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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第3部 Long time / Long way まだ見ぬ人へ…


(あらすじ)

アスカとシンジは学校の帰り道でばったり出会う。最近、気まずい雰囲気があった二人だったがアスカの機嫌がいい事にシンジは不快感を覚えた。今日の学校の昼休憩の出来事でよくなったのかと思うと気分が悪かった。無言のままマンションに向かう二人。
シンジは食材を両手に抱えて重たそうだった。
「半分持ってあげるわ」
「大丈夫だって言ってるじゃないか!」
そこには今まで見た事がない様な寂しそうな青い瞳をしたアスカがいた。

(本文)


アスカとシンジは夕日に押されながら並んでミサトのマンションに向かっていた。

ユニゾン特訓のときにアスカがいた公園を右手に見ながらシンジはちらっとアスカの横顔を窺った。学校の午前中のときのような不機嫌さはなく、むしろうきうきしている様な感じさえ漂わせている。

ルッルッルールッルルール…

アスカはシューベルトの 菩提樹 (der Lindenbaum) をハミングしていた。

シンジは不機嫌な日が続いていたアスカが昼休憩を境に180度態度を豹変させていることに不快感のような何か複雑な思いを感じていた。





登校は基本的に一緒の二人だが下校に関してはケンカをしていなくても別々に帰ることの方が多い。アスカはヒカリと、そしてシンジはトウジたちと放課後はそれぞれ過ごすからだ。

今日、シンジはトウジたちと別れた後、いつも買出しに行くスーパー「大安吉日堂」で今日の夕食と明日のお弁当の食材の買出し、そして家計を圧迫する原因になっているミサト用の缶ビールを「リカーショップ宗谷」で受け取って外に出たところでばったりと学校帰りのアスカと出くわしたのだ。

アスカは学校のカバンと紙袋を手に提げていた。シンジが昼休憩の時に見たアスカが持っていた紙袋だった。

シンジの脳裏にあの時の光景が蘇ってくる。

アスカはシンジと顔を合わすと始めムッとした顔つきをしたが午前中の様な凶悪さはなくなっていた。

「ただいま!」

アスカが先にシンジに話しかける。

「・・・」

シンジは下を向いたままだった。

「ちょっと!人がただいまって言ってるのに何黙り込んでんのよ」

「・・・」

シンジはそれでもアスカの顔を見ようとしない。

アスカはジロッとシンジを見ていたが「ふん」っと言って口を尖らせた。そして二人はどちらからとも無く並んで大安吉日堂から歩き始めた。

肉屋「アンドレ」の前では夏祭りの時に「本部」でレイにジャパニーズカクテルを振舞われた店主がアスカに手を振ってきた。

「Hallo!おじさま。お元気?」

「アスカちゃん!何か買ってく?今日は牛肉ロースがお買い得なんだけどさあ!安くしとくよ?」

「ごめんなさーい。アタシたちビンボーだからお肉は細切れ以外買えないのよね。ミサトのボーナスが入ったらにするわ」

事実、葛城家の食卓は本当に慎ましかった。

一汁一菜が基本で育ち盛りのアスカとシンジは専ら白米で飢えを凌いでいるというのが実情だった。その為、葛城家では向こう付けの漬物、ふりかけや海苔などの乾物系、それから納豆がという類が豊富という特徴があった。

「またまたぁ!こりゃ参ったなあ!いいお嫁さんになるよ、アスカちゃんは!」

「お上手ね。ほほほ」

「これ、持って帰りなよ。出来立てだよ!3人分入ってるからさ!」

「ホント!ラッキー!Danke!」

アスカはアンドレの店主からビーフコロッケの3つ入った紙袋を渡されていた。

アスカがぱっと振り返るとシンジは立ち止まることなく玩具屋「ホビー古賀」の前に差し掛かっているところだった。

「ちょ、ちょっと、どういう心算よ!置いて行く事無いじゃないの!」

アスカはずかずかとシンジの後を追ってベーカリー「ソレイル」の前でようやくシンジに追いつく。パン屋から甘い匂いが漂っていた。ここのパンは一個当たりの値段が高いが味はよかった。

