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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第15部 The declaration of the war 宣戦布告


(あらすじ)

零号機が河口湖湖畔から甲府市を目指している頃、空輸途中の弐号機はその行く手を戦略自衛隊と国連軍の攻撃ヘリAH-64アパッチ編隊に阻まれていた。一発触発の雰囲気の中、突然、弐号機がフックアップされた状態で手に持っていたマシンガンの安全装置を外して銃を構えた。固唾を呑んで見守るミサトたち。そしてアスカは…

Ride of the Valkyries

 
(本文)


新横田基地の滑走路に大型輸送機An-225が次々に着陸していた。

新横田の片隅に置かれている参号機(ダミー)を基地の外から見張り続けていたマスコミ各社は突然の来訪者の方に一斉にカメラを向ける。

着陸したAn225から戦車が次々と姿を表していた。

「おい…嘘だろ…レオパルドXX(ダブルエックス)じゃないか!」

超望遠レンズの付いたカメラで狙っていた一人のカメラマンが驚きの声を上げる。

「な、なんだそりゃ…」

レオパルドXXは戦自の百式戦車と同じ第4世代の戦車であり、NATO陸軍の主力であるドイツ製戦車のレオパルド2の後継機だった。

レオパルド2は湾岸戦争で世界最高水準と評価された第三世代アメリカ軍主力戦車M1エイブラムスに匹敵すると言われていた。レオパルド2がその高い潜在能力を世界に示したのは皮肉にも自国民同士の戦いになったセカンドインパクト後の内戦だった。

「血の日曜日」と呼ばれるハンブルク市街戦を皮切りに各地のネオナチ武装蜂起にドイツ連邦陸軍主力として転戦し、最大規模の戦禍になったドレスデン攻防戦で武名を上げていた。

ドイツ連邦陸軍はこれらの戦いでネオナチ勢力の一掃に成功したもののRPG-7などの携帯対戦車擲弾による甚大な被害も同時に経験した。

この教訓はValentine条約批准後に創設された国連軍において重要課題となり第4世代戦車開発における主要テーマになっていた。

それをいち早く改良したレオパルドXXは世界最強の呼び声が高かく、そして実際にこれまで無数の紛争地域に投入されて一台も損失することなくゲリラを壊滅させてきた実績があり文字通り無敵を誇っていた。

同じ第4世代の百式戦車と大きく違うところは百式の砲口径が120mmであるのに対してレオパルドXXは不可能と言われた145mm砲を搭載して世界最大口径を有することと、更に、詳細は不明だが某所の特殊装甲と同じ技術が使われているという噂も流れていた。

このレオパルドXX戦車による機甲部隊を世界で唯一運用しているのが国連軍最精鋭部隊「ゴールデンイーグル」だった。

An225のタラップから一人の長身の男が降りてきた。

レオパルドXXの行列を縫うようにして一台の軍用ジープが男の前に止まる。ジープから恰幅のいい白髪の典型的なアメリカ人という風体をしたマクダウェル少将が降り立つと直立不動で敬礼する。

「お待ちしておりました!サー・シュワルツェンベック中将!てっきりご到着は明日かと思っておりましたが…」

「出迎えご苦労、少将…」

国連軍特殊機甲師団第2軍団長サー・ハインリッヒ・シュワルツェンベック中将は静かに返礼する。軍人にしては珍しく肩まで金髪を伸ばしていた。

ドイツ連邦陸軍から本国のValentine条約批准に伴って国連軍に転属、まだ36歳と聞いていたが異例のスピードで中将にまで進級していた。

ネオナチ掃討作戦において吹き荒れる雪原の敵陣をまるで無人の野の如く機甲部隊を率いて駆け抜けて行く姿は敵味方なく恐れられ、特に2人に1人が戦死したと言われるドレスデン攻防戦で抜群の戦功を立てた彼に与えられた異名が「Blond Fenrir wolf(金色のフェンリル)」だった。

歴戦の猛者が揃うゴールデンイーグルにおいて異名を取るのは彼を含めて僅かに5人でその中の一人に「女Thor(女雷神)」と呼ばれるミサトがいた。

この後、いち早く治安を回復したドイツは欧州戦線において正規軍の中核を成し、セカンドインパクトのどさくさで英国領のフォークランドを不法占拠したアルゼンチン軍を電撃作戦で一夜のうちに駆逐した彼は英国女王から「Sir」の称号を贈られていた。

