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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第2部 A moment to remember... 記憶の欠片を求めて…


(あらすじ)

アスカは母親の自殺を人づてに聞いただけで実際の記憶は闇に葬り去られていた。しかも自分の唯一の記憶の断片という惣流・アスカ・ラングレーという名前にさえも陰謀の影が付きまとっていた。何をよりどころにして生きていけばいいのか。そしてパイロットを入れ替えてのシンクロテストを翌日に控えた夜、アスカとシンジはベランダでひょんなことからお互いの過去について語り合うが、アスカは自分の記憶を取り戻すことを邪魔する闇に襲われていた。


私の頭の中の消しゴム ← このストーリーとは全然違いますけど資料の一部として参考にしたので…

(本文)


「えー!じゃあ明日はアタシの出番は無いわけ?」

アスカはお茶碗と赤い塗り箸をテーブルの上に勢いよく置く。その音に隣に座っていたシンジは肩をビクッとさせた。

「そうよ。明日のシンクロテストは零号機と初号機でパイロットを入れ替えてのテストになるからさあ。あんたはあたしとオペレーションルームで一緒に待機になるわよ」

ミサトは缶ビールを片手にアスカに向かってウィンクする。

「そ、そんなのって・・・弐号機と他ので実験すればいいじゃないのよ!」

アスカが思わず体を乗り出す。

「だーかーらーさあ。それじゃ意味無いじゃん。リツコは零号機と初号機を使って実験したいって指定してきてるんだから。それ以外の組合せだったら実験にならないじゃん。ただのシンクロテストじゃないんだからさあ」

アスカはジロッと横目でシンジの方を睨む。

シンジは体を強張らせる。ミサトが明日のシンクロ試験の話を始めてからというもの、シンジはまるで砂を食べている様な心境だった。

「そんな説明納得できないわ!第一、何でアタシがテストから外されるわけ?」

アスカとしてはこのところの不始末をどうにか挽回したいと考えていたため、明日の実験をその好機と捉えていた。

「知らないわよ。リツコの実験計画なんだから。技術部の要請に基づいてオペレーションするのがうち(作戦部)の仕事なんだしさ。まあいいじゃん!明日はラクして手当てが付くんだから気にしない気にしない」

バン!

アスカがテーブルを両手で叩く。

その音でシンジは思わず摘んでいた梅干を取り落とす。梅干はテーブルの横で仰向けに寝ていたペンペンの白い腹に落ちて赤い線を作りながら冷蔵庫に向かって転がっていく。

「お金の問題じゃないわ!アタシの名誉の問題なのよ!これは!」

缶ビールを飲み干したミサトは缶をテーブルの上に荒々しく置くとため息を一つ付く。

「あんたさあ…そんな駄々をいつまでも捏ねるもんじゃないわよ。言いたくないけど、大体あんたは停職処分が始まって本来なら本部にすら入れない立場なんだからね!それをリツコがあんたにも立ち会わせたいって執り成したから司令もそれを許可したんじゃん!」

「リツコが・・・」

確かに査問会でゲンドウは技術部のスケジュールに従う様にとコメントし、それに基づきアスカは明日のシンクロテストに参加することになっていたのだ。

「そうよ。それにさあ。リツコはあんたのことをパイロットとしてだけじゃなくて技術者としても注目してるって言ってたわよ。あんたのお母・・・」

思わず口が滑ったミサトは片手を口に当てが元に戻るわけではなかった。

「ごめんなさい・・・今のは言い過ぎたわ・・・」

アスカは俯いてミサトに文句を言わなくなった。

シンジは最後のミサトの言葉を聞いて思わず横目でアスカの方を見た。

気まずさが葛城家の食卓に横たわっていた。





 
その夜。

アスカは目が冴えてなかなか寝付けなかった。

明日は早いのに・・・

ベッドから抜け出すと廊下を出てリビングからベランダに出た。湿り気を帯びた夜の風が纏わり付いてくる。既に日付は変わっていた。

遠くの方に新首都高の湾岸ラインが見える。夜中にも拘らず車の流れは引きも切らない。

初めての体験だった夏もここまで続くとさすがに飽きるわね…やっぱり四季って生き物には大切なのね…木だって季節で年輪を刻んで記憶を残していくのに…

アスカはため息を付く。

アタシには何もない…ママのことだってベルリンの特別医療施設の人から自殺だったとしか聞いてないし…ネルフの経歴ファイルを見ても子供の頃のことは何一つ書いてない…分かってることはアタシが今は惣流・アスカ・ラングレーという人生を歩んでいるということ・・・アタシの記憶の欠片…

