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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第五部 マリ・イラストリアス


(あらすじ)

沖縄沖を哨戒中だった国連軍太平洋艦隊(元米国第七艦隊)所属の第6イージス駆逐艦隊3隻が突然消滅する事件が発生した。謎が謎を呼ぶ奇怪な事件の唯一の手がかりは…「365歩のマーチ」だった…新横須賀艦隊司令部ではこの事件にあるコードネームが付いた。

YAMATOの呪い

本作品にいよいよマリ・イラストリアス登場…
Battleship_Yamato_sinking.jpg

クリックしていただけるとウレシス (TT)
沖縄本島から南に300kmの太平洋…

大英艦隊所属の特殊潜航艇イラストリアスは音もなく静かに薄暗い海の中を潜航していた。

Submarine「艇長のべレスフォード中佐だ。本艦は台湾の南、バシー海峡を抜けて太平洋を北東に進んでいる。現在、沖縄本島の南300kmの位置にある。我々は既にセブンスフリート(国連第七艦隊)の哨戒圏に入っている。各員の職務精励に期待する。以上」

「んん~!!ふあああ…やっと太平洋とか…あ~あ、だりぃ…」

艦内放送が終わると同時にデスクに突っ伏していた少女はゆっくりと上体を起こして大きく伸びをした。色白のほっそりとした顔の上に乗っている赤いフレームの眼鏡を無造作に持ち上げる。

「いよいよ日本、か…また会えるね…ドリュー…それだけが唯一の楽しみ…」

英国海軍士官の制服に身を包んでいた少女は一瞬遠い目をする。海軍中尉の階級を示す襟章が艦内の薄暗い照明に照らされて鈍く光った。

「ようやくお目覚めかい?それにしてもよくそんなに寝むれるな、君は…全く感心するよ…」

大人二人がどうにか同室できる程度の窓のない小さな部屋の片隅にスチールの支柱が剥き出しになっている二段式の簡易ベッドがあった。少女は声のする方に向き直るとにやっと白い歯を出して笑った。

「その言葉褒められたと思っときますよ、蝙蝠(こうもり)さん…なんてたって潜水艦乗り(Submariner)にとって睡眠は美徳っスから!場所を取らない!音を立てない!おまけに人の酸素を余計に吸わない!いい事ずくめですからね!へへへ!」

「三食昼寝付き、ってやつか?大層なご身分だな。最初の二つは分かるが最後はちょっとな…この艦の動力は原子力だろ? ディーゼルを使っていた第二次大戦の時は艦内の空気もさぞ悪かっただろうがな…それにしても何とかならないもんかな…この手錠は…」

手錠と足枷で四肢の自由を奪われた長身の男が簡易二段ベッドの下段に転がされるように横たわっていた。

「贅沢言わないで下さいよ。潜水艦で個室が与えられるのは艇長さんと副長さんくらいのものですよ?さてっと…そろそろ仕事かにゃ~」

少女は何の前触れもなくいきなり立ち上がると士官の制服をおもむろに脱ぎ始める。長身の男はそれを見て一瞬ぎょっとするが諦めた様にため息を一つ付くと面倒くさそうに少女に背中を向けた。

「やれやれ…いい年の女の子が…中年のおじさんと一緒だっていうのに…」

「あれえ?ひょっとして照れてるんですか?蝙蝠さん!意外と初心(うぶ)なんですね?何か…かわいい!」

「初心というか…児ポルに厳しいイギリス人達にロリコンとか言われて難癖つけられると適わないんでね…むしろ俺に対して気を遣って欲しいもんだな…」

「ああ!なるほど!そういう見方もあったんですね!でもジョージ(ゲオルグの英語読み)から四六時中、あなたから目を離すなって言われてるんでしょうがないっしょ?まあ役得と思って我慢して下さいよ。はははは!!」

