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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第拾二部 夏の雪 (Part-3)

(あらすじ)
夏の雪は…荒々しくて…神々しい…そして静かに消えてゆく…戦自に襲われたマナ一行はジオフロントに難を逃れていたがネルフの諜報課の監視が付けれれていた。千客万来という訳ではないネルフの性質を考えればいつまでも安泰とは言いがたかった。更にマナの脳裏には通用門で期せずして見かけた東雲の姿がチラついていた。才気溢れるマナは一計を案じて日向への接触を試みる。

一方、アスカは弐号機を駆ってミサト達のいるエリア1238に再び出撃するが…



ジオフロントにあるネルフ本部の敷地内に物々しい警戒警報が鳴り響いていた。

「なにやら…やけに外の様子が騒がしいようだが…何かあったのかね?」

国連軍第七艦隊海軍大佐のマイク・ドーソンがコーヒーをすすりながら呟く。ドーソンの左隣には戦略情報課の霧島マナ情報少尉、そして右隣に海軍陸戦隊所属のリバーマン軍曹が座っていた。三人は職員宿舎「エデン」の1階にある高級ホテルと見紛うような豪奢なビュッフェの一角に陣取って朝食を摂っているところだった。

マナは膝に敷いていた布ナプキンを手に取るとゆったりとした調子で口を拭った。そして熱いコーヒーを持て余している猫舌の上司の顔をじっと見据えた。

「大佐…恐らく…ネルフ内に対使徒作戦が発動されたものと思われます…」

デザートのバニラアイスを頬張っていたリバーマンはマナの声を聞いた途端、目を丸くすると思わずその場に立ち上がっていた。

「し、使徒だって!?冗談じゃありませんぜ!俺は使徒とニンニクだけはどうも好きになれねえっつうか…」

「慌てたところでどうにかなるものではないわ軍曹。いいから座って頂戴。ここ(ネルフ本部)にいる以上、使徒は親戚になったも同然よ?ありがたい話じゃないけど仕方が無いわね。それに実際…私達には手を講ずる手段が何も無いわ…」

ドーソンも一瞬驚いたような表情浮かべてカップをソーサーの上に置く。

「どういうことかね少尉?つい先日、第14使徒と交戦があったばかりの筈だが…」

「確かに仰る通りです。ですが三体の使徒が融合したものが第14使徒という呼称で呼ばれております。新たに放置区域に指定されたエリア1238にまだそれなりの残存戦力があったとしても不思議では無いかと」

「ふむ。なるほどな…しかし少尉、君の洞察力を決して疑うわけじゃないんだが…それならばどうして今日まで追い討ちを彼らはかけなかったんだろうねえ?時間は幾らでもあった筈だよ?あちちっ!まったく…熱くて飲めないよ…」

ドーソンは左手で唇を押さえながら再びコーヒーカップをテーブルに戻す。マナはドーソンからカップを取り上げると使っていない柄の付いたスープボウルにコーヒーを移し替えた。

「あ…すまないね、少尉…」

「いえいえお気になさらず。それよりも…」

マナは自分のグラスから冷たいミルクをボウルに注ぐと手早くスプーンでかき回してからドーソンの前に差し出す。

「ネルフがなぜ今まで追い討ちをかけなかったのか、ですけど…」

「暴動の影響ですかね?この英字新聞にはまだ第三東京市内で散発的な小競り合いがあるみたいなことが書かれてますぜ?」

「まさか…暴動鎮圧はネルフの治安部隊(正しくは保安部のこと)の主務では無いわ。彼らはあくまでネルフ職員の生命や施設に被害が及ばないように未然に行動しているに過ぎないわ。逆を言うと積極的な暴徒の制圧は該当コードを発令しない限り論理的に不可能よ。与党のバイアスがかかった垂れ流し記事ね」

