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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第37部 Dies irae 怒りの日(Part-7) / 制裁者降臨(中編)

(あらすじ)

アスカの中にあったEvaに対する潜在的恐怖(嫌悪感)が顕在化しつつあった。獅子が消えた後、追い立てられるように"女"に挑むシンジとアスカだったが一転して激戦となる。
一方、発令所ではユカリの「腕が伸びた」という発言を聞きつけたリツコが姿を現す。緊張するミサトを始めとした面々だったがE計画の責任者はあっさりとその可能性を認め「ネブカドネザルの鍵…」という謎の言葉を発した。
リツコが語る「鍵」とは何か?そして3体の使徒とEvaとの戦いの行方は?

本文)

2015年12月7日 (月) 14:45 特務機関ネルフ本部 第一発令所
 
その頃…ミサトの元に衝撃的な知らせが青葉によってもたらされていた。もう一つの使徒“女”は”獅子“の様な派手さはなかったが松代防衛線を突破したのである。

「何ですって?!もう松代(防衛線)が突破されたのか!?いくら使徒が強敵だとはいえあまりにも早すぎるぞ!くそ!いつまでもライオンに手間取っているわけにも行かないが…だが!どうすれば…くそ…」

ミサトは険しい表情を浮かべると右手の拳を固めて自分の左手に叩きつけていた。

静岡防衛線では予想外に大規模なATフィールド中和反応の影響でEvaと本部との各種通信が極めて不安定な状態にあったため、前線のアスカやシンジと殆どまともに交信も出来きず、戦局も膠着状態が続いていた。しかも“女”の進攻速度が目に見えて上昇していたため発令所全体に一層焦燥感が広がりつつあった。

「やむを得ない!ここは時間を少しでも稼ぎたい!至急、松代のスティーブンスを呼び出してくれ!ヤツなら至近の戦自と協調すればもう少し粘れる筈だ!」

青葉が眉間に一層深いしわを寄せると厳しい表情をした。

「それが…スティーブンス中佐の国連軍36特車大隊は配備された車両と人員の9割強を失い、部隊はほぼ全滅状態とのことです…」

青葉の言葉を聞いたミサトは思わず目を剥く。

「な、何だと?!そんな一方的なやられ方をしたのか?!」

「はい…しかも中佐ご自身は使徒のカウンターの直撃を受けて…既に戦死した模様…」

「スティーブンスが…まさか…」

ミサトは言葉を一瞬失った。ミサトの指揮で何度か作戦行動を共にしていたスティーブンス中佐は日本派遣軍の地上部隊の中でも特に使徒戦の経験を積んだ貴重な実戦指揮官だった。本来は砲火を集中させた一点突破を得意とする勇猛果敢な男だったが状況に応じて散兵も選択出来る柔軟性も併せ持っていた。対使徒戦では目を引く粘りを見せる事で特に有名だったためミサトの落胆は決して小さくなかった。

「惜しい人間を失ったな…それにしても…松代には戦自も一個師団を配していたというのに…何ていうことなの…」

独り言の様に呟くミサトに青葉は初め説明しにくそうだったが意を決した様に言葉を選びながら報告し始めた。青葉の報告によると戦自第一師団も多少の被害は出したものの積極的な交戦は避けて第二東京市に使徒の進撃が及ばない事を見届けると同時に早々に撤収し始めている現状を伝えた。

ミサトの予想通り使徒に対する戦自の戦意は極めて低く、またミサト自身も大きく期待していた訳でもなかったがここまで露骨に利己的な行動をされれば盟友のスティーブンス中佐を失った直後だけにミサトは突き上げる様な激しい不快感に襲われていた。

長門さん…昔からドライな人だったけど…あたしが知る長門さんはまだ軍人の心が分かる人だったわ…確かに使徒と正面切っての戦闘を回避するのは正しい…あらゆる意味で全く正しいが人情としては割り切れないものがある…仮にも友軍を死地に置き去りにするなど許される筈が無いわ!使徒は人類共通の敵だ!自分たちに被害が及ばなければそれでいいという姿勢は国際社会における日本政府の姿勢としてどうなんだ!政治屋の失策を戦いで糺(ただ)す事も軍人の大局観であり、愛国心だとあたしに説いたのは長門忠興!あんた自身ではなかったか!恥を知れ!

