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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第10部 Jeux interdits 禁じられた遊び (Part-4)  / 子供の領分

(あらすじ)

加持と別れたミサトは加持の残した膨大なデータの中から「A計画」の存在を知る。一方、カヲルはミサトのマンションに引越して来たがミサトの部屋ではなくアスカの部屋に住むと言い出してシンジを驚愕させていた。


Snow (Hey-oh) / Red Hot Chili Peppers
 
話は少し遡る。

公用車で第二東京市内の新首都高を松代方面から国防省ビルに向かって走っていた長門忠興陸将補(戦自総司令官兼極東方面作戦局長)は後部座席から流れる街並みを眺めていた。

突然、携帯の着信音が鳴る。

ディスプレーを見た長門は顔を一瞬曇らせると運転席と後部座席との間のガラスの仕切りを自動ボタンで上げた。

「ゲオルグ(ゲオルグ・ハイツィンガー/特務機関ネルフ第三支部長兼特別監査部長)…よくもまあおめおめとまた電話をかけてこられるものだな…」

「おいおい、長門…ずいぶんな挨拶じゃないか…」

「ふん!ほざけ!貴様が寄越したフェンリルのせいでこっちはとんだ咬ませ犬だ。ローレライが無かったら
GDGood Dog中隊)の件でテロリストという方便が台無しになるところだったんだぞ!」

「フェンリル?何の事を言っているんだ?」

「とぼけるな!!アフガンからわざわざ貴様が派遣して来たシュワルツェンベックのことだ!俺とトール(北欧神話の雷神)の共倒れ、あるいは生き残った側も両者が争えば無傷ではいられないからな!大方、セカンドと
MAGIを労せず確保して残りも始末をさせる腹心算だったんだろう!」

「ははは。相変わらず想像が豊かだな、君は」

「そうかな?今日、松代で開かれた国連軍とネルフの合同慰霊祭に招かれてフェンリルとトールに会ったが二人とも型通りの挨拶をした程度で、さらに当日の行動と考え合わせればとても事前に何か示し合わせていたとは思えん。あと、松代の一件で絡むのは貴様だけだ。フェンリルの松代到着のタイミングから考えても間違いなくお前の差し金だ。ファラオが松代で起動試験をすると急に言い出すところをみると貴様はかなり前から周到に準備をしていた様だが最後の最後で飼い犬に手を噛まれるとはな!貴様もいい面の皮だな、ゲオルグ」

長門の辛辣な皮肉に電話の向こう側が一瞬静かになるが再びゲオルグの声が聞こえて来た。作ったような声だった。

「ふふふ。さすがは
ロキ(Loki)だな。フェンリルの派遣に私が一枚かんでいたのは認めよう。ただし君を陥れるつもりなど毛頭無い。あくまでフェンリルは保険程度でメインパーソンはあくまで君だったということは信じて欲しいものだな」

「保険だと?ふん!じゃあ、あの第
13使徒バルディエルも保険だというのか?冗談も休み休み言え!」

バルディエルという言葉を聞いたゲオルグは暫く絶句していた。その不自然な間合いに長門は電話を耳に押し当てたまま眉間に皺を寄せる。

何だ?ゲオルグ…一体どうしたというんだ…少し様子がおかしい様だが…

そして冷血動物の様なゲオルグ・ハイツィンガーには珍しく上ずった様な声が電話を通して長門の耳に聞こえて来た。

「バルディエル…バルディエルだと…誰がそんなことを…」

長門は途端にうんざりした様な表情を浮かべる。

ちっ!何かいい訳でも考えているのかと思ったら…下らない事を…コイツめ…ふざけているのか!!

