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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第19部 The Angel with broken wing 翼を下さい… (Part-4)


(あらすじ)

レイとトウジは地底湖畔でのキャンプを企画している事をミサトに伝えて許可を取る。
「自分たちから野営合宿で訓練を施すとは…安心して。あたしが絶対に出来るようにしてあげるからね!」
「い、いや、訓練っちゅうか…その・・・」
自分たちのPCで作ったキャンプの案内がパイロット達の手元に届く。心配しながらキャンプの準備をする二人の前にシンジ、そしてアスカが集まってきた。思わず微笑むトウジとレイ。


それぞれが哀しみを背負い、そして運命を紡いでいく子供達…
融和の時は来るのだろうか…


Say Anything / X Japan
(本文)


ミサトはトウジとレイの突然の訪問を受けていた。

「え?ジオフロントの地底湖付近でキャンプですって?」

「はい。俺と綾波で企画したんです。葛城さんの許可を頂きたいと思いまして」

トウジはデスクに座っている上司を向こうに回して手短にパイロット同士の親睦を深めたいという趣旨を説明した。ミサトはまるで惚けた様に幼い部下達をぼーっと見ていた。

「あ、あの…やっぱアカンのでしょうか…」

反応の鈍い上司に対してトウジは段々不安を感じ始めていた。レイは顔色一つ変えることなくトウジの隣で同じ様に立っているが緊張した様子がまるでない。

ど、どないしたんやろ…葛城さん…俺のアホっぽい提案で呆れてるんやろか…まだ特別警戒態勢中やし…不謹慎やったやろか…

「あ、あんたって子は…」

ミサトはデスクに左手を突いてゆっくり立ち上がると次の瞬間、左手でガシッとトウジの肩を掴んできた。

うわっ…ど、どないしょ…もしかしてブチ切れ?あんなごっついギブスで頭殴られるとますます頭が悪くなるやんか…

ミサトの吊った右腕に目を走らせる。トウジに緊張が走っていた。

「あんた達…あたしは今…猛烈に感動しているわ…」

ミサトは感動に打ち震えた様に声を震わせていた。そしておもむろにトウジを見、そしてレイを見た。若干、涙ぐんでいるようにも見えた。

「へ?あ、あの…何がですか?」

俺…なんか泣かすような感動的なこと言ったやろか…

「グスッ…自ら進んで野営合宿を計画して来るべき時に備えて訓練を施すとは…実に見上げた心意気だわ…安心しなさい…あたしが必ず出来るようにしてあげるからね!あんた達のその熱い思いに応える為にあたし達はいるんだから。誰にも邪魔はさせないわ!」

「い、いや…訓練っちゅうか…その…あの…あ、ありがとうございます…」

参ったなあ…単に集まって騒ぐだけのキャンプなんやけど…何か…大げさな事になりよるで…でも…許可は許可やし…まあええか…

トウジとレイは感動覚めやらぬ状態のミサトに一礼すると作戦部長室を後にした。

「良かったわね…フォース」

レイが微笑んでいた。

「お、おう…何か知らんけど…結果オーライや。ほな、早速準備しよか?」

「ええ…」

この後、トウジとレイの元にミサトから”ジオフロント地底湖付近における野営訓練実施”の許可がメールで5分も立たない間に届いていた。しかも食料他、発電機、調理器具など野営に必要な備品は全て五課から提供可能という筑摩五課長のメールも間髪をいれず届く。

「レスはやっ!何か恐ろしくなってきたわ…俺…」

「ついでだから食べ物とお料理の道具を今日貰いに行きましょ?」

レイは相変わらずの調子で作戦部棟の大居室の前を通って五課の居室の方へ歩いていく。

「綾波…お前、めっちゃ逞しいやっちゃな…」
 



G兵装テストは2015年12月1日に実施される事が決定され、その前日の11月30日にEvaチームの定例ミーティングが開かれる事がパイロット全員にメールで通知された。

日向が作戦四課に転出するまではこの種の連絡は副官の仕事だったがパイロット達に連絡事項を伝えるのは専ら作戦部の女性職員に変更され差出人は目まぐるしく変わる様になっていた。時々、ミサトからメールが直接飛び込んでくる事もあったがその大半は説教だった。