アスカはこの店のパンが大のお気に入りだ。学校帰りで空腹のアスカは匂いにつられて、シンジに対する怒りを一瞬忘れる。

「あーん、おいしそう。ねえ、一寸寄って行かない?」

「・・・別にいいよ」

シンジは初めて口を開いたがつっけんどんな言い方だった。シンジはそのままとぼとぼと商店街の出口の方に歩いていく。

アスカも仕方が無くシンジの後を付いていった。

「一体どうしたっていうのよ・・・」

やがて二人は第三東京市駅前商店街を抜けていった。





アスカはユニゾン特訓のときにいた公園の横を過ぎた辺りでちらっとシンジの手元に目をやる。

今日はミサトのビールを買って帰っている分だけ買い物のビニール袋が増えてシンジの両手を塞いでいた。

「ねえ、半分持とうか?」

「大丈夫だよ・・・」

シンジの声に元気が無い。

シンジの左手のビニールはミサト用の350mlの缶ビール6本入りが3つ入っていて如何にも重たそうだった。ビニール袋は既に伸びきっていた。

「遠慮しなくてもいいじゃない。持ってあげるわ。かしなさいよ」

アスカの白い右手がシンジの左手に触れる。アスカの手は冷たくて柔らかかった。

まるでそれを合図にしたかの様にシンジが声を荒げる。

「大丈夫だって言ってるじゃないか!」

アスカはシンジの激しい語調に驚いてビクッとして手を止めた。

「なっ何よ!そんな大きな声を出すこと無いじゃない!」

シンジはさすがに今のは自分の方が悪いと思ったが、なぜか素直に誤る気になれなかった。

「アスカが・・・アスカがしつこいんじゃないか・・・」

シンジはほとんど逆切れ状態の自分が恥ずかしかった。心の葛藤が続いていたが様子が気になってシンジはちらっとアスカを見る。

アスカの寂しそうな青い瞳が夕日に照らし出されていた。

こんな…こんな悲しそうなアスカの顔…見たことないや・・・

急にシンジは胸を締め付けられるように苦しくなってきた。自分の不機嫌を思わずぶつけてしまったことを後悔する。

「ごっごめん・・・怒鳴る心算は・・・」

アスカはそれには何も答えずにシンジを置いてプイッとマンションに向かって足早に歩いていった。

わずかにコロッケとアスカの残したコロンの香りがシンジの鼻腔をくすぐる。

セミの音と夏の虫の声が公園から聞こえていた。





 
アスカは学校の制服から紫のキャミソールとオフホワイトのショートパンツという軽装に着替えていた。そしてリビングのクロゼットからアイロンとアイロン台を取り出す。

キッチンではシンジがエプロンをして夕食を作っている。リビングのTVはシンジがいつもこの時間に付けているニュース番組が流れていた。ミサトはまだ帰ってきていない。

アスカは暫くアイロン一式を小脇に抱えたままシンジの背中を見ていた。

何処と無く翳がある雰囲気だ。

「バーカ・・・」

シンジに聞こえない小さな声で言うとベーっと舌を出す。そしてそのまま自分の部屋に向かっていった。

アスカは学校から帰ると必ず自分の制服をその日のうちにスチームをあてて汗抜きをし、プレスを掛け直して皺を延ばす。そしてラベンダーの香りのリネンスプレーを吹きかけた。

アスカは制服特有の汗臭い匂いが嫌いだった。自分の身に着けるものには徹底的なケアを施していた。この習慣は来日以来ずっと続いている。

アスカは時折、シンジの制服に湿るくらいこのリネンスプレーを勝手に拭きつける。リネンスプレーをして汗の匂いを取るのはヨーロッパではそんなに珍しい光景ではないが、デオドラントにあまり関心の無い日本の平均的な男子中学生は自分の制服からアスカと同じラベンダーの香りがするのを恥ずかしがっていた。

「アンタが汗臭いと一緒に並んで学校に行く気がしなくなるのよね!Ladyと一緒に歩くんだから少しはそういうところにアンタも気を使いなさいよ」

アスカがこう言ってもシンジは決まって否定も肯定もせずにあやふやな態度を取るだけだった。アスカはそういうはっきりしないシンジの態度に触れるたびにイライラを募らせた。

自分の意見を持っていないというのは特にドイツでは軽蔑の対象になる。子供の頃から自分の意見をしっかり持って主張することを教育されるからだ。アスカがシンジに対してイライラを募らせるのはそういう後天的な要素も混ざっていた。単に気が強いだけではない。

そして今も制服のアイロンがけをしながら何に対して不機嫌な態度を取っているのか主張しないでいつまでもグジグジするシンジにかなり腹が立っていた。

しかしアスカは常に感情を火薬庫のように瞬時に炸裂させることはしなかった。口は悪いがアスカなりにいつもタイミングを見計らっていた。そして特にシンジに接する場合はイライラを出来るだけ飲み込む努力を水面下でしていた。

アスカにとってそれは相当なストレスだった。それが元で一度吐いたこともある。

しかし、アスカ自身も自分にストレスを与えてまでなぜシンジに対して気を使っているのか、正直なところよく分からなかった。

シンジが弱虫だから仕方が無いじゃない!

人間は弱い生き物だ。自分も含めて。アスカはそれらを全て跳ね除けてひたすら自分にプレッシャーを与えながら常に頂点を目指してきた。勝つことに拘ってきた。いや、そうしなければならない理由があった。

アタシに帰る場所なんて無い…負ければおしまい…

自分が生きるために勝つ。それしか考えられなかった。情けは無用。情けは弱さ、隙に繋がる。

だから・・・

アタシは弱い人間が嫌いな筈よ!そんなものにアタシが合わせる必要なんてないじゃない!足を引っ張られるのはまっぴらゴメンだわ!