あっという間に全裸になった少女は背後に備え付けられているロッカーの扉を勢いよく開け放つ。ロッカーの中に深い緑色の迷彩服の様なデザインのプラグスーツが並んでいた。

「役得…ねえ…」

手際よくプラグスーツに身を包んだ少女はデスクに戻ると赤い眼鏡を外して近眼用のゴーグルを頭から被る。

「さてさて…給料分は働きますかな…それじゃ蝙蝠さん!いい子で留守番してて下さいよ」

声をかけられた男はゆっくりと少女の方に向き直る。

「また出撃かい?中国の哨戒圏(南シナ海)を抜けて第七艦隊の管区に入った筈だろ?中尉殿」

「確かに艇長の艦内放送ではそう言ってましたけどお楽しみはこれからですよ?蝙蝠(こうもり)さん…それじゃまた後で!」

少女は一瞬凍り付きそうな冷たい笑みを浮かべると男を残して部屋を後にする。少女を見送った後、長身の男はベッドに仰向けになってジッと一点を見詰めた。

「お楽しみはこれから、か…どういう意味だ…マリ・イラストリアス…」

南シナ海は世界屈指のシーレーンであると同時に極めてきな臭い紛争の火種を抱える海域であり、水深もそれほど深くないため潜水艦にとって極めて不利な海域の一つとして知られていた。2003年から2004年にかけて世界規模で批准されたValentine条約により現在はどうにか小康状態を保ってはいたが、同海域では未だに中国海軍の動きが活発だった。

特殊潜航艇イラストリアスはインド洋を横断してマラッカ海峡に入り、そして南シナ海を抜けて台湾とフィリピンの間を通過して太平洋に出るという航路を辿っていた。Valentine条約の批准で休戦状態にあるものの、中国とイギリスの関係は絶望的に悪化した状態が続いており、見つかれば国際問題に発展することは間違いが無かった。

南シナ海の中国の対潜哨戒網を潜り抜けるのに大英艦隊所属のこの艦が神経を尖らせるのはまだ分かるが…国連軍第七艦隊管区に入って尚警戒態勢を取るのはなぜだ…対中戦役以来の友軍の筈だが…

2000年9月、セカンドインパクト発生の混乱に乗じて中国はシーレーンの確保と予(かね)てから燻(くすぶ)っていた領有問題の一挙両得を狙って突如として南シナ海に浮かぶ西沙諸島から南沙諸島にかけての広域に中国海軍を展開、そして完全な領有を宣言するという事件が発生した。これに猛反発したのが同じく領有権を主張していたベトナム、フィリピン、そして台湾であった。日本の沖縄、台湾、フィリピンに至る環太平洋のラインはアメリカの安全保障戦略上、極めて重要な位置を占めている。その一角が中国との紛争に巻き込まれる事態は中国の覇権主義を警戒する国際世論にとって看過できるレベルを遥かに超えていた(時事ネタになるが沖縄の普天間基地問題は単純に米国の一方的な都合によるものでは決してない。日本人にとっても自国の防衛という観点で極めて重要な位置を占めている。沖縄周辺海域は中国にとって太平洋に進出する通り道の一つであり、沖縄は国際社会と日本自身の安全保障にとって要といえる。その戦略的価値を理解していれば何故沖縄に国連軍の基地が存在しなければならないのかがよく分かる。憲法第9条によって雁字搦めの自衛隊は在日米軍の替わりが全く出来ないため、憲法改正をしない状態で米軍を県外海外に移設するという発想は現実を理解していない空論といわざるを得ない。沖縄県の負担云々以前に日本という国家の存在を脅かす、あり得ない発想なのである)。

中国の勢力が太平洋へ張り出すことに危機感を大いに募らせた日米豪は台湾、フィリピン、ベトナム政府に表面上は同調する素振りを見せて、中国に揺さぶりをかけるために非難声明を共同で発した。しかし、中国はこれを内政干渉として全く相手にしないどころか、外交ルートを通じてずるずると時間を引き延ばして時間を稼ぎ、緊張が高まっていた南沙諸島沖で中越海軍の軍事衝突が勃発(※第二次赤瓜礁海戦/2001年。これは架空の設定だが1988年に実際に同諸島の領有を巡って中越間で海戦があったのは史実であることに注意願いたい)、中国海軍の圧勝に終わるという痛恨劇を演じたのである。

まんまと中国に手玉に取られる形になったアメリカと中国の間の関係は急速に冷え込んだ訳だが…問題はそれだけに留まらなかった…国連の威信低下はEUにとって死活問題に繋がるからな…

中国に対する第二ラウンドとして今度は日米英仏独露(後のValentine Council)を中心とする列強各国が共同して中国の非難決議を国連の安全保障理事会に上程して圧力をかけたのである。

EUが極東情勢に懸念を持った背景には欧州を襲った内乱の沈静化と”死の行進”問題の批判の矛先をかわすというお家事情もあったわけだが…単純にアジアにまで手が回らなかったためアメリカの勢力増大を警戒したというパワーバランスの問題の方が大きかった…それだけに何とか中国問題を国連のマターの中でソフトランディングさせたかった…

