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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第拾伍部 夏の雪(Part-6) / 邂逅(かいこう)中篇

(あらすじ)
改良型D兵装の弐号機はついに目標のポイントにたどり着き、無謀とも言える狂気のサルベージ作戦が始まった。逸(はや)るアスカは自分に忍び寄る恐るべき危険に気が付かない。
一方、ミサト率いる作戦部とリツコ、そして疑念を深める発令所とゲンドウの三つ巴の駆け引きが繰り広げられる。アスカの運命は・・・


日は既に西に傾きつつあったが茹(う)だる様な暑さがエリア1238全体を覆っていた。

湖畔に待機している作戦部の一隊はかつて“ヤシマ作戦_改”を発動させた時に使用した総延長42kmの大型電源ケーブルをこの地域に持ち込んでいた。ネルフの特殊工作車は大型の電力供給装置を具備していたが寄生抵抗は配線長に単純比例するため付近の変電所から直接、大容量の電力を徴発して賄(まかな)っていた。

「状況は!今、弐号機はどうなってる?」

ミサトはかなり苛立った様子で何度も指揮車に足を運んでは逐一、弐号機に関する情報のアップデートを若い作戦部のオペレーターに求めた。最深部に到達した弐号機が“目標”の上で開口部をかなり慎重に探索している以外に目立った動きがないことを告げられるとミサトは無言のまま車を離れて波打ち際まで戻って行く。

弐号機がこの場所を飛び立って既に30分余りが経過していたがその間に同じ様な行動が何度も繰り返されていた。ミサトは何も見えない湖面に向って何往復も双眼鏡を走らせる。その行為に何の意味も無いことは自分でもよく分かっていたが覗かずにはいられない心境だったのである。

すぐ隣ではミサトの腰の高さまであろうかという太い電源ケーブルが地を這うような不気味な音を立ててジワジワと水の中に引き込まれていた。

「アスカ……陸戦を前提にして設計された弐号機で、しかも浅間山以来の過酷な作戦環境で慎重を期しているのはわかるけど……」

時間をかければかけるほど…状況はあたし達にとって悪くなる一方よ…

ミサトが滝のように流れる汗を荒々しく手で拭った、その時だった。


ゴゴゴゴゴ……ギャリ!ギャリ!ギャリ!ギャリ!


突然、ミサトの隣で轟音を立てて電源ケーブルが赤い水の中にグングンと引き込まれていく。ロール状に巻かれたケーブルを制御する造船ドックのクレーンとほぼ同型の大型クレーンから悲鳴のような金属の擦り切れる音と火花が散っているのが見えた。

ミサトは弾かれた様に再び指揮車に向って駆け出していた。

「戦闘か!!一体何があった!!」

「大丈夫です、部長!弐号機が開口部を発見!目下、使徒内部に向って降下中と発令所から報告がありました!深度更に上昇!現在1820!」


ガコオオオオオオン!!!


大きな音を立ててケーブルのストッパーが断頭台のように振り下ろされる。再び辺りに静寂が戻る。

「弐号機停止!サルベージポイントに到達!MAGIのガイドが開始されました!」

「そうか…いよいよね…」

ミサトは全身の筋肉という筋肉に力が入ってガチゴチの状態だったが僅かに肩の力が抜けていくのを感じていた。右手で頬を伝う汗を拭っていると背後でコアのサルベージ作業用の装置が大型トレーラーの上で地震のような不気味な低周波振動を始めた。

「サルベージプローバー固定を確認!高エネルギー波照射開始しました!MAGIにより自動制御が発動されました!装置出力上昇中!50から75へ!固有周波数のスキャニング!パーソナルデータの抽出Stepへ!」

まるでEvaのコア交換作業みたいだな……そんなにしてまで使徒から何をサルベージするつもりなのかしら…始めはてっきり“槍”の引き上げだと思っていたけど、相変わらず食えないヤロウだ…この期に及んでパイロットを危険に晒してまでも使徒の研究とは恐れ入るよ…

「よし!作戦二課は万が一のトラブルに備えて第一級警戒配備を取れ!一課は付近に展開中の各部隊に通達!使徒戦に備えて国連軍受け入れ準備を開始しろ!」

「了解!!」

「いいか!お前ら!この下らないサルベージ作業の終了と同時に息をつかせず殲滅作戦に移行する!水中の弐号機に武器弾薬をいつでも投下出来る様にピクシー隊(※ ネルフ内での輸送ヘリ部隊の通称)を上空に待機させておけ!速力が武器だ!全員抜(ぬ)かるな!!」

