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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第22部 N-30 /  YASUKUNIで会おう


(あらすじ)

ドイツ連邦管理管轄区域。通称N-30 。セカンドインパクトの発生によって引き起こされた地軸のズレで新たに極地となった北ヨーロッパは、逐次EU南部地域に向けて移住計画が実施された。世に言う世界史上二回目の民族大移動「死の行進」である。無人の荒野と化したスカンディナヴィア半島地域は国連により暫定北極圏と名づけられ、Valentine Councilであるドイツ、フランス、イギリス、ロシアの4カ国による分離分割統治が行われる事となった。
2014年1月。零下10℃。小雪の舞うベルリンの特務機関ネルフ第三支部に一人の女性士官の姿があった。葛城ミサト一尉(司令長官付)その人だった。その後を三歩離れて歩く碧眼の亜麻色の髪をした少女。第三支部を訪れた国連軍ローゼングレン大将から手渡された一通の赤い紙には「極秘作戦命令書」とかかれていた。
「ミサト。N-30に出撃だ」
ベルリン市街を猛烈なブリザードが吹きぬけようとしていた…

Beethoven Piano Sonata No.17 in D Minor, Op.31 No.2 - 1. Largo - Allegro

西暦2000年9月13日

何の前触れも無く突然襲ったセカンドインパクトはこの地上に未曾有の大災害と悲劇をもたらした。

敬虔な信徒達はこぞって教会に詰め掛けて祈りを捧げ、司祭は昼夜を分かたずミサを立てた。信徒の多くは信じていた。

ついに「
最後の審判」の時が訪れたのだと。

だが、皮肉な事にそれは「終わり」ではなく新たな苦渋に満ちた試練の「序章」に過ぎなかった…



南極を襲った悲劇のニュースが世界中を駆け巡る事はなかった。

南極で起こった大爆発の報道が遅れた事に対して陰謀説の噂が絶えなかったが、少なくとも地軸の歪みで各種人工衛星との通信に支障が一時的に生じた事は事実だった。

地軸自体が歪んだことを人類が発見するのには時間がかからなかったがその事実を認めるには時間がかかった。

一方で地球の僅かなズレがいくつかの衛星を地球の重力圏内に引き込み、さながらノストラダムスの予言にある「恐怖の魔王」の様に真っ赤に燃え盛る火の雨を各地に降らせた。

この大爆発により南極大陸の氷が瞬時に溶けて大洪水と恒常的な海面上昇をもたらしたため多くの都市と地域が水没した。特に太平洋地域に点在する諸島国家は国土ごと海中に没するという憂き目を見た。

洪水と火の雨を生き伸びた人々を次に襲ったものは断続的な地震と火山活動だった。

神は何と惨たらしい試練を我らにお与えになったのか…どうか…私達の「罪」を御赦しください…

その祈りは賛美歌と市街に鳴り響く教会の鐘と共に一つ、また一つとこの地上から消えて行った。

そして僅か一週間で全人類のおよそ半数が失われたと言われている。悲劇から14年たった現在でも実数把握は困難とされている。
 




地軸の歪みと共に地球における極地(北極点と南極点)は当然に変わった。

セカンドインパクトは巨大隕石の衝突によって引き起こされた大爆発である、という国連の公式発表があったのは2000年9月13日からわずかに1ヶ月後という異例の早さだった。慎重の上に慎重を重ねる今までの国連の公式発表と比較すると逆に拙速とも思える様な印象を与える対応ぶりだった。

隕石が原因と推定される正体不明の物質に汚染された元南極大陸は四方を真っ赤な海に囲まれ、大陸の南半分を吹き飛ばされたオーストラリアを含む一帯は国連により「悪魔の海」と新たに名づけられる事になった。

そして公式発表から更に2週間後、急きょ開催された臨時国連総会に上程された国連決議(UNI-0666)「悪魔の海及びその周辺海域の国連共同管理指定に関する決議」が満場一致で採択され、国連の許可を得たもの以外はこの海域に侵入することを禁止された。

高濃度の不純物が混ざった影響なのか、新たに南極点となった地域を覆う赤い海は氷点下40℃でも氷結することはなかった。

南極点と新しい北極点が大きく異なる点は人類が居住する地域が新たに極地になったという悲劇だった。

生き残った人類が次に経験した試練は「地球規模の気候変動」であり、それはまさに真綿で首を絞められるような苦しみだった。

北欧と呼ばれるスカンディナヴィア半島にはノルウェー、スウェーデン、フィンランドという輝かしい伝統と歴史を持った国々が存在した。世界で最も敏感に気候の変化に気が付いたのは恐らくこれらの国々で生き残った人々だろう。

