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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第31部 Dies irae 怒りの日(Part-1)

(あらすじ)

G兵装の事故調査委員会から帰ってきた冬月はゲンドウと会い、Seeleとの関係が悪化している事に懸念を示すが一方のゲンドウはそれを意に介さない。業を煮やした冬月が席を蹴った時、ゲンドウは冬月にある衝撃の事実を明かす。
怒りの日…それは一体何を暗示するのか…そして・・・それは子供たちにどんな試練を与えるのか…

いよいよ波乱のEpisode#08も最終段階へ…
(本文)


2015年12月4日 夕刻 ジオフロント 地上晴れ 気温17.5℃

冬月コウゾウがネルフ司令長官室にゲンドウを訪ねたのはジオフロントの気温が下がり始める頃だった。

部屋に入るなり冬月は小さくため息を付いた。部屋の主であるゲンドウが窓から眼下の地底湖を見下ろしているのが見えたからだ。この頃のゲンドウは何故か部屋の窓から外を見ている事が多かった。

冬月はあきらめた様な表情を浮かべると打ち合わせ用のテーブルと椅子が並ぶ一角に無言のままやって来た。

「なぜ委員会との定例会議をキャンセルしたのか、その理由を聞く権利が少なくとも私にはあると思うがね?」

やや投げやりな冬月の言葉は届いている筈だったが、ゲンドウは外を見たままで全く無反応だった。

コイツ…一体…どういうつもりだ…

今度は聞こえる様にため息をつくと冬月はテーブルから椅子を引き出して荒々しく腰掛ける。片肘を付いてゲンドウの背中に流し目を送った。冬月の目には非難の色がありありと浮かんでいる。

「老人たちは怒り心頭だったぞ?もっとも文句しか付けない下らん連中だが…唯一、加持を始末したことだけはお褒めに預かったがな。聞くところによるとハイツィンガーがポケットマネーで雇ったゴロツキが最後は仕留めたそうじゃないか。第三支部の諜報員たちは結局この一週間、加持に翻弄され続けて何の役にも立たなかったらしいぞ。お前は知っていたのか?」

探る様な視線をゲンドウに向けるが孤高の男の背中からは何も読み取れそうになかった。

「ともかく、だ…碇…これ以上、委員会…いやSeeleとの関係を悪化させるのは得策じゃないぞ。日本政府も自由党政権が倒れてからというもの実務級レベルでは相当仕事がやりにくくなってきている…それにアメリカにも不透明な資金の動きがあるのは知っているだろ?まさに四面楚歌と言っても言い過ぎじゃない…状況はすこぶる悪い…」

窓の外からオレンジ色の光が差し込んでいた。再び冬月は忌々しそうにため息をつく。

「対してだ。今の我々には初号機と弐号機、片腕しかない零号機と大破状態の参号機があるだけ。それに国連軍が人事で横槍を入れてくるミサト君とセカンドの事もある。内憂外患とはまさにこの事だね。敵は少ないほどいいに決まっているというのにお前ときたら…」

ゲンドウを見る目にさらに力を込める。松代の一件以来ゲンドウと冬月の間もギクシャクした状態が続いていた。

暖簾に腕押し…とはよく言ったものだな…こっちは委員会との会議の後でミサト君(ネルフ上級一佐 作戦部長)と合流してわざわざ新横須賀まで出向いて来たというのに…

日本政府の国土交通省及び国防省との先日のG兵装事故に関する折衝に冬月は事故調査委員会のネルフ側代表(ゲンドウが任命)としてミサトと共に出席していた。会議の会場として新横須賀の国連軍日本派遣艦隊司令部が選ばれ、冬月は直帰したミサトと分かれた後、ゲンドウと会うためにわざわざジオフロントに帰ってきていた。

結局、会議自身は双方の妥協点を見出せず特務機関特権を発動して日本政府の介入を締め出す決断を下す事になった。事実上の交渉決裂だった。更にネルフが世論の反感を買うことは必至で穏健派と世間で目されている冬月の立場も国民党政権発足以来、微妙な立場に立たされつつあった。

一方で冬月は渉外関係に限らずネルフ内の庶務一般に至るまでゲンドウに替わって采配を振っており寡黙なこの司令長官に対して潜在的な不満を常々託(かこ)ってもいた。冬月自身も人間関係はそれほど得意ではなかったため尚更だった。

