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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第44部 Plaudite, amici, comedia finita est 喝采を…喜劇は終わった…


(あらすじ)

その時・・・逃亡の大地にいる筈のない者から一滴の雫が落ち…沁み込んで行った・・・
「リリーーーーーーーース!!許さんぞ・・・俺は・・・殺す・・・必ず貴様を葬ってやる・・・例え貴様が我らが父なる存在となったとしてもだ・・・」
「ほう・・・土塊から生まれし哀れなる者でも流す涙があるのか・・・こいつは驚きだな・・・」
「何とでも言うがいい・・・貴様はいずれ反逆により滅ぼされる宿命を背負っているのだ・・・」
「威勢のいい事だ・・・お前のその憎しみもやはり人類の新たな時代には無意味という他ないな・・・所詮・・・運命に忠実たらんとする貴様は原点に戻ろうとする老人達と根が同じだな・・・一ついいことを教えてやろう・・・これはレイ自身が望んだことなのだ・・・あいつ自身の決断だ・・・」
「なに・・・」
「なんだ・・・知らなかったのか・・・あいつはお前にそんな事も話さなかったのか・・・とんだ道化だな・・・貴様は」
 

キリストの昇架
ルーベンスの作品 「キリスト昇架」(1610)


THANATOS - if I can't be yours / Loren & Mash 



楽聖Beethovenの葬儀の様子。彼の最後の言葉は「喝采を…喜劇は終わった…」であった。
 

19 :48 北関東防衛線(地点コード : Golgotha)

「シンジ!!レイを離すんじゃないわよ!!」

弐号機は疾風の様にゼルエル目掛けて駆け出すと背中から抜刀していた。距離はあっという間に縮まっていく。アスカの甲高い声を発令所で聞いたミサトは慌ててモニターの中の弐号機を目で追った。

「あ、アスカ!!何をするつもり!!無茶よ!!アンタだけで!!」

「本部!!命令通り槍は投擲した!!以後の使徒殲滅は前線の判断で遂行する!!以上!!」

殆ど絶叫に近いアスカの声が発令所に響き渡る。ミサトは血相を変えてデスクの上のマイクを取った。

「ば、バカ言わないで!弐号機1機で何が出来るの!MAGIの解析結果がでるまでその場に待k・・・」

シンジは突然のアスカの行動に右往左往していた。

「ア…アスカ…」

その時、レイの零号機が初号機を振り切って前進し始める。

「あ、綾波!お願いだからここに…」

シンジが慌てて零号機の肩を掴もうとした瞬間、光の輪が広がり始めた。

「ちょっ…またATフィールド!ちょっと待ってよ!綾波!僕の話を聞けよ!」

シンジもそれに呼応するようにATフィールドを張って中和を試みようとしたがレイを取り囲む光の輪は更に輝きを増すと初号機は溜まらず吹き飛ばされた。

「う、うわあ!あ、綾波!」

レイはシンジを一瞥もすることなく一歩を踏み出すと丘陵地の中腹に尻餅をついているシンジに向かって冷たく言い放った。

「あなた…手を差し伸べる相手を間違えてるわ…」

「あ…綾波…?」

「リリンはいつか…自分が自分であるために(母の元を)旅立たねばならないの…それが…儚いけど美しい限りある命を持つものの運命…さようなら…私の碇君…さようなら…私の思い出…」

零号機は更に強い光に包まれていく。発令所のマヤが驚愕したような表情を浮かべていた。

「レ、レイのシンクロ率が!!99.755%から201.585%に!!神経パルス定常状態に達しました!!偶発的なものではありません!!パターン赤からセピアへ急速移行!!」

リツコは一人発令所の最上階の出入り口で呆然と呟いていた。

「シンクロ率…201.585%…第三の鍵…エネルゲイアの鍵をこんなにもあっさりと……し、信じられないわ…」

零号機は光の塊となって弐号機の後を驚くほどの速さで追いかけていく。

「これが…第二獣化形態…なんて速さなの…」

リツコは慌てて白衣のポケットから眼鏡を取り出して食い入るようにモニターを見た。弐号機がゼルエルの羽にぽっかりと開いた穴を通り抜けようとした瞬間、後ろから荒々しく肩を掴まれた。


ガシーン!


