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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第43部 Dies irae 怒りの日(Part-13) / これが…涙…(後編)


三天使(あらすじ)
制裁者「ゼルエル」がついに人類の前にその姿を見せる…
第三次攻撃を敢行したミサトだったが三体の使徒は互いに融合して制裁者"ゼルエル"として"逃亡の大地"に降り立った。レイは全身にN2爆雷を装着した零号機でゼルエルに突撃していく。
「バカ!!うそつき!!アタシと約束したじゃないの、アンタ!!だから嫌いなのよ!!」
制裁者ゼルエルの降臨がもたらしたものとは・・・


19:13 第二東京市 新市ヶ谷 戦自本部


「ネルフめ…」

長門は額の汗を拭きながら呻く様に呟いていた。

しかし…東雲君のチャンネルを使ってまで俺に協力を求めてきたミサトがわざわざこんな小細工をして何の得がある…しかも使徒を倒すことに執念を燃やすあいつがこんな捨て身をする道理がない…まさか…そうか…これはミサトではないな!ファラオ(ゲンドウの日本政府内でのコードネーム。Ep#02参照)の仕業に違いない!手も足も出ない制裁者を出現させてしまえばSeeleのシナリオに狂いが生じる!しかも立ち直れないほどに…小癪な…ラザロ作戦自身が俺を引っ掛ける遠大な策略だったのか!

「おのれ…ファラオ…謀ったな!!屈辱だ…これほどの屈辱は初めてだ!!そして…事態はこの上なく絶望的だ…」

激しい脱力感に襲われた長門はそのまま力なく椅子に腰を下ろす。

「か、閣下……し…使徒…使徒が合流します!!」

「だ、駄目だ!!逃げろ!!みんな殺されてしまう!!」

その時、戦自総司令部は完全に崩壊した。一人が反射的に発した言葉が押し殺していた恐怖を一気に開放させ、それが瞬く間に伝播していく。

「うわー!!た、助けてくれ!!」

我先にと屈強な男たちが出口に殺到しはじめ辺りは騒然となる。

「落ち着け!貴官らはそれでも戦自の精鋭か!留まれ!」

大音声を張り上げたのは長門の片腕である
安芸元就一佐だった。しかし、混乱の坩堝と化した総司令部に安芸の声は空しくかき消されていく。

「くそ!臆病者どもが!」

安芸は逃げ惑う人ごみを掻き分けて椅子に座って呆然とする長門の方に向かう。安芸が驚くほど長門は目が空ろで憔悴しきっていた。

「か、閣下…と、とにかく非常事態ですのでここは首都(第二東京市)に緊急連絡を行って官邸の判断を仰ぐべきかと!」

「無駄だ…」

「は?い、今何と…」

「この地上の何処に逃げるというのかね…完全な制裁者ゼルエルの降臨…我々はどのみち助からん…どうなってしまうんだ…私の…人類自らが罪を購うという人類浄化の志はどうなるというのだ……」

「閣下…」

安芸は使徒の合流にも心底驚いていたが目の前の長門にも驚愕していた。

駄目だ…自分を見失っておられる…しかし…この非常事態をシビリアンに知らせないのは後の禍根となる…死ぬ瞬間まで奉職することこそ…

しばらく安芸は長門を信じられないというように見つめていたがいきなり踵を鳴らして敬礼するとよく通る凛とした声で告げた。

「では小官の一存で官邸に緊急連絡させて頂きます!全責任は小官が謹んでお受け致します!失礼します!」

安芸は長門を押しのける様にしてデスクの上の緊急警報のスイッチを拳で殴りつけると、呆然としたままの長門を残して逃げ惑う一団に紛れて司令部を飛び出して行った。

「どけ!道を明けろ!見苦しいぞ貴様ら!俺は総司令閣下のご命令で行動してるんだ!」

軍律違反を問われるならばこの俺が責めを負えばいい!だが…栄光にまた一歩近づけれるならそれは閣下のものだ!

