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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第40部 Dies irae 怒りの日(Part-10) / レイ、最後の挨拶…(中編)


馬小屋で誕生したイエス(あらすじ)

北長野でアスカは使徒「女」と激しい戦いを繰り広げていた。一方、ジオフトントにいたカヲルは突然、諜報課員たちによって拘束されてしまう。
「せっかく渚カヲルになれたのに…残念です…」

 






(本文)

17:10 北長野防衛線

アスカは目の前の山を一気に駆け上がって行った。後ろ髪を引かれる想いを全て断ち切るかの様に。

もうすぐ視界が開ける…悩む時は初心に帰るべし…アタシは今までそうして来た…ずっと、ずっとただひたすら突っ走ってきた・・・どんなに傷ついても…だから…

「今も走ればいいんだわ!あの頂に立った瞬間、全てが終わるなら…それでいいんだ!!」

弐号機は飛び上がり、そして天高く舞う。日本アルプスの稜線が西日をバックライトにして紅く妖しく照らされているのが見えた。

「出た…使徒は…」

山頂に弐号機は降り立ち、睥睨するように眼下を見た。

緩やかに夜の帳が折り始めている長閑な田園のあちらこちらから濛々たる黒煙が幾筋も立っていた。国連軍の地上部隊は使徒“女”との距離を保ちつつ後退し続けているのが見えた。

使徒“女”は長い手足をゆっくりと前後に揺らしながら堂々と南に向かって歩いている。髪の様なものはなく白いのっぺりとしたマネキンという印象だった。”獅子“同様に弐号機よりも一回りほど大きかった。

表情が無いためどこを向いているのか全く判然としなかったが夕日を背にして山頂に立つ弐号機の方に僅かに頭を向けたように見えた。

アタシに気が付いたのか…距離は1500…全速力で迫れば80秒…1分足らずで中和点に入れる…ここから後方に回り込みつつヤツとの距離を縮めれば初号機が北側に回れる時間が稼げる…そのためには前方の国連軍の支援が不可欠…よし!

「こちらネルフ所属の惣流特務一尉だ!前方の国連軍に支援を要請する!1分で目標のATフィールドを中和する!その後に戦車砲斉射で私を援護願う!以上!」

弐号機の姿を見た国連軍兵士からどよめきに近い歓声が上がる。

「Evaが援軍に駆けつけたぞ!現在の速度を維持しつつ全車自動照準で前方の目標を狙え!60秒後に斉射!しかる後に急速反転!南佐久まで後退する!」

アスカはランチャーを構えると使徒のやや後方側面めがけて駆け下り始めた。

「これでもくらえ!!」

アスカは山を下りながらランチャーを使徒に向ける。


バシューン!!バシューン!!バシュウウン!!!


二発、三発と立て続けに撃ち込む。長身の“女”の身体からあちこち火柱が立つがビクともしない。“女”は弐号機を振り返ると僅かに腰をかがめた。表情が全くないのっぺらぼうの顔の中心に突然穴が開くと青白い閃光が迸る。

か、顔に穴が…来る…


ぼごおおおおおおおおん!


巨大な光の柱が山の中腹に突き刺さると大地を抉るように弐号機の後を追いかけてきた。弐号機の背後で次から次に大きな土塊が吹き上がっていく。弐号機は追いつかれる寸前で後ろから迫る高エネルギー砲を飛び上がってやり過ごすとしなやかに身体を丸めて回転しながら着地する。

傍から見れば息を呑むほど鮮やかな機体制御だったがアスカはまるで両の手足に鉛をつけられた様な重い抵抗を感じていた。みるみる呼吸が荒くなっていく。

はあ…はあ…か、身体が重い…これで距離750…初号機はまだ…

アスカは索敵システムのディスプレーを横目で確認する。初号機は距離1500を保ちつつ北側の尾根を越えつつあった。

予定通り…ヤツはまだシンジに気づいてない…

着地と同時に弐号機は再び駆け出した。弐号機は容赦なくアスカから体力を奪っていく。ランチャーに弾を装填すると今度は十分狙いを定めて“女”の腹に向かって引き金を引いた。


どごおおん!どごおおおん!どごおおおおん!