葛城家の家長としての連絡は必ずと言っていいほどマンションの固定電話にかかってくるため、シンジは留守番電話のスイッチを入れっぱなしにして切った事は一度もなかった。

チャランポランに見えてこういうところは意外とミサトは神経質だった。

同居当初、ミサトが絶対にA型の神経を蝕むO型に違いないと確信していたシンジは自分と同じ血液型と知って腰を抜かさんばかりに驚いた、いやショックを受けた事があった。

「うそだ…うそだ…絶対うそだ…ありえないよ…そんなの…信じろって方が無理だよ…」

「ちょっとシンちゃん…それってどういう意味よ?」

アスカ来日後、程なくして第7使徒に深手を負わせながらも敗戦を喫して撤収を余儀なくされた事があった。第7使徒を倒すにはEva2体による多重同時攻撃が不可避と判明してユニゾン作戦が立案された。

深手を負った第7使徒の自己修復速度から逆算して7日以内の再攻撃が必要と判断され、そして葛城家の家族はもう一人増える事になった。

何かにつけて神経質な新しい同居人は洗濯はおろか飲み物に至るまで厳格に先住者とは区分けして自分自身がそれを徹底的に管理すると主張した。

シンジはあまりにも第一印象とは異なる頑なな態度をとる碧眼の少女を思わずしげしげと見詰めた。

この過剰なまでの几帳面さ、いや一種の他人に対する恐怖心は自分と通じるものがあったため同じA型に違いないと確信していたシンジは少女が実はA型の永遠の敵であるO型だという事を知って愕然とした、いやショックを受けていた。

「ええ?惣流さん(一時期、シンジはアスカからそう呼ばされていた)って…O型だったの…?」

「そうよ、悪い?何かアタシに文句でもあるわけ?」

「い、いや…特に…ないけど…」

「何よそれ…言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!イライラするわね」

その日、シンジは部屋の片隅に置いてあった「血液型別自分研究」というタイトルの本をゴミ箱に投げ入れていた。

それ以来、シンジは血液型占いの類を絶対に信じないと心に誓ったのだ。




そして現在…

葛城家には第三の同居人がいた。長身で綺麗な銀髪をした色白の少年はあらゆる面でシンジを驚愕させていた。

「シンジ君」

エアコンの効いたリビングに寝転んでマンガ雑誌を捲っているとキッチンの方からカヲルが入って来ていた。

「何だよ?」

シンジが面倒臭そうに返事をする。カヲルはシンジの正面に回りこむとにっこりと微笑みかけてきた。

「いつも家事を君にしてもらって悪いから僕も何か手伝おうと思ってさあ…」

「君が一切何もしない事が僕にとっては何よりの手伝いになるから絶対に余計なことをしないでよ。カヲル君」

興味なさそうにシンジはカヲルから再び雑誌に視線を戻す。

「実は既に洗濯を試みたんだけど…洗濯機の様子がちょっとおかしいんだよね」

「な、何だって!!今度は一体何をしたんだよ!」

シンジは飛び上がるとカヲルを置いて一目散に脱衣場に駆け込んでいく。

「こ…これは…」

年季の入ったドラム式洗濯機の蓋からまるで生き物の様に白い泡が身体をくねらせながら脱衣場の床を侵食中だった。ミサトがファンクラブサイトで購入した男性アイドル歌手の氷河英人の顔がプリントされた悪趣味なゴミ箱は既に泡の中に埋没していた。

その中に空になった洗剤の箱が無造作に投げ込まれているのが見える。

ま、まさか…

シンジがまるでMAGIの解析結果を待つかの様に呆然としているとおもむろにカヲルも脱衣場にやって来た。

「これなんだけどさ…あり得ないくらい泡が出てくるんだよ…ほんと、参っちゃうよね…この洗剤ってもしかして家を洗う用?」

「お、お前…1箱…これ全部丸ごと入れただろ!」

「うん、入れたよ。それからソフト剤も一本入れたんだけど」

こ、このボケナスめ…

「お前のその忌々しい脳みそもついでに丸ごと洗ってやろうか!このミラクルバカ!ソフト剤はすっごい高いからわざわざ薄めて使ってるんだぞ!何だよ、これ…あーあ、こんなに泡だらけにしてさあ…すすぎが大変じゃないか!風呂の残り湯が使える洗いと違ってすすぎは水道水をそのまま使うから水道代が高くなるんだぞ!!もう何やってんだよ!!11月は破産寸前なのにさあ!!」