安芸が発した緊急連絡を受けた三笠(内閣官房保安室長。ミサトの叔父。Ep#05参照)は直ちに官房長官の裁可を得て日本全土に緊急警報を発令させた。特に人口を抱える第二東京市と第三東京市の一帯には日本政府として第一級避難勧告(A-01)発したのはさらに15分後のことだった。

安芸のこの行動は結果として日本政府の避難勧告が特務機関ネルフのそれを僅か5分先んじることになった。この僅か5分の差が後に日本政府とネルフとの間に大きな波紋を投げかける事態に発展することになるのだが今は話を戻そう。

日本政府、そしてネルフが矢継ぎ早に発した避難勧告で瞬く間に日本全土は大パニックを引き起こしていた。



19:20 ジオフロント ネルフ本部第一発令所

「だ、駄目です!!し、使徒が合流します!!」

青葉の引きつったような声にミサトは弾かれて叫ぶ。

「まだだ!!Eva隊前進させろ!!やつらの合流を防げ!!」

ネルフの発令所でもまるでこの世の終わりを迎えた様な陰鬱な空気が流れていた。殆どの職員が既に浮き足立っていたがこれまで使徒と最前線で渡り合って来た彼らはこの地上のどこにも安全な場所がないことを誰よりも熟知していた。

ジオフロントで最期を迎えるしかない…

絶望と恐怖が入り混じりながらも彼らがこの場に踏み留まっているのは開き直りに近かったのである。

発令所の最上部でゲンドウと冬月は炎の壁が断末魔の様に荒れ狂っている様子を主モニターで眺めていた。

「ど、どういうことだ…幾ら制裁の儀式を遂げさせる必要があるとはいえ…三天使をわざわざ合流させることはあるまい!一体だけ残してそれをゼルエルとすれば…それで済むではないか……おい、碇!これはどういうことなんだ!三天使の合流は全く俺のシナリオにはないぞ!」

「どうやら…ゲオルグが最後に仕掛けてきたらしい…」

「ゲオル…ゲオルグ・ハイツィンガーだと!?なぜやつが!」

身の毛もよだつ恐怖をそのまま形而下したゼルエルの姿に冬月は完全に圧倒されていた。ゲンドウは静かに目を閉じる。

奴め…加持の始末に手間取る風を装って老人達をも欺いていたのか…追い詰められた加持が起死回生を図ってベルリンに乗り込み、“終末の書”を手に入れようとすると読み、わざと加持をドイツで泳がせた、ということか…いや…違う…あまりにも出来すぎだ…ということは…ここ(本部)にまだ加持やセカンド以外のネズミがいるということか…

「俺も存外…詰めが甘いらしい…ふふふ」

ゲンドウが不敵な笑みを口元に浮かべたその時だった。


グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


海を割る預言者モーセまるで大地が割れて灼熱のマグマが噴出したように荒れ狂う紅蓮の炎が大きく二つに割れていく。真っ二つに裂けた炎の海の中からEvaの背丈の5倍はあろうかという巨大な使徒がのっそりと姿を見せた。まるで紅海を割る預言者モーセのような光景だった。

本部の空気は一瞬で凍りついていた。恐怖の余り青葉もマヤも言葉を失う。百戦錬磨のミサトですら立っているのがやっとという有様だった。

「化け物め……」

ミサトは全身に鳥肌が立っていくのを感じていた。

「これが…創造主(第一始祖民族)からの最後の”み遣い(天使のこと)”…制裁者ゼルエルの真の姿か…人類最後の試練、怒りの日…有史以来…長きに渡って争われてきた生命の正統継承者の覇権の歴史に…ついに幕を閉じる時が来たか…」

ゲンドウは思わずうわ言の様に呟いていた。

「だ、第14使徒の…ATフィールドが形而下されて行きます!!あまりにも強力過ぎてEva2体でも十分中和出来ません!!いや…むしろフィールドが侵食されつつあります!!」

ようやく我に戻った青葉が叫ぶ。紅蓮の海の中をゼルエルの巨体がゆっくりと歩いていた。恐ろしいその光景にマヤは両手で顔を覆っていた。ユカリも殆ど放心状態だったが目に涙を湛えた状態で気丈にもミサトを振りかえる。

「使徒!まっすぐ第三東京市を目指しています!Eva隊との接触まで後1分です!」

「くそ…フィールドすら中和出来ないのに…集中砲撃なんか無意味だ…どうすれば…あたしはどうすればいいんだ!!」

ミサトは何度も拳をデスクに叩きつける。松代騒乱事件で謎の武装集団と交戦したミサトはその時に銃弾を右肩に受けて負傷してまだ完治していなかった。

心臓の鼓動に併せて傷口が疼き、生暖かい奇妙な感触が制服の布地を通してジワリと伝わってくるのが分かる。

熱い…恐怖で心が凍っていてもあたしの血潮はこんなにも熱い…なのに…

「あたしはまだ戦える!!戦えるんだ!!なのに…なぜだ!!なぜ何も出来ないんだ!!」

納得がいかなかった…この戦いの全てに…最初から…

お父さんを殺し、そして…あたしから家族を奪った使徒に復讐することを真っ赤な南極の海で誓った…あの時一緒にいた司令がとても不気味で訳も無く殺されるかもしれない…一瞬そう思ったあたしだったが何故か怖くはなかった…ただひたすら使徒に復讐する事だけをお父さんに約束した…そんなあたしなのに…

