新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
第拾六部 夏の雪(Part-7) / 邂逅 後篇
(あらすじ)
エリア1995(旧東京市街)を潜航中の大英艦隊所属の特殊潜航艇イラストリアスと伍号機だったがエリア1238における弐号機と第15使徒との接触の事実に触れる。伍号機パイロットのマリは弐号機とアスカを救出するべく全てを振り切って交戦地点を目指す。
一方のアスカはかつてないほどの危機に瀕していた…
そして自分の精神に干渉してくる何者かがアスカとの邂逅を果たす。その人物とは…
(あらすじ)
エリア1995(旧東京市街)を潜航中の大英艦隊所属の特殊潜航艇イラストリアスと伍号機だったがエリア1238における弐号機と第15使徒との接触の事実に触れる。伍号機パイロットのマリは弐号機とアスカを救出するべく全てを振り切って交戦地点を目指す。
一方のアスカはかつてないほどの危機に瀕していた…
そして自分の精神に干渉してくる何者かがアスカとの邂逅を果たす。その人物とは…
ただでさえ寄り合い気質が強かった特務機関ネルフは一つの組織体と見た場合にあらゆる面で整合性を欠いており、その事実に一先ず目を瞑ってここまで来れたのも”使徒”という共通の敵があったからに他ならなかった。また、一方で碇ゲンドウという酷薄な独裁者が権勢を振るっていたことも要因として大きかった。
今までに面と向って反旗を翻すものは皆無に近かったからだ。
しかし、ゲンドウに対して抱くミサトの反逆の猛りはもはや押し隠せるものではなく、事ある毎にゲンドウと対立し合う姿とその反逆者を更迭しない行為が一枚岩では無いネルフのパワーバランスに影を投げかけていた。そのあらゆるツケが今まさに目の前で一気に噴出しているような観があった。そんな大人達の間で繰り広げられるある意味で不毛な綱引きに弐号機はまさに翻弄されていた。
今にも切れてしまいそうな運命のか細い糸のようなケーブルが不気味な音を軋ませながら弐号機をじわりじわりと引き上げつつあった。
ただ沈んでいく潜航と違って引き上げには水中の抵抗などが加わるため慎重の上にも慎重が求められる。そのため急速引き上げと言ってもそれには当然に限界が存在した。万が一に引き揚げケーブルが破断するようなことがあれば海水よりも重い弐号機が自力で浮上する事は全く期待出来ないからだ。この匙加減を誤れば浅間山の時と同じ轍を踏むことになる。待機を命じられていた初号機を駆るシンジのまさに一瞬の機転がなかったら今でも作戦部の大人たちの心に深い傷を与えていただろう。
もどかしいほどゆっくりと引き揚げられ行く状況にミサトのみならず作戦部の全員がジリジリを身を焼かれるような焦燥感に駆られていた。
「くそ…実際に投入しないまでもやはりEvaの単騎単独オペレーションというのが実に痛い…あのクソヤロウが。アスカに何かあったらその時は分かってるだろうな!」
もはや作戦部では完全に何かの箍(たが)が外れてしまったかのようにゲンドウに対する批判が半ば公然と行われるようになっていた。
あたしはもう本気(マジ)だぞ…お互いがお互いを目の上のタンコブに思っていながらここまできたのも使徒という共通の敵がいるからだ…だから躊躇いがあった……だが今は違う!使徒よりもあんたを生かしておく方が罪だ…ネルフ、いや人類の害悪は取り除いてやる!この手でな!
テメエの脳漿に鉛玉をぶち込んでやる!!
「アスカ!!応答しろ!!聞こえてるんでしょ!!アスカ!!!」
L.C.L.の中でアスカの目は大きく見開かれ呼吸も大きく乱れて錯乱状態に陥っていた。それでも辛うじてサルベージ用のプローバーをじりじりと引き揚げられながらも目標に気丈に向けていた。
「アスカ!聞こえないのか!返事をしろ!」
エントリープラグ内にはミサトの声が断続的に響いていた。
「いや……いや……いや……こっちに来ないで……」
アスカはまるでうわごとのように繰り返す。
ズズズズズズ……
弐号機の頭上に開口部が見え始めた時だった。突然、左右の両壁が動き始めたかと思うとまるで巨大なシャコ貝が分厚い殻を閉じるかのようにみるみる弐号機に迫ってくる。
「た、大変です!!目標の形状に変化が現れていることを震度計が探知しています!!開口部が塞がりつつあるようです!!」
ベースキャンプで注意深くデータを取り続けていた青葉が叫ぶ。
「まさか…逃がさない、そういうつもり…あり得ないわ…使徒に意思があるというの!?」
「まずい!やっぱり開口部が塞がっていってます!!だ、ダメだ!!向こうの方が早い!!」
「な、なんですって!!ケーブル引き上げフルパワー!!」
「しかし、それでは切断の恐れが!!」
「バカヤロウ!!使徒に食われるより1億倍マシだ!!早くしやがれ!!」
「り、了解!!フルパワー!!」
指揮車の後ろにある巨大なケーブル巻上げ用のクレーンから突然断末魔のような轟音が鳴り響き始めた。
「くそ!あと少し!!10メートルなんだ!!持ってくれ!!」
全員が祈るようにクレーン設備関連のモニターを食い入るように見詰めている背後からサルベージ作業を担当していた一人の若い士官が思わず口を開いた。
「こんな極限状態で凄い集中力だ…サルベージ作業100%!!完了しました!!さすがアスカちゃん!!」
「ふざけるな!!そんな報告なんか後回しだ!!」
「何が100パーだ!!カス!!死ね!氏ねじゃなくて死ね!」
「お、俺だって好きでサルベージをモニターしてるわけじゃねえのに…何なの…この空気…」
周囲の喧騒を他所にみるみる迫ってくる使徒の魔手から必死で逃れようとする弐号機の姿をミサトは固唾を呑んで見守っていた。
「南無三…」
クロスを握る右手が痛々しい。
「やった!!開口部をぬけた!!」
間一髪のところで開口部を抜けた弐号機だったが喜びも束の間だった。
「ま、待て!!オンフォードに写ってるアレは何だ!!」
無数の白い光が鞭毛のように海の中を漂っていた。
「なんなんだ…ありゃあ…」
ミサトは反射的に叫ぶ。悪寒がミサトの全身を駆け巡っていた。
「ヤバイ…絶対にヤバイわ、あれ…ピクシー隊に緊急電!ただちにスマッシュホークを投下させろ!」
ミサトの声が終わるかどうかというタイミングで車内に突然、甲高い少女の叫び声が鳴り響く。
「いやあああああああ!!」
オペレーターが血相をかけて叫ぶ。
「あのイソギンチャクのようなものが弐号機に纏わり付いていきます!!」
白い無数の触手が次々と弐号機に絡みつくと綱引きのように強烈な力で引き戻しにかかった。
ギリ!ギリ!ギリ!ブチンッ!!!
