忍者ブログ
新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第41部 Dies irae 怒りの日(Part-11) / レイ、最後の挨拶…(後編)

(あらすじ)

ベタニアのラザロ ミサトは当初の各個撃破が不首尾に終わった事から第三次攻撃を使徒にかけることを選んだ。人類存亡をかけて「ラザロ作戦」を発動させる。
しかし、零号機は既にゲンドウの直接指揮の下で初号機、弐号機に先立って使徒に向かって旅立っていた。
「私が命じたのだよ・・・」
いきり立つミサトの前にゲンドウが現れた。時は刻一刻と迫る・・・


18:15 ジオフロント 第一発令所

使徒群の合流地点が明らかになった発令所では職員たちの出入りが一層激しくなっていた。東雲二佐が発令所を去った後、芦ノ湖南岸にある特務機関ネルフ専用の飛行場“ポート1”に相次いでシンジたちが帰還していた。

「おバカ!アスカ達のB補給(必要最低限度の補修の意)が終わり次第、直ちに旧秩父市に向かわせる!一刻の猶予もならない!一分でも一秒でも節約しろ!急げ!」

「は、はいいっ!わ、分かりました!」

ミサトは焦っていた。

Evaを軽く二周りは上回る大きさでありながら驚異的な機動力を持つ“獅子”…強敵だったラミエルを凌ぐ超長距離砲を持つ“女”…鈍足で巨大な岩山みたいな“手”の戦闘力はよく分からないけど他のやつらと大差はないだろうな…こんなやつらが合流してしまったらガチで勝てる気がしない…合流する前にせめて一体だけでも始末すべきだ…
 
の作戦予定地域(旧秩父市近辺)まで空輸部隊に最大戦速を要求しても20分はゆうにかかる。本来なら帰還中の初号機と弐号機を本部ではなく直接作戦地域に投入すべきだったが予想を遥かに超えた弐号機の電力消耗がミサトに直接投入を躊躇わせていた。

逆算すれば物理的にEvaとパイロットに十分な補給と休息を与える余裕はまったく無かったが電源だけは補給しないわけに行かない。それは時間的猶予を確保する必要に迫られたミサトが形(なり)振り構わない戦自への使徒攻撃要請を決断した理由でもあった。
 
少しでもやつらの合流を妨害しないとアスカ達が危なくなる…あの子たちが誰も帰って来なかったらその時は…そこで全てが終わりだ…もし…そうなれば…
 
ミサトは静かに目を閉じる。
 
使徒への復讐が遂げられないのは無念の極みだが…司令に鉛弾を食らわせるくらいは出来る…同じ死ぬならこのあたしの手で碇ゲンドウを葬ってやる…加持の仇討ちくらいはしても罰は当らないわ…
 
「使徒“女”に攻撃を仕掛けていた国連軍所属の第12特車大隊が…掃滅されました…」
 
青葉の抑揚の効いた声がフロアに響く。ミサトは内省を中断すると静かに目を開けた。
 
まだ負けると決まったわけでもないのに…あたしとした事が…さっきからネガティブな事ばかり考えてしまうな…それにしても何なんだ、こいつらは一体…この真綿でじわじわとなぶられる感触…こんな不気味さは初めてだ…
 
ミサトは唇をかみ締めると腕組みをしている手に思わず力を込めていた。
 
未来とはこんなに重たいものなのか…それを…凡人のあたしが一人…背負っていてもいいというのか…その資格があたしにはあるのか…あたしがしくじれば…人類は破滅する…酒を飲む事しか楽しみのない…このロクでもないあたしのせいで…あたしが未来という希望の芽を摘んでしまうというのか…
 
 
葛城…真実は…君と共にある…
 
 
加持…あんた…ホント…どこまでも最低な男だったよ…自分だけラクしやがって…惚れた女に遺すにしちゃあ、とんだ置き土産じゃないか…それとも…あたしに腹を括らせる為にあんたは自分の命で…そんなわけないよ…あんたはロマンチストだけど…破滅的なヒーローイズムは持ち合わせちゃいない…生き延びるためなら一時の恥辱にも甘んじて耐える男だ…
 