いつまでもこの調子でだんまりを決め込まれてしまっては埒(らち)が明かん…我々を取り巻く情勢は待ってはくれないのだ…しかし、コイツのこの雰囲気どこかで…そうか…ユイ君だ…ユイ君を俺たちが失った時もコイツはどこか空蝉(うつせみ)の様になった時期があった…それ以来…何かが狂ってしまった…

新しい人類の歴史を切り拓く、その想像を絶する野望を旗印としてゲンドウの下に集まった赤木親子、冬月、そしてミサトは、一様に何処かでゲンドウに良くも悪くも魅せら、そして例外なく碇ユイに影響されてもいた。

しかし、ゲンドウがユイを失って以来「計画」の精緻な歯車が少しずつ狂い始めている様に冬月は感じていた。何よりも冬月には「使徒殲滅」という一事だけで繋がっているミサトとの距離感が一頃に比べて大幅に広がっている事にも焦りがあった。

使徒を倒し、そして来るべき決戦からネルフを防衛できるのはミサトしかいないという思いも強かった。

ユイ君は既にこの世の人ではなくなり10年前に試みたサルベージも失敗した…サルベージの大半を担当したナオコ君だけが気丈にも平然としている様に見えたが…あの時は酷く誰もが疲れ、そして落胆もした…確かにあの日…俺の中で何かが変わったんだ…

今思えばユイ君はこの男との唯一の絆、そういう類のものだったかもしれない…それを失って以来、俺もお前もある意味で「計画」に固執するようになっていた…それが綻びるようなことがあれば俺たちはとどのつまり…お互いに同じ側にいる義理も理由もないことになる…その時、俺はどうなる…ネルフはどうなる…メフィストフェレスは言う…求めてそれが得られれば…更にそれ以上のものを求める…際限なく…それが人間なのだとな…

元を正せば今のネルフを形作った碇ゲンドウ、冬月、赤城親子、そしてミサトは当初から一枚岩ではなかった。冬月自身、ゲンドウを世間に告発しようとしていたくらいだ。

それを思い留まったのは第一に碇ユイの存在があったからであり、第二には「人類の新たな歴史」を切り開くというゲンドウの言葉がまるでメフィストフェレスの囁きの様に冬月の脳髄に深く染み渡っていったからだ。

確かに約束の日(2016年の復活祭)は近い…今はそんな悠長に構えている場合ではないぞ…だが…我々に退路はないが露骨に対立する必要もなかったのではないか…松代の一件も全て貴様が招いたことだぞ…あの騒ぎが結局、保険の一部になっていた自由党政権に止めを刺したともいえる…何度も言うようだがお前一人の体じゃないんだ…壁を作るのはいい加減にしろ!貴様には歴史を始めた責任があるのだ!始めた者には同時にその顛末を見届ける義務も発生するのだ!

長い内省の果てに冬月は心の中で激しく毒づいていた。

「碇!さっきからずっとお前は黙ったままだが俺の話を聞いているのか!いい加減に…」

「先生…」

ゲンドウは始めて口を開いた。視線は相変わらず外に向けられたままだった。

「何だ!」

冬月にしては珍しく語気が強かった。

ゲンドウは冬月と二人の時だけ「冬月」ではなく「先生」と呼ぶのが常だった。しかし、既に頭に血が上っている冬月にとってゲンドウのそんな思案はどうでもいい事だった。

後ろ手に組むと激昂しつつある冬月に構うことなくゲンドウは続ける。

「先生は加持の足取りを知っていますか?」

「なっ…」

一瞬、冬月は自分の耳を疑った。全く予期していない言葉だった。

「加持…加持だと?今はそんな事はどうでもいいだろう…おい…碇…貴様一体どうしたというんだ?」

思わず頭を両手で抱えると勘弁してくれと言わんばかりに司令長官室の天を仰ぐ。冬月はまるで諭すような口調で言う。

「いいかね?俺は老人たちの事を話しているんだ。我々の計画は最終的にSeeleと袂(たもと)を別(わか)つだろうが準備が整わぬうちから警戒させてどうなると俺は言いたいんだ。アメリカの時(Ep#04_1)もそうだ。忠告した筈だぞ?俺の言う通りに少し計画の見直しをかければよかったものを…それを当初の予定に拘るあまりあちこちに無理が祟っているんだ!敵を増やしてどうする!Seeleが本気になって我々を潰しにかかったらお前はその責任をどう取る心算なんだ!全く…何が加持だ…」