「く、くそ!!ケーブル破断!!通信途絶!!」
「アスカ!!!」
ミサトの悲痛な叫び声が辺りにこだましていた。
EOS(Eva Operation Systemの略)がエリア1995の奥深く、セカンドインパクト後のミサイル群攻撃によって海中に没したとされる旧東京都心、エリア1995の最深部64メートルの地点に差し掛かっていることを示していた。
白い滑らかな伍号機の機体がオレンジ色をした西日を僅かに反射している。
「それにしてもなあ…あの臆病な副長が急にこんな大胆な行動を取るなんてねえ…艇長が知ったらさぞ驚くだろうな…潜水艦が敵地の袋小路の湾内に入って悠々と方向転換するとか…ひひひ!」
マリは一人、エントリープラグの中でほくそ笑んでいた。艇長のベレスフォードは大英艦隊の中でも“潜航王”の異名を取る大胆な用兵家として知られていたが、元来、大胆と無謀は似て非なるものである。第7艦隊との交戦に副長のポンソンビーとは異なり深く心を痛めたベレスフォードは日本近海に到着してからというもの自室に篭りがちになっていた。
「まあ…あたしは楽しければ何でもいいんだけどね」
今はどっちかつーと副長の方が面白いなあ…バカだから…
「それにしてもいいのかねえ…こんな浅い湾内を見つからずに潜航出来てるのも伍号機の“指向性ATフィールド(Directional Absolute Territory Field /指向性絶対領域場)”のお蔭なのになあ…あたしがいなくなったらここからどうやって抜け出るつもりなんだろうね。あたしが指揮下にいることが前提ってところが副長のバカなところなんだよねえ…ん?」
マリは突然、目の前に表示された“ALART”のメッセージを見て思わず眉をひそませた。
「距離39800にATフィールドが1コ…いや、待て待て!何だ?このちっこいのは…こいつと合わせると…2コか…」
伍号機の索敵エリアギリギリのところでATフィールドと考えてまず間違いがないエネルギー反応があった。1つは伍号機に匹敵する大きさだったためマリはさっきとは打って変わって急に表情を引き締めた。
こんなところでいきなりネルフとかち合うのもツイてないが…だけどこれはなんだ?
「だけどこれはなんだ?キミはキモイな…実にキモイよ……波長パターンが周期的に変化するのはどうしてなんだぜ?」
「おい!中尉!今の警報はなんだ!て、敵か!」
間髪いれずにエントリープラグ内にやや神経質なポンソンビーの声が響き渡る。だが、マリは手を休めることなく索敵データの解析を進めていた。
マリは思わず顔を顰めたがそれでも手は休めることなく動かし続ける。
「おい!応答しろ!中尉!敵なのか!聞こえないのか!!中…」
「聞こえてるよ!うっせーな!いちいち!」
「う…うるさい…だと…き、きさ、きさ…」
全く予想外のマリの返答に母艦のCIC室で一人怒鳴り散らしていたポンソンビーは咄嗟に言葉を失ってその場に固まったが、自尊心だけは人一倍強い彼の顔は次の瞬間、たちまちゆでだこの様に真っ赤になる。
「貴様ぁ!!一体誰に向って物を言っとるか!!」
対照的にマリは至って冷静に次々と表示されるデータを的確に処理する。マリの顔からは完全に笑いが消えていた。
「副長!話は後だ!敵はネルフ所属の“トライデント”と考えて間違いない!しかも使徒らしき正体不明の物体と接触…いや…既に交戦状態にあるらしい!」
マリの放ったこの一言で特殊潜航艇イラストリアスの内部は一瞬で恐慌状態に陥った。慌てふためく大人たちを尻目にマリは驚く早さで端末を叩く。
「ワンコの識別キタ――!さすがネルフ同士だったらセキュリティー突破も楽だにゃ~。ん?この機体IDは…ま、まさか…弐号機じゃねーか!?」
ドリュー…ドリューが使徒と交戦中なのか!弐号機が…水の中で!?嘘だろ…冗談は顔だけにしろよ…ユーロコードでいう“Red Valkiry”は陸戦を前提にしたマルチロール機じゃまいか!それをこんな環境に投入するなんて…
「本部の連中は最高に…ば~~~~~~っかじゃね~の!?ん?」
しかし、それ以上にマリを驚かせたのは使徒と交戦中の弐号機のステータスだった。思わずマリは身を前に乗り出した。
「せ、生体侵食5%!?この使徒は…侵食型かっ…しかもまるで波長パターンを探るかのような周期的な変化…肉体どころか精神まで探っているような感じさえする…まさか…」
使徒が…人間に興味を持ってるってことなのか…だとすると……
「だとすると…こいつはかなりグレートだぜぇ!!ドリューが危ねえ!?うらあああ!!」
マリはカッと目を見開くと一気に操作レバーを引き、Evaの出力を調整するアクセルペダルを床が抜けるような勢いでベタ踏みした。その途端に伍号機の背中に取り付けられている大型のキャビテーションジェットが夥(おびただ)しい気泡を撒き散らし始めた。
「ち、中尉!!貴様勝手な行動は許さんぞ!!おい!!待て!!どこに行くつもりだ!!」
ポンソンビーの引きつった様な声はキャビテーションによる真っ白い弾幕の中でたちまちかき消されていく。マリの駆る伍号機はアンビリカルケーブルを荒々しく引きずり出しながら脇目も振らずどんどん速度を増していった。母艦との距離はみるみるうちに広がっていき、やがて特殊潜航艇イラストリアス全体に鈍い振動が伝わってきた。
バシュ―――ン!!
