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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第21部 The Angel with broken wing 翼を下さい…(Part-6)


(あらすじ)

2015年12月1日。快晴。ポート1からG装弐号機が離陸した。順調に滑空しているかに見えたが突然、主翼が損壊して制御不能状態に陥る。きりもみ飛行を続ける弐号機。本部に緊張が走る。
「アスカ!!緊急指令!!プラグを緊急射出して!!」
「拒否する!こいつが市街に落ちると甚大な被害が出る!」
「あの高度と速度で地上に落ちたら…余りのショックにパイロットの心身は耐えられません」
緊迫した状態の中で交錯する複雑な思い…

SAD VIOLIN in Berlin 2007 (ある兄妹に捧ぐ)
(本文)

月曜日の早朝は薄暗く、そして肌寒かった。地上は恐らく曇りか雨なのだろう。

アスカは簡易の調理場で顔を洗った後、作戦部の備品ボックスの中から取り出したネルフの歯ブラシを使って歯を磨いていた。

ネルフ印の歯ブラシセットはスティックからブラシに至るまで黒色で歯磨き粉に至ってはピンク色をしている。赤と黒がオフィシャルカラーというわけでもないのだろうがどこか毒々しかった。

口をすすぎ終わったアスカがふと顔を上げると私物のスタンド付きの小さな鏡の中にトウジの姿が写りこんでいるのが見えた。

鏡の中のトウジは腕を組んで後ろにある1000Lの給水タンクにもたれかかってこっちを見ている。

な、何よ…

アスカは首にタオルをかけると左手に歯ブラシ、右手に鏡を持ってトウジの前を通り過ぎ様とした。

「何があったんや?」

いきなりトウジがアスカに話しかけてきた。アスカは足を止めると視線だけをトウジに送る。

「何の事?」

トウジは給水タンクにもたれたままアスカの方に向き直ると腕を組み直す。

「ぶっちゃけお前とカヲルは前に何かあったやろ?なんでお前はヤツを避けるんや?」

「…」

「まあお前がヒステリーなのはよう知っとる…せやけどな、カヲルに接する時のお前の態度はちょっと尋常やないで」

アスカはトウジに聞こえるように大きなため息をつくとジロッとトウジの方を威嚇するように見る。

アンタには関係ないでしょって言いたいところだけど…でも…正直…これ以上、その件に入り込んできて欲しくない…

「小学生みたいに仲良しこよし、ちゅうのもどうかとは思うけど一応言うとくとやな…」

うざったいお説教…オヤジみたい…コイツに何か言ってもバカみたいな言い合いになるだけ…バカを黙らせるにはこれが一番…

アスカはトウジを鋭く見据えたままつかつかと歩み寄ってきた。

「な、なんや!文句でもあるんか」

トウジの顔に一瞬緊張が走った。

土曜日の夜にアスカにいとも簡単に投げ飛ばされた事が脳裏に蘇り思わず身構える。薄い青色のキャミソールとミニスカートを穿いた少女はみるみる距離をつめて来る。そして体が触れ合うすれすれの間合いでようやく足を止める。