現実はどうだ!!子供を道具にして戦わせることしか出来ない代理戦争の無能指揮官じゃないか!!この手で…自分がEvaに乗れればどんなにいいか!この無念…悔しさ…恥かしさ…決して誰にも分からない…

「分かる筈が無いんだ!畜生……」

ミサトは思わず発令所のデスクに突っ伏していた。どんな過酷な戦況でも不屈の闘志でネルフを導いてきた女指揮官が見せた最初で最後の弱さだった。

「どうして…これほどまでに…あたし達は…無力で…何て傷つき易く…か弱いんだろう…あたし達は一体何のために生きるのか…」

ミサトが呻くように呟いたその時だった。遠くから小さい声が聴こえてくる。

大丈夫…あなたは死なない…ヒトはまるで季節に咲く儚い花のように…ただ一つ…この宇宙に咲くとてもとても繊細で…ガラス細工のように傷つきやすい花…

でも…だから美しいわ…限りある命は次代に希望を語り継いでいく…未来という名の希望を…ヒトは一瞬の輝きのために命の火を燃やし尽くす…だから…知恵は心を超えてはいけないの…ヒトが道しるべとすべきは知恵ではないわ…心を信じて…

あなたの心を…

「だ、だれ…い、いま…」

ミサトはハッとして辺りを見渡す。しかし、誰もいなかった。だんだんとミサトの耳に騒然とした発令所の音が戻ってくる。

不意にユカリと目が合った。ユカリは慌てて目を逸らすと再びモニターに視線を戻す。そして時折手に握り締めたハンカチで目を拭っていた。

「気のせいか…それにしても何なんだ…幻聴まで聞こえるなんて…あたしらしくもない…」

ミサトは自嘲気味に笑うとゆっくりと立ち上がる。その姿を見た青葉とマヤもホッとしたような表情を浮かべた。

「弐号機!第一野戦電源パック(1個当たり活動時間約15分)を切除!第二電源に切り替わりました!」

ユカリがミサトを振り返る。

「作戦変更!Eva隊の防衛線を下げさせろ!MAGIの解析が終わるまで一定の距離を維持しつつ秩序をもって後退!」

「了解!」

ミサトは再び腕を組んで主モニターを睨んでいた。

心…か…
 


19:28 北関東防衛線

大きく二つに割れた紅蓮の炎をバックにして巨大な使徒ゼルエルがアスカとシンジの前に姿を現していた。その大きさに圧倒された二人は一瞬言葉を失う。

一歩、また一歩と決して早くは無いがゼルエルがまっすぐに近づいてくる。距離が縮まる毎に超高層ビルが自分に向かって倒壊してきているような錯覚に襲われていた。

「な…なんて大きさなの…」

アスカが呆然と呟いたその時だった。見上げるばかりのゼルエルの周囲から羽の様に見える6つの赤い帯が広がり始めたかと思うと途端に得体の知れない圧力が二人を押し潰さんばかりの勢いで襲ってくる。

「う、うわあ!!何なんだよ!このATフィールド!まるで砂嵐みたいだ!こっちはフィールド全開なのに中和どころか何かがぶつかって来る感じでヒリヒリする!」

「こ、こんなの波動(※ 形而上の絶対的結界であるATフィールドは任意の波長をゆうする波動エネルギーの一種と定義されていた)ってレベルじゃないわ!シンジ!!ATフィールド全開を維持して!じゃないとこっちのフィールドをあいつに侵食されてしまう!どんな目に遭うか分からないわよ!」

「やってるよ!!でもどんどん押されてるのが分かる!!このままじゃ飲み込まれちゃうよ!!」

アスカはシンジのネガティブな発言に瞬間的にカチンと来ていたが喉元まで出かかった言葉を飲み込む。今のアスカはシンジに対する苛立ちよりもむしろ目の前の圧倒的な敵に対する恐怖の方が遥かに勝っていた。

アタシ…今…アンタに助けて欲しいって思ってる…そんな恥かしいこと口が裂けても言えない…アンタの言う通りよ…例えここでアタシ達がATフィールドを全開にしたところでコイツのフィールドをとても中和できそうに無い…でも…

破られたら…アタシは…また…あの悪夢を見ることになる…あの感じ…とても耐えられない…まるで一方的に力でねじ伏せられて…慰み物にされるような…そんなおぞましさがある…

アスカは思わず身震いしていた。

でも…なんでだろう…Evaとヒトのフィールドは使徒とは全く異なる波長の筈…それが一瞬でもヒトに直接干渉してくるなんてあり得ないわ…ハーモニクス(共鳴要素)でもない限り無理に決まってる…まさか…アタシにあのケダモノと何か…ま、まさか…そうよ…今までとまるでパターンが違う使徒だもの!何らかの特異性があっても不思議じゃないわ…きっとそう…そうに決まってるわ!