「了解!!」

ミサトは大音声を張り上げると指揮車の中に飛び込んだ。

アスカ……無理しなくていいわよ…こんな道理の無い作業に付き合う必要は無いわ…公然と司令を否定するようなことを公式回線で言えないけどあんたなら分かる筈…ヤバいと思ったらすぐに浮上するんだよ…

ほとんど何も見えないモニター画面を睨みつけていたミサトはいつの間にか自分がクロスのペンダントを痛いほど握り締めていることに気が付いた。

「まったく…困った時の神頼みとはこのことだね…罰当たりなのは分かってるけど祈らずにはいられないよ…」

引きつった笑みを僅かに口元に浮かべる。

「部長!本部のオペレーションルームから作戦部専用回線V2で日向一尉から緊急連絡が入ってますが如何されますか?」

「はあ?日向君から?軍令発令ラインじゃなくてV2から?なんでそんな回りくどいことを…」

そこまで言いかけてミサトは思わずハッとした表情を浮かべた。

あのテキトー男(※ 日向のこと)が神経質なことをする時は必ずと言っていいほど何か理由がある…作戦行動中の発令所…すなわち司令の目と耳がある場所では話せない何かがあるに違いない…これはあっち(本部)で何か動きがあるんだな…

「よし!許可する!あたしの携帯に回せ!それから(自動)記録は切っとけ!」

「了解しました!防諜のためS暗号化してお繋ぎします!」

ミサトは懐から自分の携帯を取り出すと指揮車の外に出た。

「もしもし?日向君?何か掴んだの?」

「み、ミサトさん!何とか理由をつけてサルベージ作業を今すぐ中断させてください!」

電話の向こう側から日向は唐突に切り出してきた。息を切らせているのはセントラルドグマ内を走ったからだがそれが余計に切迫した雰囲気を醸(かも)し出していた。

「な、なんですって?サルベージを止めさせろって…まだ始めたばかりじゃないの!それは一体どういうことよ?」

全く想定外のことを言い出す日向にミサトの理解は全く付いて来ていなかった。

こっちの作業自体はリツコと青葉君が仕切ってる…うち(作戦部)が面倒見てるのはあのクソッタレ掃除機の運転作業だけだ…どうしても止めろって言うならぶっ壊してでも止めるけど…

ミサトは自分の背後で轟音を立てているサルベージ装置に思わず視線を走らせた。

下手を打てば今日という日がネルフ分裂の日になっちまう…ここは落ち着いて対処すべきだ…理由が何かによる……

ミサトは逸(はや)る気持ちを抑えて日向の次の言葉をじっと待った。

こんな時に変に急(せ)かせば心理的に追い込まれてる相手を益々混乱させて追い詰めてしまう…

緊迫した時間が流れる。

「い、今…ハアハア…ちょっと発令所から離れてシミュレーションしているんですが…コアのサルベージ用の高エネルギー波を目標に照射すると…休眠状態にある使徒を刺激することになります…」

「それは重々承知してるわ。だからサルベージの終了と同時にぶっ潰すか、最悪、サルベージ中に異変が起こればアスカをすぐにでも引き揚げる心算でこっちは準備してるわ。司令のトチ狂った指示をガチンコで守るほど酔狂じゃないからね」

「さ、さすがミサトさん…それを聞いて半分安心しました…フウフウ…で、でもそれだけじゃやっぱダメなんです…あっ結果が…ちょっと…ちょっと待って下さい…くそ!!やっぱりか!!」

「ちょ、ちょっと!ちょっと!どーゆーことよ?」

「まだ仮説の域を出ませんが…イスラフェルやサンダルフォンの時のデータも総合して判断するにですね、使徒は自己修復を行う場合に全機能を停止させて自家発電の状態で修復をしていくんです…つまり…」

そこまで聞いたミサトの脳裏に閃光が走った。

「なるほどそういうことか!よく分かった!要は自己修復中は余剰のエネルギーが無いために仕方なく休眠状態になってるけど本質的に眠ってるわけじゃないって事ね!ヤツラは寝てるわけじゃない!きっかけがあればすぐにでも活動再開するってんだな!!」

