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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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番外偏 / der Berg Asama 思い出 (3)
(本文)

「あ~、極楽、極楽…」

湯煙の向こうでミサトの声が聞こえて来た。

露天風呂の流しで夕日に照らされながら身体を丹念に洗っているレイを食い入る様に見つめていたアスカは思わず声の方を振り返る。

ミサトは紺屋荘と書かれた白いタオルを四つ折にして頭の上に乗せて湯に肩まで浸かっていた。

アスカの視線に気が付いたミサトはにやっと笑うと露天風呂の淵に何も身に付けずに腰掛けているアスカの横ににじり寄ってきた。

「あんた自分のタオルは?」

「タオル?ここにあるわよ」

アスカは自分が腰掛けている露天風呂の岩の部分を指差した。座布団代わりに使っているのを見るとミサトはゲラゲラ笑い始めた。

「な、何がおかしいのよ!大体、日本のBad(独: 浴場)はいちいちルールが多すぎるのよ!」

「まだ何も言ってないじゃん」

「言ってないけど大体分かるわよ!アンタのそのジャアクな顔を見れば!」

「しっつれいね!あんた!何よその邪悪ってのは!」

バシュー!

突然、水柱が立つ。

ミサトとアスカは音の方を一斉に見る。黒いホースがまるで生き物の様にお湯をそこかしこに掛けながらのた打ち回っていた。

レイが石鹸をシャワーで落そうとしてカランから切り替えた途端にシャワーの柄とホースが分離したのだ。

「使徒…みたい…」

「し、使徒じゃないわよ!アンタ!バカじゃないの?さっさとバルブ閉めなさいよ!」

「ははは!レイ!今の最高だわ!あんたのネタにすれば?」

レイは慌てることなくゆっくりとした動作でお湯と水の蛇口を両手で閉める。黒いホースはやがてぐったりと動かなくなった。

「使徒殲滅!Mission Completed!」

ミサトがレイの方を愉快そうに指差した。

「Mission Completed…か…」

アスカは下を向く。
 
「ミサト…」

「ん?何よ」

「調べたんでしょ?アタシのこと…」

ミサトはアスカの質問の真意を図りかねて笑うのを止める。眉間に皺を寄せた。

「そりゃ…一応…仕事だかんね…」

ネルフの経歴ファイルの事言ってんのかしら…急に…どうしたっての…深刻な顔してさ…

「いてっ」

ミサトは顔をしかめて右のわき腹を押さえる。

「どうしたの?ミサト。そのキズ…」

「ああ…これは…昔の古傷ってやつかな…」

泡を落したレイがタオルを頭の上に載せて露天風呂に入ってきた。

ミサトもアスカもお互いにそれ以上、何も言わなかった。

「Mission Completed...」

ボツっとレイが独り言の様に囁く。セミの音だけが聞こえていた。





 
2014年春 / ベルリン 雪



「Mission…Completed…」

メインモニターと各オペレーターのディスプレー以外に部屋の明かりがない薄暗い部屋によく通る少女の声が響き渡る。

それを合図にしたかの様にあちこちから安堵の吐息が漏れ、続いて雑談する声が聞こえ始めた。

しかし、ミサトはそれには目もくれず鋭い目つきで各データサイトから送られてくる数字をチェックしていた。

ミサトの隣にいたブラウンヘアの長身の男性オペレーターが嬉々とした様子で話しかけてきた。この部屋で交わされる会話は基本的に英語だった。

「キャプテン。前回に比べて8.2ポイントほどターゲットへの有効弾の着弾が向上しています!いやーさすがはフロイライン!お疲れ様です!」

お疲れ様です、だけは日本語だった。

ミサトは忌々しそうにチラッとだけオペレーターを見ると目を瞑って大きなため息をついた。そして腰に手を当てると吐き捨てる様に呟く。

「シュミット三尉。じゃあ…前のMissionで手を抜いてたのかしらね?私たちのフロイラインは…」

「ま、まさか!そんなのあり得ませんよ!」

ミサトはジロッとシュミット三尉を睨み付ける。

「いずれにしてもまだターゲットに対するアプローチに問題があるわ。兵器に問題がないならパイロット側のIssueってことになるわね。シンクロ率の極限を目指すためにトレセン送りにするしかないわ」

