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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第9部 Kiss けじめ…


(あらすじ)
加持は第三東京市を見下ろす丘陵地に農園を作り、密かにその場所をネルフ本部に対する諜報活動の拠点にしていた。そんな加持に川内から一通の封書が到着する。
「命を預けろ…こりゃそういう類の話だな…」
封書に火をつけながら加持は結婚式の二次会で会うミサトに思いを馳せていた。
一方、アスカは二次会でミサトが家を留守にした後、シンジと二人きりになっていた。
「ねえ…キスしない?」
シンジは驚いてアスカを見た。
(本文)

加持は第三東京市を一望することが出来る丘陵地に地元の住人から農地を借りて加持農園を作っていた。加持の農園はリニア駅南口のバスターミナルから芦ノ湖方面行きのバスに乗って20分ほどいったところにある。

ようやく茅葺屋根の平屋の修繕も終わり家財の引越しを先日終えたばかりだった。加持は馬小屋を改装して作った木造のガレージに赤いクワトロを滑り込ませた。

サングラスをつけたまま半そでのポロシャツとジーンズという軽装で降り立つ。

「リョウちゃん!」

加持がガレージの戸を閉めて南京錠に鍵をかけていると不意に後ろから声をかけられる。振り向くとそこには鍬を肩に担いだ老夫婦が立っていた。加持農園の隣に住んでいる集落の住人だった。

「これは田中さん。どうもこんにちは。暑いのに精が出ますね」

「トマトが食べごろだったから収穫しておいたよ。後でうちに取りにおいで」

「こいつはありがたい!いつも助かりますよ。頻繁に来れないんでカラスの餌食になってやしないかと冷や冷やしてましたからね」

「お安い御用だよ。今回はいつまでいなさる?」

「そうですね。休みを取ったもんで一週間くらいは予定してます」

「そうかい。それじゃ悪いんだが明日の田植えを少し手伝ってもらえんかね?」

「もちろん。朝そちらにお伺いしますよ」

「悪いねえ。それじゃまた後で」

「はい。荷物を置いたらトマトを取りにお伺いします」

田中夫婦は加持農園を後にする。その後ろ姿を見送った後で加持はおもむろにスポーツバッグを肩に担ぐと平屋に向かって行った。

加持はここでトマト、スイカなどの夏野菜を中心に栽培していたが自分自身が植えたものはまだ実をつけていなかった。

今収穫しているのは加持が農地を借りる前に田中夫婦が予め植えていたもので農地の借用と共に譲り受けたものだった。

宅地とそこに建っていた平屋は加持が物件を管理していた村役場から購入したもので農地だけは売買契約を見越してそれよりも早く田中夫婦から借りたのだった。

加持が村役場を訪れたのは今から3カ月前のことだった。加持は所有者不在になったこの農地と平屋を村役場のインターネットサイトで知った。丁度、エンペラーホテルを引き払うために住居を物色している時だった。

村役場の担当者とこの地を訪れてすっかり気に入った加持はすぐに契約を結び、家の主を失って痛みが著しい平屋を段階的に地元の大工と共に修復していたのだ。

その為、作業の度に農園に時間を見つけては第二東京市から通っていた。車を購入するまでバスやレンタカーを利用していたが、ミサトに農園まで送ってもらったことも一度や二度ではない。

ようやく修繕を終えた加持はエンペラーホテルを引き払う為に大きな荷物を宅配に出し、その帰り道で
アスカと先日の日曜日に新日比谷でばったり出くわしたのだ。アスカと喧嘩別れをした形になってしまった加持だったが実はその翌日にこの農園の引っ越しを控えていたのだった。

