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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第42部 Dies irae 怒りの日(Part-12) / これが…涙…(前編)


ゴルゴタの丘に向かうイエス(あらすじ)

ミサトは起死回生を図ってラザロ作戦を発動させる。一方で戦略自衛隊の長門に働きかけて戦自の誇る包括的国土防衛システム(通称:Red Dragom)の指揮権を獲得する。
三体の使徒目掛けて一斉に降り注ぐミサイルの雨。だが…


Fate (命運は尽きたり) / Shiro Sagisu 

18:35 ジオフロント / ネルフ本部 作戦本部棟会議室

「いくら危機的状況とはいえ我が日本政府が特務機関ネルフの行動に介入することは不可能です!Valantine条約を一体何だと思っているんですか!だいたいあなた方ネルフは自分達の都合だけで条約条文を解釈するから困る!ご都合主義もいい加減にしてもらいたいものですな!」

薄暗い部屋でモニターだけが妖しく光っていた。ネルフの作戦本部棟と呼ばれる一角にある会議室に東雲二佐(作戦部長補佐兼参謀官)と日向一尉(同部作戦四課長)の姿があった。

参ったな…さっきからずっと新市ヶ谷(戦自のこと)のターンだよ…それにしても東雲さん…こんだけ嫌味をたらたら聞かされてるのによく腹立たないな…

日向は欠伸(あくび)を噛み殺しながら横目で隣に座っている東雲を見る。

新市ヶ谷にある日本政府の国防省は非常に複雑怪奇な組織だった。同じ建物の中に旧自(国連軍日本支部。自衛隊はValentine条約批准後に国連軍日本派遣軍の指揮下に入っている)と戦自(Valentine Council特権の発動と戦自基本法に基づき発足。戦自発足後に日本は静かなる者の政策によりCouncil特権を有限で凍結した)が同居しており、国防省の統幕本部メンバーは旧自と戦自がほぼ同数の席を占めて日本政府の軍権に対する均衡を保っていた。

「とにかく!我々戦略自衛隊が使徒掃滅に組するなど考えられない話です!まして目標を攻撃するというならまだしもミサイル攻撃で誘導、弾幕を張るなど実にばかばかしい!そんな素人発想のために何千億円もかけられるわけないでしょう!」

ちっ!よくもまあ抜け抜けと言えるよな…アメリカの軍需産業企業や日本の仲介企業にしこたまリベートを税金から払ってるという噂が絶えないくせに…だいたい実費はこっちが負担するって言ってるじゃないか…こいつら…要はコストの問題じゃない…好きとか嫌いとかいう感情の問題だよ…これは…

いきり立つ戦自の幕僚たちの発言を黙って聞いていた東雲がゆっくりと目を開ける。

おっ!ついに反撃ですか…東雲さん…能面男もこんだけ言われてムカつかないわけないよな…

しかし、東雲の脳裏には日向の感慨とは全く別のことが浮かんでいた。

時間がない…盛大な火柱を立てないとあの強大な使徒を誘導することなど不可能だ…国連軍の手持ちだけでは不足する…かくなる上は是非もなし…

「そちらのお話はよく分かりました。しかし状況は一刻を争っています。正式ルート(シビリアン)を通して手続きを取るのが筋ですが時間がかかり過ぎます。それに…」

一呼吸置くとジロッとすごむような鋭い視線を東雲は画面に向ける。

「私どもネルフとしても…N2(兵器)ならいざしらず…MD(ミサイル防衛システム)の様な通常兵器を特務機関コードで接収する、という粗野な行為は憚られますので…出来ればそういう形を避けたいというのが本音です」

「せ、接収!?き、貴官は主権国家が保有するMDを特務機関特権で接収するというのかね!」

「いえ…ですから自発的にご協力頂く、というスタンスで申し入れているのですよ。どちらにしても関東方面を射程に収める国連軍のミサイル弾頭数では効果が薄いというのがこちらの実情…そちらの弾数も憚りながらこちらの算盤の中に入れています。どうあってもご協力頂けないということであれば人類共通の敵である使徒殲滅という大義のため残念ながらNv301(かつてこのコードでミサトは周辺諸国のN2爆雷を挑発した。Ep#06参照)の拡大解釈でコード発令、という形を取らざるを得ません。この上は国連憲章に基づく国際法廷で正当性の是非を問う形になりますな…まあ…Valentine条約外の世界唯一の固有戦力と特務機関特権のどちらに正当性があるか、という話になりますが…」

