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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第7部 die unerwiderte Liebe 報われない想い


(あらすじ)

乱闘騒ぎでアスカが超法規的存在のチルドレンであると分かるとたちまち交番に留め置かれることになってしまう。同じチルドレンでも特にアスカはマニュアルに厳しく沿って生きなければならなかった。やがて日本政府との調整をしてミサトが交番までアスカを迎えに来た。
「あんたがリスクを犯してまで庇ってあげた子ってさ。アンタの何な訳?」
アスカは何も答えない。二人はやがてドイツ時代の話を始める。少しずつ明らかになっていくアスカの第三支部時代。
「あんたが感情を表に出す時って誰かに惚れている時なのよね」
ミサトの指摘に思わず驚くアスカだった。



二人は近くの交番で事情を聞かれた後、阿武隈だけは巡査の一人が家が近くということもあって自宅まで付き添って行くことになった。

一方、大立ち回りを演じてしまったアスカはそのまま警察に留め置かれることになった。
 
「あ、アスカたん・・・」

アスカが警察から帰れないと分かると不安そうに阿武隈はアスカの方を見る。

「大丈夫よ、阿武隈。アタシのことは心配しないで。それよりも家に帰ったら今日買ったものが全部壊れてないかとか、ちゃんと確認するのよ」

「はい・・・」

阿武隈はそのまま巡査に促される。

「あのう・・・」

阿武隈がアスカの背中に遠慮がちに話しかける。

「何?」

交番のパイプ椅子に所在無げに座っていたアスカは無理に笑顔を作って阿武隈の方に向き直る。

「また・・・連絡します・・・」

アスカはにこっと微笑む。

「うん。じゃあね。今日は楽しかったわ。ありがと!」

阿武隈は交番を後にした。

本来なら被害者である筈のアスカが留め置かれる理由は唯一つだった。

- チルドレン -

であることに尽きた。

アスカはチンピラたちが阿武隈を取り囲んでいる光景を見た時に自分でも不覚だが怒りで我を忘れた。

あんな経験久しぶりだ・・・

戦場では常に冷静でなければならない。ましてアスカは同じチルドレンの中でも素人では無い。唯一、戦士として4年にも及ぶ正規の特殊訓練を受けてきた戦略パイロットだった。

この肩書きを死守する為、これまでありとあらゆるものを捨てて専心にEvaのみを見続ける事を要求されてきたのだ。アスカは生きる為に、そして自分の存在価値のために拘り、ネルフは消耗品ではない(補充がすぐに利かない)兵器としてアスカに拘っていた。

パイロットにとって作戦行動が全てだった。冷酷なまでにターゲットだけを狙ってマニュアルに従ってミッションを遂行する事を優先せねばならない。特にアスカはマニュアルの中で生きる事をネルフから要求されている。コントロールの効かない兵器はガラクタでしかない。

マニュアルから外れればファーストやサードとは異なる重大な結果を招く事になる。アスカにそれ以上の価値はネルフにはなかった。

なのに・・・アタシは一瞬、全てを忘れた・・・

ネルフのマニュアルによれば今回のケースではネルフ支給の携帯にある緊急ボタンを押して、常時アスカたちチルドレンをガードしている保安部(※ 第3課。要人警護を主務とする)のセキュリティーガード (SG) を呼ばなければならなかった。

保安部のSGは一般的なSPとは異なり存在を秘匿しながらチルドレンたちの近辺にいなければならない。その為、必ずしも常時視認している訳ではなく、ネルフの携帯がそのままGPSになっているため、モニタリングしながら一定の距離を置いてガードしているのだ。今日も新秋葉原近辺にいた筈である。

非常時には直ちにチルドレンが警報を発しないと今回のような時間差を生じてしまう。

SGが暴漢を取り押さえて警察に引き渡す、というのがネルフ職員の地位協定として日本政府との合意事項になっているが、逆にこのスキーム以外の行動をとった場合は一種の国家主権の侵犯行為に当たり外交問題にまで発展しかねない重大事だった。

特にチルドレンの場合は超法規的存在でいわば歩く治外法権と言えるからだ。

それに加えて今回のような一般人相手の場合、今度は日本の内務省管轄の警察権とネルフとの間で政治的な調整もしなければならなかった。

つまり・・・

今日、アスカが犯してしまった事は二重に「最悪」の事態だった。

交番の中でアスカを見張っていた40過ぎの巡査は人懐っこい人でアスカの右足を治療した後、日本茶とせんべいを振舞ってくれた。そしてアスカが退屈しない様に色々と世間話をしてくれた。