ランチャーから真っ赤に焼け爛れた薬莢が飛び出す。

「ちっ…これで弾切れ…」

アスカは弾が切れたランチャーを投げ捨てる。夕日に照らされた長閑な田園の中を尚も疾風の様に“女”目掛けて走りに走った。噴煙の中から突然“女”の姿が現れた。

見上げるような大きさだった。

“女”がアスカに両手を向けると途端に同心円状に光の環が広がり始めた。水田に湛えられていた水が一斉に無限の飛沫となって辺りに降り注ぐ。

「ATフィールド確認!距離500!よし中和開始!!」

弐号機は背中の二刀を引き抜くと同時に立ち止まる。弐号機に迫り来る光の輪に刃を勢いよく振りかざした。


バリ!!バリ!!バリ!!バリ!!


アスカは血走った目で前方の“女”を睨みつけ、更に丹田に力を込める。

「ATフィールド全開!!中和開始!!各員!!躊躇なく撃て!!」

αバンドの通信ロストの警報がエントリープラグ内に鳴り響くと同時に国連軍の戦車砲が一斉に火を噴いた。


どごおん!どごおん!どごおん!どごおおお!


ぐおおおおおおおおおおおおん!!


身の毛もよだつ様な雄叫びが辺りに鳴り響いていた。

意識を前方に集中させながら腹に力を込めた状態でアスカは一歩、また一歩とかみ締める様に使徒目掛けて駆け寄っていく。まるで突風の中を傘を挿して歩いている様な抵抗感だった。たちまちアスカのか細い腕は悲鳴を上げ始める。

く、くそ…なんて強力なATフィールド…で、でも距離100を切った…よし…接近戦だ…ここまで被弾ゼロ…出来すぎくらいね…

ほとんど気力だけが弐号機を支えていた。

「来い!ここでお前を仕留めてやる!」

一般的傾向として長距離攻撃が可能な兵器は必然的に重装備且つ大型化するため接近戦に脆弱だった。使徒の場合も100%ではないがだいたいこの傾向が当てはまった。

しかし…

“女”は腕を弐号機に向ける。何の前触れもなく白い腕がスピアの様にアスカ目掛けて伸びてきた。

「な、何!?これ!!きゃあああ!!」

まさに紙一重のタイミングでアスカは上体をほとんど地面と水平に仰け反らせて一撃目をかわす。

「はあ!はあ!何よ!これ…」

膝を着いたアスカに息を付く間もなくもう一方の使徒の腕が伸びてくる。

「くそ!!」

堪らずアスカは後ろに二転、三転とバク転を繰り返して間合いを取る。しかし体勢を立て直したアスカの目に更に自分目掛けて伸びてくる使徒の腕が飛び込んできた。

「ば、バカな!!ま、まだ伸びるの!?くっ!!あぐうう!!」


ぎゃりいいいいいいいいん!!


咄嗟に危ういタイミングで右の刀で振り払うが力負けしたアスカは刀をそのまま飛ばされてしまった。

「しまった!!次が!!くそっ!!」

もう一方の腕が間髪入れずに弐号機目掛けて打ち込まれてくる。もう一本の刀身に右手を添えて両手で使徒の攻撃を受け止める。ほとんど弐号機の顔面スレスレだった。


ギチ!ギチ!ギチ!ギチ!


アスカの顔に激しい火花が散る。片膝を付いた身体ごと弐号機は後ろに押しまくられた。

「な、何て力!ああああああ!!」


パキーン!


弐号機の刀が折れるのと使徒の腕が本体に引き戻されるのがほぼ同時だった。

「た、助かった…ふーっ…運も実力のうちってかぁ!!」

アスカは刀の柄をその場に投げ捨てて更にバク転で距離を取ると背中から小型ボウガンを取り出す。


ブシュン!ブシュン!ブシュン!