「ふっ…埒(らち)もない事を…」
 
「あの…なんか仰いましたか?」
 
ユカリは思わずミサトを見上げる。その様子に気が付いたミサとは視線だけユカリに送るとやがて小さくため息を付いた。
 
「なんでもないわ…そんな事より時間だわ…マイクを貸して…」
 
「は、はい!」
 
ミサトは差し出されたマイクをユカリから引っ手繰ると大音声を上げ始めた。
 
「総員に告ぐ!次の対使徒攻撃が我々最期の賭けになるだろう。想像絶する戦闘能力を持つ使徒群を向こうに回してこれまで戦ってきたがEvaに目立った損害はなく半包囲された状況下でむしろ善戦したと言っていい。だが…我々の使命はあくまで使徒の殲滅にある。残念だがいまだに目標は進行中だ。例えどんな犠牲を強いたとしても我々はやり遂げなければならない」
 
例えそれが復讐という側面を併せ持っていたとしても、ね…所詮、世の中は綺麗事では片付かない…アスカ…シンジ君…情けない上司、いやダメな保護者だけどこれだけは言える…戦場では精神力の強いタフなヤツだけが運を拾うんだ…しっかり運を掴みなさい…出来ればちゃんと生きて帰ってきて欲しい…特にアスカ…紛いなりにもあたしの後はあんたに託したんだもの…あんた達は生きろ…何があっても…
 
でも万が一の事があんた達にあればその時は…ちゃんと骨は拾ってあげるわ…どうせあたしも地獄行き…後から追いつくからその時に幾らでも不平も不満も聞いてあげる…どうあっても使徒は今…ここで倒さなきゃならないんだ…
 
 ミサトの目には黒い宿業の炎が宿っていた。マイクを握る手に力が篭(こも)る。
 
「これまでになく強大な使徒群は、北関東の旧秩父市付近で合流し、その後にまっすぐこちらに向かってくることを意図としていると考えて間違いない。やつらが合流すれば我々の勝機は更に遠のくことになるだろう」

偽善ね…そうなっちまったら…あたしを含めてここの連中は誰も生き残れねえ事くらい骨身に沁(し)みてるわな…余計な一言だったかもな…

ミサトは薄っすらと口元に自嘲を浮かべた。

「率直に言って今の我々には戦術的に取り得る選択肢が非常に限られている。ジオフロントに拠(よ)り使徒を迎え撃つか、あるいは起死回生を賭けて討って出るか、だ」

ミサトは言葉を一旦切ると辺りを見渡す。発令所に詰めている職員全員、そしてこの演説を見にたーを通してアスカとシンジが見ていた。全員がミサトの次の言葉を待っていた。

加持…こういう時くらい…あたしを支えてくれてもいいだろう?あの世でもいい…しっかり見ていて…そう…見守ってくれるだけでいいんだ…

ミサトはクロスのペンダントに通した銀色に光るプラチナリングを左手で握り締める。

「各個撃破が不首尾に終わった現状において常識的には拠点防衛を選択すべきだが有史以来、係る消極的な常識論によって未来を掴んだ例をあたしは知らない。攻撃こそ最大の防御!これこそが人類の希望を掴む最良の道であると確信する。そしてそれは同時にあたしの信条でもある。ここに特務機関ネルフは旧秩父市の作戦指定地域において1830時をもって第三次攻撃“ラザロ作戦”を発動することを通達する!」

一瞬辺りが静まり返る。だがミサトはじわじわと職員達の胸奥に闘志が湧き立ちつつあることを感じていた。
 
「何もせずここで手を拱いていればあと45分少々で目標は合流を果たすことになるが、幸いなことに国連軍の空爆及び長距離防衛ミサイルシステムによる撹乱作戦で目標の進度は目に見えて落ちてきている。これにより我々は時間的猶予を確保しつつある。何としてでも目標が合流する前に一つでも多くの使徒を倒すことを最優先する。そこで人類最期の希望であるEva全機をこの作戦に投入して使徒群掃滅を図る。さらにこの作戦発動に伴い、我が作戦部は新市ヶ谷(ネルフ内では戦自のことを地名で呼ぶことも度々あった)にも働きかけて大規模なATACMS(※ 戦術ミサイルの射程はゆうに100kmを超える)による陽動作戦を展開する方向で既に調整に入っている」