しかし、そんな各国の足元を見た中国は常任理事国の拒否権を発動して決議案を廃案に追い込むという強硬姿勢で挑んだのである。国際社会が迷走を続ける間に更に勢いを増した中国軍部は増長し、台湾の占領、併合を企図して台湾海峡を封鎖し、陸路によるベトナム本土への人民解放軍の南進、ついにはインドとの国境紛争(中印国境紛争)を再燃させた。この深刻な事態の招来、まさにセカンドインパクト後の混乱する世界で第三次世界大戦とも言うべき紛争は中国の覇権主義によって引き起こされたといっても過言ではなかった。

国連を機軸とする世界秩序を保って一大強国の出現をバランスによって防ごうと考えているEUと自国の通商圏拡大を第一義とする米国の足並みはこれまで悉(ことごと)く揃わなかった…だが…中国の野心が明らかになり…中国の台湾制圧を懸念したアメリカは軍事介入をついに決意してベトナム、台湾、フィリピンを支援した…世に言う対中戦役(2000年~2003年)だが…その戦火は月日と共に拡大の一途を辿った…中国にとって誤算だったのは欧州戦役(2000年~2002年)が予想外の速さで収束したことだろうな…

欧州戦役で反政府、反国連の武装組織を破竹の勢いで駆逐したのがサー・シュワルツェンベック将軍(現国連軍特殊機甲師団中将。当時はドイツ連邦陸軍所属)だった。欧州戦役の収束に伴ってEU諸国は挙(こぞ)って対中戦役に参加し、その主力の一部を米軍と共に担ったのが大英艦隊だった。現在の中英関係の悪化はこれに原因を求めなければならない。

対中戦役の分水嶺となったのが2002年のクリスマスの日に起こった台湾海峡海戦であった。中国主力艦隊と大英艦隊は折から続く悪天候と磁場嵐による警戒衛星とのデータリンク不通という、いわばハイテク索敵システムが使用出来ない状況下で両艦隊が期せずして遭遇戦を演じた海戦だった。悪条件が重なったために現代の戦争では考えられない直接艦隊戦に発展し、この戦いでイギリス旗艦の空母イラストリアスが台湾沖に没した他、両軍合わせて夥(おびただ)しい数の艦船が海の藻屑と消えることになった。結局、危急を聞きつけて救援に駆けつけた第七艦隊が中国艦船を掃討して米英の勝利が事実上、決した日となったのである。

もっとも…日本の自衛隊も出雲内閣が憲法9条を改正して第七艦隊の支援を海自が行う筈だったが南北朝鮮を巡る紛争(実際には北朝鮮で軍事クーデターが発生して軍部が暴発)で流れ弾が東京を直撃(2002年)…普段はMD(ミサイル防衛システム)と早期警戒衛星とのデータリンクで完全に防衛されている筈の日本だったが中国の動きに目を奪われたまさに一瞬の隙を突く形で…実に多くの尊い命が失われた…そして日本は年が改まった2003年…バレンタイン国会を始めとするあの難局の連続を迎えて…現在に至る…訳だが…それにしても…

「いわば…太平洋は米英の縄張りみたいなものじゃないか…何故…あの子が出撃する必要があるんだ…」

男はそのまま押し黙ると狭いベッドの上に横たわったまま目を細めていた。



手狭な廊下は既に常用灯から赤色灯に切り替わっていた。
赤色灯
「うほっ!第一種警戒態勢とはいい感じぃ~!こちらマリ・イラストリアス中尉!司令室へ!これより小官はMercury(※ Eva伍号機の英海軍内でのコードネーム)にエントリーします!発艦許可を求む!」

士官室から嬉々とした様子で出てきた少女の姿を見た水兵達は慌てて敬礼をする。マリはニコッと微笑むと右の耳に装着した小型レシーバーで会話を続けながら敬礼を返すと小走りに司令室とは逆に艦尾の方に歩いて行った。

「ザー!こちら副長のポンソンビー大尉だ。イラストリアス中尉」

うへ!いきなり大尉に当たっちまった…

マリは一瞬顔を引きつらせた。

「Mercuryへのエントリーは許可する。ただし艦尾射出エリアにて指示があるまで待機せよ。いいか?指示があるまで勝手に発艦するなよ?分かったな?中尉」

バレて~ら…

マリは小さくため息を付く。

「Aye, aye, sir…(アイアイサー)」

交信を終えたマリはさっきとは打って変わった様子でガックリと肩を落とすと走るのを止めてつまらなそうにトボトボと歩き始めた。

潜水艦内の廊下は細かくブロック分けされており数メートル単位でハッチが設置されている。このハッチは常時開放されているが万が一の時は手動或いは自動で固く閉じられる仕組みになっていた。圧壊を防ぐための常識的な設計だが弩級大型潜水艦とも言うべき大きさを誇るこのイラストリアスでも人が行き交う時はこのハッチがボトルネックになってたびたびお見合いの様な光景が見られた。

