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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第23部 Brunhild und Siegfried ヒルダとジーク


(あらすじ)

松代が危機を脱した時、第二東京市では次期政権を巡って各選挙陣営が名乗りを上げ始めていた。選挙の争点は自ずと「静かなる者の政策」の是非を問う事に。一夜が明けた松代では生存者の収容と弐号機の回収が行われていた。リツコたちと共に地上に現れたシンジは朝日に照らされて赤い焔(ほむら)の様になった弐号機の上で静かに寝息を立てるアスカの姿を見る。突き上げる想いに任せてシンジはアスカの元へ駆け上がって行く…
そしてドイツのベルリン国際空港の出発ロビーに一人の長身の少年の姿があった。渚カヲルだった。またの名をアダム・ヨアヒム・フォン・ツェッペリンと言った…
「Freude, schöner Götterfunken,Tochter aus Elysium Wir betreten feuertrunken. Himmlische, dein Heiligtum…」

Ep#07「あれかこれか」ここに完結。次回Ep#08「歓喜に寄せて」にご期待下さい!!


Brunhild und Siegfried

 

(本文)


松代市の異変は付近の住人の官公庁への通報や問い合わせ、そしてネットを経由した中継や動画サイトへの投稿でたちどころに深夜の日本に広がっていった。

新横田に張り詰めていた大半のマスコミ関係者は大挙して松代に向かおうとしたがそこかしこで警察関係者や特別警戒発令に基づくネルフ保安部員の検問で小競り合いを演じていた。

結局、松代市への新たな立ち入りは出来なかったためか、ほとんどのTVが動画サイトの映像を垂れ流して緊急特番を組む有様だった。

「松代発言」がガセネタで「新横田から第三東京市までの参号機搬送で出し抜く意図」であるという噂がなぜ報道各局で有力になったのかは不明だったが松代市に入ったTVカメラは地元の松代CATVだけだった。

しかし、四方を山に囲まれたネルフの第二実験場の模様を地上から捉えることは出来ず国連軍の激しい人の出入れと緊急搬送されるネルフ職員の模様をトレースするのみだった。

「松代でこんな事が…明日…惣流さん、学校来れるのかな…」

松代CATVの特番を録画したものがアップロードされた動画サイトを携帯で見ていた利根俊吾は小さくため息をつくと窓の外を見ていた。

箱根の山越しに松代の様子が分かる筈もなく、利根は大きく伸びをすると受験勉強を再開していた。


同じ頃、松代の異変をクラスメイトからの電話で聞いたヒカリは部屋を暗くして布団の中に入ったものの目が冴えて眠れなかった。

鈴原…アスカ…碇君も綾波さんも…みんな松代にいるのかな…明日…やっぱり誰も来ない…よね…すごく心配だけど…わたしに出来ることって…なに…

ヒカリは感じる必要のない罪悪感を抱えながら一人、不安な夜を過ごすしかなかった。
 






弐号機と参号機が共に沈黙した頃。

衆議院解散と同時に発生した松代市の動乱に新永田町の政界関係者や新霞ヶ関は大きな衝撃を受けていた。

政治空白を自らの手で作り出した格好になった陸奥首相は相次ぐ心労も手伝って第二東京市内の病院に緊急入院し、後に残された自由党議員はもはや古鷹自由党幹事長では抑えが効く筈もなく蜘蛛の子を散らす様な状態に陥っていた。

その混乱ぶりはほとんど無政府状態と言ってもよかったが、それに追い討ちをかけたのが特務機関ネルフによる「非常事態宣言」の発令だった。

ネルフから非常事態宣言が発令されたことを秘書官から能登内閣官房長官は聞いていた。

「そうですか…よりによってこんな時に…」

能登は唇を噛み締めるとゆっくりとデスクから立ち上がる。

「ちょ、長官…あの…どちらに…」

「内閣不信任案が可決され…衆議院が解散…挙げ句に非常事態宣言まで発令されたとあってはこの国の政府はなくなったも同然です…これから党本部に僕は行くつもりです」

「そ、それでは直ちに車を…」

「車は不要です。タクシーを一台呼んで下さい」

慌てて部屋を出ようとする秘書官を能登は呼びとめた。

「え?タクシーですか?」

訝しそうな表情をする秘書官に能登は微笑みかけた。

「僕はもう政府の人間ではなくなるんです。日本政府の公用車を使う訳にはいきませんよ」

「し、しかし…まだ政権が完全になくなったわけではないですし…それに先日の松代発言と現在の松代の動乱の関連をマスコミ連中が鵜の目鷹の目で…」

「まあ仰ることは分かります。理屈を言いだせばきりがないですけど僕としてはけじめをつけたいんです」

「けじめ…とおっしゃいますと…?」

「ははは。公人におけるけじめとは実に難しいものですが、政治家がけじめを忘れてしまったらもうおしまいです。それに自分の事が自分で始末出来ない様では国家を語る資格もない。ここは一つ僕のわがままを通させて頂けませんか?」

