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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第39部 Dies irae 怒りの日(Part-9) / レイ、最後の挨拶…(前編)

タロットカード / Strengh(あらすじ)

一方、三体の使徒の動きを解析していたMAGIは三体が一つの存在になろうとしている事を突き止めた。
「一体だけでも手強いのにそれが一つになってしまえばもはや手も足も出ない…」
一体だけでも確実に仕留める事を画図したミサトはEva三体の集中投入で"女"に対して第三次攻撃を仕掛ける決意を固める…
 

(本文)

16:45 ネルフ本部第一発令所

同刻。前線からの報告を待つまでもなく発令所でも輸送ヘリから初号機と弐号機が着陸予定地の手前で早々に切り離された事実を把握していた。対使徒第二次攻撃の不首尾を悟ったミサトは僅かに唇を噛むと山城ユカリにF-35ライトニングⅡによる再空爆の要請を国連軍総司令部(新横田)に入れさせていた。

一方で北長野方面に展開していた国連軍地上部隊はEvaとの合流が不調に終わったことを見て取ったのか、急に戦意を喪失して防衛線をどんどんと南下させていた。ほとんど総崩れといっていい状態だった。

旗色のすこぶる悪い状況は国連軍のみならずネルフ全体の注目をミサトにいやが上にも集中させる。ミサトとて決して鈍感ではない。針の筵の上にいる様な居心地の悪さと焦燥感を十分に感じていた。だがそれを自分以外の何処にも持っていく場所がない辛さにじっと耐えるしかなかった。

主モニターには使徒“女”が高エネルギー砲を国連軍のF-35B空爆機に盛んに浴びせかけている姿が映し出されていた。ミサトは腕を組んだまま押し黙っていた。

葛城一佐…

マヤは心配と不安の入り混じった視線を孤独な女指揮官に向けるが自分の無力を思い知らされるだけだった。

「初号機、弐号機共にポイントTG-506、武州街道の北8kmの地点をキープ。それにしても…”女”が“獅子”をはるかに上回るビーム砲の射程を持つとは…想定外でしたね・・・」

青葉がまるで場を取り繕う様に言うがミサトは無言のままだった。青葉としてはミサトに気を使ったつもりだったが日向マコトの様にうまく会話に引き込む事が出来なかった。

まずいな…あまりこちら(主幹オペレーター)サイドが沈みがちだと不必要にネルフの不利を全体に強調する事になりはしないか…こんな時にマコトのやつが居れば…もう少し気が利いた事も言えるんだろうが…

青葉は学生時代から一貫して技術畑を歩いて来たネルフの技術士官だった。内向的な人間が多いネルフの技術部にあっては社交的な方ではあったが、血の気の多い作戦部と比べれば決して多弁な方ではなくムードメーカーという役回りは正直荷が重かった。青葉は日向が後事を託したユカリの方をチラッと見る。ユカリは相変わらずの調子で自分のモニターをじっと眺めて別世界の住人になっていた。青葉は小さくため息を付くと再びデスクのモニターに視線を戻した。

リツコはミサトの斜め後方に立って気まずい雰囲気が流れる発令所の主幹フロアの様子を遠巻きに眺めていた。そして両手を白衣のポケットに入れてさっきから右手でタバコの箱を忙しく弄んでいた。

南北から目標を挟み込み…北からライフルでシンジ君が使徒に対して威嚇射撃を行い、その間隙を突いてアスカが一気に距離を詰めて相手の懐に入る筈が…二人一緒に同じ場所に不時着してしまってはどうしようもないわね…確かにビーム兵器であんな長距離射撃を加えられるなんて誰も想像出来なかったけど…それは外の世界に出ればいい訳にしかならない…私たちの形勢の不利は動かし難い…

リツコは大きくため息を付くとミサトの隣に並ぶ。

「ミサト…」

ミサトは微動だにせず主モニターを睨み続けていた。リツコの目にはミサトが全く思案している様には見えなかった。むしろ答えが分かっていても答えようとしない捻くれた優等生の子供を見ている様だった。リツコは僅かに顔を顰める。

ミサト…あなたほどの卓越した指揮官が…いえ女トールの異名を持つあなたがリカバリープランの一つも全く浮かんで来ないなんて誰も信じないわよ…みんな…あなたの沈黙を怪訝に思ってる…それもその筈…あなたは悩んでる…答えが分かりきった上で、ね…サンダルフォンの時も…レリエルの時もそう…そして今回も…