トウジは身体を思わず硬直させた。二人の間は3センチと離れていない。

「ぐ、ぐお!」

アスカはトウジを給水タンクにへばりつかせるといきなり顔をトウジの耳元に近づけて囁くように呟いた。

「ヒステリーでごめんなさいね…この週末は女の子の日だったから情緒不安定だったのよ…」

「お…女…」

トウジは顔を真っ赤にする。呼吸が止まる。

まるで蛇に睨まれた蛙の様に指一本動かせない。いや、ほとんど密着寸前の少女の身体がまるで高圧電流が流れる有刺鉄線か何かの様に肌と肌が触れ合うのを恐れさせていた。

アスカはトウジをいたぶる様にその様子を楽しんでいた。

「どうしたの?アンタもしかしてこんな事で緊張してるわけ?」

「そ、そんなわけ…」

「まさかと思うけどさ…アンタってさ…ヒカリとキスとかした事あるの?」

「キ…」

アスカは顔をトウジの耳元から離すとあざ笑うかのようにトウジの表情を覗き込む。トウジはアスカの視線から逃れる様に顔を背けた。

完全に頭に血が上ってしまいクラクラしていた。

「その様子を見るとまだみたいね…」

「や、やかま…し…ヒッ…」

左手に持っていた歯ブラシをいきなりトウジの腹にゆっくりと押し当てる。トウジの喉はカラカラだった。

「教えてあげよっか?女の子とキスする時のエチケット…」

アスカは歯ブラシでゆっくりとトウジの腹から胸に向かってゆっくりとなぞり始めた。

「う…うぐ…ぐ…」

トウジの鼻先に口を近づけるとゆっくりと息を吐きかける。

「口開けて…」

まるで催眠術にかかったかのようにトウジがおずおずと少し口を開ける。

その瞬間、アスカはいきなり左手に持っていた歯ブラシをトウジの口に突っ込んだ。

「ふがあ!!」

「ふふふ。バーカ。女の子とキスしたいならまず歯を磨くことね。Do you know what I mean, Boy?(わかった?ぼうや)…」

アスカは身体をトウジから離すと左手でトウジの右頬をペチペチと撫でるように叩いた。

トウジは呪縛から解放されたかのようにずるずると力なくその場にへたり込んだ。トウジの姿を見たアスカはニヤニヤしながら炊事場を後にする。

「ひ…ひゃばかった(ヤバかった)で…」

トウジは歯ブラシを口に咥えたまま呆然と呟く。

アスカと入れ替わるように自分の洗面道具を持ってシンジがやって来た。シンジは顔を真っ赤にして両手でズボンの股間を押さえてしゃがみ込んでいるトウジを如何わしそうに見る。

何だよ…トウジのヤツ…魂でも抜かれたような顔をして…
 
少女は時として女よりも妖しくそして残酷な存在なのかもしれない。少年達の敵(かな)う相手ではなかった。





「明日のG兵装テストには正規パイロットは全員参加してもらうけどトウジ君とカヲル君は自由参加とするわ」

日向が明日に迫ったG兵装テストの試験要領を説明し終わると隣に座っていたミサトが子供達の顔を一人ひとり確認するように見ながら言った。

前任者の東雲から引き継いだばかりの日向は初めて自分が主宰する兵装試験に緊張と気負いが入り混じっていた。出世欲の強くない日向ではあったが作戦4課長の歴任は将来の作戦部長の要件とされている要職だけに悪い気はしていなかった。

立場が人を作るとも言うが今まで何処かナヨッとした印象があった日向の顔つきも落ち着いて見えた。

Evaチームの定例会議が終わりに差し掛かった頃、ミサト、東雲、日向に加えてリツコ以下、青葉、マヤの技術部の面々が加わった。

午前中に行われたシンクロテストの結果を伝えるためだった。

シンクロテストの結果はこれまでシンクロ率の高い順に発表するのが慣わしだったが被験者の数が増えたためか、特に所見がない限りレイ、アスカ、シンジ、トウジ、そしてカヲルの順にチャートだけ配って終わる様になっていた。

カヲルのシンクロ率はやはり群を抜いていたが今までの経緯を知る大人たちの目から見るとこのところのシンジの成長振りが特に目立っていた。

シンジは前回シンクロテストで自分でも初めてとなる90%の大台を達成したかと思うと着実に記録を伸ばして93%に手が届く勢いを見せていた。

シンクロ率90%以上の領域はネルフ内で「選ばれし者の領域」と呼ばれており、もはや根性や努力で達成できる範疇(はんちゅう)を超えていた。

対照的にアスカのシンクロ率は89%をピークにして低下傾向にあり最近では75%前後を行ったり来たりしていたが今日のテストで再び低下傾向を示していた。

この頃ではミサトだけではなくリツコもアスカのシンクロ率の結果で一喜一憂する様になっていた。低濃度BRをアスカに処方しているためだろう。

レイのシンクロ率は平常時に安定しているが60%前後で目立たないためか、大人達の間でこれまで話題になってこなかった。

しかし、使徒との戦闘などで集中力が増すと99.755%まで上昇することが過去のデータの読み直しで最近分かってきたためある意味で子供達の中で一番興味を引いていた。

通常、シンクロ率はパイロットの精神状態や心身の疲労の度合いによって値は刻一刻と変化するがレイの場合は一度99.755%に達するとまるで定規を引いた様にその状態を維持するという不可解な特徴があった。

この事象の究明を何度と無く試みていたリツコだったがどうやっても平常時のレイから高シンクロ率を引き出すことは出来なかった。

ある意味でもっとも人間らしいシンクロ挙動を示すのはシンジとアスカだったのである。

会議が終わるとミサトはトウジとレイを呼び止める。

「野営訓練お疲れ様!どうだった?」

「え、えっと…」

トウジは一瞬言い淀む。

し、しもうた…葛城さんに何ていうか、考えてへんかった…聞かれることは分かりきっとった筈やのに…それにしても何て言えばええんやろか…殴りあいのケンカはおっぱじまるし…全然盛り上がらんし…ぶっちゃけドン引きでした…とは流石に言えへんわな…

