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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第13部 Jeux interdits 禁じられた遊び (Part-7)  / Snowman(後編)


(あらすじ)

各種検査によって「チャイルド」としての価値を選別していくズィーベンステルネ。ドリューとアインはついに生き残る。アインを頼って生き様としていたドリューだが二人はそれぞれ異なった道を進む事になる。
「大丈夫…僕たちは再び巡りあう…」
別れの時が近づいていた二人は裏庭に出て、幼い手で雪だるまを作り始めた…
(本文)


まるでヒュンフと入れ替わる様にして新しい子がアタシ達に加わった。

一番遅くここにやって来たその子はアタシと同じ女の子だった。

ノイン(
9)はフィアと同じ東洋人でとても綺麗な黒髪と黒い瞳をしていた。日本語しか話せない子だったけどみんなの中で一番明るくて元気な子だった。目が悪いらしくいつもメガネをしていた。

アタシ達は普段、顔を合わせることはない。

毎月行われる定期診断と投薬の時しかお互いに会うことはなかったけど不思議と相手の変化には敏感だった。

8度目の検診の時にゼクスが、そして10度目の時にはアハトが来なかった…

それは何の前触れも無く不意にアタシ達の目の前に現れる。後になればなるほどそれはアタシ達から希望を奪っていった。

生きるという希望を…

いつもクールでクレバーな筈のフィアだったけどその日の彼はアタシのすぐ後ろで震えていた。唇に色が無い。過度なストレスによるものだろうか…

そして…急にアタシの裸足の足が暖かくなってきた。驚いて自分の足元を見ると水溜りが出来ていた。肌寒い部屋の中でそこから湯気が上がっている。

フィアが失禁していた…

Was?!」

アタシは驚いてその場を飛び退いた。

信じられなかった…あんなに冷静で他の子がはしゃぎ回っていてもアインやアタシと同じ様に列を乱すことの無かったフィアが…

「ド…ドリュー…ご…ごめ…」

フィアは震えながら必死になって謝ろうとしていた。必死になって自分を冷静にしようとしていた。自己崩壊寸前だった。何かのきっかけを与えればフィアの全てが崩れ去ってしまいそうだった。

「気にしないで…フィア…」

我慢するしかなかった。

自分の部屋に戻って洗えばいい。今はせめてフィアのプライドを傷つけない様にするしかない。騒げばまたあの巨人が現れてフィアが酷い目に遭ってしまう。

でも…アタシの努力は徒労に終わる…

神経質なズィーベンがそれに気が付いた。ズィーベンがフィアの肩を掴んで文句を言っている。ズィーベンは小心者で決して他人を不必要に囃したりはしないが我を通す融通の利かない部分があった。

フィアは今にも泣き出しそうだった。

まずい…

ズィーベンの声がドンドン大きくなる。アタシは振り返ってズィーベンに静かにするように口に指を当ててゼスチャーをした。でもズィーベンは静かになるどころか余計に騒ぎ始めた。