誰がどう考えたところで弐号機を見せ駒にして初号機で止めを刺すプランしかない…あなたとアスカの絆が尋常なレベルではないことはよく分かってるつもりよ…でも…これは人類が生き残る唯一の方法なのよ…

「ミサト。分かっていると思うけど私たちにはそんなに時間は残されてないわよ?」

「そうね…」

ミサトは忌々しそうに口を開いた。

「おバカ!弐号機に連絡!我が方に遊軍を作る余裕は一切なし!初号機と協働して自身の職分を全うせよ!以上よ!」

「は、はい!あの…今の電文でパイロットは葛城一佐の意図が分かるんでしょうか…」

ユカリはまじまじとミサトを見る。ミサトは視線だけをユカリに送ると早くやれと言わんばかりに冷たく顎をしゃくって促した。

「アスカならそれだけ言えば分かる…お前が余計な心配をするな…それに…」

ぞっとする様な冷たい目を一瞬見せるとミサトは再び視線を主モニターに戻した。

「それに…あの子には…既にその覚悟もある筈だ…」

ミサトの言葉にユカリだけではなく、思わず青葉もマヤもミサトを振り返った。

「り、了解しました…」

観念したようにユカリは途切れがちな双方向通信に代わって電文をEvaに向けて入れ始めた。

リツコはミサトを見る目を細めていたがやがてその場を離れるとマヤの傍らに立つ。ミサトとユカリのやり取りを心配そうに見ていたマヤは驚いてリツコの顔を見上げる。

「せ、先輩…どうかしたんですか?」

リツコはマヤの左肩にぽんと手を乗せると耳元でそっと囁いた。

「プランBに移行したとしてもアスカのことだからむざむざとやられないわ…でも…冷静に考えてこの攻撃で使徒の進撃を阻むのは恐らく不可能…残念ながら第3次攻撃が必要になるでしょうね…」

「そうですよね…この分だと日付も変わっちゃいますよ…シンジ君やアスカだけで持ちこたえるのは大変ですよね…」

「そう…私たちにとってパイロットの肉体的精神的な疲労が一番の問題…シンジ君はともかくとして…アスカのシンクロ率と(神経)パルスの状況はどう?」

「アスカのシンクロ率は…正直あまりよくないですね…だいたい60から65%の間を推移しています…ただパルスの方はやや乱れる傾向がありますが問題ない範囲です…時々ですけどDシグナル(デストルドー反応)が出るのが気がかりではありますけど…」

マヤの言葉にリツコはやや顔を顰めた。

「そうね…あまり改善はしていないみたいね…」

第二記憶層への干渉リスク(※ シンジ以外の記憶も部分的に失っているのはこの為である)を犯してまで定期投与に踏み切ったBRなのに…どうしてシンクロ率が伸び悩むのかしら…いや…漸次低下しているようにすら見えるわ…このままではアスカが戦力外になる可能性も考慮に入れなくてはならないわね…仕方がない…やはりここは制裁の儀式を彼らに遂げさせて一旦事態の収束を図るしかない…

「アスカに万が一の事があれば戦力的な不利は如何ともし難くなるわ…次の出撃では零号機も必要になるでしょうね…背に腹は替えられないわ…第3班に連絡して零号機に例の特殊兵装を付けさせておいて頂戴…」

リツコの言葉にマヤの瞳が大きく見開かれた。

「例のって…ま、まさか…自決用特殊兵装のことですか?」

リツコは静かに頷く。

「で、ですが…あれには既にネルフで在庫しているN2爆雷全弾が既に搭載されていますし…それに通常の戦闘には向かないと思いますが?」

「確かに通常の戦闘には、ね…でもアレを開発目的そのままに使うとすれば問題はない筈よ…」

「そ、そんな…それじゃ…レ、レイが…とても無傷で帰って来られるとは…」

「帰って来る事は期待していないわ…」

「えっ?」

マヤは吐き捨てる様に呟くリツコの顔を思わず見上げる。リツコは端正な顔を歪ませて深い堀を眉間に作っていた。あまり感情を表に出さないリツコが人前で露骨に不快感を示す事は殆どなかった。それだけにマヤの衝撃は大きかった。