アスカも疲れてはいたが巡査と打ち解けて色々話をする様になっていた。アスカが交番の時計を見ると既に8時を回っていた。

葛城家では夕食が終わる時間だった。

アイツ・・・今頃どうしてるんだろう・・・アンタはアタシの事をまたあの目で・・・

早く帰りたい・・・帰りたいけど・・・会いたくない・・・

交番の外には黒いRV車がさっきからずっと止まっていた。本来ならばアスカを3人のチンピラからガードしなければならなかったSGの車だろう。

暫くすると南口のロータリーに爆音が鳴り響いてきた。

アスカはその聞き慣れたエンジンの音を聞いてため息を一つ付いた。少なくとも安堵ではなかった。交番の横にミサトのプジョーが横付けされる。

交番の入り口にネルフの制服を着たミサトが現れた。今日は休みで寝ていた筈だがアスカが犯した一件でネルフに出頭して各機関と調整をしてここにやって来たのだろう。起こった事態の重さを考えると驚くべき早さの事後処理である。

ミサトが非凡である証拠だった。

「ほほお…どうやらお嬢ちゃんのお迎えが来たみたいだね」

気のいい巡査はゆっくりと立ち上がる。しかし、アスカの表情は優れなかった。

何で…ミサトがわざわざアタシなんかを迎えに来るのよ…

若いとはいえ特務機関ネルフの作戦部長を任されているミサトが公的機関によって拘束された一介の作戦部員を自ら迎えに来ると言うのは普通ではなかった。ミサトの真意を図りかねてアスカは益々表情を曇らせる。

ミサトが慌しく交番の中に入って来た。入っていきなり如才げに座っているアスカをジロッと一睨みすると巡査に向き直って敬礼する。そして書類を丁寧に手渡すと二言、三言を申し添えていた。

巡査は書類を確認していたがやがてアスカの方を見て微笑みかけてきた。

「ごめんな。お嬢ちゃん。長いこと待たせちゃって。これで全て済んだからね。ご苦労様!」

「すみません・・・御世話になりました・・・」

アスカはぺこっと巡査にお辞儀をするとミサトと一緒に交番を出た。

右足を若干引き摺っていた。

出たところでアスカは目を瞑って奥歯をかみ締めて想像されるものに備える。


バシッ!


ミサトは無言のうちにアスカの右の頬を思いっきり平手打ちした。

ドイツ時代からの付き合いでアスカはミサトの事がよく分かっていた。普段はずぼらだがルールと最低限度踏み外してはならないボーダーラインだけには厳しいミサトだ。殴られる事は車の音を聞いたときから覚悟していた。

