新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第拾四部 夏の雪(Part-5) / 邂逅(かいこう)前篇
(あらすじ)
サルベージ作戦がゲンドウの直接指揮の下でいよいよ開始された。深度2000メートルの極地環境下で進められる困難な作戦に誰もが緊張を隠せずにいた。主モニターの中で孤軍奮闘を続けるアスカの駆る弐号機をゲンドウは普段にも増して厳しく、そして冷たい目で睨み続ける。
「腹を括ったとでも言うつもりか…母親に似て強情だな…」
ふと目蓋を閉じるゲンドウの脳裏に蘇る夏の京都の情景…
人類という存在に絶望した一人の男は心に一人誓っていた。
「約束どおり…俺は…神になる…」
(あらすじ)
サルベージ作戦がゲンドウの直接指揮の下でいよいよ開始された。深度2000メートルの極地環境下で進められる困難な作戦に誰もが緊張を隠せずにいた。主モニターの中で孤軍奮闘を続けるアスカの駆る弐号機をゲンドウは普段にも増して厳しく、そして冷たい目で睨み続ける。
「腹を括ったとでも言うつもりか…母親に似て強情だな…」
ふと目蓋を閉じるゲンドウの脳裏に蘇る夏の京都の情景…
人類という存在に絶望した一人の男は心に一人誓っていた。
「約束どおり…俺は…神になる…」
ジオフロント ネルフ本部 発令所
同じ頃。ネルフ本部の第一発令所の主幹フロア(Principal Floor)に相次いで入って来た日向とマヤはフロアの中ほどで主モニターをじっと見据える痩身の男の後ろ姿を認めていた。
「東雲さん?どうしたんですか?こんなところで」
作戦部長であるミサトの留守を預かっている東雲カズト二佐は日向に背後から声をかけられると感情に乏しい表情を二人に向ける。
「ああ…第15使徒に対する殲滅…いや、サルベージだったな…それがどうにも気になってね。居ても立ってもいられなくなったんだよ…」
「そうだったんですか…まあその気持ちは分かりますよ。みんな釈然としないというか…」
「ちょっと日向君!ここは発令所よ!滅多なこと言わないで!」
東雲と日向をやり過ごして早々に自分の席に着いたマヤにややきつめに窘(たしな)められた日向は思わず首を竦(すく)めた。
「だ、だって仕方ないだろ?本当のことなんだからさ…」
マヤは口答えをする日向をきっと睨むと目を頭上に向けて暗にゲンドウの存在に気を遣えと目配せをした。マヤの意図をようやく掴んだ日向はハッとすると慌てた様子で軍令発令オペレーションの席に着く。
「そういえば山城ユカリ三尉(※ 2016年1月付けで二尉に進級予定)の姿が見えないようだが?」
東雲は誰に話しかけるでもなく辺りを見回してボソッと呟いた。その指摘にやや常軌を逸している観のあるサルベージ作業を控えて緊張していた日向とマヤはふと我に帰る。
「あれ…そう言えば…おかしいですね…私と一緒にポート1からジオフロントに一緒に戻った筈なんですけど…」
マヤが小首を傾(かし)げる。
「そうか…なるほど、な…まあそのうち現れるだろう…あの子は作戦部ではドジで有名だからね…死んだ周防さんもよく話題にしていたよ…」
東雲はそう言い残すと無表情のままフロアを後にした。
東雲を目だけで見送っていた日向とマヤは姿が見えなくなると特に気に留めるわけでもなく自分達の仕事に戻った。発令所の緊張感はどんどんと高まりつつあった。
エリア1238。
太陽が大きく西に傾き始めた頃、ようやく赤い水面が続く湖畔付近に待機していたミサトとアスカの元に後方のベースキャンプから出撃の指示が届く。
「来た…」
