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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第8部 Don’t pass me by  君が通り過ぎた後に残るものは…


(あらすじ)

民間人との乱闘騒ぎでアスカはネルフ本部内で開かれた査問会にミサトと共に出頭して冬月から前代未聞の軽い処分を下される。「使徒戦」という有事が皮肉にもアスカと上司であるミサトを救う形になった。再び元気に学校に登校してきたアスカに阿武隈から一通のメールが届き、放課後に二人は再び桜並木のベンチで落ち合う。そしてアスカは阿武隈から予想外の告白を受ける。
「あ、あのさ・・・ありがとう、阿武隈。アタシ、ちょっと嬉しいかも・・・」
アスカが下した結論とは?

海の上のピアニスト ~ 『愛を奏でて』

(本文)

シンジは窓の外を眺めていた。

今日、アスカは学校を休んでネルフ本部に行っている。民間人と暴力事件を起こしたという事で査問会に出頭する予定になっていた。そこで何らかの処分を申し渡されるらしい。

ミサトの話では本来であれば懲戒免職処分になるほどの重大過失らしいが、現在は使徒戦という「有事」ということとチルドレンの特殊性を勘案して停職処分か外出禁止処分という極めて軽い処置で済みそうだとシンジは聞いていた。

それにしても・・・アスカの様子はこの頃おかしいよ・・・絶対・・・

デートの日の夜、アスカはミサトに連れられてマンションに帰ってきた。二人が帰ってきた時は既に夜の9時が近かった。二人はそれぞれでシンジが作っていた夕食をレンジで温めて黙々と食べていた。