「そ、そうです!!お察しの通りです!!ヤツらは動きたくても動けないだけなんですよ!!ATフィールドが弱ってるのもフィールドを張ればエネルギーを消費しますからね。そこに外部からエネルギーを加えると火に油っすよ!!」

「ちっ!!なんてこった!!分かった!!すぐに中止させるわ!!それにしてもそんなことも技術部は今まで把握してなかったのか!!」

「いや…違いますね…シゲルのヤツやマヤちゃんが見てみぬふりをしてたとは思えないし…思いたくもないですよ…」

「日向君…」

「司令っすよ…司令は全部分かっててあえてスルーしてるんスよ!情報を細切れにしてパッと見で分かりにくくしてるだけ…実にシンプルだけど極めて効果的なセーフティー…技術屋は目先のことに囚われて足元お留守ですからね…」

「なるほど…作戦部を今回のサルベージで完全にハブった理由もその辺りってわけだ。とにかく今は急がなきゃ!日向君!ありがとう!感謝するわ!後は任せて!」

「いいですよ…あなたと一緒なら…って!聞いてねーし!!」

ミサトは通話を荒々しく切ると指揮車に再び飛び込んだ。

「サルベージ中止だ!!動力全面カット急げ!!」

「ええ!?ま、まだ作業は始まったばかり…」

ミサトの言葉に指揮車の車内は騒然となる。

「うるさい!!ごちゃごちゃ言うな!!これは命令だ!!直ちに中止させろ!!全責任はこのあたしが取る!!」

「り、了解!!」

若いオペレーター達は目を白黒させながら慌てて端末を叩き始めたが表情が次第に強張っていくのがミサトにも分かった。

「どうした!何をやってるの!早くしろ!」

「だ、ダメです!作戦部のパスでは制御システムにアクセス出来ません!」

「な…し、しまった!あのヤロウ…こうなることを見越して先回りしやがったな…完全にお見通しって訳か!くそっ!どうする…」

ミサトが忌々しそうに車の壁を殴りつける。

「部長!一旦、作戦部からログアウトしてMAGIにGrade Aのアカウントグループでログインかけてはどうでしょうか?」

「よし!その案にのった!grade A!XXP-0908-αP2!」

「了解!!くそ…これも…これもアクセス権がありません!普通では考えられないプロテクションがかけられています!」

「プロテクション?たかがサルベージ装置の制御システム一つにそんな細かいところまでMAGIで……そうか…一人いたね…そういう暇なことが出来るやつが!!」

リツコ!!あんた!!

「V2回線開け!本部の日向君と連携してセキュリティーホールを内と外で突くわ!急げ!」

「了解しました!!」

前線に展開している作戦部から後方に位置するベースキャンプではサルベージ作戦を指揮する青葉とその背後でしきりに端末を叩いているリツコの姿があった。

「V2回線経由のリモートアクセス、か…想定範囲ね……あら?日向君がMAGIを使って参戦?ふふふ…遅いわよあなた達…作戦部の脳筋が束になってかかってきても無駄よ…」

あの人の邪魔はさせないわ…



話を少しだけ戻す…

この作戦で“開口部”と呼んでいる制裁者にある亀裂はアスカが想像していたよりもかなり前方にあり、まるで正面から強引に引き裂いたような形状になっていた。当初、アスカは縦穴の鍾乳洞を言葉のイメージから頭に思い描いていたが実際は勝手が変わっており、どちらかというと奥行きが狭い岩場にあいた亀裂という趣だった。そのため使徒の上部から湖底に向けて一気に飛び降りることにしたのである。

ミサトが地上で聞いたケーブル設備の轟音は弐号機がケーブルを200メートル近く一気に引っ張ったためだった。

付近の地質は粘土質を含むらしく弐号機の足に粘るように纏わり付く。アスカは湖底を蹴ってそれらを振り払うと正面から亀裂の中に分け入る。始めはEvaの両手を広げた程度の幅だったが一歩一歩と奥に進むにつれてじわじわと狭まっていくのが分かった。

ほどなくして弐号機は絶壁に行き当たる。改良型D兵装の照明装置が赤黒い奇妙な弾力のある壁を照らし出していた。歪な球形をした使徒の残骸の中心部の手前に位置することを超音波計測によって確認したアスカはサルベージプローバーを持ち上げた。