エントリープラグの座席の上で膝を抱えるようにして座っていたアスカは居住まいを正すと細長い腕を大きく伸ばした。そして冷たい操縦レバーを握り締めるとゆっくりと手前に引く。
片膝を付いていた弐号機は周囲に稼動部の鈍い音を響かせながら立ち上がると僅かに正面の少し上を見た。薄いレモン色が混じり始めている青い空の彼方から爆音を響かせながらネルフの大型輸送ヘリ2機がどんどん近付いてくるのが見える。遠めにもヘリの機体から垂れ下がる太いワイヤーケーブルが確認できた。
それはまるでヘリ2機を支柱に見立てるとアスカの目の前に現れたものは危ういギリギリの瞬間を重ねて命を繋げる空中ブランコのようだった。
「ガガ…こちらピクシー1及び2だ。Eva-02。これよりアンカーを降ろす」
「こちらEva-02。了解」
弐号機の目の前にゆっくりと下ろされるブランコをミサトは苦々しい思いで見守っていた。両端から延びるワイヤーに弐号機の手がかかる。
「アスカ……ホントにバカだよあんたは…一体…いま…あんたは何と戦って…いいえ…一体、何のために戦おうとしてるんだ……」
ミサトは自分がサーカスの観客の一人でしかない歯がゆい思いを一人かみ殺す。いや、それはミサトだけではなかった。汗と埃にまみれた作戦部員達は一様に苦虫を噛み潰したような険しい表情を浮かべてじっと視線を弐号機に送っていた。
対外的にはネルフ単独の使徒殲滅作戦と説明されている強制サルベージ作業は完全にゲンドウの直接指揮の下で行われており、ミサト以下の作戦部は実質的に蚊帳の外に置かれていたのである。
「軽量型とはいえ…D兵装装着のためにウェポンラックも二刀も、おまけに小型クロスボウも外さなきゃならなかった…完全な丸腰状態で使徒の中に飛び込んでいくなんて……考えただけでぞっとしちまう…」
自動小銃を肩に担いだ作戦一課の一人がポツリと呟いた。
「まったくだ…どうしてあんなに平然としていられるんだろうな…まだ15だろ?」
「ああ…」
弐号機がゆっくりとブランコ板に腰を下ろすとそれを合図にしてオートジャイロの音がグングンと加速して辺りに砂煙を起こした。つむじ風が大人たちの声を掻き消していく。
重い甲冑を身に纏った弐号機の背中にはランドセルのようなサルベージ装置が取り付けられ、アンビリカルケーブルとこの装置から垂れ下がる太いケーブルが少しずつ凧の糸のように持ち上がっていった。
「高度50から70…100……200!よし!高度をそのままポイントRF-506まで維持!第一巡航速度を維持せよ!」
「了解!Eva-02のフックアップ作業を完了した!これより第二段階へ移行する!サルベージポイントまで第一巡航速度で移動する!」
「弐号機発進!!」
ネルフ本部の第一発令所にアスカのよく通る声が響いていた。主モニターの中の弐号機にゲンドウは無言のまま冷たい視線を送る。
なぜだ…なぜお前はまた俺の目の前に……忠告した筈だ…次に会えば容赦しないと……俺の邪魔をするヤツは誰であれ…
「レイ……」
シンジ……ユイ……俺は…俺が目指す道は…
ゲンドウは静かに目を閉じた。
まだ…この下らない国にも四季というものがあった時代…バカの一つ覚えみたいに鳴き喚くセミ…天高く昇った太陽…あの日は蒸し暑い京都の夏の中でも特に暑かった…
ピーポー ピーポー ピーポー
「うるさいぞ!この音!何とかならんのか!」
「ご主人落ち着いて!こんな時にあなたが取り乱してどうするんです!」
窘められていることは分かっている…このサイレンが俺達…俺の家族の命を繋いでいることも、だ…分かっている…何もかも分かっているんだ…俺の言っていることに理が無いことも…だが…だが!!