立て続けに放った矢は全て使徒の手前で再び張り巡らされたATフィールドによって弾き返された。

「もうATフィールドが復活してる?はあ…はあ…はあ…はあ…つ、強い…こ、これじゃ…迂闊に近づけないし…」

肩で息をしているアスカは距離を取った途端に“女”の顔に再び穴が開くのに気が付いた。

「し、しまった!距離を取ったら取ったでアレが来る!」


どごおおおおおおおおおおおおおおおお!!


弐号機は横っ飛びでこれをかわすと再び駆け出す。アスカはほとんど走りっぱなしだった。肺が貪欲に酸素を求めているのが分かった。軽い酸欠状態で頭痛もし始めていたが“女”は間髪入れずビーム砲を浴びせてくるため立ち止まる事すらままならなかった。

アスカは全身に鳥肌が立っているのを感じていた。

はあ…はあ…どうするの…アスカ…どうすればこいつに勝てるの…このまま走り続けていても埒が明かない…活動限界を抱えているだけ長引けばこっちが不利だ…それにしてもヤツは今までの使徒が雑魚に思えるくらい完璧だわ…完璧な使徒…現代科学では到底考えられない長距離ビーム砲を持ち、それでいて接近戦闘の能力の高さも異常だ…結局…一太刀も浴びせられなかったけど柔らかそうな見た目の割に案外防御力も高いかもしれない…

使徒から放たれるビームが一瞬途切れる。

そ、そうか…ヤツも間断なく高エネルギ-を放出し続けられるわけじゃない…ヤツの動力機関が余剰エネルギーをコンデンサみたいな要領でバッファーする場所と蓄えるための時間が必要になる筈だ…よし…一か八か…このタイミングを利用してもう一度懐に入り込めば…

アスカは左肩のウェポンラックからプログナイフを引き抜いた。

この…ケダモノめ…

その瞬間、ぞくっとした悪寒の様なものがアスカの全身を駆け抜ける。

このアタシも同じ…ケダモノ…

アスカは激しく左右に顔を振ると再び走り始めた。一段と足が重くなっていく。

くそっ…余計な事を考えるな…今は…戦いに集中しなきゃ…

「目標のエネルギー充填時間をシミュレーションせよ!索敵システムを一般広角から熱線及びルミネッセンス計測モードに切り替え!」

パイロットの思考信号を使ってアスカは弐号機のオペレーションシステムに働きかける。

あれほどの高エネルギーを一時的に体内に蓄えるんだから…ヤツの動力機関(使徒の動力機関はすなわちコアであるとEvaパイロット達は経験的に理解している)はエネルギー蓄積に伴う熱反応を示すに違いない…そこが…

「アンタの弱点よ!覚悟しろ!」

戦闘を開始してもう10分以上経ってる…シンジはきっと配置についている筈…最低でもアタシがヤツのコアの位置を突き止めないと…シンジが狙えない…でも…もし…万が一…アイツがいなかったら…その時は…アタシ…

「死ぬわね…」

もう誰も傷つけたくないんだ!!

ふっ…かっこいいこと言っちゃって…でも…ちょっと嬉しかったわよ…一瞬だけでも、ね…

「それで十分…はっ!来る…」

その時、薄暗くなった盆地に再び稲光のような閃光が走る。


ぼごおおおおおおおおおおおおおおおん!!


「来た!よし!やっぱ熱源は心臓辺りね!12秒サイクル…12秒あれば十分だわ!配置に付いたら知らせろって言ったのに!返事くらいしなさいよ!バカシンジ!!」

12(Zwölft)…11(Erft)…10(Zehnt)…9(Neun)…

アスカは使徒から放たれたビームをやり過ごしながら再び距離を詰め始めた。

8(Acht)…7(Sieben)…6(Sechs)…5(Fünf)…

プログナイフを前面に押し立てると渾身の力を込めて突進していく。

「ATフィールド再中和!!うおおおお!!」

弐号機と“女”の間に再び青紫色を帯びたオーロラのような不可思議な光が渦巻く。まるで油膜の様に見える可視化されたATフィールドをアスカは突き破って行った。

使徒が腕をスピア状に尖らせると立て続けにアスカ目掛けて鋭く打ち込んできた。

4(Vier)…

弐号機はひらりと一撃目を飛び上がってかわす。そして二撃目。

3(Drei)…

着地と同時に身をかがめて受け流す。

2(Zwei)…

アスカの目前に使徒の真っ白い胴体が迫っていた。

「1(Eins)!! Du Scheißker!! (英ではYou basterad!!/これでもくらえ!!くたばれ!!くらいかな…)」


パシーン!!