「この辺りね…こちらEva-02。開口部より目標内部への侵入に成功。サルベージを開始する」

発令所内にアスカの声が響く。防音に優れるL.C.L.で満たされたエントリープラグ内で声を潜ませる必要は全くなかったが、心理的な恐怖が自然とそうさせるのだろう。顔の前で両手を組んでいたゲンドウはアスカの声にゆっくりと頷く。

「作戦第四段階へ…サルベージの開始を許可する…」

「了解!アスカ聞こえる?これからMAGIによるガイドをスタートさせるわ。目標のコアは現在の弐号機の位置からプラス56度(※ プラスは仰角の意)、方位35度を狙って」

目標と弐号機の状態を逐次モニターしているマヤがとても常人とは思えない早さで端末を叩きつつ的確にアスカに指示を飛ばす。アスカは荒々しく座席の後ろからスコープを引き出すとサルベージプローバーと弐号機の自動標準システムの同期をマヤに引けを取らない早さで完了させた。

「了解。プラス56度、方位35度…MAGIの自動管制モードに切り替え…エネルギー充填よし!」

アスカ…しっかり…これでヲワリよ…

MAGIからの作戦指示がグラフィックに表示されると同時にオペレーションシステムの指示に従ってアスカは躊躇うことなくプロバーの引き金を引く。

「フォイア(※ ファイアの独語読み)」

微弱な振動が両腕に伝わってきたかと思うと蒼白い光がプローバーの先端から解き放たれる。D兵装に備え付けられている照明装置とは比べ物にならないほどの眩い光にアスカは一瞬面食らう。

Evaのオペレーションシステムがサルベージ作業の進行状況をインジケーターで知らせていた。時間の経過と共にパーセンテージが上がっていく。

「7.8%……13.5%…14.2%……サルベージ正常に動作!弐号機にも今のところ問題ありません!」

ゲンドウは普段の自分には無い高揚を自覚して居住いを正す。

「よし…そのままの状況を維持…目標に対する警戒を厳にせよ…」

「了解!それから…さきほどエリア1238の赤木博士から万が一の“障害”に備えてサルベージ動力装置にプロテクションをかけたと連絡がありましたが…」

それが一体何の意味があるのか、リツコの真意を図りかねたマヤはやや探るような口調でゲンドウに報告する。

「重畳だ…」 

マヤはリツコの行動に対するゲンドウの反応にやや戸惑いを覚えはしたものの差して気に止めることなく、空いたままになっている日向の席をチラッと見た。

何やってるのかしら…日向君…お手洗いにしてはあまりにも長いわ……

地上で作戦部とリツコが激しくしのぎを削る一方で、アスカは孤独な作業を続けていた。

「さっさと終わらせなきゃ…」

心細さが早く作業を終わらせたいという焦りの心境に繋がっていた。普段のアスカであれば或いは僅かな使徒の挙動の変化にも気が付いたかもしれなかった…


ズズズズズズズ……


アスカはMAGIのガイドに従って慎重にプローバーを制御していた。遠隔指示でありながらほとんど誤差が無いのは流石だったがそれでも現実とシミュレーションの間に若干の齟齬(そご)は付き物だった。その微妙な収差の補正はパイロットに委ねられている。アスカは乗馬の手綱を引くような手つきでプローバーの先端から迸(ほとばし)る蒼白い光線を操っていた。


薄暗いエントリープラグ内で明かりと呼べるものは照射している光線以外に正面ディスプレーに映し出されているグラフィックだけだった。アスカの白い顔に赤、青、緑といった様々な光が映える。アスカは視線を右隅に表示されている
MAGIから送られてくるサルベージ関連のグラフィックに無意識の内に何度も走らせていた。作業進捗率を示すインジケーターは85%を超えている。


「もうちょっとで終わりね……こんなキモイところから早く出たいわ…それにしても…」


すっごい変な話よね……


余計なことを考えまいとするアスカだったがそれでも目の前の作業があまりにも不自然、いやほとんど狂気と言っていい指示であることに他の職員と同様に気が付かない筈が無かった。