無意識の内にゲンドウは拳を握り締める。
この砂を味わう様なやるせなさはなんだ…この完膚無きにまで叩きのめされた様な敗北感はなんだ…込み上げてくる憤懣…そう、やり場のない怒りが俺の脳細胞、いや理性を悪逆の炎で焼く…
「西京市民(病院)もダメだ!くそ!これで10件目だ!」
「ちょっと遠いが嵐山の方に一軒、産婦人科がある病院がある筈だ!そこに照会をかけろ!」
ガン!!
狭い救急車の車内が一瞬静まり返る…俺は…初めて…そうだ…生まれて初めて人前で泣いていたんだ…
「どうなってるんだ!!この国の医療は!!苦しんでいる人間がこうしてここにいるのに!!10件だと?ふざけるな!!死に掛けてる命が…魂が…たらい回しの挙げ句に…く、くそ!!」
「お気持ちは分かります!ご主人!だけど…」
ガン!!ガン!!ガン!!
俺は無力だった…徹底的に…苦痛に顔をゆがめているユイの顔を…俺は直視できなかった…だからこうしてふがいない自分の頭を壁に打ち付けるしかない…
「ちょ、ちょっと!あんた何やってんだ!」
「うるさい!はなしてくれ!俺は…俺など死んでしまえばいいんだ!!」
「何馬鹿なこと言ってんだ!!あんたがそんなことをしたって病院が見つかるわけじゃないだろ!!いい加減にしなさい!!見ろ!!あんたの奥さんは今必死に戦ってる!!新しい命を必死になって護ろうとしている!!なのに!あんたは一体なんなんだ!!」
荒々しく俺の肩を掴む救急隊員…
どこまでも身勝手で…自分勝手な男だ…そうだ…はっきり言おう…俺は怖かったんだ…逃げ出したかったんだ…この絶望的な現実から…
「あなた…」
「ゆ、ユイ…」
「奥さん!」
「そんな顔しないで…あなたは…わたし達の神様なんだから…大丈夫…わたし…信じてます…」
やめてくれ…そんな気高く…美しい…そんな顔で…その眼差しで…俺を見るな…なにが神だ…俺は…苦しんでいるお前や…そしてまだ見ぬ娘すら救えない…汚らしく…臆病で…無力な…
唾棄すべき人間なのだ…
意味のない税金のばら撒き制度のお蔭でこの国の財政は破綻寸前だった…一般の国民は虐げられる一方で“弱者”と自称する奴らがのさばる歪みきった世界…医療制度は崩壊してかつて仁術と言われて尊敬されていた医者共は金にならないという理由だけで救急医療や小児科、産婦人科を倦厭した(※ あくまでゲンドウ視点なのでご注意下さい。ただ、参考にさせてもらった 事案 は存在します)…
噎せ返りそうな夏の京都の中を…俺達は…行く当てもなく…ただ彷徨うしかなかった…
腐ってる…この国、いや…人類は狂っている……何かの犠牲の上に積み上げられていく人間社会…か弱く儚い愚かな群体共が寄り集まって作った偽りの楽園…その何もかもが堪らなく汚らわしく…そして…
その泥沼の水を啜って生きている自分自身が一番許せなかった…
ならば……いっそ……
「遅いぞ!!ユカリちゃん!!今まで何やってたんだ!!」
「す、すみませんでした!!」
ゲンドウはふと我に帰る。
下の主幹フロアではようやく現れたユカリが日向から怒声を浴びているところだった。ユカリは恐縮しきった表情をしていた。決して迫力のある訳では無い日向の叱責が原因にしては不釣合いなほどその表情は青ざめている。
「弐号機がサルベージ予定ポイントに到達しました!」
日向とユカリを尻目にマヤの声が発令所内に響く。ゲンドウは小さくため息を付くとゆっくりと立ち上がる。
「総員第一種警戒態勢から戦闘配置へ移行しろ!第三段階に入る!弐号機投下!”卵“と接触を試みる!いいか!サルベージが完了するまで目標の保全を最優先しろ!」
ゲンドウの声に弾かれた様に一斉に職員達が緊張した面持ちできびきびと行動する。