「ちょっと!アンタばかぁ!」

溜まらずアタシがズィーベンのところに行こうとしたらいきなり腕を掴まれる。

アタシの腕を掴んだのは検診が終わったアインだった。

アインは首を左右に振ってアタシに行くなと言っていた。その時、アタシは初めてアインに腹を立てた。

アイン…あなたはいつも正しい…運命は受け入れるしかない…

でも…運命は受け入れるだけのものなのか…自分で…自らの手で作り出していくという側面もあるのではないのか…

それはヒュンフのことがあって以来、ずっとアタシが考えていた事でもあった。

「君の番だよ…エリザ…」

「いやよ!」

アインが目を細めてアタシを見る。

心の中を覗いていた。アタシもアインにはアタシの全てを曝していた。アタシはアインにアタシの全てを見せてきた。

アインは小さくため息を付いた。

「運命を自ら切り開く…実にリリン的な考えだよ…エリザ…」

「何よ!間違ってるって言うの?!」

「これは正しい、正しくないという問題じゃない…」

「じゃあ何なのよ!ただ恐れて黙っていろっていうの?」

「どうでもいいけど…俺は君を待ってるんだけどさ…ドリュー…さっさとしてくれよ…」

アインと言い合い(一方的にアタシが突っかかっていただけだが)をしていたアタシはうんざりしたようなハンスの声を聞いてハッとする。

その時…アインを迎えに来た巨人が現れた。

騒いでいるズィーベンとフィアを見つけると失禁したフィアを
2回、3回と殴った。殴られはしたもののフィアが何処かに連れだされることは無かった。

フィアがすぐに泣き止んだからだ。やっぱり取り乱しはしたもののフィアはフィアだった。





その日の夜。

アタシはアインにお話を聞かせなかった。そればかりか口も聞かなかった。何度か、アタシの壁をノックしているのが分かったけど返事をわざとしなかった。

自分が何処から来たのか…考えてはいけないけど考えてしまう…でもここではそれが何の意味も持たないことも分かっている。でも論理的に無駄と分かっていても求めてしまう。

還る場所も、何のために自分が生きているかも分からない…

アインはそれらを全て運命としてまっすぐに受け止めろという。

でも…運命は…どんな運命でも受け止めるだけなのか…時に立ち向かい、そして自らの手で切り開く事は間違っているのだろうか?アタシが初めて抱いたアインへの疑問…
 
すると部屋の片隅のレンガが外された。

アタシが返事をしない限り開ける事はなかったのに…

アインの声が聞こえてくる。

「まだ…怒っているのかい?」

「別に!」

アタシが考えているとアインが独り言の様に話し始めた…

「運命は主の思し召しだからさ…生命に対して価値や意義を見出そうとするのは生命の替わりに知恵を選んだリリンであるが故の事さ。それが楽園を失って背負わされた単なる苦難の一つであると自覚することなく、あくる日もあくる日も「何故我々は生きるのか?」「我々の価値は何処に?」と悩み続けた挙句に自分を見失い、目の前の運命すら顧みなくなる。そして…心の壁を高くして心まで失っていく…そこに残ったものは魂とその入れ物の肉体だけ…やがて心の壁は自分以外の他者を斥ける障壁以外の意味を持たなくなる…孤立した群体は弱くはかないのに…それが心の隙間を生み出していることに気が付かない…自己矛盾をしたまま補完される事を望むというのは僕には全く理解出来ない現象なんだ…自分が選んだんだ…命の替わりに知恵をね…運命を受け入れるというのは生命を直視する通過儀礼なのさ…僕はただそのことを言っているに過ぎない…」