鈍い衝撃を感じてアスカは驚いて振り返る。真っ白な光に包まれた零号機だった。幾筋も伸びる光の残像がまるで白い翼のように見えた。

「大天使ミカエル…いや、ちが…レイ!?レイなの!?いつの間に!!」

一瞬、白い光の塊の中からレイの姿にそっくりな零号機と思しきものが見えたかと思うとにっこりとアスカに微笑みかけてきた。

眩いばかりの光の中でレイの微笑みはどこまでも気高く、そして美しかった。

なんて満ち足りた笑顔…でも…どこか哀しいわ…

その時、透き通った赤い瞳から一筋の涙が流れた。

「レイ…アンタ…泣いてるの…アンタも生きたいんじゃないの…?子なるイエスも…本当は一人の人間として生きたかったのかしら…英雄とは…メシアとは…何?人は何故導きを求めるの…?自分では何もしないくせに…それを教えるためにアンタは…」

「ありがとう……」

「ま、待って…」

その瞬間、弐号機は強い力で後ろに放り投げられていた。まるで木の葉のように弐号機は夜空に舞い上がっていく。

「き、きゃあああ!!レイーーーー!!」

レイを包んだ白い光がゼルエルの正面に立つ。聖槍を突き立てられた状態でゼルエルが両腕を振り上げた。腕の先端が断頭台の刃のように鋭く尖る。

「これが…涙…汚れなき…命の水…アガペー(絶対的無制限の愛)の証……」

レイに向かってゼルエルが振り下ろした瞬間、世界は溢れんばかりの白い光に包まれた。


ドゴオオオオオオオオオオオオオオーン!!!

「綾波――――!!」

 

20 :05 ジオフロント 第一発令所

物音一つしなかった。水を打った様な静けさが発令所全体を覆っていた。

「エネルギー反応はどうだ?」

ゲンドウの問いかけに司令長官の席のすぐ階下にある主幹フロアから返答が帰ってこなかった。ゲンドウは語調を強めて再び問いかける。

「目標のエネルギー反応はどうだと聞いているんだ。青葉技術一尉」

少し苛立ったゲンドウの声に青葉は慌ててこたえる。

「は、はいっ!申し訳ありません!あまりのことに…つい…その…」

「言い訳はいい…作戦地域のエネルギー反応の現状を報告しろ…」

「はい…初号機と弐号機の反応と…あ!び、微弱なエネルギー反応が爆心地にあります!」

「そうか…エネルギー反応の確認を急げ。それから初号機と弐号機の機体を回収しろ。この機会にA補給を行い、不測の事態に備えさせるのだ。特に…零号機を失った現状で手駒(弐号機)まで失うのは得策ではないからな…」

「り、了解しました!」

ゲンドウは再び活目するとゆっくりと立ち上がってフロアの出口に向って歩き始めた。驚いた冬月は慌ててゲンドウの肩を掴んだ。

「おい!碇!貴様、こんな時にどこに行くつもりだ!」

「ターミナルドグマですよ……先生……」

「タ、ターミナル…こ、こんな時に何を言っているんだ!まだ…まだゼルエルが完全に殲滅されたとは限らんのだぞ!」

「分かっている。あれしきの事で制裁者がくたばるとは俺も思ってはおらんよ。だが、制裁の儀式は一応滞りなく実行された。しばらくは時間的な猶予もあるだろう。そんなことよりも槍の回収をくれぐれもお願いしますよ、先生…」