唖然とする秘書官を愉快そうに見ていた能登は懐から携帯を取り出すとタクシーを呼び出し始めた。

「それでは…いままでお世話になりました…」

秘書官に軽く一礼すると携帯を耳にあてたまま能登は長官室を後にしていた。

特務機関ネルフ司令長官が政治空白状態において当該政府に替わり国家主権を代行するという強権発令が「非常事態宣言」の中身だった。規定では現閣僚は発令と同時に自動的に失職するため、衆議院解散と内閣総辞職が同時発生することを意味しており、日本政府はその発令が解除されるまでネルフに占領された臨時政府も同然だった。

セカンドインパクト直後に発生した「東京都喪失」の再来と言ってもよかったのである。

松代発言に松代動乱…か…現在の情勢を作りだしたのはこの僕と言ってもいい…後世は今日というこの日をどう位置付けるだろう…

能登が官邸の出口に姿を現すとまるで昼間と見紛うかのように一斉にフラッシュが炊かれる。

これは革命なんだ…この国は一度…大洗濯が必要だったんだ…これでいい…これでいいんだ…

まばゆいばかりの光の中を能登はタクシーに向かって威風堂々と歩いていた。
 





「どうやらお互いに(情報は)筒抜けらしい…」

ゲンドウの「非常事態宣言」発令の報を新市ヶ谷の戦自総司令部で聞いた長門は自嘲気味に笑うと浅間山付近に温存していたBad Cat(戦自第一師団特殊部隊)の即時撤収を命じていた。

「司令…Good Dog隊は…」
 
「我々とテロリストとは何の関係もない。それが事実の筈だ」
 
長門は冷たい視線を向ける。
 
「はっ…失礼致しました…」
 
司令部に重苦しい空気が流れる。参号機の最後を見届けた長門はゆっくりと立ち上がる。
 
「作戦は終了だ…後の始末は任せたぞ」
 
「はっ!」
 
司令部にいた全員が立ち上がって長門に敬礼する。それに答えることなく長門は部屋を後にした。言い知れぬむかつきを感じて不快に顔を歪めていた。
 
ゲオルグ…貴様…どういうつもりだ…俺に全てを任せると言っておきながら…しかし、フェンリルは一体何のために…ネルフの助勢なのか…それとも保険のつもりだったのか…だが今はそれ以上に…
 
 
ダンッ!
 
 
長門は廊下に出ると壁に拳を突き立てていた。

あの…女トールめ!!こんなことで勝ったと思っていい気になるなよ…勝負はまだこれからだぞ…

大きくため息をつくと長門は再び足を踏み鳴らしながら人気のない廊下を歩き始める。

しかし…よく考えれば…今回は準備期間もなく…殆んど勢いだけの作戦だったからな…次回はもっと周到にするべきだろう…見ていろ…じわじわと縊(くび)り殺される様な苦しみを味わわせてやるぞ…それまでせいぜい使徒の相手でもしていろ…

その後、間も無くして戦自においてもその存在が極秘だった外人部隊(一個中隊相当)はミサト率いる国連軍歩兵部隊によって鎮圧された。

負傷したミサトは国連軍が第二実験場近辺に設営していた野戦病院で応急処置を受け、そのまま松代市内の病院で緊急手術を受けることになった。

国連軍は捕虜として投降者と負傷者を十数名確保していたが護送中に全く不可解な出来事が発生した。突然、全員が頭を抱えると鼻や耳から血を噴出させて次々と息絶えていった。

「うわ!どうなってんだ!こりゃ!おい!お前!しっかりしろ!」

護送責任者のギルバート軍曹は自分の隣に座っていた自称スロバキア出身の二十歳と言っていた若い兵士を抱え起こした。兵士は殆ど白目を剥いた状態で鼻、耳、口から血を流していた。

