新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第8部 The eve of the night 血戦前夜 (Part-1)
(あらすじ)
第二東京市。新市ヶ谷の国防省に戦略自衛隊総司令官となった長門忠興が姿を見せる。国防省内では山本国防相以下の幕僚が集っていた。一方、A645発令の準備を進めていた川内はある重要な決断を迫られていた。
(あらすじ)
第二東京市。新市ヶ谷の国防省に戦略自衛隊総司令官となった長門忠興が姿を見せる。国防省内では山本国防相以下の幕僚が集っていた。一方、A645発令の準備を進めていた川内はある重要な決断を迫られていた。
シンジの退院前夜…
その夜も更けて月もすっかり高くなっていた。
首相官邸で内閣官房副長官(事務担当。副官房長官の中で筆頭に当たる)川内は3人の男たちに自室で会っていた。
長身痩身の加賀内閣調査室長と対照的に小柄な三笠内閣保安室長、そしてもう一人は阿賀野外務省国連局長だった。
三人を前に川内は思慮深い顔に更に深い皺を寄せている。
「…そうか…それでは既に赤い薔薇はこの世にない…か…」
「はい…残念ながら…2008年12月30日にひき逃げに遭って翌31日に京都市内の病院で死亡が確認されています」
川内はタバコを黒壇の執務机においてある灰皿に押し付けると天を仰いだ。
「副長官…この場だから申し上げますが…」
加賀はチラッと隣に同じ様に立っている三笠と阿賀野の様子を一瞬伺い、再び正面に座っている川内に視線を向けた。
「那智サナエは…元内務省の特報局(特殊情報局)の日本課員で赤い薔薇とは…」
「そうだ…特報局内でのコードネームだった…」
川内はため息混じりに呟いた。今にも消えそうな小さな声だった。
阿賀野は育ちの良い何処かの御曹司の様なエリートを絵に描いた様な顔をしていたが、その甘いマスクとは裏腹にユーラシア大陸をバックパック旅行で横断した経験を持つ逞しさを備えており、「今剃刀」とあだ名される機知に富んだ男でもあった。
「カミソリ」とは日露戦争当時の外相である「陸奥宗光(現首相の陸奥とは無関係)」の再来という意味が外務省内ではあるらしいがその由来は定かではなかった。
「驚いたな…まさか…本当に特報局が存在するとは思いませんでした…」
加賀は阿賀野の言葉に無言で頷く。
「これは…恐らく副長官もご存じない事だと思いますが…」
加賀がまるで自分を落ち着けるかのように一呼吸の間を空ける。
「実は…那智サナエは…父親は不明ですが一女をもうけていました…」
「なんだと…」
加賀の言葉に川内と三笠は思わず身を乗り出していた。川内は老人とは思えない鋭い眼光を加賀に向ける。
加賀はそれに臆することなく小さな手帳を手入れの行き届いたスーツのポケットから取り出す。
「2001年4月1日に京都大学付属病院で生まれて名前は那智サチコ。今年で14歳の筈ですが京都市内の公立小学校に通っていた事までは確認出来ましたがその後は行方不明…現在、天城君(内務省特報局長)の方で探索が進んでいますが、行方不明になったのは母親の事故の日と同じですので恐らくは…」
「敵の手にかかったか…」
川内の言葉に加賀は静かに頷いた。
「ちくしょう…」
三笠が吐き捨てるように呟いた。
阿賀野が静かに口を開いた。
「こうなった以上は一刻も早くA645発令を閣議決定に持ち込むべきでしょうね」
隣に立っていた三笠が驚いたような顔をして阿賀野の方を見る。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、阿賀野さん」
「何?三笠君」
阿賀野だけが全く平然とした顔をしていた。四人の中で一番緊張感が無い。
現状を全く把握していないのか、それとも高度に自分の感情をコントロールできるのか、外務省嫌いの三笠は後者である事を内心祈っていた。
「A645のためにはネルフとうち(日本政府)との密約の構図を明らかにする必要があるって話だったじゃないですか?」
「そうだね」
全く無駄の無い阿賀野の答えは三笠の癇に障る。実に官僚の中の官僚といった印象だ。