「ちぇっ!な~にが許可があるまで発艦するなだよ…二回も念押ししちゃってさ…そんなにあたしって信用無いのかなあ…」

「何をぶつぶつおっしゃっておられるんです?中尉殿」

「うにゃあ!!!」

ハッチの近辺で立ち止まって正面からやって来る武装したSBS (※ 英国海兵隊特殊部隊)の一群を先にやり過ごそうとしていたマリは飛び上がらんばかりに驚いて声の方を見た。

「びっくりしたなあ…もう…いきなり後ろから話しかけんなよ!ジェイク・ウォーレンサー少尉!ドキがムネムネするだろ!」

マリのすぐ後ろに長身のがっしりした体躯を持つ若い士官が立っていた。人懐っこそうな青い瞳をマリに向けている。

「あ…す、すみません…脅かす心算は…」

二人の目の前を屈強なSBSの強面達が敬礼しながら通り過ぎていく。決して小さくは無いウォーレンサーだが数々の死地で鍛え抜かれたSBSの前では酷く痩せて見えた。

「あれって…SBSの…」

「そっ!ブール(※ 英国ドーセット州にある海軍基地。SBSはここに本部を置いている)からやって来たやつらだよ。この艦の大事なお客人ってわけよ。何やら上の方からMissionをもらってるみたいだし、それに蝙蝠さんの監視ってのもあるけどね」

「蝙蝠さんって…あの中尉が自室でご一緒されてるロリコン…あっ…いや失礼しました…別に中尉が貧乳とかそんな意味じゃなくてですね…Ouch!!」

マリは思いっきりウォーレンサーの足をブーツのかかとで踏みつけるとため息を一つついた。

「ちみは絶望的に空気が読めないよね、少尉。言っとくけどCカップは日本じゃ勝ち組なんだぜ?そりゃCまでは子供服っていう感覚のヨーロッパから見るとこれでも小さいかも知んないけど…はあ…やれやれだぜ…いいか?少尉。おっぱいってのはね、でかけりゃいいってもんじゃないんだよ?おっぱい星人のあたしから言わせてもらうとだな…形と弾力。ん~マーベラス…これだよ!今はこのフレーズなんだよ!」

「は、はあ…すみません…自分はでかけりゃ何でもいいというか…あ?嘘です…」

マリの鋭い視線に気がついたウォーレンサーは慌てて訂正を入れた。

二人が艦尾に向かって歩いていくとやがて巡航ミサイル(トマホーク)と弾道ミサイルとの間に高度な互換性を持つ垂直発射システム(VLS:Vertical Launching System)の区画に入る。

「そんなことより…ジェイク…君は何でこんなところにやって来たんだよ…まさかあたしとおっぱいについて激トークしに来たわけじゃないんだろ?」

「はい。中尉が勝手なことをしないように見張ってろっと副長が」

「マジかよ…ちっ!全てお見通しってわけだな…レシーバーの調子が悪くて聞き取れませんでしたって言おうと思ってたのに…」

「副長も同じことを仰っておられましたよ。レシーバーのせいにされたら適わないって。中尉は指示内容を復誦(ふくしょう)されなかったでしょ?海軍の基本なのに。あれってわざとですよね?」

「ぐぬぬう…そこまでバレていたとは…」

「どうやらあれで副長はピンと来たみたいですよ」

「うわあああ!分かったから!もういいよ!その話は!あたしのHPはもうゼロだよ!」

マリは溜まらず両耳を塞ぐとその場にしゃがみ込んだ。

こうして見てる分にはどこにでもいそうな普通の女の子なのにな…それがひとたび出撃となると…

「と、それは置いておいて…で?やつらの動きは?あれからどうなったか、ちょっと教えてよ、ジェイク」

すっと立ち上がるとマリは“Mercury Entry Area”と書かれた分厚い金属のハッチに備え付けられているIDカードリーダーにカードを通す。重たい金属を引きずるような断続的な音が辺りに響き、血の様な独特の臭気が僅かに鼻腔をくすぐり始めていた。