ミサトの演説内容に発令所のみならず随所から驚きの声が漣(さざなみ)の様に上がる。
 
「せ、戦自だって?うちと戦自が協調すんのかよ?!ていうか可能なのか…」
 
「だが…国連の日本駐留軍のミサイルと戦自が日本各地に配備している防衛システムが一緒になれば相当の火力にはなるぞ…」
 
この時点で東雲はまだ戦自総司令部付きの幕僚らと協議中で正式決定はしていなかったが、ミサトはその事実をここでは意図的に黙殺していた。
 
「アウトレンジからのミサイル攻撃に対して使徒はカウンター攻撃を行う素振りを見せるものの攻撃ポイントを特定出来ずに戸惑うしかなく、結果的にやつらの進攻速度の低下に繋がり引いては分離、誘導が可能となる。我々はその習性を存分に利用すべきだ」
 
作戦部のTV会議室で戦自の極東作戦局幕僚たちとまさに膝詰め談判をしていた東雲はイヤホン越しにミサトの演説を聞きながら珍しく薄っすらと笑みを口元に浮かべていた。

なるほど…カウンターの習性を利用してミサイルの弾幕を撒き餌にするというのか…遠隔攻撃で敵を誘導するなんて古今に例が全くないわけではないが奇策もいいところだ…
ならば…部長のためにも早くこの下らない連中を説得しなければならんな…

発令所ではミサトの演説が続いていた。

「ミサイルの弾幕を餌にして使徒群を分断、Eva3体が待ち構えるクロスファイアポイントに誘い込んで一気にあの世(黄泉の国)送りにしてやる。いいか!人類の興亡はこの一戦にあり、だ!各員の職務精励に期待する!以上!!」

「おお!」

ミサトの激に真っ先に大きな声を上げて応えたのはほとんどが作戦部員だった。

“蛮勇は不要。己の弱さを正しく自覚して対応できる者こそ誠の勇者”(
Ep#07_11)

常々そう語る孤独の女指揮官に彼らの多くは魅せられており、そして全幅の信頼を寄せていた。次々と職員達が勇ましい足取りで発令所を後にする。

主モニターの横にあるサイドモニターに写るアスカとシンジもミサトに敬礼を返すと画面から消えて行った。ミサトは長いため息を一つ付くとマイクをユカリのデスクの上に放り投げる。
 
この際…戦自だろうと使えるものは何でも使ってやる…プライドも命もそして絆も全てを投げ打ってでもこの一瞬に賭ける…使徒は倒す…実にシンプルな理由だ…


葛城…地獄を人類に押し付けた後、使徒を殲滅して、そしてこの結末を迎えた果てに待っているものとは何だろうな?その時に人類はどうなるか?お前はそれを考えたことがあるか?
(Ep#06_11)


使徒を全て倒した向こう側…加持とアダムの前で話すまで…このあたしはひたすら使徒を倒すことだけを考えていた…そのためには手段を選ばない、そう覚悟も決めていた…向こう側なんて考えたことすらなかった…

でも加持と話しているうちにだんだん分かって来たんだ…復讐でも大義ある戦いであっても常に人はその向こう側にあるものを考えなくちゃいけないんだ…何故なら…死が訪れない限り人は生きるしかないんだ…人は生きる限り…悲しみの向こう側を…希望を目指して歩かなきゃならないんだ…

家族と呼べる様なものを持てなかったあたしは…いつの間にかその寂しさを紛らわせるためにアスカやシンちゃん…そして加持を必要としていたんだ…軽い人間関係しか持とうとしなかったこのあたしが…

だけど人は他人を必要とする癖に…自分以外の存在と関われば関わるほど…嫉妬し…疑い…そして時に失望してしまう…あたしも一時だけど自分の中で何が起こっているのか分からなかった時期があった…でも…ようやく気が付いた…それが「家族」だったんだね…ふふふ…しかし…気が付くのが遅すぎたらしいよ…加持を失った今のあたしにはもう何も要らない…

人間の感情は復讐者の目を曇らせる…リツコのあの言葉は正直痛かった…何を今更…偽善者もいいところってとこか…所詮は血塗られた道…あっちを立てればこっちが立たず…か…