「な、なんですと!貴官は我々を脅迫する気かね!」

画面の向こうで戦自極東作戦局の幹部の一人が激昂して立ち上がるのが見えた。日向はその姿があまりにも滑稽だった為必死になって噴出しそうになるのを堪えていた。

東雲は眉一つ動かさずに淡々と言葉を続ける。

「いえ…そのような意図は毛頭…先刻来、再三申し上げている通り無理を申し上げているのは重々承知しています。それに現条約枠内では甚だ微妙なお話であることも…なればこそ…ここでそちらの不利になるような先例を作らずに穏便に非常時の協力ということで我々を支援願いたいのです。シビリアンの方は事後で特務機関として我々がケアをします。そちらには一切のご迷惑をおかけしません。更に戦自の存在の是非を国際社会で問うことは今後一切しない、ということでは如何ですか?悪い話ではありますまい…」

「う、うーむ…」

戦自の存在をValentine条約に基づいて糾弾しない、これはこれ以上ない殺し文句だな…戦自も自身の存在の正当性をValantine体制化で問うのだけは避けたい筈だ…Valanitine Council特権(国際法廷出頭拒否権もその一つ)を封印した状態では特に…

日向は感心するような表情を浮かべていたが同時に警戒の念を東雲に対して抱いていた。

どこまで下打ち合わせがミサトさんとの間であったのか…戦自の存在の不当性を国際社会に訴えて後顧の憂いを断つというのはネルフ作戦部の基本戦略の一つ…それをいとも簡単にバーターの条件にするなんて、いくら全権を任されているとはいえ独断なら明らかに行き過ぎだ…

特務機関ネルフは国連軍を世界唯一の軍隊にするというミサトの方針もあってこれまで条約外の固有戦力である戦自を危険視して容赦ない指弾を加えていた。それも両者の関係を極めて険悪なものにしていた。

事後で直接日本国首相に対して特務機関特権を振り翳すというのも言葉ほど簡単ではない…いわば戦自の行動の全責任をネルフが負うと言っているようなものだからな…下手を打てばもちろんネルフが国家主権に不当介入したと逆に非難されかねないリスクがある…

暫く沈黙の後、モニターの向こうが不意に明るくなった。部屋の奥に一人の高級士官が腕を組んで鎮座しているのが見えた。軍人というより官僚を思わせる細面で、神経質そうな視線を送って来ていた。

誰だ?あのおっさん…まだ40そこそこのように見えるのに将軍(将官)かよ…

「長門…さん…」

東雲が小さく呟く。日向は驚いて思わず隣に座る東雲の顔をしげしげと見た。

し、東雲さん!知り合いなのか!長門といえば…長門忠興!戦自の若き最高司令官であり…かつてミサトさんの上官だった人だと聞いているが…異例ずくめの人事で将官補(准将)でありながら戦自(3個師団)を束ねてる…そして…現国民党政権の生駒泰三(国民党党首、第108代日本国内閣総理大臣)と極めて近い制服組だ…実質的に国民党直属の武装集団のトップといってもいい…しかし…なぜ…東雲さんが…

長門はちらっと僅かに日向の方に視線を送ると口元に薄っすらと笑みを浮かべ、そして最後に東雲を見た。

「久し振りだね…東雲君…旧東京臨海地区(日本重化学工業共同体本部の所在地)で会って以来かな…」

長門の言葉を聞いた日向は驚いて思わず腰を浮かし掛けた。

な、なんだって!そんな話は聞いた事ないぞ!日本重化学工業共同体といえば反ネルフの巣窟じゃないか!戦自の兵器研究所も兼ねている関係上、両者の間には極めて強いパイプがある…それに加えてオリハルコンオリジナルが設置されている日本政府諜報機関の中枢…ネルフの諜報課ですら手を焼く場所だと聞いている…どうして東雲さんがそんなところと関係を持っているんだ…

「実に見事だよ。さすがは葛城君の懐刀だね。相手の立場を尊重するように見せながら確実に退路を断っていく。抜き差しならない状態に追い込んでおいて甘い餌で釣っていくとはね。時田君も惜しい人材を失ったものだな」

「…」

「まあ他ならない君の頼みだ。僕が断れるわけがない。そちらの作戦に参加しようじゃないか」

「か、閣下!」

長門は驚く幕僚達を手で制する。

「東雲君。時は一刻を争う。ネルフのラザロ作戦のファイルを我が軍に提供してもらいたい。ミサイル発射のタイミング、座標、使徒の進撃想定ルートに関する情報がなければ余計な時間がかかってしまう。過去の諍いは忘れて我々は味方になったんだ。それくらいの手土産くらいあってもいいだろう?」