あれから何年が経った…?俺は変わった…いや、変わろうとしている……いつまでも同じ場所で立ち止まってなどいないことを証明してやる…待っていろ…レイ…
ゲンドウは荒々しく司令長官たる椅子に腰を下ろす。
見ていてくれ…ユイ……俺は決めたんだ……
「俺は…神になる…約束通り…」
湖のほぼ中央に向って弐号機を運んでいた大型ヘリが慎重に速度を落とし始める。
「Eva-02、聞こえますか?これより作戦を説明します」
エントリープラグ内に精彩を欠いたユカリの声が響いていた。アスカは瞳を閉じたまま小さく頷く。どす黒い赤色に染まった不気味な湖の水面が真下に見える。
「ネルフは司令長官発令の作戦ファイルOP-1901に基づき、本日現時刻を持って“第15使徒強襲作戦”の第三段階を実行します…」
発令所の軍令発令オペレーターのデスクに久しぶりに座る日向はユカリの声をじっと隣で聞いていたがいきなり大きなため息を付く。
この作戦、やっぱ考えれば考えるほど不自然だ…軍令発令の僕じゃなくて技術部所掌の哨戒計測(本来は青葉が担当)から作戦指示を出すこと自体が“殲滅”と銘打つこの作戦の欺瞞(ぎまん)を見事に物語ってる…第一種戦闘配置って言っても作戦部の大半が蚊帳の外…完全な出来レース状態じゃないか……
ユカリの声が続く。
「使徒本体、つまり当該作戦における目標はエリア1238の最深部約2000メートルの地点、今、ちょうど弐号機の真下に低活性状態(※ 死滅した訳ではなくて休眠状態という意味)で静止しています。1635時時点で目立った動きはありません。改良型D兵装装備の弐号機はこれよりピクシー隊のアンカーロックを装着後、目標に向ってダイブして下さい」
主モニターの隅に映るエントリープラグ内のアスカは終始無言のまま静かにユカリの言葉に頷いている。モニターの中のアスカをじっと見詰めていたマヤだったが長い睫(まつげ)を瞬(まばた)かせながらやや憮然(ぶぜん)とした様子の日向の横顔を見た。日向は足をデスクの上に乗せて頭の後ろで腕を組んでいた。作戦行動中の主幹オペレーターとは思えない態度の悪さだったが名ばかりの殲滅作戦に踊らされているミサト以下の作戦部全体の心証を考えればとても注意する気にはなれなかった。ユカリのたどたどしい説明が続いていた。
「目標の全長はおよそ200メートルです。中央部から正面に向って最大幅50メートル弱ほどの亀裂が入っており、そこを開口部として目標中央部に侵入出来ます。パイロットは細心の注意を払って目標内部よりサルベージプローバーで高エネルギー波を照射してサルベージ作業を開始して下さい。サルベージ中の交戦は如何なる場合も認められません。エネルギー波照射はMAGIがガイドしますが目安としては15分です。詳細はEOS(Eva Operation Systemの略)8.93に転送していますのでそれを参照してください。以上ですが何か質問があれば…」
発令所のみならずこの交信の模様を聞いていたミサトやリツコを始めとした主だった面々の耳目がアスカに集中した。アスカは僅かに眉間に皺を寄せたがゆっくりと目を開けて正面を見据える。司令長官席でじっと座っていたゲンドウはモニターの中の碧い瞳を見詰めていた。長い沈黙の後、アスカは左右に小さく頭を振った。
「分かりました……えっと…その、幸運をお祈りします…」
ユカリがマイクを口から離すと同時にモニターに映っていたアスカの姿も音もなく消えていった。ゲンドウは僅かに目を細める。
「腹を決めたとでも言うつもりか……母親に似て強情だな……」
主モニターが切り替わる。空中ブランコのような天板に腰掛けていた弐号機はゆっくりとその上に立ち上がるとまるでダイビングのように大きく一歩を踏み出しながらそのまま褐色の湖の中に飛び込んでいった。
ドボーーーーーーーン!!
