新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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番外編 One of EOEs 緋色の渚 (Part-3)
夜空に掛かっていた赤い一条の光の帯が徐々に擦れていた。
緋色の渚に佇む二人。
アスカはシンジの白いカッターシャツを羽織っていた。
世界は再び元に戻ると微笑むシンジにぎこちなく応えるアスカ。
淡い朝の光の中で目覚めたシンジからアスカは姿を消していた…
ヒトに「希望(未来)」を与える試練を背負った二人のその後…
It's only the fairy tale
夜空に掛かっていた赤い一条の光の帯が徐々に擦れていた。
緋色の渚に佇む二人。
アスカはシンジの白いカッターシャツを羽織っていた。
世界は再び元に戻ると微笑むシンジにぎこちなく応えるアスカ。
淡い朝の光の中で目覚めたシンジからアスカは姿を消していた…
ヒトに「希望(未来)」を与える試練を背負った二人のその後…
It's only the fairy tale
(本文)
月は頭上高く柔らかな光で生まれたばかりの世界を包み込んでいた。
どれほどの時が流れたのか…アタシには分からない…分かっている事は…ママに出会えたこと…そして…アタシが…一度死んだこと…いや…死んだかどうかさえハッキリとは分からない…
Series Evaにズタズタにされたアタシは…エントリープラグの中で気を失った…もしかしたら…気を失ったわけじゃなくて…その時…アタシは本当に死んだのかもしれない…
第三支部時代…弐号機兵装開発で事故を起こしたオットーが奇跡的に一命を取り留めた事があった…オットーがアタシに死ぬ前に自分の人生がメリーゴーラウンドの様に見えてくると言っていたのを思い出す…
日本語ではソーマトー(走馬灯)というらしい…
メリーゴーラウンドの様に色々な人や思い出の場所がまるで映画みたいにぐるぐると自分の周りを回るのだそうだ…
アタシもそれを見た…そして…そこで…色んな人に会った…
加持さん…アタシ…加持さんのことが…
アスカ…それ以上は聞かないことにするよ…俺は君の騎士なのさ…騎士は主(あるじ)たる姫君(かた)と結ばれることはない…そういうファンタジーが多いのは知ってるだろ?
アタシ…分かってるつもりなのに…加持さん…こんなのアタシじゃない…でも…自分の心に背く事はいけない事だって…そう言ったのは加持さんじゃない…
確かにそうだ…しかし…人は自分ひとりだけで生きる事は出来ない…必ず他人を必要とする…そのジレンマが「ヒト」たらしめる…自分と他人…「自由」と「義務」…「運命」と「宿命」…君は自分の心にだけ正直ではいけない…淑女は自分に課せられた宿命と正しく向き合うからこそ貴人たる資格があるのさ…
宿命なんて要らない…アタシはアタシよ!
自分だけで完結するならば…ヒトに哲学も宗教も必要なくなる…苦しみも無いが喜びも無い…俺は人類の自己補完を信じてはいるが…それは一時の感情によって成されるものではない…
バカ!!加持さんのバカ!!出て行って!!
おい!アスカ!ちょっと待て!参ったな…そこは俺の部屋だぞ…こんな格好(下着一枚)で締め出すなんて…撃たれたらどうするんだ…
ねえ…アスカ…
ミサト…
こんなこと言うの照れるんだけどさ…
何よ…モジモジして…アンタのキャラじゃないわよ…
あの…あんたさえよければ…その…あたしの妹にならない…?
それって…まさか…アンタにレズの趣味があったなんて…ショックだわ…
ちょっと!!バカじゃないの?!あんた!葛城家の子にならないかって言ってるのよ!!そうすればあんたは国籍とか戸籍の心配しなくて済むでしょ!
葛城家の子…
そうよ!「葛城アスカ」って…ちょっち…語呂悪いけど…あたしは多分…いい母親にはなれないけど…お姉さんになら…その…なれるかなって思ってさ…
ミサト…
ダメ・・・かな…?
条件があるわ…
何?
リビングのカーペット…替えて…それがアタシの条件…って…なに悩んでるわけ!!
うーん…ぶっちゃけ…金無いんだよね…いま…
アスカ…僕のエリザ…僕たちは…弄ばれるだけの存在だと思うかい…?
アイン(カヲル)…
僕は生まれて来てよかったと…いつも主に感謝を捧げているんだ…
どうして…?辛いことばかり…アタシ達は閉じ込められて…辛いだけ…誰も顧みてはくれないのに…
僕はね…この世界の音が好きなのさ…見てごらんよ…あの小鳥はハ長調で歌っているだろ…小川の音は…これは…難しいな…
フフフ…アタシにはト短調に聞こえるわ…
ト短調か…それも悪くない…風の音…嵐や雨ですら愛おしい…エリザ…君の心臓の音だってそうさ…聞かせてくれるかい…?ほら…生きている…君も歌っているだよ…いつも…生命は歓喜に満ちている…素晴らしいと思わないかい…?