長門は気味が悪いほどの上機嫌で微笑みかけてきていたが目は決して笑っていなかった。

「閣下のご協力には本当に感謝致します…しかし…そちらのミサイルシステムは射程内の使徒を常時マークして不測の事態に備えている筈です…私どもの作戦ファイルがなくとも回線の交信で事足りるものと理解しております。手土産にすらならないものをお送りするのは甚だ礼を失するかと…」

東雲と長門は睨み合ったままだった。周囲が重苦しい沈黙に耐え切れなくなりかけた時、長門が笑い声を上げた。

「ははは!どうやら相手が悪いみたいだね。君の慧眼には恐れ入ったよ。分かった。直ちにこちらも準備しよう。5分で軌道補正とロックオンは完了するから安心してくれ」

「ありがとうございます、閣下…この度のご協力には…」

「堅苦しい挨拶はやめてくれ、東雲君。そんなことよりまた会えるかな?」

「…いえ…その機会はないかと…」

「相変わらず無愛想な男だな。まあ私も人の事は言えんがね。それじゃまた!」

会議室のモニターが消えると同時に部屋が明るくなる。日向の顔が青ざめて見えるのは蛍光灯のせいだけではなかった。

どこまで読んでいたのかは知らないが…この人が…俺をわざわざこの会議に呼んだのは密室協議を避けたかったに違いない…ただでさえ作戦部に味方の少ないこの人のことだ…いくらミサトさんが全権大使に任命したと言ってもあの曲者揃いの戦自をこんな短期間で篭絡したとなるとあらぬ疑いを持たれかねない…しかも…あんな経歴があったとなれば尚更…

「さて…私はオペレーションルームに戻って作戦の準備をすることにするよ…」

日向の逡巡は抑揚に乏しい東雲の言葉でかき消される。日向はハッとすると慌てて席を立った。

「そ、そうですね!じゃあ!ぼ、僕はこれで!失礼します!」

日向が会議室を出て行く。東雲は遠ざかる日向の背中に鋭い視線を向けていた。

まさか…あそこで長門さんが出てくるとはな…まあ、大局に影響はあるまい…私もそろそろ腹を括った方がいいらしい…
 


19:00 北関東防衛線 旧秩父市南郊(ラザロ作戦指定地域)
 
日はすっかり西の彼方に沈み、空には満天の星が煌いている。Nv-90発令に基づく避難勧告のせいか、旧秩父市を臨む南側の丘陵地から街の灯はまったく見えなかった。

アスカはちらっと自分の横にいるシンジを見る。シンジの初号機は二又の長い紅い槍を肩に担いで立っていた。まるで絡み合う二重螺旋のような異様な柄を持つその槍はどこか見る者を威圧する圧倒的な雰囲気を持っていた。

これが聖槍か…かつてゴルゴタの丘で磔にされた子なるイエスの御身体を貫いたといわれてるけど…本当に聖槍なのかしら…一体…どんな力を秘めているんだろう…あの司令がわざわざ持たせるんだからきっと何かがある筈だわ…それにしても…

「あの子(レイ)…まだ着いてないじゃない…アタシ達より先に出撃したのに…」

突然、エントリープラグの中で警報が鳴り響く。

「来た…ミサトの言う通り北からまっすぐこっちに向かってる。シンジ!・・・!?」

アスカは一瞬、眩暈を覚えて言葉に詰まる。

「こっちも使徒を検知してるよ。視認は出来ないけど間違いない。奴らだ…」

「そ、そうね…そろそろミサイル攻撃のフェーズに移行するから油断しないでよね…」

「分かってる。あ!ガイドシステムが作戦第三段階移行まであと2分って言って来てるよ!」

国連軍のF35編隊の空爆が突然止んだ。そして次々とオレンジ色の光が作戦空域から離脱していくのが分かった。それは夜空に舞う無数の蛍のようにも見えた。光が霞んで見えたためアスカは慌ててL.C.L.の中で両手で何度も顔を拭う。

F35のバックファイアが霞んで見える…

「Scheisse(シャイセ)…こんな時にしっかりしてよ…これ以上…負ける訳にはいかないんだから!このアタシは!」

昼間からほとんど休む間もなく戦っているだけにアスカの疲労はピークに差し掛かっていた。シンジも似た様な状況だと思われたがシンクロ率が低調で機体制御の一つ一つに鉛の重りを着けられている様に感じているアスカは自分の置かれている立場が痛いほど分かっていた。