アスカの逡巡は悲痛なシンジの叫び声でかき消される。

「ATフィールドの中和なんて無理だよ!こんな状態で攻撃を仕掛けられたら二人ともやられちゃうよ!」

何度と無くEvaで出撃してきた二人にとって使徒のATフィールド中和は全く特別なことではなく殆ど意識したことも無かった。相反する結界領域で中和(物理的には波の打ち消し作用と同意)し合うからEvaと使徒は拮抗出来る。だが目の前のゼルエルのそれはこれまでとはあまりにも違っていた。

シンジたちはまるで大海原の波に揺られる木の葉のように完全に翻弄されていた。

「ATフィールドが物質化(形而下)してる…今、あたし達のフィールドを破って直接Evaに干渉してきてるのは物理で例えると水素原子みたいなものだわ!特殊相対性理論で水素原子みたいな小さなものをトラップすることは不可能なのよ!それと同じことが形を変えて起こってるだと思うわ!3体が1体になったんだもん!あいつらのフィールドがお互いに増幅作用でEvaに勝ってるのよ!」

「ご、ごめん!何言ってるかサッパリ分かんない!」

「アインシュタインくらい知らないの?バカ!!現代物理の基礎じゃん!!だからアンタはバカシンジなのよ!!」

「そ、相対性理論なんか理科の教科書に載ってるわけないだろ!!そんなこと言われても分かんないよ!!」

「もう!めんどくさいわね!こっちも3体いればどうにかなるかも知れないってことよ!!バカ!!」

「お、OK!今ので理解した!」

最初からそう言えばいいじゃないか…相対性理論とかで説明するほうがめんどいじゃんか…どっちがバカだよ…

「それにしてもあの子!何やってんのよ!来るの遅すぎよ!とにかく!レイが来るまで防衛線を維持しつつ後退!!もっとも…」

いつまでアタシとシンジのフィールドが持ち堪えられるかしら…時間と共にじわじわと侵食されてるのが分かる…この壁を破られたらアタシ…

「…汚されてしまう…」

感覚的にどんな重火器や武器も目の前の使徒の前では無力であることは容易に想像できた。いや、それ以前にゼルエルの登場と共にシンジたちの周りに展開していた国連軍の地上部隊もネルフの特殊工作車も付近の集落も、形あるあらゆる物は一瞬のうちに吹き飛ばされて既に荒野と化していた。

その中をゼルエルは全く威風堂々と前進する。それに呼応するように一定の距離を保ちつつシンジ達はなす術も無くジリジリと後退を余儀なくされていた。

Evaの索敵システムがまるで悲鳴を上げるかの様にゼルエルの接近を休み無く警告する。

「使徒との距離300を切ってる!接触しちゃうじゃないの!もっと距離を取って!」

「フィールドすら中和出来ないのにどうすればいいんだよ!単にATフィールドを張ってバックステップしてるだけじゃないか!これじゃ体が持たないよ!」

ATフィールドの展開はパイロットの集中力と下腹の丹田に力を込めることで自機の周囲に張り巡らせることが可能になる。時間と共に気力と体力を消耗するのは自明だった。

「あの子さえいれば…どこほっつき歩いてんだか!折角…カワイイ服一緒に探してやろうって思ってたのに(Ep#08_6)!バツとしてダッサい制服でずっと過ごしてりゃいいのよ!(
※ 欧米のティーンにとって制服のような人から一方的に押し付けられる服はダサい典型的な存在である。但し、例外的に日本の女子高生の制服が海外では大人気であり、わざわざこれを買い求める少女たちは非常に多い。これは アニメの影響でコスプレ的要素もあるからである)

アスカ…ごめんなさい…約束したのに…(Ep#06_20)

「え?だ、誰?れ、レイなの?なによ…これ…」
 
アスカはいきなり耳元から聞こえてきた小さな声に驚いて辺りを見回した。しかし、そこはEvaとゼルエルとの間で巻き起こっているフィールド中和の嵐の中という絶望的な現実しかなかった。

