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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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番外編 ドイツ新生活補完計画 (Part-10)

新しい生活をスタートさせたゲンドウだったが
思わぬところで計画に綻びが生じていた。
それは…楽勝と思っていたプロバイダー契約だった。
次から次へと発生するあり得ない事態に戸惑うゲンドウだった…

 
(本文)


ゲンドウはバスルームで歯を磨きながら寝る時ですら外さない愛用の腕時計で現在の時刻を確認する。朝の6時半は日本時間の午後の1時半のはずだった。
 
冬月たちが箱根市内にある給食センターの仕出し弁当を地上で食べ終わった頃だった。ゲンドウがリダイヤルから冬月を呼び出す。
 
10コールほどすると冬月の声が聞こえてきた。
 
「もしもし…冬月だが…碇か?」
 
「ああ…私だ…早速だが定例会議を始めるぞ…」
 
時折雑音が入り混じる。
 
「ちょっと待ってくれ…まだ(赤木)ナオコ君が(地上に)上がってきておらんのだ…」
 
「な、なに!?確かそっちは1時半だろ?と言う事は…まだあいつは弁当も食っておらんのか!?」
 
「ああ…今日はバルタザールのインストール作業が佳境に入っているからな…ちょっと話しかけるのも勇気がいるような状態でな…ちょうどどうしようかと話していたところだったんだ…」
 
冬月の声は心なしか怯えていた。
 
「そうか…いつもの暴走状態(プログラミング中)ということだな…それでは仕方がないな…今日は抜きで始めるしかない…いいか?分かっていると思うが決して赤木博士に迂闊に話しかけるなよ・・・」
 
「それは全員が分かっている…メルキオールの時はモンキースパナで側頭部を殴られたからな・・・あの時ほど私はヘルメットがありがたいものだと思ったことはないぞ…」
 
「分かっているなら…それでいい…事故ならまだしも…殺人者はとりあえず出したくないからな…」
 
「そうだな…ところで碇…私からちょっといいかね?」
 
「何だ」
 
「その…いつも思うんだが早くインターネット回線を家に繋いだらどうかね?何故、いつも携帯から電話をかけるんだ?」
 
「わ、分かっている…全て計画通りだ…」
 
「計画通り?そうは思わんがね…知っての通りジオフロントの通信設備の工事はまだ完全には終わっておらんがLANは使えるんだぞ。言っておくが地上でもここは箱根の山の中だから電波の受信状況もすこぶる悪くてな…お前が携帯を使うからみんな作業を中断してわざわざ会議のために地上に上がってきてるんだぞ」
 
「…」
 
「聞いているのか?碇。分かっているなら早くインターネット回線を繋いでゲヒルンのイントラネットを経由したweb会議にしたいものだね…そうすればみんないちいち地上に上がらないで済むんだからな…」
 
電話の向こうで冬月が大げさにため息をつくのが聞こえて来た。
 
く、くそ…このジジイ…さっきから地上、地上と嫌味の様に連呼しおって…
 
「な、何を言っている、冬月。飯のついでの筈だ。仕出し弁当をあのプレハブで食うために地上に全員一旦上がるだろ。地上に上がるのを私だけのせいにするとは言い掛かりも…」
 
勝ち誇ったような笑みをゲンドウが浮かべかけた時、僅かに聞こえるセミの声に混ざって冬月が得たりとばかりに軽く鼻で笑うのが聞こえて来た。
 
「碇、知らんのか?ようやく車両運搬用のエレベーターも工事用の幹線道路も完成したんだ。市内の移動式パン屋のパンダパンとも新たに協力関係を締結した。勿論、我々で買いだし部隊を編成することも可能になったからお前がそっち(ベルリン)に赴任している間にだな、飛躍的にこちら側(ジオフロント)の食糧事情は改善しているのだ。それにあの仕出し弁当にはもう堪えられんしな…」
 