「おい!お前!何だ!何を言ってるんだ!英語をしゃべろ!俺が分かるのは汚ねえ英語だけなんだ!」

まるでうわごとの様に何かを呟いているのが見える。ギルバートは耳を慌てて血で溢れている兵士の口元に耳を寄せる。

「ロ…ローレライに…魔物が…」

「な、何だ!?ローレライ?そりゃ…お前のお袋の名前か?わっかんねーよ!おい!」

兵士は既に息絶えていた。

「Sargent!こっちも駄目です!」

「ああ…分かってる…」

「で、伝染病か何かじゃ…早く逃げないと我々も!」

突撃銃を抱えていた国連軍の若い兵士は今にもトラックの荷台から飛び降りそうな勢いで立ち上がっていた。

「いやそれはねえな…まるで時計仕掛けの様に一斉に発病するか?」

「あ…そ、そう言われれば…そうですよね…」

「ドッグタグもなく…目覚まし時計の様に死んじまう…こいつら…一体…何だってんだ…それに」

ギルバートは軍用ヘルメットを取るとスキンヘッドの頭をタオルで拭いながら軍用トラックの中の惨状を呆然と眺めていた。

「何なんだ…ローレライの魔物って…」

トラックの荷台は血で溢れていた。

ギルバート軍曹の報告を受けたシュワルツェンベック中将の副官であるシュナイダー少佐は松代CATVの独占インタビューに流暢な日本語で応じ、ネルフ強襲がテロリストによるもので敵側の生存者は結局ゼロと発表されることになった。

同様の内容は新横田の国連軍司令部付きスポークスマンを通じて公式にこの発言を追認する形を取り、そのまま日本政府の外務省と国防省に報告された。
 





自由党本部ビルに明るいグレーのスーツを着こなした一人の男が単身で乗り込んできた。政治部の記者やTV局がカメラを一斉に向ける。
 
能登自由党衆議院議員(内閣官房長官)だった。次期総裁の呼び声の高い能登の登場に俄然、報道陣も熱を帯びる。
 
「松代でネルフが謎の武装集団から攻撃を受けているということですがこの件に関して何か政府は掴んでいるんでしょうか?!」
 
「能登さーん!!こんな時に政府与党はいきなり衆議院を解散しましたけど国民に対する重大な背信行為じゃないですか?!」
 
「総選挙に向けてやはり自由党としても新しいリーダーが切望されていますけど!遂に総裁選へ出馬されるのでしょうか?!」
 
能登は本部ビル玄関前の階段に立つと報道陣に向きなおる。
 
「私は本日を持って自由党を離党する決意を固めました」
 
能登の言葉に報道陣は騒然とする。
 
「り、離党!?能登さん!!それは一体どういうことでしょうか?自由党内でのお家騒動勃発でしょうか!!」
 
女性記者の一人が叫び声に近い声を上げる。
 
そしておもむろに能登が懐から離党届と書かれた封書を取り出すと一斉にフラッシュが焚かれる。さながら昼間の様な明るさだった。
 
「いえ、その様な次元の話ではありません。私は私自身の政治信条に基づいて行動する事にしました」
 
「そ、それじゃあ…能登さんも…国民党へ」
 
能登が一呼吸置く。
 
「いえ、国民党と行動を共にする事は全く考えていません。すなわち新党の結成です。それでは」
 
その場にいた全員が一瞬静まり返ったがすぐに漣の様に騒がしくなる。能登は振り返ることなく背中にフラッシュを浴びながら党本部の中に入って行った。
 
 
国民党党首の生駒は新赤坂にある国民党本部の最上階で一人ほくそ笑んでいた。

「ふふふ…長門…貴様の言う通り衆院は解散させたぞ…だが…貴様やゲオルグ如きにこの俺を御すことが出来ると思っておるのか…真打の登場はこれからだぞ…」

背後でドアを小さくノックをする音が聞こえる。振り返ると恰幅のいい足柄幹事長が立っていた。

「生駒先生、会見場の準備が整いました」

「おお、そうか!それはご苦労さん!すぐ行く」

「はい。それでは私は下でお待ちしています」

「うむ」

閉まるドアを見届けることなく生駒は再び視線を窓の外に向けた。国民党本部ビルの敷地は結党以来最大規模の報道陣に取り囲まれているのが眼下に見える。

「歴史はこうして作られるんだよ…出雲さん…犀は投げられたのだ…静かなるものは屠らねばならん」

生駒は踵を返すと高らかに笑い声を上げていた。

並みいる記者たちを前にして生駒は総選挙で「静かなる者の政策」との決別と「新世紀におけるバレンタイン体制の在り方」を争点として民意を問うことを宣言、事実上、ネルフとの対決姿勢を鮮明にしていた。

