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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第7部 Walls of Jericho エリコ(ジェリコ)の壁


(あらすじ)

シンジは本部の敷地内にある付属病院を一人、誰に見送られるでもなく退院していく。一方、セントラルドグマ内にある自分の研究室でリツコは一人の女性と会っていた。
それは第一中学校の保健室にいた女医、如月だった…二人の接点とは一体何なのか。


(本文)


シンジは本部の敷地内にある付属病院の待合室のソファーに座っていた。シンジ以外に人影は無く外からまばゆいばかりの光が差し込んでいた。

先週、突如第三東京市上空に出現した使徒は国連軍及び国連の特務機関ネルフの共同作戦により殲滅されましたが、その後一週間に渡って第三東京市の40
数%の都市機能が停滞し、国民生活に甚大な影響が及ぼされた問題を受け国民党の足柄幹事長は使徒被害救済法の早期成立を与党自民党に対して強く要求すると共に政府の遅い対応はもはや犯罪に等しいと厳しく批判しました…

待合室には壁掛けテレビから聞こえてくるアナウンサーの抑揚の無い声が響いている。

緊急で行われた世論調査によりますと陸奥内閣の支持率は内閣発足以来最低の4.5%
となりついに歴代内閣の最低支持率を大幅に更新する結果になりました。続いてどの政党を支持しますかという質問に対して、野党国民党が結党以来初めて55ポイントと高い支持を集めた一方で与党自由党は18ポイントとこれも結党以来となる最低の水準を記録しました。続いて明公党の5.6ポイント、社会福祉党の3.1ポイント、共産党の2.8ポイントとなっています…

シンジは腕時計を見ると10時40分を回ったところだった。迎えの車が来る11時までにはまだ少し時間があった。

与野党の膠着状態が続く臨時国会では今日、与党自由党と野党第一党の国民党との間で国対委員長会談が持たれ、与党の使徒被害救済法の修正案を国民党が受け入れる形で纏まり、今週の衆議院本会議で可決されることがほぼ確実な情勢となりました。国民党が過半数を握る参議院では同法案は即日採決される見通しで早ければ来月にも施行されることになります。また与党自由党の今国会の目玉法案である戦略自衛隊基本法の改正案と関連の時限有事法案も大幅に国民党の意見を反映させる形で纏まりつつあり、空転が続いていた臨時国会も会期末を目前にしていよいよ大詰めを迎えることになります。

シンジは自分の横に無造作に置かれていた新東京日日新聞に手を伸ばす。

「今まで…TV欄くらいしか見なかったけど…」

こうして見ると…世の中は驚くほど僕たちに対して批判的だったんだ…何をやってたんだろう…全然気にしてなかった…

昨日、国民党支持者と使徒戦の遺族で作る被害者の会、及びその支援団体のおよそ2
万3千名が第二東京市の新国会議事堂前に集まり抗議集会を開きました。その後、特務機関ネルフ及び国連軍の早期国外移転と衆議院の解散総選挙を求める横断幕を掲げながら市内を行進しました…
次に…昨夜未明にアメリカから国連軍によって空輸されたEva、汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンが国連軍の新横田空軍基地に到着しました…

参号機のことだ…

シンジは新聞から目を上げると正面のテレビの画面を見た。大型の輸送機から降ろされた黒色にカラーリングされたEvaが映し出されている。

新横田基地の周辺は抑止力兵器の持込みに反対する反戦団体や環境保護団体が集まり人間の鎖を作ろうとしましたがそれを制止しようとした長野県警の機動隊と小競り合いになり軽症者5
名と公務執行妨害容疑で3人が逮捕される事態に発展しました。人間の鎖の抗議活動を指導していた長野県の市民団体は逮捕者が出た事に対して警察の取り締まりは極めて過剰で違法な取締りの可能性が高く遺憾というコメントを出しました。これに対して長野県警は取り締まりは次元有事法及びバレンタイン条約の特約条項に基づく適切な処置であると信じているとのコメントを発表しました。この抗議活動を受け政府は日本駐留国連軍及び特務機関ネルフ作戦本部と協議し、機動隊2000名による厳戒態勢を松代市に敷く方向で調整したと能登官房長官が定例の記者会見で明らかにしました…

