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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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番外編 One of EOEs 緋色の渚 (Part-2)

2016年3月27日…
一度終わった世界は再び元の姿を取り戻しつつあった。
赤い波が打ち寄せる浜辺でシンジは目を覚ました。
そして、自分の傍らに同じ様に横たわっているアスカの姿が見えた。
ヒトとの関わりの中でしかヒトは自分の存在を認識する事は出来ない…
シンジは他人との関わりを望んだが、皮肉にもそんなシンジを待っていたのは
運命の悪戯とはいえ対極の位置に一度は立ってしまったアスカだった。
新しい世界でシンジは再び他人に対する恐怖を感じる…
そして…静かにか細い頸に手を回した…
その時、自分の頬にそっと当てられた冷たい右手。
我に返ったシンジは泣き始めた。
「気持ち悪い…」
静寂の世界で二人は…

Johann Sebastian Bach - Komm, süßer Tod
(本文


サードインパクトが発生する前…

ベークライトで固められた初号機を目の前にしてシンジはただ漫然とアスカと本部の交信がエントリーエリアで響いているのを聞いていた。

バカシンジなんてあてに出来ないのに!

アスカは量産機と死闘を繰り広げながら叫んでいた。

それはまるで来てくれることを期待しているようにも取れた。しかし…

シンジは結局…何もしなかった…ただ膝を抱えて蹲っているだけだった。


・・・情けなかった…あの声を聞いた時…僕は会いたかった筈なんだ…アスカに会いたかったんだ…なのに僕は…何もしなかった…何もする気が起きなかったんだ…


アンタは…結局…誰でもいいから自分の事を撫でて欲しかっただけでしょ…?


そうだよ…僕は…それだけの理由で…綾波が死んだ後…アスカを必要とした…求めてしまった…自分の勝手な都合で…だから…余計…アスカは傷ついた…そして僕達は離れ離れになってしまった…

次に出会ったのは…病院だった…僕がレリエルとの戦いで入院した部屋と同じ階だった…


ねえ…アスカ…アスカ…起きてよ…

君は…結局…目覚めなかった…

僕は…謝りたかったんだ…気遣い無しに…君を求めてしまった事を…心から…

まごころを込めて…

でも…

僕は…最低だった…

心底…自分が嫌になった…自己嫌悪…ていうのかな…あの感じ…とにかく…恥かしくて…僕はまた…逃げ出した…

自分でも分からない…ただ…君を見ると…興奮してしまう…それが…

正しい事なのか…また…罪なのか…気持ちって何なんだ…愛…?恋…?

人を好きになるって…どういうこと…なんだ…

だから…僕は…最低な事をしてしまったのに…まだ…君のことが…


シンジ君!!

誰だ…僕を呼ぶの…もう…放っておいてよ…僕…


こんな時だっていうのに!まだ女の子に頼ってるの?何バカなこと言ってるの!生きなさい!しっかり生きて!それから死になさい!


ミサトさんは命懸けで…僕を…エントリーエリアに…連れて行った…走りながら僕に言ったんだ…

また大人の都合だって思うかもしれないけどさ…正直…シンジ君やアスカ…レイを護るとこまで手が回らない…今となってはEvaの中が…一番安全…あたし達の願いは…シンジ君…あなたとアスカに託すわ…

…なのに僕は…何もしなかった…


そして…ついに弐号機は力尽きた…

アスカの断末魔の様な叫び声がエントリーエリアに響いた…それが何なのか…いや…それ以前に…なぜ彼女がまだ戦っているのか…僕には分からなかった…

そして…そのまま交信は途絶えた…双方向通信システムも内部電源から供給を受けているから…

これって…活動限界…?パイロットにとって…一番…恐怖の瞬間…この上なく…

その後…銃声と兆弾の音と共に聞こえる発令所の声が聞こえて来た…


悪夢の様な出来事が辛うじて繋ぎ止められていたシンジの精神状態を一気に奈落の底に突き落とす。デストルドーの海に向かって…それに共鳴するかの様に初号機がベークライトの中から突然、姿を表した。



