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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第18部 The Angel with broken wing 翼を下さい…(Part-3)


(あらすじ)

カヲルと分かれたレイは登校途中で同様に遅れて登校していたトウジと行き合わせる。意気投合(?)した異色コンビはジオフロントの地底湖畔でのキャンプを計画する事に。。。
一方、バルディエル戦で損害を受けた弐号機は復旧作業のついでに標準装備の改修が進んでいた。接近戦想定のプログナイフに加えて中距離から白兵戦に持ち込む目的で短めのソードを2つ「二刀」を標準搭載する事になった。アスカが考案したものだった。


Kleiner Engel flügelos / Mantus
 

(本文)


レイがジオフロント線の改札をくぐってリニア駅に着いた時、駅の中央通路にある大きな時計は11時を回っていた。時計の下では待ち合わせらしい人々が携帯を片手に立っているのが見える。

中央通路を通って北口に出ると緩やかな坂道を市営バスが上がっていくのが見えた。

駅ビルの外は茹だる様な暑さだった。

レイは僅かに手をかざして抜けるような青空を仰ぎ見ると僅かに口元に微笑を浮かべる。

「素敵な空…青い空…自由な空…私の好きな空…」

レイが北口広場を抜けて学校に向かって坂道を歩き始めた時だった。

「おーい!綾波!俺や俺!」

後ろから声をかけられたレイは立ち止まって後ろを振り返る。ジャージのズボンにTシャツ姿の鈴原トウジの姿があった。

「フォース…」

「なんや自分…こんな時間にこんなところほっつき歩いて…寝坊かいな?それにしてもホンマあっついなあ」

トウジは独り言のように言うとTシャツの首の部分を引っ張ると片手で扇いだ。汗だくになっているトウジをレイは顔色一つ変えずじっと見ていた。

「綾波、お前汗一つかいてへんやないか…ちょっと触らせてくれ」

トウジはいきなりレイの細い左手首を掴む。

「うわ!お前、めっちゃ冷たいやん!こりゃ気持ちがええわ!ははは!見るか?俺の汗」

レイはトウジから反射的に顔を背けた。

「暑くなると困るから…」

「え?な、何やそれ!暑苦しいっちゅう事かいな?ははは!言うようになったな、綾波!ははは!」

レイが困惑した表情を浮かべているのを見るとトウジは愉快そうに笑い始めた。

「今の俺んちな、実を言うとエアコンないねん。扇風機はさすがにあるけどな。あーあ、妹のヤツが今度退院するっちゅうのに…こんなに毎日くそ暑くて…退院した途端に病気にでもなったらどないしょうかと思ってるんや」

妹を溺愛するトウジは退院の日取りが決まって上機嫌だった。

予備役は厳格に出勤時間だけで報酬が支払われるため、シンジ達正規パイロットとは異なり平時における各種手当て(超過勤務手当ては除く)や一時金支給の対象外になっていた。

しかし、ミサトの計らいで鈴原兄妹に対して家族の退院見舞金が特別に支給される事になったらしく、しきりにミサトのことを褒め称えていた。それを元手にして新居に引越すべきか、エアコンを導入すべきかを鈴原家の小さな家長は頭を悩ませていた。