滅多な事では同居人に干渉してこないミサトが珍しくアスカと帰って来た夜だけは色々口うるさかった。

アスカが起こした事件で機嫌が悪かったのかなあ・・・ミサトさん・・・普段はずぼらなのに・・・

あれこれシンジが考えていると女子生徒の制服がシンジの視界に入ってきた。

「碇君・・・」

名前を呼ばれてふっと見るとレイがシンジに話しかけてきていた。

「あ、綾波・・・ど、どうかしたの?」

レイはじっとシンジの目を見ている。

「・・・この頃・・・元気が無いのね・・・」

「え・・・?ぼ、僕の・・・?」

「・・・ええ・・・」

シンジはレイの言葉に思わず驚いていた。レイがこれまでシンジに限らず誰かに元気があるとか、無いとか言ってきたことはシンジが知る限り初めてのことだった。

レイは学校に限らずネルフにいる時でも滅多に他人の近況などを確認してくる事はない。どちらかというと自分自身の事だけで精一杯という印象がある。

そのレイにも気遣われるということは自分がよっぽど気落ちしているのかもしれないと、シンジはあれこれ考えてみたがよく分からなかった。

「べ、別に・・・そんな事は無いとは思うけど・・・」

「・・・そう・・・ならいいけど・・・」

あっさりレイは引き下がる。そしてそのままシンジの席を離れていく。アスカだったらこうはいかないだろう。

少し歩くとレイは再び思い出した様にシンジの方を向く。

「碇君・・・」

「な、何?綾波・・・」

「・・・キスって・・・」

「え?キ・・・」

レイからキスという単語が飛び出してシンジは訳もなく気恥ずかしさを感じて思わず視線を泳がせた。

「・・・キスって・・・大切なもの・・・?」

レイから質問されてシンジはレイの小さく引き締まった唇を見た。

「あ、綾波・・・ど、どうして・・・そんなことを…」

「・・・私には・・・よく・・・分からないから・・・」

レイはそういうと少し悲しそうな目をしてシンジから視線を逸らした。

綾波・・・綾波一人が分からないんじゃないよ・・・ぼ、僕だって・・・

「僕も・・・僕もよく分からないよ・・・僕も綾波と同じだよ・・・でも」

レイは再びシンジを見つめてきた。シンジもレイの目を見ながら呟いた。

「多分、大切なのは気持ちじゃないかな・・・」

「・・・気持ち・・・その人の事を・・・思う気持ち・・・」

「うん・・・多分だけど・・・」

レイは少し考えるような顔をする。

「行為そのものには・・・その・・・あんまり意味はないかも知れない・・・」

「・・・そう・・・キスは・・・気持ちが大切・・・」

「うん、そうだと思う・・・」

「・・・ありがとう・・・」

レイはそう言い残すと自分の席に戻っていった。

シンジはレイに答えながら考えていた。

キスをした、しない、ということが重要じゃないんだ・・・その時の気持ちがどうなのかが一番大切なんだ・・・

昼休憩の終了を告げる本鈴がなり、五時限目が始まろうとしていた。




 
結局、副司令の冬月が司令長官の代理としてアスカに申し渡した処分は「譴責の上、停職二週間の処分」ということで落ち着いた。

前代未聞の軽い措置だった。が、一方で停職期間中は勿論、給与は支払われないから来月の家計は更に逼迫することになるため葛城家全体にとっては別の意味で死活問題だった。

ミサトは監督不行き届きで「同じく譴責の上、始末書を取り将来を戒める」という事になった。こちらも本来であれば減棒等を受けても仕方がないほどの失態だったが皮肉にも「使徒」が二人を救う形になった。

停職処分は次回のシンクロテストを受けた後ということで技術部のスケジュールが優先される事も決まった。これは唯一のゲンドウのコメントだったという。






アスカはネルフに出頭した翌日、いつも通り元気に学校に出てきた。

アスカが一時限目の授業を終えたところで携帯から「悲愴」の第二楽章が鳴る。アスカはマナーモードにするのを忘れているのに気が付つき、焦って制服のポケットから携帯を取り出す。

新着メールは阿武隈からだった。

アスカは阿武隈とはあの日以来、携帯メールでやりとりをしていたが、お互いに会ったりすることはなかった。阿武隈のメールは平仮名中心で今日の放課後に会いたいと言う趣旨のことが書かれてあった。漢字が読めないアスカに対する配慮だった。

一体何かしら?阿武隈の方から会いたいなんて・・・

今日は全学年を対象にした学級委員長会議があってヒカリはそれに出席しなければならないと聞いていた。

どっちにしても今日の放課後は一人で帰るんだし・・・会って考えればいっか・・・

アスカは手早く平仮名だけで了解したことを返信する。

その日の放課後。

阿武隈が指定してきた場所はかつて二人がキス疑惑をかけられたベンチだった。アスカはすぐにその場所に向かうと阿武隈は既にベンチに座って待っていた。

早いわね・・・阿武隈・・・

アスカは阿武隈の姿を確認すると走ってベンチに向かった。

「阿武隈。もしかして待った?」

「あ、アスカたん!い、いえ、僕もさっき来たところです・・・」

あ、そう。アタシも結構早く来た心算だったけどアンタの方が早かったからちょっとビックリしたわ」

アスカは阿武隈の隣にさっと座った。風がアスカの髪のシャンプーとコロンの香りを運んできた。あのフローラルのコロンだった。

「この前はありがとう。とっても楽しかったわ。最後、アンタは災難だったけどさ。でも、良かったわ。アンタが買ったものが全部無事で!」

アスカは阿武隈に微笑んだ。あの時と同じ優しい笑顔だった。

アスカたん・・・

「でも、どうしちゃったの?アンタの方から会いたいなんてメールを寄越して来てさ。またあいつらがアンタのことを苛めるわけ?」

阿武隈は喉がカラカラになっていた。言葉が出てこない。顔も熱かった。

アスカは阿武隈に向き直る。

「どうかした?アンタ、今日はちょっと様子が変みたいだけど・・・」

アスカが阿武隈の横顔を覗き込む。阿武隈は意を決してバッとアスカの手を荒々しく握ってきた。急に手を握られたアスカはビクッとして思わず肩を竦める。

「アスカたん!」

「ちょ、ちょっとどうしちゃったのよ!?」

「ぼ、僕のフィギュアになって下さい!!」

「はぁ?フィ、フィギュ・・・ア・・・!?」

アスカはビックリした様な顔をした。

ちょっと・・・阿武隈・・・フィギュアって・・・この子、何言ってんのかしら・・・

始めアスカは阿武隈が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。しかし、次の瞬間ぱっと閃いた。

この子・・・アタシに告白して来てるんだわ・・・これはこの子なりの告白なんだ・・・

そしてアスカは恐る恐る目を上げて阿武隈の顔を見た。

「あ、阿武隈・・・アンタ、もしかしてそれって・・・アタシにコクってるの?」

阿武隈はアスカの手を力強く握り締めて顔を真っ赤にしていたが、小さくコクッと頷いてきた。

やっぱり・・・

アスカはこの阿武隈の呼び出しでまさか告白されるとは夢にも考えていなかった。アスカは阿武隈が基本的に大人しい性格で、アニメや漫画の世界の方に興味が集中しているというイメージを強く持っていたからだ。