「ゲオルグ!貴様いい加減にしろ!いっその事、役者にでもなったらどうなんだ?今日、ネルフの冬月副司令に会った時に暴走した
Eva参号機は第13使徒バルディエルだと(人類補完)委員会が認定したと言っていたぞ!おちょくっているのか!」

「そ…そんな…そんなバカな…あり得ない…」

ゲオルグの声が僅かに震えていた。

「何を言ってるんだ貴様!ネルフの第三支部長でもある貴様が何故、委員会の使徒認定に驚く必要がある!この俺をこれ以上バカにすると…」

「す、すまん!長門!ちょっと急用を思い出した。また後で連絡する。それじゃ…」

「お、おい!待て!ゲオルグ!話は…ちっ!本当に切りやがった…全く…なんてヤツだ…」

長門は携帯を忌々しそうに座席に放り投げると街並みの向こうに沈みゆく太陽を見つめていた。

それにしても…ゲオルグのヤツめ…参号機が第
13使徒だという話をした途端にあの慌てぶり…一体何だと言うんだ…
 






加持と別れたミサトが本部に姿を見せた時にはすっかり日は落ちており、ジオフロントには深い霧が立ち込めていた。

自分の執務室に戻ったミサトは山積みなっている書類を見てため息を付くと荒々しく椅子に疲れきった身体を預ける。

「お父さんと別れたあの時と同じだ…他に…もっと言うべき事があった筈なのに…あたしったら…結局、あいつにバカしか言ってない…」

ミサトは深いため息を付くとポケットに忍ばせていたクロスのペンダントを取り出す。銀のクロスに寄り添うようにプラチナリングが光っていた。

リングの内側には凝り性の加持らしく刻印が打ってあった。


R
to M


全てが終わったら…あんたはいつも言う…あたしもその方がいいって思ってたけど…人の一生の中で身辺が片付くのって…結局…死ぬまでそんな事ってもしかしてないんじゃないの…?大人はいつも言う…今、忙しいから…これが終わったら…仕事だから…ってね…

あたしはそんな大人が嫌いだった…だって…そんな時は来ないんだもの…生きている限り…子供心にもそれが大人の勝手ないい訳だって分かってた…だから…あたしはいつも言い訳して…あたしに背中を向けていたお父さんが嫌いだった…こんな大人になるものかっていつも思っていた…

でも…いつの間にか…あたしもそんな大人になっていた…言い訳ばかり…聞き分けのいい女を演じて…あんたを行かせてしまった…もう二度と会えないかもしれないのに…自分が傷つかないために…それだけのために…

あたしは…自分に素直になれなかった…踏み込むのが怖かった…その胸に飛び込むのが怖かった…お父さんの時もそうだった…今日もそうだった…

「加持…」

ぼうっとペンダントとリングを眺めていたミサトはリングの内側にさらに刻印が続いている事に気が付いた。

あれ?なに?あいつ…まだ他に…


Eve being mother of the human was born via Adam.
人類の母なるエヴァはアダムより生まれ出(いず)る


「あいつ…転んでもただでは起きないってわけ…か…」

どうせ…これがさっきのメモリスティックのアクセスキーにでもなってるんだろう…

ミサトがメモリスティックを
PCに差し込むと予想通りアクセスキーの入力を要求する内務省のデータ保全プログラムのポップアップ画面が現れた。一回で正しいキーを入れないと内部のデータ全てが消滅するという厄介なプログラムだった。

「こんな危なっかしい事をして…間違ってたらどうするつもりよ…でもあたしはやっちゃうけどね…」

ミサトはリングの内側に刻印されている一文をタイプすると躊躇無く
Enterキーを叩く。

「あったりぃ!!」

ロック状態だったフォルダーが次々と開いていく。

「ちょっち…この量はハンパないわよ…」

ミサトは手当たり次第にファイルを漁り始める。画面を見ているミサトの顔は深刻さを増していった。

E
計画…S2機関未搭載型決戦兵器の開発計画…これに付随する形で各種兵装開発プロジェクトは動いている…基本的に弐号機以降のプロダクションタイプを対象とするものだが…しかし…何なんだ…先行量産型モデル?こんな話は聞いたことが無いぞ…

その時、ミサトの中で第三支部が公式に建造中の伍号機、六号機が兵装開発プロジェクトから脱退した事実と日向が仄めかしてた
Eva9体の極秘建造の動きが符合した。

そうか…やはり独自に正規量産モデルともいうべき
Evaの開発計画がうち(ネルフ)以外で極秘にあるんだな…しかも…この気を失う様な額の資金の大半が…

「マジ…?アメリカから出てやがる…」

ミサトは驚愕の表情を浮かべていた。

なんてこった…あれほどバレンタイン体制に距離を置いて独自路線を採っていたやつら(アメリカ)が金を出すとは…しかも時系列的に国連総会の直前に…(人類補完)委員会もグルか…これは明らかに何らかの密約が新たに成立したと見るべきだ…