アインの言う事は半分も理解できなかった…だけど…少なくともアタシの悔しい気持ちをやわらげる効果はあったみたい…

アタシは静かにアインに物語を話し始めた…
 







窓の外は激しい吹雪になっていた。

時折、猛烈なブリザードの様な北風がベルリンを吹き抜ける。

アンデルセン童話に
雪の女王という物語がある。雪の女王にさらわれたボーイフレンドのカイを追って少女ゲルダが様々な苦難にあいながらも彼を取り戻そうとする物語。

別に今夜の天気に因んだわけじゃないけれど、いつもの様にアタシが物語を聞かせていると急にアインが壁の向こうから話し掛けて来た。

「ねえ…君は本当に僕の事を覚えていないのかい…?」

「え?」

アタシは一寸びっくりした。

アタシが話を聞かせている時にアインがそれを途中で遮る事なんて一度も無かったから…それに…何処と無く寂しそうな声だったから…

頭痛が怖くないといえばウソになる…

それ以上にアタシがアインと会って以来、避けていた事でもあった…どうしてだろう…アインのことを深く追求しようとしてこなかったのは…それは…

無意識のうちに彼を知っているという潜在的なものがそうさせるのか…いつまでも目を背けているわけにもいかない…

それは何かアインに対する酷い仕打ちの様に思えてきた…

「ごめんなさい…あなたの顔…もっとよく見せて…もしかしたら何か思い出せるかも…」

アタシが隙間を覗くとアインはパッと姿を隠した。

「ちょ、ちょっと!アイン、どうしたのよ?」

「いや…やっぱりやめて置くよ…」

「どうして?」

「君が…また頭痛で苦しむ姿を見るくらいなら…僕はまだ君にとってなんでもない存在の方がいい…」

「アイン…」

「続き…聞かせてくれるかい…」

アタシはゲルダの涙がカイの胸に刺さった氷の刺を溶かして再びカイに優しい心が戻った事を話した。

そして二人は無事に故郷に帰って行きましたとさ…雪の女王の話はこれでオシマイ…めでたし…めでたし…

アタシが話し終わると沈黙が訪れた。

窓の外の猛烈な風の音と隙間から入り込む空気がたてる甲高い音しかしない。何か気まずい雰囲気だった。

アタシの事を知っているアイン…アタシは何も彼のことを知らない…それは確かに不公平だ…アタシは例え苦しんだとしても思い出す努力をした方がいいのだろう…

もしかしたら他の一つを思い出せば連鎖的に全てが蘇るかもしれない…アインのことを含めて…

「ねえ…」

「どうして僕たちがここにいるのか…知りたいんだろ?」

「ど、どうして分かるの?」

「僕には見えるんだ…」

「な、何が見えるの?」

アタシは何か自分の考えを見透かされた様な感じを受けて少し動揺していた。でも、それは全くの杞憂(きゆう)だった。

「ヒトの心の壁と…君のその背中にある翼がね…僕には見えるから…」

「心の壁…?つ、翼…?」

アインは時々、突拍子もないことを言い出してアタシを戸惑わせる事がよくあったし、そして会話が微妙に食い違うこともよくあった。

それはアインがアタシよりも既に
2つ、3つ先のことまで見通していてその間を端折るからなのか、それとも全くアタシとは異なる超越した存在で何か違うものを見ているからなのか…

「心の壁とは自分と他人との間を隔てるもの…ヒトがヒトであるために必要なもの…その壁によって形作られる歓喜の聖廟…その聖廟を開け放つ時…人は運命を受け入れ…心の隙間を埋めることが出来る…」

何を言っているのか分からなかった。アタシ達はよく物語の後で色々な空想をした。アインは夢を見ているのかもしれない。

アタシの背中に翼なんて…

「一方で…正統なる生命の継承者アダムの血を引きしものの背には翼がある…」

「背中に翼があるなんて…まるで神の御遣い(天使
/ Angel)みたいね…」

「そうさ…その背に翼をもつものは主の御遣いなのさ…君もね…エリザ…」

「あ、アタシに…?ウソ!そんなもの付いてないわ…」

慌ててアタシは自分の背中を見る。当たり前だけど何も見えないし、触っても何もない。

「ははは。君には見えないんだよ。でも…僕には見える…とても美しい…素敵な翼がね…」

翼か…そんなものが本当にあるのなら…それはどんなに幸せなのだろうか…

「本当に翼があるなら…アタシは…ここから飛んで行きたいわ…」

アタシ達はお互いに壁にもたれかかっているみたいだった。

「翼はね…エリザ…主がお許しになるまで決して開いてはならないんだよ。自分の意思でそれを開放してはいけない。それは罪になるんだ。でも…僕はその戒めを破ってしまった…」

「ええ?どういうこと?アイン…」

普通に考えれば自分と同じ様な男の子が自分には翼があるなんて…どこにでもありそうな他愛のない夢物語…でも…もしかしたらアタシは心のどこかでそれを信じたかったのかもしれない…アインという不思議な子が天使であるということを…

そして…アタシは天使に自分を救って欲しいと願っているんだ…どこまでも自分に都合よく頼ってしまう情けないアタシ…でも…この地獄から逃れることが出来るのなら…

でも…それは罪だとアインは言う…翼を広げてはならない天使…

それもまた悲劇だった…

「僕の翼はね…一度、リリンの手によって暴かれてしまい、そして主のお許しのないまま開いてしまった…」

「で、でも…それはあなたの責任じゃないわ」

「いや…例え僕自身がそうしなかったとしても主の思し召しがないのに翼を開いたのは僕であることに変わりはない…だから…僕は罰を受け…ここに堕(おと)された…その結果生まれたのが僕という存在…」

