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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第15部 父と子と (Part-2)


(あらすじ)

父ゲンドウと向かい合うシンジ。二人の視線が交錯する。
多分…自分の運命を切り開くというのは…こういう事なんだ…この選択で未来が変わるんだ…みんなに都合のいい運命なんて…恐らくない…
運命の分水嶺でシンジが下した結論とは何か…
微笑するカヲル…
シンジ君…君は初めて逃げなかった…運命と向き合ったんだ…受け入れたかどうかは別にしてね…



Mother / John Lennon


「Mother」歌詞。反転でお願いします。

Mother, you had me but I never had you,
I wanted you but you didn't want me,
So I got to tell you,
Goodbye, goodbye.

Farther, you left me but I never left you,
I needed you but you didn't need me,
So I got to tell you,
Goodbye, goodbye.

Children, don't do what I have done,
I couldn't walk and I tried to run,
So I got to tell you,
Goodbye, goodbye.

Mama don't go, Daddy come home.

Mama don't go, Daddy come home.

Mama don't go, Daddy come home.

Mama don't go, Daddy come home.

Mama don't go, Daddy come home.

Mama don't go, Daddy come home.

Mama don't go, Daddy come home...

以下は東郷の訳詞…

 
母さん、あなたは僕(という子)を持った
でも僕はお母さん(という人)を持てなかったんだ
僕は母さんが恋しかった
母さんが僕のことをそう思ってなかったとしても
そのうち僕は母さんにこんな風に言うようになったんだ 
さよなら さよなら
父さん、父さんは僕を置いて行ったんだ
僕はどこにも行かなかったのに
僕には父さんが必要だった
たとえ父さんが僕を必要としてなかったとしても
そのうち僕は父さんにこんな風に言うようになってしまった
さよなら さよなら 
みんな、僕と同じになるな
一人前でもなかったくせに意地を張っていた僕と

だから僕はこう言うことにしたんだ
(そんなものに)さよなら さよなら
母さん行かないで 父さん帰って来て
母さん行かないで 父さん帰って来て
<繰り返し>
 
(本文)


カヲルとシンジは本部棟の玄関をくぐると司令棟との連絡通路がある階にエレベーターで向かう。

カヲルはダークグレーの細身のズボンと素肌の上に白いシャツを着ていた。

チルドレンには特にネルフ出勤時のドレスコードに規定は設けられていなかったため何を着て行っても極論咎められることはない。

事実、トウジはトレードマークになっている有名スポーツブランドのジャージを着て学校と同じ様に本部に現れた事があったが結局、それに対して突っ込みを入れたのはシンジだけだった。

シンジ自身は特に深い理由がある訳ではないがネルフに出勤する時は制服を着ることにしていた。

父ゲンドウに呼ばれて第
3東京市にやって来たシンジは駅から迎えに来たミサトにそのままネルフに連れて行かれたという経緯があり、その時はたまたま三鷹市内の中学校の制服で本部に現れていたが、同じパイロットの先輩であるレイが第一中学校の制服を着て本部にやってくる姿を見てそれに倣ったという方が正しかった。

後でミサトから聞いて知ったことだがレイは本部に限らず家から外に出るときは制服を着る癖があるだけでネルフ内の決まりというわけではなかった。

それでも尚、シンクロテストの時に制服で出勤してくるシンジを見てシンジの保護者は不思議そうに呟いた。

「シンちゃんってさあ…結構まじめ君なのねえ」

「何がですか?」

「だっていつも学校の制服でウチ(ネルフ本部)に来るじゃん?ウチの規定上ではEvaのパイロットは本来は特務士官扱いなんだけどさあ、国連機関が子供を正規職員として働かせると世間様に憚りがあるから表向きは嘱託職員扱いになってんのよね」

「嘱託職員?何なんですか?それ」

「えっと…職員区分とか号俸が違うとか…色々あるんだけど…」

ミサトがシンジの投げつける様な質問に戸惑っていた。

自分でもよく分からない様な事を言って…そうやって大人は自分の意見を人に押しつけようとするんだ…

「まあ分かり易く言うとバイトかな?ちょっと違うけどさ」

「バイト…」

シンジは眉間に露骨に皺を寄せた。

「そう。時給は高めだし各種手当てもちゃんと付くしさ。その辺は心配しなくていいわよ」

ミサトの声も何処か事務的だった。

何なんだよ…バイトって…僕はこの前死にかけたんだぞ…あんな化け物(第3使徒)とここに着くなりいきなり戦わせといて…金は払うからいいだろって言うつもりなのか…この人(ミサト)も保護者とか適当なこと言うけど…結局は父さんの手先になって僕を利用してるだけじゃないか…

