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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第35部 Dies irae 怒りの日(Part-5) / 三人の使者(後編)


(あらすじ)

射出された初号機と弐号機は使徒"獅子"を迎撃すべく静岡方面に向かった。まさに猛進の言葉通り激しいその攻勢の前に接近戦を挑んだアスカは厳しい防戦を強いられる。
「こ、こいつ…つよい…」
堪らずシンジは助太刀すべくプログナイフを抜くと突然走り出した。

Khachaturian - Sabre Dance

Der Säbel des Fräulein

 
(本文)

Evaが格納されている“ケージ”と呼ばれるエリアにはパイロットがエントリープラグに搭乗するためのエントリーエリアと呼ばれる一角がある。ここはエントリープラグ乗り場があり、その手前にはエアシャワーなどが設置されていた。

スクランブルがかかっているため本来はこのエリアを全力疾走しなければ軍律違反だったが何故か二人は分厚い網目状の金属製の長い廊下をぎこちなく並んで小走りに歩いていた。

「アンタ…怖いの?」

「え、えと…いや…その…」

沈黙を最初に破ったのはアスカだった。シンジは慌ててアスカの方を見る。

「安心していいわよ、別に…アタシも怖くないと言えば嘘になるから…」

「!?」

シンジは今まで怖いという類の言葉を直接アスカから聞いた事が一度も無かっただけに驚きを隠せなかった。

ど、どうしちゃったんだ…一体…

「今まで半分はどうなってもいいと思いながらEvaに乗っていた。でも残り半分はEvaに乗る事だけが自分の価値だから負けてたまるかとも思っていた。矛盾だらけだったのね…でも最近は怖いって思うことが多くなってる気がする。自分でもその理由がよく分からなかったけど分かった事が一つだけある。それは生きて帰りたい、ていう気持ちがあるって事かな」

「生きて…帰る…」

「そう…ただそれだけ…だからもしアンタが怖いって思ってるなら多分それは当たり前の感情によるものだと思うから…」

アスカ…もしかして僕を励ましてくれているのか…

シンジは並んで歩くアスカの横顔をじっと見詰めていた。その視線に気が付いたアスカは顔を真っ赤にすると顔を慌ててシンジから背ける。

「と、とにかく!アタシが言いたい事は自分を情けなく思う必要はないってこと!はい!アタシの話はこれでおしまい!」

アスカが弐号機のエントリープラグ乗り場の前に立つとハッチの開閉ボタンを荒々しく拳で叩く。金属の冷たい扉の向こうから油圧装置の鈍い音が聞こえてくる。分厚い扉が開くと奥の方にエントリープラグが見えた。

アスカはひらりと身軽に飛び上がるとエントリープラグの方に歩いていこうとしたが不意にシンジを振り返った。

「じゃあね!バカシンジ!」

「うん…じゃあ…」

生きて帰る…か…そんな事…今まで意識した事なかった…そんなこと言われるとなんか…

シンジは複雑な心境になっていたが第二ケージの方に歩いて行く。

結局…どう考えたところで僕らはEvaに乗るしかないんだから…

「シンジ!」

不意に後ろから声をかけられたシンジは驚いて声のする方向を振り返った。アスカが走ってくるのが見えた。

「どうしたの?」

「一つ…忘れてた…」

「え?何?」

「まだアンタから誕生日プレゼント貰ってなかった!」

「え?プレゼン…ええ!?き、昨日…いらないみたいな事を言ってたじゃないか!それに…何もこんな時に言わなくたって…」

「こんな時だから言ってんのよアタシは!アンタだって何か引っかかったまんまだったら気持ち悪いでしょ?」

「ま、まあ…思い出しちゃったから…あんまり気分はよくないけど…」

「じゃあ戦いに集中できないわね。迷惑なのよね。そういうの。気が散って背中を打たれたら堪んないわ!」

「そ、そんな事言ったって!!じゃあ…どうすればいいのさ…」

アスカは大きなため息をつくといきなりシンジの両肩を押す。そしてそのまま自分の身体を使って壁にシンジの身体を押し付けた。金属の壁が背中の体温を奪っていくがプラグスーツを介して感じるアスカの体温は暖かかった。