「(アンビリカル)ケーブル長1500いっぱーい!!ケーブルジョイント自動切断!!伍号機との通信途絶!!」
存在を秘匿する潜水艦は位置特定を回避するため自ら積極的に通信電波を発することはない。そのため船外作業や外部信号傍受等は基本的に有線で行うのが常識であった。イラストリアスの前方で蛻(もぬけ)の殻となったアンビリカルケーブルがゆらゆらと漂っている姿が誰の頭にも容易に想像できた。それは取り残されたイラストリアスが伍号機との交信を行うことが実質的に不可能な状態になったことを意味していた。
暫くの間、真っ暗になったCIC室の大型スクリーンをポンソンビーを含めたオペレーター全員が呆然と見詰めていた。視界を突然奪われたためまるでブラックホールの中に迷い込んだかの様な錯覚に多くのクルー達が襲われていた。光を失った艦内では心の深奥から不安がじわじわと音もなく染み出し始める。それは人間の原始からある恐怖という抑えがたい感情に繋がっていった。
「ケーブル切断前の最新データの確認完了!旧東京湾から太平洋に出る相模トラフ入り口付近に船影多数!近海の掃海を実施中!」
追い討ちをかける様なオペレーターの報告内容にポンソンビーはハッと顔を上げる。その表情はさっきとは打って変わって完全に血の気が失せていた。
「お、おい…どうするんだ、これ…唯一の出口を封鎖された格好じゃないのか?」
「ああ…潜水艦にとって最高にやばい場所でしかも敵中で完全に孤立だ…」
薄暗い室内でオペレーターたちの囁きが漏れる。突然、ポンソンビーが声を張り上げた。
「動力始動!!最大戦速!!一刻も早くMercuryの後を追って中尉を逮捕しろ!!重大な軍規違反だ!!」
その場に居合わせた全員が驚いてポンソンビーを振り返った。暗闇の中に突然打ち沈められたことで錯乱しているようにしか見えないことに誰もが直感的に不安を抱いていた。
「ふ、副長…申し訳ありませんが謹んで意見具申します…緊急事態ですのでここは艇長の判断を仰いで…」
「バカモノ!!それどころじゃない!!Mercuryの指向性ATフィールドがなければ“ポセイドンシステム”に忽ち捕捉される!しかもあのバカがど派手にキャビティーで航跡を残したせいで存在を知らせることになった!こんな深度のない湾内では魚雷をかわす事もままならんじゃないか!」
戸惑いながらも立ち上がった若い士官を鬼の様な形相で睨みつけるとポンソンビーは一方的に叱り飛ばした。
た、確かに…Mercuryのキャビティージェットの航跡が警戒衛星や哨戒機に捕捉されない筈が無い…この場に止まることの方が危険といえば危険…海上封鎖を突破するにしても沈黙を保つにしても、どちらにせよ伍号機との合流は不可避だ…
「分かったか!!ぐずぐずしている暇は我々には無い!!直ちにMercuryの後を追え!!追うんだ!!」
「Aye, aye, sir(アイアイサー)!!」
一方、母艦を振り切った伍号機は海中を滑る様に疾駆していた。キャビテーションジェット技術は魚雷の推進装置として改良、発展した技術だった(参照:スーパーキャビテーション)。水中内での圧力差によって生じる流体内の泡(空洞)を利用して水の抵抗を極限まで抑える技術であり、水中としては常識外れの360km/hという高速を出すことが可能だった。
「ちっ!余計なもんをおっ立てやがって…潰すぞおまいら!!」
長い鉄柱を海底に打ち込む工作船の乗組員の一人が轟音と激しい水飛沫を立てながら近付いてくる巨大な物体に気が付いた。
「な、なんだ!!あれは!!」
「邪魔すんなよ…あたしは今、気が立ってんだ!!Salvo!!」
マリは伍号機の両肩に備え付けられているIDAS(Interactive Defense and Attack System for Submarines )のミサイルポッドの照準を眼前に迫ってくる鉄製の仮設堤防に合わせると一切の躊躇もなく発射ボタンを押す。
ボゴオオオオオオオン!!
伍号機から放たれたミサイルが次から次へと仮設堤防の工事現場に降り注いでいく。工作船はミサイルの直撃を食らって一瞬の内に炎に包まれていた。
「う、うわー!!て、敵襲!!」
「敵って誰だよ!!」
「そんなこと知るかよ!!とにかく逃げろ!!うわー!!」
ドゴ!!ドゴ!!ドゴオオオオン!!
長い支柱と支柱の間にシャッターを下ろすような要領で積み重ねられていた分厚い鉄板がまるで粘土細工のように吹き飛ばされていく。
「ATフィールド全出力!!紡錘形状!!中央突破だ!!」
伍号機の正面でオレンジ色の光の輪が広がり始めたかと思うと折り重なるようになりながら形を変えてやじりのような姿になると鉄板の残骸に開いた穴に突き刺さる。
バリ!バリ!バリ!