レイは黙ってじっとトウジの話を聞いていた。

「エアコン…」

「は?エアコンがどないしたんや?くれるんか?」

「電気屋さんに一杯並んでるのを見たことがあるけど…買ってる人…あまり見たことがないから…」

「ああ、なんや…そうやな。今時、エアコンのない家を探す方が難しいわな…自分のところは付いてんやろ?」

「エアコン…ないわ…」

「ホンマかい!クラスで持ってへんのは俺だけかと思っとったわ。でも…まあ、確かに綾波はエアコン要らんへんやろうな」

「どうして…?」

「やってお前の身体…なんもしてへんのにメッチャ冷たいやん?それやったらわざわざ冷やす必要ないやろ?羨ましいわ。お前が」

「羨ましい…?わたしが…?」

レイはトウジの言葉に俯き加減だった顔を上げてトウジの顔を見た。

「そうや。エアコン買わんでもええやん?金もかからへんし…汗もかかへんし…便利でええやないか」

レイの視線に気が付いたトウジは手で弄んでいたアスファルトの破片を野球のピッチャーの様に振りかぶって遠くに思いっきり投げた。

黒い小さな塊はすぐ先に見える坂の中腹にある小さな公園の敷地の中に消えていく。

「私は…自分の身体が…嫌い…」

「な、何やて!お前!そんな贅沢は神様がゆるさへんで!」

トウジがいきなり大声を出す。

「か、神様が…」

レイは立ち止まるとトウジの顔を不思議そうに見た。

「そうや!お前!親からもろうたもんに文句を言うヤツは罰が当たるで!それに自分が嫌いっちゅうのはどういうこっちゃ!この暑さで汗一つかかんっちゅうのが気味悪いって思うとるんかどうか知らんがそんなに汗かきたいんか?見てみい!この汗を!羨ましいと思うか?」

トウジは顔をいきなりレイに近づける。玉の様な汗が額に浮かび南中した日の光を一杯に集めていた。

「暑くなると困るから…」

レイはトウジから顔を背けると僅かに肩を震わせ始めた。

「な、なんや…」

「フフフ…」

レイは左手を僅かに口に当てて笑っていた。それをみたトウジも釣られるように笑い声を上げ始めた。

こいつが笑うところ見るの…ひょっとしたら初めてかもしれへんな…

「ジオフロントだったら…エアコンも要らないのにね…」

「え?ジオフロント?そうか…ジオフロントか…」

トウジはシンクロテストの帰り道がやけに冷え込むことを思い出していた。

集光ビルが集める日光を引き込むだけのジオフロントは地中にあるため地上が夜になると急激に気温が下がる。若い職員の中には自宅に戻らずに本部の敷地内で持参した寝袋で眠る者もちらほらと見かける。

「せや!綾波!みんなでキャンプせえへんか?」

「キャンプ…」

「そうや!ジオフロントの湖の近くでみんなでキャンプや!涼しいし、第一に虫の心配もせんでええからちょうどええやろ?」

常夏の国と化した日本では蚊が媒介するマラリアが癌(ガン)と並んで国民病になっていた。

かつて四季があった日本では蚊の成虫は冬で一旦死滅するため伝染病媒介のリスクは殆ど皆無に等しかった。しかし、蚊の成虫が難なく越冬するようになってからというもの南国特有の伝染病が公衆衛生上の課題として持ち上がったのである。

しかし、日本政府の対応は後手後手に回り、結局、自衛の策としてキャンプを控える家庭が増加の一途を辿っており、この頃ではすっかり珍しいレジャーになっていた。

「それにお前ら、結局、臨海学校にも参加出来へんかったやろ?ちょうどええやん」

「臨海学校…か…」

レイは何かを思い出そうとするかの様に目を閉じる。


レイ、アスカ、シンジの3人が揃って第一中学校に通い始めるようになって程なく、第一休暇(夏休み)直前に二年生を対象にして恒例の臨海学校が3泊4日の予定で催された。初めそれを聞いた3人は一様に興味を示さなかったが目的地が沖縄の海と分かった瞬間にアスカの顔にこれまでに見た事がないほどの喜色が浮かんでいた。

氷に閉ざされたドイツはほとんど北極圏に等しくセカンドインパクト以来、夏と呼ばれる季節が絶えて久しかった。マラリアが国民病になった日本とは対照的にビタミン不足による骨粗しょう症やくる病といった病気がドイツを中心にヨーロッパでは大きな問題になっており、南の島に対する憧れは一層大きなものになっていたのである。

一方で一年を通して夏の日本人は太陽の日差しに対して鈍感だった。

まるで子供の様に目を輝かすドイツから来た少女の思いは誰にも理解されることなくパイロット達の戦闘待機は暗黙の了解事項になっていた。

海に行きたい…

人が違ったように沖縄に行く事に拘るアスカだった。

しかし、第8使徒襲来時期が近いと警戒態勢を取る本部において上司のミサトは立場上、これを認めるわけにはいかず叱責の役回りを演じた。そして本来ならアスカの応援をすべきなのだろうが急に態度を豹変させたアスカと微妙な雰囲気が流れる同僚パイロット達はミサトの顔色を伺うだけで沈黙を貫いた。

