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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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番外編 ドイツ新生活補完計画 Part-9

ゲンドウは一人…
殺風景なアパルトメントの部屋で目覚める…
ヨーロッパの殺伐とした冬の風景がシンジを「先生」に預けた
あの日を思い出させたのか…
それともA計画に翻弄されるある親子にかつての自分たちの姿を
重ねたからなのか…

Lost my Music / ver. Miku Hatsune
 
(本文)


ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!
 
デジタルの目覚まし時計は6時を回ったところだった。ゲンドウは目覚めると荒々しくアラームのボタンを叩く。
 
ゲンドウの髪は爆発に巻き込まれたようにボサボサだった。頭がボーっとした状態でメガネを手探りで探り当てる。上下逆さまにかけるが気が付く様子が無い。

あり得ないほどの寝起きの悪さだった。

この寝起きの悪さを自分の息子も忠実に受け継いでいるとはさしものゲンドウも知る由もなかった。
 




2006年8月…

5歳になったばかりのシンジを無理やり金魚すくいに誘った翌日、ゲンドウは小さな身体に似つかわしくない大きなスポーツバッグをシンジに持たせて松代に借りていた一戸建ての借家を後にした。

箱根への引っ越しもほとんど終わっていた。

ここで再び家族で帰ってくることももはやあるまい…

親子で一緒に旅行に行くと勘違いしたのかシンジは滅多に見せない無邪気な笑顔を見せていた。

「行くぞ…シンジ…言っておくが私の半径3メートルの絶対防衛圏を超えて歩くな」
 
シンジは珍しく笑って返事をしなかった。

いつもなら…はい、おとうさん…とおびえながら返事をするのに…まあ…いいか…今日くらいは…

親子二人は無言のまま松代駅から第二東京市(松本市)を目指した。当時、リニアは第二東京市までしか就航していなかった。箱根(第三東京市)まで延伸するのは3年後(2009年3月)の事である。

蝉しぐれ、雲一つない抜けるような青空が信州に広がっていた。





三鷹市から出て来た実弟にゲンドウはリニア駅のホームで久し振りに再会した。
東に向かう人の群れは引きも切らず忙しなかった。

松本にほとんどの首都機能が移転していたがまだ一部の企業や政府機関は旧東京都近郊に残っていた。
 
「こんな事ばかりお前に頼んで申し訳ないが…この子をよろしく頼む…」
 
「兄さん…こんな時に何だけど…親父の法事くらいは顔を出してよ…親父もそうだったけどさ…全然…家庭を顧みる人じゃなかったけど…せめて墓に線香の一本でもさ…」
 
「分かっている…だが六分儀の家はお前が継いだんだ…お前がいれば安泰だ…」
 
「兄さん…」
 
「ほら…シンジ…「先生」に挨拶しなさい」
 
シンジは恥かしがってゲンドウの後ろから出てこようとしなかった。不釣合いなスポーツバッグが切ない風を運んでくる。
 
「お前やシンジには全うな道を歩んでもらいたい…ただ…それだけが俺の願いだ…」
 
ゲンドウは自分の足にまとわり付くシンジを引き離すとシンジの身体を「先生」の方に押した。
 
「やあ…大きくなったね…シンジ君…何か…義姉さんそっくりだね…」
 
シンジははにかんだ笑顔を「先生」に送るとおずおずと今度は「先生」の後ろに回った。
 
「どうやら…お前の事を思い出したようだな…」
 
「やっぱりさ…この子は…シンジ君には兄さんが必要なんじゃないかな…俺にはやっぱり荷が重いよ…」
 
「心配するな。養育費はお前の口座に月々…」
 
「兄さん!俺はそんな事がいいたいんじゃないよ!」
 
「…」
 
「俺は金なんか要らないよ…兄さんと話しているとさ…何か…温かみっていうかさ…人間の心を感じないんだよ…機械と話してるみたいだ…そういうところってさ…ホント…死んだ親父にそっくりだよな…俺…親父のこと子供の頃から嫌いだった…」
 