冬月の言葉にゲンドウは危うく携帯を落しそうになった。
 
「な、なにぃ!?それじゃ…あの忌々しいニコニコ弁当ともようやくお別れなのか…」
 
箱根市内にあるニコニコ弁当は人工進化研究所(ゲヒルン)の再三の要請を軽くあしらって工事車両などをジオフロントに運ぶ大型エレベーターを操作する現場事務所を兼ねた地上のプレハブ小屋までしか弁当を運搬しなかった。
 
箱根の山奥に弁当を運ぶ業者はニコニコ弁当くらいのものだったため足元を見られていたのである。幹線道路が完成したと言う事は競争原理が機能するということを意味しており冬月の食料事情の話はあながち嘘ではなかった。
 
「そうだ…ようやくだ…あのやたら塩辛い鯖が入った焼き魚弁当から我々はついに解放されたのだ。すなわち、目下の懸念は職員の減塩対策ではなくお前の電話会議だな。だいたい21世紀の世の中なのにインターネット回線の契約にどうして1カ月近くもかかるんだ…ふざけてるのかね?」
 
く、くそ…ジジイ…言わせて置けば調子に乗りおって…俺の苦労も知らずに何が21世紀だ!ヨーロッパ人は21世紀どころか未だに中世の真っ只だということも知らんくせに…ニコニコ弁当と決別した途端に急に居丈高になりよって…
 
ゲンドウは完全なアウェー状態に置かれている自分の立場をようやく悟った。
 
「じゃ、若干の遅れはあるが問題ない範囲だ…」
 
強がって見たところでほとんど無駄な抵抗だった。ゲンドウは額に脂汗を滲ませていた。
 
「問題ない範囲?何を寝言を言っておるのかね。可及的速やかに回線を整備するんだ!碇!わかったな!」
 
「わ、分かっている…」
 
冬月の完勝だった。
 
ち、ちくしょう…朝から何で俺がこんなに冬月にボコボコにされなければならんのだ…これもあの忌々しいプロバイダーのオヤジのせいだ…お前には全く失望したぞ…
 
ゲンドウは携帯を握る手に思わず力を込めていた。
 
 

 
 
3週間前…
 
ゲンドウは無事にアパルトメントの鍵を不動産屋から入手するとその日のうちにイェーゲンと共に大家に挨拶して入居した。
 
アパルトメントについたゲンドウは部屋を確認して驚愕する。バスルームはまだタイルを張りかけた状態で放置され、キッチンには建築資材が所狭しと置かれていた。メインの廊下はまだビニールシートが敷かれており、むき出しの配線がいくつも天井からぶら下がっている。
 
どうみても改装途中にしか見えなかった。
 
「イェーゲン…お前…部屋を間違っているのではないか?」
 
「いえ…残念ながらこの部屋です…」
 
「き、貴様!何なんだこの部屋は!一体!人間が住める環境ではないではないか!!」
 
ゲンドウは持っていたアタッシュケースを放り出すとイェーゲンの首を絞める。
 
「う、うわー!お、落ち着いて下さい!ミスター碇!」
 
二人はビニールシートの上で取っ組み合いを始めた。
 
「これが落ち着いていられるか!なんだ!このビニールシートは!この張りかけのタイルは!」
 
「さ…さっき大家さんが言っていましたけど…大家さんが先週風邪を引いていたので…改装が若干遅れていて申し訳ないと…」
 
「大家だと…貴様!ふざけるな!改装業者の工事遅延と大家の風邪と一体どういう相関関係があるというのだ!!」
 
咄嗟にゲンドウの脳裏にさっき会ったばかりの今にも倒れそうな70を超えた白髪の老紳士の姿が蘇っていた。
 
「か、改装は…基本的に…大家さんが自分でするのが一般的なんです…よっぽどの事がない限り業者なんて使いませんよ?ドイツでは…」
 
「な…なんだと!?あの…死にかけたヨボヨボの大家が…この作業をしているのか…」
 
イェーゲンの首を絞めていたゲンドウの手の力が緩む。
 
「はい…そうです…」
 
「わかった…もういい…」
 
ゲンドウは観念した様に廊下を進んでベッドルームに向かって行った。ベッドルームには予めゲンドウがイェーゲンに指示して調達させていたベッドとベッドクロスと枕が置かれているのが見えた。
 