アスカのやるせなさの矛先は自然にシンジに集中したが、父親との間に複雑な情愛を抱えているシンジがアスカの意を汲むことは全くと言っていいほどなかった。

アスカは本部や学校でも一人で過ごすことが多くなっていた。

そしていつの間にか…

アスカは加持の携帯を鳴らし続けるようになっていた。かかって来る筈のないコールバックを一人ずっと待ち続けた。

声にならない声。

乾ききった青い瞳に孤独にまみれながら年頃の少女とは思えない殺風景な部屋を移し続けていた。

アスカが止められていた加持への連絡をするようになって急にミサトの態度が冷たくなり、二人の関係は雰囲気が悪くなる一方になっていた。

ユニゾン以来続いていた葛城家の共同生活は崩壊の危機に直面していた。加持とリツコが見るに見かねてミサトを宥めても一切取り合おうとしなかった。

「あの子が出て行きたいなら勝手にすればいいわ」

ミサトの放った一言にはさすがにリツコも眉をひそめた。アスカの着任を誰よりも待ち望んでいた筈の上司ととても同一人物とは思えなかったからだ。

そんな雰囲気の中で第8使徒を浅間山に迎え撃った。

弐号機を引き上げていたケーブルが破断したとき、その場にいた全員がアスカの殉職を覚悟した。一番取り乱したのはミサトだった。

しかし、初号機が間一髪のところで弐号機を救出した事が分かると安堵の空気が流れた。

「アスカのバカ…無茶するからよ…」

ミサトにしてみれば罪滅ぼしと和解の意味があったのだろう。僅か一泊ではあったが温泉旅行を企画した。

作戦地域から一旦本部に帰着せずに直接温泉地に国連軍の車両で入ったのは公私混同を嫌うミサトにしては実に珍しい行動だった。

この闘いを境にしてアスカの態度も大きく変化した。

色々な意味で「沖縄の海」がパイロット達のそれぞれの胸中に残したものは少なくなったのである。



レイは暫く考え込むような素振りをトウジの前で見せていた。

「わたし達だけ…あの時…沖縄に行かなかった…浅間山に…」

浅間山…海じゃなかったけど…何故か…みんな喜んでいた…だから…わたしも…何か嬉しい様な気がした…私が初めて感じた…嬉しい気持ち…みんなで集まれば…また…嬉しくなるのかしら…

「そうや。海(沖縄)に行けへんと分かった時の惣流の顔は鬼やったらしいやないか?委員長から聞いたで?」

「フォース…何故…洞木さんからそんな話を聞いてるの…?」

「え?い、いや…それは…世間話の一環っちゅうか…」

レイの内角に抉りこむ様な鋭いジャブの様な突っ込みをカウンターで食らったトウジは顔を真っ赤にすると無意味に屈伸を始めた。

そんなトウジを尻目にレイは何事もなかった様に青い空を見上げていた。

時折吹く柔らかい風がレイの頬をそっと撫でて行く。

「キャンプ…何か…楽しそう…」

「そ、そうやろ?おっしゃ!綾波も賛成なら決まりやな!」

誤魔化すようにトウジは叫ぶとジャージのポケットから携帯を取り出してメールを打ち始めた。

「何をしてるの…?」

「ケンスケのヤツにメールや。道具は全部あいつから借りる事にするわ…」

オニヤンマが二人の間を通り抜けて青い空に溶けていった。

自由に…空高く…






2015年の11月も終わろうとしていた。

前回のバルディエル戦で大破した弐号機の復旧は最優先で進められ、この日正式に現役復帰を果たした。ネルフ本部における「現役復帰」という文言はEvaの機体管理を技術部から作戦部へ移管することを意味している。