シンジは静かに拳を握り締めていた。

16歳にならないと引き出せないけど凍結口座に本来支払うべき給料の差額と使徒戦の特別報酬(1体150万円)も振り込まれるわよ。これは出撃の事実を持って支払われるものだから例え直接手を下して無くても後方支援でも同額が支払われるわ。それから負傷等で入院した場合の給与補償と見舞金の一時支給制度と…」

ミサトの声が段々遠くなっていく。

お金じゃないよ…僕は…お金が欲しくてここに来たんじゃない…父さんが…父さんが僕を呼んでくれたから来たんじゃないか…一緒に住めるなんて期待はあまりしていなかったけど…でも…せめて…会って話くらい…

「ちょっち話が逸(そ)れちゃったけどさ。とにかく服装は自由なんだから好きな格好すればいいじゃん。若いんだし」

ふざけるな…

「何着ていくかとか…考えるのいちいち面倒臭いですから…」

ぶっきら棒にシンジは答える。

「ああ…そう…」

ミサトはチラッとシンジの方を見たがそれ以上、何も言わなかった。

シンジの突き放す様な態度にやや戸惑っている様に見えたがすぐにまたシンクロテスト中のレイに視線を戻していた。

結局、シンジはドレスコードの適応が子供に及ばない事を知って以降もずっと律儀に制服を着用し続けて今日に至っていたが、それはどちらかと言うと合理的な理由によるものではなくささやかな幼い無言の抵抗だった。

因みにこのレイとシンジの奇妙な慣習は来日したばかりのアスカにもすぐに伝染した。

当初、アスカは国連軍の制服を着て本部に毎日出勤していたがレイとシンジの制服をチラチラと横目で盗み見していたかと思うと自分も第一中学校に通いたいと突然言い出して上司のミサトを驚愕させた。

「冗談でしょ…あんた…」

「アタシは本気よ。日本のギムナジウムで勉強し直すのよ。悪い?」

「悪いって言うかさ…シンちゃんたちは中学生だよ?」

「アタシだって正真正銘の中学生でしょ?」

「オエ!」

「ちょっと!何でオエなわけ!」

紆余曲折の末、中学校の編入許可を得たアスカもそれ以来、何故か第一中学校の制服で本部に出勤するようになっていた。






第3使徒殲滅後。

考える暇もなく第
4使徒、第5使徒が立て続けに襲来し、シンジはストレス、混乱、怒り、哀しみが渦巻く中で涙を拭いながら戦い、そしてこれまでとは打って変わって不慣れな他人との共同生活を続けた。

それはあたかも理不尽な父の背中に必死で追いすがっている様にも見えた。

やがて…父への淡い思慕の念は自分に無理を強いる存在に対する憎悪へと変化していった。

それがついに爆発したのは第5使徒戦だった。

この強敵との戦いはシンジのみならずネルフにとってもあらゆる意味で試金石だったが、混乱する父への想いを抱えたまま無軌道な戦いをしていたシンジは危険を顧みずに身を挺してまで自分を護ったレイの姿を見て衝撃を受けていた。

何で…綾波はこんな酷い目に遭いながらも戦えるんだ…何の意味があるかも分からないのに…どうしてそこまで従えるんだ…従順だから父さんは僕よりも綾波を近くに置くのか…

だとしたら酷いよ…父さん…綾波が何も言わないのは知らない事が多いからなんだ…父さんはそれをいい事に綾波を自分のために利用してるだけじゃないか…そして僕も…ちくしょう…ちくしょう…