女の子に興味を持つとは考えていなかったアスカは不意打ちを受けて頭が一瞬混乱した。全く心の準備をしてきていなかった。アスカは思わず俯いてしまった。

ど、どうしよう…告白は初めてじゃないけど…日本に来てこんなパターンはなかったし…

二人は無言のままだった。

暫く経つとだんだんアスカも気持ちが落ち着いてきていた。少しの間言葉を選ぶ素振りを見せたがやがて・・・

「あ、あのさ・・・ありがとう、阿武隈。アタシ、ちょっと嬉しいかも・・・」

しかし、次の瞬間、アスカはまっすぐ阿武隈を見ると結論から切り出した。

「でも・・・アタシとアンタはBest Friendってことじゃ駄目?」

アスカは出来るだけ阿武隈を傷つけたくなかった。阿武隈の境遇は色々な面で自分に被るところが多かった。アスカにとってもある意味で今の阿武隈は特別な存在になっていた。しかし、下手な同情は時として自分だけではなく周りにいる人間を不幸にする。言うべきは言わなければならなかった。

それが選択するということであり、他人に依存しないということだ。

「アタシね。日本に来てちゃんとFace to Faceで告白されたことが無かったから。アンタが初めてよ。きちんと自分の気持ちをアタシに直接伝えてきたのって。それって凄く大切な事だし、言われる方も凄く嬉しい事なのよ。格好付けててもそういうことがきちんと出来ない人って結構多いわ」

そして阿武隈にずっと握られていた手を丁寧に解くと逆に阿武隈の手を握り返した。

「アタシがラブレターを一切見ないのはちゃんと手渡さないで何の気持ちがあるのって思っているからよ。ただ、One Wayで送り付ければいいってもんじゃないでしょ。行為自身には意味なんて殆ど無いんだから。大切なのは気持ちなのよ」

気持ちのない手紙なんて…書くのも受け取るのも辛いことなのに…

アスカは一瞬躊躇いがちに阿武隈から視線を逸らしたが再び阿武隈の目を見る。

「その・・・アンタがどうこうって事じゃなくて・・・アタシ自身の問題でちょっとお付き合いっていうのは出来ない・・・でも、アンタはとても素敵よ!自信持っていいわよ。何たってこのアタシが保証するんだからね!」

アスカは阿武隈を励ます様に努めて明るく言うが言葉に詰まってきていた。

「だから・・・」

ついに次にいう言葉が尽きてしまう。そして阿武隈の顔も見ていられなくなり思わず目を逸らした。少しの沈黙が二人の間を漂い、そしてどちらからともなく手を放す。

その沈黙を阿武隈が破った。

「あ、ありがとうございます・・・アスカたん・・・これからもお友達でずっといて下さい・・・」

アスカは阿武隈の顔を見る。ようやくいつもの阿武隈になっていた。アスカも微笑む。

「勿論よ、阿武隈!またアンタの買い物に付き合ってあげるわ」

「は、はい!」

そして独り言のように呟いた。

「アンタの爪を飲ませたいわね・・・」

アスカはまだ諺の類まではうまく操れなかった。





 
アスカはベンチで阿武隈と別れた後、暫く教室で一人ボーっとしていた。

すると学校の用務員が校内の戸締りを西日に照らされながら廊下で確認している姿が目に入ってはっとする。

いけない・・・すっかり考え事をしていたら遅くなったわ・・・

今日は全学年の学級委員会があって阿武隈との事が無くてもヒカリとは一緒に帰れなかった。一人帰るのは久し振りだった。

アスカの耳には暴力事件を起こした夜に車の中でミサトに言われた言葉が鳴り響いていた。

・・・今のあんたは惚れてるわよ。誰かさんに・・・

アスカはため息を付く。

誰かさん、か・・・アタシが・・・

阿武隈の姿を見ると昔の自分を思い出す。何も悪いことをしていないのに弱いものが弱いものを痛めつける。

それが耐えられなかった・・・

でもその程度の事で我を忘れるほどアスカの精神構造は短絡的ではなかった。ということはミサトが言う様に・・・

アタシは・・・本当に恋してるのかしら・・・

アスカがつらつら考えている内に第三東京市駅の南北連絡路に着いていた。アスカは南口ロータリーからいつもの様に商店街に入っていく。商店街を突っ切った方がマンションには近道だ。

そういえば阿武隈は商店街の裏手に住んでるって言っていたわね・・・考えて見ればアタシたちおんなじ町内に住んでいたのね・・・

するとスーパー「大安吉日堂」の脇に入る道の前で阿武隈の姿を見つけた。しかし、阿武隈は例の三人組と一緒だった。そしてまた商店街の裏に連れて行かれていくところだった。

あいつら!また!