鉄板にはあっさりと巨大な穴が開き、破片は所構わず辺り一面に飛び散っていく。周囲に赤い海水の混じった鉄の飛沫が雨あられのように仮設堤防の上で慌てふためくネルフの職員と国連軍の兵士の頭上に降り注いだ。
マリはそれらを全く顧ることなくポッカリと開いた巨大な穴を伍号機で通り抜けていった。伍号機が通り過ぎた後で津波のような高波が追い討ちをかけるように襲い掛かり猛烈な勢いで人や車両をあっという間に呑み込んでいった。
ドリュー…どうして…どうしてあたしを待っててくれなかったんだよ!あんたには弐号機と一緒にドイツ連邦政府から「独逸帰還命令」が出てるのに!こんな…
「こんなクソみたいなところで!!死ぬんじゃねーぞ!!クソッタレがぁ!!」
エリア1238に入った伍号機は今度は真っ直ぐ湖底に向って一気に突き進んでいく。しばらくすると光の全くない筈の漆黒の闇の中から燐光のようなボウッとした淡い光が僅かに見え始めた。
「あれ、か…侵食型使徒!!ここであったが……ええっと…こんにちは!!」
「いや!いや!いや――――!!」
エントリープラグの中でアスカは狂ったように操作レバーを何度も何度も前後に引いて半狂乱の上体で必死に抵抗を試みるが使徒の圧倒的な力にまるで太刀打ちできなかった。
「あ、アタシをどうするつもりよ!!この化け物め!!この!この!この!ちくしょう!!Scheisse!!」
すると突然アスカは担ぎ手に担がれた神輿のように強い力で仰向けにされる。自分の意思とは裏腹に使徒の目の前で抵抗虚しく弄ばれる自分の姿はアスカにとって全てが耐えがたい屈辱だった。強制的に天を仰ぎ見るような体勢を取らされたアスカは目の前が霞んでほとんど何も見えないことにきがついた。その原因が自分の涙であることに気が付くのにさして時間はかからなかった。
これ…カメラの不具合、じゃない…涙だ…アタシは今…泣いてるんだ…
「は、恥かしい…!恥かしいのに…」
渾身の力を込めて両腕を動かそうとするアスカだったがピクリとも動かせなかった。
涙も拭けないなんて……
「こ、こいつ!!殺してやる!!殺してやる!!ころ…ふぐっ!!」
新たな触手がアスカの細い首に勢いよく巻きついてきた。一瞬で呼吸が止まる。
「うぐぐぐ…ぎぎぎ…」
薄れ行く意識の中でアスカは生い茂る触手の森の間から一際長い9本の巨大な足が伸びているのが見え隠れしていた。使徒の外観は球形の胴体を持ち、そしてその周囲に均等に9本の足が生えている様な不気味な姿をしていることがおぼろげにも想像出来た。
白い…9本の白い柱……この光景どっかで見た気が…よく思い出せないけど…確かに見た気がする(Ep#05_xx)…だ、だめだ…チョークに入ってる……落とされてしま……
意識を失いかけつつたアスカだったが急に首に巻きついた触手の力が緩まる。途端に大量の酸素を含んだL.C.L.がアスカの肺胞に飛び込んできた。
「ゲホッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!こ、このヘンタイめ……ハアハアハア…もしかして…生かさず殺さず…アタシをなぶり者にするつもり…!ハアハアハア…ひ、人をモルモット扱いすんじゃないわよ!」
エントリープラグ内は真っ赤な赤色灯に照らされ、正面のディスプレーにはありとあらゆる種類の警告が表示されていた。その中でも一際目を引くのが活動限界までの時間を示すウィンドウとATフィールドの中和状態を示すグラフィック画面だった。
活動限界まであと3分を切ってる……しかもコイツのATフィールド強度がどんどん大きくなってきてる…ATフィールドを破られるのが先か…電源切れでただのお人形にされるのが先か…
「つくづく…残酷な選択肢ね…あぐう!」
今度はどこからともなく別の触手が次々に伸びてきては弐号機の背中と言わず腹と言わず手当たり次第に殴りつけ始めた。
「ふぐっ!あぐっ!く、くそ……全く好き勝手してくれるわね……あがっ!」
弐号機機体の最表面近傍にはまだATフィールドが完全に中和されることなく残ってはいたがそれでも殴られる衝撃はいくらか緩衝作用によって弱められているとはいえ容赦なく全身に伝わってきていた。痛みはじわじわと増しているように思えた。
このままだとヤバイ…体がもたない…
その時だった。
ブシュー!!
けたたましい警報音と共に突然アスカの身体に冷水を浴びせられる様な感覚が駆け巡る。甲冑のような改良型D兵装のあちらこちらが破損して浸水し始めていた。高水圧の影響で体中が急に窮屈になる。ATフィールドのお蔭でこの高深度でもEvaがいきなり圧壊するという恐れはなかった。ただ、陸戦前提の弐号機は外気を外から直接取り入れているため特殊兵装がなければL.C.L.に酸素を溶存させるシステムは内循環に自動的に切り替わるようになっていた。
使徒の触手が弐号機の機体に打ち下ろされる度にD兵装の部品は次々に剥がれて周囲に飛び散っていく。ATフィールドは今にも破られそうだった。
こ、こいつ…まさか…アタシの中に入ろうとしてるんじゃ…
活動限界まで1分30秒…
かつてないほどの絶望的状況の中でアスカは今までに経験したことのない恐怖に戦慄していた。
一人は嫌なのに……一人は怖いくせに……他人を遠ざけていたのに……
痛みに必死になって耐えていたアスカは耳元から聞こえてくる微かな囁き声に思わずハッとする。
「だ、誰よ!!」
ボゴオオン!!
D兵装はほとんど見る影もなかった。弐号機の真っ赤な機体が使徒の放つ異様な光に照らされて鈍く光る。
それで一人になって……死んでもいいって思ってたんでしょ……
「いや……やめて!!それ以上言ったら殺すわよ!!」
なのに今は…
「言わないで・・・・・お願い……・」
死にたくない……生きたい……すがって生きたい……
「あ、頭が…頭がおかしくなる!あ、アタシに…アタシにい…アタシにそれ以上近付くなああ!!」
優しさという…仮初めに…溺れて…
「いやあああああああああああああ!!」
薄汚い女ね……
パリイイイイイイイィィィィィィン!!
弐号機は完全にATフィールドを失い、振り下ろされた触手は弐号機の腹に突き刺さっていた。
「はぐうあっ!!」
でも……人生楽しそうよね……アンタ……恥かしくって見てられないわ……
「あ、アンタ……誰……」
その時…アタシの時間は……止まっていた……
……リュー…ド………リュー……
まただ…また誰かがアタシを呼んでる……
無視しなさいよ…
え…?
アンタはこっち……アタシと一緒に来るのよ……
「うそ……」
使徒の頭上に現れた伍号機は腰の左右に装着されていた棒を勢いよく引き抜くと正面でそれを繋ぎ合わせた。
ジャキーーーン!!
