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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第21部 They live    生きてこそ


(あらすじ)

地階の制圧に乗り出したミサトは研究棟の地下の構造を踏まえて逃亡による時間稼ぎが限界点に差し掛かっているのを認識していた。救出を焦るミサトは普段では考えられない強行突破を試みて敵弾に倒れる。
「くっそ…2メートルも進めないとは…」
一方、地上では疲労著しいアスカとは対照的に容赦の無い参号機の烈火の如き攻勢の前に弐号機はなす術を失いつつあった。追い詰められるアスカ…
なぜ…人は苦しみ、傷つきながらも生きねばならないのか…

(本文)


F306強制発議による第二実験場爆破まであと36分29秒…

メインモニターに映し出される弐号機と参号機の戦いをシンジは手汗握って食い入るように見ていた。参号機に組み敷かれたまま2分、3分と時間だけが過ぎている。

アスカ…何をやってるんだ!どうしたんだろう…何か様子が変だ…

左腕をひねられたまま弐号機は必死に逃れようとしていたが何処か動きが鈍い様に見えた。弐号機の左腕の付け根から紫色の液体が噴出しているのが見えた。

このままだと…腕を…アスカ!本部に閉じ込められたってミサトさんが言ってたけど…もしかしてそれが影響しているのか…これも…父さんが…

父さん!一体…一体何がやりたいんだ!僕は嫌だ…あんな未来は…嫌なんだ!!

「加地さん!僕、やっぱり…」

「それどころじゃないぞ、シンジ君…まずいな…これは…」

「えっ?な、何がですか?」

シンジを遮る様に加地が深刻な顔つきで言う。シンジは出鼻を挫かれてたじろいでいた。

「ここのMAGIがローカル状態に置かれてしまった以上、ここからマクスウェルに侵入することは出来なくなった…707ポートが開いているうちにまた別の方法を考えなければならない…やはりこちらの素性を悟られないでマルドゥックに迫ろうとしたのは虫がよすぎたかもしれないが…それ以上に大きな問題が発生した…くそ!!」

ダン!


加持は珍しく荒々しく拳をオペレーションデスクの上に叩きつけた。シンジは思わずその音に肩を竦めた。

「この強制発議F306の意味がようやく分かったんだ…」

「え?強制…ああ、初めに言っていたヤツですか?結局何だったんですか…?」

「ここの…松代の実験場の破棄…つまり…丸ごと爆破するという指示だ…」

「爆破って…ええ!?そ、それじゃここが…」

「そうだ!あと30分ちょっとで吹き飛んでしまう!くそ!何てことだ!国連軍や俺たちごと始末するつもりなんだ!」

シンジは驚愕する。思わず隣にいた加地の顔をまじまじと見ていた。

「か、解除…解除はできないんですか?」

加持はデスクに肘をつくと頭を抱える。

「強制発議はMAGIに拒否権を与えない強権発動だ。自決しなければならない時のためのものでネルフ総司令長官のコードがなければ実行も解除もできない一方的なものだ…皆殺しにするつもりか…」

「そんな…どうすればいいんだ…」

僕は何のためにここに苦労してきたんだ…参号機も止められなかった…そして…初号機にも乗れない…皆が撃たれて…アスカを助けにも行けない…まるで…


バカシンジなんてあてに出来ないんだから!!


アスカ!!

シンジは思わず耳を塞いでその場にしゃがみこんだ。

やっぱり…僕は何もできないんじゃないか…どうやっても…結局…こうして…アスカがやられるのを黙って見ているしかないのか…

「くそ…こんなのってないよ…あんまりだよ…加地さん!なんとか出来ないんですか?爆破を止めて下さい!参号機も!MAGIでどうにかならないんですか!!」

シンジはまるで取り乱したヒステリー患者の様に加地にとびかかってきた。シートに座っていた加持は始め不意を突かれてよろめいたが、素早くシンジの両手首を掴むと暴れるシンジをなだめ始めた。