まさか…先輩は…レイを…

マヤは自分の顔が恐怖で引きつるのを感じていた。敬愛してやまないリツコの知らない一面を垣間見る気がしてマヤは思わず戦慄した。

代わりは幾らでもいる人形…それにあれがあそこ(ターミナルドグマ)をふらふらとうろつくのは迷惑なのよ…あそこは…私の…私だけの…

リツコはマヤの突き刺さるような視線に気が付く。そして取り繕うようにぎこちない笑みを口元に浮かべた。

「冗談よ…あくまでもしもの場合に備えてというだけの事よ…勿論出番がないに越した事はないわ…でも…今の状況では他に選択の余地がなさそうだし…あくまで準備だけは頼んだわよ…マヤ…レイには私から少し話をしておくわ…」

「あ、あの…先輩…」

「頼んだわよマヤ…言われた通りに、ね…」

マヤの返事を待たずにリツコは踵を返した。

あ、あんなもの兵装というより…完全な自爆兵器もいいとこだわ…大小あわせて20個のN2爆雷が搭載可能…微弱でもATフィールドが張ってあればEvaが大破することはないけど…発射装置が付いてない以上、使徒に向かって突っ込んでいくしかないわ…お互いにATフィールドを中和した状態で炸裂させれば幾らなんでも…

マヤは衝撃のあまりリツコの後姿を見送ることしか出来なかった。

死ね…そういっているに等しいわ…

リツコは再びミサトの隣に並ぶ。何の前触れもなくミサトがいきなりリツコに話しかけてきた。

「それにしても…何てことなの…この使徒は一体何を考えてるのか…まるで分からないわ」

一瞬、リツコは体をビクッさせて思わずミサトの横顔を伺うように見る。相変わらず注意深く主モニターを見ているミサトは右の親指の爪を噛み始めた。

どうやら…さっきのマヤとの話に気が付いたってわけじゃいないみたいね…

「あらあら…山師のあなたらしくないわね、ミサト…」

「あたしは…こいつら三体がそれぞれ別ルートから第三東京市を目指しているものだとばかり思っていたわ…」

リツコは僅かに眉間に皺を寄せて拍子抜けした様にミサトの横顔を見つめる。

何を言い出すのかと思えば…今更そんな事を…

「それはそうよ…使徒ですもの…ここを目指すのは当然よね…」

ターミナルドグマ…すなわちリリスとの会合を目指さない使徒がいるわけがない…いくらこの3体が制裁者ゼルエルでも…これが第14番目の使徒であることに変わりはない…最終的にここを目指すのは自明だわ…

「リツコ…あんたの言う通り…あたしも最初はそう思ってたわ…だけど…」

「だけど?」

「なら何故…”獅子“はあたし達の目の前から姿を消す必要があったのかしら…確かに初号機と弐号機がチグハグながらも連携する事であいつにそれなりのダメージを与えることが出来た…でも、こちらが相手を圧倒するほどではなかったし、冷静に見て使徒の方が優勢だった…にも拘らずやつは余力を残した状態で戦いを中断して作戦区域から姿を消した…そういう例はこれまでになかったわ…」

なるほど…そういうことか…

リツコは暫くミサトの横顔を眺めていたが顎に手を当てて考え始めた。

「確かにそう言われれば最初の使徒(獅子)の行動には不可解な点が多いわね…これまでの戦いの最長記録は第7使徒の時の10日間…その間、あの使徒は作戦区域から離脱せずに自己修復のために一時的に活動を停止したけど逃げ出したりはしなかった…」

「その通り…どう考えてもヤツが消える理由がないのよ…まして逃げ出すなんて考えられないわ…」

「そうね…確かにおかしいわね…」

リツコは主モニターの横に表示されている広域地図に目を向ける。地図上には使徒の取った進路の軌跡と今後の予想ルートが示されていた。予想進撃ルートは基本的に終点を第三東京市に固定しているため、使徒の現在位置と終点との間のルートを単純にシミュレーションしているに過ぎなかったが、今までにこのシミュレーション結果が外れた事はなかった。逆を言えば第三東京市を直線的に目指さない使徒がいなかっただけとも言えなくはない。