「ちょ、ちょっと!いきなりなんだよ!」

僅かに膝をかがめてアスカはシンジと目線を合わせてきた。アスカの青い瞳に自分の顔が写っているのが見える。アスカは自分の唇をシンジの唇に重ねた。

一瞬の出来事だった。

「バカ…こういうのでも立派なプレゼントになるだから…」

アスカは唇を離すと耳元で囁いた。シンジは何かを言おうとした途端、急にアスカが身体を離した。

「生きてたらまた会いましょ!Mein Schatz(独語)!」

「シャ、シャツ…?」

アスカはにやっと笑うと再びハッチに向かって走って行った。そして振り返ることなく弐号機のエントリープラグに向かうハッチの中に飛び込んで行った。やがて鈍い音と共にそれは閉じられていった。

シンジは暫く呆然と立ち尽くしていた。顔から火が出るくらい熱かった。

「マイン…シャツ…」

突然、エントリーエリアにミサトの怒声が鳴り響く。

「初号機!何やってる!弐号機はもう出たぞ!」

シンジの頭上にも容赦なく降り注いできた。追い立てられる様にシンジはその場を離れると慌ててエントリープラグの中に飛び乗った。

「初号機起動!シーケンス始めます!す、すみません!初号機!発進します!」

初号機がゲートに運ばれていく時間は僅かだった。シンジは考えていた。

シャツって…何なんだろう…
 


芦ノ湖南岸にある特務機関ネルフ専用の飛行場(ポート1)から初号機と弐号機が飛び立つ姿が主モニターに映し出されていた。発令所の一際高いフロアでミサトは青葉、マヤ、山城ユカリに囲まれながらそれをじっと見詰めていた。

「ライオン丸(使徒14-a)の現在位置は?」

「第二名古屋市を通過して新岡崎市に迫っています。どうやらこちらが手を出さなければ攻撃してこない様ですね」

青葉がミサトを振り返る。

「どういうこと?」

「はい。全く意図した訳ではないのですがあまりに目標(14-a)の進撃速度が早くて国連軍の地上部隊の展開が間に合わなくて結局、第二名古屋市方面に防衛線を構築する事が出来なかったんです。ところがこちらの懸念とは裏腹に目標は第二名古屋市を素通りして行きました」

「素通り?なるほどそういうことか…やはり使徒は使徒という訳ね」

あたしも大阪が壊滅状態という話を聞いて舞い上がってしまった部分があるな…今まで単身単独の襲撃をしてきた使徒が複数出現したという一事で今までの使徒に対するイメージを白紙にするのも早計か…しかし…第5使徒の時も強烈だったが今回のあのビームは間違いなくその上を行っている…やはり距離をとっての攻撃は不利になりそうだ…それはそれとして…

ミサトは大きなため息を付いていた。

民間にこれほどの被害が出るとは…正直、想定外だった…

使徒に共通する習性として自分に攻撃を仕掛けてくる相手には必ずといってよいほどカウンター攻撃を加えた。この事実を逆手に取ってわざと使徒の攻撃を誘発してその戦闘能力を測るネルフのファーストアプローチの戦術は生まれていた(
Ep#06_13)彼を知り己を知れば百戦危うからず、というミサトの使徒戦闘に対する基本路線に基づいて日向が中心になって考案したものだ。

出現した使徒に対してネルフの初動が非常に慎重であった背景には人類最高峰のインテリジェンスシステムであるMAGIですら正確に使徒の戦闘能力を把握する事は不可能だったからである。この使徒の返す刀で加えられるカウンター攻撃の習性を熟知していなければ無秩序な攻撃を加えるほど被害が拡大する恐れがあったのである。マクダウェル少将直属の東日本駐留の国連軍はこれまで多くの使徒迎撃戦にミサトと共に加わっていたため格段に対使徒戦闘の錬度が上がって実戦部隊の被害は目に見えて減少していた。

今回の大阪の悲劇は使徒襲来に全く慣れていない西日本駐留の各部隊が半狂乱に近い攻撃を加えたため使徒のカウンター攻撃を逆に誘発して被害が拡大したという見方も出来たが、そんな冷静な分析ができるのは軍事専門家程度で世論は間違いなく情緒に流されてネルフに一層厳しい批判を加えるであろう事は容易に想像できた。