「シンジ君。落ち着け。すまんがこればかりは俺ではどうにもならん…残念だがここは引き上げよう…」

「引き上げる?バカなこと言わないでよ!何のためにここまで来たんだよ!冗談じゃないよ!」

シンジは泣き出す寸前だった。

「そうよ。このまま無事に帰れるなんて思わない方がいいわよ」

シンジは背後から聞きなれた声がして思わず振り向いた。加持はシンジの両手首を持ったままゆっくりとイスから立ち上がる。鋭い視線を向けていた。

MAGIのオペレーションルームの入口に拳銃を向けたリツコが立っていた。

「り…リツコさん…」

シンジは暴れるのを止める。加地もシンジの手首から手を離すが視線はリツコからそらさなかった。リツコは銃口を始めにシンジ、そして加地、という様に交互に向けたが加地のところで動きを止めた。

「珍しいところで珍しい組み合わせね…シンジ君…チルドレンの緊急呼集を無視して姿をくらませたと思ったら…こんなところで…しかも…」

リツコは目を細めると銃口を二人に向けたまま部屋の中に入って来た。

「こんな男と一緒にいるなんてね…」

加持は頭を掻(か)くと口元に僅かに笑みを浮かべてリツコの方を見た。

「いやあ参ったな…リッチャン…これには実は深い訳があってね…」

「動かないで!ゾルゲの出来損ない!」

リツコが銃で加地を制した。加地がおどけた様に両手を上げる。

「おっとっと!まさか…本気じゃないよな…」

「本気かどうか…試してみてもいいわよ…」

リツコはゆっくりとLady Smithの安全装置を外した。

カチャッ

無機質な金属音が聞こえてくる。血で汚れた白衣を着たリツコの目が血走っていた。

「あ!何や!シンジやないか!」

「と、トウジ!」

突然、トウジがリツコの後ろからシンジの姿を認めて部屋に入って来た。自動小銃を持った長良もやってくる。

「と、トウジ…よかった…無事で…」

「動かないで!シンジ君!あなたの疑いは晴れたわけじゃないのよ!」

リツコは今度はシンジに銃口を向ける。その剣幕に驚いてシンジは思わず体を硬直させた。

「あ、赤城センセ…シンジは…」

「あなたは黙ってなさい!」

張りつめた空気が部屋の中を支配していた。
 
リッチャン…何があったんだ…いつも悩んでいたのに…何か…吹っ切れた様な印象だ…こういう時には本当に人が撃てるからな…しかし… 

加持は視線をちらっとMAGIのモニターに向ける。

残念だが…俺たちにはあまり時間がないぜ…






F306強制発議による第二実験場爆破まであと35分53秒…
 
ミサトは地上階を掌握した後、地下一階に突入して中央実験室を確保していた。

「この部屋を一先ず地階制圧における橋頭堡にするわ。ここに直ちに通信機とPCの設置を急げ!」

「了解!」

ミサトはシュレッダーにかけたままの書類を引っ手繰ると部屋をぐるっと見渡す。コンピューターの端末は全て床に投げ出されていた。

「こんな短期間で…これだけのPCを完全に潰すなんて…バカな女…ここまで来ると律義とは言いたくないわね…ドSに見えて案外とドMとは…」

ミサトはデスクの上に腰掛けると処分途中の書類に目を通す。

「参号機の予備テストの生データか…よっぽど慌ててここを後にしたらしいな…」

データチャートを放り投げる。ふと顔を上げるとアメリカから持ち込んだ参号機関連のファイルが手付かずの状態で放置されているのが目に留まった。

物色した跡すらない…こいつらの目的はやはり参号機じゃない…また情報機関の連中が一枚噛んでいるならこの宝の山を放って置く筈が無い…どういうことだ…あとからじっくり拝むつもりだったのか…それとも血に飢えた狂信者の様に殺戮だけが目的だったのか…いずれにしても何らかの謀略があるとしか思えない…うち(ネルフ)を狙うにしてもあまりにも不自然な点が多い…

「カーネル!」

第11武装小隊のアンダーソン少尉と07(擲弾)部隊のポーランド系のコワルスキー中尉が部屋に入ってきた。

「よし!揃ったな!これから地階の制圧方針を立てる!ここ(研究棟)は地上よりも地階施設の方がメインだ。迂闊に動くと被害が拡大するからな」

「は!」


ズズーン!!ゴゴゴーン!