「…だから…加賀さんと天城さんが赤い薔薇を必死なって追っていたんじゃないですか」
三笠はなぜ自分が苛立っているのかその理由が自分でも分からなかった。
「それは分かってるけど赤い薔薇のルートが望み薄な以上、そこに拘っても仕方が無いし、それに多分もうもたないよ?陸奥さんは…」
こいつ…
三笠は既に陸奥政権が倒れた後の事をシミュレーションして動こうとしている阿賀野を生理的に受け付けることが出来なくなりつつあった。
「密約の存在は確かに興味深いし、その中身次第ではさすがに陸奥さんでも…いや違うな…あの陸奥さんだからこそA645(Valentine Council特権の放棄乃至は条約の破棄)を恐怖の余りとち狂って決断するかもしれないけどさ、所詮は揺さぶり材料の一つだよね?」
「ま、まあ確かに…」
珍しく三笠が畳み掛けられていた。
入省暦が年長の阿賀野への遠慮も多少あるにせよ、それだけ阿賀野の言う事は腹が立つほど正論だったために反論出来ない、それが釈然としない思いを三笠に与えていた。
「だろ?だったら時間を掛ければかけるほどまずいと思わない?支持率が過去最低で臨時国会も野党に押しまくられて世論はネルフとその一味と思われている自由党に厳しいだろ?こんな状態で最後の砦の衆院を解散なんて伝家の宝刀どころか鈍ら刀以下の価値しかない。臨時補正予算を通すという大仕事が残ってるのにこれが出来なかったら解散も出来ず総辞職になってしまう。でも総辞職だけでは国民がもはや納得しないから結局は解散するしかなくなるけどさ、あの陸奥さんも総辞職して総選挙っていう最低のシナリオは避けるんじゃないの?」
「…」
川内は目を瞑ったままだった。
ただ一人、加賀だけが阿賀野の言に頷いていた。
あの三笠君を簡単に言葉だけで押さえつけるとはな…相手を自分のペースに引き込む交渉力は流石にディベート国家のアメリカと真っ向渡り合っている者の成せる技…なのだろうか…
阿賀野のテノールが響いている。
「だから早くペーパー(法改正を伴わない各省庁における法検討作業)を捌かないと切羽詰った状態になるとあの陸奥さんでもA645を決断するかどうか微妙だと思うな…まして極右政党の仮面を隠す国民党の天下が来ると絶対A645なんて無理だよ?シレッと「支持率を上げる秘策」とか適当な事を言ってさ、シャンシャンと持って行った方がいいんじゃないの?もう今しかないと僕は思うけどなぁ…タイミング的にさぁ…どう思われます?副長官」
三笠が怒りを必死になって抑えているのが加賀にも分かった。場の雰囲気を和ませるために加賀が口を開こうとしたその時だった。
話を振られた川内が静かに目をあけると重々しく口を開いた。
「阿賀野君の言う事はもっともだ…恐らく…赤い薔薇を欠いた状態での(A645発令の)閣議決定はこのタイミングを置いてあるまい…」
全員の視線が川内に集中する。
「だが…あと1週間ほど特報局の報告を待ちたい…」
意外な言葉に阿賀野が怪訝な顔つきをする。
「1週間ですか?副長官。お言葉ですがそれはのん気過ぎると思います。かなり政局が動いている可能性が高いですよ?」
ずけずけと物を言う阿賀野を三笠が隣から睨みつけている。
加賀は川内を見る目を細めていた。
副長官…どうやらそのご様子だと天城君以外に待っているものがおありの様ですね…ですが・・・これは大きな賭けになります…私は…
「私も阿賀野さんと同意見です…副長官…恐らくこの一週間が陸奥政権の山場です…今しかありません…」
「か、加賀さん…キヌさん(鬼怒川国防事務次官)の意見を聞いてからでも…」
仲間だと思っていた加賀が阿賀野に同意した事に三笠は驚いていた。加賀は申し訳なさそうな目を三笠に送る。
「三笠君…君も分かっているだろう…陸奥さんを取り巻く情勢はきわめて深刻だ…政権はもう決壊寸前だよ…鬼怒川さんがこの場におられても阿賀野さんに賛同されると思う…」
三笠は尚も食い下がる。
「そうでしょうか?キヌさんはこれまで散々ペーパーの検討を忙しい中、関係省庁を回って取り纏めて来ましたし、戦自への内偵(調査)も進めて来られました。赤い薔薇の解析とネルフの全貌を解明する事には思い入れが…」
