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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第6部 The Substitution 心があるうちに…


(あらすじ)

ミサトはレリエル殲滅作戦において公然と命令違反を犯したアスカと接見をする。管轄する保安3課の取調べにアスカが非協力的な態度を取っているためだった。このままでは保安3課から諜報課の扱いに変わってしまう恐れがあった。
アタシの心がまだあるうちに…
シンジや加持は関係ないと言い張るアスカ。ミサトは一縷の望みをかけて入院中のシンジの元を訪れていた。時間は歩みを止めることなくミサト、アスカ、そしてシンジを追い立てていく…

(本文)


クォーツの壁掛け時計から無機質な秒針の音が響いている以外の音は皆無だった。

8畳ほどの窓の無い薄暗い部屋にミサトとアスカが向き合って座っていた。アスカは薄い黄色のワンピースを着ていたが後ろ手に手錠が掛けられていた。

二人とも押し黙ったまま時計の針だけが進んでいる。

アスカはずっと俯いていた。長い髪がアスカの表情をヴェールの様に覆って隠している。

ミサトは頬杖をついていたがやがて長いため息を一つつく。

「痩せたわね…あんた…ちゃんとご飯食べてるの?」

「…」

こんな姿…まるであの時(ユニゾン特訓)みたいね…

ミサトはわざとらしく明るい声を出す。

「職員宿舎の食事なんでしょ?カフェテリアと同じ業者だから味は悪くないと思うけどさ…あんた、ひょっとして飽きたとか?そっか、分かったわよ!あんた飽き性だもんね!たくっ、贅沢な女ね!何か食べたいものがあるんなら差し入れするからさ!オネーサンに言ってみ?ん?」

「…」

アスカは身じろぎ一つしない。

「なによ?遠慮すること無いじゃん。あんたらしくない。そうだ!シンちゃんに作ってもらおっか!あんた前にトンカツとかハンバーグとか絶賛してたもんね!よーし!じゃあさあ…」

「無駄よ…余計な事…しないで…」

ミサトを遮る様にアスカが呟いた。接見を始めてアスカが発したその言葉は他人を突き放す様に冷め切っていた。

「えっ?ど、どうして?あんたこの前まで…」

ミサトの声は聞き様によっては悲痛な色を含んでいた。

「アタシを構うだけ時間の無駄って事よ…」

「アスカ…」

まるで感情が抜け落ちた様な声だった。

人間の体温を感じない無機質な声はそのまま部屋の雰囲気をモノクロにしていく。取り付く島もなくミサトは二の句が継げなかった。

重苦しい雰囲気だけが二人の間に横たわる。

おかしい…いくらなんでも…拘留されているとは言っても留置室とは違って一般職員も寝泊まりする宿舎の部屋だし…それだけでこんなに荒むかしら…むしろトレセン時代の方がよっぽどか酷い目に遭ってるわ…

「アスカ…一応…仕事だから聞くけど…どうしてこの前のファーストアプローチ…あんたはしなかったの?あの時…シンちゃんと何があったの?」

「…」

「黙ってたら分からないじゃん…」

「どうして…」

「え?今、何て言ったの?」

「どうして…MP(保安部3課の通称 軍事監察担当)みたいなことを聞くの?」

秒針の音でかき消されそうなほど小さい声だった。

ミサトはパイプ椅子の背もたれから上体を起こしてアスカの顔を見る。相変わらず表情は髪に隠れて見えない。

「それは…ハッキリ言うけどさ…あんたがMPの取調べに対して非協力的だからよ…由良さんが司令長官室にエスカレーションされて問題になる前にって…あたしにあんたの事を教えてくれたからこうして会いに来たんじゃない…」