結局、言い出せずじまい…か…

「全く…タイミングがいいんだか悪いんだか…」

加持は苦笑いを浮かべながら自分の旅行カバンと花柄のトートバッグと白い帽子を持ってエンペラーホテルをチェックアウトし、その足で農園にやって来たのだった。

加持が平屋のカギを開けて土間に入ると咽る様な熱気が籠っていた。座敷に上がって窓を開けて雨戸をしまう。

換気をしているとスクーターバイクの音が聞こえてきた。白いヘルメットを被った若い郵便局員が封筒を手に持って近づいて来る。

「加持さんのお宅ですか?」

「はい。そうですが?」

「これ、配達証明付きなんでここのところに印鑑頂けませんか?」

そう言って白い封筒を加持に手渡してきた。

「配達証明…分かりました」

加持が怪訝な顔つきで差出人をみると達筆で「一色連山」と書かれてあった。加持が奥から三文判を持ってきて郵便局員に促されるままに印をつくと郵便局員はスクーターに跨って去っていく。

「農園の方に送るとは言っていたが意外と早く着いたな…まあ二次会よりも前でよかったがな」

一色連山とは内閣官房副長官の川内が内務省勤務時代に使っていた別名だった。

内務省特殊情報局はまさに川内の手足として国内は言うに及ばず内閣官房と連携を取りながら世界各国で諜報活動を行っていた影の組織だった。ネルフの前身組織であるゲヒルンと水面下で文字通り激しい鍔迫り合いを繰り広げていたが、出雲の死と共にぱったりとその消息を絶っていた。

第一期及び第二期任官の48名の内務省所属の諜報部員。その全員の所在は内務省ですら全く把握していなかった。唯一、彼らの消息を知るのは「一色連山」こと川内、その人だけだった。

特殊情報局内でのやり取りは全て昔ながらの暗号文の封書か原始的な方法で行われていた。MAGIやオリハルコンという高性能のインテリジェンスシステムが存在する現在、情報技術を介さない昔ながらの便箋や伝書鳩という手法が意外なほど防諜効果を挙げていた。

加持はおもむろに封筒を手で開けて便箋を広げる。目を走らせていた加持はやがて口元に不敵な笑みを浮かべた。読み終わるとライターで封筒と便箋に火を着けた。

加持は炎を見ながら目を細める。

「箱根八里ですか…川内さん…遂に旗揚げですね…」

静かなる者の政策補完が始まったからにはネルフを取り巻く利害関係を明らかにする必要がある…出雲さん亡き後、こちら(日本政府)側から密約の中身を探るのは容易ではない。やはりもう一つの当事者であるマルドゥック、いやはっきり言おう。碇ゲンドウを攻略するしか俺たちが生き残る道はないんだ…ベルリンの借りをここで返す、か…

加持はラルフローレンのポロシャツの胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。

こいつがもし映画だったなら主人公は男冥利に尽きるとでも言うべきなんだろうがな…ふふふ…

真夏の空を見上げてタバコの煙をゆっくりと吐き出す。

残念だがインテリジェンス(諜報)活動とはそんなかっこよさとは無縁の実に泥臭い仕事だ…まして仇討ち等という様な感傷とは対極の位置にある…徹底的なリサーチと周到な準備があって初めて成り立つもの…だが今回は余りに準備期間がなさすぎる…手段を選んでいる余裕はないし、今まで以上に一番危険…命を預けろ…そういう類の話だな、こりゃ…

加持はタバコを咥えたまま土間に入ると座敷に上がった。綺麗に張り替えられた襖を空ける。そこには布団が2客入っていた。

少し荒っぽいが止むを得ん…アスカ…済まないが君のトートバッグを使うしかない…君には迷惑を掛ける事になるだろう…それも命に関わるかもしれない…リーゼルの誓いの時に話はしていた事だが…

今の君を見ていると…どうやらアスカ…君はここ(日本)に来てからどんどんと普通の女の子になっていっているみたいだな…心の防護壁を破り、君は本来の自分を取り戻しつつある…シンジ君の優しさでね…もしかしたらこのまま惣流・アスカ・ラングレーとして生きることが実は君の幸せになる様な気もしてきた…

あの誓いの時の様に記憶(過去)の欠片を拾い集める事に拘らない方がいいのかもしれない…しかし、その判断をするのは君自身だ…だが、いずれにしても時機を見て葛城のマンションからこの農園に連れてくるしか…ないな…