弱い人間に同情することなく今まで突っ走ってきたのだ。

自分の事で精一杯だから…何も背負えない・・・子供なんて絶対要らない・・・誰も護ってはくれない・・・

しかし、

じゃあなぜなの?どうしてアイツにだけアタシは・・・やっぱり同情してるの?

自問自答してもその答えは出てこなかった。アイロンからスチームが噴出し始めた。アスカはアイロンに手を伸ばす。





アスカはスチームを当て終わると皺を伸ばし始めた。

アスカにとってこの葛城家での共同生活はあらゆる面でストレスがあった。

アスカが自分の衣類を人に触られるのが嫌いなことも、人が使ったと思う食器が使えないのも、人を自分の部屋に入れるのも、極端なところでは共同で使うバスルームにさえも抵抗を持っていることなどを加持は何もかも熟知している筈だった。

何で加持さんは使徒撃滅の為とはいえアタシにユニゾンの特訓で共同生活までさせるのかしら…

そう思うことも度々だった。それも使徒を倒すまでの辛抱、そう言い聞かされて生活していた。

しかし・・・

共同生活は今も続いていた。もう3ヶ月目に入っていた。始めは嫌で堪らなかった共同生活だったが時間の経過と共にアスカの同居人に対するバリアは少しずつ低くなっていた。自分でも何故かは分からなかった。

クラスメートからシンジと共同生活をしていることをからかわれる事が時々ある。その度に決まって、

「引越しがいちいち面倒臭いのよ。一旦、落ち着いたらしょうがないじゃない」

と言っていたが、アスカにとって引越しが面倒臭いという考えは実は全く無かった。

一番長く同じ場所にいたのが1歳から8歳まで過ごしたベルリンでその後、アスカが安住を許されることは無かった。ドイツにいる時から各地を転々としてきたのだ。

今は因果なことにアスカの祖母、惣流百合絵が生まれた日本にまで流れ着いていた。もっとも、アスカの祖母はセカンドインパクト後の大規模な内戦に巻き込まれてハンブルグの街で既に亡くなっていた。

なぜ、アタシは出て行こうとしないの?住むところはネルフが用意してくれると思うし・・・

アスカが決断すれば共同生活はすぐにでも終止符を打つことができそうだった。

当初、アスカは加持、あるいはネルフ側から使徒撃滅と共に共同生活解除が指示されるものだとばかり思っていた。しかし、その後は両者から何の音沙汰も無く今日に至っていた。

チルドレンは超法規的存在であらゆる制約がある半面、ネルフが相当のことをしてくれる。新しい下宿にかかるデポジットも準備してくれることは期待してよさそうだった。

共同生活でもっとも苦痛なのはシンジの節々に対して感じてしまうストレスだった。

アスカはドイツ時代を含めてこれまでずっと大人に囲まれて生きてきたため、同世代の子供とどう接していいのか正直なところ今でも時々戸惑う。

学校生活でアスカが浮いた存在にならないのは持ち前の機転のよさとアウェイで生活する外国人独特の妥協による産物だった。

アスカにとって周りの空気を読んで振舞うのは造作も無いことだった。その点ではむしろレイの方が明らかに浮いているだろう。

しかし、学校とは違うプライベートでは事情が大きく異なった。ミサトは兎も角として同世代でしかも異性のシンジはあらゆる面でアスカにとって問題が多かった。

それでもアスカは今の生活を続けていた。いや、続けてもいいと思うようになっていた。その理由は自分でも詳らかではない。共同生活を続けるということはシンジから受けるストレスに自ら耐えることを選んでいるというのと同じ意味だった。

それくらいの自覚はアスカにもあった。

だからアタシはこうしていつも我慢してるんじゃない・・・

アイロンがけの手に思わず力がこもる。




 
アイロンがけが終わるとアスカは紙袋から阿武隈にもらった絵を取り出した。

絵の中で赤い海に佇むアスカは優しく、しかし、凛として微笑みかけている。

素敵だわ・・・何か辛いことがあったけどそれを克服したって感じの笑顔ね・・・
アタシもいつかはこの絵の様に優しくなれるのかしら・・・

アスカは心の中で呟いていた。

ウェットティッシュでスチール製の額縁とガラスを拭いた後、コットンのハンカチで丁寧に乾拭きを始める。一先ず絵を部屋の奥にあるデスクの上に置く。

ティッシュと阿武隈がお持ち帰り用に用意してくれていた紙袋を一緒にするとゴミ箱の中に荒々しく突っ込んだ。

アスカは紙袋の様な資源化出来る物は普段は捨てずにドイツ人らしく基本的にリサイクルする。だが、さっきシンジに怒鳴られた事でけちが付いたような気がしてもう一度使う気になれなかった。

あの紙袋を使うたびに怒鳴られたことを思い出しそうだった。

アスカはチェスターに持たれて足を両腕で抱えて座りこんだ。そして大きなため息を一つ付く。

「バカ!バカ!バカ!バカ・・・」


 
 
 
Ep#03_(3)  完 / つづく
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