アイン…貴方って…ロマンチストなのね…
ロマン…か…僕はね…エリザ…むしろ限りある命の方にロマンを感じる…それ故にヒトは歌い…そして踊る…聖書にもある…ヒトは歌い踊るのさ…生命は最も偉大なる交響曲…僕はそれを奏でているヒトという存在が好きなのかもしれない…
優しかったおじ様…
行け…エリーザ…そして二度と私の前に現れるな…
おじ様…
私はいずれお前の災いになるだろう…私の目の届かないところに潜むのだ…
おじ様…アタシは…
時間が無い!急げ…「舟歌」の礼はしたぞ…これで借りは無い…次に見(まみ)えることがあれば…容赦はせん…
ママ…
アスカ…あなたは…よく頑張ったわ…
ママ…
あなたには辛い思いばかり…ゴメンなさい…でも…あたし達は生きなければいけないの…
ママ…
あなたは神なる子に出会い…そして…終りにして創めの試練を受けなければならない…それがツェッペリン家の女に課せられた宿命…
でも…アタシは…一度…全てを失った…何もかも壊してしまった…自分を傷つけて…汚してしまった…
ヒトは運命を変えることが出来る…と言う…
では…変えることの出来ない宿命とは…一体何なのか…それは「死」…限りある命をもつヒト…だからこそ…「死の意味」を…「死の価値」を…得なければならない…
知恵を持つヒトはその智に溺れる…溺れるが故に「生あるうちにこそ真価が問われる」と考える…「自己実現」こそが最高の境地であるかのように…でも・・・それは砂上の楼閣の様に脆いものでしかない…
「生」の中から普遍の価値を見出すことは出来ない…なぜなら…ヒトは移ろうから…
ゲッチンゲンにいた時…アタシはポーランドの留学生マリアンナから勧められて東洋哲学の本を読んだ…有名な聖人の一人であるゴーダマ・シッダールタ(ブッダ)は死ぬ間際にこう言ったという…全ては移ろう…と…至言だ…
アタシの命の価値は何か…一度は死んだかもしれないアタシが…どうして…いま…アタシはこうして…シンジといるんだろう…この異様な世界で…アタシはシンジと二人きり…
そこでアタシは…自分の宿命を…考えなければならない…
主よ…
アタシは許し…この人を受け入れました…その全てを…嘘偽り無く…
あなたの僕(しもべ)は許しが愛であり、愛こそがヒトを癒し、そしてお互いを補い合うことを知っています…
この新しい世界…いや…元のままで何も変わらない世界かもしれません…しかし…ゆっくりと始まろうとしている…この世界が…
どうか…健やかに…そして祝福に満ちて…永(ひさし)からんことを…全てのヒトに幸多からんことを…
これが…アタシの…命の…価値…
Amen(アーメン)…
「何?」
「世界は本当に元に戻るの?この異様な風景は…消えてなくなるの…?」
「うん…僕はお願いしたんだ…元に戻して下さいって…だからきっと元に戻るよ…」
「そうなんだ…」
アスカの目はずっと天空に注がれていた。いつの間にか月にかかっていた一条の赤い光の帯が消えていた。
「月に…」
「月?」
「月に架かっていた…赤い虹の様なものが…なくなったわ…」
シンジは身体を起こすとアスカの横に仰向けになる。同じ様に夜空を見た。
「ホントだ…こんなに大きな月…初めて見たかも知れない…何か…怖い感じだ…」
「アンタが言う通り…世界は元の姿を取り戻すかもしれないわね…」
「そうだね…きっと元に戻るんだ…ねえ…」
「何…?」
「また一緒に…暮らしてくれる…?」
「…」
アタシはこの問いに対してどう答えればいいのか…アタシの中には全く…Yesも…Noもなかった…ただ…無の空間が広がっているだけ…そこにこれから何が新しく芽生えるのか…それもと…これが…終着点というものなのか…
シンジは不安そうに何も答えないアスカの横顔を見ていた。アスカは身じろぎ一つせず、ただ夜空を見詰めていた。
不意にアスカが口を開いた。
「ねえ…学校の帰り道に噴水があったの覚えてる?」
「え?」
シンジは思わず上体を起こしてアスカの顔を覗き込む。ボロ布の様になったプラグスーツの上にアスカは横たわっていた。アスカはシンジと目を合わせてきた。
初めて目を合わせた二人だった。
「覚えてる…リニア駅の北口の近くの公園のことだよね?大きな木が一本立っていたところでしょ?」
「そう…あの木はLindenbaum…っていうのよ」
「リンデンバウム?」
「日本ではボダイジュ(菩提樹)っていうみたい…ヒカリから聞いた…」
「菩提樹か…聞いたことある…」
「ドイツにも一杯生えてたけど葉っぱが生い茂っているところを見たことがなかったの…いつも淋しそうに枝をいっぱいに空に向かって伸ばしていた…だから…葉っぱが生えているのを見たのは日本が初めて…あの歌詞の意味がやっと分かった気がする…噴水もキレイで素敵な場所だった…」
「そう言えば…アスカはいつもあそこに委員長といたよね…それに…」
僕達は…そこで…あの時…再会を約束したんだ…
「懐かしいなあ…あの場所も元に戻るのかな…」
アスカが僅かに微笑んだように見えた。シンジも顔を綻ばせた。
「戻るよ!きっと!強く願えば!一緒に行こう!僕、お弁当を作るから!」
「…楽しかったわね…」
「また始めからスタートするんだよ!そうだよ!世界をやり直そうよ!」
シンジはアスカの左手を手に取ると両手で力強く包み込んだ。