発令所の面々は固唾を飲んでミサトの様子と主モニターを交互に見守っていた。静岡の状況は相変わらず殆ど視認出来るものはなく時間だけが刻々と過ぎ去っていた。

「回線はまだ繋がらないのか!!」

ミサトが珍しく苛立っていた。今までのミサトはどんなに追い込まれてもどこかで冷静な一面を保っていたが今は話しかけるのも恐ろしいほどい猛っている様に見えた。

青葉とマヤが返事を躊躇っているといきなりユカリが忌々しそうに主モニターを睨み付けているミサトに応じる。

「はあ…さっきから何度も試してるんですけど全然ダメな感じです。私も仕事が進まないからやになっちゃってるんですよね…αバンドに固執するのは止めた方がよくないですか?」

青葉はハラハラしながら二人のやり取りを見ていたが青葉の心配を他所にミサトは意外にも全く無反応だった。

ユカリちゃん…αバンドは葛城一佐が松代騒乱事件を教訓にして直々にネルフに導入した経緯があるんだぞ…それを…

松代騒乱事件以前のネルフは哨戒圏外の通信手段残が民間レベルと殆ど大差がなかった。これは対使徒戦闘が基本的に専守防衛で侵攻作戦の実施を前提としないためであり、それが半径25km内の哨戒圏、10km内の絶対防衛圏のインフラ整備に偏らせていた(※ 次世代抑止力兵器の側面を併せ持つEvaを独占運用するネルフが進攻能力を示す事は列強の懸念を招来する行為に繋がるため国際社会に対する遠慮が大きかったのである。第8使徒戦で人類補完委員会がゲンドウの捕獲作戦に難色を示した理由でもある)。

そのため第8使徒捕獲作戦や松代騒乱事件がネルフに残した教訓はあまりにも多かった。これらの事件で哨戒圏外での通信インフラの脆弱性を随所に露呈したネルフ(Ep#07_18)はミサトの強い要望で作戦部再編と時期を同じくして通常回線に国連軍と周波数帯(αバンド:国連標準回線)を共有する事で世界の通信インフラをそっくりそのまま利用するという方針に切り替えたのである。

但し、ネルフ作戦部間の交信は全てMAGIを経由してS暗号化されたため国連軍や付随する諜報機関がその内容を知得する事は出来なかった。

ネルフが誇るS暗号は「n次カオス関数(※ 架空)」という
ナビエ-ストークス方程式の拡張理論をベースにした独自の暗号理論を応用したものだった。MAGIはある任意のn次元を無作為に設定し、そのn次元空間における非線形流体(乱流)の動きを平文に割り当てて暗号化するため、無限の広がりを持つ空間の任意の地点に存在する非線形流体の動きを正確無比に予測しなければ解読されない事を意味しており、文字通り「カオス(混沌)」の解を見出すという荒唐無稽な試みと同意だったのである。

暗号解読最大のリスクは二つあり、一つは「双方でキーを共有」しなければ変換と再変換が出来ない事であり、もう一つは「単発短文」で暗号化した情報といえども流通する情報は最小限にしなければならない事だった。第二次世界大戦時の日本は前者、ナチスドイツの
エニグマ暗号は後者で共に連合軍側の解読を許して結果的に情報戦で敗北したといっても間違いではない。

ネルフのS暗号が画期的なのはMAGIが暗号文を作って本人が解読(再変換)するという点で「共通のキー」自体を持つ必要がない点であり、ネルフの活動がある意味でMAGIの作り出す遠大な仮想空間上に存在している様な状態にあるからこそ可能になる暗号技術とも言えた。実際、各国機関はこれまでに一文字ですらS暗号解読に成功した例はなく文字通り難攻不落を誇っていたのである
(※ 日本政府国防省のオリハルコン(Ep#02_1)はまさにネルフのS暗号対策のために生み出されたインテリジェンスシステムと言ってもよかったが現在も解読には至っていない。フィールズ賞
受賞者を集めた特別チームを編成して作ったオリハルコンは結果としてネルフ以外の対諜報技術として世界最高水準を誇っていた)。

