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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第36部 Dies irae 怒りの日(Part-6) / 制裁者降臨(前編)


(あらすじ)

辺りを覆っていた土煙が晴れた時…圧倒していた筈の"獅子"の姿はそこになかった。
「き、消えた…なんでだ…勝ってたじゃないか…」
唖然とするシンジ。しかし、他の二方面の状況は全く予断を許さなかった。
困惑するシンジに慌しく今度は北に転戦する指示が飛ぶ。
この使徒はどこかおかしい…本当にミサトさんが言うように…第三東京市を目指しているんだろうか…
 
神の怒り

(本文)

発令所では初号機のオンフォード信号の他に早期警戒衛星のデータが映し出されていた。

早期警戒衛星には赤外線、各種ルミネッセンスなどの高性能測定機が具備されていたが一度使徒とEvaとの間で戦端が開かれるとATフィールドの中和現象による複雑なエネルギー反応や粉塵によって個別の動きの識別が困難になるという問題があった。

そのためEvaや哨戒圏内に多く敷設されている索敵システム(ネルフではデータサイトという呼称で呼ばれる)から送られてくる視覚データの類を合わせて多面的な戦術的判断を発令所では行い、最前線に立つEvaパイロットに指示やグラフィック化されたデータを送っていた。

だが、遠く哨戒圏を離れた野戦ではデータサイトからの情報がないため、国連軍から提供される各種雑多なデータとEvaの局地的索敵システムとの同期を取って代替利用するしかなかった。

使徒が弐号機との間に距離1000を残してATフィールドを展開し始めた。主モニターに映し出される異様な獅子の姿に発令所の面々も一様に緊張が高まっていく。



「何て強力なATフィールドだ…あれだけでも相当の威圧感がある…(使徒戦の)ベテランでもない限り確かにビビッちまうな…ヤツら(国連軍日本派遣軍西日本駐留部隊)もそれなりの戦歴があった筈なのに…相手が悪かったな…」

ミサトは青葉とマヤの不安そうな視線が自分に注がれているのに気が付いてわざとおどけて見せた。

「ははは。感心してても仕方がないわね。それにしても…まだアスカ(弐号機)が仕掛けるには距離がありすぎるな…徐々に距離を詰めるさせるか…」

ミサトの言葉が終わらないうちに突然、発令所全体に三斉の轟音が鳴り響いた。


ぼごおおおん!!ぼごおおおん!!ぼごおおおん!!


「なっ、何!今のはまさか!」

ミサトは予期せぬ事態に心底驚愕していた。青葉が慌ててモニターを確認する。

「初号機発砲しました!」

「なんですって!?バカな!こんな中途半端な状況で!カウンター来るぞ!シンジ君よけて!」

初号機がバズーカを持ったまま場所を移動するのがオンフォードの流れる風景でわかる。額に汗を滲ませた青葉がミサトをいきなり振り返った。

「使徒!弐号機に急速接近中!500!」

「な、なに!?カウンターじゃなくて至近の弐号機の方を優先したのか!」

「分かりません!弐号機の攻撃と誤認したのかもしれませんし!100!来ます!」

次の瞬間、辛うじて転倒を免れた弐号機にEvaよりも二周りは大きい巨大な獅子が鋭い爪を間髪入れずに振り下ろす姿が主モニターに映し出されていた。発令所の誰もが声を発する暇すらなかった。


ガシイイイン!!!


「こ、こいつ…つ、強い…ああああ!!」

アスカの叫び声に近い声が辺りに響く。ミサトはほとんど反射的に叫んでいた。

「アスカ!まずい!先手を取られた!付近に展開中の(国連軍の)攻撃ヘリに対地攻撃要請!急げ!」

「わ、分かりました!」

ユカリが緊急信号を発する。


ギャリギャリギャリ!


身の毛のよだつ様な金属の擦れ合う鋭い音がこだましていた。弐号機の頭上で激しく火花が散っている。弐号機は弓なりになって獅子の爪を辛うじて防いでいた。

隙を突かれた一撃を寸前のところで受け止めた事自体が奇跡に近かったため、弐号機の胴回りは完全にノーガードだった。首の皮一枚で命を繋ぎ止めた、まさにそんな印象だ。

さすがのミサトもこの光景に戦慄していた。

体勢を崩しながらもヤツを止めたのは大したもんだ!ホントにあんたは戦士としての器が知れない!だが次はねえ!左が来たらマジで終わっちまう!