弐号機の前と後ろに大きな水飛沫が立つ。ダイビングでいうところのジャイアントストライドエントリーだった。
「結局…何も言わずにいっちまったか…」
日向は口を真一文字に結んだままモニターの中の潜航していく弐号機の姿を目で追いながら呟いていた。
それにしても…ウチらしくなく慌しい作戦だったな…まるでふって涌いたような思いつきのような行動じゃないか…幾ら司令が軍事面でずぶの素人だといってもこれじゃ手際が悪すぎだろ…いや、待てよ…
日向は足をデスクから下ろすと額に右手を当てて思いをめぐらせるような素振りを見せた。
「弐号機深度…100…120…150……200……目標との接触まで45秒です…」
日向を尻目にユカリの深度読み上げの声が発令所内に響いている。マヤも目標の動きを探る作業に余念が無い。
「目標のATフィールドのレベルは極めて微弱。活動レベルも休眠状態で安定しています」
発令所内の喧騒がまるで遠い世界のように日向は感じていた。だがそれが逆に日向に客観的な視点を与えた。
司令が……司令が条約に規定されているエリア1238の隔離措置が終わるのを待っていたらサルベージの時機を逸すると考えたのは間違いが無い…だが…問題はサルベージをかける前に使徒が復活してしまうというタイミングの悪さ…何をサルベージするかにもよるが恐らく…使徒を倒した後では取り返せないものがあるんじゃないのか…?だからミサトさんの“そんなものは後でも出来る”という反駁(はんばく)に逆上したんじゃないのか…
ミサトとゲンドウの口論は既にネルフ本部内では公然の秘密になっていた。日向は得心が行ったように一人相槌を打つ。
そうだ…きっとそうに違いない…ネルフの誰もが委員会から管理を厳にせよと指示されている“聖槍”のサルベージだと思い込んでいる…俺だって多少の引っかかりはありはしたがついさっきまで半分以上そう思っていた…聖槍のサルベージだけならあの…プローバー…Evaのコア交換作業で使うアレをわざわざ現場に持ち込む必要はどう考えても無いだろ……司令は…聖槍の回収なんてどうでもいいんだ……きっと……司令がサルベージしたいものは使徒のコアに違いない……いや、正確に言えば使徒のコアに宿るパーソナルデータそのものだろう……
「そ、そうか…」
何かに取り付かれたように日向はいきなりその場に立ち上がる。
「ちょ、ちょっと…ひゅ、日向君?どうしたの?」
マヤが怪訝そうな目を日向に向ける。
だから…だから…司令はこのギリギリのタイミングまで待ったんだ!!条約の縛りで隔離措置が終わらないうちに“使徒殲滅”以外のオペレーションをかける事は認められていないからな…使徒認定の要件を“卵”が満たした瞬間に殲滅作戦と見せかけて日本政府や(人類補完)委員会の目を欺いて始めからサルベージを強行させる気だったんだ!!そうだ、この作戦は始めた時から全てがギリギリだったんだ…逆に言えば司令には使徒復活の直前という、この最も危うい瞬間しかなかったんだ!!