「それにしても…中将もお忙しいですな?スーダン、アフガンと続いて今度は日本とは…」

「意外とアフガンの反国連組織の攻勢が散発的でね…わざわざ我々が出向くまでもなかった…折角近くまで来たものだからね…久し振りにミサトに会いに来たという訳だ…」

シュワルツェンベックはマクダウェルの言葉に素っ気無かった。

マクダウェルの顔にお追従の色を見たからなのか、それとも簡単に戦いが終わった事がつまらなかったのか、整った顔からは全く推し量る事が出来なかった。

「そうでしたか…MATSUSHITAはご存知ですかな?カーネル(国連陸軍大佐。ここではミサトの事を指す)は今、そこでNv89を発動して作戦を展開中で…」

それを聞いたシュワルツェンベックはじろっとマクダウェルを見る。鋭い眼光に思わずマクダウェルはたじろいだ。

「少将…間違うな。MATSUSHIRO(松代)だ。松本の北、長野市と松代町が一緒になって出来たのが今の松代市だ。かつてFürst KENSHIN(謙信公)とFürst SHINGEN(信玄公)が戦った古戦場の近くでもある」

上杉謙信武田信玄の名を上げるとシュワルツェンベックは北の方角を見て目を細める。何やら思いを馳せている様な雰囲気だった。

「…し、失礼致しました!しかし、それにしても中将は日本の事情にお詳しいですな?」

「我が軍の軍団旗はFürinkazan(風林火山)なのだ」

「Fu…失礼ながら…それは何語ですか?」

「Let your rapidity be that of the wind, your compactness that of the forest. In raiding and plundering be like fire, be immovable like a mountain.(疾き事風の如く、静かなる事林の如く、侵略する事火の如く、動かざる事山の如し) 軍人ならば謙信公、信玄公に最上級の敬意を払わねばならない。少将、君も覚えて置き給え」

謙信と信玄、松下と松代の区別も殆ど付かず、また付ける気も全くない典型的なこのアメリカ親父はシュワルツェンベックがその風貌からは想像出来ないほど知日派である事に単純に驚いていた。

「は、はあ…お教え深謝致します…ま、まあ…立ち話も何ですので…どうぞ、この車で司令部までお送り致します」

「無用だ、少将」

「え?し、しかし…ここから司令部まではかなり距離が…」

「私は常に部隊と行動を共にしている。移動ならばこのXXがあれば十分だ」

マクダウェルが口を開いて何事かを言おうとした瞬間、シュワルツェンベックはいきなり横を走っていたレオパルドXXに飛び乗るとそのまま走り去っていく。

呆然と対使徒戦日本派遣軍総司令官はその後姿を見送っていた。

「あれが…太陽をも呑み込むといわれるフェンリルの化身…か…全く…この俺がビビッちまうとはな…」

マクダウェル少将は無意識のうちにルイジアナ訛りで呟いていた。
 






零号機が甲府市の南側G456(笛吹市郊外)を目指してルートD102(国道138号線)を北上して河口湖に迫った時、遥か頭上を哨戒機が飛行しているのが見えた。

目の前に黒岳が見えるがEvaで直進するのは造作もない事だった。レイが引き連れている後方支援部隊はD103(国道137号線)を通るしかない。その間は内部電源で行動する事になる。

「ファースト。こちら第1補給隊。聞こえるか?」

「はい…」

「我々は予定通りD103を北上してG456に向かう。いつでも(アンビリカル)ケーブルを着脱してくれ」

「了解…」

バシュッ!