やだなぁ……


アスカも本音の部分ではゲンドウの指示に全く理が無いことを直感的に理解していた。自分を見出した上官であり、苦楽を共にしてきた教官であり、そして真意はともかくこれまで家族のような気軽さで自分に接してくれていた保護者のミサトに反旗を翻すかのような自分の言動にいまだに確信が持てないでいた。

それでもこの醜悪極まりない作戦を買って出たのは単純にミサトを暴発させてはいけないと瞬間的に感じたからだった。いや、それに加えてアスカは頭のどこかで根拠もなく「これが最後の戦い(復讐)になる」という自分の願望のような予感が去来していたのも理由の大きな部分を占めていた。


これが…これが終われば…アタシは人に利用されない自分のためだけの運命を歩く…今まで…こんな…こんな単純なことにさえ気が付けなかった…一人では手が届かないものがあまりにも多い世の中だから抗(あらが)い続けることが運命を切り開くことなんだってずっと…ずっと思っていた…あの子に…あの子の優しさに出会うまでは……


インジケーターは
92.3%を示している。僅かではあるが確実に数字は上昇していたが今のアスカにはまるでフリーズしているようにすら見えた。


だから早く…早く終わってよ…!


その時だった。


「もう!!これってホントに動いて…ひっ!!!」


アスカは小さく短い叫び声を上げると薄暗いエントリープラグの中を見回した。
子供なら3人は楽に入れるほどの広さとはいえ驚異的な深海の底でしかも「元」使徒だった物体の奥深くにいるのである。プラグ内はおろか周囲に人がいる筈がなかった。


「だ、だれ……い、いま…た、確かに何か聞こえた…」


決して気持ちのいいものではない
L.C.L.が供給する空気でも思わず深呼吸せずにはいられなかった。全身から汗のようなものが沁み出して来るのが分かった。



フフフフフフ……アハハハハ……



今度ははっきりと耳元で小さい子供の笑い声が聞こえた。


「ちょっと!誰よ!誰がいるのよ!」


戦歴を重ねてきたアスカの動物的直感が明らかな危険を察知していた。しかし、周囲を見回しても何も見当たらない。


「き、気味が悪いわ…確かに…確かに何か…何か得体の知れないものがいる…」


アスカの身体を悪寒のような寒けが走る。たちまち全身の毛という毛が逆立って鳥肌が立っていくのを感じていた。



ママー……嫌よ……



「こ、この声……」


アタ…シ…だ……嘘よ…あり得ない!!


途端にアスカの顔から血の気が失せていく。


「……だ、だめ……こ、こんなの……ダメ…」


歯の根が合わずカチカチと口の中で音がする。膝頭も小刻みに震え始めていた。


「い、いや……やめて……」


一方、本部ではマヤがいち早くアスカの異変に気が付いた。


「弐号機パイロットの神経パルスに異常ノイズ!シンクロ率低下!
90から85!更に降下!」


報告を聞いたゲンドウは僅かに顔を顰める。


「状況報告…サルベージ進捗率は?」


ユカリはビクッと身体を震わせると慌てて数字を読み上げた。


「は、はいっ!!えっと…現在
94.6%!あと1分を切ってます!」


ゲンドウは一瞬目を閉じると再び活目して立ち上がる。


「現状維持を指示する。あと
1分だ。1分を死守しろ!」


「し、しかし!司令!このままではアスカが!いえ、弐号機パイロットのシンクロ率が!神経接続を維持出来なくなり…」


「構わん!!」


「えっ・・・」


鬼気迫るゲンドウの勢いに発令所は一瞬静まり返る。

「サルベージ最優先だ!場合によってはダミーシステムに切り替えてもいい!何としてもここを凌ぎ切れ!正念場、なのだ!!」




エリア
1238のベースキャンプでも同様に湖底での異変を捉えていた。青葉が血相を変えて叫ぶ。


「目標の
ATフィールド急速回復!!パターンオレンジから青へ急速移行・・い、いや!オレンジと青が周期的に現れています!こんな現象は初めてです…」


膝の上にラップトップを置いてしきりにタイプしていたリツコの手が止まる。そして視線だけを青葉に向けて重々しく口を開いた。


「オレンジと青の周期パターンを至急解析して頂戴…それから監視対象を
FI値から物理量計測へ移行。とうとう寝た子を起こしてしまったようね…」

リツコは渋面を作ってゆっくりと立ち上がる。

 
どういう形で現れるのか…黙示録(裏死海文書)は何も語らないけど…あと三体の使徒が現れることを考えればここでアスカと弐号機を失うのは得策では無いわ…常識的に考えればミサトではなくてもサルベージの方を中断すべき…