「これでやっと人心地が付けるわね…」

第3ケージ内に納まる弐号機の真っ赤な機体を見ながらリツコは独り言の様に呟く。

弐号機の復旧を急ぐ余り零号機から左腕を移植するという窮余の策をとっていた。弐号機パーツの在庫が無いため納期がかかるという第三支部の回答に対してミサトが発令所で発言した「零号機からの移植」という素人発想は当初、リツコのみならず冬月を困惑させるのに十分だった。

リツコはおもむろにメガネを外すと回想するように目を閉じた。


第13使徒殲滅後の発令所で弐号機の復旧日程を確認しあっていた時だった。

「同じEvaでしょ?だったら戦闘能力の乏しいテスト機からパーツを捻出するのは当然じゃない?」

平然と言ってのけるミサトをリツコは不快そうに睨み付ける。

参号機査察に訪れた特別監査部の相手と弐号機復旧の陣頭指揮を殆ど不眠状態で執っていたため精神的な余裕もなかったが、それ以上に何かを慮る雰囲気がリツコと冬月にはあった。

「馬鹿なことを言わないで。第一に素体同士の互換性が…その…とにかくそんな前例のない事をして後から問題になる可能性は皆無ではないわ」

リツコは一瞬、言い淀んだ。

冬月は無言だったがリツコの後ろで落ち着き無く腕組みをした状態でしきりに指を動かしている。ミサトはリツコたちの心配をよそに相変わらずさも当然という顔つきをしている。

これが知る者と知らない者との差ってやつかしら…本当に腹が立つほど屈託が無いというか…

「確かに実績は無いけどさ、互換性が無いってことないんじゃないの?とにかく作戦部としては次の使途の襲来に備えて戦力は維持したいわね」

「あ、あなたっていう人は!物事ってものはそんなに単純じゃ…」

リツコが珍しくミサトに食って掛かる様に一歩を踏み出した。それを見た冬月がリツコを宥めようとしたその時だった。

「おもしろい。葛城部長の提案を許可する」

三人が一斉に声の方向に目をやると冬月の背後に碇ゲンドウが立っていた。

「赤城博士、直ちに零号機の左腕を弐号機に移植させる準備を進めろ」

ゲンドウの言葉に驚いたリツコは目を大きく見開いていた。

「で、ですが…零号機と弐号機は…」

同じEvaというのは全くの欺瞞…零号機と初号機はリリスのコピー…素体など全ての生体部品は全てリリスから生まれたもの…アダムより生まれし完全なるEva…忌むべきアダムのコピーとはまるで存在も意味も異なるわ…それが零号機と初号機を温存させる理由の一つ…逆に弐号機が捨て駒である所以…

「構わん。すぐに実行するんだ」

「しかし、碇…リツコ君が言う事は一理あるぞ。それには私も懸念が…」

ゲンドウは忌々しそうに冬月の言葉を遮った。

「機体間の移植は確かに未知数な部分もあるが…成功すれば得られる成果は小さくない…それに…第14使徒襲来の可能性も高まっていることも事実だ…葛城部長の提案は至極妥当だ…」

これ以上…ここで「互換性」の議論をするのはまずい…やつ(ミサト)は勘がいい…プロダクションタイプがアダムのコピーであって、人の始祖たるリリスのコピーではない事をみすみす知らせる訳にはいかん…

ゲンドウの意図に気が付いたリツコと冬月はそれ以上何も言わなかった。

「ありがとうございます…司令…」

ミサトはゲンドウに向かってゆっくりと頭を下げる。

まさか司令に助けられるとはね…明日、雪でも降るんじゃないの…まあ結果オーライだからいっか…だが…

敬礼しながらミサトはゲンドウを見、続いて決まり悪そうにしている冬月、そして目の前のリツコの順に目を走らせた。

しかし…何だ…この雰囲気…

ミサトは僅かに自分の目の前にいるネルフ首脳部の面々を見る目を細めていた。


カツン カツン カツン


リツコの後ろから足音が聞こえてくる。

「部長(リツコ)、作戦部への弐号機の引渡し連絡を東雲三佐(作戦部長補佐兼作戦部特別参謀官)に連絡しました」

弐号機の管理台帳を小脇に抱えた若い技術部員がリツコの背中に不意に声をかけてきた。

リツコはふと我に帰ると声がする方向に目を向ける。

「そう、ご苦労様。それじゃ後は宜しく頼んだわよ。わたしはこれからサードチルドレンと約束(ゲンドウとの面談を連絡する目的で当番のシンジを呼び出していた)があるから」