アンビリカルケーブルが零号機の背中から外れる。

レイは替わりに輸送トラックの台車の上にある野戦用予備エネルギーパックを掴むと弾薬カートリッジの様に左右の腰に装着した。2tトラックよりも少し長いくらいの長さだった。

レイは深呼吸を一つすると黒岳に向かって進み始めた。ここからは時間との戦いになる。

パイロットにとってアンビリカルケーブルを外す事は極度の緊張を強いられる行為だった。命綱を自ら外すことに等しいため並みの精神力ではとても平静ではいられない。

レイは一歩を踏み出した。第1補給隊と再び合流するまで内部電源と左右に吊るしてあるエネルギーパックだけが頼りだった。

レイはバズーカ砲を肩に担いで慎重に一歩、また一歩と闇の中を歩いて行った。
 





松代にある特務機関ネルフ付属第二実験場は広大な造成地の上にあり、かつて国立新技術創造研究所と呼ばれていた地上3階地下5階の白亜の本部棟と新たに建てられた体育館がある以外に建物らしきものはなく、殆ど山間部に建てられた病院か学校の様な佇まいだった。

ネルフ職員の研修センターも兼ねているため住環境は悪くなかったが、拠点防衛の観点ではこの上なく最悪の条件だった。

ネルフ作戦部で編成した第1、第4、第5部隊は総動員で実験場の周りに塹壕を作り、土塁を積んで即席の陣地を建設していたが要塞化とは程遠い状態だった。

大型輸送ヘリから同じ敷地内にあるヘリポートに降り立つとミサトの顔は益々険しさを増す。

参号機が縦型射出カタパルトに直立の状態で設置されている以外に兵器と呼べそうな重火器類はおろか装甲車一台なかった。

車といえば軍用トラック、ジープ、そして唯一戦力になりそうなのはハンビーくらいのものであるが当然、戦車の前では全くの無力だ。

「特殊部隊一個中隊で5分、いや3分と言ったところかしらね…」

「ミサちゃん!」

ネルフ作戦部の迷彩服に身を包んだ周防と筑摩が自転車で近づいてくるのが遠目に見えた。

「スッさん!どうしたの?そのチャリ?」

「松代のホームセンターで急遽買ったんだよ。遠いだろ?本部棟まで…」

「すみません…ジープは機材運搬を優先しますので人間の運搬はチャリってことで…」

筑摩が申し訳なさそうな顔を浮かべてミサトを見、その後ろにいるリツコを見た。リツコの顔は引きつっていた。

「歩くよりマシよ。それじゃよろしく頼むわ」

ミサトは荷台の上に飛び上がると周防の両肩を掴む。

「作戦部出撃!」

「おー!」

ヨロヨロしながらミサトを載せた周防のチャリはヘリから離れていく。

「無様ね…」

リツコは軽い眩暈を覚えていた。

「あの…技術部長…」

「はい?」

筑摩が遠慮がちにリツコに話しかける。荒くれ者が揃う作戦部にあって筑摩と東雲だけがリツコの感覚からすれば一応「まとも」な部類に入っていた。二人とも作戦部の中では事務方の責任者である。

「宜しかったらこの座布団使って下さい」

筑摩はリツコにホームセンターで買ったと一目で分かるチューリップ柄の座布団を差し出していた。

「…これはご丁寧に…」

リツコは筑摩の自転車の荷台に受け取った座布団を置くと横座りになる。

「あの…それでは…」

「どうぞ!お構いなく!」

「は、はあ…」

リツコは膝の上にラップトップを荒々しく置くと自転車に揺られながらタイプを始めた。
 





かつての研究棟の隣に設営した野営テントを作戦部は仮設本部としていた。

レリエル戦の時と同様に中央には第一発令所とリアルタイムで通信可能な125型の大型モニターが設置され、その前には日向をキャップとするMAGIオペレーターの内部資格を持つ作戦部員がコンピューター端末で情報収集に余念がなかった。