国連、国家、あるいはマスコミからの情報よりも早く彼らは自分達の置かれた悲劇を正確に理解した。刻一刻と気温は下がり始め大地はたちまちの内に凍り付き、季節外れの大雪に見舞われたのである。

容赦なく空腹と猛烈な-30℃を大きく下回る極地特有の寒波が瓦礫の中で肩を寄せ合う人々を襲った。全世界が混乱する中で彼らは互いに励ましあいながら救助を待ったがついにそれが訪れる事はなかった。

それでも生き延びた不屈の人々を次に待っていたものは暖かい救助の手ではなく、国連による「強制移民」だった。

暫定北極圏(Provisional Arctic Circle)という言葉がある。

国連決議UNI-0890の採択に基く「新北極圏に関する国際条約」に由来する命名である。新たに北極圏となったスカンディナヴィア半島一帯は国連により暫定北極点(PAC)と名づけられ居住と個人不動産の一切の放棄を押し付けられ、ドイツ、イギリス、フランス、ロシアによる暫定管理下に置かれる事になった。

ヨーロッパ諸国は民族の誇りによって形作られているといわれている。ヨーロッパにおける内戦の導火線はまさにこのPAC圏内で勃発した。

かつて中世ヨーロッパにおいて世界屈指と謳われた北欧の国々の戦士は互いに結託して果敢に祖国の誇りをかけて立ち上がり、北欧三国に加えてデンマークが「北欧の銀狼」と呼ばれる民族闘争同盟を締結してEU諸国に対して宣戦を布告した。

この戦火はたちまちの内にロシアや東欧諸国における少数民族の独立運動に飛び火し、ヨーロッパ大陸は第二次世界大戦以来の大混乱に陥った。

この混乱に拍車をかけるようにNATOの規定に基きアメリカが欧州に軍事介入し、北欧の銀狼の戦いは2001年末にはほぼ鎮圧された。

戦勝国となった国々は情け容赦なく「強制移民」を断行した。北欧諸国の人々は無慈悲で苛烈を極める劣悪な移送にともない、EU南部の強制収用地域に到着するまでに多くの命が失われた。

この強制移民はかつてフン族に祖国を奪われたゲルマン民族の「大移動」に模され、第二の民族大移動、「死の行進」と後に呼ばれるようになった。



この「死の行進」がもたらした影響はあまりにも大きく、ヨーロッパ諸国における「移民」たちの間に恐怖と戦慄が駆け抜けた。明日はわが身が合言葉の様になっていた。

不穏な移民たちの動きは各国における「ナショナリズム」の台頭を刺激する動機として十分だった。東欧諸国の民族闘争に対する軍事介入で若い命が失われていく政治不満と相まってドイツ連邦内で2001年にネオナチを中心にした極右勢力が一斉蜂起し、血みどろの外国人排斥運動が各地で勃発したのである。

この排斥運動はハンブルクで起きた「血の日曜日」事件を皮切りにフランス、イタリア、イギリスなどのEU主要各国にまで波及し、ついに武力衝突による内戦にまで発展する事になる。

セカンドインパクトを生き残った人類はお互いに殺戮を繰り広げ2002年2月14日の国連決議(UNI-1023)「人類補完に関するバレンタイン国際条約」の採択までに10億人近い人命を失ったのである。2014年現在の世界人口は約20億人と言われている。

この通称「バレンタイン条約」は各国で逐次批准され2003年末には世界規模の内乱は終息に向かった。

バレンタイン条約締結に主導的な役割を果たしたドイツ、イギリス、ロシア、フランス、アメリカ、そして日本の6カ国が新たにバレンタイン体制を中心にした国際秩序を国連の枠組みの中で構築することになり、これらの国々を「バレンタイン条約委員会(Valentine Council)」と呼び、またの名を「人類補完委員会」とも言った。

人類補完委員会は国連の安全保障理事会をも凌ぐ存在になって行くのである。
 


そして…悪夢から時は流れる…
 





2014年1月某日 ベルリン 曇り (-10℃)