どこまでも従順なレイに対してシンジは切なさを隠し切れなかった。

第5使徒のカウンター攻撃を受けて崩れ落ちる零号機の姿を見てシンジは堪らず叫んだ。

「綾波!!」

急いで駆けつけたシンジはレイが生きていると分かってエントリープラグの中で涙を流した。その涙が何の涙なのか…自分でも分からなかった…

「ごめんなさい…こんな時…どういう顔をしたらいいのか…分からないの…」

不意にかけられた言葉にシンジはハッとしてレイの顔を見た。レイはやはり戸惑っていた。だがその戸惑いは明らかに以前のものとは異質だった。

以前は全く感じなかった感情が染み出しているように見えた。

シンジはレイのその表情を見て居た堪れなくなったが同時に労わる様にやさしく微笑みかけていた。

綾波は犠牲者だ…このままだと綾波はいつかきっと死んじゃうんだ…父さんに殺されちゃうんだ…そして僕も綾波も…だからせめて…僕達は…

「笑えばいいと思うよ…」

綾波にも僕にも気持ちがあるんだ…心があるんだ…人を想う心が…それを裏切るなら父さんでも許せない…

「心…人を想う心…いたわり…慈しみ…そして…少しの哀しみ…これが人…あなたの…涙の理由(わけ)…」

だが、シンジは第5使徒との戦いの後で軽い鬱状態に陥った。

以前よりはコミュニケーションが取れるようになったとはいえレイとの交流も捗々しくなく、当初からどこかギスギスしていたミサトとシンジの険悪な関係がピークを迎えたのも丁度この頃だった。

ミサトはシンジとの関係修復を図ろうとしてはいたがシンジの拒絶とそれ以上に子供に迎合してまで機嫌を取るのは潔くないとする雰囲気があった。

一方で現実主義者として冷めた一面を持つミサトは零号機の本格改修と弐号機の追加配備をシンジ着任前に既に上程してはいたが第5使徒戦での苦戦を境に実行計画を加速させていた。

更にミサトは自分の片腕として育てたというセカンドチルドレンによる使徒迎撃作戦の主体的実行に期待を寄せただけではなく、作戦無視などの行動で手を焼くシンジの交替を真剣に考えていた。

次世代抑止力兵器としての期待も寄せられるEvaのパイロットが単なるファッションではないことを知っているミサトはシンジのパイロット起用が世間で言うような「親の七光り」とは程遠い事は看破していた。

しかし、だからと言って碇親子の間にある事情を汲み取る気は全くなく、あくまで現場指揮官として制御可能な体制と軍備拡張を求めていた。

その観点で人情を切り離してシンジに見切りを付け始めていたのだった。

ミサトのそんな雰囲気と形ばかりの対応をシンジは敏感に嗅ぎ取っていた。それがますますシンジの中で父親的な存在に対する憎悪に拍車をかけ、そしてシンジは自分の部屋に篭り気味になっていた。

そんなシンジを自宅に置いて日本近海に差し掛かった国連軍の曳航艦隊を表敬訪問するついでにアスカを迎えに行くつもりだったミサトは突然、シンジの友人である相田ケンスケの訪問を自宅マンションで受け、しかも曳航艦隊訪問団に加えて欲しいという直訴に遭遇した。

ミサトは初め困惑していたがケンスケがシンジに執り成しを求める姿を見て一つの妙案が浮かんだ。ミサトはアスカの迎えにシンジ、ケンスケ、トウジの三人を伴って旅立つ事にした。

結果的にはそれが奏功してシンジは友人達と無邪気に沖縄の上空で明るい表情を見せていた。

どんな特殊な環境にあってもやっぱり子供は子供か…

ミサトはヘリの窓に釘付けになっている三人の少年の背中を見ながら僅かに微笑んでいた。

赤道近傍の開放的な日差しと群青の海のパノラマは傷心の少年の心を癒す効果が十分にあった。

しかし、この時タイミング悪く第
6使徒の襲来が重なり行きがかり上、シンジはアスカと共に通常兵装のままで迎撃して危ういところで見事に殲滅に成功した。

アスカ来日以降、パイロット達の雰囲気は陽転したもののシンジの父親に対する蟠(わだかま)りは依然として残ったままだった。






第6使徒を倒した後で行われたシンクロテストの日。

シンジがプラグスーツに着替えてパイロット控え室に入るとMP3プレーヤーを聞いてくつろいでいるアスカの姿があった。

アスカはシンジの姿を認めるとイヤフォンを外して笑顔を見せた。

「あら?遅刻魔が珍しいじゃない?アンタ、今日は張り切ってるのね」

「そ、そんなんじゃ…ないけどさ…」

シンジは明朗活発な目の前の少女から思わず視線を逸らした。

アスカはそんなシンジの様子には構うことなくホテルの食事に飽きたとか、第二東京市の物価が高いことなど取り留めのない話を始めた。

自分でも照れているのか恥かしいのかよく分からなかったがシンジはまともにアスカの姿を正視できなかった。

アスカは強くて頼もしい…一人で働いてちゃんと給料も稼いでドイツで一人で自活していたんだ…色々苦労してるみたいだけどこんなに前向きだし…あるいは僕の父さんの気持ちを…