「代わりに取り調べってこと…?」

「まあ…ね…それは否定しないわ…あたしの方が遥かにマシでしょ?へへへ…」

ミサトが乾いた笑いを上げるがすぐに部屋は静寂に戻る。

「はあ…こんなわざとらしい事するの…あたしの性に合わないわ…やっぱ…」

ミサトは机に突っ伏した。

「ぶっちゃけ言うとさ…こんな理由でも付けないとあんたに…あたしも会わせてもらえないからさ…」

ミサトの言葉に僅かにアスカが顔を上げる。

「ごめんね…今のあたしじゃあ…なかなかあんたに手が届かないんだ…」

「…」

アスカの視線を感じたミサトは弱々しい笑みを口元に浮かべるとアスカの方を見る。

「このままだとさ…あんたの取調べは諜報課の預かりになってしまう…分かるでしょ?この意味…それだけは避けられる様にって思ってね…」

「…」

髪の間から僅かにアスカの目が見えた。濁った様な目の色だった。

ミサトは両肘をテーブルに付くとアスカに顔を近づける。

「あいつらが出てくると手段を選ばず洗いざらいバッサリやられるわよ…あんただって言いたくない事くらいあるでしょ?」

今まで無反応だったアスカから手応えの様なものをミサトは感じた。アスカはやや虚ろな視線ではあったがミサトの方を見つめているがわかった。

「言いたくない事って…何が言いたいわけ…?」

「例えば…シンちゃんの事とか…加持との事とか…」

二人の名前が出た瞬間、アスカはいきなり立ち上がろうとした。両手と両足の自由を奪われているため大きな音を立てるが立ち上がることは出来なかった。まるでバッタの様に何度もその場で飛び上がる。

「ちょっと!シンジも!加持さんも!何の関係ないわ!何でもないんだから!二人に何かしたわけ?」

突然のアスカの剣幕にミサトはビックリして上体をのけぞらせた。

「ちょ、ちょっと!落ち着きなさいよ!」

「何をしたのかって聞いてるのよ!全部…アタシが勝手にしたことじゃない!余計なことしないでよ!」

「何にもしてないわよ!!」

「ウソよ!逮捕したんでしょ?!すぐ釈放してよ!本当に何にも関係ないんだから!全部アタシがやったことなんだから!」

ミサトは反射的に立ち上がると椅子の上で暴れるアスカの肩を両手で押さえる。

「だから何もしてないってば!!加持は行方が分からないしさ!シンちゃんは…」

アスカは髪を振り乱しながら挑みかかる様な視線をミサトに送って来る。

「BRT(処置)とかするんならアタシにしなさいよ!シンジになんか無理なんだから!耐えられっこ無い…根性ナシなんだから…弱虫なんだから!ショックですぐ死んじゃうわ!ファーストアプローチだってアタシがアイツに意地悪したのよ!どうせ出来っこない事くらいわかってたもの!加持さんだって!アタシが…全部…仕込んだんだから!その後始末を加持さんがしただけよ!加持さんはスパイなんかじゃない!アタシなのよ!第三支部時代のアタシのアカウント履歴を見れば分かるでしょ!」

「ちょっと!落ち着きなさいよ!何言ってんのよ?あんた!」

アスカが狂った様に金切り声をあげる。

「記憶が欲しかったのよ!!アタシは!!だから違法と分かってて不正アクセスを繰り返したのよ!どう?これで満足?全部アタシがやった事なんだから!自白してるんだから!!すぐに二人を釈放してよ!!何にも!!何にも…関係ないんだから…」

そこまで言うとまるで力尽きた様にアスカは動かなくなった。肩を激しく上下させている。

「アスカ…落ち着いて…本当に二人には何もしてないし…する予定も無いわよ…本当よ…信じて頂戴…」

アスカの荒い息遣いをミサトはじっと見据えていた。急に感情を荒げ始めたアスカを前にミサトはおかしいほど冷静な自分に違和感すら覚えていた。

冷めているからなのかしら…いや…違う…あまりにもこの子が不憫だから…変な同情をしてるのね、あたし…悟られない様にしないと…また…この子を傷つけてしまう…

それにしても…BRT(処置)って何かしら…初めて聞いたわ…

アスカは肩で息をしていたが途切れがちに声を発する。

「はぁはぁはぁ…調書にそう書いて…全てアタシがやった事…自分の…自分の感情を抑えられなかった…壊れた機械…ポンコツ兵器が原因って…そう書いてよ…再教育が必要って…そう書いてよ…二人は無関係って…ちゃんと書いて…」

ミサトはアスカの言葉に思わず顔をしかめる。

半分はそうかもしれないけど…あんた…なんか隠してるわね…二人を庇ってる…それじゃこの件は解決しないし…あんたがそうやって意地を張るほど自分の立場を悪くする…全て自分で背負い込んで…自分だけが罰を受ければいいって…昔と変わんないわね…あんた…