「あの…カーネル…」

アンダーソン少尉が上を見上げて不安そうな表情を浮かべていた。

「言いたい事は分かってる、少尉(Second Lieutenant)…参号機の暴走は全く想定外だ…弐号機の到着までのつなぎになればと思って起動を指示していたが投入時期を逸したばかりか、こんな時に制御不能状態に陥るとは…無念の極みだ…仕方が無いが弐号機に参号機を押さえてもらう以外に方法が無い」

ミサトたちの間を機材を抱えた兵士達が忙しく行き交っている。

「カーネル、軍曹(Sergent)から先ほど連絡がありましたが南側に展開していたギルバート隊は一先ず正門のベースキャンプまで退避しました」

「適切な処置だ。感謝する。それから何だ?何か他にも言いたそうな顔だな?少尉」

ミサトよりも若いアンダーソンとコワルスキーは「雷神」を前にして明らかに緊張していた。言い淀んでいたアンダーソン少尉は再び姿勢を正す。

「は!報告します!実験場を襲った部隊ですがその死体を多数確認しましたが日本人らしきアジア人は一人もいませんでした」

ミサトがアンダーソンの言葉に怪訝な表情を浮かべた。

「何?アジア系がいないだと?じゃあ…戦自ではないということか?」

「分かりません!しかし、戦自は我々と同じくM16小銃を正式採用していますが、この部隊はAKを使用しておりました」

「そういえば…あたしがこいつの前に使っていた小銃も確かにAK-47だった。切羽詰ってたからな…今まで気にしていなかったが…」

ミサトは傍らにおいていたMP5に視線をむける。一呼吸置いてアンダーソンは更に続けた。

「それから…敵部隊は全員…ドッグタグを付けていませんでした…」

「な、なんだと!ドッグタグがない!?そんなバカな…テロリストじゃあるまいし…そんな部隊は聞いた事がないぞ!」

ミサトは思わず身を乗り出す。僅かにアンダーソンとコワルスキーが上体を逸らした様に見えた。

「我々も非常に困惑しております、カーネル。しかし…事実です。やはりテロリストの可能性も否定は出来ないかと…」

途端にミサトの目が鋭くなる。

「テロリストだあ?貴官の目は節穴か!!Fxxkhead(大バカヤロウが)!!」


バーン!!


ミサトは足元にあったシュレッダーを思いっきりアンダーソンの方に向かって蹴り倒す。

「も、申し訳ありません!!サー!!」

機材の調整を行っていた通信兵がミサトの剣幕に驚いて立ち上がっていた。屈強な男達の熱気でむせ返りそうな部屋に途端に緊迫した空気が流れる。

「貴様のくそったれ耳をかっぽじってよく聞け!青二才!ここに来るまでのやつらのあのフォーメーションを忘れたのか!あれは野良犬の仕事じゃねえぞ!れっきとしたテロ訓練を受けた正規部隊の仕事だ!それにこれだけの組織的展開力と装備!どれをとってもテロリストという次元を超えてる!」