ゲンドウは椅子の上でまるで身悶えをしている様に見える冬月にじっと冷めた視線を送っていた。冬月は天井を見たままだった。憤懣やるかたない状態の冬月とは対照的にゲンドウは静かに続ける。

「11月26日にベルリンに着いた奴はそのまま姿を眩ませたかと思うと翌日(27日)にはライプツィヒを経由してテュービンゲンに姿を現したそうだ」

「テュービンゲン?どこだ?そこは?」

うんざりした表情で冬月は視線だけをゲンドウに向けた。

「ブランデンブルク選帝侯の居城、ホーエンツォレルン城の近くにある長閑な小さい町だよ。28日にはそこからすぐ近くのボーデン湖に姿を見せたらしい」

「ボーデン湖?するともうスイスやオーストリアとの国境か?かなり南部だな…加持が偽名を使ってベルリンに潜伏したという話は諜報課から聞いてはいたがね…ホーエンツォレルン家といえば…かつてのプロイセン王家だな…で?それが一体何だと言うんだね?」

ゲンドウはサングラスに手を当てる。

「その近くにかつてのツェッペリン伯爵領の一部がある。
フリードリッヒ・スハーフェンという町があるがそこは飛行船事業で有名なフェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵が所有していた飛行船工場があったことでも有名だよ」

「ツェッペリン?」

「ツェッペリン家はドイツの第一帝政時代から続くドイツの旧家で常に帝政の傍にあった家柄だが一貫して歴史の表舞台に立つことを避けてきた。小領主であるがゆえにしばしば後世の歴史家からも見落とされてきたが例外的に世に出てきた事が2回ある」

冬月はゲンドウの真意を図りかねていた。

一体…それがなんの話に繋がるというんだ…

「1度目はテンプル騎士団がフランス王に粛清された時。ベルリン郊外にあるテンペルホーフ(独テンプル騎士団領)が聖ヨハネ騎士団(仏系)の手に渡った時にプロイセン王を動かしてその地を奪った。そして2つ目はベルリンがナポレオンの仏軍によって占領された時だ。そのいずれもがドイツの年代記に記されいる」

「テンペルホーフ?やれやれ…もうその名前は飽き飽きだぞ…確かに私がお前の後を受けて第三支部長を私が勤めていた時分(注 冬月は2009年から2010年までの1年弱の期間を第三支部長に就任していた事がある。それ以前にも出張で何度となくベルリンを訪ねていたためキョウコ・ツェッペリンとも面識があった)に老人たちの命令でハイツィンガーが一時期ベルリンのテンペルホーフを盛んに調査しておった。だが、碇、言っておくが結局何も見つからなかったぞ?一体、何が目的だったのかまでは知らんがな…」

「時の為政者たち…いや、Seeleが彼らを焚き付けて血眼になって探していたドイツの至宝だよ。裏死海文書の失われた一部…世に言う終末の書…老人たちの目的はそれだったに違いない」

「終末の書?まさか…あんな空絵事をお前も信じていたとはな…これは驚きだな…」

冬月は露骨に口元に皮肉の笑みを作っていた。ゲンドウはゆっくりと歩き始めた。冬月の前を通り過ぎて自分のデスクの椅子を引き出してゆっくりと座る。

「時の教皇が
枢機卿の一人に命じて聖地エルサレムの調査を命じた折…クムランで裏死海文書を発見してローマと一線を隔して闇に潜んだ一派がSeeleの起こりと言われているのは知っての通りだ。その時の頭目がキリル・ロレンツォ・グレゴリウス枢機卿…すなわちそれが変じてキール・ローレンツという訳だが…」

ゲンドウは冬月に一転してさすような鋭い視線を送ってきていた。

「その枢機卿一行と偶然にクムランで合流したドイツ人騎士の生き残りはドイツ皇帝の遠征軍に所属していた…そしてその資金の多くがツェッペリン家とテンプル騎士団から出ていた…テンプル騎士団は別にしても高(たか)だかメクレンブルクの小領主であるツェッペリン家から身代には見合わない莫大な資金が提供された事にはドイツ皇帝(第一帝国)も驚きそして密かに恐れてもいたらしい…ともかくその関係でドイツ人騎士たちは枢機卿一行と袂を別って後、通説ではテンプル騎士団に庇護を求めた事になっているが実はそれよりも先にツェッペリン家を訪れていたのだ…」

