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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第16部 hail of bullets in the rain 鉄の雨、赤い涙 (Part-1)


(あらすじ)
加持の話にシンジは涙した。そしてシンジは重々しく口を開き、レリエルに取り込まれたときの自分の体験を明かした。シンジの口から漏れる突飛な話に加持は思わず眉を顰める。
「信じられませんよね…こんなバカみたいな話…」
「いや、違うな…信じようとしなければ何も変りはしない…人から信じられようとするんじゃない…自分が自分を信じること…これが一番大切なことなのさ…」
加持とシンジは松代市の地下に張り巡らされた旧日本軍の「松代大本営跡」に向かう。そしてそれは…かつての国立新技術創造研究所に通じていた。一方、地上のミサトには絶体絶命の危機が迫りつつあった…

(本文)


加持とシンジは松代駅から歩いて30分のところにある築30年はゆうに超えている木造の一軒家の前にいた。

松代駅から長野方面に向かって市街地が形成されている松代市だが一度それ以外の方向に外れるとすぐに街の郊外の様な長閑な風景が広がる。

加持が定宿に使うと言っていた知り合いの家は周囲を田園に囲まれた静かな集落の中にあった。すぐ向こうにはノロシ山や大嶺山が見える。

「ここだ」

「ああ…やっと着いた…」

シンジは加持から履くように言われたミュールを脱いで足を摩る。さすがに女物の靴はシンジにもきつかったらしい。

加持が呼び鈴を鳴らすと暫くして40を過ぎたほっそりとした体型の中年の女性が出てきた。ピンクのジャージの上下を着ていたがどことなく農業を営んでいるようには見えない。

「あら、いらっしゃい。遅かったじゃないの。この子は?」

女性は加持に素っ気無く話しかけるとシンジに鋭い視線を送って来た。加持は頭を掻くとシンジを玄関に招き入れた。

「ちょっと野暮用があったもんで…」

「ほお、あんたの野暮用っていえばナンパくらいしか思いつかないけどさ…まさか…こんな中学生にまで手を出すとはね…」

どこに行っても同じ様な事を言われる加持が滑稽に思えたシンジは手に口を当てて笑いを噛み殺す。自分が女装していることを意識しているわけではなくシンジは普段からシャイな笑い方をした。

それが余計にシンジを女の子に見せていた。

「相変わらずキツイっすね、
サツキさん…参ったな…」

加持がお手上げとばかりに両手を頭の上に乗せる。

「おっと、紹介が遅れたけどこの子はサードチルドレンの碇シンジ君だ。碇ゲンドウの一人息子さ…」

そういうと加持はいきなりシンジのカツラを取る。

「ええ!嘘だろ?お、男の子だったなんて…」

サツキと言われた女性は驚いて思わずまじまじとシンジの顔を覗き込む。

「ああ、そうだよ…見事な変装だろ?」

サツキは暫く戸惑ったような表情をしていたが二人を奥に招き入れた。

「どうでもいいけどさ…あんた…どういうつもりだい?」

サツキはあちこち破れた襖を荒々しく開けると二人を座敷に通した。古い蛍光灯の明りに照らされた室内は古い旅館の様な佇まいだった。

「何がですか?」

「何がじゃないよ…全く…ここに部外者を連れてくるなんてどういうつもりだよ…」

サツキはシンジの顔をちらっと見ると両手を腰に当てて加持を睨む。加持はサツキの詰問に飄々とした表情で答える。

「まあまあ…シンジ君は俺達の仲間…みたいなもんなんでね…」

「仲間みたいなものって…何だいそれ…」

「おう!蝙蝠(こうもり)じゃねえか!」

こ、蝙蝠…?

