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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第38部 Dies irae 怒りの日(Part-8) / 制裁者降臨(後編)

(あらすじ)

北部に転戦したアスカとシンジの足並みは当初乱れていたものの見事な連携プレーを見せていたが全体的な劣勢は如何ともし難く、補給のために退却を余儀なくされる状況に追い込まれる。 

そして運命の扉は開いてゆく…

 大天使長ミカエル

大天使長ミカエル

(本文)

15:52 ネルフ本部 第一発令所

「正確には99.755%よ。ミサト」

「リツコ…珍しいわね…あんたが軍令フェーズ中に発令所に現れるなんて…」

ミサトの一言が突然姿を見せたリツコに対する主幹フロアにいる全員の緊張を雄弁に物語っていた。特務機関ネルフでは使徒襲来時(有事)と平時における序列システムが明確に分けられており、作戦行動中(軍令フェーズとも呼称される)は作戦部長が通常指揮権(※ Grade SのIssue以外の指揮権の事)の筆頭にリストされていたためリツコは呼び出されない限り滅多なことではセントラルドグマから上がってくる事はなかった(Ep#06_18)。

「ネブカドネザルの鍵が開け放たれし時、汝らは神の子を得るであろう…いずれにしても私たちは新たな領域に入ったEvaの目撃者となったのよ」

「ネブカドネザル?何よ、それは一体」

ミサトは眉間にしわを寄せてリツコの顔を見る。

青葉は不安そうな顔を浮かべてチラチラとリツコとユカリの顔を交互に見遣っていた。青葉の心配している理由がミサトには痛いほど分かっていた。実質的にこの主幹オペレーターのリーダー的存在になっている青葉は「Evaの腕が伸びた」というユカリの強弁を慮っているのだろう。それ以外にGrade SのIssueが発生していない今、リツコが発令所に姿を見せる理由が思い当たらなかった。

リツコは主幹フロアに横たわる奇妙な雰囲気を全く意に介さずマヤの方を見る。

「マヤ、脇の方でいいからそこのモニターにシンジ君のシンクロチャートを出して頂戴」

「は、はい!」

マヤが自分のデスクに設置されている3つのモニターの一つにシンジのシンクロ率のチャートを手際よく表示させた。マヤの周りに全員が集まってくる。横軸に時刻が表示されているのが遠目にも確認出来た。

シンジが無謀とも言える“獅子”への突撃を敢行した辺りでシンクロ率が殆ど垂直に急上昇しており総じて100%を大きく上回っていた。そして、そのままアスカがショルダーチャージを初号機の腹に入れて獅子と引き離すまで”その異常”を維持し続けていたが、一定のシンクロ率を定規で線を引いた様に長時間に渡って維持し続けるレイやカヲルとは異なり、シンジのそれはまるで地震波の様に大きく上下に揺れているのが特徴的だった。

「シンクロ率が100%を越えるなんて事があるのかしら…」

ミサトがリツコの様子を伺うようにして呟く。

「シンクロ率はあくまで指標的なものであって100%が最大値と言うわけではないわ。言うなれば…Evaが平常の状態を保つ事が出来るボーダーライン…もっと別な言い方をすればEvaとパイロットの相対的なハーモニクス(シンクロ要素の事)の関係で決定されるシンクロ率が100%の状態というのは双方の肉体的、精神的な境界を保つ理想的なレベルなのよ…理性の維持の限界点と言ってもいいかもしれないわね」

「り、理性の維持!?」

リツコの言葉に全員が驚きの声を上げた。ミサトは驚いてリツコの横顔を見た。リツコはミサトに目を合わせてきた。

「そうよ。理性よ…正確にはそれが100%ではなくて99.755%というわけよ…」

リツコは白い指をモニターに走らせる。

「これ…シンジ君の定常的シンクロ率はシンクロテストの様な理想環境であれば約90%前後だけど不特定多数の外乱の影響を受ける実戦ではこの様に少し下がって80%前後が現在の彼の標準…100%弱のシンクロ率というのはEvaパイロットとしてあらゆる意味でバランスが取れていて非常に理想的といえるわ…だけどさっきの彼はここ…定常状態から何か精神的なもの、特にA-10神経的な要素がトリガーになって垂直的に99.755%の壁を打ち破っているわ…」