「しかし…この新聞には…ネルフの治安部隊の過剰行動が引き金になってて未だに各地でいざこざがあるとかないとか…」

リバーマンは新東京日日新聞の英字版の社会面をマナに見せる。

日日新聞の英字版は国連軍を始めとする国連の各出先機関、そして各国大使館を中心に比較的信用出来る情報ソースとして一定の評価を得ていた。国連関係者が“日本の新聞”と言う時はそのまま“日日新聞”を指す事が多かった。

新聞を受け取ったマナは一瞬記事に目を走らせたがすぐに顔を上げる。

「確かに…日日さんは保守改憲派でこれまでどちらかというとネルフを擁護する立場に立っていた手堅い新聞だけど…このところ急に現政権に擦り寄った論調が目立ち始めているのが気になるところね。内部抗争か…あるいはもっと奥深い事情があるのか…どちらにしてもマスコミの作り出している第三東京市の事実と真実は全く異なっているのは確かね。少なくとも今の第三東京市に暴動の火種なんてもう残っていないわ。それが証拠に毎朝ネルフの職員さん達で超満員だったこのビュッフェもあたし達だけじゃない?」

マナの言葉にドーソンとリバーマンはおずおずと周囲を見回す。広いゆったりとした贅沢な雰囲気の中に自分達しか座っていなかった。

「賑やかだったこの“エデン”もこの頃ではすっかり静かになったわ。これは職員さん達が市内の自宅に安心して戻れるくらいにまで地上の治安が回復しているという何よりの証拠だわ」

「なるほど…となると月並みだがValentine条約に基づいた措置であると…つまりはそういうことかね、少尉?うん。これは丁度いい温度だ」

ドーソンはコーヒーの入ったスープボウルを立て続けに傾ける。

「ええ…少なくとも表面上は…」

「表面上は…と仰いますと?何か引っかかることでもおありで?」

マナの正面に座っていたリバーマンが少し身を乗り出すような素振りを見せた。

「そうね…普通なら大佐が仰る通りで戦闘直後ならどさくさに紛れて補給後に直ちに追い討ちをかける、というよりもそれを躊躇う理由なんて本来は無い筈だわ。だって、使徒が完全に息絶えたのか、あるいはまだ虫の息なのか、そんなことは例え哨戒機を飛ばしたところで専門機材をもたない第三者には分からないもの。懸念があればもう一度そこを空爆する、これは軍隊組織における基本中の基本だわ。今までの戦い振りから考えてそんなことも分からない葛城(陸軍)大佐ではない。リスクを残した状態にも関わらず条約遵守に拘るとはさすがに思えない…」

「と、いうことは“追い討ちをかけられない”あるいは“かけたくない”という事情がネルフ内にあったということになるね…」

ドーソンがすっかり空っぽになったスープボウルを自分の目の前に置いた。マナは小さくドーソンの言葉に頷く。

「はい…それに…」

「それに?何かね?」

「い、いえ…何でもありません…」

マナは一瞬言い淀む。頭脳明晰でスマート思考の持ち主であるマナだがそれだけに自分の中に確証のないことや安易な理想を口にすることを避ける傾向があった。ドーソンは小さく肩を竦めるとわざとおどけたような調子でマナの肩に手を置いた。

「少尉。僕達はネルフの人質も同然さ。同じ境遇の同士で互いに協力し合わないといけないんじゃないかな。僕達はもうチームなんだから。なあ軍曹?君もそう思うだろ?」

「ええ勿論!我々は一つのチームですよ!力仕事は任せて下さい!少尉は我々のブレーンとして!それから…大佐は…その…まあ何かってことで…」

「おいおい!それはあんまりだな、軍曹。まるで僕が何の役にも立たないみたいじゃないか」

リバーマンとドーソンは豪快に笑い声を上げる。それに釣られる様にマナの顔も綻んでいった。

そうよ…私達はチームなんだわ…大佐や軍曹を巻き込んでしまった私は自分の判断が本当に正しかったのか…それをずっと今まで気に病んでいた…それを大佐や軍曹に薄々気付かれていたのね…大佐の仰る通りだわ…一人では何も出来ない…過去に対するいい訳じゃなくて…それぞれが持ち味を発揮してこの難局を一緒に乗り越えるために行動することが大切だわ…よし…

