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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第22部 Count Down 運命の時


(あらすじ)

レイが輸送ヘリの切り離しと同時にバズーカ砲で参号機を狙う作戦が立てられた。活動限界が迫る弐号機のピンチは救えるのか。一方、シュワルツェンベックは第二実験場の国連軍ベースキャンプの前に到着すると突然進撃を止めて静観の構えを見せる。にらみ合いを続けるリツコと加地。松代消滅の時は迫る。
(本文)


F306強制発議による第二実験場爆破まであと27分17秒…
 
加持とリツコはにらみ合いを続けていた。

リツコは相変わらず銃口を加持に向けている。リツコの隣には長良の姿があった。その手には自動小銃が握られていたが銃口は下に向けられ安全装置が解除されていないのが遠目に見えた。

あの学者先生はともかく…リッちゃんの方を何とかしなければ…爆発まで30分を切った…あの地下道を使って脱出しても助かるチャンスは少ない…強制発議を解除する方向で考えた方が…となれば…

加持はリツコを見る目に力を込める。

唯一、カギを握るのはリッちゃんしかいない…しかし…冷静に考えてネルフを追放されて姿をくらませていた俺の言う事をどこまで聞いてくれるか…問答無用でズドンは流石にないだろうが…

「ふっ…今度はどんな悪巧みを思いついたのかしらね…」

加持が思いを巡らせているのを感じたのかリツコは皮肉な笑みを僅かに浮かべながら言う。

参ったな…だが…もうこれに賭けるしかない…

加持は両手を挙げたまま大袈裟にため息をつく。

「悪巧みってわけじゃないが…もうすぐ松代が吹っ飛ぶと思うと気が気じゃなくてね…」

「ま、松代が?吹き飛ぶ?あ、あんた何を言ってるんだ…」

長良が驚きの表情を浮かべて加持を見る。

「そうよ…この男は嘘で塗り固めた様な男…どうせ口から出まかせを言って混乱させようっていう魂胆よ」

「やれやれ…俺もよっぽど信用がないんだなあ…」

「ふん、自業自得ってやつじゃなくて?」

「もし本当にそうだったら俺もどんなに嬉しいか…よく考えてみてくれ…わざわざシンジ君を人質に取るリスクを冒してまで忍び込んだ俺が何もせずにずらかろうとするってのは尋常じゃないって思わないかい?」

人質という言葉が加地から出てきてシンジは驚いて加地を見上げた。

「ひ、人質って…加地さん…そんな…」

黙ってろ、そう言わんばかりに加地がシンジを振り返ることなく手で制した。

「シンジ君を人質にですって…?それじゃ…あなたの目的は一体何だったのかしらね…」

リツコが怪訝そうな顔をするのが見えた。加持は大げさにため息をつく。

「やれやれ…こんな時だからな…すっかり白状するが俺はここのMAGIを使って情報を引き出すことを考えていた。だが…俺以外にもここを狙っている奴がいることが分かった…」

「そ、それは一体誰なんだ!あの武装集団のことですか?!ネルフ職員が何人殺されたと思ってるんだ!誰なんだ!それは!」

長良が安全装置を解除することなく自動小銃を加地に向けて威嚇する。

「戦自以外にないだろうな」

「せ、戦自…?!に、日本政府が!?そんなバカな…」

「事実さ。よく考えてみてくれ。日本政府の官房長官が松代の情報を意図的にマスコミにリークしたのは何故か…そこからこの話はそもそもおかしくなっている…誰かが松代に一同に役者を揃えたかった…日本政府に圧力をかけてまでな…そこには何らかの謀略があると見るべきだろ?だから俺は戦自とネルフが諍いを起こす隙を狙おうと思いついたわけだ…ここが手薄になるだろうしな…だが…」

加地がシンジを自分の後ろから引っ張りだすとトウジと長良の方に背中を押して歩かせた。リツコが視線だけシンジの方に送る。

「司令長官の大事な一人息子を人質にとっておけば万が一の時に交換条件も出せる…そう思ってここまで上手く騙して引っ張って来たわけだが…こんな状況では何の意味もなくなってしまった…」