慌てる冬月を尻目にゲンドウは動じることなくフロアを後にした。出口のところで人影に気がついたゲンドウはゆっくりとその方向を見る。リツコが立っていた。

「し…司令……私もお供を…」

「無用だ、博士…私一人で十分だ…」

「で、ですが…」

「アダムの身柄は確保してあるな?」

「はい……」

「結構だ…君はここに残って先生を助けてくれ…恐らく…軍令フェーズから平常のオペレーションに一旦移行するだろう…夜明けと共に爆心地の調査を実施してもらいたい…」

ゆっくりとゲンドウが歩き始めた。孤独な男の背中を黙って見ていたリツコは思わず涙がこみ上げてきた。

わ、わたしの…私の望みは…ただ…あなたに…一人の女として愛されたい…それが適うなら…地獄に堕ちてもいい…

リツコが声をかけようとしたその時だった。ゲンドウの低い声が聞こえてきた。

「博士…俺が頼れるのはもう…君しかいないんだ…後のことは宜しく頼む…」

「司令…」

ゲンドウはそのまま暗い廊下を一人歩いていった。

「う…うう…」

リツコは慟哭していた。静かに。辺りにはけたたましい警報が鳴り響いていた。


光のない暗闇の中にカヲルはいた。

手首に嵌められている手錠がやけに冷たく感じられる。ひんやりとした冷気に混じって独特の臭いが運ばれてくる。

「赤き土と奇跡の水(二つを合わせた赤い泥水をL.C.L.という)…ここには楽園の薫りが漂っている…」

突然、強い光がカヲルに浴びせかけられる。あまりの強さに目を開けることが難しかった。カヲルは思わず手錠を嵌められた手で光を遮るそぶりを見せた。

「気分はどうだね?」

この声は…

カヲルに一瞬緊張が走る。少しずつ目を開けてカヲルは声の主の姿を光の向こうに求めたが長身の男のシルエットが僅かに見える以外に何も分からなかった。しかし、その特徴的な姿でカヲルは全てを悟る。

そうか…どうやら僕は…今日…死ぬらしい…

影がゆっくりと動く。

「神(第一始祖民族)が作り出した最初の人間…アダム…楽園の辺にある赤き土と後に楽園となるオアシスの水を混ぜて作り出された
泥人形ゴーレムはヘブライ語で「胎児」の意。基本的に神が生命の息吹を吹き込む前の人形の状態のことを指す。この作品ではそれを「魂の無い肉体だけの状態」と解釈している)か…」

「初めまして…(シンジ君の)おとうさん…それにしても先代記(
Ep#06_14参照。裏死海文書の正式名)が読めるリリンがいたとは驚きですね…もっとも…黙示録の意味を完全に捉えているかどうかは甚だ疑問ですけど…」

「ふふふ。まあ…せいぜい強がっていろ…Seeleの老人達もお前には散々手を焼いたようだな?枢機卿(※ キール・ローレンツの別称)に刃向ってよくもまあ今日まで生き長らえたものだな」

「殺されかけましたよ…何度も…でも…死ねなかった…ただそれだけです…」

その時、荒涼とした氷の大地の情景がカヲルの脳裏に浮かんでいた。
 
N-30…あの日…僕は始末される筈だった…同じ死ぬならせめてエリザの手にかかりたい…そう思った…だが、デクのコアが損傷して臨界爆発を起こした余波で僕はエリザと引き離され…そして厳寒の海に投げ出されしまっていた…
 
まるで全身を鋭利な刃物で切り刻まれていく様な痛み…全ての筋肉と血管がじわじわと収縮していくのが分かった…プラグスーツを着ていなかったら心臓麻痺で即死していたところだ…だが…幸か不幸か僕はまだ生きていた…
 
僕はこんな寂しい場所で一人孤独な死を迎えるというのか…血肉を分けた愛しい人とも引き離されて…そう思った時…僕は初めて自分の運命を呪ったかもしれない…運命に従えといい続けていたこの僕が…運命を呪った…こんな皮肉が一体何処にあるというのか…
 
僕は…間違っていたのか…主よ…どうかお教え下さい…
 
冷たい……遠のく意識の中で僕はいつか眩いばかりの光に包まれていた…そして…目の前に偉大なる大天使ミカエルが立っていた…
 
汝アダムよ…真の生命の継承者にして忠実なる主の僕よ…そなたは生きねばならぬ…その生を全うして主との契約を果たすがよい…
 
偉大なるミカエルよ…主の”み遣い”よ…どうかお教え下さい…私は…私は…
 
アダムよ…心して聞くがよい…汝の翼を暴いた反逆者リリスの子孫共(リリン)はやがて母なるリリスを復活(赤き土の禊)させようとするであろう…主の怒りに貫かれて黒き月に沈んだるリリスが逃亡の大地に再び足を付けたる時…追放の日より続く怒りの日に終止符を打つべく三天使が遣わされるであろう…汝アダムよ…そなたはリリスがこの地に足をつけて3日の内にこれを討つがよい…そうすればそなたとエヴァ(Eve)の子孫は神の祝福を一身に浴び相応の恵みがもたらされるであろう…そなたは真の生命の継承者としての運命に従い、主の御意に沿わねばならぬ…
 
