忍者ブログ
新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

番外編 ドイツ新生活補完計画 (Part-11)
幾多の困難を乗り越えてようやくプロバイダーと契約を
結んだゲンドウだったが次々と襲い掛かる「ありえねー」に
珍しく弱音を吐き始めた。
面の皮の厚さは世界基準のゲンドウを弱らせる
文化ギャップとは一体何なのか…
(本文)


翌日…
 
開発会議の後のゲンドウは終始無言だった。イェーゲンはローバーミニの助手席に座っているゲンドウの様子をちらっと横目で伺う。
 
イェーゲンも言葉少なだった。
 
ミスター碇が…ハイツィンガー理事と7年も前から知り合いなんて…理事は2年前に(人類補完)委員会から派遣されて来た…ゲヒルン研究所の発足当時からのメンバーじゃない…経歴もほとんど分からない謎の人物…一体どんなつながりがあるんだろう…
 
二人は再びショップを訪れた。昨日、いきなり早退した店長は今日も休んでいた。代わりにバイトと思しきトルコ系の青年が二人を応対した。
 
ゲンドウは難しい顔をしてショップの片隅に座っていたがバイトの青年とやり取りをしているイェーゲンの様子がおかしい事に気が付いて近づいて行った。
 
円らな黒い瞳のバイトの青年はゲンドウの姿を認めると笑顔を返してきた。同じアジア人ということで気安かったのかもしれない。手を上げて簡単に会釈するとゲンドウはイェーゲンに向き直った。
 
「おい・・・イェーゲン…お前は何を揉めているんだ?」
 
「あ、ミスター碇…その…揉めているわけではないのですが…彼のドイツ語にちょっと問題がありまして…少々手間取っています…」
 
イェーゲンは不安そうな眼差しをトルコ系の青年に送っている。青年はそれを全く気にする様子もなく契約書のフォーマットに打ち込んでいる。時々、イェーゲンが突っ込みを入れるが怪しいくらい簡単に返事をする。
 
「確かに…お前の心配は何となく分かる気がするな…コイツは本当に分かってるのか…」
 
「ちょっと確信はありませんが…まあ今日は準備物が全て揃っていますからね…打ち込むだけですから大丈夫だと思います…」
 
やがて青年は契約書をプリントアウトして二人の前に差し出した。笑顔で何事かを説明し始めたがゲンドウもイェーゲンも眉間にしわを寄せて注意深く聞き入る。
 
イェーゲンはドイツ人らしく月々の支払い関係をしつこいくらいに確認していた。ドイツ人にはざっくりした見積もりや後からの追加請求は通用しない。ドイツ人相手の商売では予め厳格に取引価格を決定する必要がある。面倒臭いが慣れると後からボラれる心配が無いので安心だ。
 
「手順ですが…多分…僕と同じはずなんでそれを説明しますけど…ドイツテレコム(ドイツにおけるNTTの様な存在)が約2週間後にミスター碇のアパルトメントに工事に来る筈です。その後でルーターなど一式が手元に届くのでそれを自分でセットアップすればインターネット接続が可能になります。恐らくそう言いたいんだと思うんですけどね…」
 
「…何なんだ…その自信のなさは…」
 
「すみません…ちょっと彼のドイツ語がやっぱりいまいち理解できなくて…僕の質問にもぜんぜん答えてくれないんで弱ってるんですけどね…」
 
「な、何?!おい!おまえ!英語は話せるか?」
 
ゲンドウは青年に英語で話しかける。
 
「Gun Tag(こんにちは)」
 
一切、英語を話す素振りすら見せない。
 
「余裕で駄目らしいな…しかし…それにしても対応が悪すぎるぞ…何なんだ…その工事に2週間もかかるというのは…まさかシベリアから技術者を派遣するつもりか?」
 
「そういうわけではありませんが仰りたい事はよく分かります。ドイツテレコム や ドイツ鉄道 は基本的にお役所仕事ですからね…僕もストレスを感じますよ」
 
「ほう…ドイツ人でもストレスを感じる事はあるらしいな…しかし…貴様の話を纏めると結局のところ、この件に関してはNo Option(選択肢は他にない)と言う事だな?」
 
