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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第六部 The Aegis and the Trident 神の盾と神の三叉戟

イージスの盾をもつ女神アテナ(あらすじ)
知恵と軍略の女神アテナは神々の住まうオリュンポスの主神ゼウス(Jupiter)の娘である。アテナは軍神としても知られているが、その戦いは常に自治と平和のためのものであり、血生臭い暴力の支配する戦いを好まなかった。

この女神アテナの正義の刃と共にあったのが「イージスの盾」である。イージスの盾はあらゆる災厄と邪悪から身を護る最強を誇る「神の盾」と言われている。

現代のイージスの盾…それはまさに日本が誇るべき「専守防衛」と「平和のための力」を具現化したものといえた。かつて鋼鉄宰相、出雲重光は日本国修正憲法を世に送り出した時にこう語ったという…

三叉戟を携えている海神ポセイドン「日本は第9条により護られてきたのではない。平和を尊ぶ国民の願いがこの国を護ってきたのである。それは永遠に変わることは無い。それは9条の有無に関わらないのである。世界の危急に際して日本だけが安穏を守り通せたのは一重に運のみであった。日本は神国にあらず。我々は英雄ペルセウスが如き勇者にはなりえても神にはなりえぬ人間であることを忘れてはならない。か弱き人間は神のご加護とその神器であるイージスの盾と鋭く闇を切り裂く神の矛トライデントによって力強く護られねばならぬ。すなわち、それは包括的国土防衛システム(※1)の運用とEvaなのである」

イージスとトライデント…それは人類の希望となるために…そして新世紀の世界秩序の為に産み落とされた究極の神器…の筈だった…

今、混迷を続けるPSI時代は新しい1頁(ページ)を切り開こうとしていた…血塗られた歴史を…


不気味な甲高い音が無限の広がりを見せるかのように頭の中で響いたかと思うと幾重にも反響しながらそれはゆっくりと金属の中を通り抜けていった…


コォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオンンンンンンンンン!!


「あ、アクティブ(ソナー)!!目標が360度全方位からアクティブを打たれました!!Shit!!一体どこからだ!?」

アクティブソナーを打たれることは海軍軍人(特に潜水艦乗り)にとってこの上ない屈辱であり失態だった。対潜哨戒網にかかった潜水艦に対して哨戒側が雷撃の替わりにまずアクティブソナー(自ら音を発するソナーのこと)を打って警告を発するのが常道だった。

これは「今のがアクティブソナーじゃなかったらお前は撃沈されていたぞ」ということを暗に意味する。

「Damn it(チクショウ)!!」

ポンソンビーは被っていた帽子を冷たいCICの床に叩きつけた。目標としていた中国艦がアクティブソナーを打たれたということは背後に回って距離を密かに詰めつつあったイラストリアスの存在も当然哨戒部隊に捕捉されたと考えるのが普通だった。

「やられたな…これほど迅速に、しかも3次元的に炙り出されるとはな…ポセイドンシステムだろう…海上に撒かれたやつもただのソノブイじゃないな…日米共同で開発しているとは聞いていたがまさか実戦配備されていたとは迂闊だった…」

ベレスフォードはため息を一つ付くと額の汗をゆっくりと拭いながら腰掛ける。

「艇長!イージス艦が最大戦速で散開中!目標諸共囲まれつつあります!更に右舷前方より潜水艦接近!」

「見事だな…空、海、水中と完全に囲まれた、というわけか…」

「艇長…」

CICにいた全員の視線がベレスフォードに集まっていた。
 
「う、嘘だろ…これ…目標より注水音!!」

ソナー担当オペレーターが血相を変えてベレスフォードを振り返った。

「な、なんだと!?アクティブ打たれて水槽の中の魚も同然だっていうのに!!中国人はクレイジーだ!!て、艇長!!」

イラストリアス全体に緊張が走る。ポンソンビーからは完全に血の気が失せていた。ベレスフォードは立ち上がると叫んだ。

「動力始動!!ダウントリム一杯!!急速潜航!!対潜対艦戦闘用意いそげ!!」

「アイアイサー!!動力始動!!ダウントリムいっぱーい!!急速潜航!!」

魚雷は必ず発射管内に注水しなければ発射することは出来ない。この注水音はパッシブソナーで当然に補足することが可能であり、場合によっては潜水艦側がわざと注水音を出して洋上兵力に対する威嚇として使える。