どうにも慣れないな…この臭い…

ウォーレンサーは窮屈そうに体を屈めてマリについてエントリーエリアの中に入って行った。

「ええっとですね…目標は全長およそ130メートル、排水量12,000トン、恐らく中国の晋級(
中国海軍所属の原子力潜水艦094型のNATOコード)と思われる1隻が我が艦の進路の前方にあっておよそ18ノットで沖縄本島方面に向かっています…」

「ちぇっ!折角ここまで“隠れんぼ”してきたのになあ…あいつら(中国籍原潜)のせいでこっちがネルフのわんこ君達に見つかったらシャレにならないよ…つか…セブンスフリートの対潜システムに見つかっていないって本気で思ってんのかな…全く脳内お花畑だね…やっぱ潰すか!」

ジェイク・ウォーレンサーはまだ少し幼さを残す顔一杯に驚きを浮かべてシンクロシーケンスの手順を進めているマリを見た。

「ちょ、ちょっと中尉!それはさすがにまずいんじゃ…」

「何で?あの晋級サブマリンの粛静性なんてカスじゃん。俺達スゲーって思ってんのは中国人だけだよ?あいつらがうちと似た様な航路を取ってたら日本からぞろぞろわんこ君達がやって来ちゃうよ。早めにあいつを潰すか…あるいは…」

「あるいは…」

ウォーレンサーは固唾を呑んでいた。マリは手首に付けていた髪留めのゴムで手早くアップにすると傍らの金属棚から空軍パイロットのようなヘルメットを取り出していた。

「多分、あいつらがこっち方面におびき寄せてくるだろうアメ公も潰すしかないよね…不本意だけど…うーむ…」

「中尉…ぶっちゃけ…見つかればいいのにって思ってるでしょ?」

「ばれた?ははは!ずーっと南シナ海では航路秘匿の為に大人しくしてたから実はストレス溜まってんだよねぇ…」

大声で笑いながらマリは5メートルを軽く超える高さの金属性の梯子をするすると上っていくと直径10メートルはあろうかという巨大なシェルターの上に立つ。

「だ、駄目ですよ!!中尉!!勝手なことしないでくださいよ!!」

大人なら余りの高さに平衡感覚を失いそうな場所にも関わらず少女はまるでいつもと変わらない様子で飛び跳ねるように歩いていくとあっという間にエントリープラグのハッチに手をかけていた。

「本艦の存在秘匿は本国政府において最優先される。Admiralty (
英国政府国防省海軍委員会のこと。同省内では海軍関係部局の総称でもある)も言ってるしさ。あくまで皆殺しにするだけだよ。合・法・的・に・ね!」

こ、コワ…これだ…この子は戦闘に…いや…戦争そのものに対して躊躇いが無い…分かっているのだろうか…Mercuryは単なる人形じゃない…それは…世界を焼き尽くす北欧神話の巨人(炎の巨人スルト)…人類最後の抑止力兵器Evaだというのに…Evaに乗っている人間はまさに無敵の存在だ…パイロットがその気になれば…神をも殺せる…

ウォーレンサー少尉が不安な様子でエントリープラグの中に入っていくマリを眺めていると突然、辺りに警鐘音が鳴り響く。

カン!カン!カーン!カン!カン!カーン!カン!カン!カーン!

「うは!!キタこれ!!対潜戦闘用意だお!!さすがは艇長!!母艦とMercuryの秘密を守るためなら誰であれ躊躇なくぶっ殺す!!非情な判断を平然とやってのける!!そこに痺れる!!憧れるう!!よっしゃー!!おまいら仕事おっぱじめろ!!プラグイン!シーケンス076番まですっ飛ばして77番から!!エントリー完了と共に発射管内のL.C.L.強制エジェクト開始!!」

「Aye, aye, sir!!(アイアイサー)」

少女の掛け声を合図にして技術員達が一斉にEvaの起動シーケンス作業に取り掛かる。マリを乗せたエントリープラグが巨大なシェルターの上部から内部に吸い込まれていった。

「何で中尉は戦闘になるとあんな楽しそうなのかな…いつもいつも…死ぬのが怖くないのか…」

ウォーレンサー少尉はダークブラウンの髪をかきながら黙って見守っていた。
 

「Mercury!!Take off!!」


かつてある英国人記者はこんな言葉を残した。

「ブリテン(英国)は、 ロイヤルネイビーによって力強く護られている(1914年12月のロンドン新聞の記事より)」

英国の栄光は海軍と共にあったと言っても過言では無い。英国海軍の歴史は宗教対立を発端として発生した英西(イギリス・スペイン)海戦で無敵艦隊(アルマダ)と呼ばれたスペイン艦隊を劣勢なエリザベス女王率いる英国海軍(実際は軍と呼べるようなものではなかった)が打ち破ったことに始まる。