終点(第三東京市)を固定するからかえって状況が見えにくくなっているのかしら…だとすればこれはまさにMAGIの死角よね…神はサイコロを振らない(独: Der Alte würfelt nicht. / A. アインシュタインの言葉)…典型的な物理屋だったお母さんが私をお説教する時によく使った言葉であり…MAGIの基本思想でもある…確率論とジレンマは似て非なるものだわ…命題に対する証明は必ず示されねばならない…それがMAGI…ならば…

「青葉君。使徒の進撃ルートの再計算を終点固定せずにシミュレーションしてみて頂戴」

リツコの言葉に青葉は驚いたような表情を浮かべた。

「え?終点をここから外すんですか?そうなるとシミュレーションの自由度が拡散して確度が指数的に劣化しますが…」

「終点が常にこことは限らないわ。如何にMAGIでも前提条件が狂えばジレンマの補正に時間がかかり過ぎて結論を得る頃には全てが終わってしまう事だってあるわ。神は確かにサイコロを振らないけれども…人類が不確定性の世界で生きている以上…神の英知に迫ろうとすれば統計力学に頼らざるを得ない…急いで!」

「は、はい!」

「ちょっとリツコ…どういう風の吹き回し?あんたがギャンブルするなんて…らしくないわね?」

ミサトの言葉にリツコは皮肉とも取れる笑みを僅かに浮かべるとジロッと鋭い視線を向けた。

「ふっ…ミサト…らしくないのはあなたも同じね…あなた…さっきからずっと何を悩んでいるの?」

「あ、あたしが?」

「そうよ…復讐の権化であるあなたは…自分では自分の根本は変わっていないって思ってるんでしょうけど…あなた…随分変わったわよ?私が知る昔のあなたは誰に対してももっと容赦がなかったし…そして…名刀の様に研ぎ澄まされた凍て付く冷たさがあったわ…南極の風みたいに…」

「リツコ…」

「今のあなたは…例え自分が悪に染まったとしても自分の子供だけは守ろうとする…まるで何処かの…不快な母親を見ている様だわ…」

「え?」

リツコの放った一言があまりにも辛辣であったためミサトは二の句が継げなかった。

何処かの…不快な母親…まるで世の中の母全てを…いや…女に備わっているとされる「母性」そのものに対する強烈過ぎるほどの憎悪…なんて冷めきった表現なんだろう…それは家族ごっこと揶揄されるあたしに向けた精一杯の皮肉なのか…それとも厳格だったけど自分の娘を溺愛していた自分の母親に対して言っているのか…それとも…全く別の母親的な存在に向けた言葉なのか…

ミサトの顔を見るリツコの目は悲しみに満ちていた。ミサトはこのリツコの刹那が一体どこからやってきているのか、皆目見当も付かなかった。ハッとするとリツコはパッとミサトから目を逸らす。バツの悪そうな表情を浮かべていた。

「無様ね…今のは失言だったわ…とにかく…この三体の使徒は本当に第三東京市を目指しているのか…私も気になっただけよ…」

「そ、そう…まあ…あたしもちょうどその辺が引っかかっていたから…あんたの検証は助かるわ…」

さっきのリツコの言葉は何なのかしら…長い付き合いだけど…あんな感情的なところを見たのは初めてだわ…ちょっと、いやこの心境の変化はかなり気にはなるけど…でも…今は少しでも先のことを考える方が先決だわ…

現実に引き戻されたミサトはすぐに焦りを覚え始めていた。シンジも感じていた今回の対使徒作戦におけるミサトのブレは今までの使徒襲来とは全く異なるパターンが多すぎることに尽きていた。ミサト自身が絶対の自信や確信を持てないまま対処療法的に指示しているに過ぎない事に苛立ちを覚えていたし、何よりもアスカのことも大きな気がかりになっていた。ミサトはリツコの様子をチラッと盗み見た。リツコは既に普段の冷静さを取り戻しているように見えた。じっとモニターを睨んだまま小さな顎に手を当てている。不意にリツコが口を開いた。

「確かにMAGIの予想進撃ルート内に第三東京市は収まってはいるけど…これはあなたも知っての通り誤差を多分に含んでいるわ…先入観を捨てて見ると…わたしには彼らがここではなく新高崎や新宇都宮…北関東近辺に集まることを狙っている様にも見えるわね…」