ぶしゅううううううう!!


アスカは全身に生ぬるいどろ付いた液体を浴びるのを感じていた。


ぐああああああああああ!!


おぞましい断末魔の叫びと共に使徒の巨体ががっくりと膝を落とす。アスカは反射的に飛びのいた。自分のプラグナイフは根元からポッキリと折れているのが見えた。

アタシの攻撃…全く効いてない…と言う事は…シンジ…

使徒が悶える様に大地をのたうちまわる。無意味に伸縮する触手の様な腕が振り回されていた。

やっぱり初号機のコアの直接狙撃がなかったら…今頃あの腕でミンチにされていたってことか…

アスカは返り血を滴らせながらまるで後ずさりするかの様に使徒から距離を取った。

なんておぞましい生き物なの…やっぱ…気持ちが…

「ふぐっ」

途端に胃液がこみ上げてくる。アスカは思わず両手で自分の口を押さえた。

「アスカ!」

暗闇の向こうからライフルを肩に担いだ初号機が駆け寄ってくるのが見えた。胸から血を噴出している使徒を恐々とやり過ごして初号機が弐号機の目の前にようやく現れた。

「アスカ!大丈夫だった?」

「・・・」

「ねえ?どうして黙ってるの?まさか…どこかやられたとか…」

今日だけでアンタに何度命を救われた事か…ありがとう…バカシンジ…

「ねえ・・・なんとか・・・」

「大丈夫・・・なんでもないから・・・それよりも・・・Pick upを・・・本部に・・・」

「そ、そうだね・・・じゃあすぐに・・・」

シンジは本部と交信して空輸要請をかけた。交信を済ませたシンジがふと振り向くと片膝を付いて激しく肩で呼吸をする弐号機の姿が目に入る。

アスカ・・・どこも悪くないなんてとても思えない・・・

初号機はアスカを気遣うように傍らに静かに座る。おずおずとシンジはアスカに語りかける。

「き、気分が悪そうだけど…大丈夫?」

「こんなの…どうってことないわ・・・」

どんな鈍感な人間でも信じそうにないアスカの弱弱しい声にシンジは思わず眉間に皺を寄せた。だが下手な慰めの言葉がこんな時は一番禁物である事をシンジはよく弁えていた。

「そ、そう・・・この先の南佐久で落ち合う事になったからちょっと歩かないといけないけど…あ、そうだ・・・ごめん・・・」

シンジの代名詞になっている一言にだけアスカは過敏に反応する。

「なんで…あやまるのよ…作戦は…成功したじゃない…」

「そ、それは…そうなんだけど…その…双方向通信システムの状況が悪くて…ポイントに付いた事…連絡できなかったからさ…それで…まあ…」

たったそれだけの事で…

「信じてたわよ…いつだってそう…」

アンタが来ないなんて…本気で考えたことなんかあるもんですか…だって…アタシ達はいつも一緒に戦ってきたんでしょ?だから…

「え?」

「行くわよ…時間がない…」

アンタが来ないなんて…そんなこと…考えたくもないわ…

戸惑うシンジを尻目に弐号機は立ち上がると重たい身体を引きずって南に歩き始めた。

日は完全に沈み、シンジ達の頭上には星が一つ、また一つと瞬き始めていた。
 


18:00 ジオフロント 第一発令所

使徒”女“を仕留めて意気の上がるネルフ本部に再び衝撃が走る。

「な、何ですって?使徒“女”が再び進撃を開始したですって?」

ミサトはユカリが持って来た紙コップに入ったブラックコーヒーを驚きのあまり床に取り落とした。青葉は沈痛な面持ちでミサトに向き合っている。青葉の抑揚のない声がフロアに響く。