眠れるだけマシとすべきか…急がせたものの…こんな状態ならあのペンションに戻った方が…
 
今朝、ゲンドウはシュルツ一家と別れを告げた。単にチェックアウトをするつもりだったが家族総出の送り出しを受けていた。セバスティアンとサビーネはゲンドウから離れようとしなかった。
 
日曜日の出来事がよっぽど嬉しかったのだろう。迎えに来たイェーゲンの車に乗ろうとしたゲンドウを見たセバスティアンは突然泣き出した。
 
あの小さな男の子は5歳になったばかりだと言っていたな…あの時のシンジと…同じ年か…バカなやつだ…ただの客ではないか…大声で泣きよって…シンジみたいに…
 
「あの…ミスター碇…」
 
イェーゲンから不意に声をかけられたゲンドウはハッとする。
 
「何だ…落とし穴でも仕掛けてあると言うつもりか」
 
「いえ…そう言えば大家さんが…バスルームはまだ完全に防水処理が終わっていないのでバスタブは使わないでシャワーだけにしてくれと言っていました」
 
「ぐふぉ!」
 
ゲンドウは膝カックンを食らったかの様に思わず膝から崩れ落ちた。
 
あ、明日は開発会議なのに…俺はゆっくり湯にも浸かれんのか…あのペンションはシャワーしかなかったから楽しみにしておったのに…な、なんという忌々しさだ…こんな状態で平気で人を入居させる神経が信じられん…
 
「おい・・・イェーゲン…参考までに聞くが…ちゃんと電話線はあるんだろうな…」
 
「それは大丈夫ですよ。リビングにあると言っていましたよ…ええっと…ほら…ここです!」
 
イェーゲンとゲンドウは二人でガラーンとした何もないリビングルームにやって来る。イェーゲンは部屋の片隅を指さしていた。そこには電気のコンセントの様な三つの縦長の穴が開いていた。
 
「何なんだ…このスリットみたいなものは…電気のプラグとは違うようだが…」
 
「これは F/Nジャック と言いましてドイツでは一般的なモジュラージャックです。これに電話や契約したプロバイダーのルーターを取り付けるようになります」
 
「そうか…すでにあるのなら安心だ…一から電話線を引きこむと言い出したらこのアパルトメントに火をつけてもう一度進化し直してもらおうと思っていたところだ…」
 
「ははは!ミスター碇は本当にユニークですね!」
 
「ふざけてないですぐにプロバイダー契約を手伝え」
 
ゲンドウはジロッとイェーゲンを睨んだ。
 
「は、はい…では早速行きましょうか…」
 
「い、行く?どこに行くというんだ?何を言っておる。プロバイダーくらい速攻で…」
 
「ミスター碇。ドイツではプロバイダーの業者があちこちにショップを開いているのでそこに行って契約するのが当たり前です。電話だけではどうにもなりませんよ?」
 
「な、なに!?たかがインターネット回線なのにわざわざショップに足を運ばねばならないのか??何なんだその非効率な経営は…」
 
「まあ携帯と同じイメージですよ」
 
慣れて来たと思ったが…やはり…この国には馴染めん…いや違う…馴染んでしまったら最後…日本人として社会復帰ができなくなるような気さえしてきた…
 
ゲンドウはイェーゲンの後について再びビニールシートを敷いた廊下を玄関に向かって歩き始めた。
 
 
 


「ミスター碇。ここが僕がお奨めのFLITZ PLATZというプロバイダーです。月々のDSL基本料金が20€ですからお得ですよ。電話を従量制にするかフルパッケージにするかとか上り/下り速度で料金は当然変わってきますけど…」
 