10日振りに雪が止む。

緯度が高く平野が多い北ドイツはセカンドインパクト以前から湿度が低いため積雪量はむしろ日本海側の各都市(新潟県上越市など)の方が多いくらいだ。

しかし、山の様な遮蔽物がないために風はかなり強く、時に凍て付く大地とほぼ平行に風が吹き、容赦なく道行く人々の体温を奪っていく。

体感温度は温度計の表示よりも低く感じるのが常である。肌を切り裂くような厳しい寒さと心まで凍えてしまいそうな底冷えを誰もが堪えながら日々の生活を黙々と送っていた。

舗装された幹線道路を一本入ると昔ながらの石畳が続く。

特務機関ネルフ第三支部付きの公用車がゆっくりと都市に不似合いな広大な針葉樹林の緑地帯を音も無く通り抜ける。
 
ベルリン中央部( Mitte)から10km西にHeerstrasseを走らせるとシャルロッテンブルグ=ヴィルマースドルフ区(Charlottenburg-Wilmersdorf)を抜けてシュテークリッツ=レーネンドルフ区(Steglitz-Zehlendorf)に入る。

分厚い氷に閉ざされた
ヴァーン湖ともみの木に囲まれた場所に特務機関ネルフ第三支部(旧ゲヒルン研究所)はあった。

近代的なビルと巨大な工場を思わせる建物は不似合いなレンガ造りの壁に囲まれており、壁の天辺には緑青に覆われた青銅製のモニュメントが等間隔に付けられている。それはまるで
ダンテの神曲をモチーフにしたかのようだった。

この辺り一帯は街の喧騒がまるで嘘の様に静まり返っていたため一層不気味な雰囲気に包まれていた。

黒いメルセデスはロダンの
地獄の門を思わせる荘厳な正門をゆっくりとくぐっていく。

黒皮のコートの様な寒冷地仕様の防弾軍服に身を纏い、ヘッケラー&コッホ社が開発したMP7の後継銃であるMP9で武装した警備兵が敷地内に厳重な警戒の目を光らせていた。

この敷地内には完全な治外法権が認められており、侵入者は警告なく即射殺され、その死体は敷地の外にそのまま打ち捨てられる。死体を収容するのはベルリン市当局の役目だった。

深酒をしてふざけて侵入した市内の男子高校生(注ドイツ国内法では16歳以上の者の喫煙、飲酒は許される)が30秒もの間、十字砲火を受けほとんど骨だけになった状態でゴミの様に敷地外に放り出されるという事件が3日前に発生したばかりだった。

高校生の遺体は市当局から遺族に迅速に引き渡されたが半狂乱になって抗議に訪れた両親の車が警備兵の制止も聞かずに敷地に侵入したため車ごと銃撃され両親も程なく息子の元に旅立つことになったという実に痛ましい事件だったという。

しかし、それがまるで嘘の様にいつもと変わらない風景がそこにはあった。

「酷いものだな…」

後部座席の車窓から物々しい雰囲気の敷地を見ていた女性士官が独り言の様に呟く。年の頃は二十後半だろうか。

「あの…何か仰いましたか?大尉」

まだ顔にあどけなさを残す藍眼の亜麻色の長い髪をした少女が女性士官の隣に座っていた。眉間に皺を寄せて心配そうに横顔を見る。
 
女性士官の顔はベルリンの分厚い雪雲に閉ざされた陰鬱な空と同様に優れなかった。

「いや…ただの独り言よ…」

一瞥もすることなく女性士官は答える。再び車内に沈黙が訪れた。

第三支部は別名「悪魔の城」とも呼ばれていた。

車がロータリーを滑るように走ってビルの正面玄関に止まった。車が止まると同時に眼光鋭い屈強な警備兵が恭しく後部座席のドアを開ける。

ネルフ士官の制服を身に纏った女性士官が丁寧に除雪された降車場に降り立つ。葛城ミサト一尉(ネルフ内には上級一尉の階級はないため便宜上、一尉とそのまま呼称されていた)だった。

冷酷無比の警備兵は背筋を正してミサトに敬礼する。

「くそ…相変わらず寒いわね…」

ミサトは恨めしそうに一瞬灰色の空を見上げると警備兵に返礼しながらそのまま立ち止まることなく建物の中に小走りに入っていく。

その後を少し遅れて亜麻色の長い髪をした少女が寒そうに身を屈めながらついて行く。少女は国連陸軍士官候補生(士官学校)の制服を着ていた。

階級章はついていなかったが士官学校の生徒の待遇は国連軍では上級曹長(下士官最高位)に相当するため警備兵は同様に少女にも敬礼する。華奢な自分の身体の倍近くある巨人の様な警備兵に次々と敬礼されると少女は恥かしそうに頬を赤らめて返礼するとそそくさとその場を去っていく。