「はい…初号機と弐号機が南佐久から本部に向かった直後に再び活動を再開しました…現在、武州街道を東進して北関東方面に進出中。我々が1700時にかけた空爆要請に基づいて出撃していた国連軍機がこれを捕捉、ただちに空爆を再開していますが…まるで歯が立ちません…」

「そ、そんな…」

初号機と弐号機の受け入れ準備をしていたマヤはまるで天に何事かを祈る様に思わず発令所の天井を仰ぐ。

「このタイミングでそれはかなり厳しいな…うーん…第三次攻撃プランの大幅な見直しが…」

次の使徒“手”に対する迎撃作戦を検討するために発令所にやって来ていた東雲カズト二佐(作戦部長補佐兼参謀官)は能面と渾名される表情に乏しい男だったがさすがに唸り声をあげた。血の気の多い作戦部にあって珍しい策士家タイプの人間で倦厭される傾向が強かったが「動の周防」に対して「静の東雲」という具合にミサトにとっては両輪の一人だった。

もはや確固撃破が絶望的な状況である以上、自陣に引き込んでの一方的な防衛戦に移行せざるを得ないであろう事は既に東雲の頭の中にあったが、攻撃にかけては天賦の冴えを見せる上官ミサトのことを慮って無愛想な彼なりに「攻撃」という言葉をあえて発言の中に残していた。元来、攻撃に強い人間は守勢に回ると途端に脆さを露呈するものだ。

東雲は出来ればミサトに防衛戦の指揮をさせたくはなかった。

この人は戦場にあってこそ輝きを増すタイプの人だ…ジオフロントに拠った篭城戦になればまた一つ…我々は勝機を失う事になるだろう…実にだらしが無くて軍人の風上にも置けないいけ好かないヤツだったが…防衛戦の指揮ならむしろ周防さんの方がこの人より向いていた…今となっては惜しい男だ…戦死するタイミングもやはり迷惑をかけるヤツだ…

受け入れがたい現状にさすがのミサトも詰るように青葉に詰め寄る。

「冗談でしょ?何かの誤報では?シンジ君が間違いなくコアを打ち抜いたと思ったのに!こうなれば至急に第三次攻撃を敢行して止めを打つしかない!」

東雲は思わずミサトを見る目を細める。

これだ…これこそがこの人の長所でもあり短所でもあって…そして…今まで我が作戦部において誰にも入り込めなかった不可侵の領域でもある…周防さんですら対使徒作戦に挑むこの人に対して強い言葉を持てなかった…

自分のモニターをじっと見ていたユカリがいきなり立ち上がる。その場にいた全員が思わずユカリに視線を向けた。

「使徒は弐号機の攻撃に集中するあまり、初号機の放ったライフルの銃弾が自身に着弾するまで気が付かなかった様ですが、コアに銃弾が到達する直前にコアの周辺組織をまるでシャッターのように硬化させて咄嗟に防護壁を作ってます。銃弾が至近の生体組織を破壊してダメージをそれなりに与えましたが、恐らくそうした自己防衛行動が活動停止に至らなかった理由と推定されます!」

「ちっ!なんて器用な真似をしやがるんだ!くそっ!」

ガンッ!