ミサトはアスカを救援に向かった時のシンジが普段のおとなしいイメージとは対照的に雄叫びを上げながら果敢に”獅子”に立ち向かっていた姿を頭に思い浮かべていた。それが恐怖と戦いながらであってもである。

シンジ君…使徒戦の大ベテランなのにまるで半狂乱の様になって砲(バズーカ)を投げ捨てて突っ込んで行った…セオリー通りならあそこはあくまでバックアップとしてクールにオフェンスラインとは一線を隔して相手の気を逸らすべきだった…あのセオリーを無視した行動はさっきリツコが言っていた”理性の維持“ってヤツとやっぱりパイロットの精神状態に関係があるのかしら…それに…

ミサトはチラッといつの間にか自分の隣にピタッと寄り添うように立っているユカリの横顔を見た。ユカリは大きな瞳を一層見開いて興味津々という様子でモニターを食い入る様に見詰めている。

それに… “理性の維持”の壁を打ち破ったら…このおバカが言ってたみたいにEvaの腕も伸びるのか…

ふいにミサトは初号機がレリエルの形成した虚数空間の中に埋没した時の事を思い出した。

「そもそもEvaって一体何なのよ!あんたは何を隠してるの!」

「何も隠してなんかいないわ!あなたに渡した資料が全てよ!」

「ウソね!」

リツコの指示してきたパイロットの生死を問わない「強制サルベージ作戦」を巡って二人は激しい言い争いを演じたことがあった(Ep#06_19)。その日を境にしてミサトはEvaを単なる「兵器」と見ることに疑問を持つようになっていた。

これはある意味で加持と共に侵入したターミナルドグマの最下層で目撃した下半身のない巨人の存在以上に深刻な問題だった。

特務機関ネルフが第一使徒アダム(実際は第二使徒リリス)を地下に拘留して使徒との接触を防いでいるという認識は全職員のみならずValentine条約批准国の間で広く共有されており、本部の地下にアダムと思しき巨人が存在する事はミサトにとってさほどに驚愕するほどの事柄ではなかった。

それは…

「これが第一使徒…アダムだ…」

「だとすればウチもハンパじゃないわね…」

という未知の物体を目の当たりにした割には至って冷静なやり取りが加持とミサトの間で交わされた事からも容易に窺い知れる。

問題は加持と二人で見たターミナルドグマにあるアダムの存在自体じゃない…むしろ…司令やリツコが考えている「救い(計画)」にあたしの仇であるアダムが必要になるかもしれないという事…それからE計画、つまりアダムから生まれたEvaの制御が効かないならそれも極めて大きな懸念(Evaが使徒に取って代る可能性)に繋がるという事よ…腕が伸びるとか、とても兵器とは呼べない様な未知の能力がEvaに備わっているとすれば…E計画そのものが…いや…初号機に拘る司令の存在そのものが危険になる…

ネルフ入省の当初、ミサトの理解(認識)は作戦部に配備されている零号機から参号機までのEva4体がどこまで行ってもEva(汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン)という兵器以外の何物でもないというものだったが、零号機と初号機を特別扱いする首脳部の方針やレリエル戦に限らず弐号機以降のEvaを軽んずる言動、そして先般実施された零号機と弐号機の間のパーツ互換協議における不自然さに触れてその疑念は当然に増幅していた。

もはや選択の余地はない…こんな絶望的な状況で…Evaが万が一に制御不能に陥ってしまったら…終わりだ…確実にあたし達は終わりだ…仮にEvaが忌むべき存在だったとしてもあたしたち人類はそれに頼って生き延びなければならない…やはり…確かめる必要がある…Evaとは一体何なのか!!