どちらにせよ…これ以上…民間に被害が出ない様にしなければ国民党政権がどう動いてくるか分かったもんじゃないわ…国民党政権発足以来、ほとんど政略面でウチ(ネルフ)は丸腰に近い…この前の事故(G兵装テスト)で最後の最後まで副司令が特務機関特権を行使するのに慎重だったのも下手に現政権を刺激しないためだしな…

「Eva初号機及び弐号機は現在、三島上空を飛行中。目標との接触ポイントは恐らく新磐田市郊外になるかと思われます」

青葉の落ち着いた声がミサトの耳に入ってきた。

「ヤツを浜松、磐田辺りで迎撃か…総力戦を仕掛けるには悪くない判断だけど…今、使徒14-b(女)はどの辺?」

「現在、飯山市を通過中です。このまま行けばあと30分弱で松代市(長野市に相当)の北側に展開している国連軍第36戦車大隊(Ep#07_18)を主力する特車部隊半個師団と戦自第1師団所属の部隊が使徒と接触します。もっともミサイルとビームとの応酬は既に始まっていますが…状況は…かなり悪いです…」

青葉は刻々と積み上がっていく一方の国連軍の被害状況を見て眉間に一層深い皺を寄せていた。

「そうか…意外と使徒の足が早いわね…それにしても戦自の第1師団(首都防衛隊)が国連軍と協働しているというのはある意味で驚きだね」

「使徒の進撃速度を鈍らせてくれるならこの際、戦自でも協力はありがたいですね」

「まあ、そうね。実際は青くなった政治屋どもに泣き付かれて渋々出向いているというのが正直だろうけどね」

「ははは。確かに」

青葉とミサトの二人のやり取りを聞いたマヤは最前線から次々と送られてくる使徒のデータをMAGIの解析にかけていた手を一瞬止めた。

はたしてそうだろうか…松代の時は国際法違反で強引に片付けたけど戦自と私達が正面切って交戦したのは揺るぎの無い事実…まさかとは思うけどシンジ君たちが完全に出払った後のここを襲われたら一溜まりもないわ…その点は大丈夫なのかしら…

マヤがミサトの背中に向かって何かを言おうとした時だった。マヤと反対側のかつて日向が座っていた席にいる山城ユカリ三尉(作戦部所属。日向に替わって作戦部のMAGI主幹オペレーターに就任)のやや鼻にかかった様な緊張感のない声が聞こえてくる。

「あのう…葛城上級一佐。つい先ほど東雲二佐(作戦部長補佐兼参謀官。松代騒乱事件収束後に三佐から二佐に進級)と日向特務一尉(作戦四課長)が芦ノ湖南岸の作戦地域からポジトロンライフルを回収して本部に帰って来られました」

眩しいほどの笑顔をユカリはミサトに向けている。ミサトはややたじろぎつつ頷いた。

「そ、そうか…どうでもいいけどあんた…レシーバーが反対よ」

「え?あ、本当だ!ありがとうございます!さっきから現場の人から声が小さい!って怒られぱなしだったんです。仕方がないから大声で叫んだのにそれでも聞こえないって言われるから耳が遠いかマイクの故障か、どっちかだろうなって思ってたんです。あたしっておバカさん、テヘッ」

テヘッじゃねえ!マイクの故障を疑う前にテメーの頭の故障を疑えっつうの!

ミサトの顔が引きつっていた。全ての理性を総動員させて殴りたい衝動を抑えているらしい。マヤは微妙な空気が流れるミサトとユカリの間を何とかフォローしようとしたが適当な言葉が浮かばなかった。チラッと救いを求めて青葉の方に目を走らせるが青葉は一切関わり合いたくないらしく、既に自分の仕事に集中していた。