マナは意を決したように頷くとドーソンとリバーマンの顔を交互に見た。

「実は…ここに来てから少々気になることがあるんです…」

「気になること?」

「はい…どうも…このネルフにも戦自の息がかかった人間が入り込んでいる可能性があります…」

「戦自か…それはあまり笑ってもいられないね…我々がここにいることはあの男にはばれているからね。既にここに工作員がもぐりこんでいるならそれを使って我々を狙う可能性が十分にあるというわけだ」

ドーソンは表情を引き締めると顎に手を当てた。

「ええ。用心するに越したことは無いと思いますが残念ながら私達の武器は全て保安部に預けさせられてしまっていますし、積極的に自衛するというのにも限界があります。それにネルフ自体が非公開組織である以上、ここで何が起ころうと世間から追求されることはありません…ある意味で彼らにとっては暗殺にうってつけの場所になる可能性すらあります…」

「確かに…丸腰の相手にわざわざ白兵戦を挑んでくるバカはいませんしねえ…飛び道具で狙われるとどうしようもありませんやね…」

リバーマンは腕を組むと眉間に皺を寄せて唸り始める。

「まさか戦自派が対極の位置にあるネルフにいるなどとは正直を申し上げて夢にも思っていませんでした…これは明らかな小官の誤算です…」

俯くマヤにドーソンは優しく微笑みかけた。

「いや、それは違うな、少尉。我々はここにくる途中で散々な目に遭って…おまけに基地にも戻れない…どんな強大な戦力を持っていても拠るべき母港がなければ艦隊を維持することはできないんだよ。圧倒的不利の状況下で敵から逃れて尚且つ新たな母港を確保した手腕は賞賛に値すると僕は思うよ」

「ありがとうございます…大佐…」

ちょっとのんびり屋さんの大佐を私がいつも助けている気になっているけど…でも…いつも最後に助けられるのは私の方…

「具体的にはどう対策をするかな…我々から手を下すと流石に角も立つ…」

「それに関しては私に考えがあります。恐らくネルフ内でも戦自の工作員の存在は薄々感付いていると筈です。先のG兵装実験中の不自然な事故…松代騒乱事件…それに第11使徒の件…これら一連のことを踏まえてネルフ内部に疑念の種は既に蒔かれていると考えるべきです。それを逆手にとってネルフに我々の脅威になる工作員の炙り出しをするように仕向けるべきかと」

リバーマンが感心したような表情でマナの方を見る。

「なーるほど!そりゃ一石二鳥だ。我々の側から積極的に協力姿勢を見せれば連中も無下には扱わんでしょうな」

「いえ…軍曹…私は流石にそこまでネルフが安い思考を持っているとは思えないわ…捜査に協力したところで大して私達を高く買ってはくれないでしょう…むしろ高く買うとすれば…」

「“YAMATOの呪い”の方…か…」

「仰るとおりですわ…せいぜい高く買って貰わないといけませんわね?何と言っても3人分の命が対価ですもの…」

ドーソンは口元に不敵な笑みを浮かべる。

「君も悪い子だね…捜査を始めたばかりでファイルフォルダーの表紙しか出来てないに等しい情報を高く売りつけようなんて…ふふふ…まあ、そういうのは嫌いじゃないよ僕は…さてと諸君、そろそろ行こうか?どうやらさっさと部屋に戻った方が賢明のようだ。外の連中がいつまで朝食を食べてるんだって恨めしそうな顔をしているよ」

マナとリバーマンがふと顔を上げると窓の外に黒いスーツ姿の諜報課員3名の姿が見えた。警戒警報の鳴り止まない館内をドーソンは鷹揚と歩いて行く。マナとドーソンもそれに従った。