アスカは走り出す。

阿武隈と3人組は人通りの少ない商店街の裏にある空き地にいた。アスカは物陰から様子を窺う。やはり3人は阿武隈から金を巻き上げようとしていた。

人間は弱い生き物だ。一人では生きられないから社会を形成する。しかし、その社会の実態は力が多少でもある者が弱いものを虐げることで成り立っている。何故弱いものは弱いものを労わる事が出来ないのか・・・何故自ら歩み寄って相互に補完し合えないのか・・・

所詮、人間は愚かな生き物ってことでしょ?許せない!

アスカが飛び出だそうとした瞬間、それではまた同じ問題を起こすことになることを思い出した。なんと言っても昨日、査問会が開かれてその場で冬月から処分を申し渡されたばかりだった。

今回はかなりの温情をかけてもらっていた。アスカは今でも査問会のときに自分に投げかけられていたゲンドウの刺す様な視線が忘れられなかった。

このクズめ…役に立たないばかりか余計な問題ばかりを引き起こす・・・

そう罵られている様な錯覚に襲われていた。

分かってるわよ…それくらい…アタシが生きていられるのもEvaが動かせるからでしょ…シンクロ率トップを維持してるからでしょ…

同じ事を繰り返せば特にアスカの場合はチルドレンを辞めれば済むという問題ではないだけに今度はどうなるのか想像も付かなかった。

でも…根無し草みたいなアタシだけど生きる権利はある…どんな人間にだって生きる資格がある…頭の出来も顔も関係ない…勝手に人間の価値を決めるんじゃないわよ!

アスカは直ぐに携帯のスイッチを押した。

しかし、SGが警察当局に突き出すのはチルドレンを襲ったものだけだ。阿武隈が襲われてもSGは不介入だ。

仕方ない・・・アタシが絡まれるしかない・・・

阿武隈と自分自身の安全を確保して且つ3人と関わらなければならない。しかも直接手を出すわけには行かない。かなり難易度の高い要求だった。誰か他の第三者を呼ぶという方法もある。

だが・・・

あいつらを普通に警察に引き渡したところでまた阿武隈の前に現れる・・・今後のことを考えれば…やはりSG経由の方が・・・

アスカはカバンと携帯をその場に置くと早くSGが到着する事を祈りつつ3人組に後ろから声をかける。手が出せない以上、直ちに白兵戦にならない距離を保つしかなかった。

「ちょっと!アンタ達!いい加減にしなさいよ!」

「あー!テメーはあの時の!この前はかなり舐めた事してくれたな!」

「アスカたん!」

3人の目に明らかな怒りの色が浮かんでいた。アスカは3人の注意を自分に引き付けて出来るだけ時間を稼ぐしかない。

「阿武隈を放しなさい!じゃないとアンタたちまた痛い目に遭うわよ!」

「へへへ、痛い目ってもしかしてこんな感じ?」

茶髪は阿武隈の腹を立て続けに2発殴りつける。

「ぶふ・・・」

「阿武隈!ちょっとアンタ!男の癖に卑怯よ!」

アスカが前回と違って距離を置いている事から3人は本能的に何か事情があることを察知している様だった。かなり危険だったがこれ以上放置しておけばまた阿武隈に制裁が加えられてしまう。

アスカは茶髪の挑発行為に溜まらず駆け出していき、阿武隈と3人の間に割って入った。しかし、今日のアスカは手を出す事が出来ない。

阿武隈だけでも逃がさなきゃ・・・

アスカが逃げ道を模索していると3人は一斉にアスカに襲い掛かってきた。やはり罠だった。ピアスがアスカを後から羽交い絞めにする。

「くっ!離しなさいよ!アタシに触んないでよ、このヘンタイ!」

ロン毛がいきなりバタフライナイフを出す。

「おやおや、おねーちゃん。今日は大人しいねぇ?この前のあれはマグレ?」

何やってんのかしら!SGは・・・早く来なさいよ・・・

茶髪がかなり危険な目つきをしてアスカに近づいてくる。そしていきなりアスカの腹を拳で躊躇なく思いっきり殴りつけた。

鈍い音が聞こえる。

「あぐっ・・・お、女を殴るなんて・・・サイテー!」

「ごちゃごちゃうるせーんだよ!」

茶髪がアスカの言葉に激昂して今度はブラウスの襟を荒々しく引っ張った。

ブチブチブチ!