ミサトは額の汗も拭うことなく祈る様にモニターを見詰めていた。引き倒されれば次は鋭い牙や爪で体を無残に引き裂かれるのは野生の獅子の行動を見れば自明だった。

一刻の猶予もならなかった。

「ヘリの支援はまだか!早くしろ!相手に考える時間を与えたくない!」

「国連軍機は前方から後方へ旋回中!ロックオン信号確認!もうすぐです!」

ユカリは主モニターではなく自分の目の前に並ぶモニターに張り付く様な異様な姿勢のままでミサトに応える。弐号機に弾が当るリスクを回避するためのセオリー通りの措置である事は明白だったが今のミサトにはそれすらももどかしかった。

ミサイル如きでEvaは壊れねえ!そのまま頭でも狙って気を逸らしてくれればそれでいいんだ!ちっ!あたしにEvaと通常部隊を合わせた一個師団、いや一個連隊でいい!その指揮が出来ればもっと効率よく戦えるのに!

「ちっ!遅い!初号機!バックアップまだか!シンジ君!」

「アスカ!!このやろうううう!!うおおおおおおお!」

突然、シンジの雄叫びの様な声が発令所に響いてきた。食い入る様に主モニターを見詰めていた発令所の面々は予期せぬ事態に驚いた。

青葉が叫ぶ。

「初号機!ポイントQR-901から900(高草山を降りて弐号機の位置)へ急速移動中!」

シンジの叫び声と共に初号機がウェポンラックからプログナイフを抜き放つのが見えた。ミサトは思わず頭を抱える。

「な、なに!?なぜ砲(バズーカ)で直接ヤツの頭を狙わない!Eva二体でフロント(最前線)に立つと乱戦になってしまって意味がないだろ!言わなくても分かるでしょ?!素人じゃあるまいし…」

一気に使徒めがけて駆け下りる初号機に呼応するかの様に次々と使徒の背中に向けて国連軍のAH-80攻撃ヘリから対地ミサイルが放たれていく。


ごごごおおおおお!!


しかし、炎に包まれた獅子は他の攻撃には目もくれずに猛り狂った様に左腕を振り上げる。ミサトは咄嗟に叫んだ。

「くそったれ!!気が付きやがった!!アスカ!!早く逃げろ!!」

ダメ…避けられない…

獅子は眼下の弐号機に容赦なく振り下ろした。


ぶしゅううううううううううう!!


巻き上がる炎と共に血の様な赤紫色の液体がまるで間欠泉の様に吹き上がる。

「きゃあああ!!」

マヤは叫び声を上げると思わず顔を覆って画面から目を逸らした。

戦闘空域に殺到している国連軍機から送られてくる映像は鮮明だったが濃い砂塵にほとんど視界を阻まれていた。

「アスカ!!ちきしょう!!弐号機の確認を急げ!!大至急だ!!」

「し、しかし…」

青葉の顔が引きつる。哨戒圏外ではこれ以上の調査は術がなかったからだ。

誰も口に出してはっきりとは言わないが主モニターに映し出されている大量の液体は弐号機の素体から噴出していると思っていた。煙の中から噴出す液体が発令所の雰囲気をみるみるうちに重くしていく。

「くそ…なんてことだ…一瞬…ほんの一瞬でこんなこと…」

打ちしがれるミサトの背中によく通るユカリの声が投げらてきた。

「大丈夫です!あれは使徒の血です!弐号機は無事と思います!」

「な、何だって!?」

ユカリの声を聞いて青葉とミサトだけでなく目を背けていたマヤまでもが一斉に視線を送る。ユカリは普段のおっとりした様子から想像出来ない程の速さで次々とサブモニターに弐号機の状況を映し出していた。

「根拠その一!弐号機機体ダメージはMAGIから今だ報告なし!同期のタイムラグ12秒を勘案しても被害はないと考えます!根拠その二!最後方に位置する国連地上部隊の視覚データ分析の結果、初号機が弐号機を咄嗟に後ろに押しのけた可能性大!その三!オンフォード信号を小官が確認した限り、弐号機に加えらた使徒の手を初号機が掴む方が早く見えたこと!以上3点を総合した弐号機被弾確率に関するMAGIの判定は目下3.4%!データが集まるほどこの確率は漸次低下すると考えます!」