しかし、先にアクティブを打たれた側が魚雷管に注水するということは宣戦布告するも同然の行為だった。全く予想外の中国原潜の動きにさすがの潜航王も緊張を隠しきれなかった。

幾らなんでも最大戦速で向かって来ているイージス艦の音はやつらも拾っている筈だ…何故大人しく領海外方面に回頭しないんだ…第七艦隊をいたずらに刺激するだけじゃないか…あるいは…

「見逃してはもらえない…そう確信している…そういうことなのか…副長!」

「は、はい!艇長」

急に名前を呼ばれたポンソンビーは驚いてベレスフォードの方に向き直った。若いポンソンビーの顔は中国艦の戦意を見て明らかに緊張しているのが分かる。

「副長、君はどう思うかね?幾ら彼らのポセイドンが高度な対潜哨戒システムだとしても監視と部隊配置は全く別次元の問題だ。潜水艦の位置が分かったとしてもそれを敢えて見ぬ振りをするやり方(ミリタリーリテラシーという。Ep#02-1)もあれば部隊を実際に派遣して進路を妨害するケースもあるだろう。だが、この第七艦隊の迅速な動き…これは偶然目標(中国艦)を捕捉したとは到底思えない…まるでここに来るのを待ち構えていたかの様じゃないか…タラの群れを狙うドッガーバンクのトロール船みたいにね」

ベレスフォードはいつになく厳しい目をしていた。

「た、確かに…不自然な点が多いですね…洋上にばら撒かれたソノブイの数も半端ではありませんから艦上哨戒機だけではなく、ヘリ空母も近海に展開している可能性が疑われますし…やはり明確な作戦行動と見るべきでしょう」

不気味な振動の中で二人は一瞬沈黙する。遠くの方で警鐘が鳴り響いていた。

「その通りだ。第七艦隊の整然とした動きと動員兵力の規模から考えて、副長、私は思うんだがね…目標(中国原潜)はかなり前から、それも往路の時点で既にマークされていた。そしてわざと泳がせておいて帰途を押さえにかかった。まずはそんなところじゃないかな」

「泳がせるといっても…目的は一体なんなんですか?奴らの進路から考えて…南東の方…はっ、ま、まさか…南極から…」

「そうだ…国連決議UNI-666国連特別管理区域(Ep#08_22)…通称、悪魔の海…南極から彼らはやって来たんだよ」

「ま、まさか…それはさすがに考えすぎではないでしょうか?」

「ほう。興味があるね。どうして貴官はそう思うのかね?」

一瞬言葉に詰まったポンソンビーはわざと大げさな動作で額の汗を拭う素振りを見せた。彼の頭は今にも始まりそうな戦闘に対する緊張で殆ど真っ白の状態だった。自然に自分の目の前で泰然としている上官を見る目に力が篭る。

艇長は一体何を考えてるんだ!中国艦も第七艦隊も臨戦態勢を取っている時に!南極なんかどうでもいいじゃないか!今は目の前の事態に対処することを優先すべきだろ!

「え、えっと…そ、それは…南極は国連の南極調査隊が調査を終えた後、如何なる国も管理区域に立ち入る事は禁止されています。侵入行為は明確な国際条約違反です。第七艦隊が未然にそれを防げなかったのでリベンジといったところではないでしょうか?さすがに中国がクレイジーとはいっても…」

「あの中国だからこそ…と私は逆に考えてしまうがね…それにね、大尉。中国という国家イデオロギーは確かにクレイジーかも知れんが中国人は決して愚かではない。その認識は改めた方がいいな。台湾の時のように痛い目を見るぞ」

「しかし、艇長、全世界を敵に回すようなことを再び中国がこの時期にするメリットが一体どこにあるんでしょうか?」

「いい質問だ、大尉。対使徒戦争が始まって以来、全世界の軍事均衡は著しく偏っているからね。Eva4体を保有している今の日本は誰の目から見ても一番危険な存在だ(
※ ネルフは零号機喪失をまだ公にしていない)。だから我々も日本に向かっているんじゃないか。恐らく…彼らもその辺りが理由じゃないかな…国家も人も行動規範は隣人に対する恐怖に基本を置いているからね」