アスカのブラウスからボタンが飛び散っていき、アスカの鎖骨辺りが露わになる。銀の鎖に繋がれている薄いピンクのロケットをアスカがつけているのが見えた。

茶髪は襟を掴んだままアスカの顔を平手で殴りつける。

くっ!こいつら・・・

ロン毛がナイフを持って近づいてきた。

「その髪でも切って丸坊主にしてやるかな。この前の借りもあるしな」

「おー、そりゃいいねぇ!」

茶髪がアスカの脚を抑える。

「うっ!放せ! Geh' zum Teufel!(くそ野郎)」

アスカは必死に暴れるが身動きが取れない。アスカの脳裏に第三支部時代のチルドレン候補生たちから受けた執拗な仕打ちが不意によぎった。全身に鳥肌が立つ。

その時だった。いきなり阿武隈がアスカの横からロン毛に飛び掛っていく。

「アスカたんをいじめるな!」

アスカは驚いた。

「阿武隈!駄目よ!そいつはナイフを持ってる!」

ハラハラしながら腹の痛みを堪えて阿武隈を目で追う。武器を持った相手に対する訓練を受けていない阿武隈がよりによってロン毛に立ち向かっていくのはあまりにも無謀だった。

「な、なんだブタ!お前は引っ込んでろ!」

不幸中の幸いというべきかロン毛は蹴りを阿武隈の腹に入れた。阿武隈は無残にも吹っ飛んでいく。

「阿武隈!」

その時、路地の入り口から3人の黒いTシャツとズボンを着た屈強な男たちが現れた。ネルフのSGだった。

いきなり現れたSGにビックリした3人はアスカを離して逃げようとしたがあっという間に取り押さえられる。ロン毛を押さえつけているSGの一人がアスカに話しかける。

「セカンド!大丈夫か?も、もしかして何かされたのか?」

アスカはブラウスのボタンが弾け飛んで鎖骨とブラジャーの肩紐が見えている事に気が付いた。慌てて両襟を掻き合わせた。
「大丈夫。大したことないわ。でも顔とか少し殴られたけど。それにしても…もう少し早く来て欲しかったわ・・・」

アスカはゆっくりスカートの汚れを払いながら立ち上がる。

「済まない。なんせ商店街の中に入らないと行けなかったからな。とにかく後の処置は我々に任せて。そこの子を連れて行って上げなさい」

SGが顎で示した先には腹を押さえて唸っている阿武隈がいた。

「分かったわ。ありがとう」

膝を付いている阿武隈のところにブラウスの胸元を右手で掴んで歩いて行く。

「阿武隈、大丈夫だった?」

「だ、大丈夫です。でも、アスカたんが・・・」

阿武隈の目には涙が浮かんでいたが前のように泣いてはいなかった。

「アタシは大丈夫よ。アンタ、バカね。やられるのは分かってたでしょうに・・・」

アスカは阿武隈を左手で引き上げて起こす。

「でも、アンタ、ちょっとかっこよかったわよ」

二人の後では茶髪、ロン毛、ピアスの3人がSGによって警察に引き渡されているところだった。





アスカは結局、そのままSGの車でミサトのマンションまで送られた。

「ただいまー」

アスカが玄関に入るとシンジがトイレから出てきたところだった。シンジはアスカの姿を見てビックリする。アスカの右の頬は少し腫れていた。しかも制服のブラウスは第3ボタン辺りまで千切れて無くなっており右手でアスカが胸元を押さえている。

とてもまともな状態に見えなかった。

「あ、アスカ!どうしたの?事故にでもあったの?」

「別に!大したことないわよ。ちょっとチンピラに絡まれただけじゃ・・・」

アスカはシンジが今にも泣き出しそうな顔をしているのに気が付いてハッとする。

シンジ…アタシの事、心配してるの…?