き、気のせい… ?…一瞬…レイの声が聴こえたような気がしたけど…

アスカがかく筈の無い汗をL.C.L.の中で拭ったその時だった。二人の背後に新たなATフィールドの存在を知らせるアラートが鳴る。

「後方にATフィールドだ!コード識別…Eva-00!綾波だ!綾波が来たんだ!」

アスカもシンジもホッと胸を撫で下ろす。思えばいがみ合いながらも三人で共に強敵と戦ってきた仲間だった。心細い時の援助が嬉しくない筈が無かった。

「やれやれ…やっとお出ましね!騎兵隊気取り
(※ 欧州ではナポレオン戦争時代に騎兵の中央突破で戦局を決定付けることが多かったため、最後に美味しいところを持って行く、という意味で時々用いられる表現。但し、口語的ではない。また米語では先住民を相手に開拓団を保護した騎兵隊のことを指しており意味的には類似だが異なるニュアンスを持つ場合もあるので使い方が難しい言葉である)もいい加減にs…」

「あ…綾波……」

シンジは変わり果てた零号機の姿を見て思わず固唾を飲み込む。アスカとシンジが振り返ると低空で飛行する2機の輸送ヘリから切り離されたばかりの零号機が小高い丘の上に降り立っていた。下弦の月を背にして立つ零号機はまるで自分の背丈とほぼ同じ大きさの十字架を背負っていた。

「な、何だ…あ、綾波…綾波ぃ!」

レイからは何も返事が返ってこない。無機質な金属の十字架に縛り付けられている零号機を見たシンジは冷静さを完全に失っていた。アスカはレイの到着が遅れているのは零号機が本部の指示で切り札を作戦地域に輸送する任務についているのだろうという想像をめぐらせていた。それは半分は当たっていたが余りにも自分の想像とはかけ離れていたためシンジと同様に目の前の現実を素直に受け止めることが出来なかった。

「綾波!聞こえてるんだろ!何か答えてよ!返事してよ!」

もはやシンジの声は掠れて殆ど絶叫に近かった。アスカはシンジの悲痛な叫びでハッと我に返って戦況を見渡す。

「シンジ!使徒との距離を取って!アイツはアタシ達を素無視してるっぽいけど近づきすぎるとヤバイわ!」

「うるさい!!分かってるよ!!」

まずいわ…シンジがキレかかってる…それにしても…

アスカは慎重に距離を取りつつ背後の零号機の様子をモニターに写す。そしてEvaの索敵システムを起動させると対象を使徒から零号機に切り替えたるとアスカは初号機にも索敵データを転送した。背中の十字架に無数のN2爆雷が所狭しと括り付けられていることにアスカは目敏く気が付いた。

何よ…これ…見れば見るほど十字架そのものだわ…とても何か特殊能力のある兵装とは思えない…単なる十字架にN2爆雷をしこたま括り付けてるだけ…あの分だとネルフの在庫のほとんど全て…ぎりぎり自走は出来るみたいだけど…はっ…ま、まさか…

「突っ込んでいって……死ねってことなんじゃ……」

アスカが咄嗟に漏らした言葉にシンジはジロッとモニター越しにアスカを睨む。

「馬鹿なこと言うなよ!そんなの…そんなことあるわけ無いだろ!ミサイルの発射台に決まってるじゃないか!」

「ご…ごめん…だけど…」

アスカはシンジの剣幕に驚いてほとんど反射的に謝っていた。

でも…N2爆雷はミサイルに弾頭として搭載するから飛行する…発射装置もないのにあれが発射台なわけないじゃない…そう信じたいのは分かるけど…

アスカはシンジに対する反論をぐっと飲み込んだ。シンジは殆ど後ろを振り返ったままだった。

あんなの(使徒)が自分に迫ってるのにノーガードってどんだけ度胸があるのかしら…とてもまともな精神状態とは思えない…これ以上怒らせるわけには行かない…じゃないと暴発してしまう…

その時だった。

発令所のゲンドウがゆっくりと立ち上がると正面のデスクに設置されているカードリーダーに慣れた手つきで自分のセキュリティーカードを通した。

「現時刻を持ってラザロ作戦の破棄を指示する。これより特務機関ネルフは特殊ミッション“Golgotha”を開始する。総員第一種戦闘配置をそのまま維持。MAGIのオペレーションコードCOC-012γに従え」
Night at Golgotha /Vasilij Vereshchagin(1869)
ミサトは驚いて思わず最上階に立って発令所全体を睥睨するように仁王立ちしているゲンドウを見上げる。