「よく分からんがとりあえず電話はかけることはないからオプション無しだ」
 
「え?日本にかけることはないんですか?ご家族とか…」
 
「全くない」
 
ゲンドウが力強く断言するのでイェーゲンは驚いてしげしげとゲンドウの顔を見つめた。
 
「わ、分かりました。それじゃ従量制プランにすればオプション料金は発生しませんから。でも時間当たりの単価はちょっと高めになりますからその点はご了承ください」
 
「ふん。それから通信速度はweb会議をするからな…最速にしておけ…」
 
「分かりました。それであれば月々が45ユーロほどになりますね」
 
「意外と高いな…まあいいだろう…」
 
イェーゲンは頭の禿げあがった恰幅のいい中年男性とドイツ語で話し始めた。端末で契約書のフォーマットにてきぱきとチェックを入れているのが見えた。
 
無線LANが標準なのか…ケーブルも繋げることができるし…妙なところに拘るな…まあ家のどこに居ても接続できるというのは便利でいい…
 
ゲンドウが店にディスプレーされているルーターを見ているとイェーゲンが背後から話しかけて来た。
 
「あの・・・ミスター碇…」
 
「なんだ?」
 
こいつが「あの…」とかいうとロクなことが起きないからな…
 
「ドイツの銀行口座を教えて下さい」
 
「ぐお!!ぎ、銀行口座?何を言っとるんだ!貴様!着いたばかりの月曜日でそんなものがあるわけないだろ!だ、第一何で口座番号がいるんだ!!」
 
「口座がないと支払いができないじゃないですか?」
 
イェーゲンがキョトンとした顔をしてゲンドウを見ていた。その顔を見たゲンドウはたちまち頭に血が昇っていく。
 
「貴様!私をおちょくっとるのか!日本では(クレジット)カードで払うのが当然だ!待ってろ…カードを出すから…」
 
「い、いや!カードは駄目です。ミスター碇。口座が必要です」
 
「な、何?一体、何がいけないんだ?意味が分からん!とにかく!俺はカード決済にしたいんだ!つべこべ言わずにカードで支払い処理をしろ」
 
「カードでの支払いは出来ないんです。まだ銀行は開いていますからすぐに行きましょう」
 
「ちょっと待て!イェーゲン!カードが使えんプロバイダーなんぞ聞いたことが…」
 
イェーゲンは叫ぶゲンドウの背中を押してそそくさとショップを後にした。
 




1時間後…
 
再びショップを訪れたゲンドウとイェーゲンは手続きを再開した。
 
「ミスター碇。パスポートと先ほどもらった賃貸契約書を出して下さい」
 
「パスポートはここにあるがなぜ賃貸契約書が必要なんだ?アパルトメントに置いてきたぞ」
 
「ええ!!賃貸契約書がないと住所が分からないじゃないですか!」
 
「貴様…私をバカにしているのか?住所くらい覚えているぞ…」
 
「いえ、そうではなくて賃貸契約書がないとここに書いた住所が正しいと証明できないじゃないですか?」
 
「な、何だと!?私が嘘を言うわけないだろ!」
 
「それとはちょっと意味が違いますよ。ドイツでは自分の住所を証明するのに賃貸契約書が立派な証明書として通用するんです。役所に提出したりするくらい重要なんですよ」
 
「そ、そんな事は知らんぞ…」
 
「とにかく急いで取りに帰りましょう!」
 
「お、おい!イェーゲン!ちょっと待て!他に代替案は…」
 




1時間後…
 
ショップはすでに閉まっていた。
 
「おい…まだ3時なのになぜ閉まっているんだ…」
 
「張り紙がしてありますね…ええっと…店長の体調が悪くなったので今日は早仕舞をするそうです」
 
「な、なに!?」
 
「仕方がないですね…明日また来ましょうか…他のプロバイダーでもいいですけど…」
 
あ、あり得ん…何なんだ…一体…何なんだ…この憤りは…
 
ゲンドウは店の前で茫然としていた。






番外編 ドイツ新生活補完計画_(10) 完 / つづく






(改定履歴)
26th Mar, 2009 / 誤字修正
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