なのに…どうして…あの人はそこまでしてサルベージに拘るの……もし、もしもあれが私だとしたらあの人は…ここまで…

青葉の背後に立つとリツコは画面の中で垂直的な立ち上がりを見せている“卵”のエネルギー反応(FI値と同義)のチャートを睨みつけていた。いや、実際はその向こう側にあるものを見据えていたのかもしれないが、ベースキャンプに拠る技術部員にリツコの複雑な心境を推し量ることなど出来よう筈もなかった。

「本当に…無様、ね……」



湖畔に停車している指揮車の中ではミサトの叫び声が響いていた。

「まだか!まだセキュリティーホールは突けないのか!」

「は、はい!もう少し時間を頂ければ…そ、その何とか!!」

大型バス程度の居住空間がある車内は当然に冷房が付いていたが室内の温度は上がる一方だった。

押し並べて平均年齢が低いネルフでは先日30歳の誕生日を迎えたばかりミサトでも年長の部類に入る。特に作戦部の平均年齢は一きわ低く、とかく文弱なイメージの付きまとうネルフの中では血の気の多い面々が揃っていたため理屈よりも自分の感情にストレートという傾向があった。

滅多なことでは根を上げない作戦部員達が次々と天を仰いでいく姿がミサトの目にも映っていた。目の前の光景が敗色濃厚であることを物語っている。しかし、決して誰も最後まで諦める意志が無いことは指揮官たるミサトには痛いほど分かっていた。

だが、ミサトは決断を迫られていた。

まるでデジャビュを見てるみたいだ…第8使徒の捕獲作戦の時もそうだった…あの時もアスカはあたしの意図とは正反対の行動を取った…結果オーライだったとはいえ一歩間違えばとんでもないことになっていた…

ミサトは目の前の光景を浅間山の時の情景に重ね合わせて少しの間、目を閉じた。

期せずして高熱のマグマの中で交戦状態になった弐号機の引き揚げケーブルが破断した時、その場に居合わせたネルフ関係者の中で一番取り乱していたのは他ならなぬ自分自身だったのである。

あの子があたしに楯突く時は決まって男が絡む…同属嫌悪とかそんなチャチなものじゃない、もっと…根源的で決定的な何か…その何かがあたしとアスカの間で欠けている…

ミサトは目に力を込めると短く強い溜息を一つついていた。

だからなのかしら…疎ましく感じたり、時々妬ましく思ったり…一緒にいれば楽しいことばかりじゃない…傷つけ合うことだって多いっていうのに…どうしてあたしはあの子のことになるといつも割り切れないのかしら…シンちゃんの時なんて早々に放っぽり出そうとしたあたしなのにな(※ ミサトは不憫に思ってシンジを引き取ったものの当初二人の関係は冷え切っていた。Ep#08参照)…自分でも矛盾を抱えすぎていてまるで分からない…挙げ句に養子縁組とか…偽善、か…あたしは何をあの子に託そうとしてるのかしら…

「そうよ……ここまでやって来たのよ……一緒にね…」

ミサトは国防省入省時代から愛用しているクロノグラムを睨む。眉間に一層深い皺を寄せた。

ここが(戦術的)限界点…これ以上、サルベージ中断に拘って大局を失う訳には行かない…

「作業中断!通常オペレーションに至急切り替え!弐号機との回線開いて!」

若いオペレーター達は驚いて一斉にミサトの方を見た。

「えっ?し、しかし、いま日向一尉もMAGIで支援して下っていますし…あと少しで…」

「あと少しとは何分?1分後か?10分後か?」

「そ、それは…」

「お前らはリツコ相手によくやったよ。だが、敗北は素直に認めるしかない。物量で押せばあるいは、と期待したがどうやら”敵”の方が一枚上手のようだ。無理を押していつまでもグダグダやってたら元も子も無くなる。我が隊は可及的速やかに対使徒殲滅作戦に移行すべきだ」

ミサトのこの言葉に車内は一瞬静まり返る。敗北を認めたくないという若さの至りなのか、あるいは若輩であるが故に己の信念に迷うのか、そこには一種異様な雰囲気が横たわっていた。サルベージ作業を言明されている彼らが殲滅作戦に行動を移す事は司令長官の命令に背く重大な過失だった。

そう…こいつらの躊躇はむしろ当然…だが…今はこれしかない!