シンジは泡の中に飛び込んでいくと慌てて洗濯機のスイッチを切る。

「君のその素晴らしいマネジメント力は尊敬に値するよ、シンジ君」

「うるさい!黙ってろ!口にパンチするぞ!分からない事があったらちゃんと聞けよ!何で適当にするんだよ!お前、絶対O型だろ?」

「凄いな、正解だよ。僕がO型だってどうして分かったんだい?」

「え?マジで?初めて当たったけど何か全然嬉しくない…ていうかO型と分かってむしろムカついてきた…」

このミラクルバカとアスカが同じO型とは到底思えない…

アスカは逆に目分量を嫌って説明書の通りに洗濯物の重量をヘルスメーターで測って洗剤とソフト剤の投入量を決めていた時期があった。しかし、それがナンセンスと分かるや否やいきなり大雑把になり、あまりの変わり身の早さにシンジは付いていけなかったことを思い出していた。

「そうだ!そういえばシンジ君」

「今度は何だよ?今話しかけるなよ、忙しいんだから…」

シンジは洗濯機の蓋を開けると昨日の残り湯がまだ少し残っている浴槽の中に次々と男所帯の洗濯物を放り込んでいた。シンジのトランクスに紛れて一瞬、女物かと見紛うくらいこっぱずかしくなるビキニパンツが出てくる。

内角すれすれの切れ込みはカヲルのポリシーらしい。

コイツ…やっぱガチだ…性的な意味で…

シンジは浴槽に向かって丸めたカヲルの下着を放り込む。音調のいい浴室で間抜けな音が断続的に反響してくる。

実に忌々しいぞ…何なんだ…このやるせなさは…そしてこの憤りは…

カヲルは決して広くない脱衣場で壁にもたれかかってネルフの携帯を操作していた。シンジは手を泡だらけにしながらカヲルを忌々しそうに見る。

「さっきフォースからEvaチームのグループアドレスにメールが届いたんだけどさ。君、もう読んだかい?」

「え?トウジから?Evaチーム宛で?」

シンジは手拭を荒々しくタオルかけから引っ手繰ると濡れた手と足を拭く。

「そうさ。来週の月曜日(2015年11月30)が定例ミーティングだから土日にジオフロントでキャンプをしてみんなで月曜日は一緒に出勤しようって案内が来ていたよ」

「キャンプ?ジオフロントで?」

シンジは怪訝そうな顔を浮かべながらカヲルの携帯の画面を覗き込む。

「そうさ、フォースとリリスで企画したみたいだね」

「あ、綾波が?トウジと?う、ウソだろ?ホントだ…」

シンジはレイの事を一貫してリリスと呼ぶカヲルにこの頃では全く違和感を覚えなくなっていた。人間の適応力というか、慣れというものはある意味で恐ろしかった。

な、何でまたトウジと綾波が…あの二人の共通点って一体何なんだ…いやそれ以上にあの綾波が…信じられない…

メールにはPDFファイルが2つ添付されており、それぞれ日本語バージョンと英語バージョンになっていた。いずれのキャンプの案内にも可愛いウサギのクリップアートが小さく添えられている。

決して嗜好を凝らしたものではなかったが素朴な感じがどこか綾波レイの面影を漂わせていた。

「キャンプの道具はシンジ君のクラスメイトから借りるみたいだね」

「ケンスケ以外に考えられないよ…大体、キャンプ道具なんて真っ当なヤツは普通持ってないからね」

ケンスケといえば盗撮ヲタというイメージが学校では強いが本人は撮影自体に実は興味はあまりなく、諜報活動の訓練の一環として被写体に気づかれる事なく撮影する技術を磨いているらしかった。シンジがその事情を知っているのはミサトの家を飛び出した時に偶然一人でエアガン片手にキャンプをしていたケンスケと一夜だけ寝食を共にした事があるからだった。

