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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第弐十弐部 だから…アタシを見て…(仮題)


「自分(自我)」は人に生きる意味と価値を教え、そして「記憶(人格)はその人生の道標となる。
両方を蹂躙(じゅうりん)され、一方的に弄ばれた少女らが迷い、拙いながらも導き出した答え、それは・・・あまりにも対極の位置にあった。
過去を知らぬ少女は「この世界を護(まも)る」、ことに将来の自分を見出し、そして過去を知る少女は「世界を破壊し尽くす」の道を志向する、ゲオルグ・ハイツィンガーに同調する道を選んでいた。
「自分の目的のために大人を巻き込むのは気が引けるなあ…とは思ってるけどね」
相反する少女たちの想いは決して交わることのない溝となってゆく。

神を目指す男がいる。神に許しを乞い、救済を求める男がいる。
そして、今…
「破壊」から「再生」という”第三の救い”を目指す男の野望の一端が明らかになりつつあった…

勝手にOP

1998年8月15日 京都市郊外

その日は日本の気象台が観測史上、もっとも暑い日を記録した日でもあった。

自宅を兼ねた二階建てのコンクリート住宅の中にその病院はあった。一目で高度経済成長期に立てられた建物だと分かる。敷地を囲む古ぼけたブロック塀にはすっかり苔が生(む)しており、鬱蒼とした金木犀(キンモクセイ)が隣家や表の狭い道にまではみ出して繁っている。また、白地の塗装が所々剥げかかった金属プレートには「伊藤産婦人科病院」と書かれてあり、ねずみ色に変色した塀と同様に先の尖った葉に周囲を覆われいた。

家主の人となりを示して余りある光景だった。

手術室を兼ねている分娩室と診察室、そしてカルテが乱雑に積み上げられている事務スペースの他に二床の病室があるだけの小さな病院だった。中は薄暗く、西日が差し込むだけの狭い廊下に角が擦り切れた長椅子に二人の男が沈痛な面持ちで腰を下ろしていた。

一人は痩身長身で顔色が優れなかった。むしろ青ざめているといってもいい。唇にはチアノーゼを起こしたように色が無かった。その隣には大人二人分の間隔を空けて中背の恰幅のいい別の男がやはり同じ様に静かに座っている。

無駄にスペースを取っている旧型の大きなエアコンから大きな音が洩れている以外に音らしい音はなく、むしろ外側の世界の方が賑やかに感じられるくらいだった。その空間だけが空前の好景気に涌く周囲の喧騒から切り取られたかのように静まり返っていた。

後に「バブル経済(Bubble economy)」という言葉を生み出すことになる、プラザ合意(1985年)に端を発したこの好景気は、この世をば我が世とぞおもふ 望月の 欠けたることも なしと思へば、と詠んだ摂関政治の創始、藤原道長に因んで「ミチナガ景気(Last spring)」とPSI時代に呼ばれることになる。

※ この作品ではミチナガ景気(バブル景気がモデル)がセカンドインパクト直前まで続いた、という設定にしており、実際の日本におけるバブル景気の時期とは異なっていることに留意願いたい。余談だが、実際のバブル景気は91年をピークとして95年辺りまで続いた。98年は既にバブルの崩壊が顕著であった。為念、注釈を加えた。

藤原道長が拓いた摂関政治は雅な王朝文化の絶頂と時期的に重なるが、彼の死後に発生した動乱によって武家中心の新時代に取って代わられたことに、セカンドインパクト前後の経済的混乱を準えてもいた。

※ 余談だが大河ドラマ「平清盛」に代表される皇室を王家とする表記、主張は歴史的、学術的に誤りであることに留意願いたい。NえっちKや左派の御用学者などは例えば“神皇正統記”に“王家”の記載があるなどとしてそれを論拠とする例が多いが、これは“王家之権(王道覇道の思想)”という漢籍由来の熟語の一部を恣意的に抜き出しているに過ぎず、百歩譲って同文献中において”王家 “の記載が2件程度(しかも熟語の一部でしかない)であるのに対して、“天皇“単独表記が100件を超えていることをご都合主義的に無視しており、その論は完全に破綻している。また、王政復古の大号令に使われている“王”は“皇室そのもの”を意味せず、やはり王道覇道の思想、天皇中心の新規指導層全般をさす言葉である。これをもって”王家”とするのは歴史学上の解釈から大きく逸脱した暴論に過ぎない。尊皇(王)攘夷の歴史用語についても同様である。皇室に纏わる政治的論議を抜きにしても、一人の歴史ファンとして昨今の暴走には我慢ならないので冗長ながら注釈した。少なくとも我々は真実と良心に忠実であるべきである。閑話休題。

「よかったら、これを使うかね?」

鬱々とした雰囲気の薄暗い廊下に横たわっていた沈黙を破ったのは恰幅のいい男の方だった。話しかけられた痩身の男は顔の前で両手を組んで独り言をブツブツと呟いていたが、ふと顔を上げると声の方向に生気を失った目を向けた。