少女が旧ゲヒルン研究所本部ビルの中に入るとミサトがロビーで仁王立ちしているのが見えた。たちまち少女は顔面蒼白になる。

慌ててミサトの前に駆け寄ってきた。

「お待たせして申し訳ありません!キャプテン(陸軍大尉の意。以後、大尉と記す)!」

「別に待ってなんかないわよ…そんな事よりラングレー候補生…お前、幾つになった?」

少女の顔をミサトはしげしげと見ていた。指先に至るまで緊張しきって直立不動で敬礼する少女はミサトに見詰められて思わず眼を逸らす。

「はい。先月(2013年12月)で13になりました」

「そうか…もう13になるのか…早いな…」

悪魔の城と呼ばれる第三支部で職員達から「稲妻(Thunder)」と呼ばれて恐れられているミサトの目が一瞬和らいだ様に見えた。ミサトは少女から目を離すと遠い目をする。

少女は急に回顧を始めたミサトの横顔を訝しそうに見る。

「覚えているか…?あたしとお前が初めてゲッティンゲンで会った日の事を…」

「あの時は大変失礼しました…大尉」

「もうお前とは3年の付き合いになるんだな…」

「はい…」

ミサトは手を伸ばすと着古した少女の制服の上からいきなり胸を触る。

「た、大尉!?な、何を!」

驚きと恥かしさのあまり少女はミサトの手から逃れようとして上体をくねらせた。

「ほお…これはなかなか…あの時はペッタンコだったのにな…ははは!育ち盛りだね、フロイライン。そのうちあたしより背も高くなるんだろうな」

ミサトは感慨深げに幼い部下を見下ろしていた。

10歳の時に少女はゲッティンゲンに突然現れたミサトに見出された。

「ここにいてもお前に明日はない。一緒に来い、アスカ。そしてあたしと共に復讐するんだ。この世を地獄にした悪魔にな。そのためには力が要る。あたしはそれをお前に与える事が出来る唯一の存在だ」

アスカの目の前にやはり今と同様に仁王立ちしていたミサトからはまるで適齢期の女性とは思えないほどの悲壮感が漂っていた。

執念の権化、そんな表現がぴったりだった。

そしてアスカは半ば強引にベルリンに連れて行かれた。いや自らミサトの逗留していた安宿を訪ねて行ったのだから傍目には志願に見えたかもしれない。

「よし…ついて来い…獅子の子の様にな…」

こうして奇妙な二人の生活が始まった。

全く身寄りのなかった少女はチルドレン養成のトレーニングセンターが正式に開所するまでの間、ミサトの借りていたライニッケンドルフ区(
Reinickendorf)のアパルトメントに寄宿することになった。

アタシはまたベルリンに戻って来てしまった…どうしてまたここに…自分でもよく分からなかった…自己嫌悪に近いような後悔が芽生えた…もしかして…アタシはフンボルト大学に通っている筈のアインに会いたかったのかしら…

大尉に会った時の衝撃が忘れられない…逃げ惑うだけが人生じゃない…そう…アタシは自分の運命を切り拓くと決心したんだ…加持さんが…アタシのRitterが与えてくれた道標…

アタシは誓った…力を手に入れてやると…復讐の刃をこの手に…アタシは生き残らなくちゃいけない…誰にも負けられない…勝たなきゃアタシは全てを失う…だからアタシはゲッティンゲンを後にした…

ズィーベンステルネの追っ手はミサトが全員射殺した…まるで神業の様な射撃の腕…一発も無駄玉がなかった…

「これが力…」

アタシは呆然と呟いた…

「そうだ…これが力だ…だが忘れるな…力を手に入れたとしてもそれを御する理性がなければそれは単なる暴力でしかない…いいか…決して力に溺れるな…己の力に飲み込まれた時…それは大きな不幸を呼ぶ事になるから…」

大尉…



左肩にミサトの右手が置かれる。少女はふと我に帰って右手と複雑な関係を持つ上官の顔を思わず交互に見た。

「あ、あの…大尉…何か…」

ミサトは真剣な面持ちでアスカの深く青い瞳に写る自分の姿を見ていた。

「大きくなったわね…フロイライン、もうお前を負ぶることもないだろうが…今年はお互いに集大成の年になる…日本の諺に毒を食らわば皿までというものがあるが、ここまで来たなら頂点を目指せ…戦略パイロット(セカンドチルドレン)としてな…」