絶体絶命の祖国の危機に果敢に立ち向かって勝利を収めて後、それまで殆ど海賊と見分けが付かない状態だった英国海軍は“女王陛下の海軍(Royal Navy)”と呼ばれることとなり、以来、英国は世界に冠たる海軍国家であり続けたのである。

英国は建国以来、一度も本土に外敵の上陸を許していない。

フランス革命期に欧州の覇者となった皇帝ナポレオンⅠ世が大陸軍による英国本土上陸作戦を企図したが、トラファルガー沖海戦で仏西連合艦隊をホレイショー・ネルソン提督が屠ってその野望を挫き、第一次世界大戦で独海軍大海艦隊とユトランド沖海戦で戦って制海権を維持した他、第二次世界大戦では圧倒的に不利な状況下にありながら欧州最後の砦となってアドルフ・ヒトラーからついに国土を護り通したのである(
現代の英国海軍の規模は日本の海上自衛隊よりも小さいが良質な戦力を保持することで知られている。因みに海自の錬度は世界的にも最優秀であり各国から称賛されているがマスコミによってそれらは完全に黙殺され続けている)。

しかし、セカンドインパクトによって自国の緯度が更に上昇した影響で英国政府は歴史に燦然(さんぜん)とその名を残す栄光ある Royal Navy の新たな運用と待ったなしの改革を迫られることになる。

北国が歴史的に南下政策を採る背景には“不凍港の確保”という国是と切り離して考えることは難しい。航空機が発達している現代においてもそれは同様(
大雪で空港はしばしば封鎖されるため)であり、大量輸送時代以来の前提となっている物流能力維持による経済の安定化(いわゆるシーレーン)は国政レベルで重要であり、今尚海軍力は英国にとって国家の安全保障上、必要不可欠な要素だったのである。

グレートブリテン島の北半分が流氷に覆われるようになり英国海軍はこれまでの洋上戦力中心の艦隊編成の抜本的見直しを始めなければならなかった。その鍵を握ったのが戦略的運用を可能にする潜水艦の大型化と重装備化であった(
2002年12月の台湾海峡海戦において英国が洋上艦船の大多数を失ったことも影響した)。

潜水艦の歴史は大きく3つの段階に分けることが出来る。

潜水艦の黎明期は第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて連合国側(特に英国)にとって脅威となったドイツ海軍のUボートによる“通商破壊行為”である。これに対抗するべく英国は大戦中に“ソナー”技術を開発して効果を上げたことは有名である(
ソナーが開発されるまで潜水艦の発見は潜望鏡の視認に頼っていたのが実情)。

潜水艦の勃興期に当たるのがいわゆる東西冷戦である。軽水炉を動力とした原子力潜水艦の開発により動力機関の静粛性は著しく向上し、その発見は一時期ソナーでも極めて困難な状況に陥った。そのため東西両陣営では対潜哨戒能力の拡充と合わせて潜水艦同士の水中決戦を企図するようになった(
日本の海上自衛隊が極めて高度な対潜哨戒能力を保持するのは冷戦の影響と皆無ではない)。

そして潜水艦は冷戦の終結と共に新しい段階に入っていた。それはセカンドインパクト後の地域紛争や武装勢力などといった従来の特定の国や地域を相手にする従来の戦いとは全く異質なリスク(
ここは実際に現代の対テロ戦争と読み替えて頂いて差し支えない)への対応だった。

冷戦時代は核弾頭を搭載した原子力潜水艦(原潜)が哨戒圏深くに侵入して想定国(仮想敵国のこと)の主要都市を射程内に収めることが極めて大きな脅威であったが、冷戦後は直接戦略兵器で大量破壊をする必然性が失われることになり、替わりに戦争の性質は国ではなく小規模な武装組織という限定した対象、“姿なき敵との戦争“へと変遷していった。

広範囲な破壊よりもピンポイントに的確に目標を殲滅する兵器、いわゆるハイテク兵器が求められるようになり、時代の変化に伴って原子力潜水艦もまたその役目を大きく変化させることになった。特殊部隊やピンポイント破壊が可能な決戦兵器を極秘裏に敵地に輸送する役割を原子力潜水艦は担うようになり、巡航ミサイルの他に特殊部隊の小型揚陸艇などを具備するようになったのである。