「了解しました」

リツコは小さく頷くと再び視線を弐号機に向けた。視線の先には弐号機があった。

弐号機の両肩にあるウェポンラックの後方からそれぞれ日本刀の柄(つか)の様な棒状の突起が見えている。

「それにしても…この機会に肩部ウェポンラックの改修もするなんて…何を考えてるんだか…ソニックグレイヴ(薙刀)やスマッシュホークがあるのに何だってわざわざ日本刀みたいなものを…」

技術部は弐号機の復旧作業に合わせて弐号機の標準装備を見直したいという作戦四課(戦術兵装研究課)からの要請を受けてこの作業も同時進行で進めた。

人手不足ということもあり肩部ウェポンラックの改修は作戦四課の技術スタッフと共同で進めたもののリツコにとってはこれも相当の負担になっていた。

「まあ…あの(作戦部)四課が言う事なら…仕方が無い…か…」

弐号機を仰ぎ見ていたリツコは忙しく立ち働いている技術部や作戦部の職員の間を縫う様に自室に向かって歩き始めた。
 





リツコが作戦四課(戦術兵装研究課)に対して一目置く背景にはある特別な理由があった。

プロダクションタイプと呼ばれる弐号機以降の機体と零号機、初号機の違いは特殊兵装との互換性にもあった。

特殊兵装とは、D兵装(耐熱耐圧型局地装備)、F兵装(重装甲装備)、そしてG兵装(グライダー型空挺装備)のことをいい、作戦環境や戦術に合わせてEvaに装着して特殊機能を付与する事を目的としており、次世代抑止力兵器Evaとしての各国政府の期待を体現する象徴的な存在でもあった。

そのため、これらの兵装は弐号機以降のプロダクションタイプの機体に装着することが前提になっており、その兵装開発も特務機関ネルフの主要任務の一つとなっていた。

この兵装(兵器)開発プログラムを主導するのは基本的に人類補完委員会であり、碇ゲンドウは委員会から委託を受けるという形でE計画と同様に兵装に関連する要素技術を含めて研究開発を遂行していた。

その対外的な窓口と開発計画案の立案は作戦四課の所掌であり、実質、四課から出される計画案は委員会の承認の元に行うため委員会が提示した案も同然であり特務機関ネルフはこれを無視する訳にはいかなかったのである。

リツコが統括する技術部には3つの研究室とその下に17の研究グループを有しており、作戦四課の兵装開発案に基いて試作機等の製作をタスクフォースチーム制で対応していた。

同じ研究員が複数の開発テーマを掛け持ちすることは全く珍しいことではなかったが、慢性的な人手不足状態の技術部では兵装開発プログラムに人を割くのは大きな負担だった。

この兵装開発プログラムに積極的な作戦部とは好対照に必ずしもネルフ首脳にとっては諸手を上げて賛同できるような事ではなく、ゲンドウと委員会の軋轢を増す一因にもなっていた。



兵装開発プログラムは元々、特務機関ネルフ発足と共にゲンドウが使徒殲滅作戦において使用するためのプログナイフ、バトルアックス等のEva向け白兵戦用兵器とパレットガン、ランチャー、バズーカなどの銃器の開発を計画して委員会に予算を申請したのがきっかけだった。

この第一次プログラムの責任者がミサトであり、その任地がベルリンにある第三支部だったのである(
Ep#05_10)。

ここで開発された要素技術は通常兵器にも大きな影響を与える軍事上の大成果になっていたが、バレンタイン条約のEva関連技術の不拡散条項に基いて厳格に国連(実質的に委員会)によって管理されていた(因みにこの技術の中にEvaの特殊装甲技術も含まれる)。