「ト、トレセン送り?!そんな…一体、何が問題なんです?パフォーマンスがアップする度にどうして…」

トレセンという言葉にモニターの中の少女が思わず顔を上げた。

「あたしはパフォーマンスなんか問題にしていないわ!生き残れる可能性があるかどうかが知りたいのよ!例え素人パイロットが搭乗したとしてもね!やる度にポイントがアップするというのはどこかに改善すべきファクターがあるという事よ!それがEva側なのか、それとも兵装にあるのか?無駄口を叩く暇があるならあんたはさっさとそれを見つける事ね!」

ミサトは肩を竦めるシュミット三尉からレシーバーを引っ手繰る。

「フロイライン?2300時からもう一本行くわよ!」

ミサトの声に一瞬、特務機関ネルフ第三支部の第一作戦室は水を打ったように静まり返る。

作戦室の一角からドイツ語で悪態を付く小さい声がミサトの耳に届くが一顧だにしない。モニターの中の少女はうちしがれた様な表情を浮かべる。

ミサトに集まる冷たい視線の中を掻き分ける様に綺麗な長いブロンドヘアをアップにした長身の女性士官がミサトに近づいていく。

「キャプテン(陸軍大尉の意。ここでは一尉)。お言葉ですがフロイラインは休憩もなく既に10時間もEvaの中にいます。せめて少し休憩を…」

ミサトは横目で見ただけで再び正面に視線を戻す。

モニターにはエントリプラグ内でぐったりした亜麻色の髪の少女の姿が見えた。少女に同情する声が聞こえてくる。

「ティナ。あんたの提案は却下する」

「ですが…」

ミサトは再びレシーバーを口に戻して指示を出す。

「聞こえないの?フロイライン?コースは同じくN-30。今度は左から目標にアプローチ。兵装はそのまま…」

「キャプテン!どうか話を聞いてください!」

ティナとミサトから言われた女性士官は思わずレシーバーを握るミサトの右腕を掴む。ミサトはティナに目をくれる事も無くそれを振り払う。

「あたしは伊達や酔狂でこのプロジェクトのリーダーをやってるわけじゃないのよ。フロイライン?用意はいい?」

モニターの中の少女は肩で小刻みに呼吸をしている。

ティナは小さく首を振るとミサトを睨む。

「キャプテン!お願いです!このままではフロイラインが…本当に死んでしまいますよ!」

「死ぬなら…死ねばいいわ」

「Was (英Whatに対応する独語) ?」

ミサトのこの言葉に二人のやり取りを見ていたシュミット三尉が思わず顔色を変えて立ち上がる。ティナがそれを静かに制する。

「Oh Nein(Oh, Noに対応する独語)!キャプテン!正気ですか?何と言う事を…」

ティナが思わず青い瞳を曇らせる。緊張した空気で作戦室は張り詰めていた。

その時、息も絶え絶えに少女の声が作戦室に響いてくる。

「キャプテン…指令室…パレットガンの銃身バランスが…前に偏っていると推定される…改善を…要求する…」

その声を聞いてその場に居合わせた全員が顔を見合わせる。ミサトは小さく舌打ちをしていた。

「やっと白状したわね、フロイライン。どうせそんな事だろうと思っていたわ。なぜ今まで黙っていたの?パイロット側が習熟度と技量でカバーしさえすればいいとでも思っていたわけ?飛んだ思い上がりだわ!」

「申し訳ありません…」

少女の声が小さく聞こえて来た。

ミサトの目が鋭くなる。

「聞こえないわ!今なんていったの?!」

「申し訳ありません!!」

ミサトは持っていたレシーバーを自分のすぐ横に立っているシュミット三尉に投げて渡した。

「ふん!それに加えて暗視スコープの照準も右か左かどっちかに少しずれてるんじゃないの?」

「…はい…右に0.5から1.2の間で…」

少女の言葉が終わらないうちにミサトは思いっきり近くにあったファイルキャビネットを蹴る。


ガシーン!


一瞬で作戦室が静まり返る。もはや物音一つしなかった。

「この大バカ野郎!!推定される原因は何だ!!」

「し…振動に…特に縦揺れに…」

「キャプテン…パイロットの神経波形が乱れつつあります…このままでは…」

向こうの方で第三支部で唯一のフランス人であるジェロームが躊躇いがちに声を上げた。

「ふん!パイロットのMission完了を確認した!機体回収シーケンスに入れ!それから技術班は弐号機の回収が完了次第、スコープのショックアブソーバーを直ちにチェック!明日のこの時間に間に合わせて!」