「はい…全て順調でした…いい経験になりました…葛城上級一佐」

あたふたするトウジを尻目にレイが答える。トウジは涼しい顔をしているレイの顔を思わず見た。

あ、綾波!お前…よくもまあそんな抜け抜けと!女っちゅう生きモンは…イザとなったら男よりも肝が座っとるモンやな…

レイの咄嗟の一言でミサトは相好を崩していた。

スゲッ…めっちゃ結果オーライやん…

「そっか!そっか!あんた達はまだ未成年だからさあ、本格的に訓練するわけには行かないけど、野営設備とか保存食に慣れ親しむだけでも結構いい経験になるからね。特殊部隊の野営訓練なんかナイフ一本しかもらえない事だってあるんだからそれから比べると極楽よね。あたしは余りの空腹に耐え切れなくて見境無く食べたキノコがさあ、たまたま毒キノコであの時は流石に死ぬかと思ったわ…一緒に訓練してた友軍が通りがかったからこうして生きてるけどさ…懐かしいわね…」

「毒キノコって…葛城さん…」

ミサトは懐かしそうに遠い日の自分に思いを馳せている様子だった。レイはキョトンとしたような顔してしげしげとミサトの顔を見上げていた。

また極端なやっちゃな…それにしてもナイフ一本で生活やなんて…一体どんなんやねん…俺…進路しくっとるんやろか…

ミサトは上機嫌だったが今度は少し真顔になってレイとトウジの顔を見た。いよいよ本題に入るらしい。

「ところで…ちょっち事務的で悪いんだけどさあ、訓練完了報告書を出してもらわないといけないんだけど…あんた達書ける?出来れば国連公用語だとあたしの手間が省けてありがたいんだけどなあ…」

「れ、レポート…」

トウジはミサトの言葉に顔面蒼白になる。

ミサトはトウジの反応が想定の範囲内だったらしく幼い部下の顔を見ながら苦笑いを浮かべていた。
 
特務機関ネルフは国連機関であるため国連の公用語以外の言葉で書かれたものは公式文書として認められない。実質的にレジャーキャンプだったとはいえ公式訓練という体裁をとったからには対となるべき公式の業務報告書が必要になるのは当然の帰結だった。

因みに国連公用語とは英語(イギリス英語)、ロシア語、フランス語、中国語という第二次世界大戦戦勝国(旧連合軍)の言語と、それに加えて世界で広く利用されるスペイン語とオイルマネーの賜物であるアラビア語、を加えた6言語の事を言う。

トウジよ…つまりお前はこの6択の中から好きな物を選べばいいのだ…問題ない…

あ、アホか…国語ですら赤点スレスレやのに…地獄や…地獄やで…ていうか…一生終わらん借金を背負わされる気分やで…

三人の間に微妙な空気が流れる。

レイの後ろでミサトたちのやり取りに側耳を立てていたアスカは立ち上がって一度オペレーションルームを出ようとしたが、再びくるっと向きを変えるとミサトとトウジの間に割って入った。