リツコがため息をつく。

「…あなたとシンジ君の接点がいまいち呑み込めなかったけど…人質まで取るなんて…いつからそんなケチな男になったのかしらね…Ritterが聞いて呆れるわ…」

「か、加地さん…」

シンジは驚いて加地の方を見る。

ぼ、僕を庇うつもりなのか…

「シンジ!無事でよかったやないか!」

「君はサードチルドレンだろ?怪我はないのかい?あの男に何か酷い事でもされたんじゃないだろうね?」

トウジと長良がシンジを気遣う。

「え?えっと…大丈夫…です…」

シンジは思わず俯く。何故か加持の方を正視出来なかった。

僕は…決意した筈なんだ…アスカやミサトさん…トウジも…それだけじゃない…ネルフのみんなを助けなきゃって…なのに…

加持は両手を挙げたままだった。口元に僅かに笑みを浮かべている様にも見えた。

僕は結局…何もできなかった…ここまで来たのも加地さんがいたからじゃないか…しかも僕がネルフの命令違反をしたことまで…何やってるんだ…僕って何なんだ…

「首尾よくここまで来たのは良かったが…ここのMAGIが強制発議F306の指示を本部から受けて爆破をAcceptしてしまっていることに気がついたってわけだ。あと…25分足らずでここは吹き飛んでみんな仲良くお陀仏さ…」

「何ですって…強制発議が…」

リツコの片方の眉毛がぴくっと一瞬動くのが見えた。途端にトウジが騒ぎ始める。

「な、何やて!加持さん!あと25分でここが爆発するんかいな!」

「ああ…残念ながらな…俺も早くここをトンズラしたいわけだが…如何せん…こんな状態じゃなあ…」

そう自嘲気味に言うと加持は自分の背後にあったオペレーションモニターがリツコたちに見える様に慎重に身体をずらした。

加持に銃口を向けたままリツコが注意深くゆっくりと近づいてくる。

「そんなに警戒しなくたっていいだろ。変質者じゃあるまいし…何もしやしないさ」

「うるさい!あなたは黙ってって!」

「はいはい…」

加持はリツコに銃口を突きつけられて苦笑いする。モニターを見ているリツコの表情が険しくなっていくのがシンジからも見えていた。

「ま、まさか…ほ、本当に…何のつもり!?これもあなたの差し金?」

「リッちゃん…そう信じたい気持ちは分かるが…分かってる筈だぜ?強制発議をMAGIにかけられる人間は限られている。俺も魔法使いじゃないんでね。流石にそこまではムリだ。こうして調べものをするのがせいぜいだよ」

「ぶ、部長…い、一体…どういう状況に…」

長良が訴えかける様な視線を送る。リツコは小さくため息をつくと全員の顔を見渡した。

そして最後に加地を上目遣いで見る。

「確かに…この男の言う通りよ…あと24分足らずで5km四方が跡形もなく吹き飛んでしまうわ…」

「な、なんやて!折角ここまで逃げてきたのに!ほな…何のためにおっさんは死んだんや!」

「地上は撃ち合い…ここは自爆装置が起動…我々は…どうすればいいんだ…」

長良がへなへなと床に座り込んだ。

「ものは相談なんだがな、リッちゃん…俺もまだ死にたくは無いんでね…一つここは休戦してF306 を解除するってのはどうかな?呉越同舟(例え仇敵同士でも死地にあっては目的を一つにして事に当たることが出来る)という言葉も世の中にはある」

「…」

リツコは隣に立っている加持を睨みつけたままだった。



F306(Forcible Execution; 強制執行の略)発議は…ここに来た時…死ぬかもしれないと思った時にわたしが考えていた事だった…死なば諸共と思っていた…それが今…現実に私の目の前にある…これはある意味…私が望んでいたことなのに…