お待ち下さい…大天使ミカエル…私は…私はもう…リリンと戦いたくありません…ましてリリスを屠ることなど…
 
ならぬ…これがそなたの問いに対する主の答えだ…さあ…行け…アダムよ…
 
それでも…僕は再び下らない人生を生きることを選んだ…何故だろう…もう死んでしまおうと思ってやって来た筈の氷の海なのに…僕は知らず知らずの内に自分にも嘘を付いていたのかも知れない…

エリザ…君と矛を交える度に僕の胸はどんどん熱くなっていった…あの炎のような熱さは何なんだろう…誰かが言っていた…生きることは戦うことだと…火花を散らす矛先を通して或いは君の「命を燃やし尽くそうとする熱」に僕は徐々に冒されていったのかもしれない…君の身を焦がす様な炎に…

だから…僕ももう一度会いたいと願ったのかもしれない…最愛の女(ひと)に…

荒れ狂うボスニアの海上に浮上した僕は…瀕死の状態で英国海軍(
正確に記すならば国連軍所属の大英艦隊だが国連軍を冠する団体が文中に氾濫すると小説的にややこしいのであえて英国海軍とした)の特殊潜航艇「イラストリアス」に保護されて一命を取り留めていた…
 
カヲルは端整な顔を僅かに歪めると正面のゲンドウに鋭い視線を送る。
 
この男に…全てを話す必要は無いが…僕をボスニアの海で救ったのは完成が遅れに遅れていることに業を煮やした英国政府がネルフの第三支部から引き取ったEva伍号機だった…さすがかつて七つの海を制した海洋国家…伍号機は未完成ながらも単独で洋上作戦が可能な仕様に仕上がっていた…そして…その専属パイロットは…Neun(ノイン)だった…
 
Neun…ドイツ語の「9」…忘れる訳がない…

あの悪夢の様な日々…生きている事が堪らなく苦痛だった…次は自分が「ゴミ」になる番かもしれないと思う恐怖と…そして…逆に死ぬ事がないと分かっていて地獄の一部始終を見届けなければならないという苦しみが交錯する異様な空間…
その全てを…忘れたいと思っていた全てを僕はノインの顔を見た時…再び克明に思い出していた…

主よ…あなたは何と残酷なのだろう…死を願ってもそれを許されず…そして生きたとしてもそこには希望を見出せない…しかし…僕は全くの愚か者だ…導かれるままに運命の糸をトレースしていくしかない…

ノインに救助された僕は「イラストリアス」艦内で手厚い治療を受けた。僕を収容したノインの艦は英国海軍のトライデント原子力潜水艦部隊の母港である“女王陛下の海軍基地クライド(
Her Majesty's Naval Base Clyde)"に入港し、そこで更に治療を受けた…いや…治療という名の精緻な調査というべきだろうか…

しかし…ノインのとりなしのお陰で悪名高い英国のMI6(
イギリス秘密情報局秘密情報部)からの尋問も受けることなく平穏に過ごした…クライド海軍基地の敷地から出ることは許されなかったが僕には比較的自由が認められていた…だが…

身体の傷は癒えたが何故か気分が優れなかった…何故だ…その時はまるで理由が分からなかった…心なき存在である筈のこの僕が…日本に来てリリスに指摘されるまで僕は本当に気が付かなかった…いや…これは嘘だ…彼女の言うとおり僕は真実から目を背けようとしていた(
Ep#08_20)…

僕の身体は…やはりあの時…これがリリンのやり方ってわけだ…

僕はノインの手配した英国海兵隊の高速ヘリに乗って再び粉雪の舞うベルリンに戻って来た…N-30演習から1ヶ月半が経っていた…

驚いたことに僕はドイツでは死んだことになっていた(
Ep#08_28)…その葬儀の一切を取り仕切ったのが当時Eva訓練中隊大尉の葛城ミサトだと再会したゲオルグ・ハイツィンガーから聞かされた…僕に”デク“に乗って”セカンドチルドレン”を殺せと命じた張本人から…

他の“戦死”した訓練生たちと一緒に何処の誰かも分からない僕を手厚くベルリン郊外の“戦士の丘”にある無名戦士の塔に弔(とむら)ったそうだ…僕を頑なに父親の敵と信じている孤独な女性士官…エリザの唯一と言ってもいい保護者…彼女が僕の正体を知ればどうなるのか…生きても、また死んでいたとしても真実は残酷で皮肉に満ちている…