アタシはもう…Evaに乗れなくなるかもしれない…本当にこれが最後になるかもしれない…この道を…運命に抗うことを選んでしまったのは…このアタシ…

突然、アスカの目の前が真っ白になる。

「くっ…頭が…ど、どうしちゃったの…」

アスカは操作レバーを握っていた手を離して額に掌を押し当てた。


実に簡単な話だよ…君は自由になれるんだ…我々の与えた試練に耐えればゴミになることはないんだから…ドリュー…

あの人…ズィーベンステルネの…確かリヒターっていうオヤジ…

制御出来ない兵器はただのポンコツだ…暴力も同じことだ…力を制御出来なければ…それはお前のみを滅ぼすことになるぞ…フロイライン…

キャプテン(大尉)…分かってます…だから…アタシを見捨てないで下さい…

大丈夫なのか…フロイラインは?N-30演習の心労の影響とはいえ、このまま復帰出来なければ全てを失ってしまうぞ…

ルッツ…ルッツなの?アタシは戦える…まだ戦えるわ!だから…だから!キャプテンに伝えて!お願い…


「い、痛い…頭が割れる…な、何なのこれ…ア、アタシのベルリン時代の話が…まるで逆流してるみたい…」


フロイラインには…全幅の理解者というか…自分を受け入れてくれる…母親のような存在が必要です…

母親か…難しい相談だな…どっちも同じ女には違いないけど…全然違う気がするな…

そこにいるのはティナ?それに…キャプテン…二人とも何を話してるの?

治療のためには仕方がない…一時の方便だとしても善処するしかない…あたしが親代わりになるわ…フロイラインと同居の用意を進めて…

ありがとうございます…キャプテン…

ど…どういうこと…?一時の方便って…親代わり…?

あたしは使徒が憎い…この上なく憎いんだ…あいつらとあいつらに関わる全ての物をこの地上から消し去ってやりたい!そのためには…あたしは悪魔に魂を売り渡してもいい位に思っているんだよ…だから…あたしにはあいつが必要なんだ…あたしには…

必要…キャプテン…アタシを自分の復讐のために利用するつもりだったってこと…だから…だからキャプテンは…ミサトは…

このまま生きていても…後悔するだけの人生が待っているぞ…それでも生きるというのか?エリザ…

え…こ、この人は…し、司令…ど、どうして司令が…

「ああ!どうなってんのよ!これ!」

一方、発令所では互いに接近しつつある三体の使徒のATフィールドが相互作用を起こしていることを探知していた。

「こ、これまでにない異常なATフィールドを作戦区域で確認!」
 
マヤが血相を変えてミサトを振り返る。

「な、何ですって!作戦域内で一体何が起こってるの!」

ミサトは反射的に青葉の方を見た。青葉も目の前の事態を把握しきれていない様子だった。

「これは一体……全く同じ波長を持つATフィールドが物理的増幅作用を起こしています!」

青葉はミサトとマヤの方を見ながら言う。異常に次ぐ異常な事態に青葉は困惑しているものの冷静でいられる自分が不思議だった。さすがの彼も三体の使徒が出現した時はやや取り乱したが「沈着冷静」こそが青葉の青葉たる所以だった。

ネルフの“五感”である青葉は一呼吸おいて言葉を続ける。

「詳細は不明ですが…物理的な意味での増幅作用は入力されたエネルギーを直接的に増幅する場合と別の形態のエネルギーに変換された後に増幅する場合の二種類があります。この使徒群のATフィールドは現状ではどちらとも言えませんが、確実なのはこのまま行けばATフィールドが形而下(けいじか)されるということです」

「ATフィールドの形而下…つまり…何もしなくてもやつらのフィールドが視認可能になる…そういうことね…」

「はい…いわゆる“ATフィールドの物質化”とも言うべき状態です」

「何てことなの…ATフィールドはEvaによるフィールドの中和や打撃による干渉でもない限り目に見えない存在(※ これを形而上という)…それが形而下(※ 目に見える実体化されたもの)されるなんて…」

ミサトと青葉の会話が続いている間に作戦区域のシンジは信じられないような光景を目の当たりにしていた。

使徒が向かって来ている筈の北の方角が突然、真昼の様に明るくなったかと思うと見る見るうちにオレンジ色の光の柱が立ち上り始めていた。それはグングンと上昇を続け、まるでオーロラの様な淡い光の襞となって幾重にも重なりながら辺りを照らす。