ポンソンビーの肩越しにオペレーターが振り返る姿がベレスフォードの視界に入ってきた。

「トッラクナンバー01-05から06(第七艦隊所属攻撃型原潜)の二隻からも注水音確認!01-05左回頭!01-06本艦に向かってきています!距離6200!」

ベレスフォードは激しく振動する艦内の中で小さくため息を付いた。

「逃げれば追いかけてくる、か…どうやら我々を01-01(中国原潜のトラックナンバー)の仲間と認識しているらしいな。注水音を出していない相手に頭を向けてくるとは…やはり…逃がす気は無いらしい…右回頭!Starboard(取り舵)!Mercury射出口注水始め!」

「アイアイサー!Starboard!射出口注水はーじめー!」

L.C.L.を排出した後の射出口に水が大量に入ってくる光景を見たマリは飛び上がらんばかりに喜んでいた。

「うほー!!待ってました!!艇長!!こちらマリ・イラストリアス!注水完了後、直ちに発艦します!」

やれやれ…できればMercuryは最後まで使いたくなかったが…

ベレスフォードは右手でこめかみを軽く押さえながら手元のマイクを引き寄せる。

「中尉、艇長のベレスフォードだ。Mercuryの発艦音は目標及び第七艦隊のパッシブに捕捉されるため射出と共に我々の攻撃と見なすだろう。特に01-06がシーホースを撃って来る可能性大だ。艦首の足場に立って魚雷を破壊しろ。いいか。本艦はあくまで目標と第七艦隊の動きを見極めることを最優先する。こちらから仕掛けるなよ」

「アイアイサー!発艦後直ちに艦首に移動!敵攻撃を撃退しまーす!にゃはっ!」

呆気にとられたポンソンビーは額の汗を拭いながら呟く。

「本当に大丈夫なのか…あいつ…」

「副長。私はむしろ目標と第七艦隊の方を心配するね…」

「は、はあ…」

ポンソンビーとは裏腹に眉間に深い皺をベレスフォードは寄せていた。

「それから…副長…君はどうしてこんな時に私が中国艦と第七艦隊の狙いについてあれこれブツブツ言うんだ、そう思っただろう?」

「え…あっいや!その…」

「ポンソンビー大尉、君はまだ若い。それに我が軍は台湾でしこたま船を失ってしまったから君の代の連中は海よりも陸にいる方が長かったね」

「ええ、まあ…」

ポンソンビーは思わず下を向いた。彼らの世代は2002年の台湾海峡海戦で大半の艦艇を失った時期に新たに任官したため、大英艦隊の中でも洋上勤務が極端に少なかった。皮肉好きな英国人の間ではそんな彼らをしばしば「打ち上げられた鯨」と揶揄していたため、彼らはそれを不名誉なことと捉えており、また大きな劣等感にもなっていた。そしてその劣等感は前海戦に参加した年長者に対する鬱屈した反抗心で自身の均衡を図る傾向が強かった。

ポンソンビーもそんな”セカンドインパクト世代”の一人だった。

「覚えておくんだな、大尉。海軍力にはね、どんな超大国でも限界が出るんだ。だから無意味に兵力を決して割かない。艦隊が動くときは必ずそこに明確な意思と勝算がなければならないんだ。それから目に見えるもの、あるいは耳に入ってくる音には必ず嘘が混ざる。重要なのは付かれた嘘の中身じゃない。何故嘘をつく必要があるのかという目的の方なんだ」

「嘘の目的…ですか…」

「その通りだ。だから相手の行動の目的を看破し、また戦場の嘘の目的を把握しようとする努力が必要なんだよ。それが艦隊を指揮するということだよ」

「はっ!お教えありがとうございます!中佐!」

これが…潜航王か…

「注水完了!」

オペレーターの言葉にベレスフォードは大きく頷く。

「よし!Mercury射出!」

「アイアイサー!!マリ・イラストリアス!!いっきまーす!!」

ばしゅううううううううん!!