…なのに僕は何もしなかった…全て…他の人が…自分以外の誰かが…勝手にしたこと…僕があの時…唯一した事…

それは…絶望しただけだった…バラバラに引き千切られた…アスカを見て…ただ…僕は…死のうと思った…


そして…その日…世界は終わった…

一度終わった世界が…いま…再び…蘇ろうとしている…綾波とカヲル君は最後に僕に言った…


再び生まれる世界に…リリンに新たな「希望」と「可能性」を与える…シンジ君…それが神なる子となった君に課せられた最初の試練…君がこの世界の始まり…






シンジはアスカを見る目に力を込める。

そして…僕は…いま…ここにいる…アスカと一緒に…

自分の無力さがひたすら情けなかったんだ…言い訳は出来ないんだ…恨まれて当然なんだ…結果的に僕はアスカを見殺しにしたんだ…そんな僕をアスカが受け入れてくれるはずが無いんだ…

だから…頸を絞めた…拒絶されるのが怖かったから…

僕は…あの時…アスカを壊そうとした…驚くかもしれないけど…僕が…アスカの頸を絞めるのは初めてじゃないんだ…

手を回した…アスカの頸は…ビックリするほど細かった…僕より背が高くて…いつも上から見下ろしていたのに…簡単に折れそうなほど…ほっそりしていた…

そして…暖かかった…

僅かに動いていた…血の流れ…心臓の音の様な…何処か懐かしい…一番初めにヒトが耳にする音…鼓動(リズム)…

目を閉じていたアスカが…目を覚ましたんだ…そして…僕を見た…その目を見た時…急に僕は怖くなった…だから…更に力を加えた…

怒られるかもしれない…抵抗するかもしれない…不思議だけど…その時はそんなことは考えなかった…ただ…恐怖だけだった…

すると…いつの間にか…僕の頬に手が当てられていた…とても…冷たい…綺麗な手だった…

だから…僕は…泣いたんだ…

初めて…僕は…受け入れられたから…

だから…僕は…そんな…自分を受け入れることができた…

初めて…僕は…自分が好きになれそうな気がした…

だから…僕は…他人(ひと)を…

初めて…僕は…他人が…

僕は…好き…かも…しれない…
 





「気持ち悪い…」

二人のすぐ傍で波の音が聞こえてくる。赤い波が押し寄せては引いていた。

「ご、ごめん…アスカ…僕…僕…」

シンジはアスカに馬乗りになったまま涙を流していた。アスカはその様子をじっと見つめていた。

「シンジ…今…アタシを殺さないと…次は…アタシが…アンタを殺すわよ…」

あちこちが解れた様になっている赤いプラグスーツを着ていた。破れて穴がところどころに開いていた。そこからアスカの白い肌が見えていた。

「アスカ…僕はアスカのことが…」

「やめてよ…何も…言わないでいい…もう…何も聞きたくない…」

「そんなこと言わないで…」

アスカは左目に眼帯を付け、右腕に包帯を巻いていた。やがてシンジから目を逸らすとアスカは静かに瞳を閉じる。

「アンタって…いつも中途半端…あの時もそうだった…アタシ、アンタにだったら殺されてもいいと思った…敵に身体を引き裂かれるくらいならアンタの手で殺して欲しかった…」

「アスカ…ごめん…」

「(首を絞めるのを)アンタが止めた時…あの夜…アタシ…このままアンタに壊されようと思った…目茶目茶にされようと思った…」

シンジは涙を腕で拭うとアスカの顔を見た。

「だから…アンタに…アタシ…」

「アスカ…」

「アタシを壊してもらおうと思った…」

暫く沈黙が訪れた後、アスカは再び目を開けた。右目は空ろでどこを見ているのか、今はよく分からなかった。

まるで遠い過去を思い浮かべているようにも見えた。

「アンタはいつもそうやってアタシを傷つけるのよ…イラつかせてばかりで…本当に酷いわ…アンタって…もう殺してよ…」

「だ、駄目だよ…僕には出来ないよ…アスカじゃないと駄目なんだ…」

「何が…アタシなの…?そうやってアンタはアタシから何もかも持っていくのよ…あらゆることから逃げ回って…それをアタシが追いかける…でも…いつも…いつも…結局アンタに手が届かなかった…
タルタロスに落とされたタンタロスの様に…」

「アスカ、僕はもう逃げない…やっと…やっと自分が好きになれたんだよ…人が怖くなくなったんだ…もう逃げたりなんかしないよ…アスカからも…」

「…アンタはアタシからいっぱい…いっぱい…持って行ったものね…アタシの心も…キスも…何もかも…全部…アタシの全てをアンタにあげたわ…今度は何をあげれば殺してくれるの…?もう…アタシがアンタにあげられるものは…この命しか残ってない…」