「何なんだろう…あれ…」

シンジが呆気に取られているとアスカのくぐもった様な唸り声が耳に入ってきた。アスカはプラグの中で頭を両手で抱えると激しく髪を掻き毟り始めた。

「や、やめて…頭が…割れる…何なのよ!この感じ!」

「あ、アスカ!どうしたの?」

アスカの異変に気がついたシンジが思わず駆け寄る。

「アスカってば!ねえ!どうし…うわああ!!」


ずごごごごご…


初号機がまさに弐号機の肩に手をかけようとしたその瞬間、地鳴りの様な低い音と共に弐号機の周りに白い光の輪が発生すると同心円状に広がり始める。それと同時にシンジの初号機は強い力で弾き飛ばされていた。

「うわ!な、なん…」

不意を突かれたシンジだったが反射的に右手を地面に突くと巧みに機体を制御して体勢を立て直す。そしてアスカの弐号機から距離を取った。いやATフィールドに阻まれてそうせざるを得なかった。

「え、AT…フィールド?ほとんど全開に近い…アスカ!どうしちゃったんだよ!今フィールドを展開しちゃうと使徒に僕らの存在を教えちゃうじゃないか!」

「はあ…はあ…はあ…嫌…イヤ…出て行って…早く出て行って…早く…早くここから出て行ってよ…お願い…お願いだから…何なのよ!アンタ!」

まるで呪文の様にアスカは繰り返しつぶやく。

双方向通信のモニターに映るアスカの姿を見てシンジは咄嗟にどう声をかけていいのかまるで分からなかった。モニターの中のアスカは肩で激しく息遣いをしていた。

アスカ…今…誰と話してるんだ…

発令所のマヤが突然引きつったような声を上げる。

「弐号機、ATフィールドを展開しました!出力ほぼ100%です!MAGIのオペレーションシステムがパイロットの神経パルスの異常を検知!警告を発しています!」

使徒のATフィールドについて青葉と討議していたミサトは思わずマヤの方に駆け寄る。

「何ですって?バカな!まだ早い!やつらにこちらの待ち伏せをみすみす知らせるようなもんだわ!それに…」

ただでさえ戦い尽くめのあの子たち…とても体が持つとは思えないわ…特にシンクロ率が低調なアスカは一番ハンデがある…アスカ…アスカ!やっと分かったんだ…あたしは家族が欲しかったんだ…死ぬな!

「おい!おバカ!大至急で弐号機との回線を開け!」

「それが全然駄目です。全然繋がりません。あとMAGIがラザロ作戦の軍令発令に警告を発してきてます。超怒ってる感じで中s…」

ミサトがユカリを遮る。

「中止はありえない!このまま継続する!定刻通り第三段階へ移行だ!」

「で、でも…」

「作戦成功確率が50%を下回ればMAGIが自動的に警告を発するのはデフォだわ。ヤシマ作戦(改)の時なんて耳にタコが出来るくらいとっぽいアラーム音を聞かされ続けたしね。それにあの様子だとアスカは大丈夫だわ…」

ミサトはサブモニターに映っているEva 2体の様子をにらみながら腕組みをする。弐号機がATフィールドを展開したため初号機のシンジはかなり距離を取らざるを得なかったが遅かれ早かれ射撃位置に着く必要があったため作戦自体には支障がないとミサトは咄嗟に判断していた。そして何よりもモニターの中の弐号機がネルフ工作車の敷設した兵装ボックスからバズーカ砲を一気に引き出して安全装置を外す姿が見える。

ミサトは確信する。

「(アスカに)戦意はある…よし!いけるわ!やつら(使徒群)にこちらの存在を気づかれたのは不本意だがミサイル攻撃で我が隊の火線の前面に誘い込め!」

ミサトの号令に青葉、マヤ、そしてユカリが大きく頷いた。

「了解!ラザロ作戦継続!職員はMAGIの作戦中止勧告をIgnore(無視)して下さい!定刻です!このまま第三段階に移行します!」

青葉の発した一声で発令所全体に電流の様に緊張が走った。

発令所の最上階でゲンドウと冬月はミサト達とは全く異質な視線を前面のモニターに送っていた。ATフィールドを展開した弐号機の背後で大地に突き立てられた聖槍の周囲だけが怪しい鈍い光を放っているのが僅かに合間から見え隠れしていた。

「自身の周囲に絶対的結界を張って全てを排除するATフィールド…その中にありながら微動だにせずに立っていられるとは…ATフィールドの完全無効化を私は初めて見るね」

ゲンドウの傍らで冬月の顔はやや紅潮していた。冬月も根は一介の学者であり、複雑な感情論や暗澹たる現実よりも未知の物に触れる高揚感が勝っている様だった。

「ああ…ロンギヌスの槍には諸説ある…イエスを突いた兵士の名(Longinus)であるとか、Longの語源にもなっている古代ギリシア語のロンケー(※やはり“長い”という意味)が訛ったものであるとか、な…しかし…その実は神(第一始祖民族)との“契約”を反故にしたアダムがリリスを”逃亡の地”に落とした後に“母なるリリス”を貫いた“主の怒り”…」