ミサトは自分の近くに置かれていたパイプ椅子を思いっきり蹴り上げていた。東雲は周囲を制して自らパイプ椅子を再び引き上げる。引き上げながら盛んに親指の爪を噛むミサトに切れ長の目を向けていた。

やれやれ…まるで親の仇を見つけて復讐に猛る剣士を見る思いだな…頭脳明晰な葛城部長だが…それ故に極めて合理的に使徒を倒す事にかけては湯水の如くに手段が浮かんでくる…まさにその意味では正(正攻法)も奇(奇策)も自在に操る完璧な軍人…こちらが考えも付かない事でも平然とやってのけてしまう…実に見事なものだ…見事なものだがそれに固執しすぎるのはやはり危険だ…ヤシマ作戦(改)の時もそうだった…

東雲はパイプ椅子をミサトからかなり離して置き直すとそれを見ていた青葉と不意に目が合う。青葉が僅かに東雲に無言のまま会釈を返してきた。

青葉君…そうか、君もあの時と同じ感慨…という訳か…一歩間違えば我々ネルフは全てを失って完全敗北する、確か君もそう主張していたな…いつ果てるとも分からぬ使徒との戦いが始まったばかりだというのに、だ…今思えば確かにあれは大一番には違いなかったが、全体から見れば緒戦の一部でしかない…にも拘らず…我々は文字通り全身全霊をあの作戦に…いや…あの使徒一体を倒すためだけに日本全土をも捧げた…勝ったからよかったものの大局から見て…愚か…そう言われても仕方がない壮大かつ荒唐無稽な作戦だったと言えなくもない…それがMAGIのはじき出した成功率8.7%という数の意味する別の側面だ…

東雲は青葉の横を通り過ぎると再びミサトの隣に侍る。

「何てヤツだ…戦うたびにどんどん進化している…そんな感じだな…」

「そうですな…」

ミサトの言葉に東雲は平然と答えた。

さて葛城部長…これからどうなさる…世が世なら政治力もある能吏として如何なく力を発揮することも出来る器の人だろうに…何故…何故、貴方ほどの人が使徒の事になればこれほど我を忘れるのか…これを利用する向きは確かに適材適所という観点でも間違いではあるまい…だが…それは同時に我々の限界ともなり得る…ここは篭城戦の準備を具申すべき、か…

東雲が口を開きかけたその時、発令所にけたたましい警報音が鳴り響いた。間髪を入れずにユカリがミサトに向き直る。

「新横須賀の国連軍から緊急伝!!“獅子”が東京湾から再び本土に上陸!まっすぐ北関東に駆け上がっています!それから“獅子”と“手”と“女”の合流はほぼ間違いありません!!MAGIは提訴No.00394に対して確度99.988%を提示しています!!」

「ちっ」

東雲は小さく舌打ちした。

また使徒か…余計なタイミングで現れるものだ…これではますます篭城戦の線は…

「やつらの合流場所は?使徒はどこに集まることを画図しているの?」

「旧秩父市を中心にした半径15km圏内でほぼ間違いありません!合流まで約1時間…」

「完敗だわ…こちらが手を出せば出すほどやつらは柔軟に合流地点を適宜変えているらしい…いまさら合流地点が分かったところで至近の陸上部隊をかき集める程度の事しか出来ない…仕方がない…おい!おバカ!!」

「は、はいいっ!」

「緊急指令!旧秩父市を中心に半径30km圏内を特務機関ネルフの作戦地域に指定!Nv-90発令及び第一種警戒態勢を指示!地域住民の早期退去を指示する!」

「り、了解しますた!」

東雲は小さくため息を付く。

やはりNv-90か…ならば戦力の逐次投入を避けて必然的に総動員にならざるを得ない…しかし…さっき技術部の第3班が妙な動きをしていたが…あれは部長の認識の中にあるのか…赤木博士は部長は既にご存知だと、いつものあの調子だったが…食えぬ相手だからな…

「それから…これはちょっと厄介ごとだからおバカではなくて東雲さんにお願いするわ」
東雲の逡巡はミサトの言葉でふっとかき消される。

「小官にですか?何でしょう?」

「背に腹は変えられないわ。国連軍による空爆中心に応戦して少しでもやつらの合流を阻止するのは当然としてもそれだけでは戦力不足だわ。この際、使えるものは何でも使うことにする。新市ヶ谷の戦自本部にも至急連絡を取ってそちらのATACMSArmy Tactical Missile System)を使わせろと要請して