「はっ!大尉のご期待に沿うように努力致します!」

少女は再び背筋を伸ばすとりりしく敬礼する。

「よし」

ミサトはアスカにゆっくりと返礼するとエレベーターホールに向かって歩き始めた。三歩離れて少女が付いて行った。

ミサトとアスカは最上階にある特務機関ネルフ第三支部長室(旧ゲヒルン研究所長室)のあるフロアにやって来ていた。

重厚な支部長室のドアを背にしてミサトはアスカの方を顧みる。

「フロイライン、お前はここで待て」

「はっ」

ミサトは支部長室を静かにノックすると部屋の中に消えていった。

アスカはミサトの姿が見えなくなると小さく息を吐くと物珍しそうに辺りをキョロキョロし始めた。支部長室の後ろには二重扉になった会議室がある。

ドラゴンをあしらった会議室のドアノブにアスカは恐る恐る手を伸ばす。

「立派な扉…一体…どんな人がこんなところで会議なんかするのかしら…」

金属の冷たい感触以外になにも伝わって来なかった(
番外編_ドイツ新生活補完計画_12)。






 
「失礼します」

ミサトは支部長室に入った瞬間、思わず驚きの声を上げた。

特務機関ネルフ第三支部長のゲオルグ・ハイツィンガーとにこやかに談笑している見覚えのあるロマンスグレーの髪をした長身の軍人の姿を認めたからだ。

「ロ、ローゼングレン…閣下…」

「やあ大尉。一瞥以来だな」

ミサトは慌てて踵を鳴らしてローゼングレン大将に最敬礼をする。ローゼングレン大将(国連軍統帥本部幕僚兼特殊機甲軍総司令官)はゆっくりと敬礼を返した。

一つ一つの動作が威厳に満ちていた。

ミサトの顔に緊張が走る。どんな状況に追い込まれても必ず何処かで冷めた一面を持つミサトは同時に素早く考えを巡らせていた。

何故こんなところに国連軍の統帥本部のお偉方が…しかもウチ(ネルフ)のぬらりひょん(ミサトが勝手に名付けたゲオルグ・ハイツィンガーのあだ名)と一体何の関係があるというんだ…これも司令(碇ゲンドウ特務機関ネルフ司令長官)から指示を受けた第二次兵装プログラムに関連する動きなのか…

特務機関ネルフ、特に第三支部ではドイツ連邦政府発注の弐号機、イギリス政府の伍号機、フランス政府の六号機の開発及び建造プロジェクトが進んでいた(因みに参号機、四号機はアメリカ政府と第一支部、第二支部の共同で建造中)。

しかし、2014年に入って伍号機、六号機の開発予算が枯渇するという財政上の問題を特務機関ネルフは抱えていた。もっぱらベルリン(第三支部)では第三東京市にある本部で推進していた初号機による「臨界定数極限化計画」に莫大な資金を投入した事を非難する声が大きかった。

本部から第一次兵装プラグラムの責任者としてベルリンに赴任してきたミサトに対する風当たりも日増しに強まっていたが、ミサト自身も起動不能状態に陥っているゼロナインシステムに拘るゲンドウに疑問を禁じえない一人だった。

「役者が全員揃ったところで早速本題に入ろう。ローゼングレン閣下もわざわざお忙しいところを時間を作ってこちらにお見えになっている」

爬虫類を思わせる鋭い目をした銀髪のハイツィンガーは2008年から2010年までゲンドウと入れ替われるようにして初代第三支部長を務めた冬月コウゾウの後を受けて2011年から現職に就任していた。

特務機関ネルフの発足にともない(人類補完)委員会の信任を得て特別監査部長という一種の監査組織を任されてもいた。

「実は君も知っているように我々ネルフは委員会の要請を受けて第二次兵装開発プログラムをスタートさせる事になった。第一次兵装開発プログラムもいよいよ佳境に差し掛かっているが今年いっぱいで完了する見込みであると先日の君のレポートで理解している。恐らく第二次兵装開発プログラムは来年(2015年)から本格化するだろうと期待している訳だが…」

ミサトは直立したまま抑揚のない無機質なハイツィンガーの話を聞いていた。

やはり…第二次兵装プログラムの事か…やれやれだ…

ため息を噛み殺す。

第二次兵装開発プログラムは既に試運転を開始している弐号機以降のEva、すなわちE型プロダクションタイプに装着させて抑止力兵器としての特殊戦闘能力を付与するための兵装開発計画のことでD兵装、F兵装、G兵装の完成を目指すという内容だった。

つい先日、ミサトはこの第二次兵装開発プログラムの責任者をゲンドウから下命されたばかりだったが、実行予算の当てもなく実質的に有名無実な命令だけにちょうどその真意を訝しがっていたところであった。