加持のスパイ嫌疑やアスカの監禁で悪化したリツコとミサトの関係は従前の状態とは行かないまでも一頃に比べると相当程度まで修復していた。しかし、果たして現在(いま)、昔馴染みの率直さを持って改めてE計画責任者であり献身に過ぎるほどゲンドウに従順なリツコにEvaの本質を質(ただ)す事が得策なのか…ミサトは悩んでいた。

しかし、今のミサトはあらゆる意味で追い込まれていた。悩む余地はなかった。

「リツコ。単刀直入に聞くわ。理性の壁とあんたが言ったシンクロ率99.755%はレイやフィフスが狙い済ました様に記録する数字よね?」

リツコはミサトの探る様な視線に気が付くと目を合わせてきた。いや、むしろ見返してきていると言ってもよかった。

「そうね…」

「何か特別な意味があるわけ?」

ミサトの質問に一瞬、主幹フロアは静まり返った。少しの静寂の後でリツコはハッキリした口調で答えてきた。

「あるわ。Eva基本理論第二則(因みに第一則は境界臨界中和定数、ATフィールドの定義に関する。Ep#08_18)でいうところのデュナミスの鍵(The key of dunamis)を開くという大きな意味が、ね…彼は…いや彼女の方かもしれない…どちらの干渉によるものなのか、今はハッキリとは分からないけど初号機はその一線を越えてしまったのよ…レイやフィフスが躊躇っていた一線をあっさりとね…」

「Eva基本理論?デュナミスの鍵?リツコ…それは一体なに?」

「Eva基本理論は碇司令の奥様だった碇ユイ博士がほとんど一人で完成させたとも…いや…碇家が代々受け継いできたとも言われる“神の方程式”のことよ…E計画の原点とも言うべきもの…」

「神の方程式ですか…」                                                                                                                           

青葉がまるで放心した様子で呟いていた。リツコは無言のまま頷く。

「そしてデュナミスの鍵とは第二法則において得られる任意の解の一つ。この任意解は4つ存在することが現在までに明らかとなっているわ。この4つの任意解にはガイア(大地)、デュナミス(種子)、エネルゲイア(開花)、エンテレケイア(結実)があってデュナミスの鍵とはその二番目の解のことであり、これら4つの解(鍵)を総称してネブカドネザルの鍵と呼んでいるのよ…」

「ネブカドネザルの…鍵…」

ミサトの独り言を聞いたリツコは静かに頷くと両手を白衣のポケットに入れてマヤから離れて行った。まるでリツコの周囲を取り囲むように立っていたミサト達は慌ててリツコに道を開ける。

「ミサト…シンクロ率に関してはね…最近分かった事も少なくないわ…パイロットのパフォーマンスということだけでは片付かない…ただの指標ではなかったのよ…」

「ど、どういうこと?」

リツコはため息を付くと主モニターに視線を送る。主モニターには芦ノ湖南岸のポート1を飛び立った初号機と弐号機の姿が映し出されていた。二体のEvaはまっすぐ佐久市を越えつつあるもう一つの使徒である“女”に向かっていた。接触までにはまだ少しの余裕がある。

怒りの日を凌がなければ…あの人の計画…いえ…Seeleも…そしてゲオルグも…どの結末を迎えるにしても人類が超えねばならない試練であることに変わりはない…

リツコがふと視線を発令所の下層に向けると突然レイと目が合う。レイは恰も予期していたかの様にリツコを見上げていた。リツコは思わずレイを見る目を細める。

レイ…あなたも分かっている様ね…ここに集まった運命の4人のうち…再び生まれ変わる事が出来るのは替わりのいるあなただけですものね…どうして私があなたの低濃度BRTの摂取拒否を黙認しているのか…その意味をあなたが分からない筈はない…あなたが本来の自分を取り戻す事はあの人も織り込み済み…あなたは生け贄として人類(祝福されなかった哀れなる子たち)のために死ぬのよ…

リツコは目を閉じると再び自分の後ろに出来ていた取り巻きを振り返る。

人形は人形ってことかしら…辛いわね…利用価値があるというのも…

一際強い視線を送っているミサトの存在にリツコは気が付いた。

ミサト…あなたはあの子たちを全員まとめて面倒見るつもりみたいだけど…残念ながら誰かを犠牲にしないと人類が滅びる事になるし…多分…レイやフィフス(カヲル)の出生を知れば復讐の権化であるあなたとは相容れないんじゃないかしら…結局…情に流されれば苦しむのはあなた自身…使徒を全て打ち倒すという初心を貫徹するという事に…いいえ…復讐する事に拘れば拘るほどあなたを待っている運命は悲痛なものになっていく…でもそれは私の人生じゃない…あなた自身が考える事よね…ヒトの人生とは選択の連続ですものね…