「早晩…ネルフを潰しにかかる腹か…そうか…」

地均(じなら)しした後で…第二の特務機関の様な役割を担うのが…国連軍直属の
Eva連隊ということか…そうか…段々分かってきたぞ…戦自の今回の介入…長門さんも委員会と繋がってるんだろう…そして多分…

「国民党とも繋がってる…」

次の総選挙で国民党が圧勝するのはガチだ…生駒泰造が中道路線の仮面を被った極右ナショナリストなのは国防省にいた時分から有名だった…戦自を創設したのも日米同盟を強固なものにして国連とは異なる新たな世界秩序の構築を目指す独自戦力とするためだ…日本政府においてネルフがもっとも目障りと考えるのはコイツを置いて他にない…政権を取れば間違いなく右旋回してくる…その時に必要になるのが基盤が固まるまでの間の国連、すなわち委員会の支持…そして…

Valantine Council特権の復活…あんな宝の山…使わない訳はない…」

ネルフに非常に都合よく出来ていた「静かなる者の政策」…これは恐らく完全に否定されるだろう…そしてネルフが対使徒戦争で弱り切ったところで…やつらは仕掛けてくるつもりなんだ…委員会と当該国政府機関の承認…この二つが揃った時…ネルフに対する唯一絶対の制裁措置…
A801 が発令可能だ…その時…

「戦自…国連軍…委員会…国連加盟国の全て…あたし達は全世界を敵に回すことになる…そしてネルフにとってこの地上での安穏は永遠に無くなる…」

なるほど…加持…上手いこと言うわね…だからこの
Issueをあんたは「Second Eden(第二の失楽園)」と表現しているわけか…まさにネルフにとっては地獄となる…このシナリオは何が何でも阻止しなければならない…物証は確かにないが現在の情勢は間違いなく「失楽園」に向かっている…

「とんだ置き土産だわ…これを
1300名足らずの現有戦力だけで防げってか…」

絶体絶命だね…さすがにうち(ネルフ)の上はバカじゃないからね…あたしのあの辞令を見て委員会やその周辺の妙な動きに気が付いたんだ…どこまで情報を掴んでいるかは知らないが…だから副司令をあたし達の慰留に使った…結果オーライでアスカ釈放のバーターとしてはこの上ない一石だったってことか…ん?

ミサトの手が一つのデータフォルダーの上で思わず止まる。

「何だ…この
A計画っていうのは…」

アダムの幼体化と蘇生…アダムのコピー…そうか…これはターミナルドグマで見たあの化け物の事を言っているのか…だが…ちょっと待てよ…
Evaの支部間パーツの調達で不思議に思うことがある…基本的にEvaのパーツは第三支部が量産工場でそこから供給を受ける体制だ…この本部で製造するのは唯一、動力機関のI/F-M(インターフェースモジュール)のみ…だが…

「おかしいわ…零号機と初号機はパーツに困った事ないのに…何故…いつも弐号機が…」

今回も弐号機の左腕が間に合わないから零号機のそれで間に合わせる事になった…だが…今まで零号機や初号機のパーツは第三支部から支給された事はない…いや…在庫があるからということだったが…在庫が豊富なら何故、今回は零号機から直接移植したんだ…しかも零号機の左腕はパーツ調達をかけているとはまだ聞いていない…

「零号機、初号機と弐号機以降は同じ
Evaでも何かが違うってことなのか…でも…そうじゃないと辻褄が…」

ミサトは空いてる方の腕だけで頬づえをつく。

いやいや…落ち着け…零号機と弐号機でパーツ(素体)の互換性がある…まだ結論付けるのは早い…それにしても…この
A計画というのはEvaを作るためのパーツを生み出すだけじゃない…何かまだ奥の深い狙いがある様な気がしてならない…極め付けがやはりこれだ…Eve being mother of the human was born via Adamだ…