運命に逆らうことなく…ただその流れに身を委ねていても…まるで大波に弄ばれる小船の様に僕を取り巻く状況は流転を繰り返す…そして現在(いま)もだ…

リリス…いや…レイ…君は今…何処にいる…


カシャン…

漆黒の闇の中で安全装置を外す音が響く。カヲルはその音で長い逡巡から覚めていった。

「僕はもう用済みってことですか?」

ゲンドウは無言だった。ゆっくりとシルエットの右手が上がっていく。

「折角、僕を捕らえたのにどうして三天使に僕を捧げないんです?」

「そんなにあいつの居場所が気になるかね?」

「……」

「受難…そう言えば分かるだろう…」

ゲンドウの放った一言にカヲルは思わず顔を上げるとゲンドウに飛び掛らんばかりの勢いで近づこうとした。

「まさか!うそだ!」

「事実だ…これを見るがいい…」

ゲンドウが手元の端末を操作すると部屋の奥まった箇所が突然明るくなる。大型のモニターに電源が入ると制裁者ゼルエルに突っ込んでいく零号機の姿が映し出されていた。

カヲルの目が大きく見開かれる。

「だ、駄目だ…リリス…やめろ…止めてくれ!!」

大音量で流れる爆発音と眩いばかりの光が暗黒の空間の中で激しく点滅する。その時、逃亡の大地にいる筈のなかった者から一滴の涙の雫が落ち、そして沁み込んで行った。

「リリ―――――――――ス!!許さんぞ・・・俺は・・・殺す・・・必ず貴様を葬ってやる!!例え貴様が我らが父なる存在となったとしてもだ!!」

ガシャーン!

あと一歩という距離を残してカヲルはいきなり床に激しく転倒した。足枷の金属製のチェーンが限界まで伸びてピーンと張っているのが僅かな光に照らし出されていた。カヲルはそれを見て諦めた様な表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がる。

「どうして…どうしてそんな惨い事をする必要があるんだ…」

「ほう・・・土塊から生まれし哀れなる者でも流す涙があるのか・・・こいつは驚きだな・・・閉塞した人類…いや…リリンが次の段階に移行するためには“受難”とそれに伴う“アガペーの表出”、そして“復活(※ Seeleは赤き土の禊と表現する)”が必要なのだ…その後に再降臨(※ 通過儀礼と同意。サードインパクトのこと)することで人は文字通り補完される…」

「バカな!!何故だ!!何故リリンは…いや…碇ゲンドウ!!お前は自分の始祖たる存在を!愛すべき存在をどうして贄(にえ)に捧げるのだ!何故だ…僕には分からない…まるで分からない…いや…分かりたくもない!同じ生贄ならば忌み嫌い唾棄すべきこの僕を主に捧げればいいだろ!何故だ!何故人はあえて愛に背を向けるんだ!!」

「追放の日より続く主の怒り…今日まで続く怒りの日に終止符を打つためにはリリスの血統とアダムの血統との戦いに勝ち、真の生命の継承者たる資格者を屠る必要がある。その上でリリスが主の許しを乞い、そして復活する。それが全てだ。人は原点でもなく運命に愚直に従うべきでもない…新たな段階へと変容していくべきなのだ」

「碇ゲンドウ…お前たちは誤解している…これはアダムの血統とリリスの血統の争いで解決する問題ではない…反逆者リリスを慮る気持ちは一つなんだ…使徒は…使徒は…」

「今更命乞いか?」

「違う!命が惜しくて言っているのではない!お前達リリンは自分達とは違う存在を異能者と決め付けて迫害し続けてきた(※ 宗教裁判、魔女狩り、ジェノサイト等)。それはリリンなら等しく併せ持つ母リリスを奪われたという“不安”と主より祝福されなかったという根本的な“心の隙間”が他者に対する“恐怖”となっているからだ。恐怖がリリンの心を蝕む根源なんだ!人類の争いの歴史が継承権の覇権を賭けた戦いだと?飛んだお笑い草だ。単に他者に対する恐怖が無益な血を流させてきただけの無意味な時間の積み重ねが人類の歴史そのものだ!!」

「仮にそうだとしても…そんな事はどうでもいいことだ…知恵を持った者が生命の継承者となれば神の方程式は解を得る…文字通り神になる…いや…神をも殺せる存在になれるのだ…」