「アスカ…あたしにだけは本当のことを話してよ…この部屋の記録装置は特別に切ってあるんだからさ…だから安心してあたしに…」

「だから!今言った事が全てよ!トレセンでもズィーベンステルネでも何処にでも行くわよ!アタシ!お願いよ…」

アスカは左右に激しく首を振った。

「…」

「二人とも…関係ない…んだから…お願い…ミサト…助けてあげて…全部…アタシのせいなんだから…今言ったことがすべてよ…」

ミサトは一瞬天を仰ぐと静かに席を立つ。

「ミサト・・・お願い…アタシの心が…まだある内に…二人の疑いを…」

「あんたの話はよく分かったわ…でもね…アスカ…」

ミサトはドアのノブに手をかけるとアスカの方をジロッと見た。

「時には真実こそが人を救うってことを覚えておいた方がいいわよ、あんた…それから…世の中ってのはね…誰かを犠牲にすることで成り立つようじゃ…長くは続かないってことよ…そんな事がまかり通るならそんな世界…守るに値しないわ…」

「…」

アスカは無言だった。息遣いだけが聞こえてくる。

「よく考えてみて…アスカ…お互いに残された時間は多くはないわよ…」

ミサトがドアを開けると入り口付近に二人のMPの腕章をつけた保安部員が立っていた。保安部員たちはミサトの姿を認めると直立不動で敬礼をする。

力なく返礼するとミサトは薄暗い廊下を歩き始めた。

国連軍の辞令でアスカの釈放を促す方法もあるけど…あれがあたし達にとって救いの手とは限らない…裏が取れるまでは動けない…でも…時間は待ってくれないしな…それに…

ミサトは顎に手を当てると思案顔になる。

BRTって一体何よ…







 
退院を翌日に控えたシンジは夜になって突然のミサトの訪問を受ける。

「面会謝絶状態って聞いたからどんな重症かと思ったら結構元気じゃない?レイがシンちゃんに会えないって心配していたわよ」

「み、ミサトさん…どうしてここに…」

「なによ?それ。折角お見舞いに来てあげたって言うのにさあ。随分なご挨拶ねえ!」

「い、いや…そういうわけじゃなくて…すみません心配掛けて・・・僕…入院初日に暴れたから…病院から面会謝絶にされたんです…だから退院するまで誰にも会えないって思ってたから…それに…」

シンジはミサトから視線を逸らすと俯いた。

「多分…僕がこれ以上…人を傷つけない様にするためだと思います…」

これ以上人を傷つけない?シンジ君…何言ってるのかしら…

ミサトはシンジの言葉にやや怪訝そうな顔つきをするが、シンジの微妙な変化をケアするだけの精神的な余裕はミサト自身にもなかった。

「まあ、無理も無いわよ。使徒の中に入り込んじゃったのはあなたが初めてなんだしね。あんな体験したら正気じゃいられないかもしれないわね。それはみんな分かっているわ。明日退院なんでしょ?」

ミサトは看護婦が注射のときなどに使うためにベッドの傍らに置いてあるパイプ椅子を組み立てるとそこに座る。

「はい…」

「そう。よかったじゃない。何事もないみたいだしさ。あれだけで済んでラッキー、ラッキー!」

「すみません…」

ミサトはわざと明るい声を出したがそれも長くは続かなかった。ミサトの周りには少し深刻な空気が漂っていた。

シンジ君…あなたがここに閉じ込められている間に…あたし達を取り巻く情勢は大きく変わってしまったわ…元々、生活が苦しかったけど…今のあたしには残念だけど例え禁酒したとしてもとてもあなたたち二人を養っていくだけの経済力が無い…それに加持もあの日以来何処に行ってしまったのか、行方すら分からないの…それにね…

アスカはね…フィフス着任と同時にドイツに送還、下手をするとあの子、消されるわ…
もうじき…あたし達3人…一緒に生活できなくなるのよ…こんな事になるんだったら…今まで一緒にいられた時間をもっと大切にすればよかった…あたしって本当にバカね…失ってみて大切なものに気が付くんですものね…

未来を少しでも知ることが出来たならどんなに幸せなのかしら…

シンジはベッドの傍らに座っているミサトがいつまでも無言であることを気にしはじめていた。

「あ、あの…ミサトさん…どうしちゃったんですか?」

「あ、ああ…ごめんね・・・」

始めは躊躇っていたがミサトが本題に入る。

「ところでシンジ君…仕事だから一応聞くけど…この前さ、バックアップとファーストアプローチをアスカと交代したのはどうして?アスカに何度聞いてもあの子…自分のせいだの一点張りでさ…それが真実ならそれでいいんだけど…何か…ちょっと違うような気がしてさ…女の勘だけど…」

良くも悪くも自己主張がハッキリしているアスカにしては珍しい反応だった。以前なら使徒に取り込まれたシンジを訓練を受けている自分と比較して非難し、そして自分の正当性を主張していただろう。