「思い入れがあるのは君の方だろ?三笠君。人類の歴史はまさに精神との摩擦。その摩擦の最たる舞台が政治であり、最終手段こそが戦争、つまりは人類の闘争というわけさ。人類の政治史、いや歴史そのものが戦いそのものなんだよ。それ故に政治は時として血を通わせてはいけない時がある。ここが決断の時なんだよ」
阿賀野が三笠を遮る様に冷たく言い放った。
しかし、川内に決断を迫るために阿賀野が畳み掛けている事は明白だった。川内は腕を組むと再び目を瞑った。
加持…マルドゥック攻略は我々…特報局員にとって悲願でもある…今…貴様は何処まで迫っておるのか…僕は…君を待つべきなのか…それとも…未完のまま強行すべきなのか…
副長官室にはエアコンの無機質な音以外の音は無かった。
出雲先生…那智…そして散っていった英霊たちよ…僕は…
三人は固唾を呑んで川内を見ていた。
僕は…残念ながら…英雄の器に非ず…だ…
やがて川内が目を開く。
「諸君。私はやはりネルフの究明を進めた上で堂々とA645の狼煙を上げる。世間に事実をさらす事も辞さん。過去の暗部に蓋をした状態ではその上に新しい人類の歴史を刻む事は出来ん。例えこの白髪首が曝され様とも私は真実と共に果てる覚悟だ」
川内の鬼気迫る言葉に一同は一斉に頭を垂れた。
バレンタイン国会の二の前にならねばいいですね…川内さん…
阿賀野は胸中で呟いていた。
副長官室を辞した阿賀野は一人離れて窓の外から月を見つめた。月明かりに照らされて阿賀野の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「To be or not to be. That’s the question. (生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ)」
昔、ハムレットを読んだ事があったが主人公の心境がいまいち理解出来なかったな…だが…今は分かる気がする…
阿賀野は両手をズボンのポケットに入れると再び人気の無い廊下を歩き始めた。
所詮は歴史を人間が作る事など出来ないんだよ…歴史はただの偶然の積み重ねに過ぎない…それを恰も時の為政者がドラマチックに決断した様に歴史家が脚色するんだ…まるで劇作家の様にね…
「だから俺は歴史の好きなヤツが嫌いなんだ…」
阿賀野は吐き捨てる様に呟く。
人間とはこうした生き物なんだ…知恵よりも情緒に流されるものなんだ…この不完全さは一体…何処から来るのか…
翌朝。
新市ヶ谷にある国防省に一台の黒塗りの車が入ってきた。
エントランスの前で止まると待ち構えていた報道陣が一斉にフラッシュを浴びせ始めた。それを押しのける様に警備に当たっていた国連軍兵士が割り込んで来た。
その夜も更けて月もすっかり高くなっていた。
首相官邸で内閣官房副長官(事務担当。副官房長官の中で筆頭に当たる)川内は3人の男たちに自室で会っていた。
長身痩身の加賀内閣調査室長と対照的に小柄な三笠内閣保安室長、そしてもう一人は阿賀野外務省国連局長だった。
三人を前に川内は思慮深い顔に更に深い皺を寄せている。
「…そうか…それでは既に赤い薔薇はこの世にない…か…」
「はい…残念ながら…2008年12月30日にひき逃げに遭って翌31日に京都市内の病院で死亡が確認されています」
川内はタバコを黒壇の執務机においてある灰皿に押し付けると天を仰いだ。
「副長官…この場だから申し上げますが…」
加賀はチラッと隣に同じ様に立っている三笠と阿賀野の様子を一瞬伺い、再び正面に座っている川内に視線を向けた。
「那智サナエは…元内務省の特報局(特殊情報局)の日本課員で赤い薔薇とは…」
「そうだ…特報局内でのコードネームだった…」
川内はため息混じりに呟いた。今にも消えそうな小さな声だった。
阿賀野は育ちの良い何処かの御曹司の様なエリートを絵に描いた様な顔をしていたが、その甘いマスクとは裏腹にユーラシア大陸をバックパック旅行で横断した経験を持つ逞しさを備えており、「今剃刀」とあだ名される機知に富んだ男でもあった。
「カミソリ」とは日露戦争当時の外相である「陸奥宗光(現首相の陸奥とは無関係)」の再来という意味が外務省内ではあるらしいがその由来は定かではなかった。