「失言でした!カーネル!申し訳ありません!サー!」

「ふん!!いいか!徹底的に証拠を集めろ!息のあるヤツは止めを刺さずに治療にまわせ!後で徹底的に尋問するんだ!分かったか!ボケッとするな!お前もだぞ!中尉!」

「了解しました!サー!!」

二人の男は直立不動の姿勢で声を揃える。

「よし!EvaのことはEvaに任せてこれから軍議に入る!集められる分隊長をすぐにここに呼べ!」

ミサトは二人を一睨みするとデスクの上に研究棟の図面を広げ始めた。
 






F306強制発議による第二実験場爆破まであと34分11秒…
 
アスカは得体の知れない違和感を背中に覚えて直感的に危険を察知していた。

「…ち、ちくしょう…あんまり…調子にのんじゃないわよ!!」

左腕を取られて後ろ手にひねられていた弐号機が右手一本で背中に乗りかかっている参号機ごと身体を起こすとそのまま振り落した。

「こんの野郎おおお!」

間髪入れずに片膝立ちから飛び上がった弐号機は左腕を中心に回転して参号機の首筋に蹴りを浴びせかけた。

参号機がたまらず弐号機の左腕を離す。

「こんなもん!邪魔なだけだ!」

アスカは弐号機のF兵装をかなぐり捨てるとアンビリカルケーブルを残骸から取り出して背中に装着する。

装着し終わるやいなや参号機が回し蹴りを入れてくるのが見えた。

「どりゃああ!!」

弐号機は咄嗟に上体を逸らして参号機の蹴りを間一髪のところでかわすとそのまま後方に二回、三回とバク転を繰り返した。

素早く間合いを取ったアスカは山火事の明りを浴びて黒光りしている参号機を凝視する。参号機はやや膝を落として身構える。口からは狂犬病の様に粘液を滴らせていた。

「気持ち悪い…何、コイツ…どこかで見た様な気もするけど…何か…触ってくる感じとかイヤらしい…」

距離をとったところで両者が再び間合いを詰めていく。

参号機が力比べの体勢を作るのを見て取るとアスカは手前でいきなりスライディングタックルをかけた。


ズドーン!!


参号機が轟音と共にひっくり返る。

「アンタばかぁ!プロレスじゃあるまいし!そんなことするわけねーだろ!参号機のパーソナルデータって頭悪いヤツがベースなんじゃないの!!」
 


「へーくっしょい!!!な、なんや…誰か噂しとんやろか…」

もとい…
 

スライディングの姿勢から素早く立ち上がると参号機の背中めがけて弐号機はニードロップを食らわせる。

参号機の動きが止まると背後に回りこんでスリーパーホールドの態勢を取ったアスカだったが参号機の口から滴る粘液上の異物のことを思い出して思わず参号機の頭から手を離した。

そうだ…コイツにはあれがあったんだ…何だろう…強烈な酸?それにしては…

足元で参号機が両手を突いて立ち上がろうとしてるのが見えた。

「ちっ!考えてる暇はないか…だったら…これでも食らえ!」

弐号機は鋭く参号機のわき腹に蹴りを打ち込む。立ち上がろうとしていた参号機が再び地面に沈む。

アスカは休むことなく参号機に蹴りを打ち込み続けた。

「はあ…はあ…はあ・・・効いてるんだろうか?」

参号機はほとんど無抵抗のまま弐号機の蹴りを背中や脇腹に受け続けていた。それがかえってアスカは不気味に感じていた。

でも…さっき頭に蹴りを入れた時に手を離した…あれはダメージに反応した結果じゃないのか…それなりには…くそ!本部の解析結果が欲しい!

何の前触れもなく参号機が突然、弐号機の右足を掴む。

「し、しまっ…きゃあああ!」

弐号機が引き倒される。それと同時にアスカの右足に稲妻の様な鋭い痛みが走る。

「あつっ!うううう…あああ!」

足を取った参号機が弐号機にアキレス腱固めを仕掛けていた。


ギシ…ギシ…ギシ…


異様な音がエントリープラグ内に響いている。

「ぐ…ぐぐぐ…こ、こいつ…ああ!ちくしょう…」

アスカは苦痛の余り上体をくねらせる。

や、やっぱり…コイツ…苦痛を感じてない…さっきの反応で思わず人間と錯覚してしまった…

アスカは参号機の顔を見る。相変わらず滝の様に口から粘液を滴らせていた。

あれに触れるとヤバイ…やっぱりそんな気がする…

更に参号機が右足を締め上げてきた。痛みでアスカの思考はかき消される。

「あああ!Scheisse!(独 / 英語のShitに相当する言葉。シャイゼと言います)…このヘンタイ!」

弐号機は左足で参号機の顔面を避けてこめかみから側頭部辺りに鋭く蹴りを入れた。僅かに掴まれていた右足が緩むのを感じる。

「そうか!コイツは人間と違ってダメージで手を離すんじゃない!マルチタスクで思考できないんだな?やっぱバカじゃねーか!!」

アスカは参号機に向かって蹴りを何度も繰り出す。


ガシン!ガシン!ガシン!ガシン!ガシン!