「やがて…主の怒りに貫かれたリリスは黒き月に沈む、か…聖書ではゴルゴタの丘で磔刑に処されたイエスを貫いた槍ということになっているのにな…」

「イエスは実在の人物だが流浪の民となったユダヤ人を“唯一神”の名の元に糾合しようとした指導者の一人に過ぎん…それを後世の人間が自分の利益のために勝手に神格化した…その過程で古くからある伝承を利用しただけだよ」

「それが…ヴァチカン(旧教の総本山)…か…」

「ああ…実際に“聖書”は人類史に良くも悪くも大きな影響を与えたがそれでもっとも利益を得たのはやつらだからな…Seeleは言ってみれば旧教勢力の枠組みのアンチテーゼ」

「Seeleにヴァチカン…そしてゲオルグ…お前も随分と人に好かれる様になったものだな」

「ふっ…」

ゲンドウに比べて多少マシというだけで冬月自身も決して人付き合いのうまい人間ではない。ゲンドウはそんな冬月の皮肉に思わず笑みを浮かべていた。

「碇…お前は以前にゲオルグのことを話していたな。奴はこの怒りの日にどう絡んでくるつもりなのかね?(Ep#08_31)」

冬月はチラッと横目でゲンドウの様子を伺った。ゲンドウは黙ったまま主モニターを凝視している。それを見た冬月は小さく肩を竦めると視線を正面に戻す。

「レイ……シンジ……」

作戦行動中の発令所の喧騒がゲンドウの小さな囁きをかき消していた。
 
「ラザロ作戦第三段階へ移行!戦自のミサイルシステムがネルフの指揮下に入りました!指揮コード:α01-RD-VX

ユカリの声を聞いたミサトが薄っすらと不敵な笑みを浮かべた。

「Red Dragon(日本政府国防省の戦自が誇る包括的国土防衛構想のコードネーム)…赤い竜…やはりそこは昔のままね…よし!レッドドラゴンの指揮権を入手するわ!向こうの作戦データをMAGIに迎え入れて!相手はこれ以上ないほどあからさまなトロイの木馬だ!オリハルコン(国防省の誇るインテリジェンスシステム)のハッキングを警戒するためラザロ作戦指揮系統をローカルに設定!念の為に本部内全ての通信を強制的にS暗号化しろ!」

「了解!レッドドラゴン指揮権獲得まで8秒!5秒!…コンプリートしました!現在のRed Dragonの有効射程内の弾頭数…に、2千と556基.。国連軍と合わせて総計6266基スタンバイしました!」

戦自のミサイル弾頭数が予想外に多かったことから発令所内から僅かにざわめきが漏れた。

「ちっ!それでもレッドドラゴンの36%の指揮権とはな…戦自の連中…しこたま弾を抱えてやがる…」

ミサトは忌々しそうに小さく舌打ちする。

「国連軍機が作戦区域NT-1238(旧秩父市周辺)から完全撤退!使徒同士が急速に接近中!“女”を中心にして残りの二体が集合するとMAGIが回答しています!Evaが使徒の射程内に入っていますが攻撃の気配は今のところありません!」

青葉の言葉に渋面を作っていたミサトの表情が僅かに緩んだ。

「弐号機のATフィールドには気がついている筈だが勿怪の幸いとはこのことか…それにしても“女”がリーダーだったとはな…早く気が付くべきだったな…だがまとめてあの世に送ってやる…Eva隊の状況は!」

「初号機、弐号機ともに異常ありません!」

マヤはミサトを振り返って答えたがミサトの不安そうな視線に気がついて更に付け加える。

「弐号機パイロットの神経パルスは許容範囲内です。ATフィールド展開後は安定しています。その…安心してください…」

「そう…ならいいわ…」

マヤは視線を戻しながら胸中で呟いていた。

葛城一佐…何があったのか分からないけど…先輩の言葉で吹っ切れたような印象があるわ…あの態度…間違いなくレイを見限ってる…

人間は何かに対して喪失感を感じる時、相対して代替するような何かを心理的に得ようとする…その対象がアスカやシンジ君ってことなんだわ…特にアスカに対する強い想い…強い情愛で結ばれているがゆえに情けも憎悪も人一倍になってしまう…その複雑な心情が情け容赦なく弐号機を攻撃させたり、過剰なまでの気遣いになっているんだわ…