恐らくケンスケは第三東京市でも屈指の軍事ヲタだろう。

その時にシンジとケンスケは二人で火を囲んでお互いの身の上を語り合い、多感な少年時代の一時を共有したのである。この時にシンジはケンスケに諭されてミサトの家に戻る決意をした。

そうした経緯からケンスケが国連軍の曳航艦隊の訪問団に加えて欲しいとミサトに直訴した時に、シンジは冷戦中だったミサトへの執り成しを引き受けざるを得なかった。結局、それが高じてシンジ、ケンスケ、トウジの三人を連れて行くというミサトの提案に、ケンスケの手前があってシンジは辞退できず渋々同行する事になったのである。

「キャンプか。何かとても楽しそうだね?みんなで集まるなんて素晴らしいよ。そう君も思わないかい?シンジ君」

「まあね…」

ほとんど生返事だった。

キャンプってあんまり興味ないし…それに…みんなって言っても捕まってるアスカは来れないだろうし…正直、ちょっと面倒臭い…でも…

僕は…僕はここに残って戦うって決めたんだ…だから僕はみんなとのつながりを大切にするべきなんだ…だって…人間は一人では生きる事は出来ないんだから…

思案顔のシンジを隣でじっと見ていたカヲルは微笑む。

「どうやら決まりみたいだね…じゃあ早速準備をしようか?」

「そうだね…」

運命を定められた子供達が集う…これも何かの運命なのか…今まで運命を否定も肯定もしなかったリリン…皮肉にも従順を装う反逆のリリス…運命に抗おうとするアダムの血を引きし者…Eve(エヴァ)…僕だけが正しく自分に定められた道をこれまで歩いて来たんだ…青い空に漂う雲の様に風に身を任せて流れるのみさ…

「ちょっと!カヲル君!ボーっとしてないでさ、バスタブで洗濯物をすすぐのをちょっとは手伝ってよ!」

「ああ、ごめんよ。シンジ君」

エリザ…君は…僕が知る君は…運命を切り拓き、そしてあの空を自由に羽ばたく事をいつも望んでいた…今の君はその瞳にどんな空を映す…そして…まだ翼を開こうとしているのか…アダムの血を引きし者とリリスの血統が持つ翼…その翼は…似て非なるものだ…

EVA…Elisabeth due to be Eve is born via Adam …
 





キャンプ当日の土曜日。軍事仕様のプラグスーツ(MPS)に身を包んだアスカは技術本部第二実験エリアのオペレーションルームにいた。

左手首にはめた赤いバンドの時計をチラッと伺う。時刻は午後の三時を回っていた。

もう…みんな集まってる頃ね…

「アスカ、何かシンクロ中に違和感みたいなものは感じなかった?」

不意にマヤに話しかけられたアスカは慌てて視線をディスプレーに戻した。

「い、いや、特に変わった事はなかったわ」

「そう…じゃあノーマルのプラグスーツを着た時と若干違うこのパルスは普段と違う感触によるストレスかしらね…なんだろ…このピーク…まあ大したこと無いと言えばないけど…」

マヤはシンクロチャートを神経質そうに眺めながら何事かをしきりに悩んでいた。アスカは小さくため息を付く。

バカバカしい…アタシには関係ない話なのに…ただのキャンプじゃない…ただの…

「アスカ。もう上がっていいわよ」

アスカが振り返るとすぐ後ろにリツコが立っていた。

「え?で、でも…まだ測定が…」

リツコはアスカと目を合わせることなくマヤの隣に並ぶ。

MPS装着によるシンクロへの影響は特に問題ないわね…若干、パルスに乱れがあるように見えるけど3シグマの範囲内だし、測定誤差を勘案すれば有意差とは言えない程度ね」

「はい、先輩。問題ないと思います」

リツコはメガネを外すとアスカに流し目を送る。

「聞いての通りよ、アスカ。もう再現性確認の必要は無いわ。ちょっと早いけどもういいわよ。今日はジオフロントでパイロット同士の野営訓練…でしょ?」

「リツコ…」

「規則だからいつも通り足首にGPS発信機は付けておいてもらうけど今日は特別な見張り(諜報課員)も付けないからしっかり野営訓練に集中しなさい。そのまま行けば間に合うわ」