だ、大丈夫なのかしら…ユカリちゃん…でも…ネルフのMAGIオペレーターの選抜試験で抜群の成績だったし…それに日向君の推薦が何よりの決め手になってるしな…

万事にマイペースなユカリは日向の後任として着任していたが最強の天然キャラではないか、という疑惑が発令所に詰めている職員の間で持ち上がって既に久しい。ユカリは着任以来、チャキチャキの江戸っ子DNAが入っているミサトのペースを狙い済ました様に霍乱し、そして悉く足を引っ張っている様に周囲からは見えていた。ミサトと日向のテンポがずば抜けてよかっただけに「最凶2トップ」と言われる有様だったが、このまま大過がなければ二尉に進級してミサトの副官に収まる事は半ば規定路線になっていた。北上総務部長のミサトに対する嫌がらせという噂もあったが。

しかし、今の絶望的な状況の中でユカリの存在は意気消沈しかけていた発令所の雰囲気を明るくし、そして何よりも孤独なこの女指揮官の精神面の平衡を期せずして保つ役割を担っているとも言えなくなかった。

誰もが3体の使徒が同時出現して浮き足立っていた…心に余裕がない状態で使徒と戦うと自滅しかねないし、的確な指示が与えられないとアスカとシンジ君の足をむしろ私達の方が引っ張りかねない…発令所の士気はEvaに劣らず重要だわ…ユカリちゃん…仕事はちょっとアレだけど…それは私と青葉君がカバーすればいい…今はあの子の様な元気(ムードメーカー)が私達には必要なのかもしれない…

シャギの入った黒髪を手串で整えながら鼻歌を歌っているユカリの横顔をマヤは見詰めながら考えていた。一方でミサトは顎に手を当てて既に何事かを思案している様に見えた。マヤはため息を付いた。

ネルフ…いや人類の運命は葛城ミサトという一人の女性の決断にかかっているわ…葛城一佐は何も仰らないけれどそのプレッシャーは一体どれだけあるんだろう…でも…私たちは戦いの事は全然分からない…頼る事しか出来ない…だから自分達に出来る事をして精一杯、支えるしかない…

ミサトが当初計画した”フルボッコ作戦”の中には対ラミエル戦のヤシマ作戦(改)で使用したポジトロンライフルの再使用も想定されていた。第三東京市に殺到してきたところを芦ノ湖南岸からラミエルと同様に狙撃する事を狙って東雲カズト二佐と日向一尉を配していたが3体目の使徒が現れて包囲殲滅の危険が生じた事と大阪消失という予期せぬ事態の発生で作戦を中止してジオフロントへの引き上げを命令していた。

また、大阪に未曾有の大被害が発生して混乱の坩堝と化している今の日本で一糸も乱れぬ電力統制をかけるのは特務機関特権を発動させたとしても実際問題として不可能だったのである。ミサトは主モニターを見ながらしきりに一人でブツブツ呟いていた。

確かに使徒と通常兵力では局地的な勝敗は目に見えている…だが、これらの攻撃は戦略レベルで見ると全く無駄ともいえない…戦自1個師団の戦闘意思が弱いという事は実質的にスティーブンス(第13使徒戦後に少佐から中佐に進級)の一個大隊だけで14-bのカウンターを誘う事になるが火線としては薄すぎる…(速度を鈍らせる事は)あまり期待できないな…それにヤツがいつまでも定速運動してくれるという保障もない…ここはアスカ達を南下させ過ぎるのはまずい…仕方がない…

「おい!ピクシー1、2に至急連絡!磐田付近は戦術的な場所として悪くないが出っ張りすぎだ!14-bとの位置関係を踏まえて静岡近辺で適当な迎撃ポイントを探す様にEva隊に伝えろ!」

突然のミサトの声に驚いてユカリがけたたましい音と共に椅子からひっくり返っていた。

「いったーい!すりむいちゃった…」

「何やってんの!早く伝えなさいよ!」

「ご、ごめんなさい!え、えっと…し、静岡…静岡?あの…静岡って静岡県の静岡ですか?」

「ほう…いつから日本の静岡は2つに細胞分裂したっていうんだ?お前は…」

ミサトがギロッとユカリを睨み付ける。そのあまりの鋭さにユカリは一瞬にして肝を潰していた。

「も、申し訳ありません…一個ですよねえ…はは…静岡は一個に決まってますよね…ええっと…Evaは今どこかなあ…」

「あのユカリちゃん…余計なお世話かもしれないがピクシー1も2も既に静岡の手前に差し掛かっているぞ。早くした方がいいと思う…物凄く…」

青葉が至って冷静に答える。軍令の発令は原則的に作戦部所属のユカリが行わなければならない。事態をようやく把握したユカリは今度はパニック状態に陥ってミサトの顔を哀願するかの様に見た。