「ヘリで上空から観察したけど…残念だけどこの松代に拘り過ぎると玉砕する可能性があるわ」

「玉砕…?」

ミサトは周防を始めとする実戦部隊長らと松代市内の地形図を会議机の上に広げて軍議を行っていた。

「基本的な行動指針として万が一に防衛線を破られた場合は決死隊以外は全員市内方面に退避。決してこの施設に立て籠もって徹底抗戦なんてバカな考えは起こさない様にね」

ミサトの隣で腕を組んで座っていた周防が呟く。

「じゃあMAGI(バックアップ機)はどうする?」

「進退極まれば爆破する…参号機はこの敷地内にフォースがスタンバイしているからいざとなったら起動して退路確保に協力させるわ」

参号機と聞いた瞬間全員の顔が曇る。ミサトは全員の顔を眺めると大げさにため息をつく。

「仕方がないじゃん!!あたしたちには装甲車とかないんだから!何もないよりマシでしょ!」

「ミサちゃんよ…参号機って言ってもさ…俺らをアリみたいに踏むと困るんだけどよ…」

どこの世界でも新兵というのは古参の人間から疎ましく思われるらしい。周防は眉間に深い皺を作っていた。

「まあ…気持ちは分かるけどさ…とにかく!松代のMAGIだけは敵にむざむざと奪われないようにする方向で技術部とは話を付けてるから。みんなそのつもりで!」

全員がミサトの言葉に渋々うなずく。

「次に実験場の北側には国連軍の戦車大隊が待機していて、それを取り囲むように戦自の二個戦車大隊と対峙しているわ。対地ヘリに関しては戦自の方に分があるわね。AH-80(AH-64アパッチの後継機)の3個編隊が浅間山方面に進出している。あっという間に制空権を取れるわね。携帯対地空攻撃に対応した新時代の兵器を惜しげもなく投入してきてるのには恐れ入るわ。使徒には歯が立たなくてもまさに最高水準の戦力だかんね」

「それにこちら側の携帯ミサイルも弾数が限られてるしな…」

携帯地対空擲弾が攻撃ヘリに対して極めて高い効力を発揮する事は近年のテロ戦でも実証済みだった。

AH-80は改良に改良が進み「空飛ぶ装甲車」というあだ名が付くほど高い防御力とロケット砲による重装備化が進んでいた。第3使徒を最初に迎撃したのがこのAH-80であるが不運にも一方的に破壊されただけだったが一般兵器に対しては抜群の攻撃力を誇った。

「心配なのは高遠方面。南側から歩兵中心の部隊でしかけられると正直対抗手段がない…この方面には国連軍はいないからね…実質的に南側は自分たちで守るしかない…南側から特殊部隊を投入すれば…まあ持って3分ね…」

「塹壕は一応、南側の防御を前提にして構築しているがやはり…防衛線としては弱いよな…」

ミサトは周防の言葉にゆっくりと頷いた。第一、第四、第五部隊長の面々も緊張した面持ちでミサトの顔を見ていた。この場にいる全員が女Thorの一言一句に聞き入っていた。

「戦力を無駄に失いたくない。南側に弐号機を置いて時間を稼ぐ事にする」

「アスカちゃんなら安心だな。出来れば参号機じゃなくてよ…山下りる時も俺、弐号機に守ってほしいな、ひひひ」

周防が笑い声を上げる。

「あ、俺もそれがいいっす!」

「俺も!」

部隊長たちが次々と手を上げる。

「ちょっと!さっきの話を蒸し返すんじゃねーよ!アスカは殿(しんがり)だから無理だっつーの!参号機がいやなら丸裸で山を下りれば?」

全員がシュンとなる。その様子を周防がニヤニヤしながら見ていた。

「でもよ…アスカちゃんに会うのは…ほんと久し振りだな。最近の当番はレイちゃんだけだったし…シンジ君は入院してたしな」

周防の何気ない一言だったがミサトの顔が一瞬曇る。この中でアスカが軟禁状態に置かれていることを知るのはミサトだけだったからだ。

アスカ…あんた…何をあんたは隠してるの…自分を犠牲にしてまで加持を…いや…加持だけじゃない…シンちゃんも…あるいはもっと大きなものをあんたは一人で背負おうとしている様な雰囲気すらする…もしそれを本当で考えてるならバカヤロウだよ…あんた…あんたみたいな子供がCaptain Lastなんて一億年早いわよ…

日向が突然叫ぶ。地図を取り囲む実戦部隊の長たちが一斉に日向の方を向く。

「零号機がG456の南3kmの地点まで来ました!野戦用のバッテリーパック残量43%!」

「へー、初めて使ったけど意外といけるじゃん、あの携帯電池。よっしゃぁ!作戦本部(仰々しい名前だが実際は冬月ただ一人の事を指す)に直ちに連絡!Nv90並びに特別警戒発令Nv47を甲信両県に発令!」