「アスカ…何もいらないよ…」

アスカはシンジの顔を見た。二人の視線が交差するが微妙にすれ違う。
 
「アンタはアタシに何もくれなかった…助けてもくれなかった…でも…それは分かっていた筈なのに…アタシ…バカだ…一人で頑張るって誓った筈なのに…まだ…どこかで待ってたんだ…アンタのこと…心の何処かでずっと待ってたなんて…」

シンジはその言葉に思わず自分の胸を右手で掴んだ。息苦しかった。

「アンタはアタシが戦う時だけはアタシことを見てくれた…普段は見てもくれないけど…アタシが戦えばアンタはアタシを見てくれるから…それでもいいから見て欲しかったのかな…アタシだけを…」

アスカの青い右の瞳にまるで岩清水の様にとめどなく涙が溢れていた。シンジは何かを伝えたかった。しかし、言葉が出てこなかった。

「でも…最後は来てくれなかった…アタシ…頑張ったわ…ママと一緒に…アンタに…アタシ・・・やっぱり…会いたかったのかな…」

シンジは上からそれを見ていた。青い瞳にシンジの顔が映る。

アスカが…泣いてる…

「ごめんよ…アスカ…本当にごめん…謝ってどうにもならないけど…他に言葉がないんだよ…」

「分かってたわ…アンタには迷惑なだけだったって…アタシが一方的にアンタにアタシを押し付けただけ…バカなアタシ…アンタは何とも思ってなかったのに…」

アスカの右目から涙が関を切った様に流れ始めた。

アスカは自分の涙が頬を濡らしたところでハッとして思わず左手を右目に当てた。

「アタシ…もしかして…泣いてるの…?」

「うん…泣いてるよ…」

途端にアスカは両手で顔を覆うと嗚咽を漏らし始めた。初めて聞く声だった。とてもか細い…今にも消えてしまいそうな弱い女の子の声だった。

涙と共にシンジの中に感情が吹き上げて来ていた。

僕は今のアスカを抱き締めるために…いま…ここにいるのかもしれない…

「最初で最期に…アンタがアタシにくれたものが…涙だったなんて…」

「アスカ…最期なんて言わないでよ…アスカ…」

シンジがアスカを抱き寄せようと身体を近づけるとアスカは右手でそれを遮る。シンジの肩を押す右手は驚くほど弱々しかった。

「アスカ…」

「いや…アタシに近寄らないで…」

アスカは肩を震わせてなき続けている。泣きじゃくるアスカをシンジは初めて見た。

「…ママが死んでから…涙が出なかったのよ…泣きたい事が…アンタのことで泣きたいこと…一杯あったんだから…涙があったら…どんなに救われたか…」

アスカは…アスカは強いんじゃない…強がってただけだったんだ…こんなにも傷つきやすくて壊れそうな普通の女の子だったのに…

「僕はアスカが好きなんだ…だからお願いだよ…僕を許して…」

アスカはシンジの言葉を聞いて思わず顔を背けた。アスカは左手で涙を拭く。

「皮肉ね…やっとアンタがアタシのこと…好きって言ってくれたのに…ずっとアタシは待ってた筈なのに…どうしてかしら…ぜんぜん嬉しくない…アタシ…辛いだけ…」

シンジの目にも涙が再び溢れ出す。

「アスカ、また一緒に暮らそうよ…ミサトさんもきっと帰ってくるよ…世界はまた元に戻るんだよ…これから…」

アスカがシンジから顔を背けたまま遠い目をした。 

「優しかったわ…初めの頃のアンタ…アタシにひたすら優しくて…あの子犬みたいな目…アンタを形作る全てが…アタシ…欲しかった…そう思うだけでアタシ…幸せだったのに…」