「か、葛城上級一佐!もう間に合わないっぽいんでこのまま新磐田方面に素直に向かった方が…」

ブチッ

ミサトの中で何かが切れた。

「冗談は顔だけにしとけよ、このおバカ!!ぽいって理由で部隊を通過させる軍隊がどこの世界にいるんだ!ごたごた言う前に言われた事を先にしろ!Evaが静岡を通り過ぎたらお前自身がどうなるか分かってんだろうな?!ヴォケ!!」

「は、はひい!」

く、食われる…使徒より百倍怖い…お、お母さん…

ユカリはしゃくりあげながら輸送部隊を呼び出し始めた。しかし、操作ミスで本部と輸送ヘリ間の双方向通信を入れていた。

「こちらーピクシー1。本部どうぞ?」

「エ…エ…Eva…Evaを今すぐ静岡に落として下さい!大至急です!葛城上級一佐が激怒しています!」

「は?え、Evaを落とす…それは静岡に強制揚陸という意味ですか?」

困惑した様なパイロットの声が辺り一面から聞こえてきた。

「ちょ、ちょま!正しく伝えろ!このおバカ!急降下爆撃じゃあるまいし、何だ!そのすぐ落とせってのは!」

ミサトは堪らずユカリの方に歩いていくと両肩を鷲掴みした。

「ちゃんと正しく伝えてますもん!だってすっごく怒ってるじゃないですか!」

「こ、こいつ、なんて口達者な…30年生きてきて本気で脳天を吹き飛ばしたいと思った部下はお前が初めてだ…」

「きゃー!助けてー!殺される!」

ユカリはミサトの両手を振り払うと走って逃げていく。慌ててミサトもその後を追いかけ始めた。

「こ、こら!職場放棄するな!ちゃんと戻って仕事しろ!待ちやがれ!この天然女!」

一方、このやり取りを全て聞いていた輸送ヘリのパイロット達は…

「おい…本部で一体何が起こってるんだ?」

「さっぱり分からん…だが…部長はやっぱり30だったんだな…」

「ああ…確か昨日の飲み会では28になったと自称していた筈だぞ…勿論、あからさま過ぎて誰も信じてなかったけどな…」

「部長の嘘に騙されるのはユカリちゃんくらいだろ」

「そこはガチだな」

当然、この会話も双方向通信システムを介して発令所全体に流れていた。青葉が何事もなかったかの様に双方向通信を通常交信に切り替えて話し始める。

「山城三尉に替わって青葉が指示します。直ちにEva空輸部隊は静岡近辺で適当な着陸ポイントを探してEva切離しを行って下さい。Eva防衛線構築をチルドレンに要請願います。防衛線近辺の地勢情報をS暗号モードで本部に送って下さい」
 


「こちらピクシー1。Eva-02応答願う」

「こちらEva-02。どうぞ」

「さきほど本部より指令が届いた。静岡近辺に防衛線を敷く。直ちに着陸準備を願う」

「静岡?もうすぐじゃん…ミサト…何考えてんの…」

出鼻を挫くならいきなり空から急襲して先手を取るのが上策…それを手前で降りて迎え撃つとなると相当激しく組み合う事は覚悟しないといけなくなる…静岡の手前には山があるしな…正直…平地が続く新磐田辺りの方が接近戦闘には都合がいいんだけどな…

「Eva-02。あと1分で目標に到達してしまう。急いで準備を願いたい」

「分かった。命令なら仕方がない。だが静岡は戦術的に地の利が無い。そのまま静岡をやり過ごして焼津の北を狙って降下する。シンジ!聞いての通りよ!降りる準備をして!」

「ええ?!さっき出発したばっかなのに…それに接近戦なら平地の方が戦いやすいじゃないか…」

アスカはため息を付いた。足下にはもう静岡の街並みが広がっていた。

確かにアンタの言う通りよ…アタシもそうしたいけどミサトはアタシ達よりも遥かに多くのことが見えてるのも事実…ここは大人しく従ったほうがいい…

「多分…アタシたちが本部から離れて南下し過ぎるのが不安なんだと思うわ…」

着陸まで間が無い事もあってアスカは忙しく正面のタッチパネルを操作しながら適当に応じていた。

「不安?あのミサトさんが?そんなのおかしいよ」

説得する余力が無い事もあったが神経質且つ几帳面なシンジに適当な事をアスカが言ったため話が拗れ始めた。既に静岡市街を過ぎて高草山が迫っていた。急いで揚陸地点のガイドを輸送ヘリと共有すると今度は同じデータをシンジに転送をかけ始めた。