ここにある秘密を守り…目撃者になる人間…そしてあの人の邪魔をする人間達を一網打尽にするチャンス…でも…


何のためにわたしは死のうとしていたのかしら…いや…わたしが死んだら…泣いてくれる人が…いるのかしら…わたしのために…わたしが死ぬっていうことに何の意味が…


MAGIのジレンマは…ジレンマはお母さんの…「科学者としての私」「母としての私」「女としての私」…女の持つ夫々の立場における思考の鬩ぎ合い…それがMAGIの本質…


そうよ…これ(Lady Smith)を手に取った時から…わたしの中で何かが壊れ始めている…わたしは…いま…悩んでいる…鬩ぎ合っている…科学者の私…母の私…そして…女の私…



加持はリツコの逡巡を見て取っていた。



文字通り…ジレンマというわけだ…何故…MAGIが女の思考をベースにされたのか…いや…女でなければならなかったのか…


答えは実に単純だ…男は結論を先送りにするからさ…全てをうやむやにしてでも先に進むことに拘る…多くを得る事に固執するんだ…それが限りある命を繋ぐもっとも効率的な手段になるからだが…一方でそれは問題を根本的に解決した事にはならない…


逆に女には一切の妥協がない…必ず結論を出そうとする…勝つか負けるか…白か黒か…好きか嫌いか…正しいか正しくないか…そして生きるか死ぬか…結論を見出す事に執念を燃やす…生きるためにな…それ故に女は苦悩するんだ…鬩ぎ合うんだ…


だからMAGIは女でなければならない…一つの解を得る…これもまさに産みの苦しみの一つなのさ…ある意味…苦しみを明日に繋ぐ女にしか出来ないことなんだ…



やがてリツコは手に持っていたLady Smithをデスクの上に置いた。

「リッちゃん…」

「わたしはあなたを信じたわけじゃないし…まして…許したわけでもない…でも…今は…生きることを考えなければならない…セカンドオペレーターとして手を貸してもらうわよ…」

リツコは加持に鋭い視線を送るとさっきまで加地が座っていた椅子に座り、手元のキーを叩き始めた。

「お望みとあれば喜んで…」

加持は右手を胸に当てるとリツコの隣に座る。シンジ、トウジ、長良は二人の後ろに並んでその様子を眺めていた。
 
 





F306強制発議による第二実験場爆破まであと23分21秒…
 
轟音と共に第二実験場の手前にある国連軍のベースキャンプの前に次々と照明車に照らされたレオパルドXXが姿を表す。

「ど、どうしてゴールデンイーグルがこんな所に…」

国連軍日本派遣軍第36戦車大隊を束ねるスティーブンス少佐は驚いて野営テントから飛び出した。ゆっくりと上りになっている4車線ほどの舗装道路の真ん中を長身の男がこちらに向かってくるのが見えた。肩まで伸びた金髪が僅かに夜風になびく。

金色のフェンリルだった。

「か、閣下!36大隊をカーネルより与(あずか)っておりますトーマス・スティーブンスです」

シュワルツェンベックは軽く返礼すると睥睨(へいげい)する様にスティーブンスを見た。

「ご苦労、少佐。ミサトの姿が見えないようだが?いま、何処にいる?」

「はっ!そ、それが…カーネルは敵に奪われた研究棟を奪還するため我が隊に随伴していた歩兵2個小隊を引き連れて制圧作戦の陣頭指揮を執っておられます」

「陣頭指揮?ミサトが?こんな混乱した戦局の制御を放置してか?正気か…何を考えている…」

シュワルツェンベックは思わず林の向こう側に目を向けた。

「一応…我々もお諌めはしたのですが…」


ズズーン!!