「せ、戦自に出撃要請…ですと?」

予期せぬミサトの言葉に東雲は驚いていた。

「そうよ!直接戦わなくてもいいからミサイルシステムくらいは出せと要請しろ!出し渋る様なら使用したミサイルの実費をネルフで弁済する用意があると言ってもいい!」

「し、しかし、国連軍ならいざ知らず我々ネルフが戦自と対使徒戦において共同するという事はそもそもValentine条約の中に含まれておりません。国際法上の根拠を持たない以上、戦自への要請はいささか…それに特務機関ネルフが発令可能なコードの中にも…」

「該当するコードがないのは百も承知の上だ!超法規的な特例措置として依頼をかける!とにかくヤツラを断じて一緒にするな!そのためにはどんな方便を使っても構わないわ!」

「り、了解しました…」

まさに第二のヤシマ作戦そのものだな…ポジトロンライフルを戦自の技術研究所から特務機関権限で徴発したのもほとんど裏技だ…あの後は国際法と条約条文解釈のやり取りで相当揉めてあちらにも遺恨として残っているだろう…ついこの前も空路上の強制排除などで争ったばかりだ…

東雲はミサトに小さく会釈するとフロアを後にした。

戦自とネルフの成り立ちの経緯からして我々はつくづく因縁といおうか…何かと相対することが多いな…よもや彼らと抜き差しならぬ状況にならねばよいが…



同刻。

発令所から至近の職員の休憩スペースにプラグスーツを着た二人の少年の姿があった。

「なんか…騒がしいやっちゃな…作戦部の方でなにかあったんやろか?」

鈴原トウジはスポーツドリンクの「MAX WATER」を飲みながら盛んに流し目を廊下の向こう側に送っていた。トウジの正面には銀髪碧眼の少年が小さなビニール袋を膝に乗せて白いプラスティックの椅子に持たれかかる様に腰掛けていた。

「どうやら…ついに彼が姿を現す時が訪れたらしい…」

「訪れる?カヲル…おまえ…何の話をしとるんや?使徒ならもうええっ!ちゅうほど来とるやないか。これ以上は勘弁やでホンマ…」

「使徒はもう現れない…ただ彼らは互いに融合しようとしてるのさ…制裁者ゼルエルとなるためにね…」

「な…なんやて?そ、それじゃロボットアニメみたいに一つに合体するっちゅうんかい!?」

「そうさ…その昔…リリスは楽園を追放された後に”逃亡の大地“に降り立ってやがて祝福されなかった子”リリン“を産んだ…さながらそれは人々から疎まれてやむにやまれず馬小屋で産み落とされたイエスの逸話の様にね…」

「い、イエスて…キリストさんのことかいな?」

「そうさ。フォースは物知りなんだね」

カヲルはトウジににっこりと微笑みかける。

「アホ!キリストさんくらい誰でも知っとるわ!まあお前は逆に“えべっさん“とか”ビリケン“とか知らへんやろけどな」

「ははは!そうか…これは意外だったな…という事は多少の曲解はあるにせよ、リリンならば等しく“遠い母への思慕”を失わずに語り継いでいるって事なのかな…」

トウジは目の前にいるカヲルを不思議そうに見詰める。

な、何を言うとるんや…こいつは…そういや…この前のキャンプの時に綾波のヤツも何かけったいなこと事を言うとったなあ…ホンマ…こいつらよう似とるわ…ん?