「ミサト」

「ん?どったの、アスカ」

「レポートはアタシが書くわ。英語でいいでしょ?」

「なっ…そ、惣流…おま…」

トウジは驚いてアスカの顔を見た。

アスカはトウジを一顧だにしない。ミサトもホッと胸を撫で下ろしたような表情をする。

アスカの一言でその場にいた全員が救われていた。

「そうね、じゃあアスカにお願いするわ。後で報告書のフォーマットをメールに添付して送っとくからね」

ミサトはそういい残すと颯爽と部屋を後にした。

アスカもその後について部屋の出口に向かっていく。

「お、おい!惣流!レポートの肩代わり恩に着るで!ホンマ助かったわ」

「勘違いしないでよね」

「は?」

「Evaチームのリーダーはアタシよ。チームのレポートを出すのはアタシの仕事。別にアンタを助けたわけじゃないわ」

ピシャッと言い放つアスカにトウジは思わず鼻白む。

あ、相変わらず可愛げのないやっちゃな…

「でも…アンタの企画したキャンプのお礼…一応言っとくわ」

アスカは悪戯っぽく笑うとトウジの顔を見、そしてレイの顔を見た。

「ありがと…楽しかったわ…いい思い出になった」

「アスカ…」

レイが僅かに微笑んだように見えた。

アスカは髪を後ろに向かって掻き揚げるとそのまま何も言わずに踵を返した。赤いプラグスーツの背中が小さくなっていった。
 





2015年12月1日(火) 快晴

主翼を折り畳んだ状態のG兵装弐号機を搭載したネルフのEva専用輸送機がポート1(特務機関ネルフ第一飛行場。芦ノ湖の南端に位置)からゆっくりと離陸した。

ベージュに近いオフホワイトを基調とした機体が朝日を浴びて幾重にも反射する。

このポート1は第10使徒の襲来時に落下してきた使徒の一部の直撃を受けて使用不能状態が長く続いていたが弐号機の現役復帰に間に合わせるかの様に復旧していた。

第一発令所にゲンドウと冬月の姿は見えなかった。

第二次兵装開発プログラムの経緯を考えればネルフ首脳部の興味が薄い事がありありと窺い知れた。

ニケ02(輸送機のコードネーム)離陸しました」

航空機事故は離着陸時に集中して起こるため青葉の声に発令所のあちこちから安堵の声が漏れる。
 
ミサトは青葉の言葉にゆっくり頷く。視線は鋭く主モニターを見据えていた。
 
「よし。そのまま三島を抜けて駿河湾へ誘導。太平洋上で高度10000までアップさせて」
 
「了解。ニケ02に指示。コースA-025をキープ、MAGIの誘導に従って下さい。高度10000まで上昇」
 
発令所にはミサト、東雲、そして青葉とレイがいる。

セカンドインパクト後、日本の海岸線は大きく変化していた。富士市と沼津市の大半は水没して海岸線は旧三島市内の中ほどにまで達していた。

輸送機は国道1号線に沿うような形で三島市上空を抜けて駿河湾に出た。右手には富士山、左手には起伏の激しい伊豆半島がはっきりと見える。

視界は良好だった。

ネルフはこのG兵装テストのため三島市郊外に野営本部を設置していた。野営本部には日向をキャップとする作戦部の陸上部隊と初号機が展開していた。

技術サポートとしてマヤも三島にいた。

「高度10000!異常ありません」

いよいよG兵装の実験が近づいていた。

このG兵装は輸送機から切り離されたEvaがグライダーの要領で空中から拠点制圧を試みるもので滞空時間を長くすることで空からの戦略爆撃や攻撃などを志向するものだった。将来的には主翼にジェットエンジンを搭載する事も計画されているが現在はあくまで滑空する仕様になっており自己推進力はなかった。

滑空する以上、主翼等の空力制御能力が全てだった。

「よし!回頭して北北東に進路をとれ。アスカ、あと30秒で切り離すわよ。準備はいい?」

「こちらEva02。異常なし」

「いよいよね…各員!第二種警戒態勢を取れ!」

ミサトの号令で本部の空気がたちまちの内に張り詰めていく。

レイは発令所の片隅で静かに遠くに見える主モニターを眺めていたが、ふと思い出したように辺りをキョロキョロと見渡した。

「フィフス…何処に行ったの…」
 





12月1日付で正式に作戦四課長となった日向は三島市郊外の野営本部の中にいた。

テント内に設置された大型モニターには本部から送られてくる弐号機の様子が映し出されている。

「G装弐号機切り離しまであと10秒です!」

やや緊張したようなマヤの声がテントに響く。

「頼んだぞ…アスカちゃん…」

日向は腕を組んだままモニターを食い入るように見ていた。

緊張する日向の隣にプラグスーツを着たシンジが立っていた。初号機は万が一の緊急事態に備えて三島に展開する地上部隊と共に行動する様にというミサトの指示を受けていた。

テントの外から初号機の姿がチラチラと見え隠れしている。

早朝の野営テントの中はじわりじわりと温度が上昇しつつあった。この熱気はどうやら日差しだけのせいではなさそうだった。

室内にマヤの声が響く。

「5、4、3、2、1、切り離されました!」

赤くカラーリングされた弐号機が輸送機から切り離された瞬間、スクリューの様に回転を始める。そして・・・


ガシャーン!!