これが…母性…なのかしら…

マヤの逡巡は青葉のやや緊張した声で忽ちかき消された。

「警戒衛星3号機、4号機、6号機及び8号機による作戦区域のスキャニングを完了!MAGIによる最終軌道補正に入ります!シグマ補正規定内!ターゲットをロックオン!」

ミサトはゆっくりと頷く。

「よし…ラザロ作戦第四段階!聖アブラハムに抱かれるラザロと不浄なる者(聖書で言う“金持ち“)とを分かつが如き大いなる火柱を立ててやれ!」

「了解!MAGIの自動制御モードON!カウントダウン始めます!発射まで15秒……10秒……」

青葉のカウントダウンが始まると同時にユカリが自分の目の前で十字を切った。ミサトもいつの間にかクロスのペンダントを右手で痛いほど握り締めていた。

緊張しているのか…あたしも…これが最後のチャンスだ…お父さん……加持!

「5秒前…4…3…2…1…ファイア(発射)!!」


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!!


日本の旧秩父市郊外に向けて一斉に日本国内のみならず周辺諸国に駐留する国連軍のミサイルが発射台から次々と打ち上げられていく。また、日本近海でも航行していた国連軍のイージス艦隊からも無数の赤い閃光が走ったかと思うと光の矢が夏の夜空を切り裂いた。

無数のミサイルが赤く闇夜を焦がす。

「す、すごい…」

アスカとシンジは焼け爛れる夜空を見上げていた。真っ赤に燃える隕石群が地上に降ってくるような恐ろしい光景だった。

「まるで…恐怖の大王を見るような感じだわ…」

世界を焼き尽くすような恐ろしさ…「火」の獲得が長らく獣と人とを別つ証とされて来た…火は「知恵」の象徴であると同時に「滅び」の暗示でもある…進化の究極は破滅…でも…アタシは今日…死ぬことよりも「勇気」が必要になる存在を知った…

それは…真実を知ること…あの時…咄嗟にATフィールドを張らなかったらアタシはどうなってたんだろう…それを考えると怖い…

堪らなく自分が…怖い…

Evaのオペレーションシステムが警告を断続的に発し始めた。その騒がしさにアスカの逡巡はかき消されていく。

「作戦第四段階!着弾するわよ!シンジ!ATフィールド!」

「り、了解!」

アスカに促されたシンジは意識を集中する。初号機の周囲に青白い光が立ち上る。その瞬間、まるで大きな地震のように大地が震え、そして大気が唸った。


ズズズズズズズゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


「第一波着弾!!続いて第二波!!」

発令所の青葉が叫んだ。


ドドドドドドドドドド!!!


無数の光の矢が次々とアスカたちの目の前で大地に突き刺さったかと思うと轟音と共に瞬く間に天にも届く勢いで火柱が立っていく。そしてそれらは互いに融合しあって文字通り巨大な炎の壁を作り出していた。全てを焼き尽くす地獄の炎のように…

その時、使徒がいる北の方角から立ち上っていた光の襞が竜巻のように集まったかと思うとEvaですら姿勢を保つのが困難なほどの突風を巻き起こした。

「ぐ…うぐう…何なんだ!これ!」

「こ、これはATフィールドだわ!こっちが押されてる!」

シンジとアスカは爆風とは異質の圧力を全身に感じて戦慄した。

発令所のマヤがミサトを振り返る。

「き、巨大なATフィールドを確認!今までに観測のしたことがない強力なフィールドです!相互作用を起こしていたさっきまでのATフィールドとは全く性質が異なります!」

ミサトは視線だけをマヤに送る。

「直接打撃を与えられる訳はないがやつらの自己防衛反応か…ここまでは想定内…カウンター習性で炎の壁に釣られてやつらはこちらが設定したルートをトレースする筈だ…よし!アスカ!シンジ君!まず一体だ!射程に入り次第集中砲k…」

「た、大変です!使徒はミサイル攻撃を無視してまっすぐ合流ポイントに向っています!こ、このままでは…合流が防げません!!」

血相を変えた青葉はミサトの言葉を遮ると思わず席から勢いよく立ち上がっていた。

「な…なに!?そんなバカな!一体どういうことだ!!」

ミサトが慌てて視線を主モニターに戻すのと発令所のあちこちからざわめきが漏れ始めるのがほとんど同時だった。地面から噴出している激しい炎に目もくれず使徒たちはまるで無人の野を歩くが如く会合を目指していた。それはまるで人類全体をあざ笑っているかのようにも見えた。

