざわめきが起こる。完全な左遷であるだけではなく中央への復帰はほぼ絶望的な人事だった。
 
「そんな…」
 
こんな…こんなことが許されていいの…主よ…
 
キョウコは天を仰いでいた。イェーゲンを始めとする第36プログラムに所属する研究員たちは固唾を呑んでゲンドウの一挙手一投足を食い入るように見ていた。
 
「そうか…なかなかの案だな。ではこの場でそれを直ちに許可しよう」
 
ふん。思い知ったか。生意気な事ばかり言うからだ…ざまを見ろ、ツェッペリン…
 
「ありがとうございます」
 
「礼には及ばんぞ、ヘルムート。お前にしてはなかなか殊勝な心がけではないか」
 
「え?」
 
「自分からトリア行きを希望するとはな。お前も最後の最後に実に妥当な判断をしたものだ」
 
「ははは。ご冗談を。チェアマン」
 
「黙れ!お前の無能振りには心底失望したぞ、ヘルムート!とっとと私の目の前から消えうせろ!この大バカモノが!!」
 
「ひえ!!な、何とおっしゃいました?」
 
「消えうせろと言ったのだ!早く荷物をまとめてトリアへの赴任の準備でもしろ!!痴れ犬が!!」
 
「わ、訳を!!訳をお聞かせ下さい!!チェアマン!ど、どうしてこの私が!!」
 
「動力機関とインターフェースモジュールの整合性は技術マネジメント上の不可避の課題だ!現場の研究者が部分最適に拘るのは当然だ!それが研究者としての本分だからな!!それを大局的見地に立って方向性を示して計画を遂行することこそが技術部長たるものに課せられる使命なのだ!!それを変換効率に拘り、あまつさえスケジュールを無視して36プログラムの凍結するとは狂気の沙汰と言う他無いわ!!貴様の頭が空っぽで無能なのがよく分かった!!」
 
ヘルムートはへなへなと崩れ落ちる様にその場にへたり込んだ。
 
「ツェッペリン!」
 
「は、はい!!」
 
「何をボーっとしておるのだ!貴様のリカバリープランを早く見せろ!私は無駄が嫌いなのだ!」
 
「はい!」
 
「それから・・・今日から貴様が技術部長の代行をやれ。貴様からの質問は許さん」
 
 
 
 
 
【教訓その7】
特にドイツでは自己主張をすることが生き残る上で要求される資質である。自分から言い出さないと誰も何もしてくれない。「空気を読む」のは日本人だけである。




番外編 ドイツ新生活補完計画(Part-7 ) / つづく



(改定履歴)
12th Mar, 2009 / 表現の修正
13th Mar, 2009 / ハイパーリンクの追加
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