それは忽ち三叉の矛(海神のトライデント)に様変わりする。じわじわと浮上してくる使徒に矛先を向けたマリは使徒の球形の胴体近くで無数の触手で覆い尽くされている弐号機の赤い機体を認める。
「見つけたぞ!!あれだな!!ドリュー!!待ってろ!!このお…どちくしょーがあ!!」
三叉矛を突き立てながらマリは突っ込んでいった。
Ep#09_(16) 完 / つづく
※ ATフィールドは原作中ではAbsolute Terror Fieldですが、この原作設定は本作ではちょっと使い辛いので”絶対領域場”という形に改変しています。予めご承知置き下さい。
(改定履歴)
13th Sept, 2010 / 誤字修正
29th Sept, 2010 / 表現修正
14th April, 2011 / 改行修正
6th Sept, 2012 / 誤字修正
今までに面と向って反旗を翻すものは皆無に近かったからだ。
しかし、ゲンドウに対して抱くミサトの反逆の猛りはもはや押し隠せるものではなく、事ある毎にゲンドウと対立し合う姿とその反逆者を更迭しない行為が一枚岩では無いネルフのパワーバランスに影を投げかけていた。そのあらゆるツケが今まさに目の前で一気に噴出しているような観があった。そんな大人達の間で繰り広げられるある意味で不毛な綱引きに弐号機はまさに翻弄されていた。
今にも切れてしまいそうな運命のか細い糸のようなケーブルが不気味な音を軋ませながら弐号機をじわりじわりと引き上げつつあった。
ただ沈んでいく潜航と違って引き上げには水中の抵抗などが加わるため慎重の上にも慎重が求められる。そのため急速引き上げと言ってもそれには当然に限界が存在した。万が一に引き揚げケーブルが破断するようなことがあれば海水よりも重い弐号機が自力で浮上する事は全く期待出来ないからだ。この匙加減を誤れば浅間山の時と同じ轍を踏むことになる。待機を命じられていた初号機を駆るシンジのまさに一瞬の機転がなかったら今でも作戦部の大人たちの心に深い傷を与えていただろう。
もどかしいほどゆっくりと引き揚げられ行く状況にミサトのみならず作戦部の全員がジリジリを身を焼かれるような焦燥感に駆られていた。
「くそ…実際に投入しないまでもやはりEvaの単騎単独オペレーションというのが実に痛い…あのクソヤロウが。アスカに何かあったらその時は分かってるだろうな!」
もはや作戦部では完全に何かの箍(たが)が外れてしまったかのようにゲンドウに対する批判が半ば公然と行われるようになっていた。
あたしはもう本気(マジ)だぞ…お互いがお互いを目の上のタンコブに思っていながらここまできたのも使徒という共通の敵がいるからだ…だから躊躇いがあった……だが今は違う!使徒よりもあんたを生かしておく方が罪だ…ネルフ、いや人類の害悪は取り除いてやる!この手でな!
テメエの脳漿に鉛玉をぶち込んでやる!!
「アスカ!!応答しろ!!聞こえてるんでしょ!!アスカ!!!」
L.C.L.の中でアスカの目は大きく見開かれ呼吸も大きく乱れて錯乱状態に陥っていた。それでも辛うじてサルベージ用のプローバーをじりじりと引き揚げられながらも目標に気丈に向けていた。
「アスカ!聞こえないのか!返事をしろ!」
エントリープラグ内にはミサトの声が断続的に響いていた。
「いや……いや……いや……こっちに来ないで……」
アスカはまるでうわごとのように繰り返す。
ズズズズズズ……
弐号機の頭上に開口部が見え始めた時だった。突然、左右の両壁が動き始めたかと思うとまるで巨大なシャコ貝が分厚い殻を閉じるかのようにみるみる弐号機に迫ってくる。
「た、大変です!!目標の形状に変化が現れていることを震度計が探知しています!!開口部が塞がりつつあるようです!!」
ベースキャンプで注意深くデータを取り続けていた青葉が叫ぶ。
「まさか…逃がさない、そういうつもり…あり得ないわ…使徒に意思があるというの!?」
ベースキャンプと使徒のデータを共有している作戦部の指揮車でも同様にこの異変を察知していた。
「まずい!やっぱり開口部が塞がっていってます!!だ、ダメだ!!向こうの方が早い!!」
「な、なんですって!!ケーブル引き上げフルパワー!!」
「しかし、それでは切断の恐れが!!」
「バカヤロウ!!使徒に食われるより1億倍マシだ!!早くしやがれ!!」
「り、了解!!フルパワー!!」
指揮車の後ろにある巨大なケーブル巻上げ用のクレーンから突然断末魔のような轟音が鳴り響き始めた。
「くそ!あと少し!!10メートルなんだ!!持ってくれ!!」
全員が祈るようにクレーン設備関連のモニターを食い入るように見詰めている背後からサルベージ作業を担当していた一人の若い士官が思わず口を開いた。
「こんな極限状態で凄い集中力だ…サルベージ作業100%!!完了しました!!さすがアスカちゃん!!」
「ふざけるな!!そんな報告なんか後回しだ!!」
「何が100パーだ!!カス!!死ね!氏ねじゃなくて死ね!」
「お、俺だって好きでサルベージをモニターしてるわけじゃねえのに…何なの…この空気…」
周囲の喧騒を他所にみるみる迫ってくる使徒の魔手から必死で逃れようとする弐号機の姿をミサトは固唾を呑んで見守っていた。
「南無三…」
クロスを握る右手が痛々しい。
「やった!!開口部をぬけた!!」
間一髪のところで開口部を抜けた弐号機だったが喜びも束の間だった。
「ま、待て!!オンフォードに写ってるアレは何だ!!」
無数の白い光が鞭毛のように海の中を漂っていた。
「なんなんだ…ありゃあ…」
ミサトは反射的に叫ぶ。悪寒がミサトの全身を駆け巡っていた。
「ヤバイ…絶対にヤバイわ、あれ…ピクシー隊に緊急電!ただちにスマッシュホークを投下させろ!」
ミサトの声が終わるかどうかというタイミングで車内に突然、甲高い少女の叫び声が鳴り響く。
「いやあああああああ!!」
オペレーターが血相をかけて叫ぶ。
「あのイソギンチャクのようなものが弐号機に纏わり付いていきます!!」
白い無数の触手が次々と弐号機に絡みつくと綱引きのように強烈な力で引き戻しにかかった。
ギリ!ギリ!ギリ!ブチンッ!!!