暖かい…小さいけど…柔らかくて綺麗な手…女の子みたいな手…アタシの好きだった手…
「ねえ…世界が元に戻ったらあの噴水に行ってみて…そこにアタシの思い出があるの…楽しかった思い出が…いっぱい…いっぱい…詰まってるから…」
「うん!行こうよ!絶対連れて行くよ!」
「ごめん…アタシ疲れちゃった…」
アスカは顔を横に向けた。再び右目には涙が溢れ始めていた。シンジはそれには気が付かなかった。
「ごめんね…怪我してるのに…僕…」
「謝らないでよ…」
「うん…そうだね…謝るのはおかしいのかな…」
シンジは脱ぎ捨てていた白い開襟シャツをアスカにそっとかけた。
「ねえ…」
「何?」
「…ありがとう…シンジ…」
「ありがとう…」
シンジはにっこり微笑んだ。アスカはプラグスーツの上でシンジに背を向けていた。シンジは暫く月明かりに照らされたアスカの白い肩を見ていた。
「アスカ…」
「何よ…」
「その…まだ…僕のこと…怒ってるのかなって…」
「…怒ってなんかいないわ…恨んでもない…アタシは…貴方の全てを許したの…」
「え?ほ、ホントに?」
「そう…だから…心配する必要はないわ…」
アタシは…一度…全てを失った…何もかも壊してしまった…自分を傷つけて…汚してしまった…アタシの罪は許されないかもしれない…でも…
シンジが自分の横で静かに寝息を立て始めたのをアスカは感じると静かに上体を起こしてシンジの寝顔を見た。
貴方の罪をアタシは許し…受け入れることが出来る…それで全てが救われるのなら…
新しい朝が訪れつつあった。
赤い海の向こうから旭が昇っているのが見える。白い砂浜は薄くオレンジがかっていた。
「アスカ…?」
シンジが目を覚ますとプラグスーツの上に寝ているはずのアスカの姿が見えなかった。
「アスカ?」
シンジの中で嫌な胸騒ぎがし始めていた。アスカの姿を求めて起き上がる。
「アスカ!」
シンジの声は虚しく赤い海の潮騒にかき消されるのみだった。完全な静寂の世界がそこにはあった。
シンジはハッとする。
アスカが着ていた赤いプラグスーツは戦闘仕様のものだと気が付いた。ブーツの部分に常に差し込まれている筈の小型ミリタリーナイフが消えていた。
シンジの顔からみるみる血の気が失せていく。
「アスカ!」
アスカはその気になれば体の回復を待たずにシンジの寝首を掻くことも出来たはずだった。それをしなかったアスカ…
「ま、まさか…」
アスカは…全てを許し、そして受け入れると…そう言ってくれた筈だ…
「アスカ!」
シンジは赤い波が押し寄せる波打ち際をメチャクチャに走り始めた。
待ってよ!置いて行かないでよ!やっと…やっと僕たち…
「これからなんじゃないか!一緒になれたんじゃないか!!」
するとシンジの少し先の砂浜に半ば砂に埋もれているミリタリーナイフの柄が見えた。シンジは急いでそれを拾い上げる。
赤いプラスティックの柄にアスカの名前が彫ってある。刃の部分を確認しても血痕はなかった。どれくらい波に晒されてたのか見当が付かない以上なんの気休めにもならなかった。
「アスカ…アスカ…お願いだよ…一人にしないでよ…」
シンジは涙で視界を奪われ何度も何度も腕でそれを拭った。
そして…
「そんな…」
シンジの視界にシンジの開襟シャツを着たアスカがうつ伏せになって倒れているのが見えた。
「うそだ…」
シンジは猛然とアスカに向かって駆け出す。そしてアスカを抱え起こした。アスカの体は氷のように冷たかった。
「う、うそだ…うそでしょ?うそだと言ってよ!」
アスカは眠ってように安らかだったが二度とその青い瞳は開かなかった。アスカの左手首には一筋の深い傷が残っていた。
美しかった。女神のように。
「うそだといってよ…僕を一人にしないでよ!あすかあああ…」
何事もなかったようにただ赤い波が静かに二人に押し寄せてくるだけだった。
ヒトは一人では生きられない…自分以外の他人の存在が必要だから…
何故なら…ヒトは他人を介してでしか自己を認識出来ないから…また…「生きる」という過程において崩壊に向かおうとする自己を受け止めてくれる存在でもあるから…
それは「生」を繋ぎ止める為に「他人」を必要としているとも言える…
一人では「自己崩壊」を起こす、弱く儚い生命…知恵により、寄り集まり、社会を形作った…しかし…その中には普遍の価値は存在しない…
ヒトは「生」きる事によって「自分の価値」を正確に見出し得ない…
「死」に臨む時、その時、初めて「自分の価値」を理解する…お互いを許し、愛し合うことで…ヒトは相互に補完しあうのである…
それが自己完結出来ない、相互補完を必要とするヒトという存在であり…宿命である…ゆえに「死」はヒトたるものの宿命である…
限りある命をもつヒト…生と死の価値は等価値なのか…
「生」は普遍ではない…だから生きねばならない…「死」は普遍である…だから安易であってはならない…
かつて…ソクラテスは言った…
ただ生きるな、善く生きよ…と…
これが…アタシの…「価値(遺言)」…である…
「うそだ!うそだ!うそだ!適当なことを言うなよ!」
シンジは闇の中で思わず頭を抱える。学生服のシンジは自嘲気味に弱々しい笑みを口元に浮かべていた。目はじっとシンジを見据えていた。