シンジは父親に対する複雑な心境から何気なくパイロットになった経緯をアスカに話し始めた。シンジとしては父親の理不尽さを屈託の無い笑顔を見せるアスカに聞いて欲しかっただけだったがあらゆる意味で外国人相手には言葉足らずであり、また聞き手のアスカも微妙な言い回しを汲み取るほど日本語に精通していなかった。

シンジの期待とは裏腹にアスカの表情はどんどんと険しくなっていった。

あれ?何か…様子が…悪い事言ったかな…僕…

「あの…アスカ…どうかした?」

「…なのに…あのゼロナインシステムが…」

「え?ゼロ?なにそれ?」

「気安くアスカって呼ばないでくれない?Fräulein Soryuフロイライン ソーリュー)って呼びなさいよ!」

アスカは今にも泣き出しそうな、しかし乾いた青い瞳をシンジに向けていた。

「頼んでもいない?お父さんが勝手にしたこと?何よそれ…アタシのことをバカにしないでよ!アタシは自分の名誉と尊厳のためにここにいるのよ!なのに…どうでもよさそうに…面倒臭そうに…適当に、適当にって…失礼だとは思わないわけ?アンタ!番外編 浅間山の思い出_4)」

「ご、ごめん…」

「何よ!その態度!ヒック…」

アスカはいきなり奇声に近い異様な声を発すると慌てて両手を口に当ててそのまま逃げる様にドアを飛び出して行った。

シンジは驚いてその後を追う。

「ちょっと待ってよ!アスカ!」

パイロットの控え室は作戦部のオペレーションルームの近くにあった。シンジが慌てて廊下に出たがアスカの姿はどこにも見当たらなかった。

そんな…傷つけるつもりなんて…無かったのに…

辺りを当ても無く探し回っていたが見つけることは出来なかった。シンジの意図とは裏腹にアスカは今まで我慢していたものが一気に崩れ去った様な衝動的な反応を見せてシンジの前から突然姿を消した。14歳の少年に複雑な少女の心中を察することを要求するのは余りにも酷だった。

しかし、シンジは自分を責める以外の術を知らなかった。

「アスカ…僕…どうすれば…」


カツン…カツン…カツン…


シンジは人気の無い廊下に響く聞きなれた足音を聞いて思わず顔を上げた。いつの間にか発令所の近くまでアスカを探しに着ていたシンジの目の前に父ゲンドウの姿があった。近くに人影はない。

お互いに一人だった。

と…父さん…

思えば全ての根源はこの理不尽な仕打ちを繰り返す父だった。

自分から母を奪い、父親の立場を一方的に放棄して自分を捨てた。そして一方的に呼び出して自分を利用しようとするが決して自分を顧みようとはしてくれない。そして無垢な少女レイを死地に追いたてる。巡り巡って自分のやるせない気持ちがアスカを傷つける。

全て…全て…この人のせいじゃないか!僕が一体何をしたって言うんだ!僕は…僕は一度として父さんの近くから離れた事はないんだ!!悪いのは父さんなんだ!!

シンジは初めて父親に対する明確な反抗心が芽生えているのに気が付いた。

僕を捨てた父さん…僕を利用するだけの父さん…父さんなんか…父さんなんか…嫌いだ…

シンジはゲンドウを睨みつけていた。

親子はお互いに向かい合ったまま暫くの間にらみ合いを続けていた。すぐに視線を逸らしていたシンジは目の前の父から外さなかった。ゲンドウは始めシンジを黙って見ていたが再び歩き始めた。

そしてシンジの横を通り過ぎ様に小さく囁くように言った。

「話は聞いた…咄嗟の判断とはいえよくやった…シンジ」

シンジは驚いて振り返った。

「父さん…」

父ゲンドウはそのまま発令所に向かって歩いて行く。シンジは静かに慟哭していた。
 



 
その一件以来、シンジはEvaに乗る意味を真剣に考え始めた。一方でアスカのシンジやレイに対する態度は硬化し、露骨な対抗心を何かにつけて見せ始めたのもこの頃だった。

しかし、少年シンジはその二つの事を同時にケアできるほど老成している訳ではなく不安定な自分の気持ちを整理する事に終始した。「フロイライン」と呼ぶことを強要する少女に素直に従ったのも相手に対する気持と言うよりは多分に精神的キャパシティーの部分が大きかった。