「驚いたな…まさか…本当に特報局が存在するとは思いませんでした…」
加賀は阿賀野の言葉に無言で頷く。
「これは…恐らく副長官もご存じない事だと思いますが…」
加賀がまるで自分を落ち着けるかのように一呼吸の間を空ける。
「実は…那智サナエは…父親は不明ですが一女をもうけていました…」
「なんだと…」
加賀の言葉に川内と三笠は思わず身を乗り出していた。川内は老人とは思えない鋭い眼光を加賀に向ける。
加賀はそれに臆することなく小さな手帳を手入れの行き届いたスーツのポケットから取り出す。
「2001年4月1日に京都大学付属病院で生まれて名前は那智サチコ。今年で14歳の筈ですが京都市内の公立小学校に通っていた事までは確認出来ましたがその後は行方不明…現在、天城君(内務省特報局長)の方で探索が進んでいますが、行方不明になったのは母親の事故の日と同じですので恐らくは…」
「敵の手にかかったか…」
川内の言葉に加賀は静かに頷いた。
「ちくしょう…」
三笠が吐き捨てるように呟いた。
阿賀野が静かに口を開いた。
「こうなった以上は一刻も早くA645発令を閣議決定に持ち込むべきでしょうね」
隣に立っていた三笠が驚いたような顔をして阿賀野の方を見る。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、阿賀野さん」
「何?三笠君」
阿賀野だけが全く平然とした顔をしていた。四人の中で一番緊張感が無い。
現状を全く把握していないのか、それとも高度に自分の感情をコントロールできるのか、外務省嫌いの三笠は後者である事を内心祈っていた。
「A645のためにはネルフとうち(日本政府)との密約の構図を明らかにする必要があるって話だったじゃないですか?」
「そうだね」
全く無駄の無い阿賀野の答えは三笠の癇に障る。実に官僚の中の官僚といった印象だ。
「…だから…加賀さんと天城さんが赤い薔薇を必死なって追っていたんじゃないですか」
三笠はなぜ自分が苛立っているのかその理由が自分でも分からなかった。
「それは分かってるけど赤い薔薇のルートが望み薄な以上、そこに拘っても仕方が無いし、それに多分もうもたないよ?陸奥さんは…」
こいつ…
三笠は既に陸奥政権が倒れた後の事をシミュレーションして動こうとしている阿賀野を生理的に受け付けることが出来なくなりつつあった。
「密約の存在は確かに興味深いし、その中身次第ではさすがに陸奥さんでも…いや違うな…あの陸奥さんだからこそA645(Valentine Council特権の放棄乃至は条約の破棄)を恐怖の余りとち狂って決断するかもしれないけどさ、所詮は揺さぶり材料の一つだよね?」
「ま、まあ確かに…」
珍しく三笠が畳み掛けられていた。
入省暦が年長の阿賀野への遠慮も多少あるにせよ、それだけ阿賀野の言う事は腹が立つほど正論だったために反論出来ない、それが釈然としない思いを三笠に与えていた。
「だろ?だったら時間を掛ければかけるほどまずいと思わない?支持率が過去最低で臨時国会も野党に押しまくられて世論はネルフとその一味と思われている自由党に厳しいだろ?こんな状態で最後の砦の衆院を解散なんて伝家の宝刀どころか鈍ら刀以下の価値しかない。臨時補正予算を通すという大仕事が残ってるのにこれが出来なかったら解散も出来ず総辞職になってしまう。でも総辞職だけでは国民がもはや納得しないから結局は解散するしかなくなるけどさ、あの陸奥さんも総辞職して総選挙っていう最低のシナリオは避けるんじゃないの?」
「…」
川内は目を瞑ったままだった。
ただ一人、加賀だけが阿賀野の言に頷いていた。
あの三笠君を簡単に言葉だけで押さえつけるとはな…相手を自分のペースに引き込む交渉力は流石にディベート国家のアメリカと真っ向渡り合っている者の成せる技…なのだろうか…
阿賀野のテノールが響いている。
「だから早くペーパー(法改正を伴わない各省庁における法検討作業)を捌かないと切羽詰った状態になるとあの陸奥さんでもA645を決断するかどうか微妙だと思うな…まして極右政党の仮面を隠す国民党の天下が来ると絶対A645なんて無理だよ?シレッと「支持率を上げる秘策」とか適当な事を言ってさ、シャンシャンと持って行った方がいいんじゃないの?もう今しかないと僕は思うけどなぁ…タイミング的にさぁ…どう思われます?副長官」