大人の都合に振り回されてアタシは生きてきた…ゲッティンゲンで学校に通ってた頃が一番楽しかったなあ…そこにミサトが突然現れたのよね…でも…ミサトのネルフの制服…初めて見た気がしなかった…

ママが物理学者でベルリンのゲヒルン研究所に勤務していて事故に巻き込まれて精神を患って自殺したって事以外何も分からない…ミサトは何か知ってるのかしら…アタシはこの日本に自分の記憶の欠片があるって加持さんから聞いたのに…使徒と戦う毎日…アタシ…どうなっちゃうんだろう…これから…

アタシはEvaを絶対に誰にも渡さない…ドイツに帰ったって何もないんだから…ここで本当のアタシを見つけるんだから!

ベランダの欄干を握る手に思わず力が篭る。その時、背後から人の気配がしてハッとアスカは振り返った。

そこにはランニングシャツと短パンを穿いたシンジが立っていた。

「シンジ…」

アスカはシンジの顔を見て複雑な気持ちになる。

考えてみれば…アンタってこの日本で自由に何処にでも行けて家族もいるのに…どうしてアタシはアンタとここで住んでいるのかしら…アタシにはここしか行くところがないのに・・・アンタと違って…

「アスカ、眠れないの?」

「ちょっとね・・・風に当たってたのよ。そんなことよりアンタこそどうしたのよ?」

アスカは欄干に両肘をかけるとシンジの顔を不機嫌そうにジロッと見る。

「僕はトイレに行ったついでだけど・・・」

「そう。どうでもいいけどさあ、アンタは明日の主役なんだから。さっさと寝たほうがいいわよ」

そういうとアスカはシンジに背中を向けると再びベランダの外の風景に目をやる。

「うん・・・分かった・・・でも少し僕も外の空気が吸いたいから・・・」

ギョッとしてアスカが振り向くとシンジはベランダに裸足で出て来ようとしているところだった。それを見たアスカの目が鋭くなる。

「ちょっと!裸足なんかで汚い!出るんならこれ使いなさいよ!」

アスカは自分が履いていたベランダ用の健康サンダルの片方を脱いでシンジの方に蹴った。シンジは片方履いてアスカの隣にジャンプしながら近づいて来た。そしてアスカの隣に立つと欄干を両手で握る。

「アスカのお母さんてさ・・・技術者なの?」

いきなりシンジが聞いてきた。びっくりしたアスカは思わずシンジの方を見る。シンジはアスカを見ることなく夜中の第三東京市の夜景を見ていた。

な、なによコイツ!出し抜けに…

アスカはシンジの真意を図りかねたがつっけんどんに答える。

「そうよ・・・」

「今、何処にいるの?」

アスカの表情が強張っていく。矢継ぎ早に今一番触れられたくない話に触れてくるシンジにイラついてきていた。

コイツ・・・デリカシーの無い奴ね!根掘り葉掘り・・・

「アンタに関係ないでしょ!それがどうだって言うのよ!何が言いたいわけ?アンタ!」

シンジはアスカの語調に驚いて夜景を見ていた目をアスカに向けた。

「ごめん・・・僕のお母さんも技術者だったから・・・その、気になって・・・」

「だった・・・?」

殴りかからんばかりの勢いだったアスカの気勢を削ぐ一言だった。

「うん…僕が3歳の時に研究所内で起こった事故で死んじゃったんだ・・・」

アスカは驚いた。思えばお互いにお互いの境遇についてこれまでに話し合った事がなかった。

アスカはシンジのサードチルドレンの起用はシンジとゲンドウが父子関係にあるという事を聞いて世間によくある話と邪推していた部分も正直なところあった。

それだけにこの告白はアスカのシンジを見る目を一変させた。

シンジ・・・アンタも・・・アンタもママを亡くしてたのね・・・

「そうだったの・・・アタシのママも事故が元で死んだって聞いてたから・・・」

「それじゃ・・・やっぱりアスカのお母さんは・・・」

「そうよ。今は天国にいるわ・・・」

「そうだったんだ・・・だからミサトさんが謝ってたんだね・・・」

そういうとシンジは男の子にしては大きな丸い瞳に申し訳なさそうな色を浮かべてじっとアスカを見つめてきた。アスカはシンジの少し潤んだ瞳を見ると慌てて視線を逸らす。思わずうつむいて顔を赤くしていた。