ミサトはこのS暗号を過信したわけではなかったが民間に多少毛の生えた程度の通信インフラで作戦行動を採らされることにどうにも我慢がならずその憤懣(ふんまん)が100名近い部下を失った事で一気に爆発した格好になっていた。一方ではむしろ同じ国連機関でありながら国連軍との共同体制に制限が加わる現状の方を問題視してもいた。

ミサトにとってαバンドは単なる「通信手段の一つ」という訳ではなかったのである。

「今までにαバンドをロストする事なんてなかったのにな…一体どうなってんだ…この使徒は…」

ミサトの独り言にマヤが振り返った。

「これまでにない非常に強力なATフィールドをキャッチしています。そのため今までとは比較にならない物理的な副次反応が作戦区域に発生していますのでその影響だと思われます」

「ちっ!という事は(ATフィールドの)中和するだけでパイロットの体力を消耗するってことか。まずいわね…まだ緒戦だってのに…代替戦力がない上に消耗戦を強いられるとそれだけこっちが不利になる。それに幾ら野戦電源(※ 実装1つと予備2つの3つを携行していたが一つ当り15分程度が目安。因みに空輸中は輸送ヘリからアンビリカルケーブルを介して直接電源を投入されるため移動時間中の電源消費はない)を持たせているがそろそろ限界だわ…一旦、補給に戻す必要がある…」

ミサトは国連軍時代に支給された士官用のクロノグラム腕時計をチラッと見る。シンジとアスカが作戦を開始してから移動時間を含めると既に1時間を越えようとしていた。

サファイアグラスをカバーにした200m防水の電波時計で3つの別設定を独立して刻ませる事ができた。今までミサトはレイ、アスカ、シンジをジオフロントから送り出す度に三人の稼働時間をこの時計で一人ひとりチェックしてEvaの活動限界だけではなくパイロットの疲労度もずっと測っていたのである。

指揮官とパイロットを繋ぐ一種の絆でもあった。


まずい…これ以上時間をかけると…作戦面でも確固撃破どころか二正面作戦に陥ってしまうぞ…

「くそ!時間がない!何とか前線に連絡がつかないものか!」

「あの…葛城上級一佐」

「うざったいから他の(作戦部の)連中みたいに“さん付け”でいいわよ…おバカ」

「あ、はい。じゃあ次回からそうしますね」

ユカリはミサトににっこりと微笑みかけた。ユカリの笑顔に絆されたミサトもこわばっていた表情を一瞬だけ緩ませた。

まったく…あんたって子は全くのん気なもんだねえ…他の部局からはごく潰しみたいに言われて陰湿な嫌がらせも受けてたそうじゃないか…良くも悪くも仲間意識が強い作戦部の連中はみんなあんたを庇ってきた…何となくだが…あたしにもその理由(わけ)が分かってきた気がするよ…

「あの…(国連軍の)αバンドを使わずにMAGIの有機ブロードバンドの一部をEvaとの常用回線に割り当てたらどうでしょう?そうすれば双方向通信の障害も解消されるんじゃないかなあって思うんですけど…」

「え?MAGIの有機ブロードバンド?」

ユカリの言葉を聞いて思わず青葉が二人に向き直る。

「そうか…その手があったか!局地索敵システムとの同期は中止しない方がいいが煙しか見えない動画データをリアルタイムで見ても意味がない。葛城一佐、グッドアイデアだと思います!」

ユカリを後押しするように青葉が言った。

「よし!おバカ!すぐに映像互換を中断して空いた枠に双方向通信をぶち込め!」

「はーい!」
 


14:45 焼津市北効(静岡防衛線)