「どういうつもり!アスカ!」

「分かってるわよ・・・」

「全然分かってないじゃない!」

ミサトの目が怒りで燃えている。アスカは思わずミサトから目を逸らした。こういう時のミサトは本当に鬼よりも恐ろしい存在だ。遠めに見ていたSGたちも首を竦めている。

「SE12及びRG8違反よ。それもGrade Sのね!あんた、自分が今日しでかした事の重大さをちゃんと分かってるの?」

「あの時は仕方がなか・・・」

そこまでアスカが言いかけた時、今度は左の頬を平手で打たれた。アスカは堪らずよろめいた。鉄の味がした。恐らく口が切れたのだろう。

アスカは何も言わずに右手の甲で血を拭う。

「・・・悪かったわ」

「ふん!悪いで済めばネルフは要らないのよ!バカ!」

暫く二人は交番の前で無言のまま向かい合っていた。腕を組んでいたミサトは一つため息を付くとプジョーのドアを開けてアスカを促した。

「乗りなさい。居心地は悪いだろうけど」




 
ミサトはリニア駅からプジョーを走らせる。

アスカは黙って助手席から外を見ていた。時折車の窓に写る自分の顔はミサトに殴られて赤く腫れ上がっていた。

ミサトはマンションの方に折れずに交差点を逆方向に走らせ始めた。アスカは驚いて思わずミサトを見る。

「ミサト、道が・・・」

ミサトはギアを忙しく変えながらチラッとアスカのほうに目をやる。ミサトの目にはもう先ほどの様な険がない。

「そんな顔じゃあんたも家に帰りにくいでしょ?ちょっちドライブしてあげてんのよ…」

ミサトがダッシュボードを荒々しく開けると中にはオレンジジュースと缶コーヒーのショート缶が入っていた。

「あんたを迎えに行く途中、自販機で買っといたのよ。まさかアイシングに使うとは思ってもみなかったけどさ。それで冷やしなさい」

「・・・」

アスカはゆっくりとオレンジジュースと缶コーヒを取り出すと両頬に当てて俯いた。

「今日、あんたさあ。新アキバまで行って何やってたの?」

ミサトが切り出す。プジョーはそのまま新首都高の湾岸ラインのETCゲートを滑るようにくぐって行く。

「・・・デートしてたのよ」

ミサトはその言葉にちらっとアスカの横顔を窺ったが、直ぐに正面を向いてヒールアンドトゥーで加速し始める。車は一気に本線の車の群れを突き放して先頭に躍り出た。

「そう・・・楽しかった?」

「ええ・・・今までで一番・・・」

「そっか・・・なのにチンピラに最後に絡まれてちょっと残念だったわね」

「仕方が無いわ・・・」

ミサトはシフトチェンジの必要がなくなるとようやくアスカの方を見た。

「ねえ、聞いてもいい?」

「何よ・・・」

アスカは助手席の窓から外を眺める。遠くには建設中のレインボーブリッジⅡが見える。

「その子の事。あんたが破滅しかねない様なリスクを犯してまでチンピラから庇ってあげた子ってさあ。一体、あんたの何な訳?」

「・・・」

アスカは無言だった。

「ふ、まあいいわ・・・」

ミサトは正面に視線を戻すと少し遠い目をする。

「あんたとは4年位の付き合いだけどさあ。第3支部でのチルドレン選抜訓練で最後の最後まであたしの訓練に残って、しかも終に涙一つ出さずに弱音も吐かなかったのってあんただけだったわね」

プジョーはいくつもの外灯の光を反射しながら高速でトンネルの中に飛び込んでいく。アスカは外から視線をミサトにむける。

「アタシに帰る場所なんて・・・生きる為にはネルフに残るしかないじゃない・・・」

ミサトはアスカに視線をやると小さなため息を付く。

「それをあんたに言われると辛いわね・・・ゲッティンゲンにあんたを迎えに行ったのはあたしだしさ・・・ネルフに引き込んだのもあたしだしね・・・」

加持さんもよ・・・

アスカは心の中で呟いた。

「あんたを迎えに行ってチルドレンの選抜訓練をスタートさせた時、他の連中は口では皆偉そうな事を言ってたわね。あんたをあたしが参加させるって紹介した時にクォーターのあんたのことを馬鹿にしてる奴までいたじゃない。まるで不純物みたいにね。あんた結構いじめられてたでしょ?殴る蹴るは当たり前。階段から突き落とされたり、髪まで切られて・・・覚えてるでしょ?」

アスカは正面を見たまま無言で頷く。言われなき暴力と嫉妬。自分が何者かも分からず、帰る場所すら分からない絶望と孤独。次から次へと目まぐるしく変わる義理の両親。変わる度に愛らしい手紙を第3支部のチルドレン養成所(トレーニングセンター)から送ることを強要された。そこに自分の意思は必要とされなかった。

気に入らなければゴミ屑のように捨てられるだけ…戸籍を維持するためだけの紙の上だけの親…向こうが辞退する度にアタシの手紙の書き方が悪いって責められ続けた…収容所のようなトレーニングセンターに面会に来る人なんて誰もいないのに…心を込めて手紙だけは書けなんて…アタシは人形じゃない…そんなアタシに会いに来てくれたのは加持さんだけ…アタシに優しくしてくれた唯一の人…

アスカは両頬にまだジュースを当てている。

だからアタシは勝ち続けるしかないんじゃない・・・負ければ全てを失う・・・アタシにはエヴァしかないの・・・エヴァに乗れないアタシに価値は無い・・・誰も助けてはくれないもの・・・

「でも、あんたはいつもクールだった。淡々と訓練のミッションだけを遂行してね。この子には感情というものが無いのかと最初は思ったものよ。結局、偉そうなことをいう奴ほど先に消えていったけど。でも・・・」