しかし、ゲンドウと委員会との間でこの兵装開発に対する思惑にギャップが生じたのが第二次プログラムからだった。

2013年時点で弐号機、参号機、四号機、伍号機、六号機の建造がネルフの各支部で既に着手されていたが、アメリカ政府との共同開発という建前で着工された参号機、四号機を除いて、第三支部主導で進めていた伍号機、六号機の建造費が不足する事態に陥り、ゲンドウと委員会は協議の末に国連加盟国に対して臨時追加負担金を徴収する方向で議論を重ねていた。

当時の予算枯渇の主要因としてネルフ本部における初号機開発費の異常な高さが委員会から槍玉に上げられたのである。

碇ユイを失って以来、起動させること自体が困難になっていた初号機は内外からゼロナインシステムと呼ばれて揶揄されていたが、Eva基本理論における「境界中和臨界定数(エヴァ基本理論第一則から導かれるATフィールド中和に対して影響を及ぼす特性を定義する値)」が他の機体には見られない特異性を示すことが以前から認められていた。

その事象に着目したゲンドウが初号機の「臨界定数極限化計画」の推進にネルフの予算の大半を次ぎ込んだためにそれが予算枯渇の遠因になっていたのである。

Evaを次世代抑止力と位置づける各国政府にとって負担金とその割合は不拡散条項の期限切れ後のEva製造ライセンス取得に影響があるためやむを得ないとする向きもあったが、起動困難な初号機への資金注入は無駄以外の何者でもなかったため激しい批判にさらされる事が容易に想像された。

それ故に、さも当然と言わんばかりに「追加予算」を委員会に申請するゲンドウに対して委員会は不快感を隠さず、議論は当然に紛糾した。

その議論の過程で委員会がゲンドウに国連に「臨時追加負担金」を上程する事に対する交換条件として持ち込んだものが「第二次兵装開発プログラム」であり、ネルフでの委託研究開発を承認することだったのである。

Eva向け兵器開発で十分満足していたゲンドウにとって特殊兵装開発にネルフのリソースが割かれるのは受け入れ難い内容だった。

Evaに特殊兵装を施すことで軍事力強化が一層期待出来るためEva向けD兵装、G兵装及びF兵装の開発計画案が委員会から逐次、ゲンドウに提案された。

軍事開発色を強めた第二次兵装開発プログラムを見せ玉にすることで「追加負担」に対する批判の矛先をかわすという半ば政治的なパフォーマンスであることは明白で、いわばプロダクションタイプ向けの各種兵装開発というのはEva建造資金の資金集めのための方便に過ぎなかったのである。

「ふん。老人達の政治ショーに付き合っている暇など無い…」

提案が成された当初、ゲンドウはこの委員会案を言下に拒否した。

初号機のEva特性の極大化以外に殆ど興味を持たないゲンドウにとって委員会の提案は政治的なパフォーマンスという以前にそれこそが「無駄」だったのである。

しかし、その一方でE計画の遂行自身がこのままでは困難になる事も十分判っていたため最終的には、「第二次兵装開発プログラム」の実行スケジュールをネルフに一任、という委員会側の妥協を引き出した上で渋々承認することになった。

E計画、人類補完計画と同様に委託という形を採る以上、特務機関ネルフは定期的な軍事実験データと進捗状況の報告義務を委員会(但し、この兵装開発プログラムに限ってはそれに加えてValentine Councilの各国政府代表)に対して負うこととなり、後にこれが結構な作業ボリュームを占めるようになる。

これがゲンドウと委員会の兵装開発を巡る軋轢の正体である。

軍事と政治折衝に全く興味のないゲンドウ(当時の作戦部長ポストはネルフ司令長官であるゲンドウが兼務する形を採っていた)はこの計画の遂行と管理を2013年当時に第三支部に第一次兵装開発プロジェクトリーダーとして赴任していたミサトに追加で下命した。

ミサトはすぐに実行対体制の編制案をゲンドウに提示した。それが後の作戦部の1部5課体制の下地となり、その開発実行計画を後の作戦四課(戦術兵装研究課)が職掌とする流れに繋がっていく事になるのである。

第一次兵装開発プログラムは2014年末を持って終了となり、ミサトは2015年前半でドイツを離れて本部に帰任と同時に作戦部長に登用された。2014年から同時並行していた第二次兵装開発は2015年に入って加速されることになる。
 