「神を殺す、だと……!?なぜそこまでして…神に背く…いや…神を求めようとするんだ…」

「決まっている…全知全能を得て後…果たしたいことがあるからだ…俺の邪魔する者は許さん…例えそれが神であってもだ…」

「ナンセンスだ…お前は単に過去に縛られ…そして現実から目を背けているに過ぎない!」

カヲルの叫び声は漆黒の空間の中で反響する。ゲンドウは僅かに顔を顰めた。

「・・・・・・」

「人類が新たな段階に進むためというのは詭弁だ!お前は…今のお前は…自分が否定している”愛”が深いがゆえにそれがお前を狂わせている!人は愛ゆえに苦しむ!それから逃れることは出来ない!それを補完して神となればそれは人ではない!人はそのまま神にはなれないんだ!」

「貴様如きに俺の何が分かる…言いたいことはそれだけか?」

カシーン

弾倉の弾丸が装填される乾いた音が辺りに響いた。手には
ベレッタM92が握られており銃口はカヲルの眉間を狙っていた。

「何とでも言うがいい・・・殺すなら殺せ・・・貴様はいずれ反逆により滅ぼされる宿命を背負っているのだ・・・」

「威勢のいい事だ・・・お前のその憎しみもやはり人類の新たな時代には無意味という他ないな・・・所詮・・・運命に忠実たらんとする貴様は原点に戻ろうとする老人達と根が同じだな・・・一ついいことを教えてやろう・・・これはレイ自身が望んだことなのだ・・・あいつ自身の決断だ・・・」

「なに・・・」

カヲルは思わず顔を上げるとゲンドウの方を見た。碧眼の瞳が充血しているが見える。ゲンドウは口元に僅かに嘲笑を浮かべるとカヲルに一歩、また一歩と近づいて来ていた。

「なんだ・・・知らなかったのか・・・あいつはお前にそんな事も話さなかったのか・・・とんだ道化だな・・・貴様は」

どういうことだ…リリス…肉体を奪われた僕は…滅びれば…それで終わりだ…だから君は…自ら死を選んだというのか…いや…違う…ま、まさか…

「リリス…君は…僕を…」

3日の刻限は果たせなかったが三天使の前で制裁は果たされ…僕はこうして生きている…主との契約を一応果たした僕を…僕だけを…楽園に帰すつもりだったのか…

カヲルは顔を両手で押さえると激しい脱力感に襲われてその場に崩れ落ちた。

「ああ…主よ…なんということだ……僕は…僕は…」

運命に忠実に生きることで…最愛の人を殺してしまうとは……僕は愚かだ…なんという愚か者なんだ…主の僕であることに拘るあまり僕はあの時…君と楽園を逃れずに一人残った…君の言うとおりだったんだ…こんな結末になるなら…僕も…

「あの時…楽園を捨て去るべきだった……」

ゲンドウは打ちしがれるカヲルに近づいていくと冷たい銃口をカヲルの頭に突きつけた。

「ようやく分かったようだな…アダム…原点に忠実足らんとすることが如何に愚かな行為であるか…お前の言う通り俺は確かに狂っている…そして…最初の志…かつて…ユイと二人で語り合った人類の新たな歴史…それが歪んでいっってしまったことも自覚している…」

ゲンドウは一瞬遠い目をする。


ユイ…俺は…科学者の究極は…生命を作り出すことだと考えている…

まあ…まるで神様みたいね…

そうだ…神だ…科学の真理はまさに神なんだ…

面白そうね…でも…そんなに苦労しなくても…新しい命は二人で作れるわ…あなたはもう神様よ…あたしとこの子の…

ははは…そうだな…俺がもうお前と…レイの…二人の神様なら…俺はもう満足するべきかもしれん…


ユイ…俺は…今…堪らなく寒い…寒いんだ…

ゲンドウは目に力をこめると再び自分の足元にうな垂れているカヲルを睨んだ。

「俺は神を目指す狂信者だよ…だが…後悔はない…愛ゆえに狂った自分を俺はむしろ誇っている…それが…究極には貴様と俺との間にある…差だ…僅かではあるがな…」

ゲンドウは引き金に指をかける。

「さらばだ…アダム…」

「レイ……」

Plaudite, amici, comedia finita est(喝采を…喜劇は終わった)…」

ズダーンッ
 Ep#08_(44) 完 / Episode#08おわり
 

(改定履歴)
24th Mar, 2010 / 誤字修正
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