アスカはリツコに何か言おうとするが適当な言葉が浮かんでこなかった。

「楽しんでらっしゃい…」

「ありがとう…リツコ…」

「さあ行って。早く行かないとわたしの気が変わって実験しないとも限らないわよ」

半ば追い立てるようにリツコはアスカを促す。アスカは技術部員が忙しく立ち働くオペレーションルームを一人静かに後にしていた。

こんな事をしたからって…わたしの地獄行きが変更になる訳でもないけど…気休め程度にはなるわ…
 






間近で見る地底湖は本部で見るよりも大きく見えた。

原子力潜水艦の発着基地を基点にして地底湖をほぼ一周出来る遊歩道と自転車道が整備されており、その遊歩道から少し外れて森に入ると三方を木々に囲まれたちょっとした広場があった。ここからすぐに砂浜の様に白い湖の波打ち際が見える。

”野営訓練予定地”にトウジとレイが着くと既に五課のスタッフがきびきびと作業を進めており、二人とも呆気に取られていた。

広場の奥まったところにネルフのロゴが入った大きなテントが2つ設営されて、シャワー室とトイレが一体化した簡易バスルーム、自家発電設備と無線システム、水の浄化システムが据え付けられていた。大型テントの中には簡易ベッドが人数分用意されていた。

「これって…キャンプっちゅうか…ここに住めるやん…おれ、妹とこのままここに住もうかな…」

「お金がかからなくてよさそうだけど…あなたも妹さんも毎日、ここから地上の学校やスーパーに通うつもり?」

「確かに…学校行く事を忘れとったわ…それに郵便物もチラシも届かんしな…」

至りつくせり状態ですっかり手持ち無沙汰の二人は二つのテントの前に拾ってきた木切れを集めて焚き火を始めた。炊事自体は組み立て式調理場の電気調理器で出来るため焚き火には何の意味もなかった。

「金持ちの親の子供に生まれとったら俺も妹もどんなに幸せかと思っとったけど…それはそれで別の苦労があるんやろなって何となく思ったわ…今日…」

火を起こしながらトウジが独り言の様に呟く。

「どういう事?」

レイは膝を折って地面に座り、小枝を更に二つに折って小さくしている。

「実際、耐えられへんやろ?毎日、毎日こんなに構われたら…そりゃ、贅沢を言うと罰が当たるけど…人間っていつかは親から離れて一人になるやん?やから…自分が自分である事を確認する時間っちゅうか…よう分からんけど…自分の力だけで何かをする事って大切なんちゃうかなって思ってな…」


パキン


レイは小枝を折っていた手を止めると物憂げな表情を一瞬浮かべる。

「そうやってヒトは母なる人から離れて行き…命と知恵を次代に繋いで生きていく宿命を背負った…母の犯した愚かな罪を償って…罪深きリリンも元を糺せば愚かな母の犠牲者…罪を贖うべきは子なるヒトではない…主の怒りに貫かれるべきは…」

「な、何ブツブツ言うとるんや、綾波。そんな事より集合時間はとっくの昔に過ぎたちゅうのに!何で誰も来へんのや!ほんま!俺らだけやったら友達おらんヤツみたいでメッチャ悲惨やで…ちゅうか!綾波!敢えて突っ込ませてもらうけど、お前!なんで制服やねん!!やる気あるんか?」