シュワルツェンベックとスティーブンスは直接見えない実験場の敷地の方から伝わってくる断続的な地響きの方に目を向ける。

「どうやら弐号機と参号機の戦いが始まっているらしいな」

「はっ、先ほどから激しい取っ組み合いが続いております」

「そうか…」

このタイミングで参号機が起動しているとは少々驚きだが…

シュワルツェンベックは視線をスティーブンスに戻す。

「少佐…ここはもはや危険だ…我々に任せて貴官は負傷者を纏めて新横田に一旦帰還しろ」

「え?帰還ですか?し、しかし…カーネルが…」

「マクダウェル少将には私から話しておく。現時刻を持ってこの作戦地域の指揮権は私が引き継ぐ事にする。少佐、これは命令だ。ミサトのことは我々の方で引き受けた」

凄む様にシュワルツェンベックはスティーブンスに告げた。

「は…はあ…分かりました…」

「よし。それでは弐号機の戦いぶりをじっくり見物するとするか」

シュワルツェンベックは部下を従えてネルフ第二実験場の正門のほうに向かって歩いていった。釈然としない思いの残るスティーブンスだったが撤収を部下に命じるとすぐ視線を遠ざかっていくシュワルツェンベックの背中に向けた。

閣下は何故…参号機が起動して暴れているということをご存知だったのだろうか…

ネルフが日本全土に非常事態宣言を発令したということもあったが何よりもミサトの立場を慮ったスティーブンスはまだ参号機暴走の事実を新横田の国連軍総司令部に報告していなかった。
 
 





F306強制発議による第二実験場爆破まであと18分34秒…
 
アスカは這う様にして再び山際から敷地の方に向かっていた。不穏な気配を感じてアスカが振り向くと再び参号機が弐号機に近づいて来るのが見えた。

「くそ…やっぱり…コアを外したか…」

参号機が弐号機の腹をけり上げた。アスカはみぞおちが圧迫されて呼吸が止まるのを感じた。

「ぐは!げほ…げほ…」

主モニターでは参号機に一方的に再び殴られ蹴られている弐号機の姿が映し出されていた。思わずマヤが顔をそむける。

あ、アスカ…お願い…もう止めて…誰か…今まで監禁されてて…やっと外に出られたと思ったら…こんなに…こんなに痛めつけられるなんて!!あり得ないわ!!

「お願いです!誰か!なんとかして下さい!これじゃあんまりです!」

青葉は一瞬下を向く。

マヤちゃん…俺も悔しいんだ…交信も出来ない…データも送れない…せめてもの神経接続切断の信号も受け付けない…しかも…活動限界が近い…最悪だ…

冬月も思わず顔を顰めていた。

「な…何たること…これではまるでなぶり殺しだ…とても見てはおれん…救援の到着はどうなっている!」

「零号機の松代上空の到着はあと6分!!初号機はあと13分です!!」

青葉が間髪いれずに答えた。

「6分か…ファースト!聞こえるか!冬月だ!」

冬月は荒々しく青葉の席からマイクを取っていた。

「はい…副司令…」

「あと1分かそこらでバズーカの射程に入る筈だ!使徒を確認次第、空中から対装甲弾で砲撃するんだ!」

冬月の指示に驚いて青葉が振り向く。

「副司令!空輸中にバズーカの使用は危険です!マシンガンとは違って反動にヘリが耐えられません!それに目測を誤って弐号機に当たる可能性もあります!」

「そ、そうか…くそ…アスカ君の時のようにはいかんか…」

青葉の勢いに冬月はたじろぐと小さく舌打ちする。

「いやあ!」

マヤが突然叫ぶ。

「ど、どうした!?伊吹君」

マヤが主モニターの方を指さしていた。その先には弐号機の左腕を荒々しく掴んで捩じり上げている参号機の姿が映し出されていた。

「あ、アスカちゃん…」

青葉がこの男にしては珍しく思わず立ち上がる。弐号機の左腕はほとんど一周していた。


ベシ!