「き、北関東に!?まさか!!何でそう思ったのよ?!」

リツコの言葉を聞いたミサトは驚いて思わず主モニターとリツコの顔を交互に見比べていた。

「根拠としては弱いけど…“女”と“手”の予想進撃ルートの重なりエリアに北関東も含まれているというのがまず第一、次に彼らの進撃速度が西、北、東という順でいびつな形をしているけど北関東から遠くに出現した使徒ほど移動速度が早い事…つまり…この三点を頂点とする三角形を想定すれば重心に当る地点はここ(第三東京市)ではなくて…もっと北東になるでしょ?」

「重心か…なるほど…確かにそう言われれば北関東を目指している様に見えるわ…あんたに言われて気が付いたけど“女”はむしろ第三東京市から徐々に外れている様にも…」

「でも…これはあくまで仮定に過ぎないわ…MAGIの再計算結果を待つ必要があるわね…それにこれはあくまで“獅子”が姿を晦ます前の話…獅子の逃亡に対する必然性に答えが与えられたわけじゃないわ…」

リツコが視線だけをミサトに送ってきていた。ミサトはリツコに目を合わせると静かに頷く。

「そう…それが一番の謎…シンジ君が手傷を負わせたとはいえ深手ではなかったし、むしろ押していたのはヤツの方だ…逆を言うと…第三東京市がヤツの最短コース上にたまたまあっただけでそれを我々が邪魔したために迂回したとも考えられなくはないな…」

「迂回…そうか…迂回するために静岡では弾幕を張って南の海に飛び込んだんじゃないのかしら?」

「海…そうか!東京湾から一気に駆け上がるつもりなのか!MAGIに解析させる価値は十分ね…マヤ!青葉君!目的地のシミュレーションを急いで!」

「了解!」

第三東京市を目指さないとすると他の場所に何があるって言うんだ…ん?

ハッとした表情をミサトが浮かべる。

「まさか…やつら…三体が合流して一つの存在になるつもりか…」

リツコもほぼ同時にそのことに気が付いた様だった。

「使徒の使徒たる所以よね…やはり…単独単身の制裁者“ゼルエル”となった後でここを目指すつもりなのね…」

ミサトは背筋にぞくっと寒さを感じていた。

一体でもこんなに手こずっているのに…これが本当に一つにまとまったとしたら…

「もはや…あたし達には手も足も出なくなるわね…」

「そうね…これで第3次攻撃は避けられそうにないわ…目標が一つになる前に私達も保有する戦力を一気に集中させて何としても合流を阻止するしかないわね…ミサト…」

「そうね…それしかないわ…」

ミサトはモニターを睨みつけながらリツコの言葉に頷く。

「じゃあ…私はレイに別件もあるから下に行って話してくるわ…出撃に備えるように…」

「え?」

ミサトが驚いて振り向くとリツコは既に歩き出していた。
 



16:55 北長野防衛線

太陽はすっかり西に傾いて僅かな残光を山際に残すのみとなっていた。まもなく漆黒の闇が辺りを包む。

使徒は国連軍のF-35空爆編隊の断続的な攻撃に呼応するかの様に高エネルギー砲を応射していた。まるで稲光のような閃光が薄暗い空を切り裂いている。初号機と弐号機は薄暗い山と山の間の谷でお互いに身を寄せ合うようにして座り込んでいた。

Evaの電源補給と軽微な補修を行っている時間を利用してシンジとアスカはミサトを始めとする作戦部の幹部達と短いブリーフィングを行って戦況を確認していた。それを踏まえてポート1(芦ノ湖南岸にあるネルフ専用飛行場)で二人はEvaの装備を改めていた。出発する時に二人が手に取った装備は、初号機が遠距離狙撃可能なライフル、そして弐号機が中距離射程と高い打撃を誇るランチャーだった。

ライフルの攻撃力(装甲貫通力等)はバズーカよりも低いもののEvaの通常兵装の中で最も長い射程距離を誇っておりアウトレンジ戦法や奇襲を狙うのが基本戦術である。国連軍提供のデータに基づいてネルフ作戦部は使徒“女”の戦力分析を行っていたが、使徒の高エネルギー砲の有効射程距離がライフルとほぼ同じ(あるいはそれ以上)だったことはネルフ全体、いやまさにこの瞬間に戦場に立っているシンジにとって極めて大きな誤算として目の前に立ちはだかっていた。