透き通るような凛としたユカリの声に青葉が驚いてユカリの顔をまじまじと見る。

あっさりとユカリは言ってのけたが実際、国連軍から送られてくる画像データは膨大であり、通常、これらを発令所のオペレーターはマニュアルでいちいちチェックする事はせずMAGIに転送して自動解析に付していた。確かにMAGIの解析効率は優れてはいたが瞬間的な判定では人間には敵わない。

但し…問題は情報量もさる事ながら無数に表示される動画を同時瞬間的に把握する眼力…そして百歩譲ってそれらが見えていたとしても尋常ではない動体視力が要求されるぞ…

青葉はユカリのデスクの前にあるモニターにチラッと目を走らせた。モニター上には無数のウィンドウ表示がある事が遠目に見えた。

ま、まさか…国連軍から送られてくる膨大なデータをこの子は全部見ていたっていうのか!?そんなの不可能だ!あり得ない!それに混乱を極めたあのオンフォードで何が分かるっていうんだ… それに…それだけじゃない根本的な問題がある…

「だ、だが…攻撃態勢にある使徒と初号機の位置関係から考えてヤツ(獅子)の左腕から弐号機を守ろうとすれば腕でも伸びない限り不可能…」

「実際伸びた様に見えましたけど?伸びないんですか?Evaの腕は?」

驚愕する様な事をさらっと言ってのけるユカリにその場にいた全員が一様に度肝を抜かれていた。百戦錬磨のミサトですら唖然とユカリの屈託のない顔を見詰めるしかなかった。

ほ、本当にこのおバカには何かが見えたというのか?入力データがとち狂っていたらMAGIにジレンマがあっても弾き出す答えは事実から遠のくんじゃねえのか…しかも…こいつ…ど素人みたいなことをあっさりと言いやがって…

沈着冷静な青葉だけが真顔になってユカリに応じていた。

「Evaの腕が伸びるわけないだろ!カメレオンじゃないんだぞ!こんな非常時に冗談を言ってる場合じゃないぞ!ユカリちゃん!錯覚じゃないのか?」

青葉は少し自分が動揺している事に気が付いていた。半分は自分を落ち着けるために、そしてもう半分は目の前にいるユカリの立場を慮って窘(たしな)めようとしていたのである。自明なものを除いてこの場でMAGIの主幹オペレーター(ネルフ内では主幹と略称される事が多い)が素っ頓狂な事を言うのは青葉の感覚からすれば全く得策ではなかった。しかし、親の心子知らずの状態だった。

「冗談なんかじゃありませんよ、青葉一尉。本当に伸びてましたもん!」

ユカリはもっとも青葉が危険視している発言の方を逆に強調した。

ま、まだ言うのか…この子は…

MAGIの主幹オペレーターの発言は主査や主務オペレーター達(MAGIオペレーターは代行発令権を有する主幹を頂点として主査、主務という内部職制があった。これらは対外呼称としては用いられない)のサポート方針に直結するため非常に重たいという厳然とした事実があった。また、発令所はネルフでは最高司令部であり、そこに詰めるオペレーターはネルフの各部局の代表(司令部付と総称される)でもあったためここ(発令所)で迂闊な事を言えばネルフ全体に与える波及効果は計り知れなかった。

「そんな非科学的な話を受け入れられる筈ないじゃないか!初号機に限らずEvaは特殊装甲(技術部では特殊装甲を拘束具とも呼んでいたがこの呼称はネルフ内でも一般的ではなかった)をつけているんだぞ!それを無視して素体が伸縮するなんて事は普通に考えてあり得ないんだ!」