本当はシンジ君が一枚噛んでくれるのが一番理想なんだが…仕方がない…か…この辺も含めて仕込みを入れる時間は俺にはない…

加持は押入れから布団二組を取り出すと物干しに並べて掛ける。そしてそのまま隣家に向かって歩き始めた。

「これが俺の最後の仕事…かな…」

葛城、すまん…コイツはまたお預けになりそうだよ…折角今週の土曜日に二次会で会えるっていうのにな…

加持はズボンのポケットに忍ばせていたプラチナリングを弄び始めた。そして口笛で滝廉太郎の 
箱根八里 を口ずさむ。
 
箱根の山は、天下の嶮
函谷關(かんこくかん)も ものならず
萬丈の山、千仞(せんじん)の谷
前に聳(そび)へ、後方(しりへ)にささふ
雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす
昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木
羊腸の小徑は苔滑らか
一夫關に当たるや、萬夫も開くなし
天下に旅する剛氣の武士(もののふ)
大刀腰に足駄がけ
八里の碞根(いはね)踏みならす、
かくこそありしか、往時の武士
 
箱根の山は天下の岨
蜀の桟道數ならず
萬丈の山、千仞の谷
前に聳へ、後方にささふ
雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす
昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木
羊腸の小徑は、苔滑らか
一夫關にあたるや、萬夫も開くなし
山野に狩りする剛毅のますらを
猟銃肩に草鞋(わらぢ)がけ
八里の碞根踏み破る
かくこそあるなれ、当時のますらを
 


 
ミサトが出て行った後、アスカとシンジは二人で簡単に夕食を済ませた。

今日の夕食はシンジの作った肉じゃがだった。基本的に葛城家の肉じゃがは牛肉の替わりに鳥のささ身を使うのが定番である。

これは慢性的な財政難が理由というよりはアスカの偏食によるところが大きかった。ヨーロッパでは赤身の多い肉の方が上等とされていて脂身の多い肉は基本的に好まれない。

そのためアスカは脂身が多い牛肉と醤油ベースの薄味というダブルパンチで来日当初は肉じゃがを「生まれて初めて食べた人生で一番まずい料理」と言ってシンジとミサトを驚かせたことがあった。

シンジが作った肉じゃがは日本人にとってはかなり美味しかったから余計だった。アスカが肉じゃがが嫌だった理由をシンジは共同生活を通してようやく理解した。

それまで肉じゃがは葛城家では封印された料理になっていた。復活したのは第
9使徒戦の後でシンジはアスカのために鳥のささ身を使った濃い口醤油の肉じゃがを考案した。

アスカは非常に喜んで作ったものをほとんど一人で平らげた。シンジはその時のアスカのうれしそうな表情をいつも肉じゃがを作るときに思い出していた。

この頃では滅多な事ではシンジの作った料理にけちを付けなくなったアスカだったが肉じゃがと納豆だけは未だに完全には克服出来ていなかった。

シンジは計画的に肉じゃがの味を薄くして密かにアスカをトレーニングしていた。

夕食が終わるとアスカはリビングに寝そべって大人気のTVドラマ「痛快!OLストーリー新東京市物語」を見ていた。

ミサトとアスカはこのドラマを欠かさず見ていた。ドラマが終わってもアスカはしつこくリビングでチャンネルをザッピングしていた。

シンジはMP3プレーヤーで音楽を聴きながら週刊の漫画雑誌をキッチンで捲っていた。シンジがふと顔を上げるとテーブルの上には利根から贈られたバラが7本ガラスのコップに無造作に入れられてあるのが目に入る。