特殊潜航艇イラストリアスはPSI(Post Second Impact)時代において英国海軍が達した一つの到達点だった。

イラストリアスの艦名は台湾海峡海戦で非業の最期を遂げた大英艦隊旗艦の“空母イラストリアス”から取られていた。その理由はこのイラストラスが世界最大級の原潜である米国のオハイオ級(
全長170メートル、全幅13メートル、排水量18750㌧)を遥かに上回る全長280メートル、全幅22メートル、排水量30200㌧という大きさを誇っており、もはや潜水艦というよりは水中を航行する原子力軽空母という趣きに近かったためである。

Eva伍号機をネルフ第三支部から極秘裏に受け取った英国政府は伍号機単独での洋上及び水中作戦遂行能力を付与し、この“水中空母”を母艦して運用することに成功していた。仏政府発注の六号機とこの伍号機がネルフ本部主導の特殊兵装開発プログラムから離脱(Ep#07_14)した背景には第三支部が英仏両政府から“特殊仕様”の要求を受けていたことが大きく影響していたのである。

E型量産機後期モデルと呼称される伍号機と六号機…

今、まさにその一つであるEva-05(コードネーム:Mercury)が野に解き放たれようとしていた。



CIC (Combat Information Center)
イラストリアスのCIC(Combat Information Center / 戦闘情報センター)は大小さまざまなモニターから漏れる明かり以外に目立った光はなく、中央の椅子に艇長のベレスフォードは思慮深い顔に深い皺作って静かに鎮座していた。

今年で38歳になる独身男は台湾海峡海戦で武勲を上げて以来、猛者が揃う大英艦隊のトライデント潜水艦隊にあって「King of dive(潜航王)」の異名を取っていた。英語の“dive”には「潜る」という意味の他に「飛び込んでいく」「突っ込んでいく」という意味もあり、それがそのまま彼の人となりを示していた。

「艦尾のMercury発射エリアより報告!Mercuryプラグイン!起動完了しました!」

オペレーターの言葉に静かにベレスフォードは頷くと傍らに立っていた副長のポンソンビー大尉を見た。

「よし。そのままMercuryは待機。目標との距離は?」

「目標との距離およそ6000!」

「ふむ…ギリギリだな…これ以上近づくと向こうがこちらに気が付くかも知れん…少し早いが止むを得ん…よし!魚雷発射深度まで浮上する」

「アイアイサー。アップトリム15!深度750から400へ!」

潜航王は中国原潜の動力を奪って直接破壊せずに海底に沈めて自然圧壊させることを考えていた。伍号機へのプラグインは彼にとってあくまで保険的手段だった。この時までは。

「よし。深度400に到達次第、魚雷発射管1番にシーホース(※ 架空兵器。スーパーキャビテーション技術を利用した高性能追尾魚雷。最大速力600km/h、有線誘導2000m、追跡射程4200m、索敵射程6000m)、2番にF2-Decoy(※ 架空兵器。Flexible Frequency Decoyの略。コンピューター制御により任意のモーター周波数を設定可能で自艦のみならず敵艦の偽装も可能)装填。但し、シーホースの弾頭は外せ。あくまで爆破ではなく目標の動力を奪うことが目的である」

「アイアイサー!1番に無弾頭シーホース、2番にF2-Decoy装填!」

魚雷兵器はミサイル技術の進歩と共に対艦ミサイルに代替されていく方向にあるが潜水艦にとってはまだ汎用性の高い安価な戦術手段として主要な位置を占めていた。魚雷は高深度環境では水圧により十分な推進力が得られないことが欠点だった。そのため魚雷兵器を使用するためには最適な深度まで浮上する必要があったのである。

「F2-Decoyの周波数と曳航アンカー長さを中国艦に合わせ」

「アイアイサー!周波数と曳航アンカー、目標に合わせ!」

Decoyとはハンターが獲物をおびき寄せるために用いる“作り物の囮”のことである。

自動追尾技術や索敵技術の進歩により攻撃目標の捕捉精度が向上しているため、機動力を生かした通常の回避行動だけではもはや敵の追尾を振り切ることが困難になっており、敵の攻撃や追跡を回避する手段としてわざと音や信号を発するものを自艦から射出して偽装するという撹乱兵器のことを一般的にDecoyという。

潜水艦では特にソナー探知やアスロックからの攻撃をかわす目的で自艦のスクリュー音と同じ周波数を発する魚雷をDecoyとして用いていた。しかし、近年の追尾システムは音のみならず追尾対象の全長をリアルタイム計測してDecoyと本来の目的を識別する兵器が登場していた。