シンジは文字通り完全に我を忘れて目の前の獅子に挑みかかっていた。

もはや今のシンジには作戦もアスカの事も眼中になかった。ただひたすらに目の前の“敵”に立ち向かう事に必死だった。行為としてはまさに獅子に果敢に挑む古代ギリシアの猟師
オリオンに准えてもよかったが、実際のその姿は傍目に見て決して格闘家の様な勇壮さはなかった。

シンジの必死(の源泉)は全て恐怖から生まれていた。追い込まれたネズミは猫にも飛び掛るという例えそのままであり腰は明らかに引けていた。見方によってはキレ泣きをした子供が無我夢中で相手に不似合いな取っ組み合いを仕掛けている様にも見えた。しかし、初号機そのものには力がみなぎっており溢れ出る力を持て余しているかの様だった。

弐号機は初号機から200メートルと離れていない至近にあったが突然膝を突いた。プラグ内のアスカは吐き気を催していた。

あ、あんなケダモノが…き、気持ち悪い…

しかし、吐き出せるものは何もない。胃の中はほとんど空っぽで苦い胃液の様なものだけがこみ上げてきてアスカの喉を焼いた。

「ふぐっ…」
 



14:50 特務機関ネルフ本部 第一発令所

「双方向通信が回復しました!」

青葉の報告でミサトが静かに頷く。発令所に漂っていた靄(もや)の様な重苦しい雰囲気が一瞬晴れた。大きな黒い円らな瞳を凝らして相変わらず煙しか見えない国連軍から送られてくる映像を自分のモニターで見ていたユカリがハッとした表情をした。

「あれ?今、弐号機が膝を付いた様に見えました。弐号機パイロットに何かあったんデスかね?」

「何ですって?マヤ!パイロットのシンクロ状況は?」

「弐号機パイロットの神経パルスが激しく乱れています!シンクロ率がどんどん低下しています!このままでは活動係数を割り込む危険があります!」

マヤの報告を全て聞き終わる事無くミサトはユカリのデスクからマイクを引っ手繰った。

「アスカ!聞こえる?アスカ!応答して!」

突然、ミサトの声がプラグ内に響いてきた。悪寒から逃れようと両腕を激しく擦っていたアスカが我に返った様に頭を上げた。

ミサト…た、大尉…アタシを…アタシを助けて下さい…もう…こんなのいやなんです…Evaがなくなっても…大尉だけは…アタシを見捨てないで下さい…

「ミサト!アタシ…アタシ…」

「よかった!無事だったのね!あんたのことだから大丈夫だとは思っていたけど確証がなくて思案していたところよ!今のそっちの状況は?こっちではATフィールドの中和現象が激しすぎて完全にあんた達を視認する事は出来ないんだ!あんたの背中だけは辛うじてこちらから見えるけどシン…」

「ミ、ミサト…ア、アタシ…アタシ…もうだめだ…もういやだ…」

「ど、どうした!どこかやられたのか!」

「もういやだ…アタシ…戦いたくない…」

予想だにしなかったアスカの言葉に思わず青葉とマヤは顔を見合わせた。ミサトはよっぽど慌てていたのか無意味に右手に握っていたマイクを反射的に手で塞いでいた。

怯えてる…まるでN-30から帰還した時のあの時のような…またあの発作をぶり返したのか…いや、半年かけて一緒にリハビリして完治したんじゃなかったのか…一体…前線では何が起こってるんだ…とにかく…この会話を発令所に聞かれるのはまずい!

「おい!おバカ!」

「は、はいい!」

「何をグズグズしてる!双方向通信モードを発令所全体からこの主幹フロアに限定しろ!」

「わ、分かりました!」

ミサトはユカリが通信範囲を切り替えるのを見届けた上で再びマイクを自分に口に寄せた。

「アスカ!しっかりして!何があった!」

「よ…汚れる…アタシ…汚れてる…」

その一言を聞いた瞬間、ミサトの顔色が変わった。孤独の女指揮官の顔色からは血の気が完全に引いていた。そしてみるみる鬼の様な形相に変わっていく。傍らにいたユカリは思わずその豹変振りに驚いてまじまじとミサトの顔を見上げていた。