「く、くそ!!ケーブル破断!!通信途絶!!」
「アスカ!!!」
ミサトの悲痛な叫び声が辺りにこだましていた。
同刻、特殊潜航艇イラストリアスはエリア1995の北西を航行中だった。
十分な深度があれば艦首の足場に立っていられるが旧東京湾水深は概して浅く、35メートル前後の深さしかなかったために伍号機はまるで母艦を先導するかのようにアンビリカルケーブルを伸ばして200メートル先をゆったりと進んでいた。
十分な深度があれば艦首の足場に立っていられるが旧東京湾水深は概して浅く、35メートル前後の深さしかなかったために伍号機はまるで母艦を先導するかのようにアンビリカルケーブルを伸ばして200メートル先をゆったりと進んでいた。
EOS(Eva Operation Systemの略)がエリア1995の奥深く、セカンドインパクト後のミサイル群攻撃によって海中に没したとされる旧東京都心、エリア1995の最深部64メートルの地点に差し掛かっていることを示していた。
白い滑らかな伍号機の機体がオレンジ色をした西日を僅かに反射している。
「それにしてもなあ…あの臆病な副長が急にこんな大胆な行動を取るなんてねえ…艇長が知ったらさぞ驚くだろうな…潜水艦が敵地の袋小路の湾内に入って悠々と方向転換するとか…ひひひ!」
マリは一人、エントリープラグの中でほくそ笑んでいた。艇長のベレスフォードは大英艦隊の中でも“潜航王”の異名を取る大胆な用兵家として知られていたが、元来、大胆と無謀は似て非なるものである。第7艦隊との交戦に副長のポンソンビーとは異なり深く心を痛めたベレスフォードは日本近海に到着してからというもの自室に篭りがちになっていた。
「まあ…あたしは楽しければ何でもいいんだけどね」
今はどっちかつーと副長の方が面白いなあ…バカだから…
「それにしてもいいのかねえ…こんな浅い湾内を見つからずに潜航出来てるのも伍号機の“指向性ATフィールド(Directional Absolute Territory Field /指向性絶対領域場)”のお蔭なのになあ…あたしがいなくなったらここからどうやって抜け出るつもりなんだろうね。あたしが指揮下にいることが前提ってところが副長のバカなところなんだよねえ…ん?」
マリは突然、目の前に表示された“ALART”のメッセージを見て思わず眉をひそませた。
「距離39800にATフィールドが1コ…いや、待て待て!何だ?このちっこいのは…こいつと合わせると…2コか…」
伍号機の索敵エリアギリギリのところでATフィールドと考えてまず間違いがないエネルギー反応があった。1つは伍号機に匹敵する大きさだったためマリはさっきとは打って変わって急に表情を引き締めた。
こんなところでいきなりネルフとかち合うのもツイてないが…だけどこれはなんだ?
「だけどこれはなんだ?キミはキモイな…実にキモイよ……波長パターンが周期的に変化するのはどうしてなんだぜ?」
「おい!中尉!今の警報はなんだ!て、敵か!」
間髪いれずにエントリープラグ内にやや神経質なポンソンビーの声が響き渡る。だが、マリは手を休めることなく索敵データの解析を進めていた。
ちっ…ウザい野郎だな…ビビるくらいなら大物ぶってイミフな示威行動をするんじゃねえよ…カス…
マリは思わず顔を顰めたがそれでも手は休めることなく動かし続ける。
「おい!応答しろ!中尉!敵なのか!聞こえないのか!!中…」
「聞こえてるよ!うっせーな!いちいち!」
「う…うるさい…だと…き、きさ、きさ…」
全く予想外のマリの返答に母艦のCIC室で一人怒鳴り散らしていたポンソンビーは咄嗟に言葉を失ってその場に固まったが、自尊心だけは人一倍強い彼の顔は次の瞬間、たちまちゆでだこの様に真っ赤になる。
「貴様ぁ!!一体誰に向って物を言っとるか!!」
対照的にマリは至って冷静に次々と表示されるデータを的確に処理する。マリの顔からは完全に笑いが消えていた。
「副長!話は後だ!敵はネルフ所属の“トライデント”と考えて間違いない!しかも使徒らしき正体不明の物体と接触…いや…既に交戦状態にあるらしい!」
マリの放ったこの一言で特殊潜航艇イラストリアスの内部は一瞬で恐慌状態に陥った。慌てふためく大人たちを尻目にマリは驚く早さで端末を叩く。
「ワンコの識別キタ――!さすがネルフ同士だったらセキュリティー突破も楽だにゃ~。ん?この機体IDは…ま、まさか…弐号機じゃねーか!?」
ドリュー…ドリューが使徒と交戦中なのか!弐号機が…水の中で!?嘘だろ…冗談は顔だけにしろよ…ユーロコードでいう“Red Valkiry”は陸戦を前提にしたマルチロール機じゃまいか!それをこんな環境に投入するなんて…
「本部の連中は最高に…ば~~~~~~っかじゃね~の!?ん?」
しかし、それ以上にマリを驚かせたのは使徒と交戦中の弐号機のステータスだった。思わずマリは身を前に乗り出した。
「せ、生体侵食5%!?この使徒は…侵食型かっ…しかもまるで波長パターンを探るかのような周期的な変化…肉体どころか精神まで探っているような感じさえする…まさか…」
使徒が…人間に興味を持ってるってことなのか…だとすると……
「だとすると…こいつはかなりグレートだぜぇ!!ドリューが危ねえ!?うらあああ!!」
マリはカッと目を見開くと一気に操作レバーを引き、Evaの出力を調整するアクセルペダルを床が抜けるような勢いでベタ踏みした。その途端に伍号機の背中に取り付けられている大型のキャビテーションジェットが夥(おびただ)しい気泡を撒き散らし始めた。
「ち、中尉!!貴様勝手な行動は許さんぞ!!おい!!待て!!どこに行くつもりだ!!」
ポンソンビーの引きつった様な声はキャビテーションによる真っ白い弾幕の中でたちまちかき消されていく。マリの駆る伍号機はアンビリカルケーブルを荒々しく引きずり出しながら脇目も振らずどんどん速度を増していった。母艦との距離はみるみるうちに広がっていき、やがて特殊潜航艇イラストリアス全体に鈍い振動が伝わってきた。
バシュ―――ン!!