トウジは隣に座っているレイに右手でいきなり突っ込みを入れる。

「さっきからギャーギャーうるさいわね!バカの癖に!アンタだってバカの一つ覚えみたいにジャージじゃん!人のことが言えるわけ?」

「な…誰がバカやねん!って…惣流やないか!待っとったで、一応!こっちやこっち!」

「分かってるわよ。バーカ」

森の小道から赤いプラグスーツを着たアスカが現れた。花柄の付いた白いトートバッグとネルフの購買部のビニール袋を持っていた。

「アスカ…」

レイがゆっくりと立ち上がる。アスカはトウジとレイの前までやって来ると照れ臭そうに笑った。

「何よ、アンタ…そんな泣きそうな目で見ないでよ…そんな事より思った通りアンタやっぱり制服だったわね。ほら、アタシの服貸してあげるからテントの中で着替えなさいよ」

アスカはトートバッグの中からTシャツとジーンズを取り出すとぶっきら棒にレイに突き出した。レイはおずおずと受け取る。

「おい、惣流。そういうお前も何でプラグスーツやねん?」

アスカは鬱陶しそうにトウジの方を見た。

「うっさいわね、アンタ。アタシはね、今の今まで仕事してたんだから。こうして急いで駆けつけてきたんでしょ?後でアタシも着替えるわよ。ちょっち、喉が渇いたから湖の方で寛(くつろ)いでからにするわ」

アスカはそういうとトートバッグをその場に残して購買部のビニール袋を持って湖の方に向かって行った。集光ビルが集めた地上の夕日で湖面はオレンジ色に輝いていた。

赤い海の様に。
 





七分丈ジーンズと体にピタッとしたTシャツに着替えたレイがテントから出てくると制服を着たシンジがやって来るのが遠目に見えた。

「碇君…」

「おーい!センセ!こっちや!」

「綾波!トウジ!」

「ちゅうか、お前まで!何で制服やねん!お前らキャンプを舐めてるやろ!」

「ちゃんと後で着替えるよ。っていうか僕らの荷物は纏めてカヲル君が持ってるから、あのミラクルバカがここに来ないとどうしようもないし」

カヲルが自宅の洗濯機を最強の侵食タイプに変身させた一件以来、シンジはカヲルの事を極力”ミラクルバカ”と呼ぶ事に決めていた。

「そういやカヲルのヤツの姿が見えへんな…あいつは何処におんのや」

「カヲル君はリツコさんのところに行ってるよ。この前呼び出された時に会えなかったらしいから」

シンジはふと制服ではないレイに気が付いてギョッとする。

「綾波…ジーンズ着てるんだね」

「可笑しい…?」

「そ、そんなこと無いよ。よく似合ってるよ」

「ありがとう…」

「もう四時半か…ほな、だいぶ揃ったからメシでもぼちぼち作り始めるか」

トウジは作戦部の携帯食料が入ったプラスティック製の段ボール箱を開け始めた。シンジが辺りを見回す。

やっぱり…アスカは来れなかったんだ…

「碇君…」

「どうしたの?」

「アスカなら…湖の方にいるわ…」

「え?アスカ来てるの?」

「そうや。あいつもキャンプを舐めとる。プラグスーツで現れよってからに、ホンマ」

トウジは両手で抱えるようにして缶詰を取り出すと調理場の方に歩いて行った。

「アスカ…」



 
アスカは真っ赤に染まった湖面をじっと見詰めていた。

地底湖の水温は一年を通して低く13度を上回る事がなかった。そのため流木や倒木のバクテリアによる分解速度は極めて遅く腐ることなくほとんど元の姿を留めたままだった。

アスカが腰掛けている倒木も先端は水中に没していたが透明な水を通してその姿がしっかりと視認出来た。


プシュッ


アスカがプルトップを開けると缶の内圧が解放される音が当たりに響く。6本1ケースの缶ビールは最後の一本になっていた。

購買部のビニール袋の中には空になった空き缶が無造作に放り込まれている。

「血の海みたい…」

真新しいミリタリー仕様のプラグスーツを着たアスカの白い顔が赤く染まっていく。それが背徳の水によるものなのか、地上の夕日によるものなのか、いまいち判然としなかった。