「アスカ!!いや…フロイライン!!お前は何やってる!!お前はいつからそんな負け犬に成り下がった!!生きてるなら!目の前の敵をなぜ屠ろうとしない!敵は屠れ!さもなければ死ぬのはお前だ!!」

「い、いやだ…もういやだ…」

「使徒…いや…敵は…あたしたちの仇は!すぐ目の前にいるんだ!ここで終わるわけには行かないんだ!地獄を終わらせる…そのためにあたし達はここに帰って来たんだ!!立て!!立って早く殺せ!!」

「もうどうなってもいいよ…これが運命なら…アタシはそれを受け入れる…ひっく…」

「アスカ!スマッシュホークはどこにやった?無いなら背中の二刀を取れ!」

ミサトとアスカとの間で緊迫したやり取りが続いていたが初号機と弐号機と完全に同期を済ませたマヤが思わず驚いて腰を浮かしかけた。その尋常じゃない様子に青葉が驚いて視線をミサトからマヤに向けてきた。

「マヤちゃん?どうかしたのか?」

「葛城一佐…あの…初号機が…シンジ君の…し、シンクロ率が…」

マヤの顔に明らかな恐怖が浮かんでいた。それを見たミサトは獅子と組み合っているシンジに危険が及びつつあると咄嗟に判断した。

「アスカ!!一刻の猶予もないんだ!!剣を抜け!!殺せ!!早く殺せ!!目の前の敵を屠れ!!」

「いやああ!!もう!!いや!!」

「フロイライン!!お前…このあたしに逆らうつもりか!!青葉君!!」

「は、はい!」

「弐号機の物理的ダメージは?双方向通信なら正確に分かるだろ!」

「え、えっと…」

「包み隠さず言え!!」

「無事です…全く問題ありません…その…パイロット以外は…」

「そうか。分かった。おい!おバカ!焼津北郊に展開中の国連軍の指揮官は誰だ?」

「だ、第12特車支援大隊のサマルセット少佐です…多分…」

「サマルセット…あのハゲか。それならよく知っている。よし!12特車大隊に緊急電!!弐号機を撃てと伝えろ!」

「ええ!?に、弐号機をですか!?使徒ではなくて?」

ユカリは全く予期せぬミサトの言葉に驚いていた。

「そうだ!!但し!背中の野戦電源にだけは当てるな!それ以外は何処を狙っても構わん!早くやれ!」

「で、でも…弐号機パイロットは女の子だし…」

ユカリの言葉を聞いたミサトは目を瞑るとため息を一つ付いた。

「分かった…おバカ…お前はもういい…青葉君が替わりに指示を出して…」

ミサトは凍りつく様な冷たい目で青葉を睨みつけていた。青葉は一瞬言葉に窮する。追い討ちをかける様にミサトが怒号を浴びせてきた。

「聞こえなかったのか!フロイラインを撃てと言っているんだ!これは命令だ!」

「り、了解…」

青葉が端末を叩き始めると真っ青な顔をしていたマヤが急に立ち上がった。

「か、葛城一佐!お願いです。やめて下さい!幾らなんでもこんな時にアスカを!いえ…味方を撃つなんてあんまりです!」

ミサトはギロッとマヤに視線だけを向けてきた。

「こんな時だからこそやるんだ…あんたは黙っていて…マヤ…これはあたしとアスカの問題なんだ…」

「で、ですが…アスカを撃つなんてあまりにも…」

「うるさい!黙っていろと言った筈だ!」

ダンッ!!

ミサトは固めた拳をデスクに叩きつけた。興奮のあまり危ういところで「無印(国連軍正規階級を持たないネルフ職員が軍組織の様な階級を公称する事に対する国連軍内での蔑称)」が口の端に上ってくるのを寸前のところで噛み殺していた。

「か、葛城一佐…」

マヤは驚いてその場に立ち尽くした。ただのヒステリーには到底見えなかった。痛々しいほど何かを思いつめている雰囲気があった。

「誰にも…誰にも入ってきて欲しくないんだ…これはね…あたしと…あたしとアスカだけの世界なんだ…あんな情けない姿なんか見たくもない…今のアイツは哀れを通り越して実に不快だ…セカンドチルドレン…戦略パイロットとして…いや…我がゴールデンイーグルの黄金鷲章の面汚しだ…」