「(アンビリカル)ケーブル長1500いっぱーい!!ケーブルジョイント自動切断!!伍号機との通信途絶!!」
存在を秘匿する潜水艦は位置特定を回避するため自ら積極的に通信電波を発することはない。そのため船外作業や外部信号傍受等は基本的に有線で行うのが常識であった。イラストリアスの前方で蛻(もぬけ)の殻となったアンビリカルケーブルがゆらゆらと漂っている姿が誰の頭にも容易に想像できた。それは取り残されたイラストリアスが伍号機との交信を行うことが実質的に不可能な状態になったことを意味していた。
暫くの間、真っ暗になったCIC室の大型スクリーンをポンソンビーを含めたオペレーター全員が呆然と見詰めていた。視界を突然奪われたためまるでブラックホールの中に迷い込んだかの様な錯覚に多くのクルー達が襲われていた。光を失った艦内では心の深奥から不安がじわじわと音もなく染み出し始める。それは人間の原始からある恐怖という抑えがたい感情に繋がっていった。
「ケーブル切断前の最新データの確認完了!旧東京湾から太平洋に出る相模トラフ入り口付近に船影多数!近海の掃海を実施中!」
追い討ちをかける様なオペレーターの報告内容にポンソンビーはハッと顔を上げる。その表情はさっきとは打って変わって完全に血の気が失せていた。
「お、おい…どうするんだ、これ…唯一の出口を封鎖された格好じゃないのか?」
「ああ…潜水艦にとって最高にやばい場所でしかも敵中で完全に孤立だ…」
薄暗い室内でオペレーターたちの囁きが漏れる。突然、ポンソンビーが声を張り上げた。
「動力始動!!最大戦速!!一刻も早くMercuryの後を追って中尉を逮捕しろ!!重大な軍規違反だ!!」
その場に居合わせた全員が驚いてポンソンビーを振り返った。暗闇の中に突然打ち沈められたことで錯乱しているようにしか見えないことに誰もが直感的に不安を抱いていた。
「ふ、副長…申し訳ありませんが謹んで意見具申します…緊急事態ですのでここは艇長の判断を仰いで…」
「バカモノ!!それどころじゃない!!Mercuryの指向性ATフィールドがなければ“ポセイドンシステム”に忽ち捕捉される!しかもあのバカがど派手にキャビティーで航跡を残したせいで存在を知らせることになった!こんな深度のない湾内では魚雷をかわす事もままならんじゃないか!」
戸惑いながらも立ち上がった若い士官を鬼の様な形相で睨みつけるとポンソンビーは一方的に叱り飛ばした。
た、確かに…Mercuryのキャビティージェットの航跡が警戒衛星や哨戒機に捕捉されない筈が無い…この場に止まることの方が危険といえば危険…海上封鎖を突破するにしても沈黙を保つにしても、どちらにせよ伍号機との合流は不可避だ…
「分かったか!!ぐずぐずしている暇は我々には無い!!直ちにMercuryの後を追え!!追うんだ!!」
「Aye, aye, sir(アイアイサー)!!」
一方、母艦を振り切った伍号機は海中を滑る様に疾駆していた。キャビテーションジェット技術は魚雷の推進装置として改良、発展した技術だった(参照:スーパーキャビテーション)。水中内での圧力差によって生じる流体内の泡(空洞)を利用して水の抵抗を極限まで抑える技術であり、水中としては常識外れの360km/hという高速を出すことが可能だった。
「ドリュー…やっと…やっと会えたのに…」
普段何を考えているのか、全く掴みどころがないマリだったが表情は真剣そのものだった。
オペレーションシステムが伍号機の前に立ちはだかるように敷設されているエリア1995とエリア1238を隔てる仮設堤防が近いことを示していた。サルベージ作戦が終わっても条約に基づく隔離措置の手を休めるわけにはいかかったため付近には特務機関ネルフと国連軍工兵部隊がまだ周囲に点在していたのである。
オペレーションシステムが伍号機の前に立ちはだかるように敷設されているエリア1995とエリア1238を隔てる仮設堤防が近いことを示していた。サルベージ作戦が終わっても条約に基づく隔離措置の手を休めるわけにはいかかったため付近には特務機関ネルフと国連軍工兵部隊がまだ周囲に点在していたのである。
「ちっ!余計なもんをおっ立てやがって…潰すぞおまいら!!」
長い鉄柱を海底に打ち込む工作船の乗組員の一人が轟音と激しい水飛沫を立てながら近付いてくる巨大な物体に気が付いた。
「な、なんだ!!あれは!!」
「邪魔すんなよ…あたしは今、気が立ってんだ!!Salvo!!」
マリは伍号機の両肩に備え付けられているIDAS(Interactive Defense and Attack System for Submarines
ボゴオオオオオオオン!!
伍号機から放たれたミサイルが次から次へと仮設堤防の工事現場に降り注いでいく。工作船はミサイルの直撃を食らって一瞬の内に炎に包まれていた。
「う、うわー!!て、敵襲!!」
「敵って誰だよ!!」
「そんなこと知るかよ!!とにかく逃げろ!!うわー!!」
ドゴ!!ドゴ!!ドゴオオオオン!!
長い支柱と支柱の間にシャッターを下ろすような要領で積み重ねられていた分厚い鉄板がまるで粘土細工のように吹き飛ばされていく。
「ATフィールド全出力!!紡錘形状!!中央突破だ!!」
伍号機の正面でオレンジ色の光の輪が広がり始めたかと思うと折り重なるようになりながら形を変えてやじりのような姿になると鉄板の残骸に開いた穴に突き刺さる。
バリ!バリ!バリ!
鉄板にはあっさりと巨大な穴が開き、破片は所構わず辺り一面に飛び散っていく。周囲に赤い海水の混じった鉄の飛沫が雨あられのように仮設堤防の上で慌てふためくネルフの職員と国連軍の兵士の頭上に降り注いだ。
マリはそれらを全く顧ることなくポッカリと開いた巨大な穴を伍号機で通り抜けていった。伍号機が通り過ぎた後で津波のような高波が追い討ちをかけるように襲い掛かり猛烈な勢いで人や車両をあっという間に呑み込んでいった。
ドリュー…どうして…どうしてあたしを待っててくれなかったんだよ!あんたには弐号機と一緒にドイツ連邦政府から「独逸帰還命令」が出てるのに!こんな…
「こんなクソみたいなところで!!死ぬんじゃねーぞ!!クソッタレがぁ!!」
エリア1238に入った伍号機は今度は真っ直ぐ湖底に向って一気に突き進んでいく。しばらくすると光の全くない筈の漆黒の闇の中から燐光のようなボウッとした淡い光が僅かに見え始めた。
「あれ、か…侵食型使徒!!ここであったが……ええっと…こんにちは!!」
巨大な球形をした第15使徒は僅かずつだが浮上しつつあった。熱帯の海の中で潮の流れに揺らめいているイソギンチャクのように全体を無数の白い触手が覆っており、それらの一本一本が不気味な淡い光を放っている。四肢の自由を完全に奪われた弐号機は次々に絡み付いてくる白い触手を振り払うことも出来ずなすがままの状態が続いていた。
「いや!いや!いや――――!!」