大きな音と共に主翼が開く。それはまるで大空に舞う鳥の様だった。さながら火の鳥だった。

「G装主翼展開!高度9990!巡航速度820km/h!各数値…異常なし!」

「せ、成功だ!!」

一瞬の静寂の後、テントの中は大きな歓声に包まれる。

G兵装弐号機は相模湾から三島市に向かって順調に滑空を続けていた。あとは風向きに従って機体を逐次制御しなければならない。

「アスカ…」

シンジはモニターの中の弐号機をじっと見詰めていた。

テスト飛行コースは駿河湾から三島市上空を越えて一旦進路を東側にとって新横須賀(小田原)を通って第三東京市へ周り逐次旋回しながら高度を落としてポート1に着陸するというものだった。

一見して単純に見えるが富士山と箱根を擁し、すぐ北側に日本アルプスがそびえる第三東京市近辺の風を読むのはかなり難しかった。これもMAGIによる自動管制システムによるナビゲーションのお陰だった。

ネルフ本部も陸海空全域に渡るオペレーションには限界があるため、ある意味でMAGIの誘導を忠実にトレースする高い操作能力がパイロットに求められる。

それだけにパイロットにかかるプレッシャーは計り知れなかった。

パイロットじゃないと分からない事がある…ものすごく簡単に飛んでいるように見えるけど…今まで経験した事がないようなスピード感…そして目が眩みそうな高い場所…何もかもが未知だ…強がって見えるけど…実は一人で怖いんじゃないのか…輸送機でピックアップされるのとはまるで勝手が違うし…

シンジはキャンプの時に返しそびれたアスカのロケットを密かにプラグスーツのポケットの中に忍ばせていた。

今日のテストが終わった後で返そう…

シンジはそう思って持ち歩いていたのである。ロケットの中にはみんなで一緒に浅間山をバックにして取った写真が入っている。

アスカ…

主翼の先端から白い筋雲を吐きながらモニターの中の弐号機は高速で空を滑る様に飛んでいる。三島市にぐんぐんと近づいてきていた。

浅間山に第8使徒を迎え撃った時、シンジ達は国連軍の大型輸送ヘリ3台にピックアップされて浅間山火口付近に向かった事があった。

濛々と煙を上げる浅間山を足下に望んでシンジは足が竦むような思いをしたのを思い出していた。気流の関係で着陸ではなく切り離しが決定され、シンジ達は次々とヘリから切り離されて使徒捕獲作戦に臨んだのである。

その時の緊張感ですら相当なものだった。

空気を揚力に利用するヘリの飛行高度とジェット機のそれとでは雲泥の差がある。

大丈夫なんだろうか…もし…あの高さから落ちたら…いくらなんでも…

シンジは何か言い知れぬ胸騒ぎの様なものを感じていた。

「日向さん、初号機スタンバイします。本部に連絡をお願いします」

順調に三島に向かっている弐号機をモニターで見ていた日向はいきなりシンジから声をかけられて後ろを振り返る。

「え?スタンバイって…後、3分足らずで弐号機は三島上空を通過しちゃうけど…?」

日向の顔は初号機のエントリーは余り意味がないと言っていた。普段のシンジならここで引き下がったかもしれないが日向を見る目に力を込める。

「万が一に備えてです。それから初号機の電源を(ネルフ工作車の野戦用ジェネレーターの)ケーブルから(野戦用)電源パックに切り替えます。本部に連絡をお願いします」

「う、うん…分かった」

日向は首を傾げつつも自分の目の前に座っている作戦部の女性オペレーターに初号機スタンバイの報告を入れさせる。

ミサトの副官から作戦四課長に転出した日向は厳密に言うとEvaチームの行動に対して通常指揮権を持っていなかった。明らかな戦闘状態で第二種警戒態勢から第一種警戒態勢に切り替わらない限り現場最上位者による指揮特権はネルフの場合は認められないため現態勢下ではパイロット(シンジ)の意向が優先されることになる。