「何故…
fromじゃなくてわざわざviaなんだ…」

聖書では人類の始祖たる
Adamは主なる神が自身の姿に似せて土塊から作り出した人形に命を吹きかけて誕生させた事になっている。そしてAdamの妻たるEveAdamが眠っている間に肋骨を抜いて生み出された。

つまり
EveAdamから生まれたものである。

Via(通り抜ける、貫通する)というニュアンスではなく、聖書の記述から考えればfromの方が少なくとも言葉としては正しい様な気がした。

加持は意味のない事をする男じゃない…いや…このリングの刻印はこのデータの中にある
Eve via Adamに基いていると見るべきだろう…ん?Eve via Adam

EVA…ってことか?違うか…」

A
計画(Adam)を通してE計画(エヴァンゲリオン)があるってことなのか…それとも別の意味があるのか…色々な解釈が成り立つ…ここの調査記録が雑多になっているところを見ると…どうやら…加持がベルリンを目指す理由はこの辺りにあるということか…確かにE計画もA計画に収斂(しゅうれん)していきそうだし…A計画は人類補完計画の真相を開くキーになるってわけか…

「ふう…それにしても…よくもまあ…ここまで短期間で調べ上げたものね…尊敬するわ…」

どちらにしてもこのデータはとても今日一日では読みきれない…じっくり検証していく必要があるわね…

その時だった。

自動扉をノックする音が聞こえて来る。

本部の敷地内にある自動扉は全てセキュリティーレベルで厳格に管理されており、アクセス権を持たないものがある特定の部屋に入室するには事前申請等で設定を改める必要があった。

個人が使用する個室に入出する場合などは手続きの簡素化を図るため来訪を告げるベルが部屋の外側に付いており、部屋にいる者が個別に許可を与える仕組みになっていたが「ノック」の風習はなぜか未だに残っていた。

ミサトはペンダントとメモリスティックをポケットに仕舞い込むとノックの主を確認するために
PCの画面を切り替えた。

思わず目を細める。

「リツコ…なぜ今頃…」







ミサトが入室を許可のボタンをクリックするとそこには紙袋を抱えたリツコが立っていた。

珍しく白衣を着ていない。薄い水色のブラウスにタイトなスカートを合わせていた。

「珍しいわね…あんたが白衣じゃないのってかなり久し振りだわ…」

「今日は早めに仕事を切り上げたのよ」

「へえ、仕事の鬼がどういう風の吹き回しかしらね」

ミサトはゆっくり立ち上がると執務机の横にある打ち合わせ用の椅子を二つ引き出すと一つをリツコに勧めた。リツコは紙袋の中からハンドタオルに包まれたワイングラスを
2つ取り出してテーブルの上に置くと続けて白ワインのフルボトル2本を取り出していた。

途端にミサトの目が輝く。

「おうおうこれは…ちょうど飲みたい気分だったのよね。それにしても規則にうるさいあんたがどうしたってのよ。今日はやけに話せるじゃん?」

「仕事してない時くらいはね…それにお酒でも飲んでいないとやってられない事が多いから…最近は…」

「おお!どうしたの?これ…ドイツで買うと大した事ないけど日本で買うと目玉が飛び出るくらい高くなる銘柄じゃん。味以前に原価を知ってるだけに腹が立つのよね…」

「フィフスがお土産で持って来たのよ。あなたと私の分らしいわ。こっちがバーデンで…こっちの方は特徴的なボトルだから言わなくても分かるでしょ?」

リツコはにやっと薄笑いを浮かべると慣れた手つきでバーデン産のボトルからコルクを抜く。

「もっちろーん!フランケンじゃん。ドイツにいた時はこれの安いやつ(テーブルワイン)をよく飲んでたわ。それにしてもフィフスってなかなか出来た子ね。アスカとは大違いだわ。あの子とは長い付き合いだけどさあ、土産なんてあたしに一度も買って来たこと無いかんね」