Evaに乗ることで初めて褒めてもらった。

シンジもさすがに父親との関係修復とEvaに乗る意味を混同していたわけではない。それはあくまで一つのきっかけであるという自覚は持っていた。

だが、今までレイを通してそのきっかけを得ようとしていたシンジはEvaに乗る意味を考えることが他人を介さない父ゲンドウと自分を繋ぐ唯一の絆になると考える様になったのも事実だった。

しかし、すぐに結論が出るわけでもなく基本的に受身の姿勢であることに変わりはなかったが、それでも目的意識のない今までに比べれば格段の進歩だった。






全く相手にしてくれなかった父さんがあの時始めて僕を褒めてくれたんだ…憎いと思った父さんが…どうして僕を急に褒めてくれたのか…その理由が知りたい…だから僕はここに居てもいいと思う様になったんじゃないか…そして…僕はようやく自分の居場所を見つけた様な気がしてる…

でも…僕の本質が変わったわけじゃない…僕は僕でしかないんだ…まだ…「逃げている」のか…だから…僕は…僕は怖いのか…父さんが…

「じゃあシンジ君…僕はここで…」

シンジは並んで歩いていたカヲルから不意に声をかけられて驚いて顔を上げる。

カヲルはシンジとは反対の通路に向かおうとしているところだった。

「え?えっと」

そういえば…カヲル君が今日、本部に来たのは…何でだったっけ?

「赤木博士からシンジ君と一緒に本部に来いって言われただけだし。赤木博士に会った後、君の用事が終わるまでその辺をぶらぶらしているよ」

「ぶらぶらって…あのさ…あまり勝手なことしない方がいいと思うけど」

ネルフ職員はセキュリティーカードを常時携行する義務を有していた。

セキュリティーカードにはアクセスキーの役割ともう一つ、職員それぞれの現在位置モニターの意味もあった。
MAGIがリアルタイムで職員所属と担当するプロジェクト状況などを勘案して不審な行動がないかをプロファイルしており、明らかに異常な行動が見られた場合は即座に保安部に通報されるシステムになっていた。

当てもなくあちこちフラフラするというのはこのシステムに引っ掛かる可能性があった。

シンジもネルフに関わるようになった当初は本部でよく迷ってこのセキュリティーシステムに引っ掛かり、保安部の事務所に何度か連れて行かれたことがあった。それを迎えに来る筈のミサトも道に迷って同様に捕まるため結局二人一緒に日向に迎えに来てもらうのが半ばパターン化していた。

「ミサトさんとシンジ君は常連だから四角四面に対応するのもどうかとは思うんですけど…まあ…規則は規則なんでね」

保安部長の由良はニヤニヤしながら保安部の事務所の片隅にしゅんっとなって座っているミサトとシンジを交互に見ていた。

流石にシンジもミサトもこの頃では滅多に迷わなくなったが、保安部に連行された場合は所属部署の上位者に連絡が入り同じ部署の人間の誰かに身柄を引き渡されるまで待機させられるというシステムはシンジの骨の髄にまで沁みている。

言外にシンジは不用意な行動を戒めていたのだがカヲルは一向に気にする様子がない。相変わらず何を考えているのか取り止めが無かった。

「アドバイスありがとう、シンジ君。捕まらない様に気をつけるよ。それに出来れば会いに行きたいしね」

「会いに?誰に?」

「セカンドチルドレンさ」

「アスカ…」

アスカに会うというカヲルの言葉にシンジは複雑な心境になった。

先日のチルドレンのミーティングはリリース間近の量産タイプ向け
G兵装のテスト日程と作戦部の新体制の発表がメインではあったが、来日したばかりのカヲルと本部に初出勤のトウジとの顔合わせを兼ねていた。その時にカヲルと会ったアスカの反応は尋常ではなかった。