「ちくしょう…」

思わず口の端に上ったミサトの言葉に驚いてユカリが思わず顔を上げた。

「葛城一佐…」

ミサトが恐ろしいほどの形相で主モニターの広域作戦図を睨んでいるのが見えた。ユカリの視線にまるで気が付く様子がない。

ど、どうしよう…なんかコワイなぁ…

ユカリがおどおどしているとミサトが刺々しく言い放つ。

「時間だ…ラザロ作戦第一段階始動…レイの零号機をポート1に直ちに射出!初号機と弐号機のB補給が完了次第、三機同時に発進させろ!」

「は、はいっ!了解しま…あ、あれ?」

モニターに目を落としたユカリの顔がみるみるうちに強張っていく。

ぜ、零号機が…ケージにいない!!もう出撃してることになってる!?あたし…またドジっちゃったのかな…で、でも…この前、射出エリアをフルボッコした暴れん坊さんだし…勝手にどっか行っちゃうとか…全くありえない話じゃないかも…

「どうした?」

ユカリの焦っている様子に気が付いたミサトは視線だけを送る。ユカリの目が泳いでいるのに気が付いていた。

「い、いや…な、何でもありません…」

さ、さしあたっての問題は…このドジをどうやって誤魔化すかだわ…

「…それからレイには他の機体の防衛に徹してもらう。シールドとパレットガンを装備させて前衛に布陣させろ。パレットガンは最も貫通力の高いマグナムカートリッジを持たせる。致命傷は与えられないだろうがATフィールド中和後なら生体組織を吹き飛ばすくらいの事は出来る筈だ。さすがに片手で扱える武装は限られるしな」

「は、ははは…ですよねぇ…やっぱマグナムですよねぇ…」

ユカリが上の空で答える。

そんなこと言われたっていないんだもん!と、とにかく早く探さなくちゃ!もう!どこ行ったのよ!零号機ちゃん!

自分のデスクのモニターの画面を索敵画面からポート1の管制データに切り替えたユカリが動揺を落ち着かせるためにアイスティーを口に含んだ瞬間、信じられないデータが目に飛び込んできた。

「ブー!!!」

う、ウソでしょ!!ぜ、零号機ちゃん…既にポート1を離陸してるの!?な、なんでぇ!?まさか家出!?スト!?嫌になっちゃったとか!?

「はっ!」

自分に突き刺さる複数の鋭い視線に気が付いたユカリは恐る恐る振り返る。ミサトだけではなく青葉とマヤも既にユカリの周りを取り囲んでいた。

「ぜ、ぜ、ぜ、零号機…射出済み…ポート1を既に離陸…してます…」

観念したユカリがおずおずと報告すると腕を組んで仁王立ちしていたミサトと青葉に戦慄が走った。マヤは一人動揺する素振りを見せていたが二人ともそれには全く気が付かなかった。青葉がユカリに一歩詰め寄る。

「もしそれが事実だとしたらこのミスは痛恨だぞ…ユカリちゃん…世の中にはやっていいドジと悪いドジがあるんだぞ?」

「ち、違います!あたしじゃないですよ!た、多分…」

マヤがおずおずと黙って話を聞いていたミサトに話しかけようとした瞬間、ミサトがいきなりユカリを女とは思えない膂力で引き上げた。

「ひ、ひえええ!!」

「ちょっとぉ!その多分ってなんだよ!多分って!ハッキリしろ!軍令発令はお前しか出来ないだろうが!このクソボケがあ!ピザじゃねーんだぞ!零号機は?どこにデリバリーしやがった!すぐ呼び戻せ!」

「そ、そんなこと言われてましても…あ、あたしも何がなんだか…そ、そうだ!こ、これはきっと孔明の罠…」

「死ね!」

ぎ、逆効果!?お、お母さん…

青葉は取っ組み合いをしているユカリとミサトを尻目にユカリのデスクに腰掛ると手際よく軍令関係のデータをチェックし始めた。零号機のエントリーログとポート1からの離陸記録をすぐに発見する。

確かに零号機がラザロ作戦発動前にポート1を離陸している…しかし幾らなんでもこれは単純なミスとしては不自然すぎる…いくらユカリちゃんが究極のドジだとしても輸送ヘリを2機もわざわざ輸送に使うだろうか?仮にそんな軍令をかけていたと仮定してもここ(発令所)にポート1の管制室が何も報告してこないなんて考えられない…人為的なミスというより…明らかに恣意(しい)的な何かが…ま、まさか!?セキュリティーレベル・・・Grade Sか…

青葉がはっとして顔を上げる。

発令所、言ってみればネルフ本部の総司令部のオペレーションを完全スルーできる方法はそれしかない…また零号機の機体識別を意図的に上位セキュアモードで秘匿すればモニターにマーキングさせない事も可能…そして同時にそれが出来る最上位のセキュリティ権限を持つ人間はネルフで僅か3人・・・