「はい、残念ながら」
 
「契約締結後、殆ど無条件に2週間も待たされるとは…有り得ん対応の悪さだな…本当に21世紀なのか…ここは…タイムスリップした気分だ…」
 



余談だが…
 
ドイツテレコム は元々、国営企業だったが1995年に民営化されたものの日本のNTTと同様に基本的にドイツ全土の電話通信網を管理統括している。
 
各プロバイダーはドイツテレコムが管理するこの回線を借りてユーザーと個別に契約を結んでインターネットサービス(含、IP電話)を提供するためインターネットの開通は実質的にこのドイツテレコムの工事スケジュールに律速する。
 
因みにドイツ人の間でもこのドイツテレコムの悪名は名高く、例えば工事日程を平気ですっぽかす等は日常茶飯である。特別、外国人(特にアジアンだから)という理由で対応が悪いわけではない。
 
さらにドイツだけが特別なわけではなく他のEU圏でもこの事情はほとんど同じ様である(作者が調査しただけでもスペイン、イタリア、フランス、オーストリアでも似たり寄ったりらしい)。如何に日本の通信各社の対応が世界的に見て優れているかが分かる。日本人が快適な環境の中にいることは知っておいた方がいいかもしれない。
 
プロバイダーは契約締結後、アカウントを作成してルーターキットをユーザーに送るがそれ以上のことは通常しない。このルーターも油断をしていると不良品を何食わぬ顔で送ってくるので始末が悪い。容易に想像がつくがルーターが壊れていると言うことを証明するのは相当難しい。大部分のクレームはユーザーのセットアップが悪いことが原因のためプロバイダーも簡単には信用しないからだ。
 
追い討ちをかける様にプロバイダーのショップの従業員は大半がバイトであり英語が通じない場合が非常に多いため現地語が話せない外国人には二重三重の苦痛が待ち構えているのである。
 
閑話休題。




 
「そうですね…まあ僕の時と基本的に契約内容は同じはずですし…大丈夫だと思います…」
 
「分かった…これで契約しよう…」
 
ゲンドウは店に備え付けのボールペンでさっとサインするとショップを引き上げた。
 
珍しいな…ミスター碇が簡単に引き下がるなんて…また首を絞められるかと思ってたのに…
 
イェーゲンはじっと自分の前を歩くゲンドウの背中を見詰めていた。心なしか翳がある様に見えた。
 
 




 
3日後・・・
 
ゲンドウの元にプロバイダーから手紙が届いた。全てドイツ語だったためゲンドウはイェーゲンを所長室に呼びつけて説明させていた。
 
イェーゲンの話によるとドイツテレコムの工事日程を10日後に決定したため午前8時から12時の間は家に待機して置けという高飛車な内容だった。
 
「な、なに!?何だ!その4時間の間隔は!しかもアパルトメントの電話盤をフリーアクセス状態にして置けだと!?」
 
「はい。すっぽかされない様に僕の方で前日にリマインドして置きますので。あと大家さんに連絡して電話盤の場所を確認しておきましょう」
 
ゲンドウはたまらず執務机に突っ伏した。
 
「め、面倒臭いぞ…あり得ないほど…こんな事なら…全部自分でやると啖呵を切らなければよかった…」
 
ゲンドウは男寡(やもめ)になるまで自分のことすらまともに出来ず全てユイの世話になっていた。ユイを失って3年が過ぎたがその方面のスキルは殆ど向上していなかった。
 
その事情を知っている冬月や赤木ナオコからドイツの赴任が決まった時に「一人では何も出来ないゲンドウが」と散々バカにされたため「一切、ドイツ側(ゲヒルン研究所)の世話にならん!」と大見得を切った手前があった。
 
しかし…実際は散々目の前にいる第36プログラム所属のイェーゲンの世話になっていた。日本側の事情を知らないキョウコがゲンドウのサポート(空港のピックアップ)をイェーゲンに命じていた事が幸いしていた。溺れる者は藁をも掴むという例えそのままにゲンドウはイェーゲンに頼り切っていた。
 
ゲヒルンのトップともなれば最低でも2人は秘書が付くものだがジオフロントで一人気ままに仕事をしていたゲンドウがこれも「いらん」の一言で片付けてしまっていた。
 
海外赴任を舐めていた…まさにそのツケを今のゲンドウは随所で払っていた。今更ながらに秘書を断ってしまった事を後悔していたが、プライドのみならず秘書を設置した事を冬月たちに悟られることを最も恐れていた。
 
妙なところで小心者だった。
 
「あ!!」
 
「な、何だ!貴様!ビックリするではないか!急に大声を出しよって!!」
 
「た、大変です。ミスター碇。この契約書の住所…よく見たら住所が違いますよ」
 
「な、何だと!」
 
ゲンドウがイェーゲンから引っ手繰るようにしてプロバイダーと先日結んだ契約書を見た。ストラッセ(通り)名までは同じだったが、日本では番地に相当するハウスナンバーが21のところが23になっていた。