「信じる…信じないは君次第だけど…でもこのままだと運命は変わらない…僕がここに戻ってきた意味も無くなってしまう…」
「戻ってきた?」
「そう…僕はもう一度アスカに会いたいんだ…もう一度抱き締めたいんだよ…心があるアスカに会いたい…そして…償いたい…僕の犯してしまった過ちの全てを…」
シンジは学生服のシンジの方を見た。ゆっくりと立ち上がって自分に向かってくるのが見えた。シンジは思わず一歩後ずさりする。
「僕の世界と君の世界が交錯する空間はここしかなかった…この空間は時空を隔てて魂が行き交う世界…生と死の間の世界…自分に干渉できる唯一の場…」
シンジは学生服のシンジから逃れる様に尚も後ろに下がる。
「虫の知らせ…テレパシー…シンクロニシティ現象…ドッペルゲンガー…これらは全て程度の差はあれこの空間との干渉現象なんだ…この使徒はエネルギーを持っているからたまたまこの空間への入り口の一つを形成している。そして僕は今、それを利用して君に直接干渉しているに過ぎない…僕がこの時を待っていたのは僕がレリエルの中に取り込まれることを知っていたからさ」
「レ、レリエル?」
「この使徒の名前だよ…碇シンジ…」
どんどんと学生服のシンジが近づいてくる。シンジは思わず拳を振り上げる。
「ぼ、僕に近づくな!それ以上近づくと許さないぞ!」
学生服のシンジは一瞬立ち止まる。シンジも後ろ歩きを止めた。
「怖がることは無いよ…君には迷惑をかけない…僕は君を通してもう一度だけアスカに会いたい…一目でいいから会いたい…ただ、それだけなんだよ…そして優しくしたいんだ…」
学生服のシンジの目に再び涙が溢れているのが見えた。
「アスカ…会いたい…」
シンジは振り上げた拳をゆっくり下ろす。
そんな事を言われても…僕…どうすればいいんだ…
「で、でも…アスカが僕のことを…どう思ってるか何て分からないじゃないか…」
僕自身…ここまでアスカのことを疎ましく感じたことは…そのまま使徒に飲み込まれちゃったし…それに…この前のことでもうアスカの心は…死んでしまったかもしれないじゃないか…
シンジはアスカの来日以来、もっとも激しい喧嘩をしていたのを思い出していた。
「…あのさ…」
シンジは言い淀む。
学生服のシンジは涙を勢いよく右手で拭うと今度は力を込めてシンジを見た。殆ど睨んでいると言ってもよかった。その鋭さにシンジはたじろいだ。
「僕もそうだったけど他人が自分をどう思うか、他人の顔色を窺うことで自分を作り上げようとしていると全てを失ってしまう。それは自分から逃げているんだ。自分が判断するしかないんだよ?」
「…そうなのかもしれない…けど…」
自分が自分に説教される光景は想像するだけで奇妙な感じがした。
「僕はもう一度やり直したいんだよ!」
まるで業を煮やしたかの様に一気に距離を縮めてきた。学生服のシンジがいきなりシンジの両肩をプラグスーツの上から掴む。シンジは驚いて学生服のシンジの顔と腕を交互に見た。
「で、でも…どうやって…?それに…もう…手遅れかもしれないじゃないか…」
学生服のシンジの視線は厳しかった。
「手遅れか、手遅れじゃないか、そんなことは全く問題じゃないよ!君!やるか!やらないか!逃げるか!逃げないか!ただそれだけのことだろ!」
「そ、それは…そうだけど…」
学生服のシンジは激しく前後に肩を揺する。
「しっかりしろよ!碇シンジ!再び同じことを繰り返すつもり?君が進んできた道と僕の進んできた道が全く同じとは言わないけど、微妙に違うところもあるけど、でも君が、いや僕自身の本質は変わらない!逃げている事に変わりはないんだ!」
「ぼ、僕は!逃げてなんか!」
「自分に言い訳するなよ!!」
「・・・」
シンジは俯いた。
「でも…でも…どうやって…君は…アスカにまた会うつもり?」
「僕は君で、君は僕だ…二人の精神が一つになればそれでいいんだ」
「せ、精神が一つになるって…どういうこと?」
シンジは思わず学生服のシンジの顔を見た。
「難しいことじゃないよ…僕が君の中に取り込まれて君の一部になるって事だよ」
「ええ!じゃあ君はどうなるの?」
学生服のシンジが一瞬、目を逸らした。
「僕という存在は…もう消えてしまって…実体がないんだ…だから…君が僕のことを信じてほんの少しだけ…心を開いてくれれば…僕は…君の一部になることが出来るんだ…僕が今まで経験したことが君の中でどうなるかは分からないけど…多分、ほとんど君に影響はないだろうね」
「じ、実体がないって…まるで…君はおばけみたいじゃ…と、ということは…じゃ、じゃあ君も…」
「そう…僕もあの時…一緒に死んだんだ…アスカと…一緒になりたかったから…」
学生服のシンジは自分の左手首をシンジに見せた。そこには塞がってはいるが大きな傷が真一文字に付いていた。
「ぼ、僕も…死ぬってこと…?」
「そうだよ…僕がいた世界ではアスカと僕は世界の始まりと共にこの世を去ることになった…僕たちの役目は終わったからね…対極の位置にいた僕とアスカがお互いを許し、そして受け入れることによって世界は再び他人の存在を許容することを意味していたんだと思う…楽園を追われて新しい世界を築くための儀式だったのかもしれないし…何かに導かれた結果だったのかもしれない…だから僕が消えても…誰にも迷惑は掛からないと思う」