リツコが再び重々しく口を開く。

「かつてのアリストテレス哲学では万物霊長たる人間を含む地上の事物にはそこに至る潜在な状態、潜在的な状態から事象が開花する状態、そして開花して至った結末、という三態があるとされている。イデア論として形而上学の基礎を成したけどこれは後に本人も認める矛盾点が出てきて哲学的には大輪の花を咲かせなかったけど後世の現実主義に引き継がれていった…そしてそれはやがて人類の自由意志獲得へと繋がっていくことになる…この過程はまさに人類が哲学的に精神的な神からの支配を克服して自らを神と等しくするという衝動そのもの…その始祖たるアリストテレス哲学における三態はそれぞれデュナミス(種子)、エネルゲイア(開花)、エンテレケイア(結実)はそれぞれ特殊なシンクロ状態の事を指している言葉であり、全ての鍵を開け放った時…Evaとパイロットは一つの存在となる事を意味するのよ」

「特殊な…シンクロ状態?」

「Evaを動かすにはコアとパイロットの間にある任意のハーモニクス(シンクロ要素)の存在が必要になる。つまりシンクロ率は基本的にハーモニクスの質に依存はするけれども総合的にEvaとの融合の度合いを多面的かつ総合的に指標化した数値。この数値の多寡によってEvaの潜在的な能力を引き出す事が可能になる…言い換えればシンクロ率はEva本来の力を目覚めさせる鍵にもなっているということよ…」

「なるほど…だから司令はEvaの究極を目指すべくシンクロ率の極大化を目指していたってわけね?神の子を得たいがために」

「否定はしないわ。神の方程式に基づけばヒトは長年の夢だった究極の兵器、つまり人型決戦兵器を手にすることが出来る…いえ…もっと別の言い方をすればヒトは創造主の如くに土塊から生命を持った人間を作り出す事が出来る…神の方程式は生命(肉体と魂)を作り出すための究極の自然科学法則…その具現化を目指す事もE計画の目的の一つだったのよ…」

そして…それを手に入れるために碇ユイに近づいたとも言われる男…六分儀ゲンドウ…神の方程式を手に入れる為だけの方便が期せずして本物になってしまった…ミイラ取りがミイラになったという話なのか…それとも…お母さん(赤城ナオコ)を宥める為の方便だったのか…MAGIの中に残された数々のメモの中から「神の方程式」と「ネブカドネザルの鍵」の存在を知った時の私の衝撃は計り知れなかったわ…でも…皮肉にも娘のE計画の遂行には役立った…

「活動係数(Evaを動かすために最低限度必要なシンクロ率12.5%)はEvaとのシンクロを語る上で最初の関門になるけどこれは別名ガイア(Gaia)の鍵ともいい、12.5%以上の領域をガイアシンクロと便宜上呼んでいる。私達が通常、Evaとのシンクロ現象と考えているのは大半がこのガイアシンクロの状態よ」

「ガイア…シンクロ…つまり活動係数は偶然にキーロックになっていたわけじゃなくて…」

ミサトは深い皺を眉間に寄せていた。

「そうよ…基本理論の第二則で定義される有意な数値だったってわけ…その解明のきっかけになったのがまさにレイやフィフスが記録したシンクロ率99.755%…この数字もやはりまぐれや偶然ではなかったのよ…」

「どういうこと?」

「これまでレイやカヲル君が意識的にしろなんにしろ出してきたこの数字には何か特別な意味があると思っていた。偶然にしては一致し過ぎているものね。明らかに何か特異なシンクロ現象、第二則的な意味があるだろうと考えて逆説的にこの数値を代入してみた。すると驚くべき事が分かった…」

全員が固唾を呑んでリツコの次の言葉を待っていた。

「この数字がガイアシンクロと次のフェーズであるデュナミスシンクロの境界線に当ることが示唆されたのよ。この境界がデュナミス(種)の鍵と呼ばれ、実質的にEvaとパイロットが理性を維持できるボーダーラインだったという訳…これを超えた場合…Evaは第一獣化形態(The Beast Mode1)を取ることになる…」