ミサトが日向に指示を飛ばした。

「了解ですが、今度は89じゃないんですか?」

「意外と敵に本部強襲の動きがないからこれで様子を見る。それに今、甲府を確保するという明確な意思表示をあえてする必要は無い」

「分かりました!」

今度は大型スクリーンから青葉の声が聞こえて来た。

「弐号機の空輸ルート上に戦自と国連軍のAH-64が多数存在!このままでは迂回するしかありません!」

「な、何だと!」

周防が思わず椅子から立ち上がる。野営テントの中がざわつく。

「ちっ…ただでは通さないつもりね…Valentine条約に基づき基本的特務機関権限で警告を発して!」

「既に実施済みですが応答がありません!」

間髪入れずに青葉が答えた。隣にいた周防がミサトに耳打ちする。

「奴ら…強制力がないのをいい事にシカトするつもりだぜ…」

Valentine条約で対使徒作戦実行の特務機関として発足したネルフの行動は当該国法より優先されるという特権があったがそれはあくまで特務機関本務、すなわち使徒襲来の事実、が確認される場合に限られた。それ以外のケースでは「警告して注意を促す」ことは出来ても関連コードを発令しない限り強制力がなかった。

こいつら…AH-64で浅間山上空に追い込むつもりか…迂闊に迂回すればAH-80と挟まれて完全に包囲されてしまう…そうか…こいつらの目的は弐号機の封鎖だ… くそ!中央突破かけたいところだが…

「ったく…忌々しいわね…」

ミサトが思わず腕を組むと顔を顰める。その時だった。スピーカーから聞き慣れた甲高い少女の声が聞こえて来た。英語だった。

「前方のヘリパイロットに警告する。Nv89発令に基づき我々は松代に進撃中だ。松代までの最短空路はNv89発令と同時に特務機関ネルフにより接収されたものと判断する。従って可及的速やかに空路を提供しなければコードに基づき貴殿らは強制排他の実力行使の対象となる。繰り返す。直ちに当該空路を放棄して退避せよ。Over(以上)」

「あ、アスカ…」

アスカの発した通信内容にミサトは度肝抜かれていた。野営テントの中からどよめきが聞こえる。陸地を相手にする陸軍的発想の大人が思い付かなかった事だった。

「な、なるほど…初めてのケースだが…発令の効力範囲として幹線道路と同様の解釈は成り立つ…遠隔地への移動ルートが発令と同時に接収されるというのは…かなり…いやこの上なくグッドアイデアだぜ!」

周防が思わず唸る。

「さすがアスカちゃんだ!ブラフとしてこれほどキツイ話はないぜ!要請と警告ではまるで意味が違う!」

後ろで聞いていた作戦部の兵士が歓声を上げる。

だがミサトを始めとする幹部や本部の発令所では固唾を呑んでモニターに写るAH-64編隊と弐号機を空輸中の大型輸送ヘリの睨み合いを見詰めていた。

そして次の瞬間、国連軍所属のAH-64編隊がルートを外れた。再びどよめきがテント内で起こる。しかし、依然として戦自のAH-64アパッチ24機がルート上に残留した。

「脅しとしては十分ね…アスカ、少々迂回しても大丈夫よ。連中は恐れてそれ以上の妨害をしてこないと思うわ」

ミサトは日向からマイクを受け取ると弐号機と交信した。

しかし、アスカは返事代わりに吊り上げられた状態で手に持っていたEva用マシンガンの安全装置を外して正面に向けた。

「ちょ、ちょっと…アスカ!」

これにはミサトの方が驚愕する。

「前方ヘリパイロットは通信バンドを国連標準チャンネルα10に合わせろ。国連軍機が離脱したので貴殿らもこの通信をキャッチしているものと期待する。繰り返し警告する。前方ヘリパイロットは直ちにルートを離脱せよ。この通信が終わっても尚、離脱の兆候が見られない場合は攻撃する。Over(以上)」

バババン!