人の気も知らないでごちゃごちゃ言って!あったま来るなあ…

「ミサトは意味の無い事をあんましないからここは指示に従った方がいいってことよ!そんな事より今からデータ送るから自動揚陸モードに切り替えて!」

「な、何だよ!そのあんまりって!じゃあ時々意味が無いってこと?」

「うっさい!つべこべ言わないの!男の癖にいちいち細かい!先に降りるわよ!アンタは焼津の後ろにある高草山に降りて!いい?分かった?」

「ちょっ…アスカ!ちぇっ…」

アスカは一方的にシンジとの会話を打ち切る。

「もう!降りてから話すればいいじゃん!降下まで時間がないってのに!ホンッと細かい事をブチブチ言うんだから!バカ!バカ!バカ!」

自分の隣で降下し始めた弐号機を見てシンジも渋々準備を始める。以前のシンジなら「男らしくない」という類の言葉を言われれば不機嫌になってふて腐れたかも知れない。しかし、シンジがそれを気にする様子はなく、むしろ全く別の感情、不安感を芽生えさせつつあった。

どうしてだ…一気に決めるなら平野の方が絶対いいのに…乱戦になると共同し難いじゃないか…それに…今回は珍しくミサトさんもコロコロと作戦を変えてくる…これって臨機応変で済む問題なのか…
 


「静岡防衛線(実際は初号機と弐号機は高草山の山頂と南側丘陵地に陣取っている)に敵!パターン青!使徒です!主モニターにバックアップポジションの初号機オンフォード信号を回します!」

青葉が叫ぶ。敵情報告はユカリの職掌だったがミサトに連れ戻されたユカリ本人はファンシーな柄の付いたハンカチで大きな円らな瞳を拭っていた。

「きたか…アスカ!シンジ君!ライオン丸は強力なビームを出す!注意して!」

「了解!!」

全員に緊張が走る。ネルフとしては本日初の戦闘だった。

「シンジ!バズーカの射程に入ってもいきなり撃たないで!十分ひきつけてからヤツの鼻面に打ち込んで」

「ど、どうしてさ?」

「それを目晦ましにしてアタシがヤツとの一気に距離を詰める!」

「でも…」

これまで多くの使徒を倒してきたという点でシンジはアスカ以上の戦績を誇っていた(
使徒戦手当支給記録)。しかし、実際は本人も認める通り本部(ミサト)の微に細に入った指示に従ってきたからとも言えた(Ep#08_5)。勿論、シンジにはEvaパイロットとして非凡な才能が備わっていたが、本能的なセンスだけで全てを切り抜けられるほど戦場のセオリーは甘くはなかった。それは初号機のレリエル埋没という形で顕在化したことは記憶にまだ新しい(Ep#06_17)。

一方、ミサトが細かい指示を出せるのはあくまで第三東京市哨戒圏と呼ばれる半径25kmのホームグラウンドの範囲内に限られた。この哨戒圏内には高射砲、ミサイル発射台、榴弾砲を初めとして各種情報収集設備が整っていたため、ミサトは度々、シンジの戦術上の判断ミスを使徒がカウンターを繰り出すという習性を利用してこれらの通常兵器を巧みに用いてリカバーしていた。また、お互いの距離が近いため発令所とEvaパイロットとの間で戦術上の認識に齟齬が生じ難い事も幸いした。

しかし、一度哨戒圏を離れて野戦となった場合(第6、第8、第13使徒戦)は司令官の判断が必ずしも戦場での最適な答えになるとは限らず、むしろパイロットの瞬間的な判断に依存する部分の方が多く、大抵の場合それは正しかった。