「葛城一佐!ユカリちゃんにヤキを入れるのは後にして下さい!」

青葉さん…そこは止めましょうじゃなくて“後にしろ”なんだ…

「輸送ヘリ2台を使って零号機がポート1を離陸したという記録が確かに残っています!しかし、発令所に対してポート1の管制室からも何も言って来ないのは不自然です!零号機の件はGrade Sのマターで動いているとしか考えられません!」

「Grade S?」

「はい…おそらく・・・」

そこまで青葉が言った時、マヤと不意に目が合う。しかし、マヤは慌てて視線を逸らす。

マヤちゃん…何か知っているのか?

一瞬、青葉は首を傾げたがマヤの様子よりも零号機の行方がむしろ気に掛かっていた。

「とにかく零号機の機体認証と現在地確認を急ぎましょう!物理索敵をかければ場所の特定は可能です!」

その時、主幹フロアの背後から人が入ってくる気配がした。ミサトの隣で立ち竦んでいたマヤが驚いて振り返るとそこにはやや表情を固くしたリツコが立っていた。

「せ、先輩…」

マヤの言葉を聞いたミサトはユカリの首から手を離すと同じ様に後ろを振り返る。

「青葉君の言う通りよ、ミサト…Grade Sのマターとして零号機を作戦地域に極秘裏に運ばせているのはこの私…その子じゃないわ」

「り、リツコ…あんたが零号機を?一体どういうつもりよ!」

「零号機が必要になることは第二次攻撃の時点で分かっていたわ…もともと運ばせるものでしょ?手間が省けて丁度いいんじゃないかしらね…こういう状況ですもの…協力し合わないとね…」

ミサトはジロッとリツコの方にやや警戒した様な視線を向ける。ミサトとリツコの間の空気がどんどん張り詰めていく。

「協力?なるほど…ものはいい様ね…リツコ…“こういう状況“だからこそあたしもあんたに一つ言っておきたい事があるわ」

「何かしら…」

「あたしに隠し事をするのは今後一切無しにしてもらいたいわね…E計画の件で歯抜けになっていたパズルの一つが思いがけず提供されたことには感謝するわ…なぜ今まで秘匿されていた筈のE計画の真意をあたし達の前に晒すのか…その点は最大限ポジティブに解釈して置くことにする…」

リツコは決まりが悪そうに目を逸らした。

「それはどうも…わたしはあなたに感謝すべきなのかしらね?」

「ふん。あんたの好きにすればいいわ。でも…こっちの方は同じ様に自分を納得させるのは難しいわね…」

青葉を始めとしてマヤ、ユカリというオペレーター達は固唾を飲んで二人のやり取りを見守るしかなかった。

「タイミング的にこの第三次攻撃が最後になるわ…あたしの勘が正しければやつらはきっと作戦指定地域の南側に誘い込める。そこにのこのこやって来た使徒を三体のEvaで逐次集中攻撃する、というのがラザロ作戦の基本構想…手負いとはいえ零号機に対する期待は非常に大きい。こんな危機的状況下で足並みが揃わないというのは致命的、いや絶望的な事態と言う他ないわ…」

リツコは無言のまま僅かに視線を足元に落とす。

「その点については率直に謝るわ…組織論的には申し訳ないことを…」

「組織なんてどうでもいいのよ!!」

ミサトの怒気を含んだ声にその場にいた全員が一瞬身を固くした。ミサトがリツコに向かって一歩詰め寄る。

「これはどう考えてもあんたみたいな学者バカが思いつきでついやってしまったってノリじゃないわね…リツコ…」

ミサトはリツコの両肩を荒々しく鷲掴みにすると鋭く睨みつけた。

「Evaをただの1機…しかも手負いの1機を先行して発進させる真意が戦略的にも戦術的にもまるであたしには理解できない…これは明らかに自殺行為だわ…レイは…あの子は何を持ってるの?なぜ…なぜ2機もヘリが要るのよ…速度は出なくても重装備のF兵装Evaですら1機で賄えるのよ?」