シンジが驚いて振り向くと二人の後ろからランニングシャツにステテコ姿の中年男性がいきなり現れて加持と握手する。筋骨逞しいアスリートの様な体格をしていた。

中野さん!どうもお久し振りです」

加持も笑顔で応じていた。

中野と呼ばれた中年男性は人懐っこそうな笑顔でシンジの方を見る。シンジは突然の事でどう自分が行動したものか迷っていた。

「この子が碇シンジ君、ネルフのサードチルドレンさ…」

加持が戸惑っているシンジに替わって中野に紹介する。

「碇…するとこの子があのファラオの…そうか…あんな小さな男の子だったのにこんなに大きくなって…」

中野もサツキと同様に驚いていたが感慨深そうな雰囲気を漂わせていた。

ぼ、僕の小さい時を知ってるのか…?!このオジサン…こんな外れに僕…来たこと無いのに…誰なんだ…この人たち一体…でも…とりあえず挨拶しないのは失礼かな…

「こ、こんばんは…碇シンジです…」

シンジは戸惑いつつもおずおずと中野とサツキに挨拶した。

「宜しくな!シンジ君!ところでこれからどうするつもりだ?サツキさんの声が聞こえたけど…」

中野の口ぶりから察してこの二人は夫婦ではないらしい事がシンジにも何となく分かった。

ファラオって…何なんだ…それにどうしてこの人たちは僕の事や父さんを知ってるんだ…

「シンジ君は今夜、どうしても参号機のところに行きたいらしいんだ…俺もついでがあるから連れて行ってやろうと思ってね。な?」

加持がシンジの肩に腕を回すと悪戯っぽく笑う。

「は、はい…」

中野とサツキは半ば呆れ顔で加持とシンジを交互に見ていた。
 






「それじゃ…加持さんはやっぱり…」

シンジは加持からアスカのドイツ時代の話を聞いて涙を流していたが、話が加持の「ネルフ追放」の経緯に及び涙を拭って少し詰(なじ)るように正面に座る加持を見た。

「まあ…スパイと言われても否定はしない…だが俺達の目的はあくまでTIP(サードインパクト)を未然に防ぐ事にある…ある意味でネルフと同じ仲間なわけさ」

「ある意味でな…」

中野はちゃぶ台の上に置かれている麦茶を一気に飲み干すと忙しく団扇で扇ぎ始めた。加持がチラッと横目で中野の様子を伺うとすぐに視線をシンジに戻す。

「シンジ君にはまだ難しいだろうが日本政府と言っても二つの大きなグループが存在してるんだよ…」

「二つのグループ…ですか…?」

灰皿が中央に置かれているが誰も吸う様子を見せない。

「そうだ…国連を軸にして人類同士がお互いに助け合って生きていく事を目指すグループと日本が主導権を握って世界を牛耳ってしまおうとするグループってところかな…」

「それが自由党と国民党って事になるんでしょうか?」

シンジの言葉を聞いて加持と中野は顔を見合わせると笑い声を上げる。

「まあ当たらずとも遠からずってところだな。でも少し違うな。シンジ君、君も大人になると分かるがそんなに大人の世界というのは簡単に白黒つかないものでね。だからネルフを取り巻く事情も複雑になるし…」

加持はシンジに麦茶を勧めるとガラスのコップを手に取った。

「君のお父さんの仕事も万人には理解できない部分が出てきてしまうんだよ」

「父さんの…」

「さてと…そろそろ動きが出る頃だな…」

中野が腰を上げると座敷の襖を開ける。

一番奥まった仏間と思しき部屋は薄暗かったが和室には不似合いな最新鋭のコンピューターや計器類が所狭しと並んでいるのが見えた。正面の大きなモニターの前に座布団を敷いてサツキが座っていた。

中野は座布団を片手に部屋の中に入ると通信機の様な装置の前に座る。加持とシンジも中野の後について部屋に入る。

シンジは静かに襖を閉めた。

「あの…ここは…」

「内務省特報局の松代オペレーションセンター…ずっとここで第二実験場を監視し続けていた…まだネルフも発足していない頃からずっとさ…かつて国立新技術創造研究所と呼ばれていた頃からね…」