「じゃあ普通に考えさえしなければ解決するんですよ!」

「い、いや…そうじゃなくってだな…」

腰を浮かしかけた青葉に主モニターを睨み続けていたミサトが怒声を浴びせた。

「青葉君!!話は後だ!!腕が伸びたかはともかく!少なくとも弐号機の件は…どうやら…このおバカの言う通りみたいだよ…」

「え、ええ!?そんな!」

ミサトの声で発令所の全員の視線が主モニターに集まる。

依然として使徒とEvaはもうもうと上がる砂塵や煙に阻まれてクリアに確認する事は出来なかったが、赤黒い煙の向こうに僅かに弐号機が立っている姿が見え隠れしていた。

「ば、バカな…あの絶体絶命の状態で…」

青葉は思わず呟いた。嬉しい誤算ではあったがあらゆる理屈が破綻していた。

あり得ない…二歩も三歩も出遅れていた初号機があのタイミングで弐号機の危機を救えるなんて…

さらに目を凝らすと初号機と思しき影が使徒と激しく組み合っている姿も土煙の向こう側から徐々に見えてきていた。

確かに…初号機は弐号機と使徒の間に入って組み合っている…この分だとアスカちゃんも無事みたいだし…弐号機もダメージを受けている様には…

「しかし…だからと言って…拘束具を纏(まと)ったEvaの腕が伸びる訳がない…幾らなんでもそんな事が断じてあり得る筈はないんだ…」

動揺する発令所にミサトが全体に聞こえる様な大声を上げて一喝した。

「戦いはまだ続いているわ!総員!銘々の位置について自身の職務を全うせよ!青葉君は弐号機の状況確認を急いで!マヤはヤツのコアの位置の解析を大至急!それから…」

視線は主モニターに注いだままミサトはユカリの傍らに移動した。

「おバカ…今後…お前はあたしの傍から離れるな。天から授かったその目で見えたことは残らずこのあたしに報告しろ」

「は、はい!分かりました!」

この瞬間、作戦部の最凶コンビに新たな絆が芽生えていた。

しかしまあ…Evaの腕が伸びた!には恐れ入ったわ…コイツは完全無欠のおバカなのか…それとも…日向君が言っていた様に…この子は本当に「原石」なのか…何の原石かは知らんが…

ミサトは追い詰められたこの状況でも嬉々としてキーボードを軽快に叩いているユカリの横顔をチラッと見た。

まったくこいつは…頼もしいのかバカなのか、面白い子だよ…どっちにしても…何かが見えてる事は間違いない…
 




日向はMAGIの主幹オペレーター(軍令担当)兼副官から作戦四課長に転出する際に山城ユカリを自分の後任としてミサトを始めとした青葉やマヤという面々に強く推し、実質的にこれが決め手になって今日のユカリがあるといっても過言ではなかった。

「確かに…MAGIオペレーターの選抜試験だけじゃなくて(ネルフ)入省試験の成績も学校時代の成績も全く申し分ない…ていうか体力勝負の作戦部に何でこんな子が配属されていたのか不思議なくらいだけどさ…ただ気になるのは…あの子…ウチ(作戦部)ではドン臭くて要領が悪い事で有名なんだよねえ…」

「マコト、俺が軍令関係の人事に口を挟むべきじゃないと思うが…その…つまり…あの…だから…どうしてユカリちゃんなんだ?よりによって…」

選抜者関係の書類に目を通しながら頭を抱えるミサトの隣で青葉がやや遠慮がちに発言した。一言も発しないがマヤの表情も少なくとも賛成の方ではなさそうだった。

ユカリは特務機関ネルフ入省してすぐに作戦部所属の女性士官として筑摩作戦五課長(同課には作戦部所属の女性士官の大半が在籍していた)の下で後方支援の調達部門を主に担当していたが、想像を絶する要領の悪さから五課内に留まらず作戦部の各課をすぐに点々とする様になった。

一時期は実戦部隊である作戦一課に女性でありながら所属していた事もあった。作戦一課に潜り込んだユカリは生前の周防進(三佐作戦部長補佐。
松代騒乱事件で殉職(Ep#07_20)。後に一佐と国連軍勲功章を追贈される)が担当した射撃教練で数々の不名誉な伝説を打ち立てて周防をして「この女…ハンパじゃねえ」と言わしめたツワモノだった。

標的を射貫くよりも味方の背中を撃つ事に天才的な才能を発揮したユカリが今は亡き周防から畏怖の念を持って与えられた異名が「鉄砲玉ユカリ(或いは味方殺しのユカ)」だった。

結局、何処に行っても厄病神扱いされる”鉄砲玉ユカリ“がリストラの恐怖に怯えるあまり起死回生を賭けて挑んだのがMAGIオペレーターの内部選抜だったのである。事務仕事が伝統的に苦手な作戦部は同部職掌のMAGIオペレーターの担い手確保に常に泣かされていたため、ユカリのこの決断はある意味で大歓迎を持って迎えられたという経緯があった。