ところがシンジを批判しないどころか自分のミスだと言っている…アスカのシンジに対する複雑な心境をそのまま表していた。ミサトも微妙にそれに勘付いているのだろう。

だからシンジの回復を待ってここに来たのだ。シンジもそれを悟った。

「出し抜けにごめんなさいね…でも調書を早く仕上げないとあの子の状況はますます不利になるだけだしね…」

「アスカの…ですか?」

下を向いていたシンジがゆっくりと顔を上げてミサトの方を見た。

「まあね…ほ、ほら、あの子はシンちゃんたちと違って訓練受けてるから…その…素人じゃないでしょ…」

シンジの顔がどんどん険しくなっていく。ミサトはそれをハラハラしながら見ていた。

ミサトさん…僕に何か隠してるんだ…アスカのことで何か…

シンジの目に少し非難の色があるのを感じたミサトは言葉を選びながらシンジに話しかけた。

「ゴメン…このままだとさ…アスカはあたしの預かりじゃなくて諜報課の取調べを受ける事になるのよ…」

「諜報課…?」

「まあ分かり易く言えばネルフの秘密警察みたいなものね…最近、出来たのよ…司令の命令でね…」

「父さんの…」

「そうよ…ねえ…シンジ君…勝手な都合で悪いけどお願い…今はあなただけが頼りなの…そうなる前にあたしは真実が知りたいのよ」

あたしの所掌のうちに…この件は穏便に済ませないと…じゃないと…自白剤を打たれて洗いざらい加持とやってたベルリンでのバイトの事まで吐かされる…司令の手に渡った後じゃ手が出せない…フィフスが着任する前に逃がすことも出来なくなる…

シンジはミサトから視線を外すと重々しく口を開いた。

「すみません…僕…アスカと喧嘩して…思わず僕がファーストアプローチをやってやるって…アスカは必要ない…みたいな事を言っちゃったんです…アスカは悪くありません…」

「そう…まあ…あなた達が喧嘩してたのは本部との通信を切ったとしても内部カメラの様子で分かってたけどね…じゃあ、言いだしっぺはシンジ君ってことね?」

「はい…間違いないです」

期待通りの答えだわ…シンジ君…これでとりあえずアスカの立場をこれ以上悪くしないで済む様な書類が作れそうだわ…出汁に使って悪いけど…

「そっか…分かったわ…悪いけどそう報告書にはそう書くわよ…?」

「はい…事実ですから…」

「ごめんね…それから退院後のことだけどさ…司令の指示で検査結果が全て出揃うまでシンジ君は停職扱いになるからそのつもりでね…」

「また…父さんですか…」

シンジが思わずシーツを両手で握り締める。

ミサトはシンジの目に怒りの色を見て取って狼狽した。今まで父親の事で反発する様な反応を見せる事はあっても少なくとも今の様な怒気を示す事はなかったからだ。

「し、シンジ君…別に深い意味があるわけじゃないのよ…あくまで検査結果が全て出揃うまでっていう意味で処分とかそんなんじゃないんだしさ…」

「いいんです…あの人のことは…分かってるつもりですから…」

「シンジ君…?」

あ、あの人って…シンジ君…どうしちゃったの…怖い目にあったからかしら…何処となく人が変わったような気がする…

「で、でもさあ。学校にはいつも通り行けるからね!大変な目にあったんだし、まあ神様がお休みを与えてくれたと思ってさ。ゆっくり身体を休めなさいよ。ね?検査結果が出るまでの間の辛抱だしさ」

ミサトのクロスのペンダントがシンジに視界に入ってきた。

「ミサトさん…」

「ん?どったの?」

ミサトがシンジの顔を覗き込むとシンジの目から涙が溢れていた。

「ちょ、ちょっと…シンジ君…何も泣くことないじゃないのよ!別にみんないじめてるわけじゃないんだから…」

ミサトは慌ててポケットからストライプ柄のハンカチを取り出すとシンジの涙を拭く。

「ち、違うんです…何か急に…その…勝手に涙が…」

「シンジ君…」

「おかしいな…自分でもよく分からないんです…たまに…こういう事があるから…」

本当なんだろうか…僕をエントリーエリアに送り出した後…ミサトさんは…死んじゃうんだ…信じられない…



「生きなさい!しっかり生きて!それから死になさい!」



生きるってどういうことなんだ…人は死ぬために生きるってこと…?気になっていた…あの言葉…どういう意味なのか…死が先なのか、それとも生が先なのか…



「僕にとって生と死は等価なんだよ…後、先は極論…関係の無い話さ…シンジ君…」



だから…僕は君の事…知ってるけど…会ったことは無いんだって…本当に実在する人かどうかも分からない…でも…僕は…君を殺すんだ…



ミサトは涙を拭き終わるとじっとシンジの横顔を見つめていた。

人は臨死体験の様な大きな衝撃を受けると…人が変わった様になる事があるって聞いた事あるけど…何か…よく分からないけど…今までのシンジ君とは何かが違う…そんな気がするわ…