今週頭から行われていたインターネット上の支持政党アンケートでは国民党が81%の圧倒的な支持を集めていた。


「まさに狂詩曲さながら…だな…政治は悲喜交々(ひきこもごも)の舞台…」

外務省国連局長の阿賀野は自宅のリビングで50型壁掛けTVの画面を凝視していた。画面の中には生駒の姿があった。

「我々は!!今こそ!!真の日本を取り戻すべきなのだ!!」

口角泡を飛ばしながらネルフの非常事態宣言発令と、それを招来させるきっかけを作った陸奥首相の衆議院解散を解散権乱用と指弾するその姿は、勇ましいというよりもむしろ聴衆を威嚇するような印象を阿賀野に与えていた。

まるで18(アドルフ・ヒトラーの事を指す隠語。イニシャルのAHはそれぞれ1番目と8番目のアルファベットに当たる事がその由来。戦中のドイツではナチスの体制を批判する際にしばしば用いられていた)を彷彿とさせるの様なアジ(アジテーション)演説じゃないか…日本も血生臭くなりそうだ…

「無粋な時代に生まれたものだな…せいぜいこうして残り少ない夢を味わうしかない…か…」

阿賀野はTVの明りだけの暗いリビングでブランデーグラスの中のコニャックを一気に煽ると口中に残るオークの芳香の余韻に浸っていた。
 
 
 
 
 
 
 
悪夢の様な夜が明けようとしていた。

東側の山際が明るくなり始めそれと同時にセミの鳴き声が少しずつさざ波の様に近づいて来るようだった。

第二実験場ではネルフ本部の応援部隊と国連軍の後方支援部隊による死傷者の収容がほとんど終わろうとしていた。

実験場の周囲の山はすっかり焼け野原になっていた。ところどころから焚火の様に白い煙が上がっていたがほぼ鎮火していた。その間をネルフ保安部が捜索を始めていた。

国連軍によりテロリストと一部マスコミに発表されたもののネルフの全員がそれを信じる筈はなかった。証拠に繋がる遺留品を求めて調査が続けられていた。

朝日がすっかり姿を山裾から現したと同時に事後処理の総責任者として冬月がヘリで到着した。冬月の後ろには悲痛な表情をしたマヤの姿があった。

焼け焦げた研究棟から数百メートル離れた敷地に弐号機と参号機の姿が見えていた。弐号機は両膝を着いてうな垂れる様に身を屈している参号機の正面で殆ど仰向けに近い格好で蹲っていた。

上空を旋回してその様子を確認していた冬月とマヤだったが視線は二体のEvaに注がれていた。

「使徒化した参号機を今度はジオフロントに持ち帰る事になるとは…やれやれだな…」

「え?さ、参号機をですか?」

「ああ…そうだ…まもなく給油を終えたピクシー1が回収に現れる筈だ…弐号機よりも先にな…」

マヤはそのまま唇を噛みしめるとそのまま押し黙った。緊急の幹部会でゲンドウは弐号機と参号機の回収を冬月に命じていた。冬月も釈然としない思いを消化できないまま松代の地を踏みしていた。

研究棟に向かって歩いていると不意にマヤが後ろから冬月に話しかけてきた。

「あの…副司令…」

「ん?何だ…」

「アスカは…いえ…セカンドチルドレンは…エントリープラグの中に放置されたままだと聞いていますが…それは本当でしょうか?」

冬月はマヤの声に険があるのに気がついて思わず足を止めて振り返る。マヤの目はすっかり充血していたがその中になじる様な眼差しがあった。

伊吹くん…君が…そんな顔をするなんて…

冬月は言葉を慎重に選ぶ必要性を感じていた。

「いや…さすがにそれはない…確かに使徒殲滅後に弐号機の感染程度を確認するために2時間ほど経過を見ていたが問題ないと判断された。マニュアルモードでエントリープラグはもうじき…」

「内部電源がゼロの状態で2時間…ですよね…?」

マヤが冬月を遮るように言葉をぶつけてきた。冬月は小さくため息をつくとまるで観念したかのように首をすくめた。

「そうだ…2時間だ…」

そしてマヤの視線から逃げる様に歩き始めた。

「あんまりです…内部電源が切れて…L.C.L.の浄化も出来なくて…パイロットが呼吸できる限界点が1時間と言われているのに…それを…2時間ですよ…?レリエル戦のシンジ君の時ですら…グスッ…す、すみません…」