「選ぶのが面倒だったから全部持ってきたわ…どうせこれだけだったら私とあなたで1時間も持たないしね…」

ミサトはリツコが持ってきた紙袋をごそごそと漁っていた。

「まあ…ね…お!気が利くわね!ちゃんと購買でつまみも買ってるとは!」

「当然でしょ。誰だと思ってるの?」

リツコが二つのグラスになみなみとワインを注ぐ。

セカンドインパクト前のドイツは南ドイツがブドウ栽培の北限に当たるため厳しい自然環境を上手く利用しながら手の込んだ製法によりフランスとはまた一味違ったドイツ独特のワインを生み出していた。氷に閉ざされた現在でもブドウ農家はハウス栽培などに切り替えて脈々と先祖伝来の家業を営んでいた。

ぶどうの芳醇な香りが辺りに立ち込める。

「じゃあ乾杯ね」

リツコがグラスを軽く差し出す。

「何の乾杯?」

「あなたの昇進と20代最後の悪あがきに…誕生日まであと少しでしょ?」

「それはそれは…じゃあ、あたしは三十路の先輩に幸多からん事を祈って…」

「言ってくれるわね…」

二人はグラスを傾けた。

「んー。染み渡るぅ。たまにはワインから始めるのもいいかもね」

「そうね。いつも感心するけどビールをよくあれだけ飲めるわね?あなたは…気持ち悪くならないの?」

ほとんど空になったミサトのグラスにリツコが再びワインを注ぐ。ミサトはリツコが買って来た柿ピーの袋を器用に片手で開けてテーブルの上に広げた。

「全然!なんでだろうねえ。あたしの血の半分はビールで出来てるらしいからね」

「それは納得ね。誰から言われたの?」

「加持だよ」

「そう…」

リツコの顔が僅かに曇る。黙ったまま自分のグラスを勢いよく煽った。

「おお!いい飲みっぷりっすねえ。流石はせんぱあーぃ」

「ちょっと…何、気持ち悪い声出してるのよ…止めてちょうだいよ…」

「ひひひ。今のはマヤのマネなんだけどさ。似てなかった?」

「全然。欠片もないわよ」

ミサトが笑い声を上げる。それに釣られる様にリツコも笑う。リツコは空になったボトルをテーブルの下に置くと二本目のボトルのコルクを開け始めた。

「ところで…お誕生日プレゼントって訳じゃないけど…アスカを釈放するわ…」

柿ピーの袋に手を突っ込んでいたミサトの手が止まる。リツコを見るミサトの目がみるみる鋭くなっていく。

「いつ?」

「すぐは無理…でもアスカの誕生日までにはね…」

「それまでに…全て片が付く…そういうことかしら…?」

リツコはミサトと自分のグラスに新しいワインを注ぐとミサトの視線に目を合わせてきた。

「始めは…素直に白状してくれる事が理想だったけど…どういう形であれ…もうその必要はなくなるって事よ…どちらにしてもあの子はネルフに必要な存在…それを釈放の理由にしてはダメかしら?」

リツコがミサトにグラスを差し出す。

「リツコ…あんた…」

人生…人生とは…選択の積み重ね…だけど…これほど残酷な選択があるだろうか…加持とアスカ…両取りは虫がいい…そういう事か…それが司令のメッセージということか…それをあんたは伝えに来たってことなのか…

「これで分かったでしょ…素面(しらふ)じゃ出来ない事って…案外…世の中には少なくないのよ…」

ミサトを見ていたリツコの目はあまりにも哀しい目だった。ミサトは松代に向かうヘリの中で見たリツコの目を思い出していた。

「どうやら…そうらしいわね…」

哀しいね…リツコ…あたしがバカだったよ…あんたを恨んだり、いがみ合ったりするのはお門違いだってことだね…その涙黒子…律儀者の…いやあんたのそれは殆ど愚直だけど…あんたも相当なバカだね…つくづく…哀しく淋しい女…


カーン


ミサトは自分のグラスを掴むとリツコのグラスに合わせた。

鈍い振動が手に伝わる。

リツコはもうそれ以上何も言わなかった。ミサトは一気にグラスの中のフランケンを飲み干していた。

思えばドイツにいる時も飲むしか楽しみが無かった…心を鬼にしなければどうにもならなかった…あんたの言葉通り…とても素面じゃやっていけない事って…確かに世の中にはあるものよ…