「そ、そんなこと…急に言われても…難しいし…気味が悪いし…」
「悩んでる時間はないんだ!ぐずぐずしてると手遅れになる!早くしないとこの入り口は閉ざされてしまうんだよ。歴史通りならレリエルはやがて殲滅されてしまうんだ」
「で、でも…」
「大丈夫。君には迷惑をかけないよ。でもこれだけは忘れないで。例え僕が君と一つの存在になったとしてもやっぱり運命は君次第なんだ…僕は君の一部になるだけだから…全ては君の判断…」
もう一人のシンジはプラグスーツの上からシンジの胸に手を当てた。そしてそのままシンジの中に吸い込まれていく。
「何だよ!これ!気持ちが悪いよ!うわあああ!」
「後は頼んだよ…碇シンジ…」
「こんなの!こんなの!いやだよ!!」
シンジの叫びと共に激しく機体が動き始める。シンジは体じゅうに悪寒に似た寒気を感じていた。だんだん意識が薄れてきていた。
「こんなのいやだ…いやだ…いやだ…いやだ…誰か…助けてよ…」
シンジは薄れ行く意識の中で誰かに抱き締められるのを感じていた。
何か暖かい…誰だろう…
シンジはまどろみに身を委ねていた。機体は尚も激しく振動していた。
(改定履歴)
6th May, 2009 / 誤字修正
月は頭上高く柔らかな光で生まれたばかりの世界を包み込んでいた。
シンジはアスカを抱き締めたまま側を離れようとしなかった。アスカは自分に覆いかぶさったままのシンジの頭にそっと手を置いた。
波の音以外に何も聞こえない。静かな空間がそこにあった。
波の音以外に何も聞こえない。静かな空間がそこにあった。
どれほどの時が流れたのか…アタシには分からない…分かっている事は…ママに出会えたこと…そして…アタシが…一度死んだこと…いや…死んだかどうかさえハッキリとは分からない…
Series Evaにズタズタにされたアタシは…エントリープラグの中で気を失った…もしかしたら…気を失ったわけじゃなくて…その時…アタシは本当に死んだのかもしれない…
第三支部時代…弐号機兵装開発で事故を起こしたオットーが奇跡的に一命を取り留めた事があった…オットーがアタシに死ぬ前に自分の人生がメリーゴーラウンドの様に見えてくると言っていたのを思い出す…
日本語ではソーマトー(走馬灯)というらしい…
メリーゴーラウンドの様に色々な人や思い出の場所がまるで映画みたいにぐるぐると自分の周りを回るのだそうだ…
アタシもそれを見た…そして…そこで…色んな人に会った…
加持さん…アタシ…加持さんのことが…
アスカ…それ以上は聞かないことにするよ…俺は君の騎士なのさ…騎士は主(あるじ)たる姫君(かた)と結ばれることはない…そういうファンタジーが多いのは知ってるだろ?
アタシ…分かってるつもりなのに…加持さん…こんなのアタシじゃない…でも…自分の心に背く事はいけない事だって…そう言ったのは加持さんじゃない…
確かにそうだ…しかし…人は自分ひとりだけで生きる事は出来ない…必ず他人を必要とする…そのジレンマが「ヒト」たらしめる…自分と他人…「自由」と「義務」…「運命」と「宿命」…君は自分の心にだけ正直ではいけない…淑女は自分に課せられた宿命と正しく向き合うからこそ貴人たる資格があるのさ…
宿命なんて要らない…アタシはアタシよ!
自分だけで完結するならば…ヒトに哲学も宗教も必要なくなる…苦しみも無いが喜びも無い…俺は人類の自己補完を信じてはいるが…それは一時の感情によって成されるものではない…
バカ!!加持さんのバカ!!出て行って!!
おい!アスカ!ちょっと待て!参ったな…そこは俺の部屋だぞ…こんな格好(下着一枚)で締め出すなんて…撃たれたらどうするんだ…
ねえ…アスカ…
ミサト…
こんなこと言うの照れるんだけどさ…
何よ…モジモジして…アンタのキャラじゃないわよ…
あの…あんたさえよければ…その…あたしの妹にならない…?
それって…まさか…アンタにレズの趣味があったなんて…ショックだわ…
ちょっと!!バカじゃないの?!あんた!葛城家の子にならないかって言ってるのよ!!そうすればあんたは国籍とか戸籍の心配しなくて済むでしょ!
葛城家の子…
そうよ!「葛城アスカ」って…ちょっち…語呂悪いけど…あたしは多分…いい母親にはなれないけど…お姉さんになら…その…なれるかなって思ってさ…
ミサト…
ダメ・・・かな…?
条件があるわ…
何?
リビングのカーペット…替えて…それがアタシの条件…って…なに悩んでるわけ!!
うーん…ぶっちゃけ…金無いんだよね…いま…
アスカ…僕のエリザ…僕たちは…弄ばれるだけの存在だと思うかい…?
アイン(カヲル)…
僕は生まれて来てよかったと…いつも主に感謝を捧げているんだ…
どうして…?辛いことばかり…アタシ達は閉じ込められて…辛いだけ…誰も顧みてはくれないのに…
僕はね…この世界の音が好きなのさ…見てごらんよ…あの小鳥はハ長調で歌っているだろ…小川の音は…これは…難しいな…
フフフ…アタシにはト短調に聞こえるわ…
ト短調か…それも悪くない…風の音…嵐や雨ですら愛おしい…エリザ…君の心臓の音だってそうさ…聞かせてくれるかい…?ほら…生きている…君も歌っているだよ…いつも…生命は歓喜に満ちている…素晴らしいと思わないかい…?