加持がシンジを振り返ることなく答える。

「国立…新技術創造研究所…」

「ああ…君のお祖父さんが研究所の創始者であり…更にその前身組織の責任者でもあったんだよ…」

「え?ぼ、僕のお祖父さんですか?」

シンジは自分も知らない様な話が飛び出てきて驚きを隠せなかった。

何なんだろう…一体…この雰囲気…まるでここで聞く話が僕の頭の上をまるで素通りするみたいに…気持ちが悪い…

「六分儀ゲンジは特殊S2理論という概念を提唱した初めての人だった。これは言ってみれば
電磁誘導という物理現象を応用したもので、ある特殊な条件化でのみ高効率で動作するという…まあ恐ろしく燃費のいいエンジンを作る画期的な理論なんだよ。電磁誘導自体は日本では結構昔から研究されていて理化学研究所の長岡半太郎博士という人の時代から世界に誇るべき水準にあったのさ」

中野が計器を操作しながら話す。

「特殊S2理論の本質は一見して
永久機関かと見紛うほどの超高効率動力ということであってやはり厳密には永久機関ではない。これがEvaの動力機関として搭載されている。物理的に完全に閉じられた系、言い換えれば外部から新たなエネルギーが与えられない場合は科学の世界では永久機関は存在し得ないんだよ」

レシーバーを中野が付けて作業を始めるとその後を受けるかのように加持が口を開いた。

「問題なのはこの超効率動力が動作するために与えられる前提条件の方さ。まあ制約条件と言ってもいいが、これが少なくなればなるほど人間はその恩恵に与(あずか)る事になる。この考え方をS2理論の一般化といい、その研究によってS2理論を事実上完成させたといわれているのが葛城ヒデアキ博士…」

「葛城って…もしかしてミサトさんの…」

「まあ…想像の通りだよ…葛城のヤツのお父さんだ…セカンドインパクトの発生した南極で亡くなったが…国立新技術創造研究所の職員だった人だ…六分儀ゲンジの弟子であり、碇ゲンドウの先輩でもあった…」

加持は少しバツの悪そうな顔をした。

「おい…加持…まずいぞ…」

「どうしたんですか?中野さん」

「一色連山(内閣官房副長官の川内の別名)から緊急暗号だ。衆院が今夜…解散するかも知れん…」

それを聞いた加持の顔が一瞬曇る。

「衆院が…そうですか…」

中野がレシーバーを外して加持の顔を見上げた。

「ここまで準備をしてきたが…政権が持たないとなるとA645の発令は難しくなる…こんな状態でマクスウェルに入り込んでも意味が無い…危険を冒すだけバカだぞ…」

「そうですね…」

サツキが不安そうに二人のやり取りを横目で見ている。中野はいきなり立ち上がると加持の肩に手を置く。

「仕方が無い…ここはミッションを中止した方がいい…また再起を図ればいいだろう…今まで我慢したんだ…それが少々伸びたところで…」

「いや…俺はやりますよ…中野さん」

「何だって?」

「む、無茶だよ!加持!いくらなんでも!中野ちゃんの言う通りだよ。政権が持たないのにどうしてそんな危険を冒すのさ」

サツキも思わず立ち上がる。

一体…何を話してるんだろう…

急に訪れた緊迫した雰囲気にシンジはたじろいでいたがどちらかというと初めて聞いた祖父の話が気にかかっていた。

シンジを置き去りにして内務省の大人達は深刻さを増して言った。

「失敗するつもりはありませんよ…ポート707を開くために…俺は悪魔に魂を売り渡したんだ…その事実は消せないし…幾ら言い訳をしても済む話じゃない…そこまで覚悟を決めた俺がここで尻尾を巻いて逃げてしまっては生きている意味が無い…」

「お前がここまでよくやったのはみんな知ってる…」

「人がどう思うかが問題なんじゃない…俺自身の…俺の魂の問題なんですよ…」

「加持…落ち着いて聞いてくれ…お前は…多分…あの子の事に拘ってるんだろうが別に犠牲にしようとした訳じゃないだろ?お前なりに農園まで準備をして匿うつもりだった…相手の方が一枚上手だっただけでお前の責任じゃない…」