「ば、バカな……この期に及んで…カウンターなし…だと…!?今まで散々見せていたあの反応はブラフだとでもいうのか……」

ミサトが呆然と呟く。その時、突然画面を眺めていたユカリが異変に気が付いてミサトを振り返った。

「葛城一佐!使徒は完全スルーしているというよりむしろ合流ポイントにミサイル攻撃が誘導しています!戦自ミサイルの担当区域の壁が薄いためそこを突破しているに過ぎません!恐らく戦自がMAGIの指定した軌道を直前になって何らかの方法で補正したものと思われます!」

あらゆる意味でユカリのこの発言は平時であれば大きな火種になる性質のものだったが、目の前の事態があまりにも絶望的だったため誰もそれを咎める者がいなかった。

ミサトは慌ててユカリの元に駆け寄っていく。

「そ、そんなバカな!いくらなんでもそれはありえないわ!Red Dragonは完全に我々の指揮下に置いた筈だ!例えオリハルコンがMAGIに干渉を試みようとしていたとしても奴ら如きが独自に強制オペレーションできるわけないじゃないの!!」

しかし、ユカリは口を真一文字に結ぶと首を大きく横に振る。

「MAGIにあたしの目測…いいえ!最終的な戦自ミサイルの軌道計算を実施して意図的な使徒合流幇助の可能性をさっき提訴しました!その結果を待てば分かることです!どっちが正しいのか!」

「なっ…」

珍しく強い言葉を発するユカリにミサトは一瞬言葉を失う。青葉ですら立ち尽くしたまま呆然とユカリの顔を不思議そうに眺めていたその時マヤが叫んだ。

「葛城一佐!ユカリちゃんの提訴OP-00125をMAGIが支持しています!主モニターにシミュレーション結果を投影します!」

戦自の担当区域は他の国連軍部隊所在地よりも至近ということもあって精度の要求されるポイントがMAGIにより割り振られていた。シミュレーションが進むにつれてむしろ戦自の防衛システムの弾頭は明らかに使徒合流の水先案内を担っているように見えた。

「な、何てことだ…こんな…こんなことが…」

青葉がうめき声をあげていた。


ダン!!!


ミサトは渾身の力を込めてデスクに拳を叩きつけていた。拳からわずかに血が滲み始める。

「くそ!!この期に及んで何を考えてるんだ!!長門忠興!!使徒の合流を促すなんて……貴様は気でもふれたのか!!」
 
一方、使徒攻撃の様子を新市ヶ谷の戦自総司令部で眺めていた長門忠興は血相を変えて席を立つ。

「ば、バカな!!我々の計算は完璧だ!!完璧の筈なんだ!!それが……あり得ん……何故だ…」

普段の傲岸さとは裏腹に細面の表情がみるみる硬直していくのが傍目からも分かった。流星群のように作戦地域に殺到してる弾頭が次々と規定の軌道を逸れてゆく姿が大型モニターに映し出されている。その信じがたい光景に戦自司令部は蜂の巣を突いた様な大騒ぎになっていた。

漣のように広がっていく恐怖を掻き分ける様にして一人の若いオリハルコンオペレーターが真っ青な顔をして長門の元に駆け込んできた。

「か、閣下!一大事です!お、オリハルコンが!」

「オリハルコンがどうしたというのだ?」

「そ、それが…何者かのハッキングを受けています!」

「な、何だと!?それは確かか!」

「は、はい!」

長門はオリハルコンのハッキングという予想だにしなかった事態に驚愕した。もはや一縷の希望すら見出すのが難しかった。

「一体何者だ!人類を滅ぼすつもりか!痴れ者が!」

「目下、日重工(日本重化学工業共同体の略称)の情報産業技術研究所が総力を挙げて犯人の特定を急いでおりますが…極めて巧妙で…その…」

「オリハルコンを持ってしても特定出来ないということか…とすると…」

長門の顔は完全に血の気を失っていたがそれでも必死に考えを巡らそうとしていた。額には珍しく脂汗をかいていた。

世界有数の数学者達がプロジェクトチームを作って開発したオリハルコン…その辺の野良犬如きの侵入を許すことは断じてあり得ない…世界でこんなことをあっさりやってのけるとは…あいつ等しかいない…それもかなり以前から用意周到に準備していなければRed Dragonのセキュリティーホールを突くなどいくらMAGIでも瞬時に出来るわけがない…

「ネルフめ…」

長門は額の汗を拭きながら呻く様に呟いていた。



Ep#08_(42)  完 / つづく

※ 字数制限により続きは(43)にUP予定。
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