耳を塞ぎたくなる様な鈍い音が発令所に響く。弐号機の左腕は肩から引き千切られていた。

「うぐああ!!!」

アスカは左肩に脱臼したような強烈な痛みを感じて思わず叫ぶ。

「弐号機!左腕損傷!」

「くそ!何てことだ!もはや一刻の猶予もならんぞ!神経接続切断は出来んのか!」

「駄目です!双方向通信システム損傷の影響でこちら側からの信号を受信しません!」

「…やります」

レイの声が聞こえて来た。青葉と冬月が思わずサイドモニターに映っているレイの顔を見る。

「え?ファースト…今…」

「レイちゃん!危険だ!余りにリスクが高い!第一、空輸中は…」

「バズーカの射程に入り次第、ピクシー1が零号機を切り離せば空中から発射できます…」

レイは青葉の声を遮る様に言った。決して感情的なものではなかったが強い意志を感じさせる声だった。

「し、しかし!それはかなり難しいぞ…それに外せば着地点から徒歩移動になる…それくらいなら普通に向かった方が…」

「副司令、青葉さん…それでは間に合いません…弐号機の活動限界が先に来てしまいます…もう…これしかありません…」

「た、確かに…」

必死に抵抗するアスカだが活動限界は刻一刻と迫っていた。活動を停止した弐号機がこの後どんな目に遭うのか全く想像もできなかった、いや誰も想像したくなかった。

冬月は僅かに視線を上の司令長官席に向けたが意を決したかのように頷く。

「…わかった、ファースト…MAGIで射撃のタイミングをガイドする…すぐに準備しろ!」

「了解!MAGIに作戦指示!」

「零号機…弾倉を対装甲高エネルギー弾に切り替え完了…」

零号機は当初、電磁投射型バズーカ砲の弾薬に一般兵器向け榴弾を装填していたがそれを決戦兵器対応の砲弾にカートリッジを切り替える。

Evaの特殊装甲を完全に貫通するかは未知な部分があったが初速2980m/sを誇るパレットガンよりも大型の砲弾であるため2015年現在における科学技術上で最大の砲弾運動エネルギー(最も高い装甲貫通力があるという意味)を誇っていた。

電磁投射型兵器の大口径化はEvaの兵装開発プロジェクトにおける最大の成果だった。

「弐号機、活動限界まで1分を切ってます!」

マヤが悲痛な声を青葉と冬月に浴びせかける。

「参号機が零号機の射程に入りました。MAGIによる切り離しと発射タイミングのガイドをスタートさせます。零号機は自動戦術モードへ切り替えて下さい!参号機攻撃まで30秒!29!28!」

青葉は額に汗を滲ませていた。

レイは操縦席の後方からスコープを引き出す。

アスカ…

零号機のエントリープラグでは青葉のカウントダウンの声だけが響いていた。

「23!22!21!…」

レイはレバーを握る手に力を込める。スコープを覗くと弐号機はほとんど抵抗らしい抵抗が見られなくなっている。

レイのみならず本部にも焦燥感が高まっていた。

「15!14!13!…」

アスカはだんだん意識が朦朧としてきていた。左肩や右足の痛みは不思議な事に少しずつ和らいでいく。



何でだろう…アタシ…痛いはずなのに…全てが…遠のいていく…

アスカ…

誰…?アタシを呼ぶのは…アタシを知ってるの…?

アスカ…

アナタは…神のみ使い…?いや…違うわ…ロケットの(写真の)中の…あの人…

アスカが喜ぶ顔を見て…僕も…つい嬉しくなったんだ…

優しい顔ね…素敵な…黒い目…柔らかい…白い手…アンタってなんか…女の子みたいね…繊細な感じは…アイン…そっくり…

アスカ!駄目だよ!腫れてるじゃないか!

アタシのこと…心配してくれてるの…?どうして…どうして見ず知らずのアタシに…そんなに優しくしてくれるの…?

貸してごらんよ!金魚はこうやってすくうんだよ…

アンタの匂い…アタシ…好きかも…でも…アンタって…誰なの…何処に行けば会えるの…



「9!8!零号機切り離し!」


ガコーン!