入省歴としては日向、青葉、マヤの同期組の二期後輩という事になるが主務試験に見事合格してオペレーターとしてのキャリアをスタートさせていた。

そして今回も日向の転出に伴う主幹試験に応募して最終選考に残っていたのである。

「みんなの懸念は分かってるつもりだよ。MAGIのオペレーターには知識や成績だけじゃ量れない機転や瞬時の判断能力も問われるからね」

日向は努めて明るく振舞っていた。

「そうだ。分かってるじゃないか。あの子が優秀なのは葛城一佐(しばしばネルフ内では”上級“は省略された。”特務”や”技術”等の階級前の接頭語も同様)も勿論俺達も認めてはいるが…だからと言ってだな…お前の後任というのは…無理とは言わんがちょっと荷が勝ちすぎていないか?」

「日向君…わたしもそう思うわ…ユカリちゃんは悪い子じゃないけど人には性格的に向き不向きがあると思うし…軍令発令はいきなり無理じゃないかしら?」

日向は一同の顔を一通り眺めると口元を綻ばせる。

「要領はきっと経験を積めば掴んでくる。それにユカリちゃんはMAGIの主務オペレーター(各部局から選抜されるMAGIの専属オペレーター。主務→主査→主幹という内部資格制度に基づく呼称)としての経験も豊富だし、特にデータの観察眼には天性のものがある。確かにかなりドジだけど俺は確信したんだ。近い将来、いやこの子はチャンスさえ与えられれば俺なんか足元にも及ばなくなるだろうってね」

「日向君、それは言いすぎよ!大体、葛城一佐の指示を的確に軍令に落とし込んで、現場から上がってくる膨大な敵情をフィルタリングして伝えるからこそネルフの作戦が成り立ってるのよ?日向君だからこそ捌(さば)けていたと私は思ってるわ!」

「そんなに褒められるとくすぐったいよ、マヤちゃん。でも、ありがとう。だけどね、それはちょっと目端が利く俺みたいなヤツだったら多分、ネルフをちょっと探せばごまんといると思うんだ」

「マコト…お前…」

「まあ、シゲルもうちょっとだけ聞いて欲しいんだ。あの子には天賦の才能があるんだ。こればかりは俺にはどうしようもない。俺達はいいパートナーだしMAGIも凄い。要求すればするほどそれに応えてくれる。だけどMAGIには死角が存在すると俺は思ってる」

「死角?」

日向の言葉に青葉とマヤは怪訝そうな顔をした。書類に目を通しながら主幹たちの話を聞いていたミサトも視線を日向に向けてきていた。

「ああ…MAGIのデータ解析やシミュレーション結果の確度はずば抜けている…だけどそれはあくまでデータという形で既知になった事実に基づいている…そこには動物的直感や野生の勘というか…感性が存在しない…感性は主観的で不確定性と断罪される事もあるが不確定要素が多い使徒との戦いではMAGIに回答を保留される事が非常に多い。だからデータという既知の事実を得るために俺はファーストアプローチの運用をミサトさんと考え出した。だけどこれは本来、本末転倒なんだよ」

「どういうことだ?マコト」

「つまり、俺達人間はMAGIの回答を得たいがためにギャンブルをするが、MAGIは人間のためにギャンブルをしてくれない。勝負の世界にはココだっ!ていうタイミングや気の流れというデジタル化されない要素がある…」

「お前が言っているのはアナログ要素の補正項のことだろ?それならMAGIのジレンマがサポートしているじゃないか」

「そうさ。MAGIのジレンマは最高だよ。だけど時間がかかりすぎる」

「まあ…ジレンマだからな…」

「誰が上手い事を言えと…とにかくだな!瞬間的に勝敗が決してしまう作戦行動中は特に問題なんだ。これは解析、分析ではない軍令を担当する俺だから実感出来る事なんだが、究極にはMAGIはアナログ要素の類を瞬間的にサポート出来ない。それは同時に我らが敬愛する司令官(ミサト)の直感や決断を後押しできない事を意味する。それがMAGIの死角であり、ネルフのインテリジェンス部門の脆弱性でもある…」

「お前の言いたい事は分かった。だがな、マコト。それなら尚更お前の代わりなんてあの子には無理だろ。第一、お前の言う死角をユカリちゃんが本当にケア出来るのか?現に第10使徒戦の時の落下地点の割り出しはお前が…」