このバラは昨日アスカが利根からもらったものだ。バラは全部で14本あったが残りの半分はアスカがヒカリに分けて持ち帰らせていた。

14本ってもしかしてアスカの年の数だけってことなのかな…

「ちっ」

シンジは思わず舌打ちをしていた。もしシンジの想像の通りとすれば自分がしたことではないにしても聞くだけで気恥ずかしかった。

絶対、僕にはこんな事…恥ずかしくて出来ない…でも…

女の子に自然に花束が贈れる利根に対して少しやっかみも混じっていた。

思えばシンジはこれまでに他人に対して深い意味がなくてもプレゼントをしたことがなかった。その対象をアスカに絞って考えてもこんなに近くにいて毎日顔を合わせているにも関わらず何か特別なことした記憶がシンジにはなかった。

ネルフに入ってからというものシンジが一番長く接しているのが良くも悪くもアスカだった。しかし、お互いのことをあまり話したことはない。パイロットを入れ替えてのシンクロテストの前日の夜に語り合った短い出来事が全てだった。

お互いに誕生日がいつかも知らなかった。分かっていることは共同生活を通して知り得た事くらいだ。これもお互いに何かを聞きあった訳ではなく自然の成り行きだった。

利根先輩からこのバラをもらってどう思っているのかなあ…凄いかっこいいからなあ、利根先輩って…

シンジも利根の学校での人気振りはよく知っていた。アスカも女子生徒として人気は群を抜いていたから二人はまさに最高のパートナーに思えた。

シンジも容姿的には決して人後に落ちないが内向的な性格が災いしていまいち冴えなかった。

しかし、シンジもアスカもお互いにある意味で学校ではかなり注目を集める存在だった。二人は共にEvaのパイロットであり、葛城家で共同生活を営んでいることも周知の事実だった。

そしてどちらかが「当番」でない限り一緒に登校していた。シンジはアスカに弁当を手渡していたし、アスカもシンジが他の女子生徒と親しく喋ろうものなら露骨に不機嫌な態度を取っていたから自然と「二人は出来ている」という噂も少数派ながらもこれまでに何度か流れたことがあった。

その度に二人は顔を真っ赤にして猛烈な勢いでお互いがお互いを否定し合った。その姿が余りにも滑稽だった為、トウジは思わず二人に向かって「なんやお二人さん、また性懲りもなく夫婦喧嘩かいな。お熱い事でホンマに」と言い放ちクラス中の笑いを誘ったこともあった。

シンジはため息をつく。

別に僕たち何でもないし…僕がアスカに何かを言う権利もない…僕には関係がないことじゃないか…それに…

シンジはマンガを広げたままでページを捲る手を止めていた。

アスカは僕のことをいつもバカにするし…頼りないって言うし…いつも我侭ばかり僕に言って困らせるし…正直…面倒臭い…僕は嫌われてるんだから余計だよ…

シンジがつらつらと思いをめぐらせているとアスカがリビングからキッチンに大きく伸びをしながら入ってきた。今日のアスカは薄い黄色のTシャツとショートパンツを着ていた。この黄色いTシャツは胸が大きく開いておりいつもシンジは目のやり場に困った。