マヤは冬月を追いかけながら嗚咽を漏らし始めていた。

「伊吹君…すまない…今の私にはそれしか言えんよ…何を言ってもいい訳に聞こえるが…弐号機の感染状況を把握しないことには迂闊にエントリープラグに近づくことは出来なかった…そういう事にしておいてはくれないかね?」

「…失言でした…申し訳ありません…」

「いや…君の気持ちはよく分かってるつもりだ…」

朝日に照らされてすっかり変わり果てた姿を曝す研究棟を冬月はじっと見据えていた。窓という窓は全て割れて白色の建物はすっかり焼け焦げており、建物の3分の1は爆弾の直撃を受けたかのように瓦礫の山と化していた。

ネルフ職員と国連軍兵士が引っ切り無しに出入りしていた。研究棟の正面に仮設された本部テントの中に入るとその中にリツコ、長良、シンジ、トウジの姿があった。

4人とも疲労がピークに達していたのか、クッションの悪いパイプ椅子の上で浅い眠りを貪っていた。

「リツコ君!それに…シンジ君も!よかった!無事だったのかね!」

「せ、先輩!」

冬月の横をすり抜けてマヤが一目散にリツコに抱きつく。

「ちょ、ちょっと!マヤ!何を…あなた…泣いてるの…?」

「よかった…よかった…うう…」

リツコはネルフ作戦部のポンチョ型野戦防寒着を肩に掛けてパイプ椅子に座っていたが自分の胸の中で子供の様に泣きじゃくるマヤの頭にそっと右手を置いた。

「バカな子…何も泣く事無いじゃないの…どうにか…無事だったわ…」

冬月がマヤの後ろに立つと深々とリツコに頭を下げてきた。

「冬月…副司令…」

「リツコ君…本当にすまない…謝ってどうにかなるものではない事は分かっているつもりだ…松代実験場の破棄は我々の判断ミスだった…」

「副司令…それは結果論ですわ…あの混乱した状況ではわたしも強制発議を考えたと思います…」

リツコの言葉に冬月は驚いてまじまじとリツコの顔を見た。

「しかしだね…」

リツコは力強い視線でそれに応じる。

「全ては計画の遂行のために決断された事ですわ。わたしは…そう信じています…」

「リツコ君…」

冬月とリツコは暫く無言のまま見詰めていたがお互いに頷いていた。やがて冬月は長良、トウジ、シンジの順に視線を送る。

「君達も本当に無事でよかった…これは殆ど奇跡だよ…しかし…」

冬月はやや困惑した顔を浮かべるとシンジに視線を向けた。

「それにしてもシンジ君…驚いたな…まさか…君がこんな所にいたとは…君の捜索で諜報課が動いていたのは知っているかね?」

「はい…リツコさんから聞きました…」

「いや、我々も大体の事はリツコ君を通して聞いているが…だが…何らかの形で君は保安3課(軍事監察)…いや…この場合は諜報課になるのかな…いずれにしても取調べを受ける事になるだろうな…」

「…分かってます…申し訳ありませんでした…」

「ふむ…」

神妙なシンジの態度に冬月はやや拍子抜けした様に右手を顎に当てて考えるような素振りをした。

何処まで加持が手を回して…何処までが自分の意思だったのか知らんが…大胆な行動の割にこの大人しい態度はどう受け止めたものか…

冬月の背後にあるテントの出口が開かれてネルフ技術部の若い男性職員が朝日と共に現れた。

「部長!弐号機のエントリープラグをマニュアルモードでEjectしました!」

全員の視線が職員に集まる。

「そう。ご苦労様。双方向(通信)システムが破損したって青葉君から聞いてたからちょっと不安だったけど…それじゃ…マニュアル操作用のインターフェースボードは生きていたって事ね」