弐号機が戦自のAH-64編隊の僅か上空を狙って警告射撃をする。真っ赤に燃えた弾丸がオレンジ色の筋を作って遥か彼方に消えていく。

「打ちやがった!?あ、アスカ!当たった?いま?」

「いや!今のは警告射撃だ。当たってねーぜ、ミサちゃん」

「繰り返す。これは最後通牒だ。直ちにルートを離脱せよ。さもなければ攻撃する。次は外さない。Over(以上)」

それでも戦自のAH-64は微動だにしない。全員が固唾を飲んでアスカと戦自のやりとりを見守っていた。

「前方ヘリパイロットに告ぐ。命が惜しければ直ちに離脱せよ。Over(以上)」

アスカは覚めた目で目の前に立ちはだかる24機のAH-64を凝視していたが、やがて小さくため息をついた。

「これで…通信を終わる…Out(通信終了)」

アスカは一瞬目を閉じる。

主よ…多くを救うため…人を殺める罪をお許し下さい…どうかこのもの達の魂に救いの手が差し伸べられん事を…

「アーメン…」

カッと目を見開いた瞬間、弐号機のマシンガンが炸裂する。

ドババババババ!

戦自のAH-64編隊は突然の発砲に驚いて右往左往するがそれらを正確に次々とアスカは打ち落としていく。粗方打ち落とされたAH-64はまるで朋友の敵を撃つかのように対戦車ミサイルを発射し、立て続けに機銃で十字掃射し始めた。

「まずい!空輸ヘリを狙ってる!」

バシーン!バシ!バシ!バシーン!!

残ったAH-64の放ったミサイルと機銃掃射は全て輸送ヘリの手前で白色の閃光と共に次々に弾き返される。

「ATフィールド…」

アスカは容赦なく第二波掃射を生き残ったAH-64に浴びせる。硝煙が辺り一帯に立ち込めていたが戦自のAH-64アパッチ24機は全て弐号機により打ち落とされていた。

「本部に報告。障害物はコード89に基づき強制排除した。進撃を再開する。Over(以上)」

弐号機の眼下にはヘリの残骸が煌々と炎を上げていた。

全員が静まり返っていた。

「やっちまったな…」

「ああ…タンデムだろうから48人いきなり殉職だぜ…」

「国際法上、問題はない…事前警告を行い、警告射撃を行ったわけだからな…まあ89発令が空路の進行ルートの接収を含むと言う解釈の是非はともかくとして…」

「それにしても…使徒と違って相手は人間だったのに…まるで躊躇がなかったな…」

ミサトは黙って進撃を開始した弐号機の姿を見詰めていた。

沈着冷静且つ精密機械の様にミッションを遂行…血も涙もなく…敵には一切の同情もなく確実に命を奪う…経歴ファイルにはそう書かれていたわ…

次の瞬間、ミサトはマイクを口に寄せる。

「こちら作戦部。パイロットのミッション完了を確認した。そのまま松代に進撃せよ。Out(通信終了)」

「み、ミサトさん!い、今の発言は公式にさっきの行動をネルフとして容認した事になりますよ?」

日向が驚いてパイプ椅子からミサトの顔を見上げる。

「容認以外の選択肢はない。我々の行動を妨害するものは先制攻撃も辞さずがこの作戦の基本よ。全責任はあたしが取る。これで手切れね…総員、配置に付け!」

「は、はい!」

これは紛れもなく…Eva戦略パイロット…惣流・アスカ・ラングレー准尉…いや…もうすぐ大尉になるけど…あたしが知る…あたしが育てた…あたしの…アスカだわ…でも…どうして?このタイミングであんたは帰ってきたの…?あたしも今まで目を背けてきていたけど…その理由を日々の忙しさに感けて考えてこなかった…

ミサトは腕を組んで刻一刻と近づいてきている弐号機に思いを馳せていた。




(弐号機を輸送してきた国連軍の)空母で出会った時のあんた…殆ど普通の女の子だった…だからあたしは邪推した…あんたと加持の事…それであんたが狂ったんだと思ってた…それはあたしの弱さ…だから殆ど勢いそのままに…あたしは加持と寄りを戻した…半ば強引に…あんたから加持を取り戻すために…同棲までしていたとは流石に思わなかったけど…でも…違った…あんたは悩んでいたんだ…苦悩していたんだよ…同じ愛でもあんたは親子の愛と男女の愛の間でね…愛ゆえに…本気で信じて縋っていたが故に…あんたは愛に迷ったんだ…

