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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第2部 La fille aux cheveux de lin. 亜麻色の髪の乙女


(あらすじ)

ミサトは大学時代の友人に結婚式の二次会に呼ばれたことをシンジとアスカに伝える。途端に不機嫌になるアスカだったが隣に座っていたシンジを気晴らしにからかう。アスカの悪ふざけに思わずムキになるシンジ。驚くアスカ。
だから…悪かったって言ってるでしょ…そんなに…怒らないでよ…アタシの方が辛くなる…分からないのよ…アンタへの接し方が…
一方、アスカの幼い頃の家族写真を密かに持ち帰っていた吹雪は当時のベルリンの新聞の切抜きを見ていた。そこには…


La fille aux cheveux de lin / C. Debussy
(本文)

葛城家では普段より少し遅めの夕食が始まっていた。

ミサトはだいたい六時半前後に家に帰るのか、帰らないかの連絡を本部からしてくる。帰ってくるという連絡があった場合はシンジとアスカはミサトがマンションに戻ってくるまで食事をせずに待っている。

今日はマンションに戻るまでにいつもより時間がかかったようだった。お腹をすかせていたアスカは少し機嫌が悪かった。

ミサトはビール片手に結婚式の二次会があることを二人に話し始めた。

「ええ!結婚式の二次会?パーティーに行くって事?加持さんと?」

「そうよ。大学時代の知り合いがさあ、今度結婚すんのよ。それでアタシとリツコは御呼ばれされたって訳。加持のやつ、この前さあ、新車買ったから会場まで送って行ってもらうことにしたのよ」

「ちょっとミサト!アンタ、何でそういうことを早く言わないのよ!」

「だから今言ってるじゃん。別に明日行くって言ってる訳じゃないでしょ?明後日の夕方からだって言ってるじゃん。何ムキになってんのよ、あんた?そんな不機嫌になる様な話じゃないでしょ。とにかく留守番よろしく頼んだわよ」

「ったく、アンタってホントにズボラなんだから!何が…新車よ…」

確かに結婚式関係は早くから案内が届くので予め分かっている事といえばその通りだが、だからといって2日前に言う事に対して目くじらを立てるのはやや過剰な反応と言えなくもない。

加持さんが…車を買ったってこともアタシ知らなかった…どんな色?…加持さんが好きなドイツの車?…新しい車で大好きなワーグナーを聞くの?…アタシってバカだ…加持さんのこと…何も知らなかったんだ…

どうしてかしら?堪らなく胸が痛い…昔の方が酷い目に遭ってきたのに…今日は…切られる様に…痛い…

アスカは加持の名前を聞いて敏感に反応していた。先週の日曜日の気まずさがあってミサトの話はその傷に塩を塗られた様に心に沁みていた。そしてアスカの心はまるで生身を切られる様にミサトの一句一句が痛みを伴っていた。

どうせ…二人でどっか行くんでしょ…寂しい大人が二人で慰め合うのよ!イヤらしい!

アスカは荒々しく大皿に盛ってあるから揚げを赤い塗り箸で摘むと口に放り込んだ。

勝手にすればいいのよ!アタシには…アタシには関係のないことよ!

ミサトはそんなアスカの様子を気に留める事もなく「Music Square2015」で贔屓にしている氷河英人が出て来るのを見て歓声を上げ始めていた。

シンジはじっとアスカの横顔を見ていた。

アスカ、淋しそうな目をしている・・・やっぱり加持さんの事が気になるんだろうな・・・でも・・・どうしてこの前の日曜日は僕に腕を絡めて来たんだろう…あんな事してきたこと無かったのに…それにじっと僕の顔を見るし…

