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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第12部 Tempest 涙


(あらすじ)

加持さん…一人で頑張るって決意したのに…それももう出来なく…
思いっきり奏でればいい…凍て付くベルリンに流れるテンペストの様に…


※ どうでもいい話ですが、このストーリーをUPしている時に作者は涙が出そうになりました(自己満の類なので気にしないで下さい)。
(本文)


21:35

「お姫様?ちょっと!じゃああんたがアスカを連れてった訳?」

ミサトの横を通って回廊に向かっていた加持は足を止める。

「連れて行った?俺が?何の事を言っているんだ?」

「惚けないでよ。あんたに出くわす前にあたしがどんだけアスカを探したか分かってんの?作戦本部のところに行くと荷作りが途中で投げ出されてるしさ!サボテンも割れてるし、セキュリティーカードを入れた財布も、それから!この携帯だって置きっぱなしだったし!ラチられたのかと思ってビックリするじゃん!」

加持の鼻先にアスカの携帯をミサトが突き付ける。加持の顔がみるみる険しくなっていく。

「カードも持たずに…そうか…やられたな…」

「ん?あんたじゃないの?」

ミサトはいつになく深刻な顔つきをする加持を見て徐々に声のトーンを落していく。

「残念ながらな…実はここ(本部)に忍び込んだ後、アスカとコンタクトしたんだ。タイミングがいいのか悪いのか、シンクロテストの後のミーティングの後だった…」

「ま、マジで!?あんた…シミュレーションルームの近くにいたわけ?」

「まあな…」

ミサトはため息をついた。

「MAGIは完璧だ、が聞いて呆れるわ…ウチのセキュリティーってどうなってんだろ…」

「いや、MAGIは完璧さ。恐ろしいくらいにね。完璧と言う事は辻褄が合えば完璧に疑われないという事だが、MAGIが並みのインテリジェンスシステムと違うのはジレンマがあるという事。まあそのうち気づかれるだろうがな…長居は墓穴を掘りかねない。歩きながら話そう」

そういうと加持は足早に回廊に向かって再び歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!あんたと逸(はぐ)れたらこんなバケモンがいるところで…冗談じゃないわよ!」

ミサトは慌てて加持の後について行く。

アダム…ここで会ったが百年目…と言いたい所だけど…命は預けておくわよ…全てが片付いたらありったけのN2爆雷で、いやEvaで八つ裂きにしてやる!

加持はいつになく自分が高揚しているのを感じていた。その空気をミサトは敏感に読んでいた。

同じだ…加持のこの雰囲気…ベルリンにいた時と…この感じ…ベルリンの女に執着するのは同じだけど…邪推だったってことか…一片の甘さも無い…あまりにも切ないわ…一体…あんたとアスカは何なのよ…

加持はやり場の無い怒りを押し殺していた。

いい訳はしない…如何に向こうの動きが予想以上に早かったとは言え…君のRitterだと言って置きながら…結局俺は一人の少女ですら救えない・・・地獄から這い上がってきても所詮はこの体たらく…

明らかな自嘲が浮かんでいた。





 
17:45

シミュレーションルームのゲートが閉まる音が後ろから追いかけてくる。アスカは俯き加減で長い廊下を歩き始めた。

パイロット更衣室に向かう最初の角を曲がったその時だった。

「静かに」

いきなり後ろから口を塞がれ、間髪入れずに右手首を掴まれる。

「んん!!」

バサッ

廊下にブリーフィングの時に配られた資料ファイルが落ちる。

だ、だれ…?!発令所にも近いこんなところで!!

突然の予期せぬ事態にアスカは一瞬、パニックに陥る。黒い影はアスカの自由を奪うとそのまま軽々と背後から抱えあげる。

手馴れている…明らかに手練(てだれ)だ…観念したと見せかけて…一気に…

あっという間に近くの作戦部の倉庫に引き込まれた。

「アスカ…俺だ…」

アスカが左腕で相手に肘鉄を入れようとした瞬間、聞き慣れたその声に思わずハッとする。驚いて振り向くと

そこには加持が立っていた。

アスカと目が合った加持は軽くウィンクをすると口を塞いでいた手を離した。濃紺の特別監査部の制服を着ている。

「か、加持さん!ど、どうして!こんな…」

「しー!話は後だ。悪いが廊下に残した物を回収してここにまた戻ってきてくれるかい?」

加持は声を落してアスカに軽く微笑みかける。しかし、真剣な目つきがやんごとなき事情があることを物語っていた。

アスカも小さく頷いた。

「わ、分かった…」

アスカがファイルを抱えて加持のいる倉庫に戻って来ると、加持は執務机やキャビネットが乱雑に入れられている倉庫の中を注意深く調べていた。

加持の逞しい後姿を静かに見つめていたアスカは息苦しくなってくるのを感じていた。

加持さん…アタシ…もう…ダメになっちゃった…折角…一人で頑張るって決意したのに…それも…もう…出来なく…

マグマの様に押さえつけていた感情が吹き上げてくる。アスカの気配に気が付いた加持がゆっくりと振り向く。

アスカは倉庫の入り口付近で立ったまま下を向いていた。今にも泣き出しそうだった。

痛々しいその様子に加持は思わず目を細めた。

そして次の瞬間…


え…え…

ひ…ひ…

えぐ…


ん?何だ?この声は…ま、まさか!

加持は自分の目を疑った。

アスカは目を開いたまま…まるで過呼吸の様に涙無く小刻みにか細い断続的な声を上げ始めた。涙の無いその姿は奇異なものでしかなかった。

しかし、事情を知るものにとっては余りにも切なく哀れな「涙なき涙」だった。

ば、バカな…こんなことが!

「Aska…Mein Prinzessin…Warum(独語: Whyに対応する語)…Was weinst du (何で君は泣いてるんだい)…?」

「ひ…ひ…う…weiss nicht…was…(分からないの…)」

加持はアスカを引き寄せると力強く抱き締めた。

涙が…涙さえあれば…どんなに君は救われるだろう…涙が無くて便利だと気丈に振舞っていた君…だが…今はそれが余りにも悲しすぎる…涙の無いその顔が…そして泣き声が…それがこんなにも…こんなにも悲しい姿だとは!

加持は思わず天を仰いだ。

あり得ない!こんな無情が…いやこんな不幸が許されていい筈はない!神は!神は死んだのか!どうして…

「くそ…何てことだ…」

加持は不覚にも溢れる涙をアスカに悟られない様に窮屈そうに拭う。乱れる呼吸を懸命に整えようとしていた。

「もういいんだ…アスカ…実は今日は君を迎えに来たんだ…一緒に農園に行こう…」

アスカは加持の腕の中で小さく無言のまま頷いていた。

「すまないが…まだ仕事が一つ残っているんだ…それが終わったら迎えに行く…落ち合う場所は…」

アスカは加持の背中に回していた手に力を込めていた。



心無き者は君の声を…姿を…異様に思うかもしれない…

しかし、俺にとっては世界で最も哀しいが美しい旋律だよ…

恥じる事は無い…思いっきり奏でればいい…

凍て付くベルリンに流れる テンペスト  (ベートヴェン ピアノソナタ第17番二短調Op31-2)の様に…







Ep#06_(12) 完 / つづく
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