「それでは(G兵装の)テストは予定通り来週早々に実施という事で」

オペレーションルームに作戦部の幹部たちが顔ぶれを新たにして集まっていた。プロジェクターがスクリーンに映し出すG兵装を纏った弐号機は機体の3倍はあろうかという主翼を背中に背負っている。

作戦四課長への就任が内定している日向はG兵装の飛行試験の責任者が初仕事になる。レーザーポインターをスクリーンに向けてテキパキと説明していく。

「先ほど技術部から弐号機の復旧作業、並びに新規ウェポンラック取り付け作業が完了したという連絡を受け、小官と東雲部長補佐で引渡しを受けました。明日、いよいよ弐号機をB(標準兵装)からG(兵装)への載せ替えを行ってアタッチメント、通信等の状況をチェックした後、第3ゲートから弐号機を射出し、五課と共同でポート1(特務機関ネルフの専用飛行場)に輸送して輸送機に乗せます」

「そうか、いよいよね…それにしてもFよりもGの方が先に完成するとは正直思わなかったけどね」

ミサトの声が室内に響いく。日向はやや高潮気味に説明していたが振り返ってミサトの方を見た。松代で肩を負傷したミサトは驚異的な回復を見せてはいたがまだ右腕を吊ったままだった。

「そうですね。Fは松代で一度使いましたがまだ重火器類が未搭載であるためただの鎧にしかなっていませんでした。それが災いして先日の…えっと…なんでしたっけ?」

日向が隣に座っていた東雲を見る。東雲は表情を動かすことなく日向の問いに答える。

「第13使徒バルディエルだ…」

「あ!そうそう!そうでした」

日向が無機質な東雲の言葉を受けておどけて見せた。集まっていた全員の視線が緩んでいくのがわかった。

「そのバルディエル戦では相手が軽装備であまりにも素早い動きを見せたため、結果的に弐号機の足を引っ張ってしまいました。ある程度の戦局の変化にも対応出来る様にもう少し軽量化等の改善が必要だと考えています。Fのリリーススケジュールは全面的な見直しをかけるつもりです」

「なるほどね。ところでさ。Fの完成は勿論、委員会にObligationがある以上は遂行しなければいけない事案ではあるけどさ、バルディエル戦の時に思ったんだけど接近戦に縺れ込んだ場合はどんな豪華な兵装があっても無力化する。やっぱり遠隔攻撃から接近戦に効果的に移行出来る様な工夫が必要だわ。その意味では今回の弐号機のウェポンラック改修は思い切って実行して良かったわね。いい判断をしたと思うわ、日向君」

プロジェクターの明りしかない暗がりでミサトの表情はよくは見えなかったが僅かに微笑んでいる様に見えた。

ミサトさん…俺に…俺に花を持たせ様としてくれてるんだ…

日向はいきなり胸を締め付けられるような息苦しさを感じた。

「これまでの使徒との戦いにおいて兵器の射程距離を争うようなアウトレンジ戦法は別として中距離から距離を縮めて接近戦に持ち込んで殲滅を図るという戦闘パターンが少なくありませんが…」

日向が手際よく手元の端末を操作してEvaの被弾回数と大きさを距離でプロットしたデータを映し出す。Evaが使徒からの攻撃を被弾してダメージを受ける割合は使徒との間合いを縮める段階に集中していることが一目瞭然だった。

MAGIのオペレーターとしても活躍していた日向にとってデータの解析はお手の物だった。

「これはEvaの被弾頻度を使徒との距離で示したものですが戦術的にファーストアプローチをかけた後で直接攻撃をかけるか、或いは特殊兵装による攻撃にするかを判断するため、使徒のカウンター攻撃等でパレットガン等の射程範囲である中距離領域に被害が集中している様に見えますが、カウンター攻撃による被弾を除くと中距離から接近戦に持ち込む過程での被弾リスクが実はそれと同等か、それ以上に高いことがわかります。そこで…」