「あーあ。TVもつまらないわ…」

アスカはキッチンに入ってくると椅子を引き出してそのまま座ってテーブルに突っ伏した。

やっぱり…今の状況って…アタシが今朝方に見た夢と同じだわ…この後アタシたち…

そのままの体勢でアスカは呻く様に囁いた。

「何だか…このシチュエーションってデジャビュ(仏: deya-vu)…」

「えっ?今、なんか言った?」

シンジが片方のイヤホンを外してアスカの方を見る。独り言のつもりで言った事にシンジが予想に反して素早く反応してきたことにアスカは焦る。

「い、いや…別に。その…退屈ねって言ったのよ」

「ああ。そ、そうだね。ミサトさん、今頃どうしてるのかな?」

シンジはキッチンの壁にかけている時計を見る。時刻は八時を回っていた。

「どうせバカみたいに飲んだくれてるんじゃないの?」

アスカは吐き捨てる様に言う。

「そ、そうかもね…」

二人はその後に途切れがちな会話を少ししたものの再び静寂が訪れていた。

シンジはマンガのページを捲るがストーリーが全然頭の中に入ってこない。ちらっと横目でアスカの様子を伺う。

アスカはテーブルで頬杖をついていたが再び肘で枕を作って何か考える様な表情をしている。

変だわ…ボールをぶつけられてから…何かデジャビュかなって思うことが増えてる…

アスカの元気がない理由は医務室で見た嫌な夢だけが原因ではなかった。

アスカは時折感じるデジャビュに悩まされていた。デジャビュが多いということは嫌な夢をただの荒唐無稽な夢と単純に笑い飛ばせなくなるからだ。アスカは否定する要素を無理やりでも探していた。

見た夢の全てを否定する行動を取れば「悪い事」は起こらない。

占いの類を全く信用しないアスカは何かにつけて験を担ぐシンジをいつもからかっていた。先日もリビングでたまたま二人が珍しく同じ番組を見ていた時に北の方角を気にしながら横になるシンジをアスカはバカにしていた。

「ねえ、北ってどっちだったっけ?」

「またあ?もう!別にどうでもいいじゃん、そんなの。アンタってホントに男の癖に細かいわね」

「でも昔から北枕は縁起が悪いって言うしさ」

「だからさあ!北に向いて寝れないってさあ、アンタ、そんなの絶対ヘンよ。地球で生きてる意味無いじゃん」

「別にアスカには関係ないだろ。日本人には重要なことなんだから。いいよ、もう聞かない。僕、コンパス持ってくる」

「な、何?そこまでする?フツー!へーんなの!あ~あ、やだやだ。細かい男ってめんどくさ~い」

しかし…

今のアスカはデジャビュを感じる様になってから自分が否定していた験担ぎの様なことをするようになっていた。レイに無理やりちょっかいを出しているのもその一環だった。

あんな後味の悪い思いをするならしない方がマシだ…同じするなら…ちゃんとしたい…それにアイツの気持ちを確かめることも出来て一石二鳥(zwei Fliegen mit einer Klappe schlagen)…

よし!決めた!

アスカはパッと上体を起こすとシンジの方を見る。

「ねぇ。シンジ…」

「ん?何?」

アスカはやや真剣な面持ちでシンジの顔を見ていた。

「あのさ…キスしない?」

「え!い、今、何て言ったの?」

シンジはびっくりしてキッチンの床から飛び上がった。そしていそいそとイヤホンを全て外すとアスカの顔をまじまじと見た。

「だから…キスしようかって言ったのよ」

「き、キスって・・・な、なんで急にそんなことを…急に言い出すのさ…」

「何故って…どうせ退屈なんだし。いいじゃない。それにアタシ確かめたいことがあるのよ」

「た、退屈って…それがキスの理由?」

「それだけじゃないけど…そんなことはどうでもいいじゃない。それに女の子とキスできるなんて滅多に無いチャンスでしょ?それとも何?アンタ怖いの?」

アスカが挑発するように少し意地悪くシンジに言う。シンジはアスカの表情を見て少しカチンと来ていた。普段から頼りないとアスカから言われ続けているからなお更だった。

僕が怖がりだって、臆病だってバカにしてるな!侮られてたまるか!僕だって…

シンジは心の中で呟いた。

「こっ怖くなんか無いさ!そういうアスカはどうなんだよ!」

な、何よ…またアタシにそうやっていちいち聞いてきて…アタシは・・・アンタの気持ちを確かめたいだけよ・・・そんなことアンタに言える訳ない…アタシの気持ちはアタシだけの物なんだから…人の顔色を見るのなんておかしいわよ…アンタがしたいか、したくないか、それだけじゃない…アタシに…聞かないでよ…そんなにアタシを知りたいなら言ってあげるわよ…

「アタシは…一寸怖いかもしれない…」

その結果、もたらされるものが怖いのよ…堪らなく…アタシを完全に受け止めてくれないのなら・・・アタシ・・・その内、アンタのことを恨む様になるかもしれない・・・それが怖い・・・