「もしそうだとしたら…ま、まずいぞ これは……あ、アスカちゃんが……」
サルベージ用の高エネルギー波を照射すれば…目標を刺激して活性化を促進させるじゃないか…武装を完全に解除して、おまけに交戦厳禁……使徒の内部深くに潜り込んでいる…一方的に抵抗もなにもなす術がない…冗談じゃねえ!!鬼畜エロゲってレベルじゃねえぞ!!(日向自重)
「深度1750!弐号機が開口部に到達しました!」
「よし、弐号機を使徒内部に侵入させろ。サルベージ作業を開始する」
「くっ!そ、そんな…くそっ…お、俺は…」
俺はこんな時にどうすれば!!ミサトさん!!お、俺は…
全く光の届かない漆黒の闇の中で弐号機は改良型D兵装の右肩に取り付けられている高輝度照明を頼りに“制裁者”の真上に降り立つ。最新技術の粋を集めた照明装置もここでは心細くなるほどの小さい灯火でしかなかった。
ヘドロを踏むような異様な感触がEvaの神経回路を介して伝わってくる。
「な、なにこれ!?やだ…ヌメヌメしててキショい…それにしても…寂しい場所ね…まるでお墓みたい…」
アスカは辺りを見回す。
そこには死後の世界に迷い込んだような暗闇と静寂が横たわっていた。ブラックホールの様に照明装置から発せられる光は瞬く間に闇に呑み込まれていく。
これが…深度1750メートルの世界、か…
数字だけでは実感が涌かないが旧東京湾を南下すると程なくして急激に深度が高くなっていき、相模トラフと呼ばれる最深度1000メートル以上の海底谷に合流する。この相模トラフを更に太平洋方面に進むと世界でも屈指の深度を誇る日本海溝(深度8000メートル)へと続くことになるが、海水が流れ込んで出来たここエリア1238はこれらに匹敵する深海と言っても差し支えのない極地環境だった。
高い水圧は言うに及ばないが太陽光が届く範囲は透明度にもよるが概ね深度200メートル程度であり、10度を下回る低温と完全な暗闇が支配する文字通り地獄の底だった。
途端に悪寒がアスカの背筋に走る。
ダメ…今は考えてはいけない…考えれば考えるほどどんどん恐怖が沁み出して来る…
「しっかりして…アスカ…」
アンタはもう……一人じゃないんだから!!
自分を奮い立たせるようにアスカは粘りのある泥を踏み締めるように慎重に一歩、また一歩と足を運ぶ。鼓動がどんどんと早まっていくのが自分でも分かった。
視界は極端に悪くせいぜい照明装置が照らす周囲5メートル前後しか肉眼で確認できない。弐号機は手探りに近い状態で足をにじりながら開口部を捜し始めた。
暫く歩いていると正面で何かが急に動いたような気がした。
「ひ、ひゃう!な、なに!?今の!!」
アスカは悲鳴に近い声を短く上げる。ドミノ倒しの様に次々と心理的な負の連鎖がアスカの心に漣を立てていく。アスカは慌てて超音波計測で周囲を何度も繰り返し繰り返し調査するが自分の感覚とは裏腹にEvaの索敵システムは異常が無いという答えを返してくるばかりだった。
「き、気のせい、か…エコー計測モードもノイズが多くてほとんど役に立たないじゃない…本当にちゃんと調べてるのかしら!役立たずなんだから!もっとマシなもの作りなさいよ!バカ!!」
アスカは思わずやや神経質な声を出す。遠く離れたネルフ本部の発令所にも双方向通信を介してアスカの不安は手に取るように分かった。
だが、穿った物の見方をすればこの発言は改良型D兵装の開発を東雲から新たに引き継いでいる日向の立場を損ないかねないものだったため、アスカの声が発令所内に響き渡るとマヤとユカリは視線を日向に思わず送っていた。
意外にも軍令発令のデスクに座っている当の本人は主モニターの中で一人孤独に耐えながら暗黒の海の底を彷徨い続けているアスカを周囲の心配とは裏腹に固唾を呑んで見守っていた。その様子を見たマヤは安堵して胸を撫で下ろす。
地位が上がると自分の面子に拘って怒る男の人が多いのに…ちょっと適当な性格で頼りないところがあるけど日向君は人を気遣う優しいところがあるのよね…
しかし、この時、作戦部戦術兵装研究四課長の日向は全く別の感慨を持って一人葛藤を繰り返していた。