「それは…」

ミサトはリツコの胸倉を両手で掴む。リツコがミサトの手から逃れようとして激しく抵抗するが赤子の手を捻られる様にそれは全く無力だった。

「答えにくかったら替わりに答えてあげるわ!ヘリ1機じゃ運べない重量物と化してる!だからじゃないの?」

「は、離して…苦しい…こ、これはGrade Sのマター…あ、あなたが関知する問題では…」

「ま、まさか…あれを着けているんじゃ…」

青葉がうわごとの様に呟く。青葉の隣に立っていたマヤが思わず頭を抱えてヘナヘナと力なくしゃがみ込んだ。

「ご、ごめんなさい…実は…」

マヤの声を聞いたリツコがいきなり鋭く言い放った。

「マヤ!余計なことを言わないで!これは全て私の一存・・・」

「私が命じたのだのよ。葛城上級一佐」

突然背後から響いてきた声に全員が驚いて振り返る。そこにはゲンドウが立っていた。

「し、司令…それに副司令も…」

ゲンドウは僅かにサングラスを持ち上げると主幹フロアにいる面々を一人ずつ睥睨するように見た。そしてリツコの胸倉を掴んでいるミサトで目を留める。ミサトは臆する事無くゲンドウを睨みつけていた。
 
怒りか…それとも憎しみか…情愛と非情の狭間で苦悩する哀しき復讐者…葛城ミサト…まるで挑みかかる様なその眼を見たのは南極調査以来か…早いものだな…あれから…地獄が始まって15年…

「零号機には切り札としてSA特殊兵装(Suicide Attack / 自爆攻撃)を装備させている。加えてN2爆雷20基を搭載しているからな。ヘリも2台必要になるのは当然だ」

SA特殊兵装という言葉を聞いたミサトは大きく目を見開く。ゲンドウは眉間に浅く皺を刻み込んでいたが心なしか口元に笑みが浮かんでいるようにも見えた。ミサトはまるでうわ言の様に呟いた。

「え…SA特殊兵装にN2爆雷20基…そ、そんなものを…抱えて…」

ミサトの四肢から力が抜けていくのを感じたリツコはミサトの手を勢いよく払いのける。そしてそのまま首筋を押さえてその場にしゃがみこむと咳き込み始めた。その様子を見たマヤがリツコの元に駆け寄っていく。

「零号機は既に貴官の作戦とは別に司令長官直属として任務に当っている。零号機はないものとして考えてもらおう…まあ…手負いの零号機だ。貴官の作戦にもそれほど支障はあるまい」

ミサトとゲンドウの睨み合いが続いていた。両者の間でヘビに睨まれた蛙の様に青葉もユカリも体を硬くして固唾を飲んで見守る。

「司令…如何に司令のご命令でも零号機パイロットにSA兵装を取り付けて出撃させるとは穏当ではありません。僭越ながら小官に事情をご説明頂けないでしょうか?よもや…現代においてまさか時代錯誤なカミカゼ攻撃などお考えではないでしょう?」

「ふん。被害管理の観点からパイロットを無駄死にさせるな、そう言いたいのか?葛城上級一佐」

「それだけではありません!使徒殲滅作戦における零号機そのものの使い方を問題視しております!あの強大な目標に対してネルフが国連より付託されて管理しているN2爆雷全弾を抱えて零号機が突っ込んで行ったところで目的が達成出来るとは到底思われません。すなわち、人命のみならず兵器等の装備という…いわば使徒戦における貴重なこれら資源を無益に浪費する指示としか小官には受け止める事が出来ません。だからこそ深謀遠慮なるご指示の仔細をお伺いしているのです!」

言葉こそ丁寧ながらも受け取り方によっては辛辣な皮肉にも聞こえるミサトの言葉にその場にいる全員が戦慄した。そして自然に視線がゲンドウに集まっていった。ゲンドウは全く動じること無く正面のミサトを見据える。

「大層な理屈だな…貴官はいつからそんな虫唾が走るような綺麗事を並べるようになったのかね…」

「き、綺麗…小官は…小官は零号機にシールドを装備させて防衛戦の要に!」

「片腕しかない零号機を作戦に投入したところで大して戦力にはなるまい。それとも貴官は初号機と弐号機の保全を優先するあまり零号機をそのまま盾に使うつもりだったのではないかね?」

「・・・それはどういう意味でしょうか・・・」

ゲンドウの抑揚をあえて押し殺したような声がフロアに響く。

「言ったそのままの意味だ…人間という生き物は…自分以外の他人を批判する時は己の性根以上に倫理を説くものだ…まあ君と私で零号機の使い方に違いがないと軍事につとに疎い私などはそう思ってしまうがね…フフフ…」