病室のデジタル時計が短い電子音を鳴らす。言葉を失っていた二人は思わず一斉に音の方向を見る。

時計は夜の9時を指していた。

「もう9時か…あたしそろそろ行くわ…明日の11時に保安部にPick Upの車を用意させるからさ。それで一先ずマンションに帰ってなさいよ」

「はい…」

「じゃあね」

ミサトはシンジに別れを告げてそのまま病室を後にしようとした。

「あの…ミサトさん…」

「ん?何?」

「レリエルが…攻めて来る前に…本部から職員の人たちがマンションに来て…アスカの部屋の荷物をまとめて持って行ったんですけど…あれは…何だったんですか?」

「ああ…あれは…」

ミサトは再びパイプ椅子に戻ってきた。

「この事は誰にも言わないで欲しいんだけど…」

「え?」

「約束出来る?」

「は、はい…」

「実はアスカはね…本部に拘留されてるの…」

「ええ!ど、どうして…まさかこの前の作戦の失敗が…」

「いいえ…話せば長くなるけどアスカにはね…スパイ容疑がかかってるの…」

「スパイ…?」

シンジは怪訝な顔つきをする。

「そう…アスカはね…その…ベルリンにいた時にさ…」

「知ってます…加持さんと同棲してたって…アスカ本人から聞いたから…」

「あ、あんたたち…そんな事まで話してるの…?」

ミサトは驚いて思わずシンジの顔をまじまじと見た。ミサトの視線に気が付いたシンジはパッと目をミサトから逸らす。

「その…加持のヤツに日本政府のスパイ容疑がかかったから同居していた事もあるアスカにも同じ様に疑いがかかってるって訳よ…完全な濡れ衣だけどね…」

「そうなんですか…じゃあ…会うのは難しいんですね…」

「そうね…正直簡単ではないわね…」

そうだ!シンちゃんだったら疑われる事なくアスカとちょくちょく会えるかも知れないわ…うまくいけば逃がす算段が打てるかも知れない…とにかく…今は時間が限られている…これに賭けるしかないか…

「もしかしたらさ…あたしよりもシンちゃんの方が会うのは簡単かもしれないわね…試してみる価値はありそうだわ…」

「え…?」

「じゃあ、早速手を打ってみるわ!上手くいけばすぐに会えるかもよ!」

「ちょ、ちょっと…待って下さい…」

「ん?どうしたのよ?」

「その…会って…どうしようかなって…まだ…気持ちの整理も付いてないし…」

「ちょっと…シンジ君…さっき自分から会いたいって言い出したんじゃないの…」

「そうなんですけど…」

ここで怒鳴り散らして無理やりアスカと会わせてもかえって逆効果だし…それに…アスカの様子もちょっとおかしいし…ここは辛抱のしどころね…シンちゃんの心が折れてしまったら全ての目論見が灰燼に帰してしまう…

「わかったわ…じゃあ会いたくなったらあたしに連絡して…必要な手続きはこっちでやるから…」

「すみません…勝手を言って…」

「いいのよ…でも…リミットは1週間よ…それだけは忘れないでね…」

「1週間…?」

「アスカは多分…弐号機を降ろされるわ…下手をすると二度とシンジ君とは会えないかもしれない…」

「…」

「よく考えてね…出来るだけ早く心を決めてね…じゃあ…」

ミサトははやる気持ちを必死に抑えてシンジの病室を後にした。すっかり照明が落された病院は静まり返っていて気味が悪かった。

ミサトのブーツの音だけが廊下に響いている。歩きながらミサトはさっきまでのシンジとのやり取りを咀嚼していた。

そしてはっとした表情すると思わず足を止める。

「あの子…どうして第12使徒の名前がレリエルになったって…何処で知ったのかしら…」

ミサトは遠くに見えるシンジの病室のドアを暗がりから見詰めた。






Ep#07_(6) 完 / つづく


(改定履歴)
23rd Mar, 2009 / 誤字修正
2nd April, 2009 / 誤字修正
10th April, 2009 / ハイパーリンク先の修正
16th April, 2009 / 表現修正
29th May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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