「ミッション…ゴルゴタですって…?こんなこと言いたくないけど…確かにあの零号機の姿…ゴルゴタの丘で磔刑にされるキリストみたいだわ…」



レイの零号機が降り立った丘陵地は元を正せばシンジたちが最初に陣取っていた場所であり、聖槍が月明かりに照らされて鈍く光っているのが見えた。

ゲンドウは鋭い眼光をサイドモニターの中のシンジに向けると感情を押し殺した声を響かせた。

「サードチルドレン、槍を取れ。槍で使徒のATフィールドを突き破って道を作るのだ。制裁者ゼルエルのフィールドを破る方法はそれしかない」

ゲンドウの言葉を聞いた冬月は驚いて思わず傍らで静かに座っているゲンドウの横顔を見る。

そうか!そういう事だったのか!1体の使徒ならEvaで簡単にATフィールドを中和できるが、万が一に3体が1つになってしまえば我々では手も足もでなくなる…だが、槍さえあれば例え完全な制裁者となったゼルエルのフィールドでも破ることが出来る…碇…やはりお前はゲオルグが仕掛けてくる可能性を考えて初号機に槍を持たせたんだな…

一瞬、感心したという表情をした冬月だったがすぐに真顔に戻った。

しかしだ…槍の持ち出しと今回のラザロ作戦における不適際をお前はどうリンクさせる…ゲオルグの関与を仄めかす物証でもあれば別だが単に戦自が失敗しただけだと強弁されればどうにもなるまい…更に始末が悪いことに今回の一件は我々と戦自…いや…国民党政権との関係を修復不可能なものにしてしまった…やつらはA-801をかけることに何らの躊躇いもあるまい…

一方、槍を取れというゲンドウの声を聞いたアスカは自分から血の気がみるみる引いていくのを感じていた。

道を開ける…やっぱり…レイに突っ込ませるつもりだわ…こんな残酷な指示をよりによってシンジに…

突然、シンジの悲痛な叫び声がプラグ内に響いてきた。

「槍?そんなものどうだっていいよ!父さん!聞こえてるんだろ!そこにいるんだろ!なんだよこれ!早く外してよ!綾波を助けてよ!」

「サードチルドレン。これは命令だ。私の指示に従え」

「いやだ!!絶対に嫌だ!!誰が従うもんか!!」

今までに誰も聞いたことがないほど強く、そして明確なシンジの意思表示だった。


「シンジ君…」

最近、急にシンジが大人びてきたことを実感していたミサトは大人達でも躊躇うネルフの絶対権力者に対する反意に対して不思議と抵抗感がなかった。

突然、モニターの中のシンジは弾かれた様に零号機の元に駆け出した。

「綾波!綾波!」

一人で使徒の前に残されたアスカは今まで押し殺していた恐怖が決壊したダムの様に次から次に噴出していく。

「ちょ、ちょっと!!シンジ!!敵前逃亡よ!!ホントに底なしのバカなんだから!!」

居ても立ってもいられなくなったアスカもすぐにシンジの後を追いかけ始めた。あっという間にシンジとアスカは丘の上に静かに立っているレイの元に集まる。

「綾波!どうしたっていうんだよ!返事をしてよ!」

零号機の元に駆け寄ってきたシンジは何度もレイに呼びかけるが全くレイからは反応が返ってこなかった。

「サードチルドレン…レイは忠実に任務を遂行している。お前がそこで槍を取らなければ人類は滅びてしまうぞ。何を考えている。それともこんなところで私情を挟むのがお前の信じる道なのか?(Ep#08_15)」

ゲンドウの声はあくまで冷静さを保っていた。

「人類?そんなの関係ない!これ以上、僕を怒らせないでよ!!僕は僕のために生きている!僕は自分と自分を必要としてくれる人たちの為に戦ってるんだ!!人類の為なんかじゃない!!誰かを犠牲にしなきゃ…傷つけなきゃ生き残れないって言うんなら…そんな人類なんか滅びてしまえばいいんだ!!!」

「し、シンジ…」

単なる義務感からゲンドウの指示に従うようにシンジを促そうとしていたアスカは一瞬言葉に詰まった。

偽善だ…自分の為だけじゃなくてもっと大きなものを背負って戦うべきだなんて…自分の尊厳のためにEvaに乗っているアタシが…そんなアタシが今のシンジに対して何が言えるっていうの…でも…このパラドックスは有史以来…人間が抱えてきた問題だわ…人の命と地球の重さ…そして…人は何のために生きるのか…


グワアアアアアアアアン!!!