発令所の全員の視線が零号機に集中する。零号機がネルフの大型ヘリから切り離され、空中に放たれた。

切り離しの衝撃の後、一瞬、レイは静寂に包まれる。ヘリはMAGIの計算結果に基いて切り離しと同時に左に急旋回を始めた。

「5!4!3!2!1!発射!!」


バッシュウウウウ…


レイは躊躇うことなく引き金を引く。

まるでロケットの発射の様に零号機は砲弾を放った後、衝撃で後方に吹き飛んでいく。

「うっ…」

レイは腹部に軽い抑圧感を感じる。


真っ赤に燃えた細く鋭い矢の様な閃光が参号機に向かって伸びていくのが見えた。

木の葉の様に零号機は漆黒の山中に落ちていく。

ゲンドウは目を細めてサイドモニターに移る零号機の姿を見つめていた。

レイ…あの高さに加えて発射の衝撃…そのまま地上に落ちればお前も無傷ではいられまい…なのに何故お前は自ら考え…そして…自らを犠牲にする様なことを…何があった…お前らしくないぞ…

弐号機の抵抗はほとんど無意味だった。

参号機が止めを刺すかの様に弐号機の右手を振り払うと喉笛を両手で鷲づかみにする。そしてそのまま弐号機を持ち上げた。

「ぐぐ…」

アスカは息苦しさから目を覚ました。

あの人…あの人は…夢…やっぱり…神のみ使い…

薄っすらと開けた目に弐号機の活動限界を示す表示が入ってくる。

30秒を切っていた。

情けない…アタシ…負けちゃうんだ…これが…止めか…


ドッゴオオン!!


突然、アスカの目の前が明るくなる。まるで昼間の太陽の様に。

参号機が身の毛のよだつ様な叫び声をあげて弐号機から手を離した。


グワアアアアア!!


振り落とされた弐号機の正面に参号機が膝を折って崩れ落ちるのが見えた。アスカは衝撃でふと我に返る。

「アタシ…まだ…生きてる…」

ネルフ本部の発令所では着弾を確認して歓声が上がる。青葉が一際大きな声で叫んだ。

「高エネルギーの着弾を確認!使徒の背中に命中!装甲を破り素体に達していますが活動停止には至らず!」

職員の歓声が落胆に変わっていくのが分かった。冬月は唇を噛んでいた。

「くそ!!もう一撃加えなければ無理か…」

「弐号機、活動限界まで10秒です」

アスカはのろのろと上体を起こす。目の前にいる参号機の脇腹から胸部にかけて装甲が溶解してコアらしき赤い球形の様なものが見える。弐号機は右手で左肩から再びプログナイフを取り出す。

残念だけど…今回は…アタシの方に…運があったみたいね…

参号機は必死に足掻いているように見えた。それでも尚、右腕を弐号機の方に伸ばしてくる。

こんなになってもまだアタシを狙ってる…凄い執念…でも苦しそうね…大丈夫…すぐに楽にしてあげるわ…

弐号機がプログナイフを参号機につき立てて止めを刺す。コアを貫かれた参号機はそのままぐったりと動かなくなった。

「や…やったの…か…」

冬月は呆然と呟いた。

「使徒化した参号機!完全に沈黙!殲滅しました!」

「やったか…ふう…心臓に悪いぞ…まったく…」

冬月は思わず発令所の床にへたり込む。それと同時に弐号機は活動限界を向かえアスカもエントリープラグ内で気を失っていた。

「作戦完了…直ちに零号機と初号機を本部に回収しろ…爆破の余波から出来る限り遠ざけろ」

ゲンドウは司令長官席から立ち上がると踵を返す。その声をスピーカーで聞きながら年季の入った腕時計を冬月は見て呟いた。

「あと…13分か…Evaの装甲ならば問題はないだろうが…内部電源ゼロの状態で結局…生き埋めか…皮肉なものだな…」

青葉とマヤが床にしゃがみ込んだままの冬月の姿を見ていた。
 







F306強制発議による第二実験場爆破まであと04分11秒…
 
「よし!こっちは終わったぞ!」

加持の声は上ずっていた。リツコはそれに答えることなく猛烈な勢いで手元のキーボードを叩いていた。

「こちらも…これで…いいわ…」

リツコの声に後ろにいた長良が思わず飛び上がる。

「や、やった…助かるぞ…」

それとは対照的にトウジとシンジはお互いに黙ったままだった。

先ほどまで繰り広げられていた弐号機と参号機の死闘はようやく終わりを告げていたが、戦いの模様を見ていたシンジがいつのまにか涙を流していることにトウジは気が付いていた。