シンジが勢いよくテントを出ると雲ひとつない抜けるような青空が広がっていた。

東から臨む太陽の日差しが刻一刻と強くなっていくのが分かった。シンジは初号機のエントリープラグまで昇降リフトを自分で操作する。

「初号機出ます!電源をケーブルから電源パックに切り替え急いで下さい!ミサトさんには連絡済みです!」

頭上から声をかけられた作戦五課員が手を振ってシンジに答える。

アスカ…なんかとっても…とっても嫌な予感がするんだ…

シンジはリフトが上がり切るのももどかしくエントリープラグに飛び乗るとサスペンド状態から起動シーケンスを進め始めた。
 





シンジが初号機の起動を終えてケーブルから電源パックに切り替えた頃。

G装弐号機は徐々に飛行高度を落していた。

「巡航速度時速735km。飛行高度9500から9000へ移行中。このままポート1管制に従って新横須賀(小田原市)郊外に向かう」

アスカはL.C.L.の中でかく筈の無い汗をかいていた。主翼展開直後から微妙な振動と背中に違和感の様な物を感じていた。

何だろ…この嫌な感じ…何とも表現できないけど…翼が…翼が重たい気がする…特に右…気のせいかしら…

左手に富士山を見ながらアスカは眼下に三島市を丁度捉えていた。

弐号機のグラフィックモニターがATフィールドの存在を突然告げる。初号機の起動を確認していた。

「シンジ…本部、こちらEva02。現在、三島市上空を通過中。あわせて初号機の起動を確認した」

「Eva02、了解しました。現在のコースを維持して下さい」

「了解」

目の前に見えていた初号機の位置マークは直下から後方へと流れていく。

風向きが変わってきた…

富士山をやり過ごして芦ノ湖を眼前に捉えたところで急に左から強い横風を感じる。


ギシ ギシ ギシ


弐号機の機体が風に煽られ右側に傾いていく。

アスカが体勢を立て直そうとして右の操作レバーを引いた時だった。

「あれ…?どうして…操舵が…鈍い…」

試しに何度か操作レバーを前後に動かす。右側の操舵翼の動作が緩慢だった。

やっぱりおかしい…

機体傾きが20度を越える。

弐号機が飛行コースをどんどん反れて行く。突然、油圧低下のアラームがけたたましい警報音と共にエントリープラグ内で鳴り響く。

「油圧低下…ちょっと!どうなってんのよ!」

間髪を入れずMAGIからコース逸脱の警告が発せられる。

「本部。こちらEva02…きゃあああ!!」


ガリ ガリ ガリガリ!!


まるで金属が擦れるような音が右側の主翼から聞こえてくる。

弐号機の異変に青葉も気が付く。

「弐号機右翼に異常発生!計装エア圧および制御油圧低下!」

「何ですって!リークの原因は?!」

青葉がミサトを振り返って答えようとした瞬間だった。


バリ バリ バリ!!!


「な、何だ!この音は!」

まるで引き裂くような音が発令所に響く。全員の視線が主モニターに集まる。

弐号機の機体は大きくコースを右に外れて行く。

右主翼の金属板の一部がまるで段ボールの様に捲れ上がっていた。鋭利な刃物で直線的に切断した様なあまりにも不自然な破損の仕方だった。

「ば、バカな!!いくらなんでもこんな事はとても自然にはあり得ないぞ!」

三島に展開していた日向部隊にも衝撃が走っていた。日向は顔面蒼白だった。

「アスカちゃん…遠隔操作モードに切り替え!ここ(三島)から安全誘導を試みる!」

間髪入れずにマヤが叫ぶ。

「ダメです。既に三島の管制エリアを外れています!広域操作は本部しか出来ません!」

「くそ!!トラブルのタイミングがよすぎるぞ!!こうなったらここにいても意味がない…」

日向は思わず唇を噛んでいた。

「アスカ!!」

初号機は急降下していく弐号機の姿をとらえていた。

シンジは全速力で国道1号線を駆け上がる。試験に合わせて交通規制を敷いていたため一般車両の姿は日本の大動脈上にはなかった。

一方、発令所では青葉が日向の替わりに入った作戦部のPrincipal Operatorの山城ユカリ三尉に指示を飛ばしていたが、計算結果が新たに映し出されるや否やそつなくミサトに伝える。

「現在解析中ですが主翼部の破損と制御配管系の破断が同時発生したと考えてほぼ間違いありません!」

修羅場をくぐっているだけあって非常事態になればなるほど冷静に大胆に行動するあたりは流石だった。

「まずい!主翼の破損領域拡大中!このままでは揚力を確保できません!」

自己推進力を持たないグライダーでは主翼の破損は致命的と言ってよかった。抵抗が抵抗を呼び空中分解する可能性すらあった。

「現在の高度は?」

ミサトは額に汗を滲ませていた。

「高度は…急速降下中!8200から7800!空気抵抗の増加にともない巡航速度は630km/hまで下がりましたが下がりすぎると逆に失速の懸念が出てきます!」

「高度が高すぎる…このままの状態で地面に叩きつけられたら幾らEvaでも凄い衝撃だ…壊れはしないにしてもパイロットの方がシャレになんないわよ…」

ミサトの顔は苦り切っていた。

高高度に加えてリニアモーターカー並みの巡航速度を持つ機体の運動エネルギーの大きさは筆舌に尽くしがたかった。

Evaのエントリープラグはイザと言う時は脱出カプセルの役目を果たす。エントリープラグはEva開発の過程(E計画)で相次ぐパイロットの死亡事故により機体と同様に改良に次ぐ改良が加えられており、現在の「2015型」と呼ばれるものは「2013型」「2014型」に次いで3代目だった。