エントリープラグの中でアスカは狂ったように操作レバーを何度も何度も前後に引いて半狂乱の上体で必死に抵抗を試みるが使徒の圧倒的な力にまるで太刀打ちできなかった。
「あ、アタシをどうするつもりよ!!この化け物め!!この!この!この!ちくしょう!!Scheisse!!」
すると突然アスカは担ぎ手に担がれた神輿のように強い力で仰向けにされる。自分の意思とは裏腹に使徒の目の前で抵抗虚しく弄ばれる自分の姿はアスカにとって全てが耐えがたい屈辱だった。強制的に天を仰ぎ見るような体勢を取らされたアスカは目の前が霞んでほとんど何も見えないことにきがついた。その原因が自分の涙であることに気が付くのにさして時間はかからなかった。
これ…カメラの不具合、じゃない…涙だ…アタシは今…泣いてるんだ…
「は、恥かしい…!恥かしいのに…」
渾身の力を込めて両腕を動かそうとするアスカだったがピクリとも動かせなかった。
涙も拭けないなんて……
「こ、こいつ!!殺してやる!!殺してやる!!ころ…ふぐっ!!」
新たな触手がアスカの細い首に勢いよく巻きついてきた。一瞬で呼吸が止まる。
「うぐぐぐ…ぎぎぎ…」
薄れ行く意識の中でアスカは生い茂る触手の森の間から一際長い9本の巨大な足が伸びているのが見え隠れしていた。使徒の外観は球形の胴体を持ち、そしてその周囲に均等に9本の足が生えている様な不気味な姿をしていることがおぼろげにも想像出来た。
白い…9本の白い柱……この光景どっかで見た気が…よく思い出せないけど…確かに見た気がする(Ep#05_xx)…だ、だめだ…チョークに入ってる……落とされてしま……
意識を失いかけつつたアスカだったが急に首に巻きついた触手の力が緩まる。途端に大量の酸素を含んだL.C.L.がアスカの肺胞に飛び込んできた。
「ゲホッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!こ、このヘンタイめ……ハアハアハア…もしかして…生かさず殺さず…アタシをなぶり者にするつもり…!ハアハアハア…ひ、人をモルモット扱いすんじゃないわよ!」
エントリープラグ内は真っ赤な赤色灯に照らされ、正面のディスプレーにはありとあらゆる種類の警告が表示されていた。その中でも一際目を引くのが活動限界までの時間を示すウィンドウとATフィールドの中和状態を示すグラフィック画面だった。
活動限界まであと3分を切ってる……しかもコイツのATフィールド強度がどんどん大きくなってきてる…ATフィールドを破られるのが先か…電源切れでただのお人形にされるのが先か…
「つくづく…残酷な選択肢ね…あぐう!」
今度はどこからともなく別の触手が次々に伸びてきては弐号機の背中と言わず腹と言わず手当たり次第に殴りつけ始めた。
「ふぐっ!あぐっ!く、くそ……全く好き勝手してくれるわね……あがっ!」
弐号機機体の最表面近傍にはまだATフィールドが完全に中和されることなく残ってはいたがそれでも殴られる衝撃はいくらか緩衝作用によって弱められているとはいえ容赦なく全身に伝わってきていた。痛みはじわじわと増しているように思えた。
このままだとヤバイ…体がもたない…
その時だった。
ブシュー!!
けたたましい警報音と共に突然アスカの身体に冷水を浴びせられる様な感覚が駆け巡る。甲冑のような改良型D兵装のあちらこちらが破損して浸水し始めていた。高水圧の影響で体中が急に窮屈になる。ATフィールドのお蔭でこの高深度でもEvaがいきなり圧壊するという恐れはなかった。ただ、陸戦前提の弐号機は外気を外から直接取り入れているため特殊兵装がなければL.C.L.に酸素を溶存させるシステムは内循環に自動的に切り替わるようになっていた。
使徒の触手が弐号機の機体に打ち下ろされる度にD兵装の部品は次々に剥がれて周囲に飛び散っていく。ATフィールドは今にも破られそうだった。
こ、こいつ…まさか…アタシの中に入ろうとしてるんじゃ…
活動限界まで1分30秒…
かつてないほどの絶望的状況の中でアスカは今までに経験したことのない恐怖に戦慄していた。
一人は嫌なのに……一人は怖いくせに……他人を遠ざけていたのに……
痛みに必死になって耐えていたアスカは耳元から聞こえてくる微かな囁き声に思わずハッとする。
「だ、誰よ!!」
ボゴオオン!!
D兵装はほとんど見る影もなかった。弐号機の真っ赤な機体が使徒の放つ異様な光に照らされて鈍く光る。
それで一人になって……死んでもいいって思ってたんでしょ……
「いや……やめて!!それ以上言ったら殺すわよ!!」
なのに今は…
「言わないで・・・・・お願い……・」
死にたくない……生きたい……すがって生きたい……
「あ、頭が…頭がおかしくなる!あ、アタシに…アタシにい…アタシにそれ以上近付くなああ!!」
優しさという…仮初めに…溺れて…
「いやあああああああああああああ!!」
薄汚い女ね……
パリイイイイイイイィィィィィィン!!
弐号機は完全にATフィールドを失い、振り下ろされた触手は弐号機の腹に突き刺さっていた。
「はぐうあっ!!」
でも……人生楽しそうよね……アンタ……恥かしくって見てられないわ……
「あ、アンタ……誰……」
その時…アタシの時間は……止まっていた……
……リュー…ド………リュー……
まただ…また誰かがアタシを呼んでる……
無視しなさいよ…
え…?
アンタはこっち……アタシと一緒に来るのよ……
「うそ……」
使徒の頭上に現れた伍号機は腰の左右に装着されていた棒を勢いよく引き抜くと正面でそれを繋ぎ合わせた。
ジャキーーーン!!
それは忽ち三叉の矛(海神のトライデント)に様変わりする。じわじわと浮上してくる使徒に矛先を向けたマリは使徒の球形の胴体近くで無数の触手で覆い尽くされている弐号機の赤い機体を認める。
「見つけたぞ!!あれだな!!ドリュー!!待ってろ!!このお…どちくしょーがあ!!」
三叉矛を突き立てながらマリは突っ込んでいった。
Ep#09_(16) 完 / つづく
※ ATフィールドは原作中ではAbsolute Terror Fieldですが、この原作設定は本作ではちょっと使い辛いので”絶対領域場”という形に改変しています。予めご承知置き下さい。
(改定履歴)
13th Sept, 2010 / 誤字修正
29th Sept, 2010 / 表現修正
14th April, 2011 / 改行修正
6th Sept, 2012 / 誤字修正
PR
カテゴリー
※ はじめての方は「このサイトについて」をご一読下さい。
最新記事
(06/10)
(12/04)
(11/22)
(11/20)
(11/16)
(09/13)
(09/06)
(07/30)
リンク集
* 相互リンクです
※ 当サイトはリンクフリーです。リンクポリシーは「このサイトについて」をご参照下さい。
ブログ内検索
カウンター
since 7th Nov. 2008