同じ年恰好のシンジにどう言えば最適なのか咄嗟に言葉が浮かばなかった。素直に反応できない自分がもどかしい。しかし、これ以上何も言わないのも不自然だ。

「変な想像しないでよね!別に襲われたわけじゃないんだから・・・」

伏し目がちにアスカは言うとかばんを荒々しく廊下に置いた。
「そ、そうなんだ…でも…と、とにかく早く治療しなくちゃ!」

シンジは慌ててキッチンに飛び込んでいく。アスカも靴を脱いでキッチンに向かう。するとシンジはアイスを買った時にもらうスーパーの保冷剤をハンカチで撒いているところだった。

「ここに座ってよ」

「い、いいわよ。別に・・・た、大したこと無いんだから…」

「駄目だよ!顔が腫れてるじゃないか!」

「わ、分かったわよ・・・」

アスカは渋々シンジが出した椅子に座る。

シンジは膝立ちしてアスカと向かい合う。アスカとシンジの視線がぶつかる。シンジは視線をアスカの唇に向けた。

僕は変な事に拘っていた・・・大切なのはアスカの気持ちなのに・・・それを僕は知ろうともしないで・・・

そして不意にユニゾンの時に見たアスカの唇を思い出した。アスカはあの時と同じように目を瞑った。思わずシンジはアスカの唇に吸い寄せられそうな錯覚に襲われた。

ぱっとアスカが目を開ける。

「シンジ?どうかしたの?」

「い、いや・・・別に・・・じゃ、じゃあ当てるよ?」

「もう…やるんなら早くしてよ…」

シンジはそっと保冷剤をアスカの頬に当てた。

「いっつ…」

アスカは眉間に皺を寄せる。

「い、痛いの?ごめん・・・」

「大丈夫よ、ちょっとしみただけ。謝んなくてもいいじゃない」

「ご、ごめん」

「ほら!また直ぐ謝る」

「ごめん」

「だから謝る必要ないって言ってるでしょ!」

「ご・・・そうだね・・・」

「もう!アンタは・・・」

アンタって・・・本当にどうしようも無い奴ね・・・でもどうしてアンタはそんなにアタシに優しくしてくれるの?アタシのこと…何とも思ってない癖に・・・時々、アンタのこと…分からなくなる…

アスカは保冷剤を当てているシンジの手を掴んだ。

シンジはアスカに不意に手を握られて一瞬ビクっとする。

「アタシ着替えてくるわ。氷は自分で持てるから大丈夫よ」

そういうとアスカは保冷剤をシンジから取るとすっと椅子から立ち上がる。

「そ、そう?・・・あ、そうだ!アスカ・・・」

「何?」

「着替えたら・・・その・・・ブラウス持って来てよ。ボタンを付けてあげるよ」

ブラウスって…このブラウスを今ってこと…?どうしよう…

アスカは下を向いて少しの間考えるような素振りを見せていたがやがて・・・

「その・・・アンタがどうしてもっていうんなら…お願いするわ」

そう言い残して自分の部屋に向かっていく。その後姿をシンジは見ていたが、やがてキッチンからソーイングセットを取りにリビングのクローゼットに向かう。

その時だった。アスカが振り返ることなく話しかけてきた。

「シンジ・・・」

「どうしたの?」

シンジは足を止めてアスカの背中を再び見る。

「アタシ・・・誰ともキスなんてしてないわよ・・・」

「えっ?!」

「それだけよ!バーカ!いつまでもグジグジしてんじゃないわよ!」

そういい残してアスカはキッチンを後にした。





翌日・・・

アメリカ本土にあるネルフ第二支部で密かに行われていたS2機関搭載試験において事故が発生し、第二支部の敷地を含む90km四方が爆発により消失した。

事態を重く見た米国政府はネルフと非公式会談を行ったが原因は不明とされ、米国政府はCIAに調査を指示、更にこの情報は太平洋第七艦隊(セブンスフリート)経由で日本の国防省統幕本部極東作戦局と内閣官房の2つのルートに跨ってもたらされることになる。

ゲンドウは米国政府との会談の後、第一支部、第三支部を含めたネルフの最高幹部会を極秘裏に招集、そして一方でEva参号機の本部への接収に向けて準備を開始する。

チルドレンたちを取り巻く情勢は無情にも加速度的に悪化の一途を辿っていくことになる…


                                                     
 
  
  
 Ep#03_(8) 完 / イラスト男 おわり

(改定履歴)
11th May, 2010 / 表現修正
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