参号機は攻撃と防御のどちらを優先すべきか迷っている様に見えた。アスカの狙い通りみるみる固めていた右足が緩んでいく。

「いただき!くらえ!」

一瞬の隙を突いて弐号機は右足を一気に引き抜くと今度は座った状態のまま両足で参号機の胸部を思いっきり蹴り上げた。参号機が溜まらず後頭部を地面に強打する。


ずずーん!!


「はあ…はあ…よ、よし…イタ!」

起き上がろうとした弐号機はバランスを崩して尻餅をついた。弐号機の右足は装甲を潰されて血の様に紫色の液体が溢れ出ていた。

アスカの右のアキレス腱にも鈍い痛みが残っている。最初に締め上げられていた左肩にも違和感があった。

「Scheisse…足を…はあ…はあ…」

参号機が再びゆっくりと起き上がるのが見える。しかし、体重をかけることも出来ずアスカは攻撃を仕掛けることもままならなかった。

まずい…このままだとやられる…どうすればいい…打撃も効かないとなると…

「はっ…いけない…」

立ち上がった参号機が猛然と弐号機に向けて突進してくるのが見える。アスカは背筋に冷たいものを感じる。

参号機が拳を振り上げて猛烈な勢いで弐号機に繰り出してきた。アスカは反射的に後ろ回りをしてそれを避けるががすぐさま参号機がそれに追いついてくる。

参号機がまるで掘削機の様に次々に大地に拳をつきたてる。まさに紙一重のタイミングで弐号機が体操選手の様に連続後ろ回りで避けていた。

回転しながらアスカは思考を巡らせる。

Eva動力機関に一撃を加えて機能停止に追い込むしかない…このまま格闘していても…体力的にアタシに不利なだけだ…

この危うい状態はネルフ本部の主モニターに映し出されていた。ハンカチで口を押さえた状態でようやく席に戻ってきたマヤが思わず叫ぶ。

「アスカ!」

誰か…早く…お願い…アスカを…

参号機がアンビリカルケーブルを踏みつける。後ろ回りをしていた弐号機の背中からプラグが自動的に脱落した。


バシュッ!


「し、しまった!ケーブルが!」

アンビリカルケーブルはパイロットが意図的にロックを掛けない限り安全のために一定のテンションがかかると自動的に外れるシステムになっていた。参号機のパンチのラッシュを避けているこの場合にはそれが幸いしていた。

しかし、アスカは確実に追い詰められつつあった。研究棟のすぐ後ろにある山の斜面まで追いこまれる。

「はあ…はあ…しまった…山を背に…」

参号機が目の前に立ちはだかっていた。

ここまで…なの…?アタシ…

大きなモーションから弐号機の顔面に拳が容赦なく振り下ろされる。


バキーン!


「あぐう…」

弐号機は両手で頭を庇っていたが最初の一撃でアスカは激しい頭痛に襲われる。

参号機は狂ったように殴りつける。時折、蹴りもわき腹辺りに飛んできていた。アスカは全身の苦痛にひたすら耐えまるで亀の子の様に身を縮める。

アタシ…殺されるの…?こんなやつに…こんな獣みたいなやつに…アタシは殺されるのか…辱めを受けるのか…こんな…こんなところで!

「死んで…たまるかあ!!」

アスカは咄嗟の判断で右腕で参号機の手を振り払うと左肩からプログナイフを出して参号機の腹に突き立てた。


グアアアア!!


参号機は2、3歩後ずさって上体をのけぞらせる。そして後ろに土煙と共に倒れるのが見えた。


ズズーン!