ゲンドウは僅かにメガネを持ち上げた。
 
「すまんが…よろしく頼む…いつか迎えに行く日もあるだろう…」
 
「しょうがないな…で?シンジ君にはこのこと…ちゃんと話したんだろうね?」
 
「…」
 
「呆れたね…どうせそんな事だろうとは思っていたけどさ…」
 
「一つ頼みがある…」
 
「何だよ…」
 
「この子に音楽を教えてやってくれないか…」
 
「音楽?どうして?」
 
「先生」は驚いてゲンドウの方を思わず見た。
 
「この子には親父や俺の様な世界に入って欲しくない…お前の様になって欲しいんだ…まだ続けてるんだろ?トランペット…」
 
「まあね…仕事の合間に仲間でジャズバンド組んで細々とやってるよ…でも…驚いたな…兄さんが楽器のこと覚えてるなんてね…俺は昔から理数科目がからっきしで親父からこっ酷い目にあわされてたけどさ…俺がブラバン(吹奏楽部)に入るって言った時、親父何て言ったか覚えてる?」
 
「ああ…女のママゴト遊びみたいなことをするな…だろ…」
 
「違うよ…オカマ野郎…だよ…」
 
「…似たようなもんだろ…」
 
二人の男は出発間近のリニアの前で笑い声を上げる。
 
「シンジ君が興味を持つかどうか分からないけど…やるだけやってみるよ…」
 
「すまん…音楽なら何でもいい…贅沢は言わん…」
 
ゲンドウが傍らに置いてあったシンジのスポーツバッグを「先生」に手渡した瞬間、出発を告げるアナウンスが構内に鳴り響いた。
 
「また…いつか会おう…」
 
「着いたっていう連絡はしないよ?兄さん」
 
「さらばだ…シンジ…」
 
東向かうリニアにゲンドウが自分と一緒に乗らないと悟ったシンジは途端に泣き始めた。そして「先生」の手を潜り抜けるとホームに立っていたゲンドウに飛びついてきた。
 
「おとうさん!おとーさーん!まってよう!ぼくをすてないでよぅ!」
 
その一瞬、ゲンドウはシンジを疎ましく感じた。自分でも驚くほど冷静に、無理やりリニアに押し込んだ。
 
何故だ…何故お前は…俺から離れたがらない…あれほど俺に怯え…子供らしくなく俺の顔色ばかり伺う…お前は俺といると傷つくんだ…
 
「やだよ!おとーさん!おとうさん!」
 
お前が泳げないのもニンジンが食えないのも俺のせいだ…お前は俺といると卑屈になるんだ…学校でいじめられ…友達も出来ない…人間が不完全であるが故にお前も俺もひたすら傷ついていくんだ…
 
「ぼく!いい子になるよう!おねがいだよ!おとうさん!」
 
か弱い泣き声はリニアの出発を知らせるブザー音にかき消される。
 
例え…愛おしく、掛替えの無いものを失っても…むざむざと生をむさぼるしかない…生き恥をさらした無様な生き物…それが我々…人間という生き物なんだ…
 
「おとうさーん!!」
 
早く出発してくれ…一刻も早く…消えてくれ…
 
「先生」に抱えられたシンジとゲンドウの間をリニアのドアが遮って行く。やがてリニアは静かにゲンドウの目の前から消えていった。急に辺りが静まり返る。
 
俺はあの子に…二度と会えないかもしれない…何故…胸が痛む…あれほど鬱陶しがっていたくせに…
 
「ふん…理屈に合わない…人間の心は矛盾だらけだ…だから気に食わんのだ…」
 
所詮…人間の心など…考慮に値しない得体の知れないものなのだ…
 
ゲンドウは一人、箱根行きの特急乗り場に向かって歩き始めた。
 


 

ブラインドの隙間から差し込む光はまだ弱々しかった。
 
何故だ…何故…あの時のことをベルリンに来てからよく思い出すんだ…冬のヨーロッパの景色があまりにも淋しいからなのか…
 
ゲンドウは携帯電話を取り出す。記憶の襞を探るようにダイヤルし始めた。しかし、呼び出しボタンを押すことなくベッドに放り投げた。
 
「下らん…一体…何を話せばいいというんだ…バカバカしい…」
 
ゲンドウはメガネを上下逆さまにしたまま寝室を後にした。






番外編 ドイツ新生活補完計画_(9) 完 / つづく




(改定履歴)
23rd Mar, 2009 / 表現修正
24th Mar, 2009 / 年号修正
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