冬月は怪訝な表情を浮かべてゲンドウを睨み返していた。奇妙な緊張感が二人の間に横たわっていた。ゲンドウは構わず続ける。

「ツェッペリンという名字は一般的ではないがドイツでは特別珍しい名前というわけでもない。逆を言えばドイツの古い旧家で傍流を合わせればそれなりの影響力を持っていたともいえる。主には北部のメクレンブルク系と南部のヴュルテンベルク系の二系統があったそうだ。俺は今まで全く気に留めていなかったが…」

「おいおい。まさかお前はだからと言ってキョウコ君とそれを結び付けようとしているのか?それは余りにもこじ付けが…」

「俺も…本音の部分では信じたくはなかった…だが…そう考えると全ての辻褄が合う…」

「辻褄…私には何のことか、さっぱり分からんね。お前が何を言いたいのかもな」

冬月はお手上げといわんばかりに両手を挙げていた。

「原罪以降、人類は自らの罪に対する許しを神にひたすら乞い続けて生きていかねばならないとされ、そして決してそれが許されることは無く、やがて訪れる最後の審判を経て罪を購い続けた善なる者とそうではない者が選別されて新世紀を迎える…これがキリスト教の基本的な教義だが最後の審判を迎えることなく救われるとすればどうか、あるいはかつてアダム(Adam)とエヴァ(Eve)が手に入れることが出来なかった神の力を得る方法があるとすればどうなるのか…裏死海文書にはまさに神への道が記されているが同時にキリスト教の教義を根底から覆しかねない忌むべき存在でもあった。それはSeeleが闇に潜まねばならなかった理由だよ。ともかく…この裏死海文書に従えば人類には二つの方法が選べる事になる。一つは最後の審判(新世紀到来)の前に自ら率先して原罪を贖罪することで人類が再び楽園に戻ること…」

「まさに原点への回帰、それこそが老人たちの目指す救いだ。そしてその贖罪こそがサードインパクト(通過儀礼)に他ならない訳だからな」

「その通りだ…そしてもう一つの方法…最後の審判を迎える前に通過儀礼を経て文字通り神と等しき力を人類が手に入れるということ…つまり我々人類が新たな段階に進むという…我々の計画…老人と我々で共通するのはいずれも「最後の審判」を迎える前に自ら積極的にそれを求めるという事に他ならない」

「では…終末の書というのは…」

「裏死海文書に神への道が記されていると言うことは同時に最後の審判についても記されていると考えるのが自然だよ…つまりドイツにもたらされた至宝…終末の書の本質は…最後の審判を経て新世紀に向かう道…もっと分かり易く言えばこれほど聖書の記述に忠実な方法はあるまい…聖書の記述に忠実…これはまさにカトリック(旧教)に対抗して教義に忠実たらんとするプロテスタント(新教)の価値観そのものと思わんかね?」

ゲンドウは口元に不適な笑みを浮かべて冬月を見る。

「ま、まさか…宗教改革…」

「そうだよ、先生…
宗教改革はまさにキリスト教圏を二分する大事件に発展して多大な影響を後世に与えた。元を辿れば宗教改革はドイツが発祥の地なのだ。マルティン・ルターは教皇から破門された後、ザクセン公の庇護を受けた。やがてマルティン・ルターの教えはルーテル教会(王権までは否定しなかった)に受け継がれて新教の礎を作り、その思想は先鋭化してイギリス国教、ピューリタン、やがてメイフラワー号の「アメリカ入植」以降の近代的なプロテスタント観へと至る訳だ。アメリカ(完全自由主義はある意味で色濃い新教思想の表れとも言える)がこれらは何も歴史の悪戯だけではない…終末の書の影響があるとも言えるのだ…つまり終末の書とはSeeleとも我々とも異なる新世紀の招来を説いた第三の救いの方法なのだ…自発的な贖罪を考えている人間にとってこれほど危険な存在は他にあるまい…今となっては新たな交渉のカードとして是が非でも終末の書を手に入れる必要がある…」

「し、しかしだね…」

言いかけて冬月は口を紡いだ。

もはや我々の意図を老人たちに見透かされていると思った方がいい…まだバレていないという楽観的な見方をする方がよっぽどバカというものだ…使徒を完全に滅ぼした後で手切れとなるよりは時間があるだけ遥かにマシになっているとも言えなくはない…そうか…

