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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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番外編 ドイツ新生活補完計画 (Part-8)

ゲヒルン研究所の実質的な技術トップにキョウコを抜擢したゲンドウ。
ゲヒルンの理事の一人であるゲオルグ・ハイティンガーとの再会を果たす。
セカンドインパクト前夜に二人は南極で出会っていたのだ。
「すまない…ツェッペリン…」
「ミスター碇…」
もう一つの悪夢…アダム計画とは…
不器用すぎる大人たち

Asuka Zeppelin plays der Erlkoenig.
(本分)


第38プログラムの進捗報告が終わると泡を吹いて2人の若い研究員に抱えられて退出したヘルムートに代わってゲンドウが散会を告げた。
 
波乱の開発会議が終わった。ゲンドウは一人で大プレゼンテーションルームを後にする。その場に居合わせた全員が無言のままその後姿を見送っていた。
 
イェーゲンはボーっとしていたが背中を突かれてハッと我に帰る。長い栗毛をアップにした同じ研究室のラインヒルデ・ヴェルナーだった。
 
「ねえ、イェーゲン。いいの?」
 
「え?な、何が?」
 
「何がじゃないわよ…あなた、ミスター碇のお世話しなくていいの?主幹に怒られるわよ?」
 
「う、うん…そうだね…」
 
イェーゲンはラインヒルデに促されてゆっくり立ち上がった。
 
「ヒルダ、あのさ…」
 
「何よ?」
 
「その…よかったね…僕らクビにならなくて…」
 
「そうね。ここを辞めてもずっと政府の監視がつくし、転職なんて実質的に無理だもんね。面倒な事にならないでよかったわ」
 
イェーゲンは急いでゲンドウの後を追った。
 
 


ゲンドウの後を追いかけるイェーゲンは長い廊下を曲がったところでゲンドウとその後を追いかけている意外な人物の姿を見て思わず身を隠した。
 
な、何で…僕が隠れなきゃいけないんだろう…
 
ゲンドウが廊下を歩いていると小走りに追いかけてくるハイヒールの足音が聞こえて来た。
 
「あの、ミスター碇…」
 
躊躇いがちにかけられた言葉にゲンドウが足を止めて振り返るとそこにはキョウコが立っていた。
 
「何だ?」
 
「一言お礼を申し上げたくて参りました…チャンスを下さって…ありがとうございました…感謝しています…」
 
 
ゲンドウはパッと目を逸らすとサングラスを僅かに持ち上げた。
 
「勘違いするな。第36プログラムは弐号機開発において最重要課題だ。目的達成のために現状において最善の判断を下した、ただそれだけのことだ…」
 
「はいそれは分かっているつもりですが…でも…」
 
キョウコは一旦言葉を切ると意を決した様に再びゲンドウを見た。相変わらずゲンドウは目を合わせようとしない。
 
「どうして私を技術部長代行に?」
 
「その件についての質問は許さんと言った筈だぞ…ツェッペリン…」
 
「も、申し訳ありません…」
 
キョウコは一礼するとその場を後にしようとした。
 
「お前にしか出来ない…」
 
「え?」
 
ゲンドウの小さな声にキョウコは思わず足を止めて再びゲンドウに向き直った。ゲンドウは両手をズボンのポケットに突っ込むと廊下にずらっと掲示されている研究者たちの研究成果のポスターに目を向ける。
 
「お前以外に弐号機は計画通り完成させられん…今日、それを確信したのだ…それ以外に理由は…無い…俺は1分たりとも立ち止まるわけには行かないんだ…その為に力を貸して欲しい…」
 