「そんな…そんなのってないわ…あまりにも残酷よ…」

「そんなことはない…僕はむしろ感謝しているんだ…この世界は歓喜に満ちている…素晴らしい音が溢れている…君にも聞こえないかい…?エリザ…こうして目を閉じると…ほら…聞こえてくるだろ…」

アタシには何も聞こえない…隙間風が立てる悲しい音以外は聞こえなかった…これの何が、何処が歓喜だというのだろう…

アタシはアインをひたすら頼っている…彼は本当に天使かもしれない…でも…彼もまた罪を犯し…そしてこの地上に堕された天使だと自ら告白しているのだ…墜された天使にアタシはひたすら縋って生きている…

それもまた罪になるのだろうか…
 






「今度の検診が最後になるからね」

珍しくハンスが検診の時にアタシ達に話しかけてきた。

「建物の外にも出られる様になる。ただし、裏庭以外の場所には行けないけどね」

アタシ達はアイン、アタシ、ズィーベン、そしてノインの
4人だけになっていた。

「君たちは選ばれたんだよ。この世界を救うチャイルドとしてね。君たちはそれぞれ指定された学校に行ってしっかり勉強するんだ。約束の日に備えてね」

ハンスの検診が終わる頃に白髪のおじいさんと
3人の大人の男女が入って来た。全員、やっぱりお医者様のような服を着ていた。

今までハンスと巨人以外の人に会ったことは無かったアタシ達は一様に緊張していた。これから何が起ころうとしているのか。

アタシは恐怖の余り思わず隣に立っていたアインの手を握った。その時アタシはハッとした。

アインも…アインの手も…小刻みに震えているのが分かった…

あれほどアタシに運命を受け入れろと言い、超然とした態度をとって、いつも冷静に振舞っていたアイン。アタシはアインを尊敬していたし頼り切っていた。彼はいつもアタシの疑問にスマートに答えてくれたし、アタシを正しく導いてくれた。

でも…本当はアインも怖かったんだ…

それをじっと耐えてアタシにそんな素振りを見せて不安にさせない様にしていたんだ…その時…アタシはアインがよく言う…リリン…文脈からしてアタシ達を苦しめて痛めつけるこの人たちのことを言っているんだろう…それに対してアインが持つ恐怖を感じた…

それはアタシと何も変わらなかったんだ…

「私はこのズィーベンステルネの責任者を務めているリヒターというものだ。アイン、ドリュー、ズィーベン、そしてノイン…君たちは見事に神が与えたもうた試練に耐えてきた。君たちこそ真の「チャイルド」と呼ぶに相応しい選ばれた子供達なのだ…」

選ばれた…一体…アタシ達は何に選ばれたというのか…そして…こんなにも酷く…惨たらしい行いが試練であり…そしてそれを神がアタシ達に課したと言う…アタシは戦慄した…選ばれたアタシ達と死んでいった…いや…言葉に出来ない様な事をされて殺され…そして…裏庭にごみの様に捨てられていったあの子達と…何が違うというのだろうか…

はっきり言うわ…何も違わない…あえて違いを上げたところで有意差とは言えないような差…それは結局…アインが言っていた様に…まさに自分の運命を受け入れたその結果でしかなかったのだ…