どんな相手とも基本的に(最初のうちは)フランクに話をするアスカだが明らかに様子が違っていた。

ドイツ語でアスカと会話をするカヲルにも驚いたがそれ以上にカヲルのみならずアスカもカヲルのことを以前から知っている様な素振りを見せた事も意外だった。

今までも何度か聞いたけどその度に曖昧になってる…カヲル君とアスカは知り合いみたいだけど…普通じゃない雰囲気がある…なんでアスカはカヲル君と会った時にあんなに取り乱したんだろう…それに…エリザって何なんだ…アスカのことか?こんな話…加持さんの話になかったけどな…

「この前会ってそれっきりだからね…ドイツからわざわざ持ってきたお土産も渡せなかったしね…」

「お土産…」

昨日、ミサトのマンションに引越してきたカヲルからシンジはチョコレートの詰め合わせを貰っていた。甘党のシンジは殆ど一人でそれを平らげていた。

「じゃあシンジ君。帰る時には携帯で知らせてよ。一緒に帰ろうよ」

カヲルはにっこり微笑むとその場を後にしていた。

カヲルの姿が見えなくなるとシンジは司令長官室がある最上階を目指してエレベーターホールの方に歩き始めた。司令長官室へは諜報課、秘書課に当たる司令長官室の前を通って行かなければならない。

そうだ…僕は父さんと戦わないといけない…アスカを閉じ込めるのを止めてもらうんだ…そして…未来を…運命を変えるんだ…トウジだって死ななかったじゃないか…戦うんだ…それが「逃げない」ってっ事なんだ…きっと…
 






諜報部員の案内でシンジは司令長官室に入る。部屋の中央に置かれた執務机にゲンドウが座っていた。

父さん…

ゲンドウは両手を顔の前で組んで座っていた。

「それでは私達はこれで…」

シンジの両脇を固める様にして立っていた二人の諜報課員は一礼すると部屋を去って行った。扉を閉める音がした後、静寂が辺りを包んだ。

シンジの鼓動がどんどん早くなっていく。

いきなり何の前触れも無くゲンドウの声が響いてきた。

「命令不服従、無断行動、及び松代の第二実験場内に侵入…これらは立派な犯罪行為だ…もっとも赤城博士の話によればお前は自宅マンションから加持リョウジに言葉巧みに連れ出されて自覚無く人質になっていたということだが…それは事実か…?」

やっぱり…取調べか…僕と話す気なんか…これっぽっちもない…でも…僕は…

「いいえ…」

シンジの言葉にゲンドウは微動だにしなかった。

「松代には自分の意思で行きました…加持さんとは松代に向かう途中でたまたま行き合わせただけです…」

「では…何のために松代に向かった?その目的は何だ?自分の生まれた家を見にでも行ったのか?」

「いいえ…第二実験場にあった参号機の起動を止めさせる為です」

「…なぜ参号機の起動を中止させる必要がある?それは加持の入れ知恵か?」

「いいえ…参号機が起動すれば不幸になる…そんな気がしたからです」

「ではどうやって第二実験場に侵入した?」

「加持さんに案内された場所に地下通路があってそこが実験場に繋がっていると教えてもらってそれを利用しました。それから第二実験場は僕のお祖父さんが設立した研究所で、その研究所が昔の日本軍の松代の基地と繋がっているって教えてもらった。その地下道は日本政府の内務省が管理していて僕のお祖父さんのことや父さんや僕のことを知っていて…」

「もういい。そんなことは聞いていない。お前には関係のない話だ」

「僕が聞いてるんだよ!父さん!何で内務省が僕や父さんの事を監視してたんだよ!加持さんは確かに内務省のスパイだったかもしれないけど僕に事実を話してくれたよ!フェアじゃないって言って!どうして父さんは僕に話してくれないんだよ!」

「お前は私が質問した事にだけ答えればそれでいいんだ。お前は尋問を受けているのだ。自分の立場をわきまえろ」

「わきまえていたさ…ずっと…」

「なに?」

「僕は要らない子の筈だったのに…必要とされたことなんて無かったのに…それを…勝手に…一方的にここに呼び出したは父さんの方じゃないか!僕はちゃんと離れて生きていたんだ!僕を呼んだのは父さんじゃないか!」

「必要になったから呼んだまでだ。不必要になればここにいる意味など無い。お前は初号機の起動が出来る唯一のパイロットだからな。お前には戦う義務がある。そして私の命令に従う義務がある。お前はその義務を怠ったからここに呼ばれているのだ」

「そんなの勝手だよ…僕にだって…僕にだって気持ちがあるんだ…」

「気持ちの問題ではない。義務の問題だ」

「必要になったから呼んだっていうなら僕に話してくれてもいいじゃないか!父さんの仕事の事とか!何で僕を避けるんだよ!」

「知って何になる…」

「え?」


バン!