「はい。内部電源が切れて随分経っていたので若干認識させるのに手間取りましたが現在は問題なく動作します」

「アスカ…アスカは!」

シンジがうわ言の様に言いながらパイプ椅子から立ち上がる。リツコは横目でチラッとシンジの方を見ると職員の方に再び視線を戻した。

「2時間も経ってしまったけど…パイロットの様子は?」

「はい。気を失っていますが命に別状はありません」

テントの内部に安堵の空気が流れる。

「そう…よかったわ…すぐに医療部に搬送の手配をして」

「わかりました」

職員は再びテントの外に出て行く。

「ええんか?センセ…」

シンジの隣に立っていたトウジが肘でシンジのわき腹を突いた。

「えっ?な、何が?」

「何が…やないやろ?自分…泣きながら惣流が参号機と戦うとこ見とったやないか?心配しとったんちゃうんか?」

「う、うん…そうだけど…」

「なんやつれへん返事やな?ようやく救出されたっちゅうのに。行かんでもええんかいな?」

「…」

俯くシンジを見てトウジは不思議そうな表情を浮かべたが両手を頭の後ろで組むと再びパイプ椅子に腰を降ろした。

よう分からんわ…何なんやろ…まあ…俺には分からんパイロット同士の呼吸っちゅうもんがあるんやろか…

するとシンジが突然テントの出口に向かって歩き出した。再びウトウトしかけていたトウジは驚いて顔を上げる。

な、なんやねん!自分!結局行くんかい!

「シンジ君、何処に行くつもりかね?」

自分の横を通り過ぎ様としたシンジを冬月が呼び止めた。シンジは振り返ることなく足を止めた。

「弐号機の…アスカのところに…心配ですから…」

「そうかね…まあ…そうだな…」

「シンジ君…弐号機のところに行くならついでにそこにあるハードキーを持って行ってくれないかしら」

リツコが指を指した先には床に無造作に投げ出されていた弐号機と同じカラーリングのハードケースがあった。

リツコからようやく離れたマヤが足早にケースに歩み寄ると中から2メートルの金属の棒を取り出した。金属の棒はこれも同様に深紅に塗られており細長い剣の様だった。先端から20センチのところで二股に分かれていた。

重たそうに持つマヤから受け取ったシンジも同じ様にふらついた。

「あの…これは…」

「それは弐号機の内部プログラムをリスタートする時に必要になるハードキーよ。パイロットが中にいる状態ではEvaをリスタート出来ないから、救出されたのならそれが必要になるわ。お願いできるかしら?」

「分かりました…」

シンジは深紅の長い剣を持ってテントを後にした。それはさながら魔剣グラムの様だった。
 





シンジがテントの外に出ると参号機がちょうどネルフの大型輸送ヘリに吊り上げられて高度を上げているところだった。

弐号機の周りには国連軍のクレーン車やブルドーザなどの重機があった。クレーンで吊り上げられたエントリープラグが蹲っている弐号機の膝に置かれているのが見える。

シンジは駆け出していた。

砲撃を受けてあちこちに大きな穴が開いていたため400メートルと聞いていた距離から想像するよりも多難だったが無我夢中で弐号機を目指す。

周囲を警戒していた国連軍の兵士はシンジのIDを確認すると何も言わずに通した。近づけば近づくほど弐号機は朝日に照らされて真っ赤に燃え盛る炎の丘の様に見えた。

弐号機の背中にネルフの工作車で梯子を伸ばして技術部の職員達がヘルメットを被って作業しているのが見えた。全員が忙しく立ち働いておりとても気軽に話しかけられる様な雰囲気になかった。

シンジは少しの間所在無くハードキーを持って立ち尽くしていたがふと弐号機の膝に目を向けると国連軍の毛布に包まれて硬い赤い装甲の上に横たわっているアスカの姿を認めた。

「あ、アスカ…」

シンジは突き上げるような感情に耐え切れず魔剣グラムを携えて弐号機の膝に架かる梯子を上り始めた。

弐号機の膝の上に立つと視界は一気に広がる。東の空から完全に太陽がその姿を表していた。弐号機の上には人影はなかった。

シンジはゆっくりと迷彩柄の毛布に近づいていく。L.C.L.の中から救出されて毛布の上に寝かされたままのアスカは眠っている様に見えた。

「アスカ…」
 
シンジは傍らに魔剣グラムを置くとアスカの横に片膝を付いた。
 
「よかった…無事で…本当に…」
 
込み上げてくる感情の波を抑えることができずシンジは思わず両手で顔を覆うと嗚咽を漏らし始めた。アスカはゆっくりと目を開けた。
 
アタシ…ここは…?エントリープラグの…外…誰…誰かいるの…?
 