ミサトの目は血走っていた。もはやミサトの周りでは端末を叩く音しか聞こえなくなっていた。

発令所の最下層にレイ、トウジ、カヲルがそれぞれ並んで椅子に座っていた。ミサトの声を遠くで聞きながらカヲルは目を瞑ると僅かに口元に笑みを浮かべた。

「何人にも侵されざる聖なる領域…それが心の壁…その内側にあるものには誰も触れられない…いや触れてはならない…聖廟の内側から悲しみの向こう側にあるものを睨みながらリリンはひたすら歓喜を歌い上げるのみ…」

カヲルの横にいたレイはすっと音もなく立ち上がる。

「リ…いや…レイ、何処に行くんだい?」

「エントリーの準備をするわ…控え室に行く…」

「ここにいてもそう大きくは違わないだろ?それに…あの二人はまだ健在だ…」

「多分…彼らはここに来るわ…いえ…私がいるところにやって来る…だから…私が姿を見せれば…」

「確かに状況は変化するかもしれないけど…」

「だから…私は行く…さようなら…」

レイは踵を返すとゆっくりと歩き始めた。いきなりカヲルが例の手を掴んで引き留めた。

「僕が君をこのまま行かせると思うかい?僕にもいざとなったら参号機があるんだ…」

レイとカヲルは暫く無言のまま見詰め合っていた。

「今は…少しでも長く…君との時間を重ねていたい…運命の時が来るまで…天が黒と白に月を別つ時まで…それは…僕の我が侭になるのだろうか…」

「カヲル君…」

レイはカヲルに手を引かれるまま再び席に戻った。
 



15:02 静岡防衛線

突然、膝を付いていた弐号機の頭や背中に流弾の雨が降り注いできた。

「きゃあ!うぐ…ぐぐ…」

鈍い衝撃が体のあちこちに伝わってくる。アスカは思わず振り返るとEvaの背後にバックアップで布陣していた国連軍地上部隊の榴弾砲が次々と火を噴いているのが見えた。

み、味方が…アタシを…アタシを殺そうとしてる…

「ケダモノの中にいるアタシも…シンジも…所詮は使徒と何ら変わるところがない…Evaを降りればアタシたちはもうケダモノの一部…人の仮面を被った決戦兵器でしかないってことか…」

大尉…それが…それが答えなんですか…だから…大尉はそんなアタシたちを自分の家族にして…世間からアタシたちを引き離すことにしたんですか…日本語の読めないアタシでも…アタシが批判されている事くらい分かる…アタシも…シンジも…もうこの地上で…安住を求める事なんて出来ない…後戻りは出来ない…

「フロイライン!剣を抜け!あたし達の進むべき道は後ろにはないんだ!ただ前にしかないんだよ!お前は仲間を見殺しにするつもりか!?見損なったぞ!!」

大尉…アタシがバカだった…アタシは…もう人間じゃないんだ…Evaの一部…人型の決戦兵器なんだ…

アスカは無言のままでゆっくりと上体を起こす。弐号機がゆらりと大地に立ち上がる姿が見えた。そして次の瞬間ウェポンラックの横に手を伸ばすと改修したばかりの二刀を引き抜いた。

「そうだ…フロイライン…マヤ、ヤツのコアの位置は?」

「MAGIは回答を保留しています…」

「ちっ!まだ分からないのか!もういい!アスカ!ヤツの心臓を狙え!一振りで決めろ!」

アスカは背中から引き抜いた二刀を両手にするや刀の柄(つか)を握る手に力を込めた。そして次の瞬間、大地を蹴って一気に駆け出した。

この世に…パラダイスなんてない…人は最後の審判を待って新世紀(神の千年王国)に至るべし・・・

「うおおおおおお!!」

たちまち弐号機は獅子の眼前に躍り出た。新手の存在に気が付いた獅子が大きく口を開けると咽喉の奥が発光し始める。

来る…あれをまともに受けたらダメだ…だが…

「これならどうだ!!」

弐号機は初号機と組み合う獅子の足元に膝を着いて入り込むと獅子の片方の後ろ足の向こう脛に白刃を走らせた。そしてそのまま獅子と初号機の間に体を入れると腹から胸にかけて躊躇なく下から上に切り付けた。


ばしゅうううううううううう!