「ミスター碇…」
 
「以上だ…」
 
キョウコがゲンドウに何事かを言いかけた瞬間、二人の間に長身の銀髪の男が割って入ってきた。男を見るゲンドウの目が鋭くなる。
 
「ゲオルグ…久し振りだな…」
 
「またお会い出来て光栄ですな…ミスター碇…」
 
ゲオルグ・ハイティンガーは無造作に右手を差し出してきた。微妙な間合いが開いたが二人はどちらからともなく握手を交わす。
 
キョウコはどこかぎこちない二人のやり取りを少し訝しがった。いや、それ以上に二人が既知の仲であるという事の方が驚きとして大きかった。
 
「ゲオルグ…あなたミスター碇を知っているの?」
 
「やあキョウコ。技術部長代行の就任おめでとう…実にドラマチックだったよ…そうそう…あれは確か7年前(2000年)になりますかね?ミスター碇…お会いしたのは…」
 
「…そうだな…」
 
ゲンドウは気まずそうにわずかに背中をキョウコとゲオルグに向ける素振りを見せた。
 
「まあ…随分前から二人がお知り合いとは…意外でしたわ…」
 
キョウコがゲオルグとゲンドウを交互に見る。ゲオルグは無表情のままだった。特に懐かしむわけでもなく微妙な空気が流れるのを感じていた。
 
南の島で偶然にお会いしたというのが事始めでしたな…」
 
「ゲオルグ…お前と話したい事がある…後で私の部屋に来てくれ」
 
ゲオルグを遮る様に鋭くゲンドウが低い声を発した。キョウコは近寄りがたい雰囲気を感じ取って思わず後ずさりしそうになった。ゲオルグは臆することなく平然と応える。
 
「分かりました。それでは後ほど所長室にお伺いします。おっと…お話の邪魔をしましたな…それでは失敬…」
 
ゲオルグはチラッとキョウコに流し目を送ると足早に去って行った。キョウコがゲンドウの横顔を伺う。サングラス越しにぞっとする様な冷たい視線をしていた。
 
ミスター碇…一体…あなたとゲオルグはどういった関係なのですか…まるで昨日とは別人の様だわ…
 
ゲンドウは踵を返すと足早に去って行く。遠ざかる後姿にキョウコは声をかけることが出来なかった。他人を排除する様な強い空気が漂っていた。
 
ミスター碇とハイティンガー理事が知り合いだったなんて…

イェーゲンは廊下に立ち尽くしていた。 




ゲヒルン研究所の所長室は地上8階建ての本部棟の最上階にあった。南北の2方向がガラスで覆われ、フロアの半分を贅沢に使っていた。

ゲンドウは歴代のトップが着任と同時に時間を掛けて所長室を改装していた慣習を行わずに前任者の調度品や絵画などをそのまま引き継いでいた。
 
マホガニーの一枚板で作られた重厚な執務机は同じものを現代では作る事はほぼ不可能に近い逸品だった。
 
ゲンドウの目の前には革張りの椅子に腰掛けたゲオルグ・ハイティンガーの姿があった。
 
「如何ですかな?そのデスクの座り心地は?」
 
「別に何の感慨も無い…」
 
「ははは。それはそれは。実に勿体無い。その執務机と椅子は19世紀のハンブルクで作られた逸品でしてね。同じものをドイツ連邦政府の首相も使っていますよ。とても値が付けられない…ほとんど美術品と言ってもいいでしょうな…」
 
「そんな事はどうでもいい…ところであのでくの坊を誰が技術部長に任命したのだ?今般の計画の遅延はあの食う事しか能の無いヤツが原因だぞ」
 
「ちょうどよかった。私も実はその事であなたにお願いが一つあるんです」
 
ゲオルグはそういうと懐から一通の書類を取り出すとゲンドウの前に置いた。
 
「何だこれは?」
 
ゲンドウは書類を無愛想に手繰り寄せると目を走らせる。
 
「ヘルムートの異動辞令です。私が用意させました。署名をお願いします」
 
「やけに手回しがいいがそれだけではあるまい?」
 
書類からジロッとゲンドウが視線をゲオルグの顔に向けた。ゲオルグは相変わらず無表情だった。
 
「ご明察です。トリア行きは取り止めにしてせめて ポツダム にしてもらえませんか?というお願いでもあります」
 
「ポツダムだと?ふん。よっぽどベルリン近辺から離れたくないらしいな。あの風船達磨がどこに飛ぼうと私の知ったことではないが断る」
 
ゲオルグは小さくため息をつく。
 
「ミスター碇…ヘルムートを任命したのは(人類補完)委員会ですよ?」
 
「だからなんだと言うんだ?ゲヒルン職員の生殺与奪は私が委員会から担保されている筈だ。誰が任命しようと知ったことではない。任命責任を取ると言うのなら多少の興味はあるがな」
 