アイン…貴方って…ロマンチストなのね…
ロマン…か…僕はね…エリザ…むしろ限りある命の方にロマンを感じる…それ故にヒトは歌い…そして踊る…聖書にもある…ヒトは歌い踊るのさ…生命は最も偉大なる交響曲…僕はそれを奏でているヒトという存在が好きなのかもしれない…
優しかったおじ様…
行け…エリーザ…そして二度と私の前に現れるな…
おじ様…
私はいずれお前の災いになるだろう…私の目の届かないところに潜むのだ…
おじ様…アタシは…
時間が無い!急げ…「舟歌」の礼はしたぞ…これで借りは無い…次に見(まみ)えることがあれば…容赦はせん…
ママ…
アスカ…あなたは…よく頑張ったわ…
ママ…
あなたには辛い思いばかり…ゴメンなさい…でも…あたし達は生きなければいけないの…
ママ…
あなたは神なる子に出会い…そして…終りにして創めの試練を受けなければならない…それがツェッペリン家の女に課せられた宿命…
でも…アタシは…一度…全てを失った…何もかも壊してしまった…自分を傷つけて…汚してしまった…
ヒトは運命を変えることが出来る…と言う…
では…変えることの出来ない宿命とは…一体何なのか…それは「死」…限りある命をもつヒト…だからこそ…「死の意味」を…「死の価値」を…得なければならない…
知恵を持つヒトはその智に溺れる…溺れるが故に「生あるうちにこそ真価が問われる」と考える…「自己実現」こそが最高の境地であるかのように…でも・・・それは砂上の楼閣の様に脆いものでしかない…
「生」の中から普遍の価値を見出すことは出来ない…なぜなら…ヒトは移ろうから…
ゲッチンゲンにいた時…アタシはポーランドの留学生マリアンナから勧められて東洋哲学の本を読んだ…有名な聖人の一人であるゴーダマ・シッダールタ(ブッダ)は死ぬ間際にこう言ったという…全ては移ろう…と…至言だ…
アタシの命の価値は何か…一度は死んだかもしれないアタシが…どうして…いま…アタシはこうして…シンジといるんだろう…この異様な世界で…アタシはシンジと二人きり…
そこでアタシは…自分の宿命を…考えなければならない…
主よ…
アタシは許し…この人を受け入れました…その全てを…嘘偽り無く…
あなたの僕(しもべ)は許しが愛であり、愛こそがヒトを癒し、そしてお互いを補い合うことを知っています…
この新しい世界…いや…元のままで何も変わらない世界かもしれません…しかし…ゆっくりと始まろうとしている…この世界が…
どうか…健やかに…そして祝福に満ちて…永(ひさし)からんことを…全てのヒトに幸多からんことを…
これが…アタシの…命の…価値…
Amen(アーメン)…
「シンジ…」
「何?」
「世界は本当に元に戻るの?この異様な風景は…消えてなくなるの…?」
「うん…僕はお願いしたんだ…元に戻して下さいって…だからきっと元に戻るよ…」
「そうなんだ…」
アスカの目はずっと天空に注がれていた。いつの間にか月にかかっていた一条の赤い光の帯が消えていた。
「月に…」
「月?」
「月に架かっていた…赤い虹の様なものが…なくなったわ…」
シンジは身体を起こすとアスカの横に仰向けになる。同じ様に夜空を見た。
「ホントだ…こんなに大きな月…初めて見たかも知れない…何か…怖い感じだ…」
「アンタが言う通り…世界は元の姿を取り戻すかもしれないわね…」
「そうだね…きっと元に戻るんだ…ねえ…」
「何…?」
「また一緒に…暮らしてくれる…?」
「…」
アタシはこの問いに対してどう答えればいいのか…アタシの中には全く…Yesも…Noもなかった…ただ…無の空間が広がっているだけ…そこにこれから何が新しく芽生えるのか…それもと…これが…終着点というものなのか…
シンジは不安そうに何も答えないアスカの横顔を見ていた。アスカは身じろぎ一つせず、ただ夜空を見詰めていた。
不意にアスカが口を開いた。
「ねえ…学校の帰り道に噴水があったの覚えてる?」
「え?」
シンジは思わず上体を起こしてアスカの顔を覗き込む。ボロ布の様になったプラグスーツの上にアスカは横たわっていた。アスカはシンジと目を合わせてきた。
初めて目を合わせた二人だった。
「覚えてる…リニア駅の北口の近くの公園のことだよね?大きな木が一本立っていたところでしょ?」
「そう…あの木はLindenbaum…っていうのよ」
「リンデンバウム?」
「日本ではボダイジュ(菩提樹)っていうみたい…ヒカリから聞いた…」
「菩提樹か…聞いたことある…」
「ドイツにも一杯生えてたけど葉っぱが生い茂っているところを見たことがなかったの…いつも淋しそうに枝をいっぱいに空に向かって伸ばしていた…だから…葉っぱが生えているのを見たのは日本が初めて…あの歌詞の意味がやっと分かった気がする…噴水もキレイで素敵な場所だった…」
「そう言えば…アスカはいつもあそこに委員長といたよね…それに…」
僕達は…そこで…あの時…再会を約束したんだ…
「懐かしいなあ…あの場所も元に戻るのかな…」
アスカが僅かに微笑んだように見えた。シンジも顔を綻ばせた。
「戻るよ!きっと!強く願えば!一緒に行こう!僕、お弁当を作るから!」
「…楽しかったわね…」
「また始めからスタートするんだよ!そうだよ!世界をやり直そうよ!」
シンジはアスカの左手を手に取ると両手で力強く包み込んだ。
暖かい…小さいけど…柔らかくて綺麗な手…女の子みたいな手…アタシの好きだった手…
「ねえ…世界が元に戻ったらあの噴水に行ってみて…そこにアタシの思い出があるの…楽しかった思い出が…いっぱい…いっぱい…詰まってるから…」
「うん!行こうよ!絶対連れて行くよ!」
「ごめん…アタシ疲れちゃった…」
アスカは顔を横に向けた。再び右目には涙が溢れ始めていた。シンジはそれには気が付かなかった。