松代に…参号機が…夢なんかじゃないんだ…このままだったら僕…トウジを…

「でも…一体どうすればいいって言うんだよ…」

シンジは思わず両手で耳を塞いだ。

こわい…堪らなくこわい…僕一人でなんか無理だよ…どうすればいいんだ…

不意に目の前を誰かが横切った様な気がした。

シンジはハッとして顔を上げる。

病院のガラスの自動ドアから差し込む眩い光の中に長い髪の少女が立っていた。逆光で顔は見えなかったが見慣れたシルエットだった。

「ア…アスカ…」

アンタってホント臆病なのね…でも…臆病な人って優しい人が多いの…アンタは飛びっきりの臆病…だから…そんな温かい大きな優しさが好きなの…その優しさはきっとみんなを救う時が来るんだと思う…だから…アタシだけが独り占めしたら駄目なんだよね…多分…

影はくるっと踵を返した様な気がした。

アタシ…短かい間だったけど…アンタのこと忘れない…だから…アタシが生きていて…アンタも無事だったら…この菩提樹の前で落ち合いましょ…アタシは毎日ここに来るから…じゃあね…

「ま、まって…待ってよ…」

まるで光の中に吸い込まれていく様に影はどんどん小さくなっていく。

シンジはまるで夢遊病者の様に光に向かって手を伸ばす。

その時、突然光の中から二つの大きな影が現れてシンジに近づいてきた。

「サード…」

シンジはふと我に返ると保安部の制服を着た20後半に見える男性二人が自分の目の前に立っているのに気が付いた。

あ、あれ…さっき…確かにアスカがいた様な気がしたけど…

「サード。迎えに来たよ。ええっと…葛城作戦課長のお宅まで送ればいいんだよね?」

「あ…は、はい…どうもありがとうございます…」

シンジは寝ぼけた姿を見られたような気恥かしさを感じて慌ててスポーツバッグを手に取った。

保安部員に促されてシンジはワックスでピカピカに磨き上げられた黒塗の車に乗る。

「ご、豪華…ですね…」

シンジの言葉に保安部員たちは思わず顔を見合わせると白い歯を見せて大笑いし始めた。

「そりゃそうさ。なんて言っても君はVIPだからね」

「VIPって…」

シンジが革張りのシートに座りが悪そうに佇んでいると助手席に座った保安部員が意地悪そうな笑顔を向けて来た。

「ふふふ。冗談だよ…そんな大げさなものじゃないけど…司令たちを新横田に迎えに行くついでに君をPick Upしたってわけ…」

「そ、そうだったんですか…」

保安部員たちは愉快そうに笑いながら車を病棟のロータリーから走らせていく。シンジは森に囲まれた二車線の舗装道路を車窓からぼうっと眺めていた。

さっき…聞くタイミングを失っちゃったけど…ミサトさん…課長ってどういうことなんだろ…昨日は何も言ってなかったけど…何となく様子が変だったし…

車はシンジを乗せてジオフロントと地上を結ぶ車両用のエレベーターの入り口に向かっていた。





 
リツコはセントラルドグマにある自分の研究室にいた。

ノックをする音と共にすらっとした長身の女性が入って来た。タイトなスカートと薄いピンクのブラウスを合わせて高いヒールを履いていた。

「入ります。赤木部長」

リツコはラップトップの画面からちらっと声の方に目をやったがすぐに視線を手元に戻した。

「待っていたわよ…入りなさい…」

女は眼鏡を僅かに持ち上げる。

第一中学校の保健室に勤めている如月だった。如月のもう一つの顔、それは技術部所属の第3研究室の責任者であり、マルドゥック機関におけるチルドレン選定の現場責任者であった。

「アスカの様子はその後どうかしら…?」

リツコは如月に席を奨めると鋭い視線を送る。

「はい。慎重にBerlin Redを投与していますから第二記憶層への侵食の問題は今のところ見られません…」

「そう…まずは第一段階クリアと言ったところかしらね?」

「はい。BRT(Berlin Red Treatment)のレベル2まで来ました…」

「計画通りね。まず使徒の襲来に備えてEvaのパイロットの頭数を揃えておく必要がまだあるから…それにしても…」

リツコは大袈裟にため息をついた。

「経歴ファイルと随分性格が違うから初めは本当に戸惑ったわ…精密機械の様に沈着冷静…極めて合理的な判断を行い、感情に左右される事なくミッションを遂行…それがどういう訳か知らないけれど来日して会った時には殆ど普通の女の子だったわ…あの男(加持)が提供した情報で謎が解けたけど…本気でそっくりな人間とすり替えたのかと考えたものよ…どれも同じ人間って…一寸俄かには信じがたいわね」