「あの…なにか…?」

まるで幽鬼のようなその表情を見た声の主は一瞬、鼻白むがすぐに気を取り直す。

「いや、余計な世話かもしれんが額を切っているみたいだからね」

「え?」

顔色の優れない男は自分に差し出されたペイズリー柄(※ バブル期の日本で実際に流行していた柄である。今ではあまりにダサすぎてとても着用する気にはならないが、この柄のネクタイを締めるサラリーマンは非常に多かった。2011年にもナウなギャルたちの間で勝手にマスコミ的に流行ったことになっているがこれは完全にステマの類で当時とは比べ物にならないほど小規模かつ限定的)の派手なハンカチと、60前後だろうか、老紳士という言葉が似合いそうな落ち着き払った空気を纏っている白髪頭の男の顔を交互に見る。まるで中毒患者のように目の焦点があっていない。

白髪頭の男は僅かに肩を竦めると小さくため息を付いた。

「何というか…その、あんたが痛々しくってね。下を見てごらん」

促されるまま男は自分の足元に視線を落とす。そこには西日を反射する白い床に点々と赤い雫が落ちていた。痩身の男は慌てて顔を上げる。

「ああ…いや…これは大したことはないので…別に問題な…」

「いいからこれで顔を拭きなさい。もう水で濡らしてあるから」

一喝されたわけでも諭されたわけでもなかったが、隣の男はどこか人を惹きつける不思議な雰囲気と自然に相手を従わせるような威厳に満ちていた。

「は、はあ…どうも…」

おずおずとプレスのよく効いた布を受け取ると、緩慢な動作で自分の額に押し当てる。やがて濡れたハンカチが徐々に得体の知れない高揚を男から奪っていった。

「あの……」

「なにかね?」

しばらくしてハンカチを額に押し当てたまま男が重々しく口を開く。二人の影は既に長くなっていた。

隣に座っている男が冷静さを何とか取り戻そうとしていることに年配の男の方は目敏く気がついていた。それは、如何にも奸智に長けた人間特有のあざとさという印象はなく、彼の逸れはむしろ人の心の動きを自然に察知する天賦の才能に近かった。

「ここは…どこなんだ…」

無理も無い…あんな切迫した状況ではな…

心の中でハンカチを手渡した白髪混じりのその男は呟いていた。

「嵐山の南、といってももうほとんど長岡京なんだが、そこにある個人の産婦人科だよ。まあ…私の方も訳あってここに来ていたんだがね」

男は急に笑い始める。

「長岡京…長岡京、か…ふふふ…長岡京ね…ふふふ…随分と遠回りをしたもんだ…ははは…」

「…」

やがて形容し難いくぐもったような声が男から断続的に洩れ始めた。掛ける言葉もない。白髪頭を撫でながら小さなため息を付く。

京都市内を駆けずり回っていた救急車は、京都大学がある左京区から市内をほぼ一周した挙げ句に嵐山方面に向かい、そしてそこから更に南に下って隣の長岡京市近くにある小さな病院(※ 20床未満の設定なので正しくは診療所と記すべきだが、イメージを取りにくいかもしれないのでここでは便宜的に病院で通すことにする。ご容赦願いたい)、しかも開業医が営む救急病院ではない産婦人科に、男とその妻、そして、彼の“娘”を搬送せざるを得なかったのである。

隣の男が駆け込んできたときの情景が今でも忘れられなかった。

「先生!!先生!!誰かいませんか!!連絡した消防のものですが!!」

(消防)吏員が病院の中に慌しく飛び込んできたかと思うと、ほとんど同時に今度は搬送台車が玄関先まで運ばれてきた。ちょうどそこに居合わせたのがこの老紳士とその連れ合いの若い女性の二人だった。

「ほんまにすんまへんなあ…せんせ…わざわざ遠くから来てくれはったのに…」

「いや、私たちの方は一向に構わんよ。そんなことより彼らを早く診てあげて下さい」

「おおきに。そない仰ってもらえるとほんま助かりますわ…ほな後ほど…」

奥から出てきた伊藤医師は順番を譲った先客二人にペコリとおじぎをすると白衣を肩にかけたまま分娩室の中に入って行く。部屋の中では看護婦と事務員を兼ねる伊藤医師の妻がテキパキと手術の準備を始めていた。

「さて…それでは我々はこれで失礼させて頂きますが…」

一人の消防吏員が真っ青な顔をしたまま呆然と自分の妻を見送っている男の肩を強く叩く。

「ご主人、あなたがしっかりしないでどうするんです。お辛いでしょうが今、一番大変なのは奥さんだということを忘れないで、どうかここでしっかり支えてあげて下さい。それでは」

去り際に吏員達は近くにいた老紳士とその後ろに隠れるように立っている女性にも会釈するとその場を後にする。小さな病院の狭い廊下に三人だけが残された。

「何と言ってよいか…その…お気の毒ですね…」

その男から返事は返ってなかった。居た堪れなくなってきた老紳士は小さく横に首を振ると、今度は彼の連れの方に顔を向けた。細面の白い顔に切れ長の瞳が印象的な京美人だった。年恰好は20代前半だろうか、暗い赤色の表示灯がともる手術室の前で真っ青な顔をして立っている男の妻と同年代か、若干下のように見えた。