「ビ、ビーストモード…」

「そう。デュナミスシンクロの領域では基本的に理性があらゆる意味で働かないわけだから”獣化“という表現は当らずとも遠からず。とにかく獣化(ビーストモード)したEvaを今までに誰も見たことがない以上…何が起こるのかは正確に予測不可能…何処かの誰かさんが言っていたみたいに腕が伸びても或いは不思議はないかもしれないわね…それから…」

リツコはミサトに探るような視線を送る。ミサトはリツコの視線に気が付くと表情を固くした。これまで自分に対して固くガードされていた筈のE計画の内容を明らかにしていくリツコの真意を図りかねている、そんな印象だった。リツコは僅かに口元に笑みを浮かべると更に言葉を続けた。

「穿ったものの見方をすればレイもカヲル君もデュナミスシンクロを避けた寸止め状態でEvaを操作していた、という見方も出来るわよね?シンクロ率の調節が意識的に出来るとすれば…だけどね…」

「ま、まさか…フィフスはともかくとしてレイまで…」

「ミサト…残念だけど…これは客観的なものの見方だわ…まあ確定したわけではないけれど…」

レイの出生の経緯を知る私にはむしろこれは必然的な結果だったわ…でも、そこまであなたが知る必要はない…

ジロッとリツコはミサトの陰に隠れるようにして立っていたユカリの顔に鋭い視線を送る。

少なくとも発令所でデュナミスシンクロにともなう第一獣化形態を肯定するような話が出てしまった以上…これを誤魔化すわけにも行かない…第二則の解明がもう少し早ければ情報統制上で打つべき手もあったかもしれないけれどこうなってしまっては仕方がない…今は下手な小細工をするよりも少しでも多くの人間をE計画に巻き込んでおく方が得策…発動されたS計画に対抗する意味でも内部の意思統一を図るしかない…ネルフはあくまでE型Evaに拘る必要がある…神の子を得るために…

「まあ…それはともかく…シンジ君或いは初号機側の干渉でこの99.755%のデュナミス(種子)の鍵が開け放たれてしまった…その物理的事実がこのシンクロ率157%の意味よ…第二法則から導かれるシンクロの段階はまだ2つある…エネルゲイア(開花)の鍵と…エンテレケイア(結実)の鍵…これら4つの鍵の全て…つまりネブカドネツァルの鍵を開け放てるのはごく一掴みの選ばれた子供達だけ…そして4つの鍵を開け放った状態というのは…実質的にEvaの活動限界がシンクロ率にExpornetial(指数関数的)に比例する事を考えればどうなるか…」

リツコの問い掛けに一瞬その場が静まり返るが青葉が乾ききった喉からまるで声を搾り出すように答えた。

「指数関数的にシンクロ率が増大すれば限りなく活動限界は伸びることになります…すなわち理論的には活動限界がE型のS3機関ベースでも限りなく無視できる事になります…」

リツコは静かに頷いた。

「そう…青葉君の言う通りよ…我々はあたかもS2機関を得たかの様に振舞う事が可能になるのよ。突発的な高シンクロ率乃至はEva側の覚醒か…あるいは相互作用的なものが…エネルギーゼロ状態の初号機を動かした可能性が高いわね…」

Eva側の覚醒を促す確たる手法がない以上…我々が神の子を得ようとすればチルドレンのシンクロ率極大化を目指すしかない…それで文字通り神を得る事になる…本質的にね…知恵を持った者がそのまま擬似的にS2機関を得たも同然の状態になる…S2機関があっても知恵を持たないS型Evaとは全く意味が異なるわ…

ミサトの顔は引きつっていた。

やはりそうか…あの不可解なシンクロ率…そしてハーモニクスを無視した様なシンクロ…これはほとんど人間のそれじゃないとは思っていたけど…

レイ…そしてフィフス…あんた達は…一体…何者なの…

リツコは表情を険しくするミサトをじっと見ていた。

ミサト…これであなたがレイやフィフスを庇う理由はなくなるわね…あなたがいつまでもレイたち身柄をここに抱え込んでいては“試練”は終わらないし…あの人が聖槍(ロンギヌスの槍)を引き抜かせた意味もなくなる…怒りの日に現れる制裁者に捧げるのよ…運命の子を…