三笠が怒りを必死になって抑えているのが加賀にも分かった。場の雰囲気を和ませるために加賀が口を開こうとしたその時だった。
話を振られた川内が静かに目をあけると重々しく口を開いた。
「阿賀野君の言う事はもっともだ…恐らく…赤い薔薇を欠いた状態での(A645発令の)閣議決定はこのタイミングを置いてあるまい…」
全員の視線が川内に集中する。
「だが…あと1週間ほど特報局の報告を待ちたい…」
意外な言葉に阿賀野が怪訝な顔つきをする。
「1週間ですか?副長官。お言葉ですがそれはのん気過ぎると思います。かなり政局が動いている可能性が高いですよ?」
ずけずけと物を言う阿賀野を三笠が隣から睨みつけている。
加賀は川内を見る目を細めていた。
副長官…どうやらそのご様子だと天城君以外に待っているものがおありの様ですね…ですが・・・これは大きな賭けになります…私は…
「私も阿賀野さんと同意見です…副長官…恐らくこの一週間が陸奥政権の山場です…今しかありません…」
「か、加賀さん…キヌさん(鬼怒川国防事務次官)の意見を聞いてからでも…」
仲間だと思っていた加賀が阿賀野に同意した事に三笠は驚いていた。加賀は申し訳なさそうな目を三笠に送る。
「三笠君…君も分かっているだろう…陸奥さんを取り巻く情勢はきわめて深刻だ…政権はもう決壊寸前だよ…鬼怒川さんがこの場におられても阿賀野さんに賛同されると思う…」
三笠は尚も食い下がる。
「そうでしょうか?キヌさんはこれまで散々ペーパーの検討を忙しい中、関係省庁を回って取り纏めて来ましたし、戦自への内偵(調査)も進めて来られました。赤い薔薇の解析とネルフの全貌を解明する事には思い入れが…」
「思い入れがあるのは君の方だろ?三笠君。人類の歴史はまさに精神との摩擦。その摩擦の最たる舞台が政治であり、最終手段こそが戦争、つまりは人類の闘争というわけさ。人類の政治史、いや歴史そのものが戦いそのものなんだよ。それ故に政治は時として血を通わせてはいけない時がある。ここが決断の時なんだよ」
阿賀野が三笠を遮る様に冷たく言い放った。
しかし、川内に決断を迫るために阿賀野が畳み掛けている事は明白だった。川内は腕を組むと再び目を瞑った。
加持…マルドゥック攻略は我々…特報局員にとって悲願でもある…今…貴様は何処まで迫っておるのか…僕は…君を待つべきなのか…それとも…未完のまま強行すべきなのか…
副長官室にはエアコンの無機質な音以外の音は無かった。
出雲先生…那智…そして散っていった英霊たちよ…僕は…
三人は固唾を呑んで川内を見ていた。
僕は…残念ながら…英雄の器に非ず…だ…
やがて川内が目を開く。
「諸君。私はやはりネルフの究明を進めた上で堂々とA645の狼煙を上げる。世間に事実をさらす事も辞さん。過去の暗部に蓋をした状態ではその上に新しい人類の歴史を刻む事は出来ん。例えこの白髪首が曝され様とも私は真実と共に果てる覚悟だ」
川内の鬼気迫る言葉に一同は一斉に頭を垂れた。
バレンタイン国会の二の前にならねばいいですね…川内さん…
阿賀野は胸中で呟いていた。
副長官室を辞した阿賀野は一人離れて窓の外から月を見つめた。月明かりに照らされて阿賀野の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「To be or not to be. That’s the question. (生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ)」
昔、ハムレットを読んだ事があったが主人公の心境がいまいち理解出来なかったな…だが…今は分かる気がする…
阿賀野は両手をズボンのポケットに入れると再び人気の無い廊下を歩き始めた。
所詮は歴史を人間が作る事など出来ないんだよ…歴史はただの偶然の積み重ねに過ぎない…それを恰も時の為政者がドラマチックに決断した様に歴史家が脚色するんだ…まるで劇作家の様にね…
「だから俺は歴史の好きなヤツが嫌いなんだ…」