百戦錬磨の女Thor(雷神)は機を見るに敏だった。

「おい…おまえら!普段は司令はガイキチだの性悪パツ金だのと威勢のいいことを言ってやがるがそれは口先だけか!安心しろ!始めから全ての責任はこのあたし一人で背負うと決めている!この一瞬!ここ一番!ここはあたしを信じて協力してくれ!」

「誤解しないで下さいよ…最初から部長と運命を共にするつもりですよ!」

「おもしれえ!やってやりましょう!」

「パツ金女に一泡噴かせられるんなら何だってやりますよ!」

全員が再びそれぞれの端末に噛り付く。

「恩に着るぞ!よし!弐号機との回線開け!」

「了解!」

こうやって…あたしはまた…人を巻き込んでいく…人は人を巻き込んでいく…人と人の結びつきで運命の輪は回っていく…人生に価値があるとすればそれは恐らく死ぬまでにどれだけの人間に出会ったか(邂逅)、絆ってやつかもね…今まで軽い人付き合いしかしてこなかったこのあたしがこんなことを考えるなんてな…

ミサトは口元に薄っすらと自嘲を浮かべた。

加持…あんたにこんなこと話たらたっぷり皮肉を言うだろうね…酷いじゃないの…

「つくづく勝手だよね…あんたも…」

わたしも…



発令所にけたたましい警報が鳴り響く。

「エリア1238に高エネルギー反応!間違いありません!ATフィールドです!MAGIは第15使徒と認定!」

青葉の席に座っていたユカリがよく通る声で告げると瞬く間に発令所内の空気が張り詰めていった。サルベージ作業は既に秒読み段階に入っていたがカウントダウンにまるで呼応するかのようにアスカのシンクロ率は急降下していた。マヤはその模様をはらはらしながらモニターとじっと司令長官席に座ったままのゲンドウを交互に見る。

狂ってる…こんなの…レイを犠牲にして使徒を足止めしたのも司令…そして、エリア1238が広範囲にわたって吹き飛ばされて海みたいになったのも司令がN2を使ったからじゃないの…もういや!やっぱり今の私たちは何かが間違ってる!

「い、伊吹一尉!?」

勢いよく立ち上がったマヤの姿を見てユカリは思わず驚きの声を上げた。マヤは大きな円らな瞳をまっすぐにゲンドウに向けていた。

「司令!小官はただちに弐号機の引き上げを行うことを…」

マヤがそこまで言いかけた時、ユカリがかぶせるように叫ぶ。

「に、弐号機の引き上げが開始されました!深度低下中!引き揚げ速度はケーブル強度の限界に達しています!」

「な…ど、どうして!?まだこちらはなにも…ど、どういうことなの?」

驚いたマヤがユカリの席に駆け寄る。

「有事における通常指揮権が作戦部長権限に基づき発動(※ Nv-121Ep#06_22参照)されています!使徒が活動を再開したのでサルベージ作戦よりも作戦部発の使徒殲滅に優先権が与えられたようです!」

「通常指揮権……か、葛城一佐だわ!葛城一佐がアスカを…よ、よかった!」

マヤの顔に思わず喜色が浮かぶ。

「葛城…貴様…」

お前は俺を…お前もこの俺の邪魔をするというのか…!!お前に…実の父親といがみ合っていたお前に何が分かる!!

ゲンドウはすっと立ち上がる。

「通常指揮権の発動を却下する!逆提訴しろ!」

「ダメです!全会一致(カスパー、バルタザール、メルキオール)でMAGIが作戦部長案の正当性を支持しています!」

「ならば強制指揮権を発動させるまでだ。MAGIの判断に介入する。」

「そ、そんな…ちょっと待って下さい!司令!それではあまりにも…」

「弐号機パイロットが使い物にならないならダミーシステムの使用も辞さず、だ…」

狂ってる…この人は…

マヤは思わず息を呑んでいた。



Ep#09_15 完 / つづく 

 (改定履歴)
1st Sept, 2010 / 表現修正
14th April, 2011 / 誤字修正
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