やだ…またそんな子犬みたいな目をして…アンタにそんな目で見られると…アタシ恥ずかしくなる…

「ごめんね…アスカ…悪いこと聞いちゃって」

「わ、分かったから…もう…謝らないでよ…」

「うん」

「でもアンタのママも亡くなってたってたなんてアタシ知らなかったわ・・・」

「うん。よく考えたらまだお互いの事をあんまり詳しく話してなかったね」

「それよりもアンタのママはどうして・・・」

「エヴァの試験の時に事故があってそのまま死んじゃったって聞いてる…僕もそのときは研究所にいたらしいんだけど…あんまり覚えてないんだ…」

「エヴァで…」

「うん。だから何か僕とアスカのお母さんって結構、共通点があるのかなあって夕食の時からちょっと気になってたんだ」

「アンタのママも技術者だったなんて・・・しかもEvaを研究していたのね…じゃあ、アタシのマ…う・・・」

アスカが口を開いて何事かを言おうとしたその瞬間、それは訪れていた。アスカは思わずよろめいた。とても立っていられそうに無い。

こんな姿…誰にも見られたくない・・・畜生・・・

「アスカ?大丈夫?どうしたの?」

シンジがふとアスカの方を見るとアスカはこめかみを右手で押さえて眉間に皺を寄せていた。

「ね・・・ねえ・・・ちょっと、そこに座らない?」

「えっ?」

「ここよ・・・」

アスカは自らベランダの壁にもたれかかって腰を下ろす。そこは二人がユニゾンの特訓の時に同じ曲を聞きながらリズムを取っていた場所だった。

「えっ!う、うん・・・いいけど・・・」

シンジはアスカのこの提案にちょっと驚いたが片足立ちで足に痺れが来はじめていたのも確かだった。

僕が裸足で出ようとした時にあんなに汚いって言ってたのに・・・いきなり座るなんてどうしちゃったのかな・・・

少し訝しがりつつもシンジはゆっくりとアスカの隣に腰を下ろした。

心なしかリエゾンの時よりも二人の距離は近かった。

「な、何か懐かしいね・・・この場所」

「まだ2ヶ月しか経ってないけどね・・・」

アスカは今にも倒れこみそうな衝動を必死で抑えていた。アスカはシンジの話を聞いておきたかった。

「…アンタはどうして司令と一緒に住まないわけ?折角…アンタには…肉親がいるのに…」

口の筋肉を動かすたびに脳に衝撃が走るような錯覚がする。アスカは耐えていた。

「…父さんは…昔…僕を捨てたんだ…僕が5歳の時に夏祭りに連れて行ってくれたんだ…父さんが僕を遊びに連れて行ってくれたことなんて一度もなかったのに…僕は嬉しかったんだ…父さんが僕を構ってくれて…でも…次の日に僕は先生の家に預けられることになったんだ…」

自分の隣に、しかも体が密着しそうなくらい近くに座っているシンジの声がはるか彼方でなっているように聞こえる。

「父さんは…僕の気持ちを裏切ったんだ…そして今までずっと無視され続けていたのに…急に今年になって呼び出されて…9年ぶりにあったのに…僕をいきなり初号機に乗せて…使徒と戦わせたんだ…」

「シンジ・・・アンタは人の気持ちを分かろうとしたの…?」

「分かろうとしたさ!」

「…ホントかしら…?アンタは逃げてたんじゃないの?」

「本当だよ!僕が…」

シンジの言葉が終わらないうちにアスカはシンジの肩に頭を預けてきた。シンジは自分の言葉に酔っていたが思わず驚いてアスカの方を見た。これまでアスカがシンジに体を密着させたことは一度もなかった。

「あ、アスカ?大丈夫?どうしたの?さっきから・・・」

「大丈夫・・・少し頭痛がしてるの・・・直ぐ直るわ・・・」

アスカは闇に蹂躙されていく自分を感じていた。明かりの無い暗がりで実際には分かる筈はないが今のシンジにはアスカの顔色が悪そうに見えた。

「だ、大丈夫?氷を持って・・・」

シンジが慌てて立ち上がろうとするのをアスカがそれを制した。

「すぐよくなるから・・・少しだけ・・・このままいさせて・・・」

「う、うん・・・」

アスカはそういうとシンジの肩に顔を押し付けた状態で体を預けてきた。アスカの体のぬくもりが伝わってきてシンジは思わず体を硬直させる。

「アンタってさ…内罰的過ぎるのよ…いつも反射的に謝ってばかり…」

「ご、ごめん…」

「ほら…アンタのごめんには逃避と自己防衛が混ざってる…」

「…」

だから…時としてそれが人を傷つけることをアンタは知るべきだわ…アタシも人の事いえないけど…結局、似た者同士ってことなのかな…アンタともう少し話したかったけど…情けないアタシ…

アスカは闇に敗れ去った自分を心の中で罵っていた。





Ep#04_(2) 完 / つづく
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