ブリーフィングでミサトから与えられた指示は第5使徒ラミエルの高エネルギー砲の射程(半径5km圏内)を想定していた。5km圏を避けて狭い谷間の地形で南北にEva2機で挟み込んで布陣してライフル射撃に目標が気を取られている隙に弐号機が中距離ゼロ正射をかけつつ距離を詰めて接近戦に持ち込み、初号機が背後を狙うという手順だった。使徒戦におけるライフルの役目は直接ダメージを与えるという事に拘っていない。大半はアウトレンジから奇襲、あるいは示威行動を取るというものでミサトの第三支部時代の経験(N-30演習)に基づいていた。ライフルが使徒に直接ダメージを与え様とすればATフィールドが中和されている必要があり、誰かが接近戦(双方のATフィールドが干渉する距離にEvaを配置する必要がある)を仕掛けねばならなかった。だが…

どうやって距離を詰めればいいんだ…

Evaの局地索敵システムがATフィールドの存在を検知して警報を発している。使徒との距離は依然1000前後あった。接近戦を仕掛けるには距離があり過ぎ、しかも二人は使徒に急襲されて相手の射程範囲内に不時着したも同然だった。ここから仮に散開したとしても相手の砲火に晒されるのは自明であり、同じ行動するならそれは攻撃であるべきだった。

既にEvaの活動限界までのカウントダウンは始まっている。シンジはエントリープラグの中で焦燥感に駆られつつあった。アスカに落ち着けと言って強引に自分の横に座らせたものの特に何か策が自分にもあったわけではない。シンジは自分の傍らにあるライフルの砲身を握る。

Evaの被弾パターンは中距離から使徒に接近戦を仕掛ける場合が最も高く、そんなリスクを犯したとしてもライフルで与えられるダメージはコアを打ち抜く場合を除いて限定的なものでしかない事は誰よりもパイロットが一番把握していた。

冷静になればなるほど誰か一人が犠牲を顧みずに接近戦を仕掛けてATフィールド中和を狙い、残る一人がコアを至近から確実に狙撃するという方法が最も理に叶ったリカバリーと言えた。理(ことわり)とは文字通りセオリーであり感情の類が介在する余地はない。それは結局、アスカが最初に言っていた行動そのものだった。

冷静に…時間をかけて考えたとしても…やっぱり…さっきアスカが咄嗟に言っていたプランしかないのか…


ずごおおおおおん!!


これで何射目の攻撃なんだ…こいつ等…エネルギー残量とか弾数とか関係ないのか…

国連軍の損害は陸軍に集中していた。戦闘機は使徒の高エネルギー砲の攻撃に晒されてもスピードが全く異なるため直接撃ち落とされる事は滅多になかった。ATフィールドで弾き飛ばされる懸念があるためミサイル全弾を使用すれば機銃で接近戦を仕掛ける様な事はせずに戦闘空域を離脱して行く。そのため使徒戦では制空権確保という地上部隊にとっては実感の極めて薄い戦果のみが恩恵として与えられる事になる。ミサトはかねてから使徒戦における制空権確保という空軍幹部の旧態然とした作戦思考に疑義を呈していた。制空権よりも使徒が空爆によって進度を鈍らせる効果の方が極めて実用的だったからだ。時間の経過と共に戦闘機の数は減少していた。

空爆部隊が離脱すれば使徒は再び進撃を開始ちゃう…どうする…僕はどうすればいい…どうすれば…

シンジは思わず拳を握り締めていた。もう殆ど白昼夢のような未来を見ることもなければ今までに見たものの記憶も曖昧になっていた。

僕が手を拱いて何もしなければ…カヲル君が言うみたいに運命を否定も肯定もしない中途半端な行動を取れば…アスカが…アスカが壊れてしまうかもしれない…綾波や…カヲル君も…いなくなってしまうかもしれない…そして…誰かが…死んでしまうかもしれない…そんなの…そんな未来は…もうイヤだ…

Evaの後に配置する筈だった国連軍地上部隊は険しい地形に阻まれて密集隊形を狭い谷間に作っていた。空爆部隊が撤収すれば格好の標的になるのは目に見えているためシンジたちを残して既に撤収を始めていた。

まずい…このままだと孤立する…それに使徒の戦闘能力を奪わないとPick upも難しい…

内部電源に加えて野戦電源を保有しているとはいえ無尽蔵な電力供給を受けているわけではない。こうしている間にもリミットは刻一刻と迫っていた。シンジたちが採るべき方法は大きく2つだった。空爆部隊が戦闘空域にいるうちに国連軍地上部隊と合流するか、使徒をやり過ごして背後から奇襲するか、である。