アスカがシンジの視線に気が付く。

「な、何よ?アタシの顔に何か付いてるわけ?」

「い、いや…そうじゃないけど…」

「じゃあ何よ?言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

「そ、そんなんじゃ無いんだ…ホント…」

アンタって…どうしてそんなにハッキリしないのかしら…そんなアンタ見てるとホントにイライラする…アタシが追いかけてもそうやってアンタはすぐ逃げる…

アスカは鳥肌を立てている自分に気が付いて途端に不機嫌になる。ジロッとシンジを横目で睨む。

「あ、そう!どうでもいいけどさあ、アンタってアタシに隠れてそうやって何か変な想像してんじゃないの?」

「し、してないよ!」

シンジは慌ててアスカから目を逸らす。頬を少し赤くして俯いた。シンジの一連の所作を見てアスカは思わずドキッとする。

カワイイ…そういうとこってカワイイわよね、アンタ…女の子みたいで…何かイジめたくなるのよね…

アスカは意地悪そうな企んだ笑いを口元に浮かべてシンジの顔を隣から覗き込む。

「ふ~ん、どうだかね~怪しいわね~」

「ほんとだってば!」

シンジの耳が赤くなっていた。アスカがお茶碗を持ったままシンジの耳元に口を寄せて囁き始めた。

「ホントに?見たいなら見たいってハッキリいいなさいよ。考えてあげてもいいわよ~ふふふ」

「じょ、冗談は止めろよ!ぼ、僕をからかうなよ!」

シンジが思わずガタッと立ち上がる。その勢いにアスカの方が驚いて思わずシンジから離れる。

「わ、悪かったわよ…そんな怒らなくてもいいじゃないのよ。ちょっとからかっただけじゃん…」

「ホントにそういうことは冗談でも止めてよ!」

「だからゴメンって言ってるじゃん!何よ…ムキになることないでしょ!」

「ちょっとお!あんた達!揉めないでよ!今、サビなんだからさあ!」

ミサトは缶ビールとから揚げを一つ摘んでリビングのソファーに向かうと画面に合わせて歌い始める。

食卓に残されたシンジとアスカはミサトの騒がしさをよそに黙々と箸を動かす。アスカはちらっとシンジの横顔を盗み見た。不機嫌そうに少し頬を膨らませている。

だから…悪かったって言ってるでしょ…そんなに…怒らないでよ…アタシの方が辛くなる…分からないのよ…アンタへの接し方が…
 
 
 


第二東京市新日比谷駅のほど近くに白亜の大聖堂を思わせる瀟洒な建物が緑豊かな敷地の中に建っていた。東京音楽アカデミー、またの名を東京音楽院といった。

その校舎の一つにピアノ科の吹雪の居室があった。吹雪は日曜日以来ずっとファイルフォルダーを収納している棚を前にして書類の山と格闘する日々を過ごしていた。吹雪はベルリン留学時代から最近までの資料を片端から当たっていた。

「あった・・・」

吹雪は"2005~2010 / ドイツ"とかかれたファイル一冊と写真アルバムを取り出すと両手に抱えて自分の執務机に座った。そして綴じている書類を一枚一枚確かめるようにめくり始めた。

やがて一枚の新聞の切り抜きで手の動きを止める。

ドイツ語でかかれたベルリンの新聞「ベルリナーイェーデンターク」だった。見出しには「天才少女現れる。最年少ベートヴェンコンクール優勝の快挙」とあった。

決して大きくはなかったがそこには5歳の亜麻色の長い髪を赤いリボンで括った少女のカラー写真が載っていた。少女は写真の中で満面の笑みを浮かべて両手でサルの縫いぐるみを大切そうに持っている。

記事の日付は2006年7月16日だ。ドイツでは丁度音楽祭が各地で催されている頃だ。吹雪はアスカが音楽スタジオに忘れて行ったシューベルトの楽譜集にはせてあった写真を取り出して丹念に見比べた。

アスカが忘れていった楽譜は音楽スタジオの受付に自分の名刺を挟んで返したものの写真はどうしても調べたいことがあったために持ち帰っていた。

吹雪はそのことを名刺の裏にドイツ語のメッセージで触れ、そして是非もう一度ピアノを聴きたいから自分の研究室に来てほしいと書いていたのだ。

「間違いない・・・この子だ・・・アスカ・ツェッペリンだ・・・全く同じ頃の写真だ」

記事は2000年12月4日にハンブルク中央市民病院で誕生したアスカ・ツェッペリンが僅か5歳にして世界の並居る大人の競合を押しのけて優勝を果たした快挙を手放しで絶賛していた。ようやくセカンドインパクトとその後の世界的内戦が収束に向かっているものの未だに戦火の傷跡が癒えないベルリンで若い才能が育まれていることを喜んで記事は結ばれている。