世代を経る毎にプラグの緊急射出バーニヤと脱出ハッチの数が増えているのが大きな特徴である。すぐに緊急射出すればエントリープラグにはパラシュートが装備されているため最悪の場合でもパイロットは救出する事が出来る。

しかし、制御を失いつつある巨大な飛来物を無責任に日本の領空で放棄する事は特務機関ネルフにとって致命的な失態になりかねなかった。

ただでさえ国民党政権が誕生して超アウェー状態なのに…みすみすネルフ潰しの材料をこっちから生駒泰三(内閣総理大臣に就任)に提供する訳には行かない…ぎりぎりまで何とかする必要がある…

主モニターに写っている弐号機は懸命になってバランスを取ろうとしていた。しかし誰の目から見ても健気ではあったがとてもその努力が奏功している様には見えなかった。

「残念だけどここまでね…青葉君!パイロットによる手動操作でどうにかなる次元を超えてるわ!MAGIによる自動制御に切り替えて!」

「了解!」

弐号機の内部で機体制御に集中していたアスカはいきなり糸を切られたマリオネットの様に束縛から急に解放される。投げ出されたように前のめりになる。

「あぐ…じ、自動制御…モード…」

弐号機は新横須賀手前から再び伊豆半島の付け根をかすめるとそのまま北上をして芦ノ湖方面に向かっていた。

ミサトにはそのまま弐号機が芦ノ湖に飛び込む様に見えた。

「高度は?」

「6200です!速度依然600!」

「よし!いける!アスカ!緊急指令U-305を指示!(エントリー)プラグを緊急射出して!」

「拒否する!!」

「な、何ですって?あんた何バカなこと言ってんの!死にたいのか!」

アスカの放った一言に発令所のみならず三島の日向部隊や初号機の中で交信を聞いていたシンジは驚愕する。

「アスカ!何で脱出しないんだよ!」

シンジは全速力でEvaを駆りながら叫ぶ。

「こいつが市街に落ちると…甚大な被害が出る!芦ノ湖への不時着を試みる!自動制御を解除するわ!他に推奨地点があればそれを送って!」

アスカの悲鳴に近い声が響いて来る。

青葉がMAGIの自動制御による不時着地点を計算していた。

「MAGIによる自動制御では…だ、第三東京市の南部D地区を直撃します!そうか…そういうこか…だからアスカちゃんは推奨地点を送り直せと言ってきてるんだ…手動の方がマシってことか…でも…」

文字通りぎりぎりまで操舵することになる…不時着の衝撃をまともに受ける事なるぞ…

青葉は慌てて手元で衝撃エネルギーを計算する。

「た、高すぎる…やはり手動操作では高度と速度が高すぎる!このままではパイロットの心神が不時着のショックに耐えられません!!」

EvaがEva足り得る要素としてATフィールドの展開による物理エネルギーの緩衝作用と同質のATフィールドの中和作用という2点が挙げられる。

使徒やEvaが地上で唯一無二の絶対的存在でいられるのはATフィールドの緩衝作用が人類最強のN2爆雷ですら寄せ付けないほどの威力を発揮するからである。

このATフィールドを用いれば墜落しても何も問題ないように思えるが実際はそう単純ではなかった。ATフィールドはある任意空間における境界上での緩衝作用であるため衝突エネルギーを同じ理屈で和らげることが出来る。

そのためミサトを始めとしてネルフの誰もがEvaの機体自身の損傷を懸念していなかった。問題はあくまでEva自身ではなくEvaと神経接続をしているパイロットにあった。

高速高高度からの墜落とそれに付随する恐怖、そしてEvaから直接受ける(軽減されてはいるが)衝撃が精神的なショックを与え、自分自身が墜落死したと脳が誤認する危険性を誰もが懸念していた。