突然、大気が震えたかと思うとゼルエルが真っ直ぐシンジ達のいる丘に向かってくるのが見えていた。もはや一刻の猶予も無かった。

青葉が叫ぶ。

「使徒との距離!500を切ってます!形而下されたATフィールドの有効エリアまであと150!」

「い、碇!このままではEvaが3体ともむざむざと粉微塵にされてしまうぞ!」

冬月の顔が青ざめていた。ゲンドウは鋭く主モニターを睨みつけると小さくため息をついた。

「子供の駄々にいちいち付き合ってはおれん、か…セカンド、聞こえるか?」

「は、はい……司令…」

突然、自分に矛先が向けられたアスカは狼狽する。

「仕方が無い。お前がサードチルドレンの替わりに槍を取って使徒のATフィールドを破れ」

「ええ!?あ、アタシがですか…?で…ですが……」

「そうだ。お前がサードチルドレンの替わりに槍を使え」

「と、父さん!駄目だよ!アスカ!脅しに乗るなよ!いつもそうやって大人は都合が悪くなると僕らを脅すんだ!」

「逆らえばどうなるか。賢明なお前ならこの意味はよく分かる筈だ、セカンド」

ローレライ…所詮は…兵器(消耗品)…アタシの代わりは幾らでもいる…お前は人を庇って自分が死ぬのか…そう言ってるんだわ…

「くっ…何で…どうしてこんなことになるの……」
 
 アスカは顔を顰めると思わず目を瞑って下を向いた。

アタシは罪人…この上何人殺そうと大して結末に違いは無いわ…でも…「愛」のために罪を犯した者は主に赦しを乞うことが出来るとも聖書は教える(出エジプト記)…でも…「愛」ゆえに…人は苦しみ、そして狂いもする…ジャン・ヴァルジャンみたいに…

遠くの方で使徒の接近を知らせる警報が鳴り響いている。

アタシはアインの忠告も主の導きにも従わず運命に抗い続けた…その結果…アタシは何を得たっていうの…むしろ失っただけじゃない…何もかも…自分とは何か…自分は何のために生きるのか…記憶という自分を取り戻そうともがけばもがくほど…知ろうとすればするほど…苦悩ばかりが積もっていく…後悔するだけ…

咄嗟に脳裏にゲンドウの嘲る様な表情が浮かぶ。

このまま生きていても…後悔するだけの人生が待っているぞ…それでも生きるというのか?エリザ…

あれは何だったのかしら…夢…それとも幻…加持さんもアインも同じことを言っていた…アタシの記憶は眠らされてるだけだって…それが呼び起こされる時…何が起こるのか分からない…

アタシはさっき…その片鱗を垣間見たのかもしれないわ…自分が追い求めていたものなのに…なのに…アタシはそれに恐怖した…真実を知ることに…初めて躊躇いを覚えた…

「ああ!!もう!!どうすればいいのよ!!アタシは!!自分でもどうしていいのか分からないわ!!」

突然叫び声を上げたアスカにシンジは駆け寄ると肩を掴んで激しく前後に揺さぶる。

「アスカ!駄目だ!三人で力を合わせて戦うんだ!」

シンジ…そんなアタシが唯一得たものがあるとすればそれは…絆…それをみすみす失うと分かっていながら命じられるまま槍を振るうのは…子なるイエスを刺し貫くロンギヌス(
※通説では 兵士ロンギヌスは槍でイエスを刺し殺したのではなく、その死を確かめるために御身体を突いたとされる)そのもののじゃないの…

その様子をモニターで見つめていたゲンドウは目を閉じるとまた小さくため息をつく。

「所詮はまだ子供か…受難(制裁の儀式)とはまさに子なるものがその身を主に捧げて衆愚にアガペ(絶対的無制限の愛)の表出の具現化なのだ…愚かな群体(衆愚)は自らの拠り所となるべきメシア(アダムやリリスという生命の始祖)を贄に捧げてまでも救われようとする…天に唾する所業の繰り返しこそが人類の歴史そのものであり今日的閉塞の正体なのだ…一時の打算によって救国の聖女ジャンヌ・ダルクを辱めたようにな…こんな薄汚いリリンがそのまま原点に回帰して何になるというのだ…人類は新たなステップを踏むべきなのだ…」

「使徒との距離350!!再びATフィールドの影響下に入ります!!」

青葉の緊迫した声が階下から響いてくる。ゲンドウは再びため息をつくと静かに目を開けた。

「セカンド、どうした?所詮…ゴミはゴミか?人類を救えとはもう言わん。だが…このままそこで死ねば何のために今日までお前も生きながらえてきたのかという答えも出んぞ…お前の母親もさぞそこで嘆いているだろうな…半端な覚悟でお前は運命に逆らってきたのか?まったく見下げ果てた奴だ…」