声をかけるきっかけを探るように時折、チラチラとシンジの様子を伺っていたが諦めた様にため息をついて正面を見る。

なんや…惣流のこと…そんな…涙流すほど心配なんか…いつもと何か様子がちゃう様な気もせん事もないが…今日は色んな事がありすぎて…感情がメチャクチャや…極限状態の中におるとアタマおかしくなるんやろか…嬉しくも…哀しくもない…おっさん…死んでもうたのに俺は…

トウジは涙を拭こうともしないシンジの横顔を再び盗み見た。

コイツみたいに…もう涙も出えへん…泣きたいと思っても涙は出えへんもんや…何か…泣かなアカンみたいな義務感で泣こうとする自分が…すっごいムカつくわ…素直に泣けるっちゅうんはええ事なんかもしれへんな…

リツコはEnterキーの上に右手の子指を置いたまま加持の方を見た。リツコの視線に気が付いた加持がリツコと目を合わせて来た。

「あとは…そのプログラムを実行するだけだな…」

「そうね…」

リツコは手をキーボードから離す。それを見た加持はリツコを見る目を思わず細めた。

あの人は…わたしにやっぱり死ねと言っていたのかしら…このF306も…わたしよりも大切なものが…

加持はリツコから視線を外すと両足をデスクの上に乗せて椅子に身体を預ける。

あと2分か…まったく人の一生ってヤツは何なんだ…いつも時間に追われっぱなしで休まる時がない…これが限られた命を持つヒトの悲しき性なのかね…だが…

「…りっちゃんもようやく…掴んだのかもしれないな…」

リツコは加持の方に視線を向ける。加持はタバコを取り出すと口に咥えた。

「別にいいだろ?人生最後の一本になるかもしれないんだから…」

加持はにやっと笑うと火をつけた。

「何をわたしが掴んだと言うの?」

銀の煙をふうっと吹くと加持は頭の後ろで両手を組む。

「ジレンマを通して長年悩んで来た問題の答え…かな…」

「悩んで来た答えですって…?」

「そうさ…りっちゃんは今日…産みの苦しみを経て…一つの問題にケリを付けたのさ…」

リツコは戸惑ったような表情を浮かべる。加持はタバコの灰を床に落としながらリツコに僅かに微笑みかけた。

「分かってるはずだ…信じるってことさ…」

「信じる…」

「ヒトは一人では生きられない…だから他人を必要とする…だが…」

加持は立ち上がるとリツコの肩に手を置く。

「自分の事すら自分で分からないヒトが…まず考えなければならないことがある…今日…りっちゃんはそれを確かに産み落としたのさ…」

長良が二人のやり取りをハラハラとしながら見ているのが横目に見える。加持はそれに構うことなくゆっくりと部屋の出口に向かって歩き始めた。

出口のところで振り返る。

「自分を理解してもらおうとする前に…ヒトはまず相手を信じなければならないんだよ…全ては信じることから始まるんだ…それが心の壁ってやつの本質…だろ…?」

そういい残すと加持は部屋を後にした。

信じる…こと…そうよ…わたしはもう一度…信じようと思っていた筈…

リツコは勢いよくキーを叩いていた。
 





F306強制発議による第二実験場爆破まであと00分03秒…その時、松代の危機は去った…
 
 
 
 
 
Ep#07_(22) 完 / つづく



(改定履歴)
20th May, 2009 / 誤字及び表現修正
7th Jun, 2009 / 表現修正
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