「リツコ…どうせあんたも今日は職員宿舎なんでしょ?」

「え?ええ…」

「このボトルが空いたら宿舎のラウンジで飲み直すわよ。どうせこんなんじゃジュースみたいで全然酔えやしない…」

「ミサト…」

俯いていたリツコは顔を上げてミサトの顔を見た。ミサトは手酌で自分のグラスにワインを注いでいた。

所詮、蛇の道は蛇…いいだろう…あたしも覚悟を決めようじゃないか…あたしは今…ここに誓う…諸悪の根源は必ずこのあたしが倒してやる…そして悲劇の連鎖はここで断ち切ってやる…新しい世界に…
Evaはいらない…

リツコの視線に気が付いたミサトもまた淋しい笑みを口元に浮かべていた。

基本…女は生きねばならない…何があっても…ね…でも男の世界で生きるあたしは女とはいえ女に非ざる者だ…如何にして死ぬべきか、それが軍人の本懐…だから…リツコ…あんたは生きろ…

そして…

あたしは喜んで死のう…加持と共に…あたしの跡はあたしのアスカが継ぐんだよ…これでいい…もう悩みはない…葛城ミサトの使命はあの子達の母になる事ではなかった…子供の領分の守護者たるを全うする事だったんだ…それが心ならずもあの子を…あの子を壊してしまったあたしにしてあげられる…唯一のあがない(贖罪)…

ミサトは再びグラスの中のワインを飲み干していた。リツコもそれに続いた。

「さあ…行こうか…」

「そうね…」

ミサトとリツコは余韻に浸ることなく立ち上がっていた。
 





11
月もあと僅かになった週末の日曜日。

シンジはマンションのキッチンに一人で座っていた。キッチンの壁にかけてある時計の針は午前
11時を回っていた。

リビングの壁掛けテレビから昨日行われた衆議院総選挙投票の開票結果が垂れ流されていた。

選挙は近年にない異様な盛り上がりを見せて各地で軒並み投票率が
70%を超えていた。定数350議席に対して国民党が266議席を獲得して単独政権を取ることになった。明日にも首班指名の臨時国会が開かれて国民党政権が樹立する見通しが伝えられていた。

シンジは腕を組んでじっとキッチンの一角を見詰めていた。

明日…僕…何を話せばいいんだ…父さんと…

参号機回収と同時に特別監査部から派遣された調査団の査察は当初
3日と言われていたが結局10日かかっていた。昨日、当番で本部に出勤していたシンジはマヤと会い、調査団一行が既に本部を退去したという話を聞いていた。

驚いた事に土曜日にも関わらず本部はウィークデーと全く変わらない数の職員でごった返していた。ゲンドウが査察終了と同時に参号機の改修を技術部に指示したためだろう。可及的速やかな現役復帰を目指して技術部は不夜城状態になっているらしかった。