全くタイミングの宜しい事で…

「その認識で間違いないかね?葛城大尉」
 
「はい。支部長のおっしゃる通りです」
 
念を押すハイツィンガーの視線に全く臆することなくミサトは淀みなく答えた。

ハイツィンガーは見事な
執務机に両肘を付いて座っていたが、傍らに立っていたローゼングレンを仰ぎ見た。ローゼングレンもハイツィンガーと目を合わせるとどちらからともなく二人は静かに頷く。

ミサトは怪訝そうな表情を浮かべていた。

しかし…それにしても第二次兵装プログラムの件で呼び出したなら何故…ローゼングレン閣下がここにいる必要があるんだ…いつものぬらりひょんならせいぜいトレセン(第三支部付属施設チルドレン養成所)に電話を入れて済ます筈だが…

再びハイツィンガーがミサトのほうに向き直ると口を開く。

「君は既に碇司令から第二次兵装開発プログラムの責任者を兼務するように指示されていると思う。知っての通り我々ネルフはE計画と同様にこのプログラムの委託研究を委員会から受ける事になるが、残念な事に伍号機、六号機の建造費用すらままならない今の我々の財務状況ではその実行費用の捻出は極めて難しいと言わざるを得ない…」

司令が兵器として凡そ役に立ちそうもない初号機に予算を割いたことで委員会のおっさん達とかなり激しく遣り合っているとはリツコから聞いてはいたが…伍号機、六号機の建造に影響が出ているという話は本当だったのか…正直これほどとは思わなかった…

「従ってこの度、委員会から国連に追加負担金の決議案を上程して国連加盟国から徴収する方向で資金を確保することが幹部会で正式承認された」

「こ、国連加盟国全体からですか…」

ミサトは驚きのあまり思わず呻くの様に呟いた。

追加負担金だと!!バカな!!国連の追加負担金ともなれば(国連)総会に上程してうち(ネルフ)の発足資金調達以来となる「国連の名を冠する負担金」集めをするしかないってことか…しかし…問題はその調達規模だ…このプログラムの開発予算程度であればEvaの製造ライセンスが欲しい主要国から巻き上げるくらいで十分だろうに…製造ライセンスをニンジンにすれば兵装開発費用くらい…何でそんなに大規模に資金を集める必要がある…

「そうだ。追加負担金と一口に言ってもセカンドインパクトから10年以上経過した現在でもその傷跡は依然として残っていて経済状況もすこぶる悪い。そんな中で新たな負担となればValentine Councilのみならず各国からの反発は必至の情勢だ。特に…」

ハイツィンガーは大袈裟にため息をついて見せる。

「特に我々との関係が必ずしもよくないアメリカが強い反対姿勢に出る事は間違いない。アメリカがまたValentine条約の国連決議採決の時と同じ様に駄々を捏ねると同調する国々も出てくるだろう。その影響は無視できない。誰もが厳しい台所事情を抱えて金なんぞびた一文出したがらないだろうからな。勿論、委員会も我々もValentine条約に基いて特務機関特権を発動させる事も可能だが国際世論の批判は出来る事なら避けたい。それに我々にもE計画予算の振り分け方に問題が全くないとはいい切れない負い目もあるしな。まず間違いなくValentine Councilはそこを突いてくるだろうし、下手を打てば制裁措置を課されないとも限らない」

「A801(特務機関特権の停止及び主権国家への全特権の返納)ですか…」

「まあそうだ…あるいはA645(Valentine Council特権の放棄乃至は条約の放棄)か…仮にA801だったとしても委員会が拒否権を発動すれば一先ず収まるが、Council国がお互いに結託して再議決されるとネルフは解散させられてしまうしな…特務機関特権を失えばありとあらゆる国内法を駆使されてどんな目に遭うかも分からん」

そりゃそうだ…特にあんたは特務機関特権を傘に来て今まで散々好き勝手をやってきたわけだしねえ…市民の反ネルフ感情は極めて大きい…裁かれる独裁者の様に八つ裂きにされる…まるで逮捕を恐れる戦犯みたいなもんだわ…

ミサトは一瞬口元に皮肉の笑みを浮かべるがすぐに表情を引き締めた。

「ともかく伍号機、六号機の引渡し時期をこれ以上遅延させるわけにはいかない。Valentine Councilでもあるフランス、イギリス両政府の不興を買うのは得策ではないからな。そこで円満円滑に追加負担金の決議案を上程するためにも特にValentine Councilの各国代表の支持を是が非でも取り付けなくてはならないというのが委員会の方針だ」

なるほど…第二次兵装プログラムは見せ玉ってことか…それを餌にして伍号機、六号機の建造費用を調達しようって腹か…委員会やうち(ネルフ)の上が考えそうな話ね…その片棒を担がされるとは何とも惨めな話じゃないの…