アスカは自分の背中に獅子の夥しい返り血が降りかかっているのを感じる。だが獅子は今度は顔を初号機に向けた。アスカの意図とは裏腹に獅子の口には溢れんばかりの光の玉があった。

まさか…初号機を道連れに…

アスカは反射的に叫んだ。

「シンジ!!避けて!!くそ!!聞いてない!!」

アスカは初号機の胴体めがけて激しくショルダーチャージを入れる。組み合っていた両者が離れた瞬間、獅子の口から青白い光の束が放たれた。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオ


初号機と弐号機は折り重なったままで横飛びにそれを間一髪で避ける。轟音と共に激しい爆風が二人を襲い、獅子の放った高エネルギー砲はらくらくと高草山の中腹を貫通すると轟音を上げて大爆発を起こした。


ぼごごごごごごおおおおおおおん!!!


Evaと同じくらいの大きさの土塊が雨あられの様に二人に降り注ぐ。

「く、くそ…なんてヤツだ…たった一撃で山を吹き飛ばすなんて…あいつを食らうと幾らEvaの装甲でもマジでヤバイ…」

「あ、アスカ…大丈夫…だった?よかった…僕…」

「シンジ…話は後よ!!まだ来るわ!!」

最前面にいたアスカが起き上がると同時に使徒は二回りも大きい巨体をぶちかましてきた。


がしいいいいん!!


アスカがクロスさせて前に突き出した二刀でこれを辛うじて受けとめるが堪らず弐号機ごと後ろにはじき返された。

「きゃああああ!」

更に獅子は手負いの野獣の如く猛り来るって猛烈な前足のラッシュをアスカに繰り出してくる。鋭い爪を紙一重で交わしながら隙を見て弐号機はバク転を繰り返して距離を取って二刀を背中に仕舞うと腰に忍ばせていた小振りなクロスボウガンを取り出した。間髪いれずに立てひざの状態から獅子の額を狙う。

「くらえ!!」


ブシュン!!ブシュン!!
ブシュン!!


立て続けに放った矢を獅子は容易くなぎ倒す。

「こ、こいつ…これほどの手傷を負いながらまだ戦えるのか…やはりコアを潰さないと埒が明かない…」

「アスカ!!」

バックを取ったシンジが再びもう片方のウェポンラックからプログナイフを抜き放つと獅子の背中に馬乗りになって思いっきり突き立てた。


ばしゅうううううううう!!


獅子が堪らず初号機を背中に乗せたまま嘶く馬の様に後ろ足で立つ。

「シンジ!!Nice!!もう一度食らえ!!」

露わになった獅子の腹めがけて弐号機が抜刀しながら一気に距離を詰める。しかし、獅子は狙い済ました様に弐号機を前足で払い除けた。

「あぐうう!!」

弐号機が弾き飛ばされると同時に背中にいた初号機も振り落とされた。

「くそ!!」

シンジはいち早く立ち上がると遠くに見える弐号機のスマッシュホークの方に駆け出した。それを目で追っていた獅子が再び大きく口を開ける。

「あぶない!」

アスカは再びボウガンを取り出すと今度は初号機の動きに気を取られている獅子の目を狙った。


ボシュ!!


弐号機の放った矢が獅子の右目を射抜いた。


ぐおおおおおおおおおん!!


断末魔の様な雄叫びを上げると獅子は初号機と弐号機のほぼ中間地点に見当違いにビームを放った。


ぼごおおおおおおおおおおおおおん!!