衝撃を受けている面々をリツコは一人ひとり確認していたが視線をミサトで止めた。それに気が付いたミサトはジロッとリツコを睨み返してきた。

「それが…Evaの潜在能力を引き出すための存在が…マルドゥックの選び出したチルドレン…そう考えてもいいかしら?そしてその子達を探し出すのがマルドゥック(バビロニア神話の主神の名前)機関の役目だった…更にその子供達が集められる場所がNv707(コード707)って事かしらね?」

リツコが整えられた眉毛を僅かに動かすのを目ざとくミサトは見つけていた。

加持君とあなたが繋がった以上、早晩、マルドゥックとコード707との関係に感付くのはむしろ自然…

「まあ…その辺は…あなたの想像に任せるわ…」

「そう…なら勝手にそう思っておくわ…でも…否定もしないのね…」

「ふっ…あなた…軍を退役する事があれば政界にでも転身するといいわ…」

ミサトとリツコの間に緊張が走る。その時、発令所全体にけたたましい警報音が鳴り響いた。それを耳にした青葉とマヤはハッとした表情をすると慌しく自分のデスクに戻る。

「あと2分少々でEvaと使徒“女”が接触!武州街道の手前2km北の地点、稲荷山近辺が戦闘地域になると思われます!」

青葉の声に弾かれる様にボーとしていたユカリが二人に遅れてデスクに付くと双方向通信回線を初号機、弐号機と開いた。忌々しそうな顔をしてミサトはリツコを一睨みすると正面に向き直って発令所に雷鳴を轟かせた。

「使徒に第二次攻撃を敢行する!総員!第一種戦闘配置!アスカ!シンジ君!今度は使徒を北と南に挟み込んで攻撃!」

「了解…」

双方向通信システムからアスカのやや沈んだ声が返ってきたが誰も何も言わなかった。

リツコはそのやり取りに僅かな違和感を覚えたが司令官たるミサトが無反応という事もあって指して気にも留めなかった。
 


16:25 第二次使徒攻撃 北長野防衛線(佐久市南部)

初号機と弐号機は強烈な西日を受けながら北に向かっていた。

発令所の主務オペレーターから送られてくる座標データをEvaの強制揚陸システムに逐次転送していたアスカはふと顔を上げるとはるか彼方に浅間山の噴煙が上がっているのが見えた。

大半が蒸気で構成されている噴煙は西に大きく傾いた太陽の光を受けて褐色に色付いていた。

そういえばこの空路は第8使徒戦で通った道と同じだわ…何でだろ…戦いの事…アタシ…殆ど覚えてない…でも…ケーブルが切れて死にかけた事だけは記憶にある…これもBRTのせい?ならきっと…シンジが助けてくれたんだと思う…そんな気がする…

レベルBという一般職員と比較しても極めて高いアクセス権を与えられているアスカがその気になればいつでも作戦部のデータベースにアクセスしてこれまでの対使徒作戦の資料を閲覧する事が出来る。

しかし、アスカは第13使徒戦後に退院してからもそれをしなかった。シンジから過去が語られる事を半分以上期待していたからだ。

時に追い立てられる様な日々の二人ではあったが結局シンジからそれらが語られる事はなかった。いやむしろ過去の話を避ける様なシンジの雰囲気に敏感に気が付いていた。

そんなに話したくないなら…アンタが二人で重ねた時間から目を背けるなら…それはそれで仕方がないのかもしれない…

どうしてアタシがアンタの写真を持ち歩いていたのか…どうしてアンタとの記憶が無くなっているのか…状況証拠的に解釈すればアタシたちは同じ夏の空を見て…同じものを食べて…そしてミサトのマンションに一緒に住んで…泣いて…そして笑っていた…そう信じたいし…そう勝手に思うしかないじゃない…だってアンタは何も語らないんだから…どうして?どうしてアタシから逃げるの?