今度は自嘲を口元に浮かべる。

だが…そんなに話は単純かしら…幾らなんでも抑止力兵器関連の開発費用だから負担しろって言って権謀にかけては百戦錬磨のValentine Councilの代表たちがおいそれと承諾するとは思えないけど…

ミサトの心中を察したかのようにハイツィンガーは更に言葉を繋ぐ。

「まあ聡明な君の事だ。察しているとは思うが外交戦の手錬であるイギリス、ロシア、フランスなどの代表は一筋縄ではいくまい。そこでだ…」

ハイツィンガーは急に立ち上がるとデスクの上にあったリモコンを操作する。

すると支部長室の両側の大きなガラス窓に自動的にブラインドが降り、正面から巨大スクリーンが現れる。薄暗い部屋にヨーロッパの地図が映し出される。

暫定北極圏が赤くマーキングされていた。

「そこで今年(2014年)の4月にドイツ連邦政府が暫定北極圏で管轄するポイントN-30でValentine Councilの各国政府代表と国連特使を招いて一大レセプションを計画する事にした」

「レセプション…ですか…」

「そうだ、大尉。レセプションは二部構成だ。まず委員会の提唱する第二次兵装開発プログラムの趣旨説明及び詳細を伝えるプレゼンテーションと…それからもう一つはここにおられるローゼングレン大将貴下の国連軍部隊と特務機関ネルフによる合同軍事訓練を挙行して如何にこの「追加負担金」が意義深いものであるかを実感して頂く機会を設けることになった」

「ば、バカな…」

4月といえば国連総会前で決議採決前のパフォーマンスとしてはまさに絶好のタイミングだわ…それに…世界初となるEvaの軍事訓練公開と実質的に次世代抑止力兵器向けの第二次兵装開発プログラムの内容紹介となればいやが上にも関心は高まる…しかも…Evaの相手はただの国連軍じゃない…ローゼングレン大将が率いる部隊は国連軍最精鋭部隊…ゴールデンイーグルだ…骨の髄まで戦いを知り尽くした猛者が揃う…

ミサトは言い知れぬ不快感、いや自分の深奥からふつふつと沸き起こってくる感情が怒りであることを悟るのにそう時間はかからなかった。

オブラートで二重に包んではいるがEva開発費用欲しさに計画された政治的な集金イベントにミサトの怒りはあっという間に臨界点に達していた。

ハイツィンガーは敏感にミサトの怒気を感じ取っていたが一瞥もすることなく淡々と要領を説明していた。

汚い…こんなやり方があるものか!学者の無駄遣いに端を発した資金不足を政治的に集めなければならない…百歩譲ってここまではよしとしよう…だが…

ミサトは拳を握り締めていた。

軍に己の身を投じたミサトは学生時代まで綺麗に伸ばして手入れを丹念にしていた自慢のネイルを国防省入省と同時に躊躇なく切って以来これまでずっと男の様に短くしていた。その短い爪が自分の掌に深く鋭く食い込んでいる。

うち(ネルフ)にとって実用に耐えうる状態のEvaといえば唯一あたしの部隊の弐号機しかないじゃないか!テスト機の零号機や起動不能のポンコツ(初号機)は全く問題外だ…

一機だ…いやEvaには人が乗るんだぞ…あの子一人であのゴールデンイーグルを相手に…軍事演習とは言ってもほとんど実戦と変わらない…絶望的な戦局の中に飛び込んで行けというのか…

こんな…こんな名誉とも大義ともかけ離れた戦場に…愚かな学者と保身に走る政治家のために…若い命を捧げろというのか!!

「軍事演習には国連軍特殊機甲師団のサー・シュワルツェンベック中将以下、ファーレンハイト少将、フェルゼン少将貴下の陸空部隊に加えて、Evaの出来損ないというか、使徒に見立てた5体の人型決戦兵器を参加させる。我々はこれを木偶(でく)と呼んでいるがね…まあEvaの様に装甲も持たないただの人形みたいな物だが…これだけの戦力差を寄せ付けないとなれば各国政府代表の目も変わるというものだ。まあ仮にEvaが持たなかったとしても善戦すればそれも目的は達した事になるしな…おっと、勿論、君のところのパイロットが無事であることを願ってはいるが…まあマルドゥック機関がいくらでも拾ってくるだろうからな。司令もこの件に付いては私の決定に一任しておられる」
 