つまり物理的衝撃は大したことは無くても一種のショック死を誘発する可能性は極めて高く、E計画におけるパイロットの死亡事故事例も死因はそれがほとんどと言ってよかった。

「クソ!第三東京市に緊急警報を発令しろ!!Nv90発令!!第二種警戒態勢を第一種に切り替えろ!!全住民の即時シェルターへの退避を指示!!10分、いや5分以内に完了させて!!」

「了解!」

弐号機は最も危険なきりもみ飛行(スピン状態)に陥りつつあった。右主翼は今にも完全に引き千切れそうだった。

「まずい!高度低下に伴い空力のアンバランスが仇になってる…きりもみが始まると制御できなくなるぞ…」

「アスカ…まさか…」

レイは発令所で必死にもがく弐号機の姿を固唾を飲んで見守っていた。

シンジは全速力で国道1号線を駆け上がっていた。眼下には芦ノ湖とネルフのポート1が見えている。

「間に合え!間に合え!間に合ってよ!!」

大地を蹴り、風を切り、弐号機の姿を追いかけながら息をつく間もなく走り続ける。まるで疾風の様にポート1を駆け抜けていく。

アスカは眼前に広がる恐怖の飛行に戦慄していた。しかし、本部から送られてくるデータから目を離すことなく丁寧にトレースする.

アスカの目が一つのデータの前で止まる。

あれ…?まさか…

「やっぱり駄目だ…落下地点が全然変わってない…このままだと街(第三東京市)に突っ込む…」

アタシの…アタシの思い出が…今の…アタシの全てが…

青葉が異変に気が付く。

「MAGIの自動制御を弐号機側からカットされました!!ま、まさか…アスカちゃん…」

失いたくない…もう…何も壊れて欲しくない…

主モニターの弐号機はいきなり体を屈めると頭を下げて降下する角度をどんどん大きくしていく。そして次の瞬間、


バキーン!!


弐号機が手刀で自らの羽根を引き千切って行くのが見えた。

芦ノ湖をそれて再び右に旋回しかけていた機体はまるで隕石の様にそのまま芦ノ湖に向かって急降下を始めた。

両翼を失った弐号機はほとんど垂直落下をしていた。

アスカはみるみるうちに近づいてくる芦ノ湖の青い湖面を凝視していた。湖面は太陽を反射して眩いばかりの光に溢れていた。

綺麗…真っ白になっていく…何もかも…あれ?雪…?

アスカの脳裏にフラッシュバックの様に次々と白い風景が蘇ってくる。

雪…冷たい…アイン…N-30

初号機は芦ノ湖の湖畔を走っていた。横目で墜落してくる弐号機の位置を確認する。

一方の発令所では弐号機が翼を失って墜落を始めたことでパニック状態に陥っていた。

「第三東京市手前の芦ノ湖に向かって急速降下、いや墜落を始めました!!市内直撃は…回避!高度2000を切りました!」

「アスカ!!もう十分だ!!プラグを緊急射出して!!」

ミサトの顔が青ざめていた。

「パイロットから応答ありません!!」

山城ユカリが悲痛な声を上げる。

主モニターには弐号機と初号機のものと思われるATフィールドの存在が映し出されていた。

モニターを見ていたレイだけが小さな異変に気が付く。

芦ノ湖のほぼ真ん中に向かって墜落する弐号機と湖畔を走る初号機の間に別のATフィールドを示す小さな輝点があった。

小さな輝点は湖を横切って落下地点に向かっている。

「フィフス…あなた…そこにいたのね…」

弐号機に気を取られている大人たちは誰も気が付いていない。

発令所にミサトの声が響く。

「クソッタレ!!神経接続強制カット!!プラグの強制排出!!」

「やってます!!」

青葉はミサトの声よりも早くEmergency CallをMAGIにかけ始めていた。

芦ノ湖の周りを走っていたシンジは弐号機の姿を間近で捉えた瞬間、躊躇無く湖の中に飛び込む。湖面を初号機が水しぶきを上げながら滑走する。

「くそお!!届けえ!!」

シンジが初号機の中で絶叫するのとほとんど同時だった。

芦ノ湖の湖面に大きな水柱が立つ。


ぼごおおおおおん!!


「ま、間に合ったか…」

青葉が主モニターに映し出される大きな水しぶきを見ながら呟く。

発令所を静寂が支配していた。




Ep#08_(21) 完 / つづく

(改定履歴)
19th Aug, 2009 / 誤字修正
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