リヒターという目の前の人の言う事がもし本心だとすれば…リリンと言う種族は何と恐ろしく…何と愚かで…

そして何と罪深い存在なのだろうか…

「君たちはこれから約束の時に備えて更に神が下さったその天賦の才に磨きをかけねばならない。アイン…」

「はい」

「お前はこのベルリンに残ってフンボルト大学の編入試験を受けるのだ。そこで数論とコンピューターサイエンスを学ぶのだ」

リヒターは不気味な笑みを浮かべるとアタシの顔を見た。

隣に立っていたアインがアタシの手を痛いくらいに握ってきた。握り合っている手を通して分かる。アインは怒っていた。こんなアインを感じたのは初めてだった。

「ドリューはゲッティンゲン大学の編入試験を受けて理論物理を勉強しなさい」

「はい…分かりました…」

アタシはアインと遂に離れ離れになってしまう…自分が何者かも分からない状態で…

アインといる時…アタシはただ頼ればよかった…だからそれを忘れる事が出来た…でも…一人になると…一人の世界を作っていかなければならない…自分の弱さを覆い隠して防護壁…アインの言葉を借りれば心の壁を作ってひたすら覆い隠して生きなければならない…踏み込まれることの無い様に無理してでも気高く…そして一人で生きなければならない…

ずっとアインに頼ってきたアタシにそれが出来るだろうか…

ズィーベンはフランスのソルボンヌ大学(正確にはパリ
13大学群のうちの第11大学)で化学を、そしてノインはイギリスのケンブリッジ大学で生化学をそれぞれ学ぶ事になった。

いや…この言い方は正確ではない…

アタシ達はいきなり小学校(ドイツの場合は4年間初等教育を学ぶ基礎学校に相当)でも
ギムナジウムでもなく…いきなり大学の編入試験を受けさせられてそれにパスしないといけない…

言外にパスしなければゴミとして処分されることをリヒターの目が告げていた…

「それから今まで黙っていたが君たちの経歴を書いたファイルを配る。君たちは不幸な事故で記憶喪失になったところを保護されてここに来た。しかし、ここは教会ではないし我々は聖職者でもない。神の忠実なる僕ではあるがね。このファイルの中身はしっかり記憶して置くように。くれぐれも間違わないようにな」

リヒターの隣にいた中年の女の人がアタシ達の服の数字とファイルの数字を照合しながら慎重に一人ひとりに手渡してきた。経歴ファイルにはイチジクの葉を象った様な不思議な赤いロゴが付いていた。

「君たちが一般生活を営む上で法律上の手続きが必要になるため里親を見つけてある。これは基本的にドイツ政府が君たちに特別に用意してくれたものだから感謝しなければいかんよ。後で君たちにはノートとレターセットを支給するから身元引受人になってくださった家族に感謝の手紙を書くんだ。心をこめてしっかりとな」

リヒターが去って行った後、その場に残されたアタシ達は誰も何も喋らなかった。

アインが握っているアタシの手…今はそれが唯一のぬくもりだった…
 






アタシは鳥の鳴き声で目を覚ました。いつの間にか夜が明けていた。

先週、最後の定期診断が終わり、今週の月曜日にズィーベンがパリに、そしてノインが昨日ケンブリッジに旅立っていった。

初めて会った時は日本語しか話せなかったのにノインはいつの間にか綺麗な英語を話す様になっていたから少しびっくりした。アタシの日本語はまだ片言のままだというのに…話し相手がアインだとついドイツ語だけで済ませてしまう…

昔、ドイツ語を使うと怒られていた様な気がする…それがどうしてなのかは思い出そうとしない方がいい…また酷い頭痛に悩まされる事になるから…

アタシ達はこの施設で唯一の女の子だった。ノインは凄い近眼でいつも虫眼鏡の様な度のきつそうなメガネをかけていた。もう会うことは無いかもしれないのにノインは屈託なくいつもの様に笑っていた。巨人の目を盗んでアタシに手を振っていた。