こいつめ…ハッキリとは口に出して言わんから分かり難いが…利害が一致しているうちに少しでも我々は備える必要がある、会議をキャンセルしたのは老人たちの不毛な揺さぶり工作に付き合ってはいられないという意思の表れだったのか…確かに我々がネルフ発足に当って仕掛けた各種のセーフティーガードはほとんど潰えてしまった以上、新たに交渉のカードを手に入れる必要がある事は理屈としてはよく分かる…だが…

「だが…本当にあるかどうかも分からん様な代物に期待するというのはやはりお前らしくないな…テンペルホーフ全体を掘り返す様な徹底的な調査を行っても目ぼしい物は出てこなかったのは揺るぎの無い事実だぞ?」

「手がかりはある…」

「それは何だ?」

「セカンドだ…必要とあれば締め上げてでも協力させるしかない…」

「なるほどな…そこでキョウコ君の件とセカンドの件が繋がるという訳か…加持の足取りもどうやらそれに関係があるという事らしい…だが締め上げるとは言ってもセカンドは既に昨日釈放したぞ?国連軍士官の資格が正式に発効したからには猫の子じゃあるまいし、拘束にはそれなりの大義名分が必要になる。それ以上にセカンドが実はSeeleのチャイルドでしかもそれがネルフのチルドレンとしてここにいたという事でまさに一発触発の事態になったことはお前も忘れてはいないだろう?」

「ああ…だがその工作は基本的に加持一人の陰謀だったという事で老人たちとは手打ちになった筈だ…」

「ふん!ゲオルグとお前との間、の間違いじゃないのか?老人たちが納得している様には少なくとも俺には到底思えなかったがな?それにあの時はセカンドの事で我々を散々糾弾しておきながらゲオルグも何処か歯切れが悪かったような印象があるがね。全くとんだ茶番に俺も老人たちも付き合わされた、というところかな」

冬月の刺すような皮肉にゲンドウは気が付かないふりをしているように見えた。

「まあいい…セカンドの釈放はローレライの施術と加持を始末したと言う事でまあ懸念は減ったという事もあるのだろうが、現実問題としてだね、リツコ君が既にセカンドの記憶をプロファイルして特に所見がなかった筈だ。だからお前も釈放には同意したんだろう?それがお前の言う終末の書の有力な手がかりになるのかね?」

「確かに赤木博士の所見には何もなかった…だが封止された記憶層はプロファイル出来ない。何らかの方法を用いて覚醒させる必要がある。封止したのがあのゲオルグならば尚更だ。老人たちも他人の手に落ちるくらいなら手がかりになるものを隠滅しようと考えたのだろう」

冬月は目を細める。

老人たち…か…勿論…無関心ではないだろう…だが…今は少なくとも終末の書に関してはお前とゲオルグとの間の綱引きの様な気がしてならん…コイツはゲオルグとの話になると途端に歯切れが悪くなる…

「覚醒ねえ…リツコ君の報告書は私も読んだがまさに驚くべき話だね。どうしてセカンドが過去の記憶をBRTで封止される必要があったのか?私には納得できる話ではないね。その理由をお前もゲオルグも終末の書だと言いたい様だが本当にそれだけかね?セカンドが覚醒して困るのはお前たちの様な気がするな。確かにゲオルグが老人たちから終末の書の捜索を厳命されていたならテンペルホーフの件も納得だ。記憶プロファイル技術は当時未完で信用度に欠けたという事情もあって記憶を封止してお茶を濁したというのも頷けない話じゃない。だが…」

ゲンドウはデスクに肘を突いて顔の前で手を組んでいた。冬月の方からゲンドウの表情ははっきり見えなかった。再び部屋に冬月の声が響く。

「ついでに言わせてもらうとセカンドの経歴ファイルはどうも信用出来ない。不自然な改定が多すぎる。初版がゲヒルン時代の2009年6月、次の改定がマルドゥック機関の2010年12月と2011年5月、そして更に2014年のネルフ本部総務部による追加改定…正直なところチルドレン一人に対してこれほど頻繁な改定は異例だぞ?マルドゥック機関の頭目として是非この辺の見解をお前から聞きたいものだね」

「…」

「碇、この際だからはっきりして置きたい事がある。お前が何処まで関わっているのかは知らんが単刀直入に聞こう。お前がセカンドをまるで目の敵にしている理由は何なんだ?それから2008年12月24日に一体何があった?キョウコ君とお前との間には一体何があったんだ?」