「いや、実は違うんだ。ミサトさんの予想落下地点に基づいて作戦地点の詳細な座標データをシンジ君たちに送ったのは俺じゃない。ユカリちゃんなんだ」

「ま、まさか!」

「本当だよ。いちいち訂正するのが俺も面倒だったから適当に周りに合わせてただけなんだよ。あの子は警戒衛星が捉えていた微妙な使徒の軌道修正の動作に気が付いてそのパターンをMAGIで割り出したんだ…つまり…ミサトさんの女の勘に科学的裏づけを与えたのはユカリちゃんなんだ(実際はシンジの懸念通りミサトの指定した落下地点はズレていた。
Ep#01-1)。…つまり、ギャンブルに力を与えたのはあの子なんだ。俺じゃない。それにこの先も絶対にそんな事は俺には出来ない」

一瞬の静寂が訪れた。ミサトは選考書類の束を会議机の上に放り投げるとニヤっと笑って日向を見る。

なるほど…日向君…あんたがあの時に叙勲と進級を辞退したのも熱心にユカリをこうして推すのもそういう事か…あんたは今までずっとユカリに“借り”を返したかったんだねえ…上官が部下の勲功を横取りするなんて軍じゃ日常茶飯の事なのに…あんたもつくづくバカなヤツだ…

まあ…そんな世間からつま弾きにされる不器用なバカがみんなあたしんトコ(ネルフ作戦部)に集まって来やがる…スッサンもそうだった…ただ不器用ってだけで後ろ指を指される…あたしはそんなバカ共が大好きなんだ…

「俺はその時に確信したんだ。この子には俺達やMAGIには見えてないものが見えてるってね。それにあの子の物怖じしない性格は絶対にネルフの役に立つと思う。あの子はまさにダイヤの原石なんだよ!」

日向のメガネが光る。

「原石って・・・」

青葉とマヤは思わずお互いの顔を見合わせていると三人の話を黙って聞いていたミサトが突然笑い始めた。

「ははは!日向君!何かインチキ芸能プロダクションのプロデューサーみたいな事を言うじゃん!」

「インチキはないっスよ。ミサトさん。酷いなあ…」

「まあまあ。分かった。あたしも同じコンビ組むならペーパーテストだけを無難にこなす様な頭がいいだけの小賢しいヤツじゃなくて、ちょっち手がかかるかもしんないけど育て甲斐があるって子の方がいいよ。今まで相方としてやってきた日向君がそこまで言うんならあたしに何も異存はないよ。青葉君、マヤの方はどう?」

ミサトが青葉、そしてマヤと目を向けた。二人は顔を見合わせるとやがて静かに大きく頷いた。

「葛城一佐に問題がないなら私たちがとやかく言う事では元々ありませんから…ユカリちゃんをサポートして行きたいと思います」

「よし!これで決まりだね!しかし、主務から一気に主幹っつうのは大抜擢だね。北上(ネルフ総務部長)のおっさんがうるせえだろうなあ…前例がどうのとか言ってさ…まっ、そこはあたしが上手くやっとくわ」

「ありがとうございます!!」

日向は深々と三人に頭を下げていた。

それであんたの男が立つっつうならまあ安いもんだよ…

こうして作戦部所属の主務オペレーターの一人(敵情索敵第二担当)だった山城ユカリ三尉は2015年12月1日付けで一飛びに主幹オペレーター(軍令発令官)に異例の抜擢をされた。更に一ヵ月後に大過がなければ二尉に進級(主幹職責は二尉から一尉が担当するのが通例)する事も決まったがミサトに唯一の誤算があったとすれば作戦部再編以来、空位状態が続いていた作戦部長の副官人事だった。主幹人事と同時に副官にユカリが内定したのである。

“鉄砲玉ユカリ”の異名は本部では有名だっただけにこの人事は発表と同時に北上総務部長がミサトの背中をユカリに狙わせているのではないかという憶測を誘う事になるのである。
 
後にこの”鉄砲玉ユカリ“はミサトの疫病神ではなく守護天使だったとミサトを知る者から呼ばれる様になる。しかし、それは後の物語となるので今は話を戻そう。
 



アスカは自分の顔に生暖かい粘性の液体がかかる感触でふと我に戻った。弐号機はべったりと獅子のものと思われる返り血を浴びていた。

「あ、あれ…アタシ…やられていないの?…な、なんで…」

獅子の巨大な右手で押さえ付けられていたアスカが左側方から繰り出された攻撃から逃れる術は万に一つも無かった。お互いのATフィールドを中和した領域で新たなフィールドを展開させる事は不可能ではなかったがその余裕も無かった。アスカ自身、獅子の繰り出した鋭い爪で腹を引き裂かれたと思っていた。