ハイツィンガーの説明が終わって再び部屋が明るくなり始めた。突然、部屋に差し込んできたベルリンの弱々しい光にミサトの逡巡はかき消されていく。

「以上が4月に計画された特務機関ネルフ主催のレセプションの内容だ」

じろっと睨みつける様にミサトは全く無表情なハイツィンガーの顔を見た。

ハイツィンガーの口元に僅かに皮肉にも取れるような笑みが浮かんだ。ミサトは弾ける様に感情を爆発させる。

「支部長!お言葉ですが…」

ミサトの言葉を遮るようにローゼングレン大将がミサトの前に歩み寄る。

「か、閣下…」

「ミサト…N-30に出撃だ…」

戦争とは最終的な政治手段である。理性なき力は暴力である。しかし、政治と理性そのもののコントロールは何処にあるのであろうか…

ローゼングレンは鋭くミサトを睨みつけると無言のまま真っ赤な一片の紙をミサトに差し出した。赤い紙には「極秘作戦命令書 N-30作戦」と書かれていた。

ミサトの身体は小刻みに震えていた。

あまりの自分の無力さにただ感情を殺して打ち震えるしかなかった。軍人としてこの赤紙を受け取らない訳には行かない。

有無を言わせない軍人の世界の不文律がそこにあった。

ミサトは天を呪うようかのに仰ぎ見る。

人生とは無情だ…正義の戦いとは何処にあるのか…あたしは今悟った…いかなる戦いに正義も大義もないのだと…しかし…所詮は血塗られた道だ…あたしに選択の余地はない…


ミサトはローゼングレン大将から一片の赤紙を両手で恭しく受け取ると再び踵を鳴らして最敬礼する。ローゼングレン大将は一瞬、ミサトを見る目を細めるが鷹揚に、しかし今度は明らかな敬意を持ってミサトに返礼した。

「貴官と貴下のフロイラインと相見る時を楽しみにしているぞ…」
 





支部長室を辞去したミサトは激しい虚脱感に覆われていた。

ミサトの姿を認めたアスカが駆け寄ってくる。

「お疲れ様でした。大尉」

「…」

ミサトは何かやましい事をしているところを見られたかの様に少女の視線から目を逸らす。そして、サファイヤの様に深く青い瞳から逃れる様に足早にエレベーターに向かって行く。
 
「帰るぞ…フロイライン…」
 
「はい」
 
二人が第三支部の本部ビルを出ると外の風は肌を切り裂くように鋭く強くなっていた。
 
「折角雪が止んだと思ったのに…急ぎましょう、大尉。恐らく、昼からブリザードになります」
 
「ああ…」
 
警備兵がゆっくりと後部座席のドアを閉めると再び車の中の二人に向かって敬礼をしていた。

車は正門を抜けて幹線道路に出る。再び街の喧騒が二人を包む。

しかし、車内は静かだった。

「4月まであと3ヶ月か…」

ミサトは窓の外の車の流れを見ながら独り言の様に呟いていた。

「え?4月がどうかされたのですか?」

「い、いや…こっちの話よ…」

ミサトは慌ててその場を誤魔化す。

車はそのまま湖の対岸にあるトレセンを目指していた。

生きている間はただ無駄に生きて時間を空費する人間も少なくない…自分にどんな価値があるのか、何が出来るのかとひたすら悩み生きていくあたし達だが…

ミサトはチラッと自分の隣に座っている少女を見る。

少女はミサトと反対側の窓から行き交う人の流れや街並みを食い入るように見ていた。

死を実感した瞬間に己の価値を認識するというのはなんと言う皮肉なんだろう…死でしか人という生き物は価値を見出しえないとでも言うのか…それが真理だというなら…その魂は何処へ還るべきなのか…

「フロイライン…お前はYASUKUNIを知っているか?」

「え?YASUKUNIですか?いえ…申し訳ありません…」

「そうか…あたしもお前も身寄りのない者同士だが…お前も25%は日本人の血が流れているからな…あたしと共にYASUKUNIに行くか…」

「あ、あの大尉…一体、何のお話をされているのですか?」

少女は心配そうな顔をしてミサトの顔を見詰めていた。ミサトは途端に噴出した。

「ふふふ…ははは!悪かったね、フロイライン。心配するな。何でもない…」

ミサトは再び窓の外に視線を戻していた。

安心しろ…お前を一人にはしない…YASUKUNIで会おう…フロイライン…
 



Ep#08_(22) 完 / つづく 

 

(改定履歴)
22nd Aug, 2009 / 誤字修正 表現修正
24th Jun, 2010 / ハイパーリンクのリンク先を修正
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