しかし、不幸にして二人は予期せぬ使徒の長距離攻撃を受けて全くかけ離れた場所に一緒になってほとんど不時着状態で着陸していた。足の遅い空輸ヘリが使徒の火線を強行突破出来る筈もなく、やむを得ない状況下で最善の判断ではあったが防衛線構築と言う観点では最悪の結果になっていた。Evaは国連軍の空陸両面作戦において完全な遊軍になっていた。遊軍は作戦行動において最も避けねばならない禁忌事項でありアスカの焦燥感も無理はなかった。初号機の頭上を最後のF35が駆け抜けていった。

「どうやら空軍さんはみんな…滞空限界みたいね…」

「そうみたいだね…」


どごおおおおおおおおん!!


突然、山の向こう側に閃光が走る。どうやら舞台は地上戦に移ったらしい。台地を這う様な轟音が地鳴りの様に響いてきた。

ピーッピーッ

な、なんだ…この音…

初号機と弐号機の間の双方向通信回線に無機質なビープ音が割り込んできた。シンジは顔を上げてモニターの中のアスカを見る。アスカは慌てた様子で発令所から届いた緊急電文に目を走らせているのが見えた。基本的に本部からの指示はアスカが受け取り、それを隊全体に伝える命令系統になっている。

我が方に遊軍を作る余裕は一切なし…初号機と協働して…自身の職分を全うせよ…か…

アスカは自嘲気味に笑うとゆっくりと立ち上がった。

シンジは思わず弐号機の手を握った。

「ミサトさんから何かアドバイス?」

「アドバイス…そうね…確かにアドバイスね…ある意味で…」

「なに?何て言ってきたの?」

「別に…早く敵を殺せ…それだけよ…」

「ええ?!た、たったそれだけ…」

「そう…それだけ…」

アスカはシンジの手を振り払うとランチャーを構えた。シンジも慌てて立ち上がる。

「アタシはこれから一気に正面の山を駆け上ってヤツの側面を突く。ランチャーで攻撃しつつ距離を一気に詰めて白兵戦に持ち込むから…アンタは背後に回ってヤツの頭や胸とか急所を狙って撃って…」

シンジは驚いて思わず顔を上げた。

「ま、待ってよ!アスカだけで仕掛けるのは危険だよ!やっぱり二人で一斉に仕掛けた方がいいよ!」

「無茶言わないでよ。ヤツが散弾を持ってないとも限らないじゃない。同じ方向から仕掛けるのはリスクが高い。二方面からの方が絶対にいいわ…仮に一体が倒されてももう一体で背後が取れる…」

「そ、そんな…」

「ATフィールドはぎりぎりまで張らない…中和作用で視界がなくなるのを極限まで避けるけど一応、高感度スコープは使って…視界を失ってからじゃ遅いから…」

「スコープは使うけど…でもやっぱりATフィールドは…それじゃ被弾するかもしれないし…」

アスカはキッとシンジを睨むと一気にまくし立て始めた。

「部分展開したATフィールドなんて無意味よ!フィールドを張ればそれだけ速力が鈍るじゃん!ここは一気に突っ込むしかないわよ!」

「無茶だよ!近づくまでに大破したらどうするんだよ!獅子は姿を晦ましたけどまだ生きてる!それにまだ東には無傷の使徒がもう一体いるんだ!少しは全体を考えろよ!アスカらしくないじゃないか!そんなの!いつも僕を馬鹿にするくせに!どうしちゃったんだよ!自分だけで煮詰まって!ミサトさんから何を言われたのかは知らないけど何でアスカ一人がリスクを取るんだよ!二方向に分かれるのは分かったよ!それしかないって僕も思う!でも!ギリギリまでATフィールドを張らずに距離を詰めるのはダメだ!絶対ダメだ!」

シンジの正論にアスカは押し黙るしかなかった。その時、アスカのプラグ内で第一野戦電源から第二電源に切り替わった事を示すアラートが鳴っているのにシンジは気が付いた。シンクロ率がシンジに比べて低いアスカはそれだけ消費電力も多かった。