いつまでも、いつまでも…

遥か遠い奥の鉄格子が閉められるまで…見送っているアタシの方がビクビクしていた。

ついに…アインとアタシの二人だけになってしまった…二人ともドイツ国内だからそんなに慌てて旅立つ必要もないのだろう…

「おはよう…エリザ…」

「アイン」

「しっ!静かに!小鳥君が逃げてしまう!」

「ご、ごめんなさい」

「何て素晴らしいんだ…また…戻ってきてくれたんだね…こんな嬉しい気持ちは久し振りかもしれない…」

アインはいつもの様にレンガを外して、その隙間からアタシに優しく話しかけてきた。顔はよく見えないけれど微笑んでいるのがよく分かった。

「ねえ外に出てみないかい?」

「いいわ」

“選ばれた”アタシ達が巨人に殴られる事はもうなかった。

朝7時から夕方6時までの間であれば部屋の鍵は開いたままでアタシ達は自由に裏庭にも出ることが出来た。

天まで届きそうなほどの大きな塀に囲まれたアタシ達の裏庭には小さな噴水がある。そしてその噴水から小さな水路が外に向かっていた。

唯一、この水とアタシ達を包み込む空気とそして戻ってきた小鳥がここと外の世界を繋いでいた。

庭にはイチジクとリンゴの樹が数本植えられている以外に何も無かった。もう何年も葉を付けていない木立たちは真っ白に凍っていた。

アタシとアインは大人用の外履きに履き替えて外に出る。

今日は珍しく雪が降っていなかった。僅かに雲の間から青空が見えた。青空が出るなんて何年振りだろう。

「何て美しく…そして暖かい恵みだろう…そうだ、エリザ…
Schneemann(独語: 雪だるま)を作らないかい?」

「え?
Schneemann?どうして?」

「ハンスが言っていた。ヒトはその生涯を終えた時に魂の入れ物を土に還してそこに十字架を立てるそうだ。肉体は土塊から主がお作りになったというからね。そして魂は還るべき場所に還って行く。僕たちは十字架を立てる事は出来ないからその替わりにツヴァイたちに
Schneemannを作ってあげたいんだ」

「そういうことだったんだ…いいわ…アイン…そうしましょう…」

アタシ達は庭に積もった雪をかき集めて
5つの小さなSchneemannを作った。すっかり冷たくなった手に息をかけて暖めているとアインはまだSchneemannを作っていた。

「アイン…どうしてまだ作ってるの?ツヴァイとフィアとヒュンフとゼクスと…」

「これは…君のママの
Schneemannだよ…」

「え?アタシの…ママ…」

一瞬…アタシは自分が一体何を言われたのか…分からなかった…何も考えてはいけない…そして目の前の事だけを受け止めて…運命と向き合って生きていく…だって…

だって…そう教えてくれたのは…アイン…あなたなのよ…そのあなたがどうして…

どうして急に…そんな事を言い出すの…?

「僕が今から言う事はそのまま受け流しながら聞くんだ。あんな経歴は嘘っぱちさ。僕は知っている。君のママを。とっても優しくて…綺麗なヒト…僕がこの星で生まれて来て今までで一番安らいだヒト…日本人とドイツ人のハーフでベルリンに住んでいた…君が日本語を知っているのはそのためさ…そしてゲヒルン研究所の学者で…エリザ…君に素晴らしい音楽という魂の癒し、歓喜を与えたんだ…」

Schneemann
に囲まれたアタシ達…音の無い静寂な世界で…アタシは音も泣く涙を流す…

「そして君にはもう一つの名前がある…」

「もう一つの…名前…」

「そう…アスカというんだ…」

アタシは風の様にアインの言葉を聞いていた…今聞いている事は決してそれ以上追求しては行けない事だった…でも涙が次々と溢れて来て止められなかった…

自然に…体の奥…いいえ…岩から染み出す岩清水の様に心から涙は滲み出てくる…

アタシはその時…涙の本当の意味を知った…

アタシもアインと一緒に
Schneemannを作るのを手伝った。雪を固めている手に雫が落ちてきた。最初は雨かと思って空を見上げた。ベルリンでは滅多に降ることのない雨だけど…晴れ間が差す日に南西の風が吹くと雨が降ることがある…青い空が見えていたけど雨は降っていない。

ふとアインの横顔を見ると…アインが泣いていた…雫はアタシの守護天使…アインの涙だった…

「アイン…あなたも泣いてるの?」

アインはビックリした様な顔をしていた。

彼は両手を目に当てると何度も目を拭った。そして手に付いた透明の雫を珍しそうに眺め始めた。

「これが…これが涙というものなのかい・・・?驚いたな…はじめて見たよ…僕は生まれてこの方一度も泣いた事が無いんだ…これが…ヒトなのか…これが…心というものなのか…僕には心がないと思っていた…なんて…なんて素晴らしいんだろう!!涙もまた歓喜…主の恵み…」