監視が付いたということは…先を越されたわね…こういう時はむしろ堂々と正面から当った方がいい…でも誰に?唯一、私達の見方になってくれそうな葛城大佐はエリア1238に向われたきり…今の状況ではとても悠長に帰還を待ってなんていられない…

その時、マナの脳裏にジオフロントの車両通用門で出合った一人の男の顔が浮かび上がっていた。

「軍曹…」

「はい、なんでしょう少尉殿?」

「大佐の身辺にくれぐれも気をつけて」

「分かりました。それで少尉殿はこれからどうなさるおつもりで?」

「私はネルフの作戦行動が終了次第、ネルフの日向一尉に公式面会を求めようと思う。そのための準備をすることにするわ」

「しかし、お一人では…あ!ちょっと少尉殿!」

言い出すが早いかマナはあっという間にビュッフェの出入り口を開けて宿泊施設の玄関ロビーに向って走って行った。

「全く…あまり一人で抱え込まないでくださいよ…少尉…」

リバーマンは小さくため息を付くとドーソンの後を慌てて追っていった。



同刻。

ポート1から弐号機が飛び立つ姿をモニターから見届けた日向は発令所を離れて作戦本部棟の一角に今月から与えられた自室に向っていた(
ネルフでは慣例上、一尉から自室を与えられる。Ep#06参照)。

日向がセキュリティーカードで開錠して部屋に姿を現すと丸々と太って艶々(つやつや)の毛並みをしたペンペンが鳴きながら日向の足元に纏(まと)わり付いてくる。

「クエー!!クエー!!クエー!!」

日向はうっとうしそうに足先でペンペンの白い突き出た腹を押すがそれでもペンペンは諦めることなく日向の足元を忙(せわ)しく啄(つい)ばむ素振りを見せる。明らかに餌を強請(ねだ)っていた。

「あー!!もう!!何なんだよ!!おまえは!!俺がここに帰ってくる度にガチョウみたいにギャーギャーうるせえなあ!!ほれ!!」

日向は自分のデスクの上に置いてあったタッパーの蓋を荒々しく開けると職員宿舎の厨房から無理やりせびった生の鰯(いわし)を一匹掴んで入り口の方に放り投げた。ペンペンはまるで野球選手のように嘴(くちばし)でダイビングキャッチするとバリバリと音を立ててがっつき始める。

「やれやれ…とりあえずこれで少しは静かに…」

「グエー!!グエー!!」

恐る恐る日向が振り返ると既に食べ終わったペンペンが背後に立っていた。

「お、おま…まさかまだ食う気かよ…うそだろ…?」
 
日向は止まる事を知らない旺盛な食欲を示すペンペンに辟易していた。

レイの自爆で一時的に作戦が終結した後、日向はミサトからペンペンを暫くの間預かる様に頼まれたため一も二もなく引き取ることに同意していた。当初、日向にとってペンペンはまさに天啓に思えたのだが食い意地の悪さと抜け目の無いいやらしい性格の持ち主であることが分かると、この残念な独身男と傍若無人のオスペンギンの蜜月状態も長くは続かず、すぐにいがみ合うようになっていた。

くそ…ミサトさんとお近づきになるどころか・・・とんでもないキングボ○ビーだぜ…こいつは…

相性が最悪な日向とペンペンだったが第三東京市内で発生した暴動でパニックに陥った一人と一匹は文字通り呉越同舟の状態でジオフロントに駆け込んで今日に至っていたのである。

「幾ら今までミサトさん家で放置プレーされてたからってな…お前は食いすぎなんだよ!!どんだけ食えば気が済むんだ!!このブタペンギン!!焼き鳥にして食っちまうぞ!!」

「グワ!!グワ!!グワー!!

ペンペンは両手をバタつかせて日向に抗議するような素振りを見せるといきなり鋭い嘴で日向の向う脛辺りに思いっきり噛み付いた。

ガプッ!!