「そうやって…7年前も俺たちは誤魔化してきた…」

加持の刺す様な言葉に中野が決まり悪そうにスポーツ刈りの短い頭を撫でていた。

「加持…那智さんのことは…諜報活動には残念だが犠牲は付き物だ…それを言い出せばきりがない…受け入れ難い死を受け入れる…それが諜報機関の人間の初歩じゃないか?」

「そうだよ、加持…あんたらしくないよ…この状況を冷静に考えてみなよ…」

サツキが加持の腕を掴んでいた。

「静かなる者の政策が潰えたとしても…マクスウェルを破れば…全てが手に入る…そうすれば人類の相互補完の道だって究極には図れる…それに…こんなチャンスはもう巡ってこないかもしれない…TIPも防げなくなるかもしれない…俺はやりますよ…今日を逃せば一生後悔します」

加持のこの一言に流石に中野もサツキも言葉がなかった。

「じゃあ…そろそろ行こうか…シンジ君…」

「加持!」

サツキを手で中野は制すると加持を見た。

「お前の気持ちは分かった…ミッション開始だ…俺たちもお前に付き合う…これがキーだ…」

中野は加持にカードキーを手渡すとそのまま別れを惜しむように加持の手を無言のうちに握っていた。

シンジは加持に促されて部屋を後にする。
加持は台所に入ると床下収納庫の蓋を開けて収納庫のプラスティックケースを持ち上げた。シンジが覗き込むとそこには金属製の重厚な金庫の様な扉があった。

加持が中野から受け取ったカードキーを差し込んで扉に付いている10キーで数字を打ち込む。古びた木造の台所に似つかわしくない無機質な電子音が響く。

遠慮がちにシンジは加持の背中に声をかける。

「あの…加持さん…これから何処に行くんですか?」

「本物の
松代大本営に向かうのさ」

「本物の…松代大本営?」

「第二次世界大戦末期に本土決戦に備えて松代の象山、舞鶴山、皆神山に要塞を造って首都機能を移転させる計画があった。もっとも完成よりも早く終戦を迎えて工事は途中で中止された訳だが実は世間で認識されている以上に更に地下通路が無数に張り巡らされているんだ。それを知っているのは政府機関の中でも内務省だけだ」