これまで哨戒圏外の戦闘は戦略パイロットたるアスカが全て担当してきた為、これが実質的にシンジが単独で機体操作をする哨戒圏外での初陣だったのである。その極めて意外な事実を全員が失念、いやむしろシンジを大ベテランと固く信じていた。

シンジ自身もそうだった。
ところがそこには全く普段とは異質の風景が広がっていた。本部の指示がほとんどなく、シンジがどんなに照会をかけても情報のポップアップは「Unknown」と返されるだけだった。

おかしい…コアの位置も…敵の想定攻撃ルートも…なんで表示されないんだ…これじゃ…戦いようがないじゃないか!!

全てのグラフィックがシンジに「自分で考えろ」と無言の圧力を加えていた。

本部にデータを直接送ってもらえる様にお願いしようか…でも…まだファーストアプローチをかけたわけじゃないし…ど、どうすればいいんだ…不安だ…すっごく…僕…どうすれば…

その理由をシンジ自身も正確には自覚していなかった。言い知れぬ不安として自分に重く圧し掛かっていることだけは分かっていた。

「目標がバズーカの射程に入りました!」

青葉が叫んだ瞬間、シンジの鼓動はどんどんと早くなる。

「き、きた…」

「まだよ!もっとひきつけて!」

「わ、分かってるよ…」

地震の様な地響きがどんどんと近づいてくる。遠目にも巨大な獅子が怒涛の勢いで迫ってくるのが見えた。アスカは近づいてくる獅子をにらみつつ肩に担いでいたスマッシュホークを中段に構える。

慌しく出撃した二人がお互いの認識を一致させるための時間は不幸にしてなかった。これが後に大きな躓きになる。

ま、まだか…距離10000を切ったぞ…

シンジがスコープを覗く。恐ろしい形相をした使徒がまさに鬣(たてがみ)を振り乱しながら突進してくる様がはっきりと見える。

「くっ!」

「まだだってば!」

初号機の指が引き金にかかる気配を感じた弐号機は初号機の肩を叩いた。

「あ、アスカ…」

「アタシは中腹まで降りる。後はよろしく!」

隣にいたアスカがじわじわと前進を始めた。

「ちょ、ちょっと…」

「大丈夫。大丈夫。アタシが撃て、て言った時に2,3発顔面にぶち込んでくれればそれでいいから。アンタ射撃うまいじゃん!心配ないって!」

アスカは自分なりにシンジを励ましたつもりだったがシンジは一人残された事で抑えていた不安が一気に噴出し始めていた。弐号機は中腹どころかほとんど山を降りていた。

距離6000を切る!まだ撃っちゃダメなのか!これじゃほとんどバズーカの意味が無いよ!

「アスカ!」

「だーかーらー!まだだってば!」

もう!しつこいわね!見れば分かるでしょ!接触まで2分もかかんないわよ!何でそんなに打ちたがるのかしら!

アスカはアスカでしつこく聞いてくるシンジのそれが不安感に根ざすものとまでは想像だにしていなかった。せいぜい焦れている程度に考えていたため大してフォローもしなかった。シンジは文字通り手に汗をかいていた。局地的索敵システムが表示する使徒との距離を示す数字はみるみる小さくなっていく。

距離1500を切った!いくらなんでも近すぎるんじゃないのか!まだなのか!

シンジを知る者の多くは約束した事を律儀に守る人間、という印象を等しく持っていた。確かにシンジ自身も出来るだけ周囲の期待に応えようと考えていたが、彼の責任感は基本的に自分の力量を超えない範囲でコミットするという半分自己保身で保たれているという側面があった。逆に自分のキャパシティーを超えた領域では時に恐慌すら覚えた。ミサトもこの二人のやり取りを双方向通信システムを介してリアルタイムで聞いていたがシンジの事は全く気にかけていなかった。

弐号機を捕捉した使徒が身の毛もよだつ様な雄叫びを上げる。


グワアアアアアン!!