「ごめんね…怪我してるのに…僕…」
「謝らないでよ…」
「うん…そうだね…謝るのはおかしいのかな…」
シンジは脱ぎ捨てていた白い開襟シャツをアスカにそっとかけた。
「ねえ…」
「何?」
「…ありがとう…シンジ…」
「ありがとう…」
シンジはにっこり微笑んだ。アスカはプラグスーツの上でシンジに背を向けていた。シンジは暫く月明かりに照らされたアスカの白い肩を見ていた。
「アスカ…」
「何よ…」
「その…まだ…僕のこと…怒ってるのかなって…」
「…怒ってなんかいないわ…恨んでもない…アタシは…貴方の全てを許したの…」
「え?ほ、ホントに?」
「そう…だから…心配する必要はないわ…」
アタシは…一度…全てを失った…何もかも壊してしまった…自分を傷つけて…汚してしまった…アタシの罪は許されないかもしれない…でも…
シンジが自分の横で静かに寝息を立て始めたのをアスカは感じると静かに上体を起こしてシンジの寝顔を見た。
貴方の罪をアタシは許し…受け入れることが出来る…それで全てが救われるのなら…
新しい朝が訪れつつあった。
赤い海の向こうから旭が昇っているのが見える。白い砂浜は薄くオレンジがかっていた。
「アスカ…?」
シンジが目を覚ますとプラグスーツの上に寝ているはずのアスカの姿が見えなかった。
「アスカ?」
シンジの中で嫌な胸騒ぎがし始めていた。アスカの姿を求めて起き上がる。
「アスカ!」
シンジの声は虚しく赤い海の潮騒にかき消されるのみだった。完全な静寂の世界がそこにはあった。
シンジはハッとする。
アスカが着ていた赤いプラグスーツは戦闘仕様のものだと気が付いた。ブーツの部分に常に差し込まれている筈の小型ミリタリーナイフが消えていた。
シンジの顔からみるみる血の気が失せていく。
「アスカ!」
アスカはその気になれば体の回復を待たずにシンジの寝首を掻くことも出来たはずだった。それをしなかったアスカ…
「ま、まさか…」
アスカは…全てを許し、そして受け入れると…そう言ってくれた筈だ…
「アスカ!」
シンジは赤い波が押し寄せる波打ち際をメチャクチャに走り始めた。
待ってよ!置いて行かないでよ!やっと…やっと僕たち…
「これからなんじゃないか!一緒になれたんじゃないか!!」
するとシンジの少し先の砂浜に半ば砂に埋もれているミリタリーナイフの柄が見えた。シンジは急いでそれを拾い上げる。
赤いプラスティックの柄にアスカの名前が彫ってある。刃の部分を確認しても血痕はなかった。どれくらい波に晒されてたのか見当が付かない以上なんの気休めにもならなかった。
「アスカ…アスカ…お願いだよ…一人にしないでよ…」
シンジは涙で視界を奪われ何度も何度も腕でそれを拭った。
そして…
「そんな…」
シンジの視界にシンジの開襟シャツを着たアスカがうつ伏せになって倒れているのが見えた。
「うそだ…」
シンジは猛然とアスカに向かって駆け出す。そしてアスカを抱え起こした。アスカの体は氷のように冷たかった。
「う、うそだ…うそでしょ?うそだと言ってよ!」
アスカは眠ってように安らかだったが二度とその青い瞳は開かなかった。アスカの左手首には一筋の深い傷が残っていた。
美しかった。女神のように。
「うそだといってよ…僕を一人にしないでよ!あすかあああ…」
何事もなかったようにただ赤い波が静かに二人に押し寄せてくるだけだった。
ヒトは一人では生きられない…自分以外の他人の存在が必要だから…
何故なら…ヒトは他人を介してでしか自己を認識出来ないから…また…「生きる」という過程において崩壊に向かおうとする自己を受け止めてくれる存在でもあるから…
それは「生」を繋ぎ止める為に「他人」を必要としているとも言える…
一人では「自己崩壊」を起こす、弱く儚い生命…知恵により、寄り集まり、社会を形作った…しかし…その中には普遍の価値は存在しない…
ヒトは「生」きる事によって「自分の価値」を正確に見出し得ない…
「死」に臨む時、その時、初めて「自分の価値」を理解する…お互いを許し、愛し合うことで…ヒトは相互に補完しあうのである…
それが自己完結出来ない、相互補完を必要とするヒトという存在であり…宿命である…ゆえに「死」はヒトたるものの宿命である…
限りある命をもつヒト…生と死の価値は等価値なのか…
「生」は普遍ではない…だから生きねばならない…「死」は普遍である…だから安易であってはならない…
かつて…ソクラテスは言った…
ただ生きるな、善く生きよ…と…
これが…アタシの…「価値(遺言)」…である…
「うそだ!うそだ!うそだ!適当なことを言うなよ!」
シンジは闇の中で思わず頭を抱える。学生服のシンジは自嘲気味に弱々しい笑みを口元に浮かべていた。目はじっとシンジを見据えていた。
「信じる…信じないは君次第だけど…でもこのままだと運命は変わらない…僕がここに戻ってきた意味も無くなってしまう…」
「戻ってきた?」
「そう…僕はもう一度アスカに会いたいんだ…もう一度抱き締めたいんだよ…心があるアスカに会いたい…そして…償いたい…僕の犯してしまった過ちの全てを…」
シンジは学生服のシンジの方を見た。ゆっくりと立ち上がって自分に向かってくるのが見えた。シンジは思わず一歩後ずさりする。
「僕の世界と君の世界が交錯する空間はここしかなかった…この空間は時空を隔てて魂が行き交う世界…生と死の間の世界…自分に干渉できる唯一の場…」
シンジは学生服のシンジから逃れる様に尚も後ろに下がる。
「虫の知らせ…テレパシー…シンクロニシティ現象…ドッペルゲンガー…これらは全て程度の差はあれこの空間との干渉現象なんだ…この使徒はエネルギーを持っているからたまたまこの空間への入り口の一つを形成している。そして僕は今、それを利用して君に直接干渉しているに過ぎない…僕がこの時を待っていたのは僕がレリエルの中に取り込まれることを知っていたからさ」