「そ、そんな…」

ゲンドウの冷や水を浴びせかけるような言葉にミサトは答えに詰まっていた。

あ…あたしが…いや…あたしもレイを…そ、そんな筈は…だって…あたしはレイにシールドを持たせようとしたじゃない…その上で…敵の…火線の…前衛に…あ、あたしが…このあたしが…あの子を…でも…どうして…レイを…

ミサトは思わず自問自答を繰り返す。考えれば考えるほど…ミサトが躍起になってゲンドウの言葉を否定しようとすればするほどミサトの思考は一方向に収束していく。

それは…あの子が…あの子の存在が…いいえ!違うわ!絶対に違う!こんなのまやかしだわ!司令の詭弁に惑わされるとは…あたしらしくもない…

ミサトはキッとゲンドウを見る目に力を込めた。それをあざ笑うかのようにゲンドウは再び薄っすらと口元に笑みを浮かべる。

「まあいい…今は議論する時ではなかろう…君が素直に私の命令に従えないなら現時刻を持って零号機及び零号機パイロットの直接指揮を司令長官コードで発令する…これに逆らえばどうなるか…賢明な貴官ならその意味も分かるだろう…志を遂げる事も叶わなくなるぞ…時に小を捨てて大を生かす…それも軍人の要諦ではなかったかな?葛城上級一佐…」

「くっ…」

「もはや零号機の使用目的は君の関知するところではない。君は初号機と弐号機を指揮して自身の職分を全うするがいい…それから…初号機には槍(聖槍。ロンギヌスの槍)を持たせろ…」

ゲンドウの言葉を聞いた冬月は思わず背後からゲンドウの肩を掴む。冬月にしては珍しく明らかに狼狽していた。

「や、槍だと…碇…正気か!」

制裁の儀式を利用してお前はリリスに使わされる三天使をこの機に乗じて始末するつもりなのだろうが…槍の保全は我々ネルフの第一義…リリスを使徒から守ることと同義なのだぞ…それをお前…

「お前…自分が今…この瞬間…何を言っているのか?槍の使用は委員会の…」

「それ以上言わなくても分かっている…冬月…だがそれ以外にヤツらを葬る手段がないのも事実だ…それに槍は事が済めば回収する…何の問題もない…通達は以上だ。各員、自身の持ち場を離れるな」

ゲンドウは踵を返すとゆっくりと主幹フロアの出口に向かって歩き始めた。冬月は明らかに動揺していたがやがて諦めた目を逸らすとゲンドウの後に従う。リツコもゆっくりと立ち上がるとフロアの出口に向かって歩き始めた。

「司令長官のご命令よ…ミサト…従えないというなら…あなたはここで全てを失う事になるわよ…」

リツコは冷たく言い放つと呆然とするミサトとオペレーター達を残して発令所の最上階に向かって行った。ミサト達を残したフロアは再び静寂を取り戻していた。重苦しい静寂だった。

「ど、どうしますか…葛城一佐…」

最初に沈黙を破ったのは青葉だった。ミサトは視線を足元に落としたまま身じろぎ一つしない。時間は刻一刻と迫っていた。青葉は悩んだ末もう一度遠慮がちにミサトに声をかける。

「あの…葛城…」

「うるさい!聞いての通りよ!作戦変更!零号機は作戦管轄から外せ!MAGI経由で全部隊に作戦命令書を再通知!定刻通りラザロ作戦第二段階へ移行!但し!初号機と弐号機だけで使徒を迎え撃つ!」

「り、了解しました!!」

ミサトの声に弾かれる様に青葉たちはそれぞれの席に戻る。

「あと…ポート1管制室から連絡が入ってます!槍が…既に射出されているとのことです…」

「ちっ!手回しのいい事ね…いいわ…司令のシナリオ通りに我々は動く…この世を地獄にした張本人が誰であれ人類がそれで存続できるというならそれに従うまでだ!」

ユカリの言葉を聞いたミサトは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「しかし…お言葉ですが…それでは結局レイちゃんが…」

「我々に選択の余地はない…青葉君…こんな初歩的なことをあたしの口から言わさないで…あなたらしくもない」

ミサトの鋭い言葉に青葉は思わず気圧されてすぐにモニターに視線を戻した。

「し、失言でした…変更された作戦ファイルをEvaのオペレーティングシステムにファイル転送完了!ポート1は直ちに初号機、弐号機の離陸を開始して下さい!初号機は槍をピックアップして下さい!」