Evaのモニターの明るさしかない薄暗いエントリープラグの中で一人頭を抱えていてアスカはゲンドウの挑発するような言葉にぴくっと身体を震わせた。

ゴミ…そうよ…アタシは死ぬべきだったゴミ…アタシのことを別に何と言われようと構わない…アタシの問題だもの…でも…ママは…ママの事は…

アンタには関係ないでしょ!!姿も形も…声さえも思い出せない…アタシのママ…それでもアタシにはママがいたのよ!!

アスカはカッと目を見開くと顔を高潮させて丘の中腹に無造作につき立てられていた槍を一気に引き抜いた。そして“ゴルゴタの丘”に迫ってくるゼルエルに穂先を向ける。

いいわ、オッサン!!アンタの望み通りに使徒は屠ってやるわ!!但し!全部アンタの言いなりになって溜まるか!アタシなりの流儀でやらせてもらうわ!

みるみる二又の切っ先が白く輝き始め、ゼルエルの接近と共に輝きは一層強まっていく様に見えた。

これは…司令の言った通り本当にATフィールドが無効化してるんだ…

アスカは終始無言のレイを見る。

そうか…やっぱりN2爆雷を抱えてあのケダモノに突っ込んで行けって言われてるのね、アンタ…だから約束を破ってごめんなんて言って寄越して来たってわけ?…ホンっとバカな子…死ねと言われればやっぱり死ぬっていうのがアンタの決断なの…?

「アンタって…ホンと救い様がないバカよね…まあ…アタシも人の事言えないけど…だから…」

案外…バカ同士…仲良くできるかもって思ってた…
 
アスカはジロッと零号機を横目で睨みつけると槍を肩の高さまで持ち上げて一歩、二歩と近づいてくる使徒に向かって歩き始めた。
 
「アスカ!やめろよ!何をするつもりだよ!」
 
「うるさいわね!!アンタは黙ってて!!これはアタシの問題なのよ!!アンタには関係ないわ!!」
 
取り付く島もないアスカの言葉にシンジは二の句が告げなかった。呆然とアスカを目で追う。
 
「よし。セカンド。そのまま槍を正面の敵に向かって投げ付けろ。」
 
弐号機の様子を見ていたゲンドウが小さく頷く。
 
「はい…司令…」
 
弐号機は聖槍を肩の高さまで掲げると右足を軸足にして投擲の姿勢と取ると再びレイの方をアスカが振り返る。
 
「バカ!!うそつき!!アタシと約束したじゃないの、アンタ!!だから嫌いなのよ!!アンタみたいな子!!うおおおおおおお!!」
 
弐号機の右足が大地を掴む。

「これがアタシの答えよ!!!」

アスカは再び視線を正面に戻すと目前に迫るゼルエル目掛けて聖槍を力いっぱいに投げ付けた。二又の槍が空を鋭く切り裂いていく。

鈍い赤色が見る見る輝きを増していったかと思うと六枚の羽のようになっているゼルエルのATフィールドに突き刺さった。
 
 
バリ!バリ!バリ!バリ!
 
 
青白い閃光がまるで稲光の様にほとばしり始めたかと思うと忽ちゼルエルの翼に大きな穴が開いて白い胴体に突き刺さった。赤紫色の鮮血が巨大な間欠泉の様に止め処なく噴出していく。
 
 
グワアアアアアアアアアン!!
 
 
大地を這う地鳴りのような雄叫びが辺り一面にこだまする。
 
「レイ……」
 
発令所のゲンドウがポツリと呟いた時、零号機が一歩踏み出した。それに目ざとく気がついたアスカがシンジに向かって甲高い声を放つ。
 
「シンジ!!何があってもレイを離すんじゃないわよ!!」
 
弐号機は疾風の様にゼルエル目掛けて駆け出すと背中から抜刀していた。距離はあっという間に縮まっていく。
 
これ以上悩むなアタシ!!この機の乗じてアタシが奴を倒せばいい!!ドイツの守護聖人にして戦士の守護者…偉大なる大天使ミカエルよ…我が刃に力を与え給え…悪しきサマエル(堕天使の一人)を打ち破りし聖なる力を…アーメン!
  
願わくば…我に価値ある死を与えたまえ… 

※ エントリー容量制限のためこの続きは(44)の冒頭にUPします。

(改定履歴)
19th Mar, 2009 / 表現修正
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