そして、吹雪は次のページを開く。

そのページで吹雪は動揺を隠せないほど手を震わせる。

記事の日付は2008年12月25日。見出しは「クリスマスの悲劇。母娘無理心中。惜しまれる若い才能」と先ほどとは一転してトップ記事の扱いでセンセーショナルに伝えていた。

写真は母娘が住んでいたと思われるドイツのごく一般的なアパルトメントが大きく写っており、続いて被害者の近影と思しき写真が2つと事件現場の部屋の写真も載っていた。アパルトメントの写真以外は全て白黒だった。

被害者として紹介されているのは目鼻立ちのくっきりとした美しい母親と成長したアスカでこれも先ほどのアスカの写真と見比べてその面影は色濃く残っていた。

写真の部屋は雑然としておりリビングの床には無残に引き千切られたサルの縫いぐるみが写っていた。

吹雪は記事に目を走らせる。


"数々の世界コンクールで史上最年少の優勝記録を持つアスカ・ツェッペリン (8歳) が母親キョウコ・ツェッペリンの起こしたと思われる無理心中に巻き込まれて死亡が確認されたとベルリンの警察当局から発表があった。

母キョウコは1年前から精神疾患を患っており病気療養のためベルリン市内の特別施設「ズィーベンステルネ(Siebensterne)」に通院していた。娘アスカはベルリン市内の名門私立女学校の寄宿舎で生活していたがクリスマス休暇を利用して母親の元に帰ったところを突然の悲劇が襲ったと見られている。

父親でベルリン市内の開業医であるフランツ・ルンケルは今年に入ってキョウコ・ツェッペリンとの間で離婚調停と娘の親権を巡って訴訟を起こしており、警察では度重なる心労がキョウコ・ツェッペリンを凶行に駆り立てたものとして慎重に調べを進めている。

アスカ・ツェッペリンはベートヴェン国際コンクール、ブラームス国際コンクール等を始めとして各種コンクールの優勝タイトルを総なめにしており、いずれの大会でも史上最年少の優勝記録を次々と更新して将来を渇望されていた。関係者は突然の訃報に触れて悲嘆に暮れている"



 
記事を読み終えた吹雪はかけていた眼鏡を取ると眉間にしわを寄せて目頭を押さえた。

「これは一体どういうことなんだ・・・僕がスタジオで会ったあの子は亡霊だったというのか・・・まるで悪夢を見ているみたいだ・・・」

この記事の内容が正しければアスカ・ツェッペリンは既にこの世を去っていることになる。前の記事の誕生日から計算すれば今年で14歳になっているはずで、吹雪が先日スタジオで会ったあの少女と殆ど同じ年恰好になる。

あの子も青い目と亜麻色の髪をしていた・・・顔立ちも母親そっくりじゃないか・・・

昔の写真からも容易に想像できる。しかもとても只者とは思えない技巧と表現力で「魔王」を弾ききったのだ。吹雪はこれまで人の演奏を聞いて鳥肌を立てるほどの感銘を受けた事がなかった。

「いや!あの演奏は絶対に天才にしか出来ない。単に曲だけを弾いても魂には響かない。魔王の難しさは技術じゃないところにある。ピアノの旋律で歌詞の世界を表現するところにあるんだ…完璧だったんだ…あんな演奏は絶対に教えられて出来るようなものじゃない…天賦の才能なんだよ。それにこの写真をあの子が持っていたというのはアスカ・ツェッペリンが今も生きているという動かぬ証拠だよ・・・間違いない・・・あれは亡霊なんかじゃない。絶対に生きているんだ。しかも今この日本の何処かにいる筈なんだ…」

吹雪は書類から目を上げると窓の外からキャンパスを眺めた。
 
 


 
Ep#05_(2) 完 / つづく 
(改定履歴)
3rd Sept, 2011 / ハイパーリンク先の修正
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