「うぎゃあああ!!か、噛みやがった!!こ、コイツ…今、ガチで人間様を噛みやがったぞ!!ちっきしょー…なんて凶暴な生き物なんだ…い、一体どうやったらこんなに根性が悪く…ったく…ペットは飼い主に似るっていうけどさあ…はっ!」

日向はずれた眼鏡をかけ直す手を止めると噛み付かれた痛みも忘れて真顔に返る。

い、いや…ということは自動的に飼い主であるミサトさんの食い意地が悪くてかなり意地悪な性格だってことになるじゃないか…いいや!まてまて!これはきっと張良の策略に違いない…

自分の足元で偉そうにしている恰幅のいいペンギンを日向はマジマジと見詰めていた。

そうだ…コイツの性根が悪いのはきっとコイツが生まれ付いてのカスだからだ…そうだ…そうに決まってる…

「ペンギンの分際で俺に逆らうとは…お前は自分の置かれている立場が全然わかっていないらしいな!もう容赦しないぞ!いいか!よく聞け!だいたいおまえは…」

ガブッ!!

ペンペンはいきなり飛び上がると日向が自分に突き付けている右の人差し指に噛み付いた。

「あんぎゃああ!!て、てめえ……もう勘弁ならねえ…貴様は俺を怒らせた・・・殺す…オラア!!」

日向はペンペンに向って飛びつく。しかし、それをすばやくかわしたペンペンはまるで人を小ばかにする様にちょこちょこと走ってデスクの下に潜り込んでいった。

「こ、こいつ!豚の癖に!何てすばしっこいんだ…ふっ!ふははは!まあいい!簡単に捕まってしまっては面白くないからなあ!!この狭い密室空間の中でどこに逃げようと…そんなものは無駄無駄無駄あ!!」

日向もペンペンの後を追いかけてデスクの下に飛び込んでいくが後一息というタイミングで取り逃がす。日向とペンペンは室内を所狭しと駆けずり回ったがメタボ気味の体格からは想像出来ないほどペンペンの動きは俊敏だった。

「はあ…はあ…はあ…おのれ…素早いデヴとかどんなギャグ漫設定だ!!昭和か!!ふざけんな!!ミサトさんのペットだからっていい気になりやがって…はあ・・・はあ・・・はあ・・・おい!おまえ!だいたいだな、居候の分際で態度がでかいんだよ!そうだ…おまえがそういう態度に出るならこっちにも考えがあるぞ!今日から貴様は飯抜きだ!どうだ!はっはっは!謝るなら今のうちだぞ!命乞いをしろ!」

日向の食事抜き宣言にペンペンは一瞬体を硬直させたがスチール製の棚の天板から飛び降りると部屋の片隅に積み上げられているまだ整理されていない日向の私物が入った段ボール箱の前にひょこひょこと歩いていく。

前傾姿勢で歩くペンペンの姿は日向の目には“反省”しているように見えた。

「お?ちょっとは我輩の金言を容れて己の所業を反省したようであるな?そうだ。だいたいペンギン如きが人間様に逆らうなんぞ…1万年と2千年くらい早いんだ…」

ガタンッ ゴトンッ バサッ

ペンペンは段ボール箱から一冊の冊子を咥えると無造作に床の上に落とす。そして勝ち誇ったようにページの見開き部分に上がった。

「ん?何やってんだって…う、うわー!!や、やめろ!!そ、それは命よりも大切な俺の秘蔵のコレクション!!ファンクラブ会員限定の初回特典セル画及び声優陣寄せ書き付きデザイン画集!!き、貴様…よりによってプレミア確実のそいつを選ぶとは敵ながら天晴れな眼力…なんて卑怯な…それでもオスか!!」