ゲンドウがいきなり椅子から立ち上がると両手で机を叩く。大きな音にシンジは思わず身体をびくっとさせた。

父さん…父さん…まさか…僕に怒ってるのか…

遠目に見る父の姿が一段と大きく見えていた。サングラスの向こうに隠された目は明らかに怒りの色を放っていた。

初めてシンジが触れる父ゲンドウの怒気、いや感情だった。

「世の中には知っているか、知らないかということでは片付かない事がある。知らない方がいいこともあるのだ。人間は何でも知りたがる。だが…知った後の事までお前は考えているのか!」

ゲンドウはこれまでシンジに感情を露わにして怒鳴り声を放った事は意外にもこれまでになかった。無感情にあしらわれていたに過ぎなかった。

人間の感情には喜怒哀楽という明と暗の二面性がある。例え怒号を浴びせられたとしてもそれは一つの感情の表れであり、無視され、拒絶されるのとは格段の隔たりがあった。

「知ればいいというものではない…関わらない方がいい場合もある…お前はパイロットとしてここでは必要だがそれ以外のお前は不要だ…」

「父さん…」

ゲンドウは静かに席に着いた。

「今回の一件は本部側のセキュリティー体制にも不備があった。不可抗力性を認めてお前の親権者を減給処分にするがお前自身の処分は不問とする。だが、命令不服従及び無断行動に関しては厳重注意を与えておく!」

「失礼します」

シンジの後ろから食事を運ぶワゴンを押して女性職員が入って来た。

職員達は手際よく打ち合わせ机にテーブルクロスをかけて配膳を始めた。シンジは自分のデジタル腕時計を見ると時刻は正午を指していた。

カレーの匂いがシンジの鼻孔をくすぐった。テーブルには二客のカレー皿が置かれていた。

「ご苦労…」

ゲンドウが鷹揚に職員達に答えると席を立ってシンジの前を通り過ぎていく。

「昼食時間だ…食べて行け…」

「でも…」

「食べないならもう用事は無い。下がっていいぞ」

ゲンドウは一人で席に着くとラッキョと福神漬けが入れられている薬味皿を手に取っていた。シンジもおずおずと席に着く。

「安心して食べろ…ニンジンは入れてない…」

シンジはゲンドウの放った何気ない一言だったが驚いて向かい合わせて座っている父親の顔を見た。

家事が一切ダメなゲンドウだったが唯一カレーだけは自分で調理出来た。インスタント食品や惣菜、出前とホームデリバリーサービスで命を繋いできた碇親子だったがシンジは父親が作る水加減が一定しない世間の感覚からすれば美味しくないカレーが大好きだった。

「父さん…これ…」

まさか…このカレー…父さんが作ったのか…

「さっさと食べろ…冷めると余計不味くなる…」

シンジはスプーンを掴むと一口頬張る。カレーはやはり薄味だったが涙の分だけ塩が効いていた。

父さん…覚えていてくれたんだ…でも…僕…

子供の偏食は成長と共に自然になくなっていく側面もある。皮肉な事にシンジのニンジン嫌いはこの頃はほとんど無くなりつつあった。目の前の父だけが今のシンジを知らず5歳までのシンジの記憶を留めていた。