その迷いの中であんたは…シンちゃんに惚れたんだ…生まれて初めて…アンタが本気で惚れた男…それがあたしは分かってやれなかったんだ…バカだから…レリエルを倒すまで…気が付かなかったんだ…だからレリエルを倒した後であんたに会った時にあたしは言ったんだよ…

 
「どうしてあんたが謝るのよ!アスカ!」

 
そしてあんたはいなくなっちまった…あたしの手の届かない所に閉じ込められてさ…

 
記憶が欲しかったのよ!!アタシは!!ポンコツ兵器…壊れた機械…

 
確かにね…始めはそれに近い事をあたしも思ったさ…でも…今…ようやく気が付いたよ…あたしがバカだったってね…あんたは「死」の意味を知ってるんだよ…「死」から自分の運命を見出してるんだ…






「国防省から緊急電です!恐らく戦自との交戦のことかと思います!」

「返電!89発令に基づき遮蔽物を除去!当方へのご心配は無用!以上だ」

ミサトは視線をモニターから外すことなく答える。

「ええ!マジッすか…」

人を食ったような返電に日向は目を白黒していた。

「ははは!最高の返電だぜ!いや…今のは宣戦布告だな!マコト!一言一句違えるなよ!ははは!心配ご無用か」

周防が愉快そうに笑いながらグレネードランチャーを持ってテントの外に出ていく。

自分一人が犠牲になればいい…それはあんたなりに考えた結果…そしてそこに自分の人生の意味を見てるって事だ…あたし達…大人があんたにしてあげられる事は…それ以外の選択肢をあんたが選べるようにする事だね…それが…あたしの人生の意味にもなるんだよ…






同刻。長門は国防省の地下にある戦略情報統合本部(別名、戦略自衛隊総司令部)にいた。

弐号機の攻撃で一瞬にしてAH-64編隊24機を失った戦自総司令部は騒然としていた。

「何と言う大胆不敵な…89発令で拠点間移動ルートも同時に接収されると言う解釈は今まで使ったことはないんじゃないか?」

「しかし、Evaパイロットの手順は国際法に基づいている。ここを責める訳にはいかん。やはり接収範囲の解釈について検討するしかないな…」

幹部たちのやり取りを静かに司令官席に座って長門は冷めた目で見ていた。

誰も48名の殉職者について話題にしないとは…神風時代と大して変わらん様だな…この国の本質は…これもそれも長い間、自虐的歴史観で自分自身を否定し続け、諸外国にこびへつらうを外交の基本として本質議論を避けてきたからだ…結局、新しい何物もこの国には根付いていない…

「総司令閣下!ネルフによる我が隊への攻撃の事実を山本大臣に至急お伝えしては如何でしょうか?」

雁首揃えて議論していたと思ったら…出た答えが結局それか…

「勝手にしろ…」

「は!」

長門は興味なさそうに答えた。

しかし…弐号機パイロットは相当手ごわいな…ゲオルグから貰ったこのファイルによるとチルドレンの中で唯一の軍属ではないか…それも誤魔化すように正規過程を修了しているのに准尉とはな…しかも…どんな訓練を施していたのか知らんが…所属本隊がゴールデンイーグル…人質をとっても簡単に投降しないかも知れん…ここは…弐号機到着前に制圧が賢いな…しかし…その為には…

「た、大変です!ただ今、山本大臣にお電話したところ衆院が解散したそうです!」

長門が思わず立ち上がる。

待っていたぞ!その一言!

「動いているのは政局だけではないぞ!戦局はそれ以上に早く動いているんだ!Good Dogに緊急指示!作戦変更!直ちに制圧作戦を開始させろ!Bad Catはそのまま待機!」

「了解!」

空挺団によるピラミッド強襲という手もあるが…まだ伏兵(初号機)がある以上、迂闊な事は出来ん…碇ゲンドウ…本気で貴様はローレライを使うつもりなのか?幾ら貴様が無関心を装っても…ドリューは失いたくないのは同じ…いや…むしろ貴様の方が失いたくないと思う様になるかもしれん…

長門は口元に不敵な笑みを浮かべていた。

ヤツの腹を探る格好の材料になりそうだ…






Ep#07_(15) 完 / つづく


(改定履歴)
26th April, 2009 / 誤字修正
28th May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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