怪しい動きを日向がすれば速攻で数ページは引き千切りそうな雰囲気がペンペンから漂っていた。日向は忽ち戦意を喪失する。

「やめろ!!そ、それだけはやめろ!!い、いや…お願いします…お止めになって下さい…」

「グエー?」

ペンペンが悪代官のような憎憎しさで顎をしゃくる。

「ま、まさか…きさま…この俺に…謝れと言ってんじゃねえだろうな…」

「グゲ!グオ!ガア!」

「く、くそ…人の弱みに付け込むとは…なんて悪知恵が働くんだ…だがな!これだけは言っておく!だーれがおまえみたいな鳥類の出来損ないなんかに……」

「ガァ?」

ペンペンが足元の見開きに嘴を近づけた瞬間、日向はいきなりその場に正座をすると深々とペンペンに頭を垂れていた。

「た、大変申し訳ございませんでした!!深く反省しております!!ですので!!どうかお許し下さい!!」

「そんなところに正座して何してるの?日向君…」

「え?見りゃ分かるだろ?土下座して許しを乞うているんですよ、て…の、のわったああ!!ま、マヤちゃん!?い、いつの間に!!あ、あれ?エリア1238にいたんじゃなかったの?」

自室の出入り口に立っているマヤの姿を見た日向は慌てて立ち上がる。

「あの…つかぬ事をお伺いしますが…いつからそこに…?」

「い、一応…見てたけど…全部…」

て、テラ黒歴史のよかーん!!

日向はその場に崩れ落ちていた。

「さっきから何やってるの日向君?顔を赤くしたり青くしたりして最近おかしいわよ?警戒警報発令中なのに全然発令所に現れないから呼びに来てみたら…なんで葛城一佐のペンギンと遊んでるのよ?はっ!もしかして日向君…幾らなんでも葛城一佐がいないからってその寂しさをまさか…そのペンギン(しかもオス)で……ちょっと…激しく…不潔…かも…」

マヤは思わず日向から一歩後ずさる。

「ちょ――!!妄想広がリング!!待て!待て!待て!その想像で俺を腐らすなよ!それはない!断じてそれはないぞ!だ、だいたいだな!この小汚いペンギンの匂いを嗅いでミサトさん家の香りに思いを馳せるなどという所業をこの俺がする筈……」

「やっぱり不潔……」

「だーかーらー!!人の話を最後まで聞けとあれほど…」

「もういいわよそんな事どうだって。それよりもユカリちゃんも私とさっきヘリでこっちに帰ってきたところだからユカリちゃんには青葉君の替わりに哨戒システムに入ってもらうわ。日向君はとりあえず軍令システムとオペレーションマネージャー(
発令所に詰めているMAGIオペレーター全員を部署を越えて統括するポジション。慣例的に技術部出身の主幹から選任されるため青葉がそれを担っていたが日向、青葉、マヤの三者が同期という気安さもあって実質的に今までは合議制のようになっていて目立っていなかった)をお願いするからちゃんとして!」

「そ、そうだったのか…わ、分かった。と、とにかく戻って来れてよかったよ。俺もこっちでずっと一人だっただろ?マヤちゃんやシゲルのやつがいないと何か…ちょっと心細いっていうか、落ち着かなくてさ…ははは…」

日向は鰯の入ったタッパーを丸ごとペンペンに与えると自分のコレクションをさっと回収する。そして愛おしそうにそっと自分の胸に押し抱くと再びダンボールの奥底に丁重且つ厳重に仕舞いこむ。マヤは日向の行動をいぶかしむような目で見ていたがすぐに真顔に戻ると整った眉間に深い皺を寄せた。

「素直に喜んでいいのか、ちょっと気持ちとしては複雑なんだけど…弐号機が到着してあっち(エリア1238)が物々しくなってきたから取りあえず私達技術部は青葉君の班を除いてみんな戻るようにって先輩(リツコ)がね…」

「ふーん…そうだったのか…」

「何でわたし達だけここに帰されたのか、よく分からないけど今は悩んでいる時間なんてないわね…ユカリちゃんは何かあっちに残りたそうだったけど今日の葛城一佐とのミーティングを中座したの覚えてる?」

「え?ああ…そういえば携帯に出てたような気もするな…」

「そう…その後で急に本部に帰還するって素直に先輩の指示に…まあそのお蔭であの場は収まったようなものだし…下手をすればまた昨日の先輩達の言い争いみたいになりかねない雰囲気があったから助かったわ…」