「夕(ゆう)さん…貴女は先に帰っていなさい」

「え…で、でも…せんせをお一人には出来まへん…わたし…怒られます…」

二人からはまったく親子という感じがしない。どちらかというと、例えは悪いがどこかの大企業の社長とその愛人、という方がしっくりくるような雰囲気が漂っている。

不釣合いな連れ合いがここにいる理由を聞くのは愚の骨頂だろう。

「なに、心配はいらんよ。一色(※ 川内孝高の別名。当時、内務省国内安全保障局長)には私からちゃんと事情を説明しておくから、ね?」

子供どころか、まるで孫をあやすような声と仕草はともすれば周囲の失笑を買いそうだった。しかし、幸か不幸か、何の前触れもなく忍ぶ二人の前に救急車で現れた男の眼中には「手術中」の儚いランプ以外の何も入っていなかった。

「私はもう少し伊藤先生と話が残っているんだ。明日には東京に戻らねばならんのでな」

始めは渋っていたその若い女性はちらっとドアの前の男に視線を向けるとやがて首を小さく縦に振った。

「ありがとう、夕さん…なに、心配しなくても大丈夫だよ。すぐに帰るから」

「わかりました…ほな…お先に…せんせもあんじょう…」

“夕さん”と呼ばれたその女性はゆっくりとした動作で男におじぎをする。

「どうぞお大事に…」

今度は一段と深く奥の方に向って頭を垂れる。ほっそりとした白いうなじが質素な淡いワンピースから僅かにこぼれた。所作の一つ一つがどこか浮世離れした印象を与える。木枠に摺りガラスをはめ込んだレトロなドアに付けられたベルが鳴ると、その後には“女の戦い”の中ではまったく無力な男二人だけが残されていた。

「くそ…どういうことなんだ…くそ…くそ…」

何の前触れもなく、手術室の前からいきなり低い声が聞こえてきた。どこか翳のある小さな後姿を送り出していた老紳士は驚いて後ろを振り返る。立ち尽くしたまま男が拳を握り締めている姿がそこにはあった。

非常時に要救助者が妊婦だからといって必ずしも産婦人科への搬送に拘る必要はない。何よりも母体の安否が最優先されるからだ。しかし、好景気の影で着実にこの国の医療制度は「市場原理」という名の下に改悪を重ね、既に崩壊へと向っていた。我が世の春、Last Spring、とも後世で呼ばれる史上空前の好景気は、外圧による急激な聖域なき規制緩和も大きく影響していた(※ TPP:環太平洋戦略的経済連携協定を参考にして作者の独自解釈を加えていることに留意願いたい)。

バブル経済の膨張は医療や農業などの保護分野の大幅な規制緩和も要因の一つだったため、労力がかかる割りに利益が出ない領域の医療事業は、「非効率」「株主保護」の合言葉の下に減少の一途を辿っていた。事実上の救急医療システムの崩壊だった。救急医療のみならず小児・産婦人科分野などは軽視される傾向にあり、それが更に人材流出に拍車をかけるため、患者の受け入れにも各病院は非常に消極的になっていることが社会問題になりつつあった。何の罪も落ち度もないごく普通の家族を一瞬にして奈落の底に突き落としていたのである。

やがて、自分の膝を殴りつける鈍い音が聞こえ始めた。やり場のない怒りだった。

「この国は腐っている…」

「まったくだ…」

意を決したようにその老紳士はゆっくりとした足取りで男の方に向って歩いていく。

「何というか…本当に力至らず大変申し訳ない…」

他よりもやや薄い頭頂部を軽く撫でる素振りを見せながらその初老の男は小さくため息を付いていた。

「なぜ…なぜあんたが謝る…」

じろりと顔色の優れない男は自分に近付いてくる影の方を睨みつける。

「なぜなら今の事態を招いた元凶の一人がこの私だからだよ」

「…何をバカなことを言ってるんだ…あんた…ふざけてるのか…それとも鬱病かなんかを患っているからここ(※ 産婦人科です)にいるのか?」

「ついこないだまで葉山の自宅で大人しく隠居生活を送っておったんだがね、私は元政治屋だったんだよ。10年前“新世紀医療制度改革法”を知っとるかね?あの辺りから“規制緩和”の流れに歯止めが利かなくなってしまった。彼ら(官僚)は実に優秀なんだが、数字でしか世の中を見ようとしない時があってね。まあ、あんたに殴られても文句は言えんとおもっとるよ…」

「…あんたを…」

「え?なんだね?」

「あんたを殴れば…あの子が…レイが助かるとでもいうのか…」

長い沈黙の後、元政治屋は静かに答えた。

「…いや…」

「あんたの名は?」

「出雲だ」

「出雲…?まさか…あんた…あんたは出雲重光か…」

「そうだ。わしは出雲重光だ」

出雲重光と名乗る男の顔をしげしげと見つめる。白いものが混ざる髭が若干人相を変えていたが、それは紛れもなくTVや新聞などでよく見ていた“首相経験者”の顔だった。
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