コォーン

まるでお寺の鐘をついた様な音がして扉が開いた。

「この中を通ってネルフの第二実験場に向かうんだよ」

「ええ!こ、ここから行けるんですか?!」

加持は床下収納庫の手前で片膝をついて悪戯っぽく笑う。

「そうだよ。この地下通路はネルフの実験場の地下と繋がってるんだ。苦労せずに潜入出来るってわけさ」

シンジは肩透かしを食った様な複雑な気持ちになる。

「だから言ったろ?宿に入った方がいいって。ははは」

恐る恐る覗いているシンジの様子を加持は凝視していた。
 
シンジ君…君には分からないだろうな…何故、旧日本軍の松代大本営と君のお祖父さんが設立した国立新技術創造研究所が繋がっているのか…





シンジと加持はサツキが用意したまるで特殊部隊の様な全身黒色の服に着替える。そして黒いブーツを履くとそれぞれが黒いリュックを背負った。

武器は加持だけが所持していた。

「なかなか似合うじゃ無いか、シンジ君」

「…そ、そうですか…?」

シンジは緊張していた。

「気を付けるんだよ…二人とも…」

サツキが心配そうに二人を見詰めている。

「は、はい…どうも…色々お騒がせしました…」

シンジの言葉にサツキは僅かに微笑むとキッと後ろに立っている加持の方を見る。

「加持、そのイヤホン型レシーバーの感度はどうだい?」

「ああ…絶好調だ…」

「地下道に入ったらもう一度テストするんだよ。地上ではかなり緊張が高まってるし、衆院の状況も予断を許さないから逐一情報は伝えるよ。ロストするんじゃないよ」

「了解…ドンパチが始まる前に実験場には入れるだろう…」

「そう願いたいね…戦自は多分…衆院解散と同時に仕掛けてくると思う…やつらにその意思があればだけどさ…」

「なるほど…戦自基本法と日本国修正憲法における政治空白時の統帥権規定の不備を付く気だな…やつらが考えそうな事だな…」

加持が忌々しそうに顔をしかめる。

「それじゃ、敵に探知されると面倒だからあんたの位置は常時モニターはしないよ。死ぬ間際に死んだって信号は送りなよ、一応…ネズミに食い散らかされる前に回収できればいいけど…まあ万が一の時には骨くらいは拾ってやるよ、多分だけど…」

「分かってますよ…サツキさん…出かけ前にそんな話をするからシンジ君の顔が引きつってきてるじゃないですか…」

「ああ、ごめんごめん。それじゃ頑張りなよ」

加持が先に梯子を下り、それを見届けてシンジが同様に地下に降りる。


バーン


二人が地下道に降り立ったと同時に扉が閉められるのが見えた。

肩に付いている小型マグライトをつけると二人はどちらからとも無く歩き始めた。暫くの間二人は無言で洞窟の様な地下通路を歩いていた。

「あの…加持さん…」

「何だい?」

「僕にはあまり難しい事はわかりませんけど…その…マクスウェルの何とかっていうのをクリアっていうのか、攻略すると全てが手に入るって言ってましたけど…何が分かるんですか?」

「文字通り全てさ…マクスウェルの悪魔はマルドゥック機関という実態の無い組織…いや…それ自身が有機的なファイアーウォールになっているんだが、まあ一種のセキュリティープログラムの事さ…こいつを破れば理論的にはMAGIのOSを構築するソースコードも手に入れることが出来る。つまりネルフ内にある情報全てを手に入れる事に繋がるんだよ…」

「何故…加持さんはネルフの中にある全てを手に入れようとしてるんですか…それも…危険を冒してまで…」

加持は歩きながら自分の隣を歩いているシンジの横顔を見た。ライトに照らされたシンジの顔はいつに無く逞しく見えた。

ようやく…男の子の顔になってきたのかな…少なくとも空母でであった頃よりは…

「また好奇心だというと怒られるのかな…?」

「当たり前ですよ…」

ジロッとシンジが加持を横目で睨む。

「ははは。そうだな…人類を救うなんてカッコいい事を言うつもりは無いさ…ただ…サードインパクトは防がないといけない…何故なら…そこに俺たちの幸せというか、希望は無い、そんな気がするからさ…夢や希望というものは人から決して与えられるようなものじゃない…自分自身が手に入れるもの…この手でね…そう信じているんだ…」

「でも…自分がそう考えていても人を傷つけてしまうかもしれないし…傷つくかもしれないじゃないですか…」

加持さんの気持ちは分からなくはないけど…加持さんが死んだら…ミサトさんやアスカはやっぱり…悲しむだろう…それを敢えてしないといけないのか…

「そうだな…人は弱い生き物だ…自分が傷つくのを恐れるのは何も君だけじゃない…人はみんな同じさ…だが自分の弱さを恐れるだけじゃ…進歩は無い…勿論、進歩が必ずしもいつも正しいとはいえない…だが…限界や壁、心の防護壁とでも言おうか、そういうものは必ず自分から作り出している…それを作って自分だけの世界に閉じこもったところで何も変わりはしない…人間は獲得した結果生まれた存在でもあるからね…獲得とは外からえる事を意味する…当然に自分以外の存在との摩擦の結果生まれるもの…それが自分自身という存在さ…」

確かに加持さんが言うとおり…逃げていれば人も自分も傷つかないかもしれないけど…何も変わらないというのも事実…人は何かを変えようとする時…敢えてそれをしないといけない…ということか…