頭では分かっていてもだんだんと受け流す事が難しくなってくる…アイン…いつも思っていた…あなたはどうしてアタシの事を知っているの…アタシの事だけじゃない…一番…アタシが知りたかった事…ママの事まで…そして…

どうして…あなたはそんなにアタシに優しくしてくれるの…あなたは誰…

「アイン…あなたも辛いのね…アタシ達はどうして生きているのか…いつ殺されるかも分からない…いつも怯えて生きている…自分のことだけで精一杯…なのにあなたはどうしてそんなにアタシに優しくしてくれるの?そしてどうしてそんなにアタシやアタシのママの事まで知っているの?あなたは一体誰なの?」

いつもアタシの質問には即答するアイン…でも…アインはなかなか答え様としなかった…もしかして…何かを悩んでいるの…

「僕はアイン…」

「うそばっかり!!うそつき!!」

アタシは掴んでいた雪をアインに投げつけた。何度も掴んで…何度も投げた…アインは黙ったままだった…じっとしていた…

アインの髪が雪でどんどん白くなっていく…

「ひどい!バカ!何でそんな意地悪するのよ!」

「僕は…君の中で誰でもない存在でいた方がいい…」

「何でよ?!おかしいわよ!そんなの!」

「君は生きなければならないんだ…君は生きているから…」

アインが急に立ち上がる…

「あなただって生きてるじゃない!」

アタシも立ち上がってアインの背中を叩く…

「知ればきっと辛くなる…運命を受け入れる事が難しくなる…それは心の隙間となり、その隙間に君は苦悩するだろう…実にリリン的…いや…ヒトの様な生き方という他ない…」

「運命を受け入れるだけが全てなわけ?!やっぱりおかしいわよ!!何のために生きてるわけ?アタシ達は!!」

アインに対してアタシが腹を立てた事…運命を自らの手で切り開く事は間違いなのか…アタシは初めてアインの答えに対して納得していなかった…それが今…吹き上げるマグマの様にアタシの奥から感情の波が次々に押し寄せてくる…

「リリン…いやヒトの性(さが)というべきか…ヒトは自分を追い求める…自分を追い求めれば生命の究極を求めるようになる…人には知恵がある…それゆえに運命を素直には受け止めようとしない…きっと…エリザ…君も求めてしまうだろう…そして運命を切り開こうとするだろう…例えそれが大いなる苦難の道であったとしてもね…だから、僕がここで名乗らなくても君は僕が何者であるのか…君はいずれ思い出すだろう…そして…運命に苦しむ事になる…ここで名乗らないのはせめてもの救い…」

「思い出す…」

アタシは泣くのを止めた…

アインの言葉はアタシを煙に巻くために言ったものとは思えなかったからだ…アインはもしかしたら知っているのかもしれない…見えているのかもしれない…未来のことが…

アイン…アタシ達を待つ未来って…何なの…それは辛い事なの?あなたを知ればアタシは苦しむの?

「未来は容易に変わりえる…それはリリンが自らの手で運命を変えようとするからさ…だが…運命を受け入れるものは予め書き止められた預言書の様に自分の運命に忠実であり…その存在の未来は変わらない…例えそれが滅びの道であったとしても自分の運命を受け入れる…それが真の生命の継承者たるものの生き方なんだ…」

「あなたには未来が見えるの…?」

アインは空を見上げていた。

「僕はただ…自分の運命に忠実なだけさ…僕が思い出すと言ったのは深い意味があっての事じゃない…単に君の過去は眠らされているに過ぎないって事を言いたかっただけさ…それを解放する事が果たして君にとっていい事なのか、どうか…僕には分からない…ただ…心なきものの僕が一つ君に忠告出来るとすれば…やはり…全てを捨て去り…運命を受け入れろと言うだろう…そしてただ君の歓喜を歌い上げる事だけをね…」