F2-Decoyは任意に周波数設定可能なモーターの他に射出した魚雷に無数の金属製の反射板を供えたアンカーを曳航させてこの全長測定モニターをも撹乱させることが可能だった。

イラストリアスのCICは既に前方を航行している中国原潜が第七艦隊に捕捉されているという前提に立っていたため付近の哨戒兵力の存在の方をむしろ警戒していた。

追尾していた目標が突然レーダーアウトすれば新横須賀の艦隊司令部が総力を挙げて日本近海の警戒を強めることが容易に想像されたため、このF2-Decoyで中国艦の健在を装ってこの海域を離脱することを考えていたのである。
 
潜水艦は車のように外の様子を直接確認することができない。そのため予め測量船が計測して作成した海図(海底地形図)、ソナーやレーダーなどの測定データを組み合わせた間接的な手段で航行しなければならなかった(※ 測量船を巡る領海侵犯は軍艦と違ってニュースになり難いが測量くらい大目に見れば・・という考え方は大きな誤りである。これらの測量データはまず潜水艦用の海図として軍事転用される危険があると考えるべきであり、領海侵犯には断固とした強い姿勢で挑まなければ国民を護ることはできない)。

ベレスフォードは中国原潜とイラストリアスの位置を示した正面のモニターを見る目を細めていた。

それにしても…何故、この海域に中国艦がいるんだ…しかも南から北へ…南シナ海でも出会わなかったというのに…

突然、若いオペレーターが血相を変えて部屋の中央にいるベレスフォードとポンソンビーを振り返った。

「駆逐艦と思われる3つのスクリュー音確認!!極めて微小!!30ノット前後でこちらに向かって南進中!!沖縄からの艦隊と思われます!!」

ポンソンビーの顔に緊張が走る。

「艇長…おそらく…」

「ふむ…目標を狙ってやって来た哨戒艦隊と考えて間違いないだろうな。それにしても早いな…上空に対潜哨戒ヘリも散開していると考えるべきか…少尉!艦型報告急げ!」

「Sir, yes, sir!波形照合の結果は…艦型はセブンスフリート所属のイージス艦!ず、ズムウォルト級と思われます!」

オペレーターの言葉にポンソンビーは思わず驚きの声を上げる。

「な、なんだと?!たかだが原潜一隻に対してなぜ最新鋭のイージス艦が3隻も出てきているんだ!艇長!これはとても単なる対潜哨戒とは思えません!何かの作戦行動と見るべきです!艦隊の集結予定で近海の掃海中ではないでしょうか?」

ポンソンビーよりも経験豊富なベレスフォードは対象的に落ち着き払っていた。

「いや…そんな情報は入ってない。しかもつい先日の使徒襲来(第14使徒戦)で第七艦隊とインド洋艦隊は甚大な被害を被ったと聞いている。この時期に太平洋上で艦隊行動を起こすのは不自然だ。イージス艦…しかもズムウォルト級はまだ世界に5隻しか就役していない艦だ。それが単独行動というも解せないな…何か緊急事態か…」

ベレスフォードが席を立って右手で顎をひと撫でしたその時だった。

「て、艇長!本艦直上に着水音多数!」

「な、なんだと!?まさかアスロックか!!」

ポンソンビーが反射的にCIC室の天井を見上げて叫ぶ。たちまち恐怖が波紋の様に広がっていく。

「全員落ち着け!まだ艦隊とは距離がある!この距離でアスロックの直上着水はあり得ん!哨戒機から投下されたソノブイの類だろう!動力停止!無音航行に切り替え!」

「アイアイサー!動力てーし!無音航行きーりかえー!」

ベレスフォードの一喝で浮き足立っていたオペレーター達は再び各々の席に付いていた。

マリは母艦の動力が急停止する僅かな慣性を伍号機のプラグの中で感じて思わず両手足をバタつかせていた。

「く~!この緊張感!たまんね~!ん?この感じ…シャアか!!」


コォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオンンンンンンンンン!!


不気味な甲高い音が無限の広がりを見せるかのように頭の中で響いたかと思うと幾重にも反響しながらそれはゆっくりと金属の中を通り抜けていく。

それはまるで悪魔が悲劇の前触れを知らせる魔鐘の様に薄暗い海の中を鳴り響いた。

こうして「Case of Yamato」の幕は上がった…

「幸せは~♪歩いてこない。だ~から歩いて行くんだね!」



Ep#09_(5) 完 / つづく

 (改定履歴)
16th May,2010 / 表現修正
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