加持は迷うことなく暗闇の地下通路をするすると歩いていく。シンジは自分が歩いて来た道はおろか、この地下通路がどうなっているのか想像も付かなかった。

一つ確実にいえる事は加持から逸れると二進も三進も行かない状態になるということだった。

「聖書によればアダムの妻、エヴァは蛇(この蛇はサタン、堕天使ルキフェルの化身とも言われている)に騙されて神から禁じられていたエデンの園にある知恵の実を口にしてしまった。アダムとエヴァはその罪により楽園を終われた。動機はともかくとして人が初めて外から獲得したものは「知恵」だったわけだ。同時に人は「死」の宿命を背負ってしまったが「知恵」は脈々と引き継がれていくことで進化(深化)していった。未来は”希望”とも言う」

「希望…」

「そうだ。つまりヒトという存在は弱く儚いが「生命として発展」していく、未来という「希望」をもつ存在になっていった。だがジレンマとして負わされた「死」の宿命からも逃れたいという衝動にも駆られた。二者択一のところを両取りしたいというのは全く不遜という他無いが、悲しいかなそれもまた人の弱さでもあるわけだ。一寸、逆説的だがヒトが手にしたものが知恵の実ではなく不老不死の象徴である生命の樹だったとしたらどうなるか…死なない訳だからな…新しく生まれる必要も無い…恐らく…生命としての進歩は無く、単体で自己完結する存在になるんだろうな…」

「自己完結…ですか…」

「ああ…まるで使徒の様にね…」

「使徒…」

「生命として…いや…魂とその入れ物としてみた場合の使徒は全く完成している…とも言える…」

使徒…得体の知れない人類の敵…僕がその中で見たものに…一体、どんな意味があるというんだろうか…

「あの…こんな事を急に言っても信じてもらえないかもしれませんけど…」

加持は再びシンジの横顔を見た。シンジは意を決したかのように加持を見ていた。

「僕…レリエルの中に沈んでしまった時…その中で…もう一人の自分に出会ったんです…」

「もう一人の自分?」

「ええ…もう一人の僕は2016年3月27日から来たと言っていました…」

「2016年3月27日…」

一体…何の意味があるんだ…しかし…偶然にしては出来過ぎている…静かなる者の政策でValentine Coucil特権の凍結は2016年3月31日までだ…そ、そうか…

「知ってるんですか?」

「全くの偶然かもしれないから確信は無いが…その日はキリスト教における復活祭だ…すなわち…人々の罪を償い神の子イエス・キリストが処刑された日から3日後…神なる子がロンギヌスの槍に貫かれた後で死を克服して復活した日に当たる…」

「その日にもう一人の僕はサードインパクトが人によって起こされたと言っていました」

加持はあまりに突飛なシンジの言葉に思わず眉を顰めていた。加持の表情を見ていたシンジは小さくため息をつく。

「やっぱり…信じられませんよね…こんなバカみたいな話…」

「いや、違うな…信じようとしなければ何も変りはしない…人から信じられようとするんじゃない…自分が自分を信じること…これが一番大切なことなのさ…」

だが…夢物語で単純に片付ける訳にはいかない…俺は咄嗟にリニアでシンジ君に出会った時に葛城に何かを頼まれて来たのかと思って鎌をかけたが「お使いじゃない」とシンジ君は言った…

考えてみれば…一方で友達を連れ戻しに来たのかと言っては見たものの…タイミング的に入院していたシンジ君が友達が第四の適格者という事実に触れるチャンスは無い…なのに彼はそれを知っていて…いや…知っていながらこうして参号機を目指している…彼は既に普通では説明の付かない行動を取っている…

「シンジ君…よかったら君が何をそこで見たのか…話してくれないか?」

シンジを見る加持の目は鋭さを増していた。




Ep#07_(16) 完 / つづく
 
 

(改定履歴)
29th April, 2009 / 誤字修正、表現修正、リンク切れ修正
7th June, 2009 / 誤字修正
16th Aug, 2009 / 表現修正
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