「そういや…さっきから綾波の姿が見えへんけど…どこ行ったんやろかな?」

「そう言えばそうだね…」

一瞬、カヲルの顔が曇る。

まさか…リリンに先を越されたのか…制裁の儀式にリリスを捧げるつもりなのか…まさか…

「カヲル」

「なんだい?フォース」

「その…おまさんの膝にあるビニール袋は何なんや?」

トウジは視線をカヲルの膝の上にあるネルフ購買部の袋に向けたままドリンクを一気に煽った。

「ああ…これはリリス…いや綾波レイと一緒に食べようと思ってさっき購買部で買ったおにぎりさ…」

「ほーん…あいつは好き嫌いが激しいゆうてシンジのやつから聞いとったけどおにぎりが好きなんか?」

「ああ…綾波レイはこのコンブのおにぎりが好きなんだ…僕もシンジ君に勧められて買ったことがあるけど確かに美味しかったよ」

カヲルはビニール袋の中からナイロンに包まれたおにぎりを一つ恭しく取り出すとそれをじっと見詰めていた。

「コンブか…ワシはエビマヨとかの方が好きやけどな」

「そうか…じゃあ今度機会があったらフォースのお勧めを試してみるよ」

そうカヲルがトウジに話しかけた時だった。突然、黒いスーツを身に纏った諜報課員たちが二人を取り囲むようにして現れた。トウジは思わず驚きの声を上げる。

「な、なんや!おっさんら!」

諜報課員は6人いた。トウジを無視して大柄の男が一人カヲルの前に立つといきなり両手に手錠を填めた。カヲルの膝のビニール袋が落ちる。

コンブ入りのおにぎりが床の上に転がった。

「て、手錠!?・・・な、なんや!一体これはどういうことですか!」

カヲルは静かに目を閉じると小さくため息を付いた。

「儀式の邪魔をするな…そういうことですか?」

「あなたのご質問には一切お答えできません。司令長官室長のご指示です。我々にご同行願います」

言い終わるか終わらないかの内にカヲルの後ろに回っていた諜報課員二人が両脇をまるで引き抱えるかの様にしてカヲルを無理やり立たせた。言葉こそ丁寧だったが行動は極めて荒々しかった。
 
「こういうのを日本語では確か…慇懃無礼と言うんじゃなかったでしたっけ?」
 
カヲルの皮肉に正面に立っていた諜報員は僅かに口元に苦笑いを浮かべていた。
 
「僅かな間に随分と日本語が上達されましたね?ようやく立派な渚カヲルになれたというのに…お気の毒です…アダム…」
 
この様子に驚いたトウジがカヲルを連行しようとする諜報課員に掴みかかった。
 
「ちょ、ちょっとお前ら!これはどういうこっちゃ!葛城さんの許可はちゃんと得とるんやろな?」
 
すると諜報課員の一人がいきなりトウジの身体を軽々と持ち上げるとそのまま自動販売機に荒々しく押し付けた。一瞬、トウジの呼吸が止まる。
 
 
ドーン
 
辺り一面に大きな音が響く。

「ぐはっ…こ、こいつ…」
 
「フォース!!頼む!やめてくれ!彼は関係ない筈だ!」
 
尚も抵抗するトウジに業を煮やした諜報課員は、今度はトウジの鳩尾に拳を突き立てた。
 
「うがっ…ゲホ…ゲホ…ゲホ…ち、畜生…」
 
堪らずトウジは腹を抱えてその場に崩れ落ちる。トウジの姿を見下ろしながら諜報課員が呟いた。
 
「元気があまり余ってるのは分かるが…子供が大人に逆らって暴れるのは感心出来ないな…フォース…」
 
「く、くそ…カ、カヲル…」
 
トウジは苦しさに顔を歪ませながらカヲルの方に手を伸ばす。
 
「フォース!もういい!僕の事なら心配ない!彼らに歯向かうのはもう止めてくれ!君の為にならない!」
 
「ゲホ…ゲホ…な、なんやと…」
 
こんな怪しげな連中にいきなり連れて行かれとるっちゅうのに…心配すんなって方がムリやで…カヲル…
 
「そうだフォース。フィフスの言う通りだ。そこで大人しくしてる事だな。おい、行くぞ」
 
諜報課員たちはカヲルを幾重にも取り囲む様にしてターミナルドグマとの連絡路がある方向に消えていった。
 
「か、カヲル…は、はよ…葛城さんに…知らせな…」
 
床に這い蹲るように身をかがめているトウジの目の前にはカヲルがレイのために買っていたおにぎりが転がっていた。
 
カヲル…お前…一体何をしたっちゅうんや…
 
 
 
Ep#08_(40) 完 / つづく

(改定履歴)
21st Jan, 2010 / 誤字修正
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