リツコは椅子の肘掛に片肘を付いて視線だけを如月に向けた。

「その辺りに付いて脳神経の専門家としてあなたの見立てを聞きたいんだけど?」

「私もこのようなケースは初めてですね…ただ…」

「ただ?」

リツコは椅子の上で膝を組み直す。

「アスカの場合はアスカ・ツェッペリンの人格を形成する第一記憶層、そしてその上に形成されたアスカ・ラングレーとしての第二記憶層、これに加えて私たち一般人が記憶を蓄積していく常用記憶層とでも言うべきデータストレージ層、この3層の多重人格層を人工的に形成しています」

「それがある意味で…彼女のアイデンティティ…という訳ね…」

「はい。BRTは恰(あたかも)もアプリケーションソフトの様に別の人格を人間と言うOSの上でそれを駆動させて全く別人を作り出すという…脳神経外科的にまさに画期的な技術です。BRTは人間の記憶層を構造化してそれを部分的に封止することが可能であるため、理論的にはいわゆる記憶操作や擬似的に記憶喪失にさせることが出来ます」

リツコは如月に自分のタバコを勧めた。

如月はリツコからタバコを受け取ると自分のライターで火を着ける。

「見事なものね。自分に都合のいい人格を生み出すんですものね。日本軍の人間兵器とは随分考え方が違うわ。文字通り人造人間を作るという発想はEvaの原型そのものね」

「はい。しかし難しいのは人間である以上、外界からの新たな予期せぬ刺激を受けて時としてその人間兵器が暴走してしまう事です」

リツコが小さく頷く。

「それを防止するための保険としてローレライが存在する。暴走した人間兵器はこれで後腐れなく始末される。まさにBRTとローレライの二つの組み合わせは人間を支配する上で有効」

「はい」

リツコがタバコを咥えると如月がライターの火を差し出した。リツコはタバコの煙を勢いよく吹くと背もたれに身体を預けて如月の顔を見た。

「ところでアスカの場合はなぜ記憶が入れ子になっているのかしらね…」

「そこが最大の問題です。少なくとも私の診断ではアスカの記憶構造は完全封止した筈の第一記憶層と現在の人格である第二記憶層との間に侵食域が見られます。本家本元のズィーベンステルネがBRTを失敗するとは思えませんから…何らかの極めて強い外的ショックによって封止した筈の第一記憶層の壁、ズィーベンステルネはこれを ジェリコの壁 と呼んでいますけど…それが一部崩れてしまった可能性が考えられます」

リツコが荒々しくタバコの灰を書類に半ば埋もれた状態の灰皿に落す。

「存外と弱いのね…ジェリコの壁は…イスラエルの民が契約の箱を担いで7日間城壁の周りを回った後で角笛を吹くと跡形も無く崩れ去ったと言う伝承を地で行くとは…ね…」

「とんでもない!ジェリコの壁を壊すなんて普通では考えられません。封止した記憶層に常用の脳神経が侵入しようとした場合、例えば記憶を呼び起こそうとした場合などですがこのジェリコの壁に阻まれて強烈な頭痛を起こします。日常生活の延長で壁を崩すのは普通の人間には不可能です。恐らく…アスカの場合はEvaとのシンクロが深く関わっているのだと思います」

「Evaとのシンクロ?」

「はい。Evaとパイロットの神経接続中に…例えばEva側からの干渉やEvaが受けた精神への干渉がパイロットに及んだ場合、記憶層は封止しているとは言え、完全に脳神経的に隔離されているわけではありませんので…」