アスカが痛む身体を起こすと自分の隣で泣いているシンジの姿を見つけた。
 
「アナタは…?ここで何をしてるの…?」
 
「あ、アスカ…」
 
声をかけられたシンジが慌てて涙を両手で拭うと顔を上げた。目に涙を溜めたシンジの顔を見てアスカは思わずギョッとする。
 
「アナタはあの時の…神のみ使い(天使)…どうして…アナタがここに…いや…アンタは…」
 
間違いない…この子はレイが出撃前にアタシにくれたロケットの中の男の子だ…この子が…どうして…アタシの「心」なの…アタシはこの子と何だったっていうの…
 
「アスカ…会いたかった…会いたかった…」
 
再びシンジは泣き始めていた。恥も外聞もなく涙も鼻水も一緒になっていた。
 
「どうしてアナタは…泣いてるの…?」
 
アスカが右手をゆっくりと伸ばしてシンジの左頬に当てた。その途端シンジはアスカを抱き締めた。不意を疲れたアスカは思わず両手で抗おうとしたが左肩に鋭い痛みを覚えて体を硬直させた。

「い、イタいわよ!な、何なのよ!アンタ!いきなり!」

ちょ、ちょっと…何!コイツ!へ、ヘンタイ…

「アスカ…ごめん…ごめん…ごめんよ…アスカ…」

「え?な、何?ど、どうして…アンタは!その…謝ってんのよ…」

アスカの耳元でシンジは泣いていた。声を上げて泣いていた。

何なのかしら…この子…こんな大きな声で泣く男の子って…アタシ…初めてだ…そんなにアタシと変わらない歳の癖に…泣きたいのはアタシの方よ…全身打ち身みたいに痛むし…左肩も…右足も…痛くて動かせない…でも…

アスカはシンジに抱き締められたままいつの間にか抵抗するのを止めていた。

でも…この感じ…嫌いじゃないかも…アンタの匂い…アタシの好きな…匂い…

「もうそんなに泣かないでよ…何がそんなに哀しいのか分かんないけどさ…」

「ぼ…僕は…僕は…悪い事をした…んだ…君に…いっぱい…酷い事を…」

「えっ?悪いこと?酷いこと?」

「だ、だから…アスカ…ごめん…ごめんよ…」

な、何の事を言ってるのかしら…この子…それに…どうしてアタシの事を…知ってるの…

「だから…謝らないで…許すから!アナタの全てを…アタシは許すから…」

「アスカああ!!」

「もう!うるさいわよ!耳の近くで叫ばないでよ!バカ!鼓膜が破れるでしょ!」

アスカはシンジを両手でおずおずと抱き締めた。

「よくそんなに涙が出せるわね…アタシのために泣いてるわけ…?」

シンジはアスカの鎖骨辺りに顔を押し付けていたが小さく頷いた。アスカは小さくため息をつくと右手をシンジの頭の上にポンと乗せた。

「ホント変な子ね…でも…アンタって優しいのね…」

もし…アンタがアタシの心なら…アンタみたいな人でよかった…アタシ…アンタの事よく分からないけど…何故か…アタシ…アンタに逆らえない…

シンジの泣き声に国連軍の兵士やネルフの職員が一人、また一人と気が付いて集まり始めていた。
 





ネルフ本部から派遣された救助ヘリでアスカとシンジはリツコ達と共に第三東京市に向けて飛び立った。

ヘリの窓からシンジは遠ざかる松代の街を眺めていた。左手で頬杖を付いていたシンジはハッとして自分の左手首を見た。

「傷が…消えてる…」

レリエルに取り込まれた後、自分の左手首についていた得体の知れない古傷の様な痕が跡形も泣く消えていた。

「また…会えた…から…って事なのかな…?」

シンジはヘリの奥に目を向けたが自分の席からアスカの姿を見ることはできなかった。
 
 