「気持ち悪い色…」

「アスカ…」

不意に後ろから声をかけられたアスカは驚いて後ろを振り返る。白い砂浜の上に制服を着たシンジの姿があった。

シンジの白い開襟シャツも朱に染まっていた。

「い…し、シンジ…」

シンジがぎこちなく微笑んでいる。そのぎこちなさの原因が今、自分が右手に持っている缶にある事をアスカは悟る。

サイテー…こんなところを見られるなんて…

「あ、あのさ…隣に座ってもいい…?」

「え、ええ…」

倒木の上にシンジが上がる。二人は赤い海に向かって並んで腰掛けた。

「ゴメン…幻滅でしょ…?」

「え?な、何が…」

「これよ…」

「べ、別に…でも…大人の人に見つかると怒られるかもね…」

「アナタ…何にも思わないの?サイテーなバカ女だって…」

「そんな事…別に気にしてないよ…だって…ミサトさんのマンションにいた時だってたまに飲んでたんでしょ?ミサトさん…家に帰ってきてないのに空き缶がよく捨ててあったし…」

「ミサトの…マンションで…」

アタシ達…一緒に住んでたの?アナタは知ってるって事?ミサトの目を盗んでアタシが飲んでたの…こんなのに理由つける心算はないけど…何か一人で辛かった…フフフ…とことん間抜けだわ…

「ハハハ…バッカみたい…ホント、バカ…」

バカなアタシ…何やってんだろ…自分を痛めつけて…傷付けて…ホント、笑っちゃうわ…

乾いた笑い声がアスカから漏れていたが、それはすぐに赤い水面に吸い込まれていった。シンジはアスカを見る目を思わず細めていた。

駄目…やっぱり無理…このまま上手く取り繕っていく事なんて…出来る筈ない…

「正直言って…アタシ…アナタって存在がよく分からないの…アタシ達って何だったのかなあって…」

「え?ど、どういう事…」

「これよ…」

アスカは左手でプラグスーツの右腕のパーツを外すと白い砂浜に向かって放り投げた。タンクトップの様になったスーツの中に右手を突っ込むと拉げた薄ピンク色をしたロケットを掴む。そのままチェーンを引き千切るとシンジに見せた。

「こ、これは…」

実際に見るのは初めてだったがどこか見覚えのあるそのロケットがゆっくりと目の前で左右に揺れていた。

シンジの顔がみるみる引きつっていく。

う、うそだ…あり得ない…どうしてアスカがこんなものを…

「これはアタシの心だって…レイが言っていたわ…でもね…」

シンジは今にも気絶しそうなほど驚いていた。鼓動がどんどん速くなっていくのを感じる。

い、いやだ…うそだ…こんなのってウソだ…

「気が付いたらアタシはいなくなってて…アタシにはこれしかなかった…もう誤魔化せないし嘘もつきたくない…アナタってアタシの何だったのか…それだけがずっと知りたかったの…今まで二人になれるチャンスってなかったし…他の人には聞かれたくなかったし…」

アスカは真っ青な顔をしているシンジに自分のロケットを手渡すと横に置いていた缶を掴んで勢いよく煽った。

シンジはアスカの隣でまるで蝋人形になったかの様に固まっていた。アスカは横目で様子を伺っていたが再び笑い始めた。

「ゴメン、ゴメン。いきなり会ってするような話じゃないよね。だらしない酔っ払いの言うことだから気にしないでよ。フフフ…ホント、バカね…ゴメン…もう忘れて…」

「アスカ…」

「アナタに関係ないわよね…アナタがアタシの何だったのかって…そんなの知るか!って感じじゃない?そうよね、そうに決まってるわ」

そんなこと無い…アスカ…

「でも…心のどこかで…アナタだったらよかったのにって思ってたかもしれない…バカね…その辺であの子(レイ)がたまたま拾ったものをアタシにくれただけかもしれないじゃない?それをさあ、いきなり本人に突きつけて真顔で何?って聞かれても…はぁ?って感じよね…ホント笑っちゃうわ…」