二人に夥しい量の飛礫が降り注ぐ。そして辺りに静寂が訪れた。不審に思った二人は慎重に辺りを見回すが獅子らしき姿はそこにはなかった。

「き、消えた…なんでだ…勝ってたじゃないか…」

呆然とシンジは呟いたがふと気配を感じて振り向くといつの間にか初号機の隣に弐号機が立っていた。

「どうやら…アイツ…逃げ出したみたいね…」

「アスカ…」

アスカは徐々に視界が晴れてゆく砂塵の彼方を見据えていた。シンジもゆっくりと立ち上がる。

「使徒が戦いを途中で放棄するなんて信じられないや…」

「そうね…ねえ、そんな事よりアンタ…体とか…何ともないの?」

アスカは視線だけを初号機に向けていた。おぞましい姿を見せた初号機は普段と変わらない姿だった。

アタシが見たあの初号機は…一体…何だったのかしら…気のせい?いや…絶対にそんな事はない…

「え?う、うん…何かちょっとだるいけど…大丈夫…」

「あんな強敵と長い間…張り合っていたのに…」

「え?僕が?まさか…てっきりアスカが一人で戦っていたのかと思ってた…僕…何て情けないんだろうって思っていたんだ…別に慰めてくれなくても…」

「ちょっとアンタ…それって…アタシに対する当て付け?ふざけないでよ…覚えてないって言うの?」

アスカはキッとモニターに写るシンジの顔に鋭い視線を送る。シンジはアスカの剣幕にややたじろいでいた。

「ぼ、僕…何かしたの?」

シンジ…同情してるわけ…それって優しさって言わないわよ!

「もういい!アンタとは今、話をしたくない!いつまでもこんな所にいても無意味だわ。行くわよ…アタシの方はもう野戦電源を使い切って内部電源に切り替わってるし…」

「アスカ…」

二人の頭上にはアンビリカルケーブルをロープの様に垂らしたネルフの大型輸送ヘリがホバリングしていた。アスカは荒々しくケーブルを引っ手繰ると背中に装着する。

もう…何もかもが嫌になってきた…アタシはどうすればいいの…でも一つだけ確かな事は…アタシの居場所はこの世界にはどこにもないって事よ…

シンジはピックアップされていく弐号機の姿を何故か遠巻きに眺めるしかなかった。
 


15:38 ネルフ本部第一発令所

初号機と弐号機は補給を夫々受けると再びポート1(芦ノ湖南岸にあるネルフの空輸拠点)を慌しく飛び立っていった。

ミサトは戻ってきたアスカとシンジに現在の情勢を手短に伝えた。新横田(諏訪)に向かうと思っていた“女”が突如として進路を徐々に東に転じて上田市を通過し、浅間山の横を掠めて佐久に進出していた。ミサトが話している間中、二人は終始無言だった。ミサト自身もアスカと会話をする時は何処かぎこちなかった。

極めて短いブリーフィングを終えるとミサトは再び時計をゼロに戻した。

発令所に戻ってきたミサトはマヤの表情が優れない事に気が付いた。

「どうしたの?マヤ…そういえばあんた…あたしがアスカと揉めてる時に何か言ってたわね?」

「はい…シンジ君と初号機のシンクロ率が…瞬間的にですけど157%を記録していたんです…」

「ひ、ひゃく!?157%!!今までのシンクロ率の最高値はレイとフィフスが記録した99%の筈…」

「正確には99.755%よ。ミサト」

不意に後ろから声をかけられたミサトは驚いて振り返った。マヤの顔にぱっと喜色が浮かぶ。

「せ、先輩!」

「リツコ…珍しいわね…あんたが軍令フェーズ中に発令所に現れるなんて…」

リツコはそれには応えずにミサトの隣に並ぶ。

ネブカドネザルの鍵が開け放たれし時…汝らは神の子を得るであろう…遂にシンジ君は…いや彼女の方かしら…いずれにしても私たちは新たな領域に入ったEvaの目撃者となったのよ…」

ミサトは怪訝そうな表情を浮かべてリツコの顔を見た。

「ネブカドネザル…何よ…それは一体…」

その場にいた全員が不安そうにリツコの顔を見詰めていた。
 
Ep#08_(37) 完 / つづく

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