まさに獅子の咆哮(ほうこう)だった。使徒の周りに光の輪が形成されると同心円状に広がり始める。まるで竜巻のようにありとあらゆる周囲のものを弾き飛ばし始めた。

「ATフィールド…バズーカの存在に気が付いたのか…ならば丸裸にするまでよ!ATフィールド全開!」

アスカがプラグ内で叫ぶ。弐号機に近づきつつあった光の輪が途中で歪みを生じると輪の輪郭が忽(たちま)ち不明瞭になっていく。ATフィールドをむやみに使わないのはそれがパイロットの疲労を誘うからである。EvaのATフィールドは常に自動的に展開さている訳ではなく、パイロットが丹田に力を込めて意識を集中する事で発生した。これは集中力と腹筋などの各部位を使うため当然にパイロットの気力体力を消費した。

獅子と弐号機の間に夥(おびただ)しい稲光の様な閃光が走り始めた。ATフィールドの中和現象だった。ATフィールドも一種のエネルギーであるため緩衝作用(中和)を起こした場合はエネルギー保存則に基づいて別のエネルギーに変換されて無力化していく。音、光、熱などが渦巻く異様な雰囲気の中に双方を包み込んでいった。

「ア、アスカ!」

シンジが今度はやや甲高い声を上げた。使徒と弐号機の間の距離は1000前後で止まったままだったがATフィールドの中和現象で山頂付近に陣取るシンジから弐号機の姿を砂嵐の様に奪っていった。シンジの感覚からすれば使徒と弐号機の距離は余りにも「近すぎた」が、接近戦を狙うアスカからすれば「遠すぎ」た。

アスカ!まさか通信が!もしそうなら…このまま撃たなかったらアスカが…アスカが…やられる…やられる…やられてしまう!!

アスカから返事はまだ無かった。いちいち返事をするのが面倒臭くなったのと目の前の敵に意識を集中したいために意図的に無視した。アスカは僅かに腰を落とすとスマッシュホークを握る手に力を込める。目の前の使徒も飛び掛るタイミングを計っている様だった。

その時だった…


ボゴオオン!!ボゴオオン!!ボゴオオン!!


高草山の山頂にいた初号機が立て続けに使徒めがけて対装甲高エネルギー弾(特殊榴弾。ここでいう高エネルギーとは運動エネルギーが高いという意味で使徒のビーム攻撃とは異質のもの)を撃ち込む。アスカはシンジの弾筋を見届ける事もせず驚いて後ろを振り返った。

「ば、バカ!!まだ早いわよ!!」

集中力を欠いたその瞬間、中和していた使徒のATフィールドが弐号機に向かって再び張り出してきた。強い力で思わずアスカは弾き飛ばされそうになる。寸前のところで転倒を食い止めたアスカは巧みに弐号機の機体を制御して立て直した。

「ぐぐ…くそ!何て強力なATフィールドなんだ…」

しかし、これが一瞬の隙となり逆に使徒が弐号機との差を急速に詰めてくる。

「し、しまった!」

獅子が巨大な右腕を振り上げて弐号機の頭上に振り下ろしてきた。アスカはほとんど本能的にスマッシュホークを両手で掲げて間一髪のところでこれを防ぐ。


ガシイイイイン!!


激しく頭上で火花が飛び散る。

「こ、コイツ…つ、強い…ああああ!」

獅子の右手でまるで押し潰される様に弐号機はスマッシュホークを持ったまま膝を大地に着いた。

「アスカ!!!危ない!!!」

シンジは再びスコープを引き出して狙いを定める。踏み込まれた弐号機はほとんど獅子の懐に入っていた。今にも大地に押し倒されそうな勢いだった。

「だめだ!弐号機が近すぎてバズーカが使えない!」

僕のせいだ…僕の…

「アスカ!!」

シンジはバズーカ砲を放り投げると野獣の様に全ての理性をかなぐり捨てて疾風の様に高草山を駆け下り始めた。シンジは無我夢中だった。左肩のウェポンラックからプログナイフを取り出す。

「アスカ!!このやろう!!」

初号機が獅子と弐号機の姿を目前に捉えた時だった。業を煮やした獅子が今度は後ろ足立ちになると左腕を弐号機に向かって斜めに振り下ろす。一瞬、その様子がスローモーションの様に見えた。

「アスカ!!」

ダメ…避けられない…


ぶしゅううううう!!

 
Ep#08_(35) 完 / つづく

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