だんだんと五感が戻ってくる。そして正気に戻ったアスカは目の前で信じられない光景を目にしていた。

「し、シンジ…ウソ…」

初号機が獅子と真っ向組み合っている姿があった。獅子の左手にはプログナイフが深々と突き刺さっており傷から滝の様に赤紫色の液体が噴出している。初号機の体は明らかに一回り大きくなっていた。いや特殊装甲は装甲と装甲の間に隙間があちこちで出来ており初号機の体自体が内部から膨張している様な異様な姿をしている。

「シ…シンジ…ど、どうなってんの…これは…」

獅子も初号機もお互いにおぞましい唸り声を上げている。初号機は獅子の両手首を掴んでいた。お互いに力比べの状態に入って完全にその力が伯仲しているように見えた。

アスカはゆっくりと立ち上がる。幾たびもの死線を潜り抜けてきた少女だったが生まれて初めて自分の膝頭がガクガクと恐怖で震えているのが分かった。

ア、アタシ…どうしちゃったの…こんなの…こんな事って…あり得ない!

「あり得ないんだから!しっかりしてよ!アタシ!どうなってんのよ!」

アスカは(エントリー)プラグで何度も何度も自分の膝を叩く。しかし、震えは一向に納まる気配がなかった。自分の目の前でおぞましい姿の初号機と獅子が激しく組み合っているのが見えた。アスカの身体全体を悪寒の様な寒気が駆け抜けて嫌悪の鳥肌が立っていた。思わず両腕で自分の身体を押し抱くとまるで寒さを紛らわせるかのように上腕部分を摩り始めた。

気持ち悪い…あんな…あんなキモイのとアタシ…アタシは繋がってるんだ…アタシの中にあんなのが入っているんだ…

「混ざっちゃう…アタシの中に入ってる…いや…いや…いやああああ!」

この感じ…あの時と…同じだ…

アスカの脳裏には第12使徒の内部に埋没した初号機の強制サルベージ作戦をリツコが発動した時の経験が克明に蘇っていた。完全に内部エネルギーゼロの状態だった初号機が突然、上空に浮かんでいた巨大な球体を内部から切り裂いて鮮血と共におぞましい姿を現したことがあった(
#06_22)。その姿を見た時、アスカは呆然と呟いたのである。

「アタシ…あんなのに乗ってるの…?

それはアスカが初めて感じた「Evaに対する嫌悪感」だったかもしれない。今まで明確に自覚していなかったがシンクロテストの時ですら鳥肌を立てることがあった。

「風邪かしら…バカ(シンジ)にホットレモンでも作ってもーらおっと」

努めて気にしない様にしていたがアスカはEvaとシンクロする度に恐怖、いや微妙な嫌悪感を心のどこかで感じる様になっていた。

Evaとの神経接続のうち、A-10神経との接続は特に重要視されるが人間の情愛と共に基本的な感情面にも影響を受けた。リツコはアスカの日ごろの言動から同じ女としてアスカのシンジに対する好意を自称保護者のミサトよりも早く察知していた。そのためアスカのシンクロ率の低下原因であるA-10神経のノイズが基本的に「情愛」によるものと考えていた。

しかし、実際はその「情愛」の問題に加えてアスカ自身が自覚しないレベルでの「嫌悪感」が根本的にEvaを「拒絶」する事に繋がっていたのである。

リツコのBRTによるある特定の記憶セクタ封止(シンジに関する部分)はある意味で正しかった。しかし、BRT後もアスカのシンクロ率が60~70%と以前に比べて依然低調な事がリツコにとって大きな気がかりになっていた。リツコもまさかEvaのパイロットである事にやや粘着質なプライドを見せるアスカがその対象に「嫌悪感」を抱きつつあるとは全く想像していなかった。そのため危険を承知で低濃度BRの投与を繋ぎで継続していたのである。

こ、怖い…アタシ…このままだとEvaに…汚される…汚されてしまう…

アスカはプラグの中で一人頭を抱えていた。


ぐおおおおおおおおおおん!!


まるでそんなアスカを嘲笑うかの様に弐号機の目の前で初号機と獅子は雄叫びを上げていた。
 

 


Ep#08_(36) 完 / つづく

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