ミサトはアスカの方を再び見る。

「そんなあんたでもさあ。感情があるんだって初めて思ったのが加持と接してる時のあんたの姿を見た時だったわ。ドイツにあたしと加持の二人でいた時分の事よ。それも覚えてるでしょ?」

加持さん・・・優しい加持さん・・・加持さんだけがアタシに優しくしてくれた・・・まるで古城に閉じ込められたアタシを助けに来てくれるRitterの様に・・・だからアタシは加持さんと・・・

アスカの目が鋭くなる。

「何で昔の話をするのよ・・・」

「同じ話だからよ。あんたが自分の感情を表に出す時って誰かに惚れてる時なのよね…」

アスカはビックリしてミサトの方を見る。

「な、何言ってるのよ!アンタ!そ、そんなこと・・・」

「あるわよ。まあ昔に比べてあんたってずいぶん普段の生活の中でも感情表現が豊かになってきたけどさあ。昔を知ってるあたしから見るとね。あんたが単に周りの空気に合わせて自分の心とは関係なく振舞っている時と本当にあんたが心から感情を表している時の違いって何と無く分かるのよ」

アスカは思わず俯いた。

あ、アタシが惚れてる?恋しているってこと?やっぱり加持さん・・・

「自分で気付いてないかもしんないけどさ。今のあんたは惚れてるわよ。誰かさんに。あたしの話は以上。帰るわよ」

ミサトは更にアクセルを踏み込んでいく。




 
阿武隈は自宅に戻るとアスカに言われた通り、今日、買った品々をナップサックから取り出して状況を確認する。幸いな事に同人誌のいくつかの表紙が少し汚れた程度で大したことはなかった。

フィギュアもどこも壊れていなかった。しかし、阿武隈はフィギュアや同人誌よりも自分を庇って怪我までしたアスカのことが気になっていた。

アスカたん・・・どうして僕にそんなに優しくしてくれるんですか・・・

阿武隈は出窓のところに飾ってあるフィギュアのコレクションの中から特に重厚な透明アクリルのケースに入れられている一体のフィギュアを取り出す。

それは長い亜麻色をした少女のフィギュアだった。白いワンピースを着て片手に白い大きなつばの付いた帽子を持って優しく微笑むアスカそのものだった。

阿武隈の宝物だった。

阿武隈のCGに感動したファンの一人であるハンドルネーム「じゅえる」が「神」にプレゼントしてくれたオリジナルフィギュアだった。「じゅえる」は第二東京市内で開業している歯科医師でフィギュア作りに関しては伝説的な腕の持ち主だった。

阿武隈は勿論事情を知らないがアスカは来日して間もなく第二東京市のホテル暮らしを止めて第三東京市のミサトのマンションにユニゾン特訓の為に引っ越してきた。

アスカは引っ越し後の初めての日曜日、マンションの周りの地理を把握するため一人で散歩をしていた。白いワンピースと白い帽子を被って・・・

その時、運命の風が吹いて二人は出会ったのだった。

風が飛ばした帽子を阿武隈が拾い上げるとそれを追ってきたアスカと道で二人の視線はぶつかった。阿武隈はまるで地上に舞い降りた女神を見るような心地だった。

そして呆然と帽子を持って立ち尽くしていると「Danke sehr, Herr.」と流れる様にアスカは囁き。そっと帽子を阿武隈から受け取ってすうっと通り過ぎていったのだ。

フローラルのコロンの香りを残して。

以来、阿武隈はアスカをモデルにしたCG、イラストに特化する様になっていた。そして以前から主宰していた「イヴの広場」に女神として紹介したのだ。


アスカCG制作のイメージ ← 小説のインスピレーションをこれで私はもらいました。さしずめ東郷にとっての「神」様。前回に紹介したのと同じリンク先なので一度ご覧になった方はスキップして下さい。
 

だが・・・その女神は今、自分を助ける為にチンピラたちと戦い、足に傷を負い、そして今も一人で殺風景な交番に閉じ込められている。自分は何もすることが出来ない。

あまりにも無力だった。

アスカたん・・・僕は・・・僕は・・・一体どうすれば・・・いいんですか・・・

阿武隈はフィギュアの入ったアクリルの箱を抱き締めて一人部屋の真ん中で再び泣き始めた。
 
 

 
Ep#03_(7)  完 / つづく

(改定履歴)
25th Apr, 2010 / 表現修正
28th Nov, 2012 / 語句誤用の修正

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