衝撃と共に艦全体が大きく揺れていた。




解き放たれた白いカラーリングのEva伍号機は滑る様に薄暗い南の海の中で華麗に舞う。流線型のフォルムに5つ複眼レンズを持っていた。

VLS伍号機の射出と殆ど同時に前方を航行していた中国原潜のVLSから対艦ミサイル(
※ 中国海軍が実際に潜水艦発射用ハープーンを持っているのかは定かでは無いのでここでは似た様な架空兵器ということでご理解願いたい)が打ち上がっていくのが見えた。

「そうそう!手持ちの花火は湿気る前に全部撃っとかないと、それ買ってくれた人民に申し訳ねえぞぉ!ガイ・フォークス・ナイトみたいに盛大にぶっ放しなよ…どうせお前ら全員ここで死ぬんだからな…ふっ、お前らが嫌いなアメ公と一緒にな…」

マリは母艦イラストリアスの艦尾から普段はスライドで格納されている艦首付近に設けられている足場上に慎重に降り立った。足場にはスノーボードのアタッチメントの様な固定具が付いていた。伍号機は艦首のハッチを開けるとアンビリカルケーブルを背中に装着する。

「深度600!Eva局地索敵システム起動!レベル6(水中索敵モード)!CICとEva索敵システムの同期を開始する!」

「Mercury!そちらからのシグナルを確認した!画像データをCIC大型スクリーンへ投影!」

前にも触れたが潜水艦における最大の弱点は直接視認の手段が無いことである。また、隠密性を重視する潜水艦は高性能レーダーのような突起物を具備出来ないため、殆ど周囲の状況をアクティブソナー等の間接測定による推測(メクラ運転)に頼る以外に方法がない。

特殊潜航艇イラストリアスが他の潜水艦と大きく一線を隔する点は高度なEva索敵システムとのデータリンクだった。これこそがイラストリアスが潜水艦に不釣合いなCICを有する最大の理由だった。

CICの全周囲に備え付けられている巨大なモニターはEvaと同じ視界範囲がそのまま同期されて投影されるようになっていた。画像処理がかかっているためクリアな水中の映像が投影され、まるで観光船のような快適な視界が広がる。

「す、すげえ…シュミレーターでしか見たことがなかったけど完璧な視界だ…勝てる…勝てるぞ!」

Osprey V-22「距離15000圏内全ての艦艇及び上空に展開中の航空兵力位置確認!!前方よりトラックナンバー01-02から04接近中!位置情報を捉えました!後方より新たな艦艇01-07をキャッチ!第七艦隊所属の強制揚陸艦!上空にオスプレイ編隊12機確認!02-01から12捉えました!」

「トラックナンバー01-01(中国原潜)から魚雷発射!01-05に2発!01-05よりシーホース2発!01-06更にこちらに接近中!」

CICオペレーター達から感嘆の声が次々に上がる。ポンソンビーも肩から力がふっと抜けていくのを感じていたが依然として魚雷発射深度に留まり続けているモニター上の中国艦の姿を睨んでいた。

「それにしても何故やつらは急速潜航しないんだ…相手はイージス3隻に潜水艦2隻、しかも対潜装備のOsprey 12機展開しているんだぞ…まるで殺してくれといわんばかりだな…Made in Chinaのフロートシステムはそれとも故障中かよ。何考えてんだ、ったく…

潜水艦は発見された場合、直ちに最大深度まで急速潜航して深深度で逃亡を図るのがセオリーだった。

位置を特定されればアスロック以前に対潜装備の哨戒ヘリが投下する短魚雷でしかも高確率に撃沈される危険があるためである。だが、前述の通り深深度まで潜航すれば魚雷兵器の推進力が低下するため攻撃を回避する可能性が高まることになる。

torpedo (tin fish)「01-06より2発の魚雷発射確認!!続いて2発!!更に2発!!放射状に接近中!!アクティブ確認!!全長計測型シーホースです!!」

「て、艇長!!Decoy具申します!!」

「いや、副長、それでは間に合わんよ。それに潜航中はどう足掻いても位置を誤魔化すことは出来ない。そのまま魚雷に向かって艦首を向けろ!!Board(面舵)!!」

「アイアイサー!!Board(面舵)!!」

まるで飛行機雲のような白い泡の航跡が深い群青の海のカンバスの上に走っていた。扇状に広がっていた追尾型魚雷は突然進路を変えると伍号機と母艦イラストリアスの一点に絞って殺到してくる。緊張が高まる艦内とは対照的にマリはエントリープラグの中で一人ほくそ笑む。

「ようやく仕事と思ったらシーホース6発とか…くっくっく…甘い…実に甘いねえ。バニラアイスの上に蜂蜜かけるくらい甘いよ!指向性ATフィールド前面に展開!そおれ!!」

ぼごぼごぼごおおおおお!!!