「えっ…」

想定外のアスカの答えにシンジはどぎまぎする。しかし、アスカは言葉とは裏腹にすっと立ち上がると気後れするでもなくシンジの方に近づいてきた。

「何、ボーっとしてんのよ。こっちに来なさいよ…」

シンジはアスカに促されておもむろに立ち上がった。そして二人はお互いに正面に向かい合う。ややアスカの身長の方がシンジよりも高いため若干見下ろし気味にシンジの目を見つめる。

「ねえ…アンタからして…」

「えっ?ぼ、僕から…?」

「そうよ」

シンジはアスカの言葉を聞いて一瞬硬直した。しかし、シンジはアスカに侮られたくないという気持ちと利根に対する対抗心から自分でもビックリするほど大胆にアスカの両肩をスッと持った。その瞬間、アスカは青い瞳を閉じてシンジを待つ。

怖くなんかないって粋がったものの…その…どうしよう…僕は…これからどうすれば…

シンジはアスカに顔を徐々に近づけていった。しかし、あと3cmというところでそれ以上近づくことが出来ずにそのままの姿勢で凝固してしまった。

アスカは瞳を閉じてじっとシンジを待っていた。アスカの鼓動も同じ様に早くなっていた。

シンジは耳まで顔を真っ赤にしていた。顔が熱かった。本当に火が出そうだった。

シンジが途方にくれている様な雰囲気を察したアスカは目を静かに開けた。シンジと視線が合う。

不意にアスカが目を開けたことに驚いて入れ替わりにシンジは思わず眼を閉じる。

シンジ…アンタからアタシにはしてくれないのね…でも、アタシはけじめをつけるわよ…そう決めたんだし…

アスカはシンジの首に自分からゆっくりと両腕を巻きつけてきた。シンジはビックリして目を開ける。

「ア、アスカ…」

「やっぱりシンジはシンジね…弱虫…アンタはそのまま何もしなくていいわ。目を閉じてなさいよ…」

「うっぷ…」

小さく囁くとアスカは自分で唇をシンジの唇にそっと重ねて目を閉じる。シンジは今度は逆に目を閉じなかった。

あの時と…同じ…いや…

キッチンに掛けてある壁掛け時計の音が大きい。

こんなに大きな音がしてたっけ…

シンジは頭がぼうっとして体を硬直させていた。こんなに近くにアスカを感じたことはなかった。自分の首に巻かれたアスカの腕、胸の感触、そして唇、二人の吐息。

キスの時って何を考えればいいのかな…

シンジがそう思っているその時だった。

「!!」

アスカは唇をゆっくりと動かしてシンジが真一文字に結んでいた唇を巧みに解きほぐしていく。アスカはシンジの口を開くと唇を愛撫し始めた。シンジは恥ずかしさの余り思わず堅く目を閉じた。

キスって…ただ唇を重ねるだけじゃ…ない…のか…

2分、3分、一体どれだけの時が流れただろう。シンジはアスカのされるがままに任せていた。アスカはシンジの唇を愛撫し続ける。シンジは無意識のうちにアスカの腰に両腕を回していた。

不意にアスカが目を開けるとそっと唇を離した。シンジもアスカが唇を離すのを感じて目を開けた。

「ア、アスカ…あの…」

ぼ、僕…初めてキスした…アスカは何だか慣れているみたいだけど…僕は…

アスカはじっとそのままシンジの目を見つめた。濡れて光っているシンジの唇に自分の右手の人差し指と中指を当てるとすっと拭った。

そしてそのままシンジから体を離すと無言のまま自分の部屋に戻っていった。シンジはぼうっとしたままアスカの後姿が廊下に消えるまで見つめていた。

キッチンにはシンジ一人が残されていた。

アタシ…これでよかったのかな…

遠くから襖を閉める音が聞こえてきた。
 
 
 
 
 Ep#05_(9) 完 / つづく




(改定履歴)
16th April, 2009 / 表現修正
11th Aug, 2009 / 表現修正
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