ミサトは大音声を上げると足早に出口に向かっていく。

「あの…キャプテン…パイロットが気を失いましたが…?」

足を止めるとミサトはジェロームを鋭く睨み付ける。

「Evaの中でフロイラインを一泊させたくなかったらマニュアルモードにでも切り替えて回収すれば?あたしはこれで上がるわよ!」

「了解…」

ミサトはそのまま部屋を出て行った。

「くそ!まるで悪魔だ…」

シュミット三尉がレシーバーをデスクの上に放り投げた。

シュミット三尉の傍らではティナがモニターの中の少女にドイツ語で必死に呼び掛けていた。

呼び掛けは空しく作戦室に響くだけだった。





 
「アスカ…アスカ…」

「…うう…」





アスカはカッと目を見開くと古びたマッサージチェアからガバッと上体を起こした。

その勢いにアスカの肩を揺すっていたシンジは驚いて思わず手を離して飛び退いた。

「N-30…Target would be…would be…あれ?」

「ど、どうしたの?何か…魘(うな)されてたみたいだけど…」

アスカはキョロキョロと辺りを見回す。

露天風呂と大浴場を繋ぐ連絡廊下の片隅に置いてあるマッサージチェアに「紺屋荘」の浴衣を着て座っていた。頭にも同様に部屋に置いてあったタオルを巻いている。

そして自分の隣に同じく浴衣姿のシンジが心配そうなまなざしを自分に向けているが目に入った。

日はすっかり傾いて西の山裾を僅かに照らしているのがガラス窓越しに見えた。遠くでは蜩(ひぐらし)が鳴いている。

「ゆ、夢…だったんだ…」

「アスカ、大丈夫?」

「う、うん…ありがと…」

シンジは小脇に着替えと使った後の歯ブラシを抱えていた。アスカはゆっくりと起き上がる。

「いつの間にアタシ…どれくらい眠ってたんだろう…」

「今日は一人で活躍したからね。きっと疲れてたんだよ」

シンジが躊躇いがちに言う。

活躍って…何よ…それって…嫌味のつもり…?

シンジを見るアスカの目が鋭くなる。アスカがシンジに反論しようと口を開いた瞬間だった。それよりも早くシンジがアスカに話しかけてきた。

「ねえ、さっきさ。お土産屋さんを見つけたんだ。一緒に行って見ない?」

「えっ!お、おみ・・・もみ…」

シンジがにっこり笑って大きな黒い瞳でアスカを見ている。二人の視線がぶつかる。

アスカはいつもの習慣でシンジの目をじっと見た。

あれ…?

思わず吸い込まれそうな錯覚を覚える。そして慌ててアスカは目を逸らした。鼓動が早くなっているのに気が付いた。

や、やだ…な、何なんだろう…コイツの目を見るのは初めてでも何でもないのに…何か…緊張する…

相手の目を見て話すのが基本のドイツでは急に視線を逸らすのは自信の無い現われ等、あまりポジティブな印象を相手に与えない。今まではずっとシンジの方が自分よりも先に視線を逸らしていた。

おかしい…何でだろう…きっと助けられたから…それが引っ掛かってるんだ…

全く!余計な…おせ…わ…

じゃないわ…あれがあったから今のアタシがいるんだもの…なのに…お、お礼もまだ言ってない…

シンジはアスカが視線を逸らしたまま俯いているのを不思議そうに見ていた。

「あ、あの…行かないの?」

「う、うるさいわね!」

「ご、ごめん!じゃ、じゃあ僕だけで…」

「行くわよ…」

「えっ?今なんていったの?」

アスカはキッとシンジの方を見る。顔を真っ赤にしていた。

「だ、だから!アタシも行くって言ったのよ!鈍いわね!アンタ!ど、何処にあるのよ!その…モミアゲって!」

「ええ!も、もみあげ…?えっと・・・」

多分…お土産屋に一緒に行ってもいいってことなんだろうけど…聞き返すと機嫌を損ねるかもしれないし…で、でも…もし本当にもみあげだったら…

「何よ!遠いの?そこ…」

「い、いや…すぐそこなんだけど…廊下を左に曲がってすぐのところ…」

「そ、そう…なんだ…ど、どうでもいいけどさあ!アンタ!ちゃんとエスコートしてよね!」

そういうとアスカは躊躇いがちにシンジの浴衣の袖を握ってきた。

「う、うん…」

二人はぎこちなく並んで歩き始める。

パタ…パタ…パタ…

スリッパの音だけが廊下に響いていた。
 




der Berg Asama_(3) 完 / つづく 




(改定履歴)
7th June, 2009 / 統合によりエピソード#の採番変更
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