伍号機が右腕を振りかざすと接近していたシーホースが伍号機の遥か手前で一斉に爆発する。

「距離800手前でシーホース全て破壊!!」

衝撃で激しく揺れるイラストリアスのCICではどよめきとも歓声とも取れるようなざわめきが立っていた。

「い、一瞬で…あの手強いシーホースを6発全部潰しやがった…」

ポンソンビーが呆然と呟いた。

「更に左舷45度よりシーホース第二波来ます!!距離2000!! 回頭しますか?」

「回り込もうとしているのか…なかなかいい潜水艦乗りだな。このままのコースを維持!速度を落として様子を見る!魚雷は中尉に任せる」

「アイアイサー!!まどろっこしい!!うぉりゃあ!!」

ずずずずずーん!!

「あれを放射状に且つ波状攻撃されては並みのDecoyじゃ振り切れないね。01-06から見れば一撃必殺の一手だったろうな…」

ベレスフォードは落ち着き払った表情でモニターをじっと見詰めていた。

「勝てる…Mercuryさえあれば…この艦は無敵だ…艇長!!反撃しましょう!!」

周囲が見渡せるというのは鉄の棺桶と言われる潜水艦に乗船する人間にとってこの上ない精神的負担の軽減だった。そして何よりも圧倒的な超兵力である伍号機のポテンシャルを垣間見た艦内は、特に長い間不遇を託ってきたセカンドインパクト世代を中心にして俄かに戦意が燃え上がり始めていた。

「ははは、さっきまで緊張して石膏像みたいになっていたのに、やけにリラックスしてきたな副長。しかし、反撃はしない。一先ず逃げることを考えよう」

「え?に、逃げるのですか?こんな圧倒的に有利な条件でですか!何故です?!」

「圧倒的だからこそ逃げるんだ。それに我々の敵は第七艦隊ではないよ。よし!このまま左回頭!Board(面舵)!最大深度まで潜航を続けろ!」

「アイアイサー!Board!最大深度まで潜航いそーげ!」

「不満かね?副長」

「い、いえ…」

ポンソンビーの顔には言葉とは裏腹に明らかに不満の色がありありと浮かんでいた。

「海で武勲を上げるだけが軍人の立つ瀬ではない。諸事に対して身を削ってこそ立つ瀬もあるというものだ、大尉」

「はあ…」

若い士官の生返事を聞いたベレスフォードは僅かに肩を竦めると小さくため息を付いた。

やれやれ副長からしてこれだ…戦争は愚行には違いないがだからこそその愚行から目を背けてはいけない…我々は戦争知らない若い兵士にこそ真実を正確に、そして的確に伝えるべきなんだ…二度と愚行を繰り返さないためにな…自虐的になればいいというわけではないし、立ち止まって思考停止するわけにも行かない…我々人間が生きる限り…

歪められた真実に飼い慣らされた人間は一度隣人に対する恐怖から解き放たれると自分の力量以上に己を過信してしまい易い…得てして戦争を否定する人間ほど大局を見ずに一時の扇情に任せていたずらに戦火を拡大してしまうものだ…だからこそMercuryは彼らの前で極力使いたくなかった…

クロフォード、フィッグ、ハミルトン、君達は死ぬのが早すぎるぞ…台湾を素通りした腹いせに彼らの運命を全部私に押し付けるつもりかね…君達も意地が悪いな…

「01-01の発射した対艦ミサイル、型式不明はイージス艦の遥か手前でシースパローにより全て迎撃された模様!!海上の対潜ヘリの短魚雷群確認!!」

「終わったな…アスロックが出るまでもない…」

ぼごおおおおおおおん!!