「これは政治の話ですよ。ミスター碇。少しは賢く立ち回られた方がいいのでは?」
 
「私は政治には一切興味がない。Evaが出来ればそれでいい」
 
ゲンドウは手に持っていた書類をゲオルグの前に投げた。
 
「しかし…」
 
「ゲオルグ、この話は以上だ。そんな事よりもお前にA計画のことで確認したい事がある」
 
「A計画…」
 
僅かにゲオルグは眉間に皺を寄せる。
 
「そうだ。葛城たちが覚醒を始めたアダムを防ぐために(ロンギヌスの)槍を使い、そして人間のDNAをダイブさせた」
 
「それが何か?」
 
「A計画はあくまでEvaを作り出すためにアダムを胎児化して蘇生することにあるが、あのProcedure(手順)だけはどう考えても余計だとは思わないか?それに…」
 
「…」
 
「あの時…葛城が用いたDNAはお前が持ち込んだものだ」
 
ゲンドウの言葉にゲオルグは両手を挙げて見せた。
 
「…さすがは…碇ゲンドウ…目ざといですな…あのユイが見初めただけの事はありますな…」
 
「ふん。柄にも無い事を言うな。お前らしく無い。で?何が目的だったんだ?」
 
「それはリリスと同じ理屈ですよ。ミスター碇」
 
「何だと?」
 
ゲンドウが思わず片方の眉毛を吊り上げる。
 
「ふふふ。お互いにあまり詮索しない方がいい事があるのではないですか?ということを申し上げているのですよ」
 
ゲオルグは不敵な笑みを口元に浮かべていた。ゲンドウはゲオルグを睨んでいたがやがて同種の笑みを浮かべる。
 
「そうかな。アダムは我々にとって忌むべき存在だ。リリスとは行為は同じでも意味が異なる。リリスの魂は確かにサルベージに成功したがアダムの魂の所在はA計画において少々問題とは思わんかね?」
 
「ほう…散々あなたにこれまで回答を委員会が求めていたリリスの件をようやくお認めになるのですね…?」
 
「まあな…一種の取引だ…タダでとは言わん…お前も老人たちに手土産が必要だろうからな…あのDNAはどうなった?いや…魂は今何処にある?」
 
二人の視線が交錯する。たちまち部屋の空気が緊迫していく。
 
「…」
 
「ゲオルグ。同じ事は二度聞かんぞ」
 
すごむような視線をゲンドウはゲオルグに送る。ゲオルグは少しも動じることなくゆっくりと口を開いた。
 
「DNAはドイツから持ち込みました。そしてドクター葛城がそれをアダムにダイブさせた結果、そこから一人の男の子が生まれました。それをズィーベンステルネが保護してこのベルリンで密かに育てています」
 
「ズィーベンステルネだと?下らん名前を付けたものだな。国連(実質的に人類補完委員会)がバレンタイン条約に基づいてドイツから接収したナチの精神化学兵器研究所のことだろう…」
 
「そうです。そこでEins(独語の1)にちなんでアインと呼ばれています。またの名をアダム・フォン・ツェッペリン…」
 
「な、何だと…」
 
ゲンドウは思わず立ち上がりかけた。
 
俺が日曜日に会ったエリーザはアダムと実質的に異父兄妹…ということか…そうか…そういうシナリオか…
 
「DNAはツェッペリンから採取されたものです。勿論、本人がこの事を知る由もありませんがね…」
 
「…貴様…まあいい…なぜダイブさせるDNAはツェッペリンでなければならなかったのだ?」
 
「それは私が関知する領域を超えますな…全ては委員会からの指示によるものですからな…」
 
「私も知らなかった事だ…委員会ではあるまい…Seeleの差し金…だな…?」
 
「それはご想像にお任せします」
 
こいつ…
 
ゲンドウはゲオルグを見る目に力を込めていた。
 
「私も他ならぬあなただからこそここまでお話したのです。E計画を予定通り進め、そして来るべき時に備えてS計画にアップグレードする…それをお忘れなき様に…」
 
ゲオルグはすっと立ち上がると一礼して所長室を後にした。ゲンドウは目を閉じると両肘を机に突いて両手を組んだ。
 
S計画へのアップグレードは断じて見過ごす訳にはいかん…贖罪の儀式の芽は早めに潰すに限る…
 
「すまない…ツェッペリン…出来ればこういう形で出会いたくはなかったものだ…」





番外編 ドイツ新生活補完計画(Part-8) 完 / つづく






(改定履歴)
17th Mar, 2009 / 表現修正
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