アタシがじっと見ているとアインが不意にアタシの方を見た。そしていつもの様ににっこりと微笑んだ。

「そう言っても…君はあるいは納得しないかもしれないね…アスカ…いや、僕のエリザ…運命を受け入れるという事に対する君の躊躇いは人に従えば不幸にされる…言い換えればリリンに対する潜在的恐怖がそうさせるからさ…他人に従う事、それが高じれば他人を認めることですら…それが自分を不幸にし、弄ばれることに繋がると考えているからだよ…」

アインが黒い石を二つ足元から拾い上げると一回り大きい
Schneemannに目を付ける。アタシはしゃがんで細長い石を拾うとアインに渡した。

アタシのママは優しく微笑む。

「君は心を閉ざしている…そして絶望している…不幸な自分に…出口の見えない闇に…そして翻弄されるだけの自分という儚く弱い存在にね…いっそのこと自分なんて生まれなければ良かったとすら思っている…エリザ…僕たちは弄ばれるだけの存在だと思うかい?」

「アイン…」

「僕は生まれて来てよかったと…いつも主に感謝を捧げているんだ…」

「どうして?生きていても辛いことばかり…アタシ達はここに閉じ込められて…そして離れ離れになって行く…どう考えても辛いだけじゃない…この世界はアタシ達がどうなったとしても…誰も顧みてはくれないのに…どうして感謝なんか出来るのよ?誰が一体何をしてくれるっていうの?」

「僕はね。この世界の音が好きなのさ。見てごらんよ…あの小鳥君はハ長調で歌っているだろ?そしてあの小川の音は…これは…難しいな…」

「フフフ…アタシにはト短調に聞こえるわ」

笑うところじゃないのに…アタシはつい笑ってしまった…アインが涙を流しながら笑っているから…

「ト短調か…それも悪くない…風の音…嵐や雪や…見たことはないけど多分、雨ですら愛おしい…それらは全て主の恵みであり、壮大なこの星の命の胎動なんだよ…エリザ…君の心臓の音だってそうさ…聞かせてくれるかい…?」

アインはそういうとアタシに寄り添ってきた。そして静かにアタシの胸に耳を当てる。

「ほら…生きている…生命の音が聞こえる…」

「当たり前じゃない…生きてるんだもの…」

「そうさ…君は生きているんだ…君も歌っているだよ…生命の音を奏でている…いつも生命は歓喜に満ちている…素晴らしいと思わないかい?この涙の様に…」

アインはアタシの涙をそっと手で拭いた。そして自分の涙も拭く。

「アイン…貴方って…ロマンチストなのね…」

「ロマンか…僕はね…エリザ…むしろ限りある命の方にロマンを感じるんだよ。それ故にヒトは歌い、そして踊るんだよ…きっとね…聖書にもあるだろ?ヒトは歌い踊るのさ。生命は最も偉大なる交響曲。僕はそれを奏でているヒトという存在がやっぱり好きなのかもしれない。だから…」

アインは立ち上がるとアタシの手を引っ張って起こした。

「だから…僕はやっぱりこうして生まれてきた事に感謝を捧げるべきなんだよ…」

アインはそういうとアタシを抱き締めた。そして優しく頬にキスをした。

「また会える…僕たちはきっと…また…めぐり合えるよ…」

「うん…」

誰も何も言わないけれど旅立ちの日が近かい事は分かっていた。

アタシは自分のリボンを解くとアインの銀髪にそれを結び付けた。アインはキョトンとして自分の前髪に付けられたリボンを珍しそうに見ていた。

「これは…」

「ふふふ、よく似合うわよ?アイン…あなたは女の子みたいだから…」

「男なのに女というのはどういうことだい?」

「優しいってことよ」

アタシ達の後ろには
6つのSchneemannが立っていた。




Ep#08_(13) 完 / つづく

(改定履歴)
10th July, 2009 / 表現修正
11th July, 2009 / 誤字修正
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