ベレスフォードの呟きと同時に不気味な轟音が海中に鳴り響いた。まるで近くに雷が落ちたかのようだった。無数の破片とオイルの塊が気泡と混じり合いながらスローモーションのように伍号機の頭上に降り始めていた。

イラストリアスと伍号機は鉄と気泡の雪の中を潜り抜けるようにして破片の中を通っていく。

「バカだねえ…とっとと潜ればよかったのに…そしたら進路妨害でやむを得ないということであたしが始末してあげたのになあ…ん?何だ?あれ…」

どんどんと潜航していくイラストリアスの上から破壊された中国原潜の残骸を見上げていたマリは無数の破片の中から50メートルの長さはゆうにあろうかという二又の赤い槍がゆっくりと沈降してきているのに気が付いた。

「な、何じゃありゃ…」
 
CICのメインモニターにもこの異様な光景は鮮明に映し出されていた。

「な、何だ?あの巨大な槍は…」

予期せぬ未知との遭遇に緊迫した雰囲気が広がっていく。ベレスフォードはモニターの中の巨大な槍を見る目を細めた。

「あんな大きなものを収納するスペースは潜水艦には無い。恐らく無理やり船体に括り付けていたんだろう。なるほどな…あの異常な行動は紛失を恐れて急激な操舵も潜航も出来ないが故の追い詰められた結果だった、というわけか…」

Eva4体が集中配備されている日本の存在、そしてValentine条約体制という安全保障理事国を遥かに凌ぐ新しい世界秩序の中で中国ほど閉塞感と脅威を感じている国は無い…新世紀はハイテク兵器やN2を遥かに凌ぐ“超兵器(トライデント)”の時代だ…

不審な中国艦の動き…そしてそれを恰(あたか)も待ち構えるかの様な第七艦隊の動き…この二つがあの得体の知れない槍の存在で見事に一つに繋がる…

ベレスフォードはまるで雷に打たれたかの様な衝撃を全身に感じていきなり立ち上がると矢継ぎ早に指示を飛ばす。

「潜航停止!!総員!!戦闘用意!!3番から8番までシーホース装填!!周波数及び全長の設定01-06に合わせ!!照準マニュアルモード!!」

「アイアイサー!!3番から8番までシーホース!周波数、全長、01-06に合わせ!照準マニュアル!」

「中尉!!01-06の動きに注意しながらあの槍を回収しろ!!」

「アイアイサー!」

伍号機はイラストリアスの艦首を蹴って二又の槍に右手を伸ばして飛び付いた。

「すっげー…なんて厳つい槍なんだろ…あいつら…こんなもん運んでたのか…ん?ちっ!またシーホースかよ…」

「01-06よりMercuryに向かってシーホース6発!!距離1000を切ってます!!接触まで10秒!!」

「い、いかん!!如何にこの水深でも至近からシーホースを撃たれたら回避できんぞ!!」

CICにたちまち緊張が走る。
伍号機のオペレーションモードも高速で接近するシーホースを捉えて警告を発していた。

どごおおおおおおおん!!

「ま、マジかよ!!おい!!マリ!!中尉!!Damn!!あいつら!よくもマリを!!ぶっ殺してやる!!」

猛烈な水中爆発が映し出されている正面モニターを見たポンソンビーは突然駆け出すと魚雷担当オペレーターが握っていたトリガーを引っ手繰った。

「ふ、副長!?いけません!!」

「うるせえ!黙って見ていられるか!これでも喰らいやがれえ!」

「待て!!大尉!!落ち着け!!何を考えているんだ!!」

激しく揉み合うオペレーターとポンソンビーをベレスフォードは一喝した。

「し、しかし!艇長!」

騒然とするCICに突然マリのよく通る声が響き渡る。

「痛てえ…痛いけど楽しい!!でもな、うぜえんだよ、お前ら!!これでも喰らいな!!おらあああ!!」

ダークグレーの気泡の中から赤い槍が水中を切り裂くように投擲される。固唾を呑んでモニターの様子を見守っていたイラストリアスのCICの面々は咄嗟に何が起こったのか理解出来なかったが次の瞬間、その全てを悟っていた。原潜(トラックナンバー01-06)は艦首から槍で深々と串刺しにされていた。

ぐわああああああああああああん!!!!