紫色の液体が腹から噴出しているのが遠目に見える。

「や、やったか!」

本部では主モニターを見ていた冬月が叫んでいた。

「確認急ぎます!」

青葉とマヤがきびきびと動いていた。

「はあ…はあ・・・はあ…ちょ、ちょっと手ごたえは薄かったけど…やったか…」

アスカは痛む体を抱えて這う様にして山際から離れていた。
 





F306強制発議による第二実験場爆破まであと27分55秒…
 
地下一階と二階で壮絶な攻防戦が繰り広げられていた。

「くそ…やつらの…攻撃に凄味が出てきたな…何か追い詰められてる様な悲壮感があるぞ…」

ミサトは地下二階に入ってすぐの廊下にバリケードを構築して激しく抵抗する一団を忌々しそうに階段の物陰から見ていた。

「カーネル、ここは危険です。一旦、我々の後ろに下がって下さい」

隣にいた若い国連軍の兵士がミサトに話しかけてきた。

「あたしもゆっくり後ろでコーヒーでも飲んでいたいが…こう見えて割りと多忙でね…後に予約が閊(つか)えてんだよ…デートだったら嬉しいけどな…」

へへへ、銃声に混じって僅かに分隊に笑い声が漏れる。

「しかし…」

多くの兵士は畏怖の目でミサトを見ていたが同時に困惑してもいた。

大佐の階級を持つ人間が最前線で小銃を持って打ち返すこと自体が国連軍の感覚からすれば考えられなかった。いや拠点制圧の陣頭指揮を執ること事態が既に異常だった。

率先して「戦闘」の範を示さねばならないという行為はネルフ作戦部という不完全な戦闘集団を束ねなければならないミサトの苦悩をある意味で雄弁に物語っていたが、それ以上にミサトの心の中は普段のミサトでは考えられないほどの焦燥感で焼かれていた。

スッさん…リツコ…とりあえずケージをやり過ごしてLevel4に入れば時間は稼げるが…工兵の手にかかればそれも長くは持たない…

「くそ…埒が明かない…おい!前方のバリケードをその
M79(単発式グレネードランチャー)で吹き飛ばして突撃するぞ!」

「え?し、しかし…後方の状況がよく分かりませんので危険です、カーネル」

「敵の侵入を許してかなりの時間が経っている…常識で考えれば既に限界点を超えている…」

あたしには失えない人間達なんだ!そう叫びたかったがミサトはこらえていた。

「出来ないならそいつを寄越せ!あたしがやる!」

「わ、分かりました!やります!」

ミサトの剣幕に驚いた兵士はM79を肩に担いで狙いを定める。ミサトは後ろを振り返って分隊全員の顔を見た。

「いいか!前方のバリケードを吹っ飛ばしたら一気に突入する!全員!衝撃に備えろ!」

「了解!」

「よしやれ!」


バシュウウウウウウウ!


バッゴオオオオン!


轟音と共にコンクリート片が飛礫の様に吹き荒れた。バリケードは跡形もなく吹き飛び辺り一面をもうもうと煙が立ち込めていた。

「よし!暗視ゴーグルをつけろ!突撃だ!」

ミサトがバリケードを乗り越えて廊下を突き進む。

「カーネル、危ない!」


ズガガガガガ!


潜んでいた武装兵がいきなり小銃を乱射し始めた。

「あぐ!つう…ちっきしょー!!」

ミサトは右肩を打ち抜かれて堪らず床に突っ伏した。

「カーネル!しっかり!おい、後方に敵がいるぞ!散開しろ!的になる!」

国連軍の兵士が倒れたミサトを引きずって横の部屋に逃げ込む。廊下で再び激しい銃撃戦が始まる。

「こちらドナルド1!本部!カーネルが右肩を負傷した!救援を要請する!他の分隊を至急まわしてくれ!」

「く、くそ…2メートルも進めないとは…時間が…時間が…」

まるでうわごとの様にミサトは呟いていた。

「カーネル!喋らないで下さい!傷が広がります!」

ミサトは朦朧とする意識の中で絶え間なく響く銃声、兆弾の音、叫び声を聞いていた。その全てが子守唄の様だった。
 





Ep#07_(21) 完 / つづく

(改定履歴)
18th May, 2009 / 誤字修正
7th June, 2009 / 誤字修正
28th May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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