ドイツでは基本的にストラッセ(通り)を中心にしてハウスナンバーの奇数、偶数を右側、左側のどちらかに集める。つまり21番地と23番地は隣同士という事になる。
 
「何だ…単に21が23になっているだけで大した違いではないではないか。あのバイトめ…私の住所と大家の住所を間違えて書いたらしいな…ドイツ語すらまともに読めんとは…」
 
ゲンドウの楽観振りとは好対照にイェーゲンはみるみる表情を曇らせていく。
 
「はあ…参ったなあ…彼はドイツ語が余り上手くなかったのでちょっと危惧はしていたんですけどね…ホント参ったなあ…」
 
イェーゲンが眉間に皺を寄せて深刻そうな顔つきをしているためゲンドウは段々不安になってきていた。
 
「おい…お前…何をそんなに難しい顔をしておるのだ…違うと言っても隣の家ではないか…」
 
「僕…とにかく急いでプロバイダーに電話をしてみます」
 
「おかしなヤツだな…まあ万全を期すに越した事はないからな」
 
しかし、ゲンドウはこのイェーゲンの困り果てた顔の意味を数分後に思い知らされる事になる。
  






イェーゲンが所長室の電話を使ってプロバイダーに電話をしているが先ほどからドイツ語で激しい言葉の応酬を繰り広げていた。
 
一体…コイツらは何をそんなに大袈裟に言い合っておるのだ…
 
イェーゲンが大きくため息をつくと受話器を珍しく荒々しい所作で置くと申し訳なさそうな顔をしてゲンドウを見る。
 
「あの・・・」
 
出た…また「あの・・・」だ…
 
「何だ…何がどうだというんだ?大家の家に間違って来たとしても隣に足を伸ばせば済む事ではないか」
 
「それが…残念ながらドイツテレコムは工事日程をリスケジュール(変更)するそうです」
 
「ぶっふぉおおおお!!!!」
 
ゲンドウは驚きのあまり椅子ごと後ろにひっくり返った。来独以来、最大の驚きだった。
 
「ば、ば、バカな!!何を考えておるんだ!!住所が違うといっても…距離にして数メートル…隣ではないか!!何でスケジュールまで変更する必要があるんだ!!冗談は顔だけにしろ!!」
 
「それが…僕もそう主張したんですけど…住所が違うものは一からやり直しだの一点張りで…どうにもなりませんでした…」
 
「有り得ん・・・有り得んぞ!!何なんだ!!それは!!そんな事は安全保障理事会が認めても俺が認めん!!町内が違うとか国が違うなら分かるが…隣ではないか!!」
 
「お力になれず申し訳ないんですが…工事は3週間後ですね…」
 
「ぶべら!!」
 
だ、ダメだ…俺は…今までの人生の中で…こんなに完膚なきまでにメタクソにやられた事はさすがに無いぞ…もう挫けそうだ…ある意味…Seele以上に手ごわいぞ…
 
 
 


 
3週間後…
 
イェーゲンの確認の電話が奏功して工事はすっぽかされずに済んだもののどこか釈然としない思いがゲンドウに残った。4時間の幅を持たせて結局2時間ほど人を待たせた割りにドイツテレコムのオヤジの作業は15分で終了したからだ。
 
念の為と言って工事にはヨボヨボの大家とイェーゲン、そしてゲヒルン研究所のIT部門から2名の若手が派遣されていた。防諜装置取り付けのついでもあったとはいえその仰々しい対応にも閉口していた。
 
何と言うか…力を注ぐ部分が…日本とまるで違う…本当に…これで特務機関を世界同時に発足できるのだろうか…堪らなく心配だ…
 
ゲンドウはちらっと自分以外のドイツ人で和やかに談笑しているイェーゲンたちを横目で見る。
 
て言うか…特務機関の司令に俺がなってもこいつらと付き合う事になるんだよな…
 
ため息をつくとゲンドウは小雪がちらつくベルリンの街並みをリビングの窓から眺めていた。







番外編 ドイツ新生活補完計画_(11) 完 / つづく



※ 次回のPart-12でこのエピソードは終了になります。番外編はまた別の物語がスタートします。
PR
ブログ内検索
カウンター
since 7th Nov. 2008
Copyright ©  -- der Erlkönig --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by White Board

powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]