「公式記録の通りだと言った筈ですよ、先生…それに経歴ファイルの改定は各論過ぎて俺には分からんよ…」

こいつ…この期に及んでまだ出し惜しみするつもりか…

冬月はすくっと立ち上がると踵を返して部屋の出口に向かって歩き始めた。

「先生…どちらへ?」

「お前と話していても埒が明かん!こう見えて俺も多忙なんでね!」

ジロッとゲンドウを一睨みすると冬月は怒鳴り始めた。

「いいか、碇!一つだけ忠告しておく!貴様が他人と壁を作って一人の殻に閉じ篭るのは勝手だ!だがここには職員が1500名いるんだ!お前にはその命を預かっているという自覚が足りん!いつまで箱根湯本駅の近くにあったボロ研究所(松代の新技術創造研究所を引き払った後にゲヒルン日本支部として初めて入居した建物の事)の主でいるつもりだ!貴様は黒き月(ジオフロント)の整備が始まってもネルフが発足してもいつも一人だった!人類補完計画を推進する人間がそれでどうするんだ!何を持って神とするつもりだ!創造主のつもりが無人島にただ一人生き残ったロビンソン・クルーソーだったという笑い話にせいぜいしない事だな!」

返事の変わりにゲンドウのサングラスが鈍い光を放つのが見えたがゲンドウは黙ったままだった。

「どうなっても俺は知らんからな!」

先生の質問全てに答えることは難しいが…一つだけ確かな事がある…」

冬月は足を止めてゲンドウを振り返る。ゲンドウは重々しく口を開き始めた。

「2001年9月13日…つまりセカンドインパクトの日に覚醒を始めたアダムにダイブされた人間のDNAはキョウコ・ツェッペリンのものだったのだ…そしてその時に生まれたのは…実はアダムだけではなかったのだよ…そして…ツェッペリン…キョウコ・ツェッペリンは「汚れ」なき身体で子供を産んでいたのだ…」

「な、何だと!!け、汚れなきだと!!そ、それはつまり…まるで…まるで聖母の受胎ではないか!」

冬月の喉はカラカラだった。

どうなってるんだ…おかしい…おかしいぞ!

「た、確か…貴様は…この前はセカンドの父親の名前まで言っておったではないか(
Ep#02_2)…」

「私も初めからセカンドを疑っていたわけではない…運命の悪戯とは恐ろしいものだと本気で思っていた自分が懐かしいよ…それは信じてもらいたいですね…だが…ヤツが加持と連携するどころかチャイルドだったとなれば話は別だ…私が非道に見えるというなら理由はそれに尽きる…何故だか分かりますか?」

ゲンドウはそれには答えずただニヤッと不気味な薄ら笑いを浮かべて冬月を見る。

「これがA計画のもう一つの側面だったからですよ、先生…つまり…Seeleを誑かしている男はもう一人いた…という事です…」

冬月は今にも倒れ込みそうなほどの衝撃を受けていた。

「も、もう一人…それが…ゲオルグだったというわけか…」

ゲンドウはゆっくりと頷くとすっと立ち上がる。そしてゆっくりと冬月の方に向かって歩き始めた。

「だから老人たちとの関係だけに着目していては事を仕損ずる…約束の日…それは原点回帰と我々の計画との単純な綱引きにはならない…もう一つ…終末の書に記されている「神々の黄昏(ラグナロック)」を密かに狙っている輩との三つ巴のシナリオなんですよ…」

「ラグナロックだと…」

ゲンドウが冬月の正面までやって来ると足を止める。冬月は反射的に背筋にぞくっとした冷気を感じて思わず一歩後退りをした。

「しかし…幸いな事に全員がサードインパクトを起こす必要がある…その一事で唯一繋がっているに過ぎない…Seeleも…ゲオルグも…」

ゲンドウは不敵な笑みを浮かべると顔を強張らせている冬月の右肩をぽんと叩いた。

「そして…我々もね…そうでしょ?先生」

「碇…お前…」

「とにかく先生…使徒を全て倒すまでは何も起こりませんよ…それは安心していい…勝負はやはり使徒を全て倒した後、という事になる…とはいうものの時間は我々を待ってはくれないんでね…怒りの日は近い…ある意味で我々にとって最大の試練になるだろう…」

「怒りの日…」

「それは…私がアダムをあえてここに呼んだ理由でもある…最終的に三人の使者を防げるのはヤツしかいない…それはよく弁えているだろう…」

ゲンドウは笑いながら冬月を残して司令長官室を後にしていた。



 
 Ep#08_(31) 完 / つづく

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