「つまりEva側からの作用がジェリコの壁を崩す角笛の様な役割を果たす…てことかしらね…」

「恐らくは…」

リツコは如月の言葉に思案顔になる。

「なるほど…ということは…第三支部時代に何らかの事があって…それが元で第一記憶層に侵食していないと理屈に合わないわね…」

アスカの第三支部時代を徹底的に洗い出す必要があるわね…

「あの、今後の処置の方針としては…」

「確か…前に一度あなたに聞いたことがあったけど一度崩れてしまったジェリコの壁を再構築することは難しいんでしょ?」

「はい。不可能ではありませんが非常に危険です。処置を施した記憶層を完全に潰してしまう可能性もあります」

「下手に潰してしまって白痴の様になってしまっても困りものだしね…」

「現在でもかなりのリスクを取っています。同じ個体に複数回のBRTは流石に例がありませんし…」

如月が書類に埋まった灰皿を取り出すとタバコを押し付けた。

「仕方が無いわね…引き続きBRTで第二記憶層の封止に努めて頂戴。何があったか知らないけど第二記憶層にA10神経のノイズになる原因がある以上、これを封止することでEvaとのシンクロ率をキープする必要がある」

如月は無言で頷く。

あの子を学校の保健室で介抱した事があったけど…第二記憶層を封止するとあの時、うわ言で言っていた「シンジ」っていう子の事も忘れてしまうかもしれない…ちょっと可哀想だけど第二記憶層にA10神経のノイズ原因がある以上…避けて通れないか…

「ところで…フィフスチルドレンのことだけど…」

「は、はい」

如月は不意にリツコに声をかけられてふと我に返る。

「その点についてはお詫びします…残念ながらコード707からの選任は不可能でした…その替わりにマリを招聘…」

「それには及ばないわ…」

「え…ですが…」

「第一にまだその時期にはないし…それに…」

リツコはため息を小さくつく。

「今回は…委員会に押し切られたわ…」

「では…チャイルドから…受け入れを…?」

如月は眉間に深い皺を寄せる。

「その通りよ…残念ながら…ね…」

「そうですか…申し訳ありません…コード707にこだわり過ぎて少々時間を取り過ぎました…それでは直ちにマルドゥックの707ポートを閉じます」

「謝る必要は無いわよ…他にも事情があったみたいだから…あなただけの責任ではないわ…そんな事よりも今日はその707ポートについて折り入って指示があるの…」

「何でしょうか?」

如月は思わず身震いした。リツコの目があまりに冷たかったからだ。

「707ポートをそのまま放置して…あたかもフィフスの選定がまだ進められている様に装って欲しいの…」

「え?707ポートをそのままですか?しかし…ポートを開けておくとマルドゥックのセキュリティーホールになってしまって  マクスウェルの悪魔 (マルドゥックの特殊ファイアウォールプログラムのコードネーム)の構造を外部からプロファイルされ易くなってしまいますが…」

如月はリツコの意外な指示の内容に驚きの表情を浮かべていた。

「今、そのマクスウェルを覗かれてもいい様に疑似空間を形成しているわ。すなわち…マルドゥックに入り込もうとする愚か者がいるとすれば…そこに飛び込んでしまうってわけ」

「飛んで火に入る夏の虫…ってことですか…」

リツコは無表情のままで頷いた。如月は思わず息を呑む。

分かっていたつもりだったけど…恐ろしい…マクスウェルの悪魔が侵入者を未だに許していないのは…侵入者が逆に自分自身をプロファイルされている事に気がつかないから…外から見るパラドックスに気を取られているうちに全てを失う…命さえも…

「分かりました…それでは私の方はせいぜい囮に努めます…」

「よろしく頼むわ…でも…くれぐれも芝居が過ぎて気取られない様に…このチャンスはネズミを徹底的に駆除する上でフル活用するつもりだから…」

「この機会に全ての懸念を…念には念を…ですね」

「頼んだわよ…」

如月はリツコに一礼すると研究室を後にした。

如月の後姿を見送ったリツコはフィルターだけになったタバコを灰皿に投げ入れる。ふと顔を上げると自分のラップトップの横にある一枚の写真が目に付いた。

古ぼけた写真には河口湖の湖畔でリツコ、ミサト、そして加持の3人の笑顔が写っている。

「ゾルゲは…日本で二度死ぬのよ…」

リツコは写真をフォトフレームごとゴミ箱に押し込んだ。





Ep#07_(7) 完 / つづく





(改定履歴)
1st Apr, 2009 / 誤字及び表現の修正。
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