薄暗いCIC室内のモニターが断続的に強烈な閃光を放つ。

「なんてことだ…」

ベレスフォードは呆然と呟いた。

「あれだけの攻撃を受けて…痛いで済むのかよ…」

ポンソンビーは魚雷発射トリガーを握り締めていた手をゆっくりと下ろす。

光の中から突然、伍号機の白い機体が現れたかと思うと轟沈した原潜の残骸の中に飛び込んで行く姿が映し出されていた。
伍号機は再び槍を掴むとそれを高々と掲げる。

それはまるで勝利の凱歌を上げるかの様に勇ましく、見方によっては見るもの全てを威圧する圧倒的な雰囲気を帯びていた。

「あ、アスロック!!アスロックです!!着水音確認!!まっすぐMercuryに向かって来ています!!」

オペレーターの言葉にベレスフォードは驚愕していた。

「何?!本艦が攻撃目標ではないのか?!やられた…これでは第七艦隊の安全を保障出来ない…眠れる獅子が目を覚ましてしまった…」

ベレスフォードは落胆した表情を浮かべると脱力した様に椅子に腰掛けた。

「ど、どういう意味ですか?艇長…」

自分の傍らにやって来たポンソンビーに視線だけ送るとベレスフォードは大きなため息を付いた。

「確かにMercuryは英国政府発注の機体だが…Valentine条約下では特務機関ネルフが独占的にEvaを開発、運用することになっている…だからそのパイロットは我が軍の所属であると同時にネルフ職員としての資格が建前上必要なんだ…ドイツの弐号機もアメリカの参号機も四号機もフランス政府の六号機も全て…要は同じ理屈の上に立っているんだ…Evaパイロットが超法規的存在とされるのはそのためだよ…もっとも…ネルフ本部自体が独自に資金を集めて開発した日本の零号機と初号機は少々扱いが違うがね…」

「そ、それでは…」

「自分の身の危険や機体の保全を阻害する様な緊急時、あるいは使徒との交戦等の有事の場合は軍の人間ではなくてネルフ職員としての職責が最優先されることになっている(
これをネルフ司令長官或いは支部長権限の委譲という)…この場合…もはや私の指揮権外ということになる…どうにもならん…我々は使徒との“決戦兵器”としてではなく、“超兵器トライデント”としてのEvaの力を見せ付けられることになるだろうよ…」

「と、トライデント…」

赤い槍を携えた伍号機は滑る様に群青の海の中を猛烈なスピードで進んで行く。中国原潜を破壊した原潜(T/N 01-05)が伍号機の行く手を阻むように接近してくる姿が見えた。魚雷発射管の口がゆっくりと開いていく。

「邪魔なんだよ、お前…」

伍号機はあっという間に距離を詰めると手にしていた槍で通り過ぎざまに真っ二つに切り裂いた。

どごおおおおおおおおおおん!!!

視界が晴れるや、すぐさま無数の弾頭が接近しているのに気が付いたマリは不敵な笑みを浮かべる。

「遠巻きにピーピーうるせえんだよ…お前ら…虎穴に入らずんば虎児を得ずってんだろ…戦闘をシューティングゲームと勘違いしやがって…怖くて出てこれねえってんならこっちから出向いてやんよ!!こちらMercuryだ!特務機関ネルフ第三支部長から委譲された権限に基づいて行動する!以後の交信は無用!!」

ずがががががああん!!どごおおおおおん!!

伍号機は縦横無尽に槍を振り回しながらアスロックの雨の中を突き抜けていく。

「敵さんは~、わざわざ来ない、だーから殺しに行くんだね~、一秒一隻、三秒三隻、三秒以降は数えない~、人生は生きるか死ぬか、涙目、ベソかき、関係ねえ!わっちが通ったその後にゃ、ペンペン草も生えやしねえ!腕を振って!足を上げて!ワン!ツー!ワン!ツー!休まないで叩け!そりゃ!」

海面に向かって急浮上して行く伍号機の姿はみるみるうちに小さくなっていき、ついにイラストリアスから全く見えなくなっていた…



Ep#06_(6) 完 / つづく

 
1 正式名称は“女神の盾”。ミサイルによる対空防衛システム“Red Dragon”と次世代対潜哨戒システム“ポセイドン”、及びインテリジェンスシステム“オリハルコン”の開発配備がこれに含まれている。内閣官房主導の国家防衛構想のことである。但し、国防省内ではこの構想の名前に同省が大規模に敷設した対空防衛システム“Red Dragon”の名前を内閣官房との対抗意識から意図的に用いる風潮が強い。ミサトがEp#08_42にて“Red Dragon”と呼称しているのは同省出身者ということと無縁ではない。
 

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