もう止めてよ…僕は決めたんだ…ここに残るって…そしてそれは父さんの為じゃない…同じ過ちを繰り返さないためなんだ…救うんだ…全てを…

アスカは再び缶を煽ると空になった缶を片手で思いっきり潰す。


ベコ ベコ ベコ


辺り一面に虚しい金属音が響く。

「反応に困るわよね…ホント、ゴメン…アタシ、もう行くわ…着替えなきゃ…このこと(ビール)は内緒にしててね」

アスカは潰れた缶を拾い上げると軽くウィンクして倒木から腰を上げた。

「ア…スカ…」

シンジの声は掠れていた。

呼ばれた事に気づかずにアスカは足元にあったビニール袋を手に持って白い砂浜をゆっくりと歩き始めた。

「アスカ…」

シンジの耳元で声が蘇ってくる。



アタシは全てを一度失った…何もかも壊してしまった…自分を傷つけて汚してしまった…アタシの罪は許されないかもしれない…でも…貴方の罪をアタシは許し、そして受け入れる事が出来る…それで(この世界の)全てが救われるのなら…(番外編_One of EOEs 緋色の渚_3



ダメだ…行っちゃダメだ…

アスカは真っ赤に染まった波打ち際を一人歩いていく。

やっと…やっと会えたんじゃないか…お願いだよ…一人にしないでよ…

「アスカ!」

シンジは駆け出した。一心不乱に。

赤いプラグスーツの背中をひたすら追いかけて行く。

「待ってよ!!アスカ!!」

僕はウソ付きと言われてもいい…恨まれてもいい…君をまた一人で行かせるくらいなら!行かせてたまるか!

シンジは後ろからアスカに飛びついた。不意を突かれたアスカはそのまま前のめりになり、二人はそのまま砂浜に倒れこんだ。

ビニール袋に入れていた空き缶が辺りに散らばっていく。

「ちょっと!!何すんのよ!!危ないじゃない!!バカ!!」

「僕達はずっと一緒にいるって約束したんだ!!僕達はお互いに…」

二人は砂まみれになっていた。

アスカはうつ伏せの状態から身体を反転させて仰向けになる。シンジはほとんどアスカの上に馬乗りになっていた。

「…同情してくれなくていいわよ…別に…アタシに借りがある訳じゃないんでしょ…?」

「同情なんかしてないよ…」

「適当な事言わないで…」

「言ってない…」

アスカはため息を一つついた。

「いい加減にしてよ。いくらアタシの記憶が無くなってたとしても今、この瞬間をアタシは生きてるわ。いい?アタシは死んでる訳じゃないのよ?アタシはアンタに頼るしかないって確かに言ったわ。それは本心よ。でも…それは…ヒック…バカ!もういいからどいてよ!ヒック…」

「僕たちは一緒にいるって約束したんだ!忘れてるのはそっちの方だろ!」

しまった…つい売り言葉に買い言葉で…余計な事を言ってしまった…ウソを付いているのは僕の方なのに…つなぎ止めたい一心で…最低なのは僕の方だ…

アスカは両手で顔を隠して必死になって声を抑えようとしていた。時折、聞こえる泣き声の様な声…

情けない…こんな惨めな姿を人に晒すなんて…裸を見られるよりも恥ずかしい…

「もう…傷つけたくない…」

「適当な事言ってアタシを騙そうとしてるんじゃないの…?好きでもないくせに…ヒック…アンタに何の覚悟があるっていうのよ?アタシのものにならない人になんか…」

「一緒に生きていくんだ…一人じゃ生きていけないよ…」

「…」

アスカはゆっくりと両手を広げる。夕日に染まったシンジの顔が自分のすぐ上にあった。そしてゆっくりと右手をシンジの頬に当てる。

アタシはもう運命に抗わないと決めたの…これがアタシの運命なら…この人の言葉が例えウソであってもいい…偽りなら一生騙されていたい…

アスカはゆっくりと上体を起こした。

お互いの息遣いを感じるほど距離が縮まる。そしてシンジの黒い円らな瞳をじっと見つめた。吸い込まれる様にアスカはシンジに近づいていき、砂浜に写る二つの影はやがて一つになっていた。

全て溶けてしまえばいい…何もかも無くなってしまえばいい…二人を隔てる全てが崩れ去ればいい…

何度目のキスかと思う必要のないくらい…数が気にならない程…

何回でもすれば…いい…

赤い水面は静かに青みを帯び始めていた。

遠くに燃え盛るキャンプの灯が見え隠れしていた。



 
Ep#08_(19) 完 / つづく
 

(改定履歴)
22nd Apr, 2010 / 表現修正
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