阿賀野は吐き捨てる様に呟く。
人間とはこうした生き物なんだ…知恵よりも情緒に流されるものなんだ…この不完全さは一体…何処から来るのか…
新市ヶ谷にある国防省に一台の黒塗りの車が入ってきた。
エントランスの前で止まると待ち構えていた報道陣が一斉にフラッシュを浴びせ始めた。それを押しのける様に警備に当たっていた国連軍兵士が割り込んで来た。
中から出てきたのは新しく戦略自衛隊総司令官に就任した長門忠興陸将捕だった。これから記者クラブで公式の就任会見を開く事になっていた。
「長門さん!新横田基地にEva参号機が到着した件について何か一言!」
「能登官房長官が松代に機動隊2000名を派遣するという発言はEvaと何か関係があるんですか?」
「国防省としてはこの件に何処まで関与されているんでしょうか!」
記者たちが咆哮を飛ばしながら次々に長門に質問を浴びせる。
長門は護衛官とは対照的に記者たちに時折手を振って愛想を振り撒いていたが遂に一言も発することなく建物の中に消えていった。
今日の国防省には山本国防相以下、鬼怒川事務次官(元政策局長)、海江田国連軍極東軍統合作戦本部長(旧自)らが顔を見せていた。
定例の幕僚会議以外に何らかの話し合いがもたれる事は明白だったがついぞ誰もそれを語るものはいなかった。記者たちのイライラは募るばかりだった。
新東京日日新聞の政治部記者で主にネルフと軍事を担当している阿部は汗を拭いながら朝から容赦なく照りつける太陽を忌々しそうに睨んだ。
「ちっ…こっちは釣果なしか…仕方ねえ…おい!よっちゃん!これから松代に行くぞ!」
よっちゃんと呼ばれた体格のいい男がうんざりしたような顔つきをする。
「マジっすか…?もう帰りましょうよ…絶対誰も口割りませんって…」
「ばーか。口割らなくてもまた何か絵が取れるかも知れねえだろ?」
「あれはたまたまでしょ?二匹目のドジョウはいませんよ…」
先日の第12使徒戦で新東京日日新聞は他社を出し抜いて大スクープをものにしていた。決死の潜入行で集光ビル近辺に潜んでいた二人はEva初号機が埋没した瞬間を押さえたのだ。
この写真は翌日の一面を飾り「血戦の第3東京市」と題打ってネルフと国連軍が第12使徒を迎撃した一部始終をセンセーショナルに報じていた。
しかし、その喜びも束の間のことだった。この報道の後で新東京日日新聞社は内務省に呼ばれて厳重注意を受け、また報道協定に反するとして各社から非難を浴びた。
結局この騒動は社主が相談役に退く事で一応のけじめを取って事態の沈静化に努めたものの顔の立った内務省の官僚は別としてまだ同業の現場では反感の空気が残っていた。
「今度はデスクもろとも俺らの首まで飛ぶんじゃないですか?」
「そんなもんは幾らでも飛んでけばいいんだ!いいから行くぞ!」
若いカメラマンは思わずカメラを肩から下ろして阿部を呆れて見る。
「嘘でしょ?阿部さんはいいですよ…どうせ独り者だし?俺なんて二人目が出来たってのに…この最悪の不況の中で職探しは正直イヤっすよ…」
「うっせーな…おまえ…まだ離婚した訳じゃねーんだから独り者って言うなよ。そんな事より参号機起動の瞬間をゲットすりゃ、お前、万々歳じゃねーかよ。ガタガタ言ってねーで行くぞ!ほら!」
阿部はカメラマンの制止も聞かずに駆け出していく。
「ちょっと!阿部さん!何だよ…やれやれだな…松代って言っても…ガセかもしんないのにさ…」
やがて二人は国防省を後にして車を松代に走らせた。遠ざかる国防省のビルを阿部は眺めていた。
「ふん…アメリカとの密約で生まれた参号機がただで日本に来るわきゃないんだ…絶対…何かある…追えば絶対にバレンタイン国会の一幕も明らかになるんだ…」
Ep#07_(8) 完 / つづく
(改定履歴)
21st Apr, 2009 / 表現修正
12th May, 2009 / 段落修正
11th June, 2010 / 表現修正
21st Apr, 2009 / 表現修正
12th May, 2009 / 段落修正
11th June, 2010 / 表現修正
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