「何か…この頃…ウチも空気がギスギスし過ぎている気がするよなあ…シゲルのヤツも司令と副司令の間で板ばさみにあってるみたいでぐったりしてたしなあ…」

「そうね…でも…とりあえず発令所に急ぎましょ?もうすぐ“作戦”が始まるわ」

「そうだな…おい!いいか!大人しくしてるんだぞお前!」

日向はペンペンを睨みつけるとマヤの後に続いて部屋を後にした。



エリア1238に詰めていた技術部員中心の調査隊が弐号機と作戦部から選抜された支援部隊と入れ替わる様にして本部に帰還していくと湖畔に位置するベースキャンプには一転して物々しい緊迫した空気が漂い始めていた。

輸送ヘリから次々に武装した作戦部員たちが降り立ち、キャンプ地の中央付近に整然と隊列を組む。それをミサトが威風堂々と迎えていた。

「第1及び第2支援部隊ただいまエリア1238に着任しました!」

「ご苦労!直ちにベースキャンプの撤収作業に入るわ!第1支援部隊は特殊工作車を作戦地域に展開して弐号機の後方支援体制を直ちに構築!0800時までには全ての体制をレベルA(臨戦態勢)まで引き揚げろ!」

「了解しました!」

抜けるような青空には雲ひとつなかった。碧天にそびえる様に弐号機の姿がキャンプの敷地の外にあるのがミサトからも遠目に見えていた。

「続いて第2支援部隊は当地に残留している青葉一尉の一隊と協調して直ちにベースキャンプの移設を開始しろ。ここから更に西5キロの地点にあたしの直属部隊が既に候補地を見つけてPailing(杭打ち作業)を終えている」

「了解です!!」

黄色い声と共に作戦部員達が各自の持ち場に散っていく。その姿を眼下に捉えていたアスカの脳裏にふと昔の記憶が何の脈絡もなく蘇っていた。

ミサト……



N-30演習後、葛城訓練中隊は解体されてそのままネルフ第三支部の作戦部に編入された。演習中の事故で心に深い傷を負ったアスカは兵舎での生活が困難な状況に陥ったためベルリン郊外にあるミサトの下宿で共同生活を営むことになったという経緯があった。


christmas wreathこのリースは何なんだ…一体…何の真似だ…フロイライン…

勝手なことをして申し訳ありません…大尉…ですが…

が?なんだ?いいから言ってみな…

今日は…その…聖夜ですから…

せ…そ、そうか…
12月25日…今日は…クリスマスだったな…すっかり忘れていたわ…すまなかったな…今までロクにクリスマスなんか祝ったことなかったから…つい…うっかりしていた…

いえ…日本人は聖夜の習慣がないんですか…?大尉は仏教徒ですか?

はあ?仏教とか…い、いや…そういう問題じゃないけど…

すみませんでした…すぐに片付けます…

待て!!フロイライン!!

は、はい!!

あ…いや…ち、ちが…違う…そ、そのままでいいわ…

え?

その…なんて言うか…折角だしな…二人で祝うか…メリクリってやつを…丁度ワインもあるしな…

大尉はいつもワインを飲まれてますからあんまり普段と変わらないと思いますけど…それに…本当は今日、お酒を飲んだら…

うるさい!いいから第一戦闘速度で乾杯の準備をしろ!

Jawohl!!(Sir, yes, sir!!)

で?

はい?

いや…だから…この次はどういう段階に入るんだよ…・・・

だ、段階って仰られても…アタシも…よく分かりませんけど…

あのなあ…フロイライン…普通は空爆の後で陸上部隊を投入するだろ?物事には必ず理路整然とした手順がある筈だ…セレモニーだってそうだ…お前だって式次第があったら無視しないだろ?誰だってそーする…あたしだってそーするわよ…

そ、それはわかりますけど!式次第とか…そんなのありませんよ…教会のミサじゃないんですから…でも…乾杯だけでいいんじゃないでしょうか…この場合……

か、乾杯…そ、そうだな…うん!それがいい!そうしよう!ひひひ!正直、堅苦しいのは苦手なんだよ!ははは!どうしようかと思っちゃったよ!