あ、アスカ…そうか…グズグズしてるとアスカの方が先に活動限界を迎えちゃうんだ…なんでだ…なんで僕はいつもアスカに何もしてあげられないんだ…

「大丈夫…みすみすやられたりなんかするもんですか…このアタシがパイロットなのよ?」

「エースパイロットだから…戦略パイロットだから…危険を犯さないといけないって事はないよ…僕達は…」

アスカはジロッとシンジを睨むといきなり初号機の肩を掴んだ。

「アタシはもうエースなんかじゃないわ!エースはアンタの方なのよ!今のアタシは隊のリーダーとして言ってるのよ!アタシはアンタを認めたんだからそれでいいじゃない!エースは温存しておいて決戦のタイミングで投入するのが常道!ただそれだけのことよ!勘違いしないでよね!ミッション遂行が全てなんだから!もうごちゃごちゃ言わないでよ!バカ!!」

「生きて…」

シンジは激しく前後に揺すられながらもボソッと呟いた。シンジの呟きにアスカの手が止まる。

「え?い、いま…」

「生きて帰ろうって言ったのはそっちじゃないか…自分が言ったんじゃないか…僕と…僕と約束したんじゃないのかよ!!」

シンジ…

弐号機はいきなり初号機に背を向ける。同時に双方向通信をアスカは「Sound Only」に切り替えた。

「覚えてるわよ…アタシはアンタのお陰で冷静になれたの…これはしっかり考えて出した結論…これしか方法はないわ…次の空爆を待っていたら電源がゼロになってしまう…時間的に今しかない…いい?距離500からATフィールドを展開して30秒で干渉開始、中和に持ち込む…それから…」

「アスカ!」

「ちょ、ちょっと!バカ!何やってんのよ!」

初号機がいきなり背中から弐号機を抱きしめた。一瞬静寂が二人を包んだ。

「もう誰も・・・誰にも…傷ついて欲しくないんだ…」

バカ…これで手元が狂ったら…アンタのせいよ…バカシンジ…

弐号機は初号機を振りほどくとランチャーを構携えて駆け出し始めた。

「バカ!早く行ってよ!ヤツの背後に出たら知らせてよね!焦ってアタシを撃つんじゃないわよ!分かったらとっとと行ってよ!」

ふと我に返った様に初号機はライフルを急いで肩に担ぐと弐号機とは反対の方向に駆け出した。もうお互いにお互いを振り返ろうとはしなかった。

「くそ!!僕は…もう…これ以上…何も失いたくない…それだけ…それだけなんだ!!」

アスカは使徒の右側面に、初号機は斜め後方に向けてそれぞれ走り始めていた。

アンタの方にやつの背中を向けたときがそのチャンス…初めは頭部…次にヤツの心臓を狙って…乱戦になってアタシが例え邪魔になったとしても…躊躇しないで…ここで確実に一体を倒さないと…
 



同刻。発令所…

「レイ…出撃の準備よ…」

「赤木博士…分かりました…」

「分かってると思うけど…生きて帰る事は期待しないでね…」

「…はい…あの…」

「何かしら?」

「司令に…一言…ご挨拶を…」

「余計な思案ね…司令はあなたにお会いにはならないわ…それに今はお取り込み中よ…」

「…」

「何よ?その反抗的な目は!三人目の癖に!何か不満でもあるの!」

「いえ…」

「だったら…早く行きなさい!」

「赤木博士…」

「何よ!まだ何かあるの!」

「ありがとう…ございました…」

「くっ…」

レイは静かに一人、長い廊下を歩き始めた。リツコは暗がりにもたれかかって小さくなっていく少女の後姿を睨みつけていたがやがて音もなくその場にしゃがみこむと頭を抱えた。

「私…私は…なんて…なんて最低な女なの…うっうっ…抑えられない…自分の感情が…」

誰もいない薄暗い廊下に小さな啜り泣きの声がかすかに響いていた。
 
レイは静かに呟く…


天におられるわたしの父よ…み名が聖とされますように。

み国が来ますように。そして・・・み心に基づき我が子が祝福されますように。

我が身の滅した後は我が子にどうか口に糊する糧をお与え下さい。

の罪をお許し下さい。私を貴方に捧げます。

わが子を誘惑に陥らせず、悪からお救い下さい。私の命
は永遠にあなたのものです。

 

 
Ep#08_(39) 完 / つづく
 

(改定履歴)
10th Jan, 2010 / 表現修正
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