「アスカ…全部…アスカのものだよ…」

「もう…要らないわ…」

「アスカ…そんな事言わないでよ…もうじき世界が元に戻るんだ…一緒にいたいんだ…」

「もう…ボロボロ…何もかも…今更…アタシに何かくれても…何もアタシの中にアンタを残せない…」

「アスカ…」

「さようなら…シンジ…」

アスカはもう泣いていなかった。

「そんなこと…言わないでよ…」

シンジはしゃくりあげて泣き始めた。アスカはただ、自分の上で泣いているシンジの顔をじっと見つめていた。

「お願い…殺して…また…辛くならないうちに…」

「嫌だよ…そんなの…嫌だよ…」

「シンジ…最期のお願いよ…最期に一つくらいアタシのお願いきいくれてもいいじゃない…何もしてくれなかったけど…そしたら許してあげられる…アンタのこと…」

「だから…最期なんていわないでよ!これから始まるんだよ!恨まれたって構わない…アスカ…僕と一緒に…また…」

「アンタ…何も分かってないわね…一度死んだものは元には戻らないのよ…」

「僕らは生きてるじゃないか!死んでなんかいるもんか!」

「死んだのは魂じゃないわ…心よ…」

「心?」

アスカはゆっくりと上体を起こすと座ったままでプラグスーツをぎこちなく脱ぎ始めた。シンジはようやくアスカから立ち上がると傍らに座り直した。

アスカは上半身だけ裸になると首から下げていたロケットを左手で引き千切ってシンジに手渡す。ロケットは傷だらけで曲がっていた。

「これがアタシの心…レイが…あの子が死ぬ前に…アタシに教えてくれた…」

シンジがロケットを開けるとそこには浅間山で撮ったシンジの写真が入っていた。

「これ…僕じゃないか…」

「もう死んでしまったの…アタシの心…アンタの事…その頃から好きだったわ…」

凛とした微笑を浮かべていた。まるであの「絵」の中のアスカの様に…

右手をシンジの膝の上に置く。

「アスカ…」

「お箸だってちゃんと使えるようになったでしょ?アタシ…」

「うん…」

「アンタの薄味にも慣れたし…ご飯だって炊ける様になった…漢字だって覚えたのよ…」

「うん…」

「全部…全部…アンタのためだったんだから…」

シンジは思わずアスカを抱き締めていた。シンジの耳元でアスカの声が響いてくる。

「でもね…もう…死んじゃったの…アタシの心…アンタのために生きられない…あの時のアタシはいなくなってしまった…」

シンジは強く強くアスカを抱き締める。まるで壊すかの勢いだった。シンジは嗚咽を漏らしていた。

「アンタが今アタシを好きになっても…それは心のないアタシでしかないわ…」

「それでも…僕はアスカが好きだ…」

「だから分かってないのよ…アンタって…心がないっていうのは恨まれるより辛いことなのよ?真反対の位置にアタシ達はいる…だから…アンタがどうしてもアタシを自分のものにしたいならアンタはここでアタシを殺すしかないの…この意味…分かる?」

「アスカ…い、嫌だよ…」

「そうすれば…いつまでもアンタの中で…アンタの思い通りのアタシが残る。アンタに都合がよくて優しい理想的なアタシが残る。アタシの命をアンタにあげる…アンタの中でアタシを好きにして…アタシそれで満足だから…これがアタシの命の使い方・・・」

アスカはそっとシンジの体を両手で抱き締めてきた。

「駄目だよ…一緒に生きるんだよ…僕を殴ってもいいよ!バカにしてよ!痛めつけていいから!それでもいいから!僕と…僕と一緒にいてよ…」

「だから…それが…気持ち悪いのよ…アンタってホントにバカ…」

アスカはシンジの頭を傷ついた右手で撫で始めた。

「僕はバカだよ…頼りないし…臆病で…弱虫だよ…でも、そんな自分でもやっと…僕は好きになれたんだよ…」

「分かってるわよ…そんな事くらい…だからアンタは他人のことを受け入れる覚悟が出来たのよ。そして…やっとアタシからも逃げなくなったんじゃない」

アスカはシンジの左頬に傷ついた右手を沿わせると反対側の頬にそっと口付けした。

「でもね…アタシ…もう疲れちゃったんだ…もういいの…何もいらない…」

「そんなの…そんなの嫌だよ!どうして離れ離れにならないといけないのさ!」

「アンタ一人のせいにはしないわ…お互いが招いたことよ…」

「嫌だよ…嫌だ…」

「今がアンタにとって最後のチャンス…アタシがその気になればアンタの勝算はゼロよ…」

「駄目だよ…」

「シンジ、アタシは冗談なんか言ってないわよ。本気よ。アタシはアンタをいつでも殺…」

シンジはアスカの唇をいきなり奪って砂浜に押し倒した。そして荒々しくアスカのプラグスーツを脱がせ始めた。

アスカは抵抗することなくシンジのされるままに任せていた。

静寂が再び世界を支配した。






番外編 One of EOEs_(2) 完 / つづく

(改定履歴)
31st May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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