葛城一佐…まさか…レイちゃんのことは諦めたのか…何故だ…あれほど部下思いの筈のこの人が…何故こうもあっさりとレイちゃんのことを諦められるのか…このギスギスした感じ…まるでラミエルの時のシンジ君との確執…いやそれ以上だ…

青葉は端末を操作しながら横目でミサトの様子を伺っていた。

まさかとは思うが…これがE計画の一端を俺たちにいきなり開陳した(赤木)部長の狙いなのか…だが…E計画の話でどうして…確かにレイちゃんやフィフスのシンクロ現象はシンジ君やアスカちゃんに比べて特異だが…だからといってそれが何だというんだ…とにかく俺の理解を超えている…司令も…部長も…そして…葛城一佐も…



ゲンドウと冬月は発令所を見渡す最上階フロアに姿を見せていた。

ゲンドウは司令長官席の椅子を引き出すとゆっくりと腰掛ける。その後ろに冬月は立つとゲンドウの背中を凝視していた。

こいつ…如何に三天使(使徒群)が強敵とはいえ…まだジオフロントに踏み込まれたわけでもない…それにEvaも健在だ…我々は何も失ってはおらん…にも拘らず…なぜだ?なぜ…槍を初号機に持たせる…

「そんなに気になりますか?先生…」

不意にゲンドウが話かけてきた。

ゲンドウ…お前…

「わたしも是非とも拝聴したいものだね…ミサト君ではないがお前の深遠なる考えというやつを、な…」

「ふふふ…深遠か…後世の歴史家はどうも想像の翼を広げすぎるようだ…歴史に名を残す人物は神々しいほどの機知に富むものだと考える…実に下らん話だよ…真実を捻じ曲げてでもただの人間を神の申し子に仕立てないと気が済まないらしい…」

「碇…貴様は冷酷なまでに数式だけを信奉しておった…生命を作り出すかも知れぬ神の方程式をな…それを手に入れるために貴様は全てを捨て去った…例え世界の全てを敵に回したとしても、な…その貴様がこの私に歴史を語るとはな…」

「私は子供の頃から歴史という奴が嫌いでね…自分の子供が男なら科学を、女なら音楽を学ばせたいと思っていた時期があった…今となってはどうでもいいことだがな…」

レイ…すまん…お別れだ…だが…またすぐに会える…少しの辛抱だ…

冬月からはゲンドウの表情は全く見えなかった。ゲンドウは小さくため息をつくと肘をデスクにつくと手を組んだ。

「対処を間違えば今日…人類の歴史が幕を閉じることになる…アダムの血統とリリスの血統の戦いの歴史に文字通り終止符が打たれることになるぞ、碇…」

「ああ…分かっている…」

ユイが逝き…赤木(ナオコ)博士が死に…そして俺から逃げ続けていたシンジもついに自分の意思で俺と決別していった…この腕に抱くものは全て消えてゆく…

だが…レイ…お前は何度も何度も繰り返し俺の目の前に現れる…考えてみればお前だけが俺から離れていかなかった…多分…これからもそうだ…新しく生まれ変わったとしても最期まで俺のもとを離れないのは…

レイ…お前だけかもしれないな…

「碇…お前はフィフスの身柄を確保したというのに何故…奴を制裁の儀式に使わなかったのだ?私はてっきりそのつもりで奴を老人達の元から呼び寄せたのだと思っておったが…」

「先生…それはいずれ明らかになりますよ…今は制裁者ゼルエルの姿をゆっくり拝みましょう…」

「ふん…随分余裕があるようだな…」

冬月は暫くの間、ゲンドウの背中を睨みつけていたがやがて視線を正面の主モニターに向ける。初号機と弐号機はポート1を離陸して旧秩父市南郊の丘陵地を目指している姿が映し出されていた。

月明かりを浴びた初号機が自身の3倍はあろうかという長い槍を小脇に抱えている。

「聖遺物の一つ…ロンギヌスの槍…鍵を開け放とうとしている子供(神の子)が槍を振るうとはな…これは何かの皮肉なのか…」

冬月は独り言のように呟いていた。

 
Ep#08_(41) 完 / つづく
 

 
PR
ブログ内検索
カウンター
since 7th Nov. 2008
Copyright ©  -- der Erlkönig --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by White Board

powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]