「こちらピクシー01。Eva-02どうぞ」

浅間山が吹き上げる勇壮な噴煙を睨んでいたアスカはヘリのパイロットの声を聞いてふと我に返る。

「こちらEva-02どうぞ…」

初号機もいるじゃない…どうしてみんなアタシにだけ作戦指示や相談をしてくるのかしら…アタシなんか薬がないとシンクロも出来ない落ちこぼれパイロットで…ポンコツ兵器で…Evaが無くなれば生きてる価値も無い…なのにそのEvaに恐怖を感じて…気持ちが悪いとすら思っていても…

アタシって何なの?どうして?こうしておめおめとまだ生きてる…

「本部から第二次攻撃の指示が出ているが初号機と弐号機の着陸地点の決定はこちらに一任されている。どうすればいいか指示願いたい」

知らないわよ!Evaを覚醒させたのか、何なのかしんないけど!あり得ない力を持ってる無敵のシンジ様に聞けばいいじゃないのよ!いちいちアタシに聞かないでよ!バカ!!

アスカは拳を握ると操作レバーを力いっぱい叩いていた。

アタシみたいなポンコツ…利用価値がなくなった決戦兵器はローレライで始末されて…それでオシマイなんだから…キモイと思ってもアタシもケダモノの一部じゃないの…それがアタシの尊厳?誇り?とんだお笑い草だわ…やっぱりゴミはゴミなのよ…死ねばよかったのよ…アタシなんて…何で生きてしまったんだろ…死ぬチャンスは今までに幾らでもあった筈なのに…

アスカは乾ききった青い瞳を固く閉じると涙を抑える様に両手を目に押し当てた。不意に脳裏をカヲルの顔が掠める。

エリザ…アスカ…やはり僕は君に運命に従えと言うだろう…

アイン…アンタは正しかったわ…そうよね…運命に逆らい、抗い続けたのはこのアタシ…死から逃れ様としたのもアタシだわ…シンジを恨むのは筋違い…あの子を頼るのも…あの優しさを好きになるのも…全部…全部…アタシの自分勝手…ロケットに写真があったからって…あの子にいきなりキスされたからって…だからって…あの子がアタシのモノとは限らないじゃないの!アタシの事をMein Maus(独語。直訳では”私のネズミ”だがネイティブのドイツ男性は愛しい女性を呼ぶ時にしばしば用いる英語のHoneyなどに相当する言葉。因みに例えられる動物は古女房になるにつれて羊→牛→象の様に大きくなっていく傾向があるらしい…)って思うとは限らないもの…

「Eva-02…こちらピクシー1…もうすぐ使徒と接触…」

「聞いてるわよ!うるさいわね!」


ずごおおおおおおおおおおん!!


アスカが叫んだ瞬間、初号機と弐号機の間を巨大な光の塊が突き抜けていった。そして間髪入れずに激しくEvaの機体が上下左右に揺れる。

「うわあああああ!」

シンジやヘリパイロットたちの叫び声が弐号機のエントリープラグに響く。

アスカが驚いて索敵システムの端末を叩く。紛れもなく使徒“女”から放たれた高エネルギー砲だった。直線距離で8km離れていたが高度とエネルギー減衰を勘案すれば15kmをはるかに超える有効射程を持っている計算になる。

榴弾やミサイルとは異なりビーム砲の類は運動エネルギーを伴わないため基本的にエネルギー減衰が著しく必然的に射程が短く傾向があった。高エネルギー砲による攻撃でネルフを相当手こずらせた第5使徒ラミエルの射程ですらせいぜい直線距離で5km以内だった。そのためヤシマ作戦(改)というアウトレンジ戦法が取れたと言っても過言ではない。

アスカは戦慄した。

「ビ、ビーム兵器の類でこんな遠距離射撃なんてあり得ないわ!ピクシー1及び2!これ以上近づくのは危険だし、第一空輸中にあれをまともに受けるとEvaでも危うい!緊急にこの区域に強制揚陸をかける!至急切り離し準備!急いで!」

「し、しかし!下はまだ山間部だぞ!それに防衛線想定地点まで距離が…」

「バカ言わないで!!第二波が来る前に着陸する!!全員あの世行きになっちゃう!!」

「わ、分かった!やむを得ない!切り離し準備急げ!」

空輸ヘリは高度を落とすと初号機と弐号機を突然、山間部のど真ん中めがけて切り離した。

初号機と弐号機はもんどりうつように着陸するが二人とも足を取られて殆ど同時に転倒する。

「い、いた…」

「ちょっと!足踏まないでよ!バカ!」

「ご、ごめん・・・」

ヘリはシンジたちの頭上で大きく旋回するといそいそと南に向けて離脱していく。その後を追い立てる様に夕焼けの空に再び閃光が走った。


どごおおおおおおおおおおおおん!!