ふふふ…じゃあ…乾杯ってことで…って…た、大尉!!あ、アタシはお酒は!!

こまけえこたぁいいんだよ!!ほれほれほれ!!かんぱーい!!

む、無理です!!こればかりは幾らなんでもダメです!!

まーったく…あんたは本当に冗談が通じないねえ…乾杯のふりだけすりゃいいだろ?軍律違反はあたしも主義じゃないしね…

そういうことなら…

じゃあ改めて!!かんぱーい!!

乾杯……何か…楽しそうですね…大尉…

何でだろうね…楽しいよ…あんたは?楽しくないの?

……こんな嬉しい気持ちは…初めてかもしれません…



あの時…ミサトが戸惑っていたのは…家庭の事情もあって家族で祝ったことがなかったからだったのね…何もかも失ったアタシが…下手な同情で親代わりになったミサトと…偽りであっても…初めて…地獄を抜けて“家族”、のようなものと祝った初めての聖夜だった……お互いにどう祝っていいのか分からない、世間から見れば粗末でぎこちない聖夜だったけど……アタシの唯一の思い出だった……今日までは……

「ガー、アスカ?聞こえる?」

いきなりエントリープラグ内にレシーバーを通してひび割れたようなミサトの声が響いてきた。アスカの逡巡は瞬く間にかき消される。

「は、はい!聞こえています!大…」

アスカは慌てて自分の口を右手で塞ぐ。

「ちょっと…何畏まってんのよ?あんたは指示があるまでこっちで休息を取るといいわ。Plug ejectして本部テントにいらっしゃいよ。コーヒーくらい飲むといいわ。不味いけどさ。ひひひ!」

「えッ・・・で、でも・・・使徒が・・・近くにいるし…」

ミサト……アタシ……

「何言ってるのよ?ヤツはまだ完全復活したわけじゃないわ。それにこのベースキャンプの位置を変えないことには思いっきり戦えないでしょ?あんたもさ。もち油断は禁物だけどね」

ごめんなさい……ミサト……本当にごめんなさい……アタシもう……一緒に…

「いいから早く降りてきなさいよ」

「そ、それは…そうだけど…でも…やっぱり…アタシはここにいて警戒していた方が…」

戦えない……

「ちょっとお。何遠慮してんのよ?久しぶりに会うなんだからさ……ちょっち顔くらい見せなさいよ、ね?」

アタシ…復讐(過去)にじゃなくて……シンジ(現在)と……生きたい……この命が…尽き果てるまで……

本当を言うと…今は…会いたくない……いや…もう…どんな顔をして会って…何を話せばいいのか……分からないの…だってミサトは…ミサトは……

「アスカ?聞こえてる?交信状態が悪いの?」

“Captain”……

「アスカ?」

不自然な間合いの後でレシーバーからアスカの声が小さく聞こえてきた。

「……Jawohl
/ Yes, Sirと同意。親しい間柄では決して用いない非常に畏まった言葉)……」

それはどこか重く、そして悲哀の漂う懐かしい響きだった。

かつて異邦人として赴任した白一面の世界が一瞬、ミサトの脳裏に浮かび上がった。しかし、その光景は忽ちの内に灼熱の太陽の日差しで霧散していく。

「オッケー!じゃあ……待ってるわよ…」

一抹の違和感を残しつつミサトはアスカとの交信を切ると本部テントの中に姿を消した。

「久しぶりね…あの言葉…」

アスカは座席に座ったまま両手でペンダントを握り締めながらじっと息を潜ませる。

「ゴメン……ミサト…Captain……騙す心算は…なかったんです……」

女の涙はL.C.L.の中に事もなく溶けていった。




Ep#09_(12) 完 / つづく
 

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