親子は暫く無言のままニンジンの入っていないカレーを頬張り続けた。

何の前触れも無くゲンドウが静寂を破った。

「お前はこれからどうするつもりだ?」

「え?どうするって…」

シンジはスプーンを置くと父の顔を見た。ゲンドウの質問の真意を図りかねていた。

「お前はお前なりに考えて珍しく一人で行動した。それが例え正しかろうとなかろうと今は関係ない…人の顔色ばかり見て、人の後しかついてこなかったお前がだ…」

「自分でもよく分からないけど…」

レリエルに取り込まれた時の話を果たして父さんにしてもいいのか…

「でも…」

シンジは意を決した様に小さく頷くと父親の顔をまっすぐ見据えた。

「このまま進んでも未来は僕らにとって決して幸せにはならないと思ったから…だから僕は…行動したんだと思う…例え一人だったとしても…」

「ではもう一つ聞く…例え私が人類全体の幸せを犠牲にしてまでも自分の信念を貫く事を選んだとすれば…お前はその時…どうするつもりだ…」

「それは…」

ゲンドウは紙ナプキンで口を拭うと鋭い視線をシンジに向けていた。

それは今までに見たこともない厳しく、そして冷たい眼光を放っていた。男が男を見る目。親愛や友誼というものを超えた信念に生きる男が敵に向けて放つ類のものだった。

子どもは父親の背中を無意識のうちに追いかけるものだ…そしていつか子は父と決別する時が来る…娘は父という権威による支配から逃れ、息子は同じ道を歩む限りいずれは父を力でねじ伏せて独自の道を歩まねばならん…北欧神話のオーディンやギリシャ神話のゼウスがそうであった様に…父と子はいずれ相克しあわねばならぬものなのだ…だから…出来ることならお前をこの道に引き込みたくは無かった…

シンジはまるで押し返すように父の顔を見ていた。少年は男になっていた。

ようやく分かった気がする…多分…自分の運命を切り拓くというのはこういう事なんだ…僕は…自分に都合のいいことしか考えていなかった…まるで楽しいことだけを繋いで生きていく様に…でも…それは出来っこないんだ…みんな…それぞれが信じる道を歩んでいる…それを自分の都合に他人が合わせてくれると考えること自体が未熟なんだ…自分の信念を貫く…これが男の闘いなんだ…例え誰かを不幸にしたとしてもそこに言い分(大義)があれば相手が親であっても戦って勝ち取る…それが運命を切り拓くということなんだ…

シンジはゲンドウを見る目に力を込めた。

僕のこの選択で未来が変わる…みんなに都合がいい運命なんて…そんなものなんて元々期待する方がおかしいんだ…そんなものなんて恐らくない…アスカの釈放(シンジはまだミサトからアスカが釈放予定であることを聞いていない)もこの手で…

「僕は…ここに残って…自分が正しいと思うことをすると思う…」

「そうか…だが、私の邪魔をするものは容赦しない…例え、シンジ…お前であってもだ…」

「分かってます…」

蛙の子は蛙、か…小気味よいことを言いおって…いつの間にこんな物言いをするようになったのか…

ゲンドウは僅かに口元に不敵な笑いを浮かべていた。

「もう親子として会うことはないかもしれんな…」

「父さんが…考えを改めてくれないなら…」

コイツ…強情な…頑固だった俺の親父(六分儀ゲンジ)そっくりだ…つくづく悪いところしか似ないものだな…

「もういい…下がれ…」

「はい…今まで(育ててくれて)ありがとうございました…」

シンジは席から立ち上がると部屋を静かに出て行った。

ゲンドウは暫くテーブルに両肘を付いていたがやがてゆっくり立ち上がると大きな窓の前に立つ。眼下には青々と茂った地底の森と湖が見えていた。

ゲンドウは懐から一枚の写真を取り出す。写真にはゲンドウとユイ、そして生まれたばかりのシンジが写っていた。

「あいつは…始めて俺から逃げなかったよ…ユイ…だが、分かち合うことはついになかった…」

お前には感心した…シンジ…






本部棟のロビーに並べられているベンチに寝そべっていたカヲルは厳しい表情を浮かべたシンジの姿を見てゆっくりと立ち上がった。

「やあ…シンジ君…」

「帰ろう。カヲル君」

「もう用事は済んだのかい?」

「うん。もう…会うこともないだろうし…それに…会いたいとも思わない…僕は自分を信じる事にしたんだ…」

「そうかい…そうみたいだね…」

カヲルは微笑するとシンジと一緒に溢れんばかりの光が差し込んでいる玄関に向かって歩き始めた。

シンジ君、君は初めて逃げなかった…ようやく君は運命と向き合ったんだ…運命を受け入れたかどうかは別にしてね…ヒトは選ばねばならない…運命に忠実に生きるか…あるいはリリスの様に反逆するのか…

いずれにしてもそれが「善く生きる」という事なのさ…


 
Ep#08_(15) 完 / つづく
 

(改定履歴)
14th Aug, 2009 / 誤字修正 表現修正
17th May, 2010 / 改行修正
28th Nov, 2012 / 表現修正
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