アスカちゃん…俺達なんかより国連軍でみっちりと教育訓練されていると考えるから誤解してしまうが…俺より一回りも年下なのに…俺がビビッていてどうするんだ…
そうだ…俺が引き継いだ第二次兵装開発プログラムも考えてみれば謎で満ち満ちてる…
E型Eva量産前期モデルの弐号機は2013年のリリース当初こそ最新鋭を誇っていたが“Eva理論”を世界で始めて実証した零号機や初号機を除けば軍事転用“HEXer”という観点ではプロトタイプも同然だったため2015年現在の今では旧型に近かかった。それでも陸戦中心の対使徒戦における専守防衛的運用ではある意味で十分に事が足りていた。
そんな弐号機以降のモデル(※ 参号機、四号機がこれに該当。伍号機、六号機も当初はこのプログラムの対象だったが途中で一方的に離脱したのはご承知の通り)に兵器としてのマルチロールを与えるという目的で、いわゆる第二次兵装開発プログラムが人類補完委員会主導の下で進められることになったという経緯があった。勿論、国連加盟国から合法的にEva建造資金を集めるという政治的な配慮が働いた結果ではあったが、一方で弐号機ベースの量産前期モデルの兵器能力の向上として意義がないわけではなかった。
しかし、その進捗状況は客観的に見てこれまでのところ捗々(はかばか)しいとは決して言えなかった。委員会から研究開発を委託されたネルフの司令長官であるゲンドウ自身が第一次プログラムとは打って変わって非協力的だったということも大きかったが先日のG兵装の不自然な事故などと相まってスケジュールは遅れに遅れていた。
そうだよ…極めつけがこの前のG兵装の事故…いや、人為的な妨害工作だ…誰が何のためにこんなことをしでかしたのか…松代騒乱事件の件といい、ミサトさんが言うとおり不自然なことが多すぎる…それに加えて各支部(主として第三支部)が陰に隠れてコソコソとインターフェースボードの製造無しでEvaらしきものを作っているっぽい動きもあるし…
政権が変わってから日本政府との折り合いもかなり悪いってのも最悪だ…痩せても枯れても日本は”Valentine Council”だしな…
一般のネルフ職員はおろか作戦四課長だった東雲からこの二次プログラムを新たに引き継いだ日向ですら知らないことだったが二次プログラムに群を抜いて多額の資金を提供したのは兵器製造ライセンスを期待したアメリカと日本だった。それもネルフと日本政府との軋轢の一因になっていたのである。
何かが…何かが明らかに俺達をジワジワと追い込んでいる…どっちにしてもそんな状況の中でむざむざと弐号機、いやアスカちゃんを失っていい筈が無いんだ…
何なんだよ…この手の震えはよ…俺達を取り巻く状況は“一寸先は闇”…まさに…太陽の届かない真っ暗闇の中を手探りで進む…今のアスカちゃんと俺達(ネルフ本部)は全く同じじゃないか…アスカちゃんを助けなきゃ!!それが俺達を救うことにもなるんだ!!
日向は主モニターに投影されている弐号機のオンフォード映像を見る目に力を込める。
「く、くそ!もう我慢の限界だ!!マヤちゃん!ユカリちゃん!後はよろしく!」
日向はいきなり立ち上がると主幹フロアを飛び出して行った。
「ちょ、ちょっと待って!日向君ったら!オペマネがこんな時にいなくなってどうするのよ!ちょっと…」
「なんか…もう行っちゃいましたね…すっごい我慢していたんですよ、きっと…おトイレ…」
「そうねぇ…もう…仕方ないわね…生理現象だし、下手に引き止めてここで粗相されても困るし…」
マヤはため息を付くと再び仕事に戻る。
日向は発令所を脱兎の如く駆け出すとオペレーションルームを目指して疾走していた。
「俺だって…俺だってやるときゃやるんだ!く~我ながら日向△(読み:日向さんカッケー)!!」
天の声 → 日向…今、おまえは多分泣いていいと思う…
Ep#09_(14) 完 / つづく
(改定履歴)
14th April,2011 / 誤字修正
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