日向が再び画面を切り替えると小振りな木刀を二本持って宮本武蔵ばりのポーズを取っているプラグスーツ姿のアスカの写真が映し出される。

室内に幹部達のざわめきが漏れる。

画面上のアスカはカメラ目線で満面の笑みを浮かべていた。自分でも二刀がかなり気に入っている様子だった。

「もっとも使徒の攻撃を被弾しているセカンドチルドレンの提案を受けて、中距離から間合いを詰める際に使徒の物理攻撃をかわすことがある程度可能で且つ接近戦でリーチがそれなりにある様な白兵戦用の武器を標準的に装備することを考えました。それがこの二刀という訳です」

四課のプレゼンは専門用語が多く、専門化向けの説明資料になっていてミサトでも難解な時があった。そのためか前任者の東雲の発表はすこぶる不評で居眠りを始める者が後を絶たなかったのだが今は全員の視線が画面に釘付けになっていた。

弐号機を使わずにパイロットを会議資料に使うというエンターテイメント性の高い日向のプレゼンの勝利だった。

「接近戦闘用の装備としてはプログナイフなどがありますがリーチがないため殆ど抱きつくほどの距離まで近づかないといけないという制約があります。使徒の抵抗がない状態まで無力化して止めを刺すという使い方やそんな戦い方は現状の我々では到底困難ですから、リーチの違う武器を持たせることで実戦上の選択肢を増やす事は被害管理の観点からも有効と判断して今回の改修を実施しました」

「おい、マコト!今日の資料をメールで送っておいてくれ」

「え?はい、判りました」

「マコト!俺もたのむ!」

後方でオブザーバーとして参加している各課のスタッフから声が次々に上がる。睡眠兵器と揶揄される四課の今までのプレゼンには見られない光景だった。

「日向君、僕から質問があるんだが」

東雲がおもむろに立ち上がる。

「なんでしょうか?」

「セカンドチルドレンは長くドイツに住んでいたと聞いていますが?」

「はい。それがなにか?」

「いや…刀の様な武器を扱えるのかどうか…ちょっと気になってね…」

「刀がなにか問題ですか?」

「ヨーロッパでは歴史的にフェンシングが剣術の基本だから日本の様に切るというよりは突く(フルーレ、もしくはエペ)動作をするんじゃないのかなと…それならいっそ槍とかでもよかったような気もするんだけどね…」

「…」

東雲の指摘に部屋は水を打ったように静かになる。ミサトも何かフォローしようとしているのか、金魚の様に小さく口をパクパク動かしていたが適当な言葉が浮かばないようだった。

東雲は部屋の雰囲気には一切構うことなく続ける。

「日向君の提案はもっともな事だと私もその点では同意するが、しかし、セカンドチルドレンは本当に刀を扱えるのかな?」

「ご指摘ありがとうございます。しかし、その心配はないと思います」

日向が平然と答える。

「どうしてですか?」

日向の自信満々の声に東雲は僅かに怪訝そうな表情をする。

「フェンシングにはサーブルという刀を使う競技がありますし、それにアスカちゃんは来日以来、日本の剣術に対する知識の蓄積と訓練を積んできていると言っていましたしね」

おお、と室内から感心したような声が聞こえて来た。

「そうですか。それなら私も異存はないです。刀でも問題はないでしょう。しかし、セカンドチルドレンは一体どうやって日本の剣術などを研究したんですか?」

「時代劇ですね。“吉宗が往く”を欠かさず見てると本人が言っていました。ばっちりでしょう」

「え?じ、時代劇…」

「はい。目の前で実演してもらいましたがカッコよかったですよ。因みにこの写真はその時に撮ったものです。あ、そうだ。動画もあるんですけど見ますか?」

「い、いや、結構です…そうですか…分かりました…」

東雲がゆっくり席に着く。

まさか…それが日向君の自信の根拠…いや…流石にそれはないだろう…

東雲は自分を落ち着けるために目の前に置かれているミネラルウォーターが入ったペットボトルの水を自分のグラスに入れて一気に飲み干していた。




 

Ep#08_(18) 完 / つづく

(改定履歴)
8th Aug, 2009 / 誤字修正
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