そしてもう一つ。

シンジはリツコに呼び出された。そこで父ゲンドウが月曜日にシンジを司令長官室に連れて来る様に言っていると聞かされていた。

「父さんが…僕を…」

「そうよ。あなたと二人で会って直接話がしたいそうよ」

「どうして急に…」

「さあ…ね…表向きは松代の事をご自身が取り調べると仰っていたけど…」

俯いていたシンジが思わず顔を上げる。シンジはリツコの顔をじっと見詰めていたが何を考えているのかその表情からは読み取れなかった。

「松代の…取調べ…」

シンジの顔に怯えた様な表情が浮かんでいた。

「ええ。表向きはね…」

一般の子供に比べれば随分と特殊で、そして苛酷な環境に置かれてはいるけど…やっぱり…親の前では子供は子供…父親の叱責をひたすら恐れる…いたいけな瞳…

「これはあくまでもわたしの個人的な感想だけど…多分…司令はあなたとゆっくりとお話がしたいんじゃないかしら…」

「でも…話と言われても…何を話せばいいのか…それに…どんな顔をしたらいいのか…」

「それはね…シンジ君…司令、いえ…あなたのお父さんも同じだと思うわ…」

「え…」

「わたしから伝える事は以上です。月曜日の朝
9時に自宅の前に本部から向かえを送るわ。カヲル君と一緒にそれに乗って月曜日は本部にいらっしゃい」

「か、カヲル君とですか?」

シンジは驚いてリツコの顔を見た。

「何驚いた様な顔をしているの?ミサトから聞いたわよ。あなた達二人は一緒にミサトのマンションに住むんですってね?」

リツコは僅かに口元に笑みを浮かべてシンジを見る。

「仲良くね」


ピンポーン


突然、チャイムが鳴る。

シンジはハッとして上体を起こすとドアフォンの画面で来客の姿を確認する。旅行カバンに囲まれたカヲルがカメラに向かって手を振っていた。

「いきなりカメラ目線かよ…」

シンジはオートロックを解除した。






カヲルをホテルから運んで来た二人の諜報課員が手際よくカヲルの旅行カバンを部屋に運び込む。

しかし、その場所はアスカの部屋だった。

マジか…

シンジの鼓動が早くなっていた。黒服とサングラスに身を包んだいかにも厳つい諜報課員に搬入先が違うことを指摘するのは相当な勇気が必要だった。

シンジはまだ大人の男性に対する苦手意識を完全に克服出来ていなかった。

でも…あれだけの荷物を後から移動させるのは大変だし…べ、別に変な事を言うわけじゃない…よ、ようし…言うぞ…言ってやるんだ…

「あ、あのう…」


ゴトン


最後の荷物を運んでいた諜報課員にありったけの勇気を振り絞ってシンジが話しかけた瞬間、足元にいきなり拳銃が落ちてきた。

「ひ…」

「おっと…これは失礼しました…あの何か?」

諜報課員が拳銃を事も無げに拾い上げるとホルスターの中にそれを仕舞う。

「い、いえ…なんでもありませんでした…」

荷物を運び終わった諜報課員が立ち去るのを見届けてシンジはアスカの部屋に猛然とダッシュした。

「カヲル君!!君の部屋はそこじゃなくてこっちの…ミサトさんの…」

慌ててアスカの部屋の襖をシンジが開けるとカヲルは既にカバンを開けて自分の荷物をクローゼットに入れているところだった。アスカの衣類を丁寧に取り出して入れ替えるように旅行カバンに移していた。

シンジですらまともに正視したことはないアスカの下着類も躊躇なくカバンに詰めている。

シンジはその信じられない光景に腰を抜かしそうになる。

「ちょ…ちょっと!カヲル君!そこはアスカの部屋だから勝手なことをされると僕殺されちゃうよ!」

「素敵な部屋だね。シンジ君。ホテルの部屋よりずっと落ち着けるよ」

カヲルは慌てているシンジに構うことなく粗方の衣類を整理し終わっていた。

「いや、そうじゃなくってさ!」

「ありがとう!感謝するよ!初めてなんだ。僕」

カヲルは立ち上がるといきなりシンジの両手をガシッと力強く握り締めてきた。

「えっと…な、何が?」

「こんなに暖かく迎えてもらったのはね。靴を脱ぐという風習には正直驚いてしまったけど。実に素晴らしいよ」

「そういう問題じゃ…ないんだけど…」

「それに…ここにはエリザの思念が残っている…」

「え?し、思念?エリザ?」

「懐かしい感じだ…エリザが初めてここにやって来た時…喜びと恐怖が混在していたんだね…その半分の喜びはシンジ君…君と会えることだったらしい…」

「カヲル君…あのさ…君の言ってる事ってすっごい分かり辛いって言うかさ…」

苦手なんだよな…何なんだろう…この感じ…人の心の隙間にスッポリと入って来る様な…

「そして…残り半分の恐怖は…今まで一人きりだった世界が壊れて行く事…再び…リリンと関わる事…僕たちチャイルドはリリンに対する恐怖に満ちているから…シンジ君…君の様な優しい旋律に触れた事がなかったから尚更エリザは心を開いたんだね」

「カヲル…君…君は…一体…アスカの何なんだ…」

「僕は君の奏でる音も大好きなのさ…」

カヲルはシンジの手を握り締めている両手に更に力を込めていた。

 
 


Ep#08_(10) 完 / つづく
 

(改定履歴)
24th Jun, 2010 / ハイパーリンクのリンク先を修正
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