「うわ!」

「し!静かに!ヤツはアタシたちをきっと探してるわ!」

弐号機がいきなり黙れと言わんばかりに初号機の顔面を手で荒々しく覆う。シンジは自分の顔に感じる筈のないアスカの手のぬくもりを感じた。

アスカは緊張した面持ちで山の向こう側を睨む。手に持っていたランチャーの安全装置を外すと弾を装填した。無機質な銃の音でシンジはふと我に返る。

「ど、どうしようか…野戦電源に切り替わっちゃったから…40分前後でアイツを片付けないと…」

「そんな事いちいちシンジ様に言われなくても分かってるわよ!でも…迂闊に近づけないじゃないの…アタシだって分かんないわよ!どうしていいのかなんて!」

アスカは苛立った様な甲高い声を上げる。シンジはアスカの全く予期しない言葉を聞いて驚いた。

アスカ…どうしちゃったんだ…

短いやり取りの中にシンジはアスカの微妙な迷いがあることに気が付いた。いや、正確にはシンジはこの使徒戦が始まってからというものずっとあらゆる事に違和感を覚えていた。

周辺状況が刻々と変わる使徒戦では臨機応変に対処していかなければならない。その事自身は何となくシンジにも理解できた。しかし、今回の使徒戦ではミサトの指示は臨機応変というよりも根拠は全くないが何処かブレがある様にシンジは感じていた。

これは成功確率が極めて低かった中でヤシマ作戦(改)や嵐が丘作戦(第10使徒戦)を鉄の意志でネルフ全体を叱咤して使徒を殲滅させた今までのミサトのイメージとは大きくかけ離れていた。

その同種の感慨は自分の隣にいるアスカに対しても感じていた。

これまでのアスカはミサトの作戦に対して表向きは反抗的なことを言う事もあったが基本的にミッション遂行に対して極めて忠実で、そして常に冷静でクレバーであった。実際の行動にも無駄も隙もなかった。

頼もしい…アスカは強い女の子…泣く筈なんてないし…実際泣いたところも見た事がない…

それがシンジのアスカに対する偽りのないイメージだった。

それがどうなんだ…こんなのアスカじゃないよ…

弐号機は初戦とは大きく異なりランチャーの銃口が僅かに震えていた。

何処とは明確に指摘は出来なかったがアスカの複雑な思いや迷い…弱さと言っていいだろう…そんな雰囲気をシンジは赤い機体の節々から感じていた。

「国連軍の空爆編隊の滞空限界がそろそろ来るわ…アイツ…再び南下し始める…何とかしなくちゃ…」

「アスカ…」

「どうすればいいのよ…国連軍の地上部隊とかなり距離がある…早く合流しないと…アタシたち…孤立するわ…」

「だからアスカってば…」

「こうなったらアタシが…アタシがアイツに突っ込むしかないわ…アンタはアタシがATフィールドの中和したらそれと同時にそのライフルでアイツの頭を…」

「アスカ!!落ち着けよ!!しっかりしろよ!!」

シンジの怒鳴り声でアスカは一瞬ひるんだ。モニターに移る亜麻色の髪の少女は初め驚いた様な顔をしていたがぷいっとシンジから顔を背ける。

「怒鳴ってごめん…ちょっと座ろうよ…落ち着こう…」

シンジがやや緊張しながらアスカの顔を見ているとアスカはシンジから顔を背けたままだったが小さく頷いて初号機の隣に座った。

シンジはホッと胸を撫で下ろしていた。

落ち着かなくちゃ…闇雲に突っ込んでいっても勝ち目はない…こんな時はじっくり考えるんだ…

 
 
Ep#08_(38) 完 / つづく


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