「レ、レリエル?」
「この使徒の名前だよ…碇シンジ…」
どんどんと学生服のシンジが近づいてくる。シンジは思わず拳を振り上げる。
「ぼ、僕に近づくな!それ以上近づくと許さないぞ!」
学生服のシンジは一瞬立ち止まる。シンジも後ろ歩きを止めた。
「怖がることは無いよ…君には迷惑をかけない…僕は君を通してもう一度だけアスカに会いたい…一目でいいから会いたい…ただ、それだけなんだよ…そして優しくしたいんだ…」
学生服のシンジの目に再び涙が溢れているのが見えた。
「アスカ…会いたい…」
シンジは振り上げた拳をゆっくり下ろす。
そんな事を言われても…僕…どうすればいいんだ…
「で、でも…アスカが僕のことを…どう思ってるか何て分からないじゃないか…」
僕自身…ここまでアスカのことを疎ましく感じたことは…そのまま使徒に飲み込まれちゃったし…それに…この前のことでもうアスカの心は…死んでしまったかもしれないじゃないか…
シンジはアスカの来日以来、もっとも激しい喧嘩をしていたのを思い出していた。
「…あのさ…」
シンジは言い淀む。
学生服のシンジは涙を勢いよく右手で拭うと今度は力を込めてシンジを見た。殆ど睨んでいると言ってもよかった。その鋭さにシンジはたじろいだ。
「僕もそうだったけど他人が自分をどう思うか、他人の顔色を窺うことで自分を作り上げようとしていると全てを失ってしまう。それは自分から逃げているんだ。自分が判断するしかないんだよ?」
「…そうなのかもしれない…けど…」
自分が自分に説教される光景は想像するだけで奇妙な感じがした。
「僕はもう一度やり直したいんだよ!」
まるで業を煮やしたかの様に一気に距離を縮めてきた。学生服のシンジがいきなりシンジの両肩をプラグスーツの上から掴む。シンジは驚いて学生服のシンジの顔と腕を交互に見た。
「で、でも…どうやって…?それに…もう…手遅れかもしれないじゃないか…」
学生服のシンジの視線は厳しかった。
「手遅れか、手遅れじゃないか、そんなことは全く問題じゃないよ!君!やるか!やらないか!逃げるか!逃げないか!ただそれだけのことだろ!」
「そ、それは…そうだけど…」
学生服のシンジは激しく前後に肩を揺する。
「しっかりしろよ!碇シンジ!再び同じことを繰り返すつもり?君が進んできた道と僕の進んできた道が全く同じとは言わないけど、微妙に違うところもあるけど、でも君が、いや僕自身の本質は変わらない!逃げている事に変わりはないんだ!」
「ぼ、僕は!逃げてなんか!」
「自分に言い訳するなよ!!」
「・・・」
シンジは俯いた。
「でも…でも…どうやって…君は…アスカにまた会うつもり?」
「僕は君で、君は僕だ…二人の精神が一つになればそれでいいんだ」
「せ、精神が一つになるって…どういうこと?」
シンジは思わず学生服のシンジの顔を見た。
「難しいことじゃないよ…僕が君の中に取り込まれて君の一部になるって事だよ」
「ええ!じゃあ君はどうなるの?」
学生服のシンジが一瞬、目を逸らした。
「僕という存在は…もう消えてしまって…実体がないんだ…だから…君が僕のことを信じてほんの少しだけ…心を開いてくれれば…僕は…君の一部になることが出来るんだ…僕が今まで経験したことが君の中でどうなるかは分からないけど…多分、ほとんど君に影響はないだろうね」
「じ、実体がないって…まるで…君はおばけみたいじゃ…と、ということは…じゃ、じゃあ君も…」
「そう…僕もあの時…一緒に死んだんだ…アスカと…一緒になりたかったから…」
学生服のシンジは自分の左手首をシンジに見せた。そこには塞がってはいるが大きな傷が真一文字に付いていた。
「ぼ、僕も…死ぬってこと…?」
「そうだよ…僕がいた世界ではアスカと僕は世界の始まりと共にこの世を去ることになった…僕たちの役目は終わったからね…対極の位置にいた僕とアスカがお互いを許し、そして受け入れることによって世界は再び他人の存在を許容することを意味していたんだと思う…楽園を追われて新しい世界を築くための儀式だったのかもしれないし…何かに導かれた結果だったのかもしれない…だから僕が消えても…誰にも迷惑は掛からないと思う」
「そ、そんなこと…急に言われても…難しいし…気味が悪いし…」
「悩んでる時間はないんだ!ぐずぐずしてると手遅れになる!早くしないとこの入り口は閉ざされてしまうんだよ。歴史通りならレリエルはやがて殲滅されてしまうんだ」
「で、でも…」
「大丈夫。君には迷惑をかけないよ。でもこれだけは忘れないで。例え僕が君と一つの存在になったとしてもやっぱり運命は君次第なんだ…僕は君の一部になるだけだから…全ては君の判断…」
もう一人のシンジはプラグスーツの上からシンジの胸に手を当てた。そしてそのままシンジの中に吸い込まれていく。
「何だよ!これ!気持ちが悪いよ!うわあああ!」
「後は頼んだよ…碇シンジ…」
「こんなの!こんなの!いやだよ!!」
シンジの叫びと共に激しく機体が動き始める。シンジは体じゅうに悪寒に似た寒気を感じていた。だんだん意識が薄れてきていた。
「こんなのいやだ…いやだ…いやだ…いやだ…誰か…助けてよ…」
シンジは薄れ行く意識の中で誰かに抱き締められるのを感じていた。
何か暖かい…誰だろう…
シンジはまどろみに身を委ねていた。機体は尚も激しく振動していた。
番外編 One of EOEs おわり
(改定履歴)
6th May, 2009 / 誤字修正
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