金色のフェンリルはレオパルドXXの上から遠ざかっていくネルフの救護ヘリを見上げていた。

「緋色のワルキューレが再び天上へと帰っていく…か…」

「閣下、宜しいのですか?あのままセカンドチルドレンを確保せずに行かせてしまっても…ハイツィンガーの指示では松代のMAGIとセカンドの双方を最後に我々が…」

シュワルツェンベックの背後からシュナイダー少佐が話しかけてきた。

「よい…ハイツィンガーの言うことなんぞ元々興味はない…俺はただ…ミサトと…そしてあのワルキューレにもう一度会いたかっただけだ…」

「はっ!出過ぎた事を申し上げました」

シュワルツェンベックは目を細めていた。

ドイツのN-30・・・そこにあるのはまさに氷と死だけ…この世の終わりの様な場所で来る日も来る日も人を殺す事を強いられていたあの子…あの子がまさかな…

「行くぞ。新横田に帰還する!」

「は!」

轟音と共にフェンリルは再び走り去っていく。





松代動乱から一週間後。参号機に寄生したのは第13使徒バルディエルでテロリストと使徒はなんらかの相関関係がある可能性もあると国連から公式発表されていた。

テロリストと使徒、というキーワードは「新しい伝染病、生物兵器」と世界を震撼させてもいた。そのせいかベルリン国際空港は朝から物々しい雰囲気に包まれていた。

出発ロビーの前に一台のメルセデスのリムジンが滑るように入って来た。その場にいた旅行者やビジネスマンは思わず車の方に目を向ける。

運転手が恭しくドアを開けると170センチほどの銀髪のすらっとした少年が姿を表した。明るいグレーのピエールカルダンの特徴的なスーツと胸元まで開けた白いコットンシャツを颯爽と着こなしていた。

まるでハリウッド映画の子役スターの様な雰囲気だった。運転手はカートに次々とエルメスの旅行鞄を積み上げている。

「失礼…渚…カヲル…君ですね?」

「Ja…じゃなかった…失礼しました…そうです。僕が渚カヲルです。一応…」

「…初めまして…日本まで同行しますネルフ本部諜報課の者です…名前は申し訳ありませんが…」

「分かってますよ…護衛だけならお互いに名乗る必要もないでしょう…どうかお気になさらず…」

「ご理解…感謝致します…」

ネルフ本部の諜報課を名乗った3人組みはきびきびとカヲルの荷物をルフトハンザのファーストクラスのチェックインカウンターまで運ぶ。

カヲルはサングラスを外すとコットンシャツの胸ポケットの中に入れた。諜報課員の一人がカヲルにチケットとパスポートを手渡した。

「Danke sehr(どうもありがとう)おっとっと…すみません…なかなか習慣というのは変えられないもので…」

「…いえ…徐々に慣れていただければ…」

「日本に着く頃には立派な渚カヲルになってますよ。きっと…」

愛想なく諜報課員が答えるとカヲルは悪戯っぽく舌を出して笑う。別の諜報課員がカヲルに手荷物を渡すと時計を見ながら話しかけてきた。

「出発まであと2時間ありますが…どこか行かれますか?」

「何処かって…何処です?」

カヲルに聞かれた諜報課員は返答に窮して互いに顔を見合わせる。おずおずと一人が口を開いた。

「例えば…免税店とか…」

その言葉を聞いたカヲルは愉快そうに笑い始めた。諜報課員たちに戸惑ったような空気が流れる。困惑を感じ取ったカヲルは人懐っこそうな笑みを浮かべて大人たちを見た。

「ははは。失礼しました。折角ですがそれなら遠慮しておきます。エリザのお土産はもう買ってありますからご心配なく。ヘタにブランド品なんか渡すと逆に怒られますからね。航空会社のラウンジで(カフェ)マキアートとスナックでも楽しみますよ」

「…分かりました…ではこちらへどうぞ…」

黒服の諜報課員に囲まれてカヲルはチェックインカウンターを後にする。歌を口ずさみ始めた。

 

Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium
Wir betreten feuertrunken. Himmlische, dein Heiligtum!

歓喜よ、神々の麗しき霊感よ、天上の楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて崇高な汝(歓喜)の聖所に入る


Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt;
Alle Menschen werden Brüder, Wo dein sanfter Flügel weilt.

汝が魔力は再び結び合わせる、時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる、汝の柔らかな翼が留まる所で







Ep#07_(23) 完 / Episode#07 あれかこれか おわり
 





 
< 次回予告 >

Episode#08 歓喜に寄せて

風雲急を告げる第二東京市に加持リョウジの姿があった。
加持は東京音楽院の吹雪の元を尋ねていた。
「開けてはならぬ運命の扉があるとすれば…恐らくこれがそれだ…」
加持をして戦慄させる事実とは何か…
一方、総選挙は下馬評通り国民党の圧倒的勝利により
日本の政局は大きな転機を迎えることになった。
「いつまで黙っていられるか…それを待つのもまた一興…」
ほくそ笑む生駒…出雲憤死の事実が少しずつ明らかになっていく…
シンジに関する記憶を失っていたアスカの本部拘留は続いていた。
アスカに替わって新しくシンジは渚カヲルとミサトの家で同居する
事になった…


乞う!ご期待!


(改定履歴)
26th May, 2009 / 誤字